2022年07月12日

なぜ自然が必要か?

7月8日午前、安部元総理大臣が奈良県内で参院選挙の街頭演説中に凶弾で亡くなりました。事件のあった近鉄大和西大寺駅には行ったことがあります。日本建築士会連合会で現在副会長をしている岡本森廣氏が近畿ブロックの役員をしていたころ、九州ブロックの代表であった私は個人的な交流として彼の自宅に泊まったことがあります。その時、近鉄電車で伺ったので大変身近に感じます。
ただ、この事件は映画の世界ではありません。事件の詳細はこれから明らかになると思いますが、要人警護のあり方に疑問が残ります。

政治家になった以上、命を張るのは仕方ない運命と思います。私も県知事選挙に出たことがありますが、当選したら「命」はいつなくなるかわからないという覚悟がありました。

なぜそう思うかというと政治家でなく民間企業においても命がけだったからです。安部元総理大臣の功罪はいろいろ語られていますが、意に反して亡くなった人を悪く言うのは日本人としては恥ずべきことです。
今は安らかにお眠りいただき、残された者として同様の事件が再び起こらない方法を練り上げなければなりません。

さて最近は「自然」が大切とばかり様々な活動がなされていますが、「なぜ自然が大切なのか?」という部分に踏み込んだ内容を聞くことはほとんどありません。

やれ、生物多様性や気候変動などの言葉が並びますが、結果的に人間社会への影響の話ばかりです。端的に言うと「人間がいなければ自然破壊はない」と思っています。

人間の住まない地域の自然は「自然」そのものです。
人が入った自然は「自然」ではなく「半自然」で、いわゆる「自然と共生した生態系」です。大都会には自然はほとんどなく、生物量が極端に少ない砂漠と同じです。だから「東京砂漠」などと呼ばれます。

人間にとって自然がなぜ大切か、というと複雑で多様な自然が身近にあると完全な「自然」ではなくとも野生動植物の生態系から節度や分別(ふんべつ)、つつましさなどを学ぶことができます。

学校でいくら知識を学んでも大人になっら身勝手でわがままな人間になっています。弥生時代の延長線上にある現代社会は律令政治の権力の中で暮らさざるを得ませんが、そこで自然に接すると縄文人がとてつもない自然の力に対抗せず自然の摂理に沿う暮らしぶりがいかに正しかったかということに気づきます。

この話を始めると長くなるので今日はやめます。

カマキリ.JPG


【我が家は地形を改変せず、元あった植生はほとんど残して建てた家なので野生生物が家の中まで入ってきます。「離れ」の木製建具の枠にいたカマキリ君です。】

福祉車両.JPG


【障がいをもつ万然が大きくなったので車いすで乗れる車に変えることになりました。地形が山と同じ斜面に建つので抱いて上り下りするのが大変です。そのうちながーいスロープを作って家まで車いすを押すことになることになります。いわゆる福祉車両をトヨタのノアから車検切れギリギリの9日に変えました。この日からホンダのステップワゴンです。使い方をホンダの方から学んでいるところです。】

アブラゼミ.JPG


【斜路が駐車場になりますが、近くには先住宇者のアカギの木があり、これに虫がついてそのフンでノアは赤い斑点でいっぱいになりました。以前も枝にシートをかけて車を守りましたが、今回は少し広めのシートをかけることにしました。その作業中に長男(球陽高校2年・バレー部のキャプテン)の朴然(ぼくねん)の背中に飛んできてとまったアブラゼミ。】

セミの抜け殻.JPG


【そのセミの抜け殻とは言いませんが、木製ベランダにはセミの抜け殻がたくさんあります。】

ナナフシ.JPG


【11日の月曜日は珍しく下2人(幼稚園児と保育園児)も朝6時前からの草刈り。エサ上げに参加。草を積むワゴンに大型のナナフシがいました。】

ナナフシ返す.JPG


【ナナフシは貴重な野生生物。そっと掴んでアカギに返しました。】

水かけ.JPG


【現在伝統大工の見習いをしている次女が中学生時代生徒会長をしていた時、生徒会が作った交通安全の看板と花壇。末っ子の心然(しんねん)も水をまきました。】

ゾウムシと蚊.JPG


【その帰りに見つけたゾウムシ。心然はゾウムシが大好き。このあともちろん自然に返しました。一所懸命見観察しているので右目の横にとまって血を吸う「蚊」には気づいていないようです。】

馬引き.JPG


【3歳の心然もやっとやなぐに馬を引けるように成長しました。「引く」というより付いて行っている感じですが、この馬は調教などしていないのでほとんど野性です。いつ走り出すか分かりませんが、「かわいい子には旅させろ」です。自ら馬小屋に帰っていきました。】

夕焼け.JPG


【最後は小学3年生の「こだまこ」が撮った夕焼けの写真。最近、自然の風景の変化に興味があるようで、急に「カメラ、カメラ」といって撮っていました。自然に芽生えたかな。】

最近の事件を見ると、高学歴や有名大学の卒業生や社会的地位の高い公務員などの犯罪が目につきます。きっと子ども時代に自然との関わり合いの少なかった人たちでしょう。
自然は思った通りにはなりません。そして様々な生きものがうごめいています。現代社会が快適便利を標榜すればするほど、人間中心・自己中心主義が身に着きます。

自然が好きだからと言って、夜中までキャップファイヤーを炊いて騒動するのは自然界の生きたちからしたら迷惑。何の肉かわからずただひたすら食べて自己満足する人たちやきれいごとをいいながら実はクーラーガンガンかけている自然派の人など、言うこととすることが重ならない人たちが増えています。

「半自然」(一定の自然が残っていて野生動植物が存在する里山的な生態系)のなかで自然と共生・調和しながら慎ましく生きていく。成長期には「知識」ではなく自然の中で「感性」を磨くことの方が人間としては重要ではないかと考えています。これが私の自然観です。
posted by 塾長 at 16:41| 教育・子育て