2010年10月31日

野生動物の逆襲!

 最近、熊やイノシシなど、野生動物の出没や人への被害報道が目立っています。麻酔銃で麻痺させて、その後自然に帰す例は少なく、ほとんどが猟友会が出動して殺処分されます。

 名古屋で開催されていたCOP10。生物多様性を世界規模で話し合いが行われ、最後に議長国の議長提案で今後の生物多様性活動について、先進国が出費することでやっと合意に至ったようですが、1600億円もの巨額の資金を提供する足元の日本では、野生動物は泣いています。

 5年前、熊本の矢岳町から沖縄に再上陸しました。矢岳町には3年間しかいませんでしたが、貴重な経験をしました。鹿児島と宮崎、熊本の県境近くにあるわずか100人の町には、シカやサル、イノシシなどとよく遭遇しました。最初は動物園でしか見たこともない大型哺乳類や霊長類の出現に慌てることもありましたが、慣れてくると大体どの時期にどのあたりに来ることも分かるようになりました。

 せっかく作った稲を収穫寸前にイノシシにやられて被害にあい、あるいは、ピーピーと鳴いて家の近くまで来るシカが杉の芽を食べていて、食害が広がったと聞いても、彼らにはなんの罪もないことが分かりました。

 家のそばには天然林がわずかに残りますが、ほとんどは杉・ヒノキの人工林です。戦後の拡大造林計画で、山のてっぺんまで植林されました。
 50年後、100年後を夢見て植林されたものの、高度成長を支えた輸出益を海外の国々、特にアメリカが木材の自由化を求めてきました。安くて大きな木材は国産材生産者には大打撃。次第に出荷量は落ち、山は荒廃し、林業は疲弊していきました。
 
 高度経済成長で享受した快適な暮らしの代償は、国内の農林業に多大な影響を与えました。そのなかのひとつが野生動植物でもあります。国策の方向転換で置いてけ掘りになった山には杉・ヒノキ・松などの人工林が残りました。手入れする経費も出ない状況が現在も続いています。

 マスコミの一部では、里山の崩壊が原因だと言っていましたが、里山は「半自然」の状態です。ここにいるのは、人が飼っている家畜や家禽です。この夏の猛暑で木の実が減ったとして自然の変化を口にする人もいます。
 いえいえ、そうとは思いません。やっぱり人が森に入り過ぎたせいだと思っています。

 国策で森を荒らした所は、その修復も国で行うべきです。もともと野生動物の方が先住者です。いかにも野生動物が迷惑者のように報道されますが、野生動物からしたら「なにをかいわんや!」でしょう。
 勝手に森に入ってきて家を建て、地形を変えて水を引き田畑を作りました。山の木々は切り落とし、急斜面にもかかわらず杉・ヒノキを植えました。自分たちが植えた木が売れなくなるとほったらかし。流木災害や洪水を見る羽目に・・。人間中心主義の結果、あるいは、先を見通せない場当たり主義の結果だと言わざるを得ません。

 では、どうやったら野生動物と共存できるか!国土の再計画をしなければなりません。人が住む所、人と動物が共存できるところ、野生動物が棲むところを決めることです。
 俗に言う都市計画ではありません。人の棲み分けではなく植物や昆虫、哺乳類や爬虫類、両生類、鳥類などすべての生きものが共存できる国造りです。

 現代の人はすぐ、これを観光に使おうとか、地域活性化に生かそうなどとつまらぬことを考えますが、そうではなくこれまでの日本人の愚かな活動の反省の上に立ち、純粋に自然との共生・調和を考えた方向に移行しなくてはなりません。

 野生動物の逆襲。これに対抗するのではなく、なぜ人里に来るのかしっかり吟味して、新しい政策に転換してもらいたいと思います。これができなければ、永遠に野生動物と戦うことになります。
 日本の人口は減り続けます。野生動物は増え続けます。どんな知恵を持っても、数では負けます。例えば、サケの遡上を止めている人工的な堰を一部分でもなくしましょう。最上流では産卵したあとのメスを熊が待っています。

 生態系とはこのようなことを言うのです。世界に突出した巨費を投じなくても、野生動物は守れます。環境省も、稀少種の保護ばかりを近視眼的に見るのではなく、生態系全体を守るような政策を作ったらどうですか?日本の環境政策はデータづくりと机上の空論ばかり。税金をどぶに流しているようなものです。

 正しい自然観や価値観を持った国民が、具体的な提案ができ、それが実行されるようなシステムができない限り、日本は政権が変わってもなかなか問題は解決しないように感じています。
posted by 塾長 at 05:00| 環境・生きもの