2022年12月31日

令和4年(2022年)後藤家10大ニュース

今年もあと数時間で暮れていきます。

世界的にはロシアのウクライナ侵攻、国内的には安倍元総理大臣の暗殺が一番のニュースですが、我が家でも楽なことばかりではありませんでした。
しかし、なんとか正月を迎えることができそうです。

私が選んだ今年を振り返って10大ニュースを列記してみます。

1、 チョ子が死亡 小さな「うりぼう」が巨体になりましたが、残念ながら死亡。
2、 家族10人がコロナ感染 家から出た2人を除く10人全員が新型コロナに感染。・・大変でした。
3、 麻衣(三女)が富山へ 球陽高校理数科から富山県立大学看護学部に入学。現在、現地で自炊中。
4、 万然が風邪で入退院 熱発して血中酸素が不足し南部こども医療センターに緊急入院。その後退院。 
5、 妻が北中城郵便局移動 大謝名郵便局から近くの郵便局に移動。障がい児への配慮に感謝。
6、 沖縄建設新聞連載完了 6回の連載だったが、思ったことを全部書くことができた。
7、 車2台買い替え 仕事で使っていた「ノア」をホンダの福祉車両に、エサの草運搬用の軽を三菱に買い替え
8、 APECエンジニア更新 5年に一度の更新ができた。CPD(継続教育)5年間で250時間をクリア。
9、 千葉大学に通う長女が「千葉県庁職員」に採用
10、 亜和が成人 大工見習になって2年目。先日我が家では2人目の成人。村の式では代表挨拶の予定。

その他、朴然がキャプテン 球陽高校2年の長男がバレー部の主将になったことや、心然が「タピック」から「もりのなかま」の保育園移動、また各人の進級があり、教育環境が変わりました。

亜和(あや)も現場で2度ケガをしました。小さな切り傷も絶えませんでした。そんな中、がんばってノミや電動機械などの道具も自分でだいぶ揃えたようです。

いつもは30日に餅つきしますが、今年は30日が雨だったことや前日夜、上棟式兼忘年会をしたことなどで大晦日の餅つきとなりました。

世の中、厳しいですが、厳しい中にも笑顔を忘れず家族一丸となって来年を迎えようとしています。

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【馬小屋前のスペースに石で「かまど」を作る。】

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【2つのかまどのうち一つには「蒸篭(せいろ)」を置く、もう一つは杵(きね)などを洗う鍋を置く。】

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【前日から漬けておいたもち米を晒(さらし)に巻いて蒸篭で蒸す。約40分】

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【もち米のふかし塩梅(あんばい)を確かめて、臼(うす)に移す。】

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【いよいよ餅つき。長男と次女と心然。】

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【中学生の二人】

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【下3人。面白かったのは掛け声。いつもは「ペッタン、ペッタン」なのが、心然が今夢中になっているウルトラマンの影響があって。「ペッっタン」「スワッチ」「ペッタン「スワッチ」。なんともリズムが合わなかったが、楽しかった?】

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【餅丸め。】

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【3キログラムのもち米を2回に分けて蒸したが、2回目は「あんころ餅」。もう心然は食べている・・・。】

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【まるめた餅は特製のモロ蓋に入れて保存】

朝から始めた餅つきも、3時前には無事終了。来年に間に合いました。

今年は所属する一心土木設計事務所の前社長の親川様がお亡くなりました。大変ショックでした。とてもやさしい方で、自宅にも何度も来られました。そのたびに子どもたちへプレゼントをされました。技術士の資格が今でも生かされ、生活の一部を経済的に支えてもらっています。ご冥福をお祈りします。有難うございました。

さて来年はどんな年になるのか、全く見えません。

しかし私と障がいを持つ第7子の万然は「年男」。新しい住宅設計も始まっています。病気やケガの多い今年でしたが、自分の仕事に対する考え方は変わりません。難関を突破して新しい年を切り抜けたいと考えています。

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【我が家にはウサギが8羽います。このウサギたちとともに生きていきたいと思っています。】

今年もさまざまなところでお世話になりました。ありがとうございました。
posted by 塾長 at 19:23| 教育・子育て

2022年12月22日

万然(ばんねん)が退院!

風邪ウイルスとの闘いを終えて、無事、万然が19日夕刻、退院しました。
2泊3日の闘病でしたが、妻のいない大家族もがんばりました。

医師の話だと、周囲の風邪ひききょうだいから感染したようです。特に血中酸素濃度が低いのは、気道が溜まった「たん」で狭くなっていて酸素が肺に入りにくかったようです。
寝かせ方も、仰向けの場合、肩と頭の下を上げる工夫がいったようです。寝返りを自分でできるようになったので、横向きの寝相でいいと思っていたのも間違いでした。

自分で「ゴホン!」と「たん」を出せない万然。さぞかしつらかったろうと反省しています。看護師さんに吸引器で出してもらっていたので、酸素濃度も93から95〜96に上がりました。

自宅の戻ってきても「たん」取りが必要と思い、薬屋さんから吸引器を購入し、リハビリの時来てくれる看護師さんから使い方を学び、妻が「たん」取りを実践しました。

顔色も良くなって「ぜーぜー」いっていた息もほぼなくなり、食事も摂れるようになりました。久しぶりお風呂にも入り、湿度100%の空気をたくさん吸って元気になりました。

まだ点滴の注射針跡が痛々しいですが、我が家の「光」である万然が食事時、定位置にいると安心です。火鉢の火で部屋も暖めました。

今日から特別支援学校に行きました。入院中に痩せたので、やや心配も残りますが、がんばってほしいと願っています。

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【我が家の「光」、万然。久しぶりに南部こども医療センターで再会。退院時は部屋に入れました。】

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【看護師さんに病院用の寝巻から外出用の服に着替えをしてもらいました。8年前、救急車で運ばれPICUで治療し、脳性麻痺になった時お世話になった看護師さんはいませんでしたが、どの方も親切で優しい看護師さんでした。担当された医師、看護師さんに感謝申し上げます。】

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【いつもの車いすに乗って退院する万然。ひとまず安心しました。】

一方、現場では20日(火)、瑕疵担保責任保険の現場審査を受けました。

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【「宙に浮く心柱」を触ってみる検査員(左)。木組みの説明をする私(右)】

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【検査員は「一生のうち、こんな現場の検査は1度か2度しかないかもしれない」と言って、虹梁や三斗組(みつどぐみ)、海老虹梁などを写真に撮られていました。】

公私とも目まぐるしく変化のある毎日が続いています。年末に向けて、まだまだ何があるかわかりません。いつものように、今日できることは無理してでも今日片付けて、見えない明日に備えようと思っています。
posted by 塾長 at 10:26| 教育・子育て

2022年12月17日

万然(ばんねん)が緊急入院

16日(金)、風邪気味の小3、幼稚園(年長)、特支5年の3人を連れて小児科に行きました。一番下の心然(しんねん)はこれ以前に風邪ウイルスに感染して高熱を出しましたが、今は元気!毎日保育園に通っています。

ところがそれ以外の子や大工見習の次女が心然からうつったらしく、学校や幼稚園、職場を休まざるを得ませんでした。
二女の亜和(あや)と小3と幼稚園児はPCR検査を受けましたが、全員陰性でした。つまりコロナウイルスの感染ではありませんでした。残る心配はインフルエンザウイルスの感染。小児科で検査した結果、特支の万然も含めて全員陰性でした。結局、風邪ウイルスのせいのようです。

今年の風邪は高熱が数日続くようです。ただ、特別支援学校に通う小学5年生の万然は表情は良くないし、息をするのが辛そうでした。肺炎を起こす可能性が高いため、酸素吸入した方がいいと勧められました。一番問題だったのは血中酸素が93しかなかったことでした。小児科の先生は「これは大きな病院に行って調べてもらった方がいい」と言い、安易に抗生物質を打つことはできないとのことで薬ももらえない状況でした。

そこで次の日、脳性麻痺のかかりつけの病院である南部こども医療センターに連絡して向かうことにしました。救急外来で来るように言われました。検査をした結果、血液検査で炎症があるよう言われました。
緊急入院して手当てをすることになったので、付き添いに妻がいくことなりました。

現在2人の子どもは県外の国公立大学に通っているため残る家族は10人。我が家での母親の役割は大きく、抜けると大変な状況になりますが、一大事なので家族が協力して乗り越えようと話し合いました。

昨晩から妻は病院で寝泊まりしています。万然の血中酸素濃度は95に上がりましたが、酸素吸入を外せば85程度に下がると聞きました。水蒸気も吸っています。のどに絡んだ「たん」も取ってもらったらしく、少し表情は良くなったと聞きましたが、まだ油断はできません。

今晩も付き添いで妻は家に帰れません。残った家族で早朝からの家の周りの掃除、草刈り(馬・ヤギ・ニワトリ・ウサギなどのエサ)、番犬4匹や猫、メダカや闘魚へのエサ上げや犬の散歩・フンの処理、自宅の掃除、洗濯(干し、取込み、たたみ)、茶碗洗い等の炊事、食事の段取り、買い物、衛生用品等の買い出し、学校関係の手続き・支払い、部活生の送り迎え、保育園幼稚園の送迎(万然が元気だとデイケアーへの送迎)などなど、合間に白菜漬けや梅干しづくり、梅酒づくりなどをこなすので、我が家の主婦の仕事は並ではありません。しかも今年から郵便局に職場復帰しました。育児休暇を取り続け、18年ぶりの復帰なので制度や法律が大幅に変わっているうえ郵便、保険、貯金の各業務をするには多くの資格試験を取得しなければなりません。(一部は取得しました)そのための勉強も夜中しています。睡眠時間がほとんどない状態です。

毎朝4時起きで弁当を作っている姿には感謝していますが、急にいなくなったのでさらにその働きぶりや信念には今更ながら頭が下がります。あるべく負担を減らすように私も茶碗洗いや送迎、掃除、草刈りなどをしています。子どもたちも掃除や草刈りは当然応援しますが、受験生もいることからみんな協力して頑張っています。

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【南部こども救急センターに入院した万然。きつそうだが、昨日より少し回復していると聞きました。点滴、酸素吸入や蒸気吸入をしています。一日も早く元気になることを祈っています。妻が無理して倒れてしまわないかも心配です。】

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【10人家族のシンボル第10子の「心然」。火鉢でお餅を焼いています。きっとこの元気が万然に伝わると信じています。良くなって早くふたりとも自宅に帰ってきて欲しいと願っています。】
posted by 塾長 at 21:32| 教育・子育て

2022年12月15日

日本の建築文化の一端

12月12日、長らく進まなかった玄関小屋組みがスタートしました。

随分と時間が過ぎましたが、その成果がやっと見えてきました。
首里城の工事に携わった大工さんも現場にいますが、その方曰く、
「首里城より数段レベルが高い!」と・・・。

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【玄関小屋組。ヒノキの24p角の柱の上に平虹梁、その上に三斗組(みつどぐみ)、その上に丸桁(がぎょう、がんぎょう)、二軒の地タルキまで架けました。まだこの先の飛檐(ひえん)タルキは未施工です。彫刻は二女の亜和(あや)です。マス組は親富祖(おやふそ)棟梁です。
は曲がっている海老虹梁(えびこうりょう)も入っています。】

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【軒先は柱から1,100o出る設計です。台風対策のため本体から3本の桔木(はねぎ)ではねさせました。大屋根と同様、小屋根の破風板(はふいた)も反りの入る蓑甲屋根なので野母屋(のもや)の下に化粧の差し母屋が入っています。】

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【隅角部のモヤの仕口は捻子組(ねじぐみ)でお願いしました。一方のモヤを蟻掛けで出さない「捻子組」は難しい仕口です。】

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【しかも隅は正面は4.5寸勾配、側面は5寸勾配の「振れ隅」。正面側の勾配がゆるいと入母屋屋根の姿がきれいに見えるからです。大工さんはだいぶ苦労されたようです。正面と側面の勾配が違うことを証明するのは45度でない隅。勾配が同じだと45度なら左右の欠き込みの寸法が同じはずですが、御覧の通り異なります。】

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【最後に自分も棟木を納めさせてもらいました。苦労が吹っ飛びます。】

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【次の日、大切な木材を雨から守るため「素屋根」を架けました。公共事業の体(てい)を成しています。】

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【塔屋の大工、屋根、サッシ、板金工事などに足場が必要だった。今度は瓦を葺いた後に左官工事や防水工事が入る、そこで瓦の上に足場が必要になった。どうしよう!いろいろ考えた挙句、瓦の上に瓦を傷めないように畳を敷いてその上に足場を組むことにした。畳表を丸めて畳下に緩衝材として入れた。】

本格的な木造建築には、日本の伝統的な技がさまざま生かされています。ひとつの「文化」と言えます。これから完成に向けて日本の木造文化をいかんなく発揮していきたいと思います。

その裏には技術以前の日本人のもつ寛容性や思いやりなどの心と、成し遂げようとする強い意志が必要だと思っています。施主は元より、大工さんをはじめとする多くの皆さんのご協力に感謝申し上げます。
これからの残った仕事もがんばるぞー!
posted by 塾長 at 15:13| 建築

2022年12月11日

亜和(あや)、成人式の前撮り

昨日の土曜日、以前から予約していた美容室で成人式用の着物の着付けと写真撮りがありました。

いつもは現場で作業服で頑張っている亜和。和服を着るとどんな風に変わるのか楽しみでした。

昨日は記念に家族写真も1枚だけ取るという話だったので、今、沖縄にいる10名も一緒に撮ってもらおうということで出かけました。

写真はプロが撮るので来年しか見ることができません。昨日は時間外に少しだけなら自分たちのカメラで撮っていい、ということになったので、全員の写真はありませんが、分かれて撮った写真をアップします。

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【亜和は二女です。姉妹と一緒の写真です。】

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【男きょうだいは3名しかいません。】

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【母親と末っ子(第10子)の心然(しんねん)が一緒。きょうだい誰もこれまで着物を見たことがなかったのでいい機会でした。着物は「しぼり」の入った赤と白の花柄と黒のデザインでした。手作りの伝統構法に携わっているので着物も手づくりにこだわったようです。】

明日は玄関の棟上げです。また現場の作業服に戻ります。自分で彫刻をした平虹梁や海老虹梁を揚げます。振れ隅の入母屋づくりの小屋組みはすべてヒノキの無節です。長雨の合間を縫って明日が本番の棟上げです。

20歳になったのでエネルギッシュな中にも大人らしい落ち着いた態度でこれからの社会に生きて行って欲しいと思いました。日本の着物文化はすばらしい。日本の伝統建築文化に携わる亜和。ちょっと早めだけど20歳、おめでとう!

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【着付け中の写真。一番気に入っている写真です。かしこまっていない自由なところがいいですネ。】

posted by 塾長 at 06:58| 教育・子育て

2022年12月03日

「純国産化」へ・・・

11月30日付の沖縄建設新聞。最後の連載原稿が掲載されました。

6回目なのでこれが最後です。
やはり最後となれば一番言いたいことを書きたくなります。テーマは「国産化」としました。

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【沖縄建設新聞 第1面「建設論壇」 最後の連載記事】

身近な話題としては伝統建築の大工見習中の二女が購入しようとしたコンプレッサー(圧縮機)。機械販売の営業マンによると「日立もマキタも中国に頼っているので、値上げが著しいが何も言えない。中国の工場のラインさえ鶴の一声でストップする。」そうだ。

連載記事が載った後の昨日そんな話が現場であった。農業も工業も同じ。日本の技術を全部持っていかれて、今は逆転。発展途上国の中国は日本からODAで多くの支援をもらったが、恩を仇で返すように今度は日本という先進国の首の根っこを掴んで牛耳るようになりました。

高度経済成長期の日本は、安い賃金や土地を利用して海外に進出しました。ところが中国のような国もあります。貿易相手として欠かせないほどの取引をしているので、もうにっちもさっちもいきません。相手の言いなりです。
国の考えや経済人の浅はかな考えだったと言わざるを得ません。自分たちと同じ考えではないことを、今からの人たちは肝に銘じなければなりません。国産にもっとこだわるべきでした。以下、記事をご参考に・・・。

「さい帯血による再生医療」についても同じことが言えます。
小児脳性マヒの治療に「さい帯血が有効」ということはずいぶん前から言われていました。そもそも発見者は日本人です。ところが今は米国が大幅に進んでいます。やっと日本でも「きょうだい間」のさい帯血治療の臨床研究が始まりましたが、米国はすでに臨床研究を終えてEAP(拡大アクセスプロトコル)の域に入っていて25歳まで輸血できます。

何が問題か?厚労省の専門委員会の議論も読みましたが、患者や患者家族のことなど頭にない人が多く、妙にエビデンスの人権や親権などに終始していました。
新型コロナの臨床研究はあっという間に終えています。現在、きょうだい間の臨床研究は5人の小児患者の経過観察中と聞き及んでいます。

初期のさい帯血治療に関わった相良先生からお手紙をいただきましたので、アップいたします。先生からは著書もいただきました。
厚労省の遅々とした対応に患者家族は指をくわえて待つだけなのか・・。
いろいろ相談しましたが米国のデューク大学のEAPに参加申請しよういう気持ちもあります。何故かというと、当事者の万然がもう5年生になっているからです。来年は6年生になります。初めて「さい帯血による再生医療研究会」に参加して5年過ぎました。渡米にはお金もかかるし言葉も違います。しかし背に腹は代えられないので決断しようとしました。

ところが日本の医療技術を信用して自家さい帯血による研究が進んでいた高知大学の研究を待とう、と決めていた初心をまた取り戻しました。
「もう少し待ってみよう!」

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建築の世界だけでなく、あらゆるところで海外依存が進んでいます。医学もそうです。新聞で「国産化」を訴える以上は建築だけでなく食も衣もなんの分野でも国産化できそうなら応援すべきと考えました。そして自ら実践しなければならないと考え直しました。

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【相良先生執筆のご本】

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【万然の学習発表会。心然はボール拾いを自主的にしました。】

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【見学時は正座でした。】

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【心然の運動会。リレーでのバトン渡し。保存しているこの子のさい帯血が万然に輸血される日は来るのか?】

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【満4歳になった第10子の心然。きょうだいが作った誕生ケーキ】

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【第9子の「わかみこ」から折り紙ケーキをプレゼントされて嬉しそうでした。第8子の「こだまこ」からは車好きの心然に、同じように手作りの「飛び出す車」が贈られました。】

心然が満4歳になったということは、「投与できるさい帯血」を採血して「丸4年」経ったということです。それ以前から「さい帯血治療」の有効性を説く講演会や展示会をしていたので足掛け5年の活動です。

国という得体のしれない組織は難しい相手です。特に厚労省はこごわい。なんとか「国内」での治療ができるよう活動していきたいと思います。最後まであきらめない「サムライジャパン」のように・・・。

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【専門の彫刻家に頼まず製作した虹梁。伝統建築の見習い大工の亜和(あや)も現在2年目。12月7日にやっと玄関部分の棟上げにこぎ付ける予定です。】
posted by 塾長 at 14:56| 建築