2018年07月26日

名古屋での「臍帯血による再生医療研究会(第6回)」のご報告。

 「人ごみ」とはよく言ったもので、自然の中で暮らしている者にとっては、慣れない環境で疲れ果てました。やっと、正気を取り戻したのでご報告いたします。

 研究会に参加した最大の目的は、日本でまだ臨床研究のない兄弟間でのさい帯血移植の方向性でした。大変充実した研究会でしたが、全部報告するには字数があまりにも多くなるので、ほんの一部を紹介します。

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【名古屋に着いたのは研究会前日、沖縄発の飛行機が台風10号の影響で飛ばなくなり、2時間遅れの次の便で沖縄を発ったので、予定がすべて2時間遅れ。ひそかに名古屋場所が開催の愛知県体育館に行こうと思っていましたが、残念ながら会場には入れず・・・。ただ観客が帰る方向と逆に歩いて近くまで行きました。千秋楽を待たず、御嶽海が優勝したようでした。万然の回復を御嶽海のノボリ旗に込めました。】

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【会場の名鉄ニューグランドホテル。学術会議なので参加者のほとんどは医師。脳性まひの家族は私たち3人のみでした。挨拶をされる第6回の学術集会長の名古屋大学医学部付属病院総合周期母子医療センターのセンター長 病院教授の早川 昌弘先生】

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【約1時間の講義が6回。どれも内容の濃い発表でした。厚生省の考え方やこれまでの研究、現状、これからの研究の発表があり、特に今に至ったという研究経過がよくわかりました。アップしたのは、ほんの一部のパワーポイント画像です。】

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【研究会で特別講演される予定のステムセル研究所の細胞技術センターのセンター長の佐藤英明氏(左端)と研究所の職員。事前に今後の方向性を話し合った。】

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【一番お会いしたかった高知大学医学部教育研究部医療学系長 小児思春期医学講座 教授の藤枝幹也教授と話し合いの機会をステムセル研究所の佐藤氏が作ってくれた。名古屋に来た目的である今後のさい帯血による再生医療が日本でできるか否か、率直に尋ねた。結果は「法律の問題はあるが、フェイズ2(第二段階)は兄弟間移植になるでしょう、とおっしゃていた。フェイズ1(安全性の確認)の臨床研究で高知大学医学部は日本で初めて6人の自家採血の臨床研究の実績を持ち、その後の経過で最初の臨床実験で左半身まひで歩けなかった子どもが今は歩いていますよ!と言われた。体がぞくぞくした。】

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【学術集会以後の情報交換会。今回の全体の座長を務めた名古屋大学の早川教授(右から二人目)と臍帯血による再生医療研究所事務局長の坂井和夫氏(3人目)とお話をした。】

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【情報交換会の終盤、事務局長(右)に挨拶の機会をいただいて一言、訴えた。「今日は場違いかもしれないが、脳性まひの子どもを持つ家族として、是非、兄弟間のさい帯血による再生医療を前に進めて欲しい。自助努力で8月18日には地元・沖縄でさい帯血による再生医療の学習会をステムセル研究所の協力で実施する。また、この学習会に理解を示した北中城村や教委、社協が後援している。よろしくお願いします」。】

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【話を聞いた宮崎大学長で医学博士の池ノ内 克先生も挨拶に来られました。】

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【宿泊したところは名古屋市栄のホテル。オアシスの名がつく公園。しかし、何もかもが人工で、名古屋にいる間、人間以外の野生動物はスズメが1羽でした。】

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【ホテル近くの風景】

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【帰りの日、ちょっと無理をして久しぶりに伊勢神宮へ。ただ、午後の便で帰るのでハードスケジュール。近鉄電車で名古屋から伊勢に向かう中、近鉄特急にあった障がい者専用車両。偶然、隣に足の不自由な女性とその友人と一緒になり楽しく移動しました。】

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【彼女たちは手前の「伊勢市」で降車しました。きっと沖縄に遊びに来ることでしょう!待ってます!】

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【伊勢神宮。妻は初めて。しかし、内宮には時間的に行けず、鳥居の前で祈願しました。】

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【猿田彦神社。ここは道路に近く参道がなかったのでタクシーの運転手さんが進めてくれました。また、「啓行(みちひらき)」の神様なので万然にとっても家族にとっても縁があると思って参りました。】

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【猿田彦神社のほか「月讀宮」にも参拝しました。】

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【近鉄から名鉄に乗り換え、ギリギリセーフで中部国際空港に着きました。そこに偶然、沖縄出身の「美ノ海」関がいました。名古屋に来た事情を言って記念撮影をしました。】

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【万然にとっては初めての遠い飛行機での旅行。長い旅、おつかれさま・・・】

 とにもかくにも、無事、研究会に参加でき、また、一定の成果もありました。やはり、人任せではなく積極的に動かなくてはならないと思いました。これまでも前例のないことに挑戦したことは自分の人生のなかで数々あります。
 今度も課題は多々ありますが、安易にアメリカのデューク大学に依存するのではなく、日本の医療技術を進めるためにもなんとか日本で兄弟間のさい帯血による再生医療の臨床研究が実施できるよう頑張りたいと考えています。
posted by 塾長 at 21:09| 教育・子育て