2011年01月26日

笑う人間、泣くヒマワリ!

 先週から、家の近くの畑で、ひまわり祭りが始まりました。毎年、この時期は憂鬱です。林間学校で子どもたちに「自然の摂理に則して暮らすんですよ!」と教えているのに、近くでは、大人が自然に反して、秋に種を蒔き、真冬にヒマワリを無理やり咲かせて喜んでいるからです。

 活性化だと言って、寒い冬空の下で、真夏の風物詩ともいえるヒマワリを咲かせて人を呼び込むなど、人間中心主義の最たるものです。わがままな人間が増えるのは、このような自然無視のイベントを当り前のように実施するからです。

 もともと、4年ほど前に安谷屋の地主さんが遊休地に緑肥用のヒマワリの種を蒔き、それが偶然見事に咲いたのを、地元の新聞通信員が投稿したのがきっかけ。
夏の炎天下に大輪の花を咲かせるヒマワリが真冬に咲いたということで、珍しさもあって人がたくさん来ました。

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                   【わが家のベランダからみた、26日現在のヒマワリ畑】

 それをいいことに、すぐ近くの荻道の人たちが別な遊休地に同じことをして、人を呼び込むことに・・・。NHKをはじめ、マスコミも真冬のヒマワリとか、全国で一番早いヒマワリなどと銘打って、報道しました。なんと情けないことか。先日は、某新聞社が「一分咲き、見ごろは29日」などと書いていました。見ごろというのは、自然の草木が自然に開花する時使うべきです。


 教育委員会も幼稚園児に種を蒔かせたり、小中学校を巻きこんで俳句や写真、絵画展まで協力する始末。主催者側は、情操教育にいいとか言っていますが、自然の摂理を逸脱する行為が、情操教育にいいはずがありません。
 逆に、桜とヒマワリが沖縄では一緒に咲くものと、勘違いしてしまします。

 幼稚園にその点を指摘したら、なしのつぶて。したがってわが家の長男は、一昨年から通うはずだった幼稚園には行かないことにさせました。
 ジャネーの法則のように、子どものころ受けた印象は、大人になってから影響が出ます。正しい自然観や季節感を培わせるのは大人の責任です。このイベントに、村まで関与していることに、大変、疑問を持っています。

 休日には職員まで動員して自然を無視したイベントを3週間も続けます。会場周辺を一部通行止めもしますが、ここを通り道にしている私たちには、なんの連絡もありません。見物客も昨年は13万人などと言っていますが、その半分も実際は来ていません。今も近くには黄色い案内旗が並んでいますが、それを見てきた人は、さぞがっかりでしょう。ほとんど今は咲いていないからです。
 親切心があれば、もう少し、自粛すべきだと思います。

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             【背がまちまち。冬にヒマワリを無理に咲かせるのは、人間のおごり】

 そもそも、このような大仕掛けのイベントに対して、なんの議論もなかったことが、一番の問題点です。

 しかし、当のヒマワリ、今年はあまり咲いていません。緑肥が目的なのに、祭りが終わっても、農作物を植えることはありません。優良農地に指定してある場所なのに、目的を観光にしてもいいのでしょうか?

 ヒマワリには罪はありません。人間の都合で蒔かれたヒマワリの種は、寒くても生き抜こうとがんばります。しかし、限界があります。
 毎年、無理やり咲かせるので、徐々に土が痩せてきます。したがって、寒い時期とも重なって、今年は背丈も低いヒマワリばかり・・。

 可哀想としかいいようがありません。ヒマワリさん、ごめんなさい、です。

 大騒ぎして笑う人間の横で、ヒマワリは今年も泣いています。
posted by 塾長 at 20:11| 環境・生きもの