2011年01月01日

気負わずに・・・

 新年、明けましておめでとうございます。

 寒い元旦になりましたが、それは人間が勝手に感じること。自然は、あるがままの自然。時間軸を入れて、この季節はとか、今日はとか自然を批評すのはおこがましいように思います。

 我が家は、木製建具なのでアルミサッシよりすきま風が入り込みますが、家族は火鉢で暖をとるので、みんな火鉢のそばに寄ってきます。家族の会話と赤い光は心まで温めてくれます。

 昨年の後半は、昨日まで仕事をしたほど、充実していました。今日から今年。昔は、一年の目標を書にしたためて、部屋に貼っていました。
 この10年くらいは、あまりにも一年の変化が大きいので、目標書きの意味がないと考え、やめました。ただ、「今年もがんばるぞ!」という意気込みを持っていました。

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         【本日数えの6歳になった長男・朴然(ぼくねん)。パワーショベルを動かしているような・・】

 さて、今年は・・・。

 「気負わずに淡々と生きていく」ことにします。

 自営業の設計事務所の名前に「自然(じねん)」が入っている通り、あるがまま、なるがままに生きていきたいと思います。
 努力は惜しみませんが、結果はなるようにしかなりません。アメリカの結果主義とは正反対です。
できる限り尽くすけれども、そのあとは自然にまかせるやり方です。当たり前の話かもしれませんが、自分の人生で実感して放つ言葉です。

 湧水でいうと、ポンプアップして地下水を吸い上げるのではなく、自ら湧き出る地下水、出産で言うと、自然分娩。おなかの赤ちゃんは大きくなって狭いから出たいと思うし、お母さんも、もう重くて限界だから出てきてちょうだい!と思う気持ちがひとつになった時、出産というイベントができる、などなど。

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               【物干しにいたナナフシを発見。発見能力には長けるのかな、わが家の子どもたちは・・】

 実は今年はウサギ年の年男。今日で数えの61歳を迎えました。小さい子どももいるし、元気なのでまだ40代の気持ちですが、実年齢は変えられません。
若いころ、還暦を迎えた方々をみるともっとおじいさんのように映っていましたが、自分自身が「還暦」を迎えることになりました。
 振り返ると、無駄な時間はなかったように思うし、やっぱり、なるようになっているなぁ、と思います。
 気負い過ぎて空回りしたことも多々ありますが、いまはすべてが肥やしになっています。

 還暦は、十干十二支(じっかんじゅうにし)で元に戻るので、人生では生まれ変わり。再び、赤ちゃんに戻ります。単なる赤ちゃんではなく、チョッとませた赤ちゃんです。
 
 今日は元旦。手作りのおせち料理の説明をします。数の子は子宝に恵まれますように・・、煮干しは小さいけれどお頭付き、黒豆はまめまめしく働くように・・、紅白なますはお祝い事の表すこと。他にも昆布巻きは「よろこんぶ」(ダジャレ?)、海老は腰が曲がるまで長生きする意味があることなどを子どもたちに話しますが、さすがに、毎年聞いているので、みんな覚えているようです。

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                        【数え4歳が、数え3歳の乗ったカートを押す】

 毎年恒例で赤酒の屠蘇(とそ)を漆の食器でいただき、お茶に梅をひとつ入れて飲み、「あけましておめでとうございます」とご挨拶をお互いにして年を重ねます。
日本では、お腹の中に命が宿った時から年を数える「数え年」の話などをして、家族一度に年を重ねます。

 あとは鶏肉をだしに取ったお雑煮、郷土の馬刺しをいただいく時間になると、なんとなく年が明けたなぁ、と感じるのがわが家の新年の風景です。

 今年は「気負わずに」過ごしたいと思います。内なる情熱は昔と全く変わりませんが、冷静かつ慎重な言動・行動を心がけたいと思います。

 ・・・とはいうものの、やっぱり私はいつもチャレンジャー。もうひとりの自分との戦いになりそうです。今年もよろしくお願いいたします。

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                                    【恒例のコマ回し】
posted by 塾長 at 09:42| その他