2011年03月18日

いざ!さらば!

 今日の午前中は小学校の卒業式に行ってきました。わが家に卒業生はいませんが、学校評議員を仰せつかっている関係上、来賓として招かれたので、随分久しぶりに「卒業式」に出かけました。

 昔とは変わったと聞き及んでいましたが、残念ながら、その通りでした。まず、国歌斉唱。沖縄だからかもしれませんが、式の初めの国歌斉唱は、式次第にあっても「斉唱」する人は誰もいません。
 起立しますが、流れるのはテープ。子どもたちもただ、聞いているだけです。小声でも歌ったのは私だけ。前の席に並ぶ村議会議員の一人は、国歌斉唱に反発したのか、着席しました。国歌斉唱が戦争と結びつくと考えているのでしょうか?

 沖縄で生まれ育った家内に聞くと「君が代」は歌ったことがないので、歌詞は知らないと言います。私たちは小中高の始業式、卒業式には必ず歌っていたので、みんな覚えています。特に熊本工業高校には音楽という学科はありませんでしたが、校歌と国家斉唱の指導はありました。『「♪さざれーいしのー♪」のところは「さざれ」で切るな、「さざれ石の」は続けて歌いなさい!」』と厳しく言われたものです。

 歌と言えば、卒業生が歌う「仰げば尊し」もなければ、在校生が送る「蛍の光」もありません。今日歌ったのは卒業生が「生きてこそ」、「あなたにありがとう」、「旅立ちの日」。5年生が「Believe」でした。
 ともに、友だち同士や親子のきずなを歌にしたものです。学校の卒業式はやはり、お世話になった先生に対しお礼を込めて歌うべきなのではないかと思いました。(親は、すぐまた家で会えるから・・・)

 送辞も答辞もありませんでした。全員で在校生や卒業生に話しかけます。歌もそうですが、自分の言葉でないので、感じるものがあまりありませんでした。
 全員参加もいいですが、生徒代表が訴える方が迫力があるのではないかと思いました。

 はなむけの言葉も多々ありましたが、感動を呼ぶ事例を含んだ言葉はありませんでした。また、式全体がどこか、学芸会の雰囲気が漂っていて、これまでの練習を発表しているような感じでした。

 私だったら「地震や津波で被災されたところでは、卒業式もできない。君たちはまだ恵まれている。被災された子どもたちの分まで頑張って欲しい!」などと言ったことでしょう。
 妙に「さようなら」が多く、さみしさを生みだすような仕掛けが目立ちました。卒業式は「お祝い」です。人生のひとつの通過点です。節目を迎えられた喜びをともに分かち合う方がいいのではないのでしょうか。来賓が「おめでとう!」といえば、そのたびに深くお辞儀をして「ありがとうございます!」と全員で応える風景に違和感がありました。
 もっと素直に、中学生になる喜びを出した方が良かったと思います。

 一方で別な村議会議員は、式の間じゅう、クチャクチャとチューインガムをかんでいました。軽率な行動です。尊敬される大人には程遠い行為と思いました。

 「卒業」。人生の節目。人生は、出会いと別れの繰り返しです。「別れ」を楽しむこと大切だと思って帰ってきました。

 やっぱり私は「・・・♪いざーさらーばー♪」です。「さらば小学生時代、新しい出会いが待ってるよ!」と言いたいところです!! 
posted by 塾長 at 14:35| 教育・子育て