2021年03月10日

木材最前線!

7(日)と8日(月)の両日で、沖縄→鹿児島→宮崎→熊本(泊)、熊本→宮崎→福岡→沖縄と木材の最前線を回ってきました。分刻みの強行スケジュールでした。(ちょっと疲れました・・・)

第一印象はこの20年くらいで木材に対する価値観や流通が大きく変わってきたと感じました。材木店や木材市場、製材所等を回りましたが、残念ながら木造が増えても、木の文化はすたれたと実感しました。

銘木店に行ったら久しぶり年代物の銘木と出会いました。言葉では言い表せないほど立派な木が立ち並んでいて圧巻でした。昔は床の間や玄関には所々に銘木といわれる木を使ったものです。
しかし今は、ベニヤに薄くスライスした板や木目をラミネートした紙を貼ったりした「建材」が主流です。一生に一度の住宅造りには、せめて一つくらいは本物の木を使ってもらいたいものです。

床柱 (2).jpg


【床柱】

天井板 (1).jpg


【天井板】

乾燥剤 (1).jpg


乾燥剤 (2).jpg


【何十年も置いて乾燥した銘木類】

製材所や木材市場も回りました。ここで見たのは木材流通の現状でした。木材はたくさんありましたが、原木市場では直材の丸太ばかり。理由を聞くと案の定、曲がった丸太は需要がないのでそもそも市場には出てこないとのこと。つまり出しても売れない・・・。
なぜそうなったのか!どうも住宅会社の台頭とプレカットの普及のようです。かつては曲がった木を求めて適材適所に使ったものです。
曲がった木は機械加工には不適なので、山に置いてくるか、チップにして紙になるそうです。なんということでしょうか?
育った環境でできた曲がり(癖)を大工さんは見極めて無駄なく活かしていました。残念ながらその度量も技術も今はすたれてしまったようです。

直材ばかり.jpg


【直材ばかりの土場】

クスノキ.jpg


【大きなクスもでていましたが、この先どこに活かされるのか心配になりました】

現代の住宅は既製品のオンパレード。設計する建築士も既製品のカタログを車にいっぱい積んだ「カタログ建築士」が多く、できあがった住まいはまるで「プラモデルのような家」です。
家の一部が損傷すると「修理」するのではなく、「部品」を交換します。自動車のような消耗品と化しました。

そこには木の「文化」は育たないし、「文化」自体がありません。

最後に木製建具屋さんに寄りました。後継者不足や需要が減ったことで、木製建具屋さんが減ってしまいました。障子や襖、畳など日本の住宅には必ずありました。
しかし、西洋化した住まいから木や紙の建具が消えていきました。やっと見つけた建具屋さん。障子の組子は熊本当たりでは「杉」が一般的ですが、ここは「ヒノキ」でした。すばらしい!
是非、今度設計した家で完成品を見てみたいものです。

ヒノキの組子.jpg


【ヒノキの障子の組子】

何年間も倉庫に置かれている木材が、出番を待っている感じでした。私たちが使わなければ、またさらに何十年も倉庫に積まれたままになります。人間の都合で植林された杉やヒノキ。銘木と言われる大木や木目のきれいな雑木たち。彼らを活かすのは私たち建築の設計者や施工者です。
しかしそれ以上に、木の文化に気づき、楽しもうとする建て主の価値観が不可欠です。

数千年の歴史をもつ日本の住まいの原点は木の家です。長い歴史の中で技術や文化が醸成されてきました。森林国・ニッポンに育まれた木の文化を後世につなぐため、今度の住まいはその原動力になると信じています。
posted by 塾長 at 16:46| 教育・子育て