2013年10月06日

秋・点描

 夏休みが終わっても、毎日忙しい(充実した)日が続きました。今年は日照りが続き、近くのタチガー(湧水地)の水量が激減し、家の前に流れ出る湧水はなくなりました。林間学校の洗たく場も枯れ果てました。

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【枯れたタチガー下の洗たく場と池】

 こうなると、人間の本性が表れます。見知らぬ人がアチコチからやってきて、思い思いの容器に水を持ち運んでいきます。あるとき、軽トラックに1トンタンクを乗せて水を持っていく人がいました。聞けば、「近くの農家から頼まれてきた。水はみんなのものだ。とってどこが悪い!」
 そういって、もと水道工事をしていたという男は、余剰水の流れる側溝に雨どいを置き、それから一旦古洗面器に水を上げてそこから古い排水管につなぎ、下流に置いた古浴槽に溜め、さらにそこから下流に軽トラックを止めて水を導いていました。
 「水はみんなのモノ」という殺し文句を放って、わがままを通す。今度の台風で樋や排水管に枝が詰まって、その内、下流のまた我が家の前に流れてくることでしょう。名水百選の名に恥じるような景観違反。それなのに、「さわったら器物損壊で訴える!」と脅す。道路管理者の役場は、村道だ、農道だ、農業用水だといって管理責任を転嫁する始末。いまも、景観違反の代物は道路側溝に置きっ放しです。

 その側溝ですが、長年、タチガーの余剰水が流れていて、側溝の底は石灰質が自然に固まって、凸凹していました。この凸凹を、我が家の前の底田原(すくたばる)の畑に水が入るからと言って、全部削り取ってしまいました。

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【「せせらぎ」を「排水路」に戻してしまった愚策。今どき、珍しい反自然の整備。側溝から水が道にあふれても、下流には道路を横断するグレーチングがあるので関係ない。河川法が改正されて久しいのに、いまだ「堤防の中の治水」を地で行っている例。なんと浅はかな考えなのだろう。】

 役場は排水断面を大きくして道に水が来ないように、畑に水が行かないように考えたのでしょうが、自然にできた底は生きものにとって、恰好の棲み家であり、活動の場所でした。
 二女が昨年の夏、北谷町に流れ出る白比川に生息するアヤヨシノボリの経路を研究したとき、生息域の最上流は、私たちが作ったタチガーの池でした。
 また、そこの石灰質を取り除いた人たちも言っていたように、この水みちにはモクズガ二がたくさんいました。馬も鳥たちもみんな水が飲めました。単に自分たちの商売のために、近くに住む者の意見も聞かず、工事をしていいのでしょうか。

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【林間学校で子どもたちは「せせらぎ」に手を浸け、すくって飲んだ。水と人と距離が近いと環境意識は高くなるという関係がある。】

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【人間中心主義は、野生動植物の棲み家を排除する。このモクズガ二たちは、人間の行為によってどこに行ってしまったのだろう。人間の罪は重い。】

 林間学校に来る子どもたちは、湧水地から流れ出る水を手ですくって飲みました。我が家の二男は重度障害で目は見えませんが、耳は聞こえます。毎日、エサ上げの時、自然に落ちる水音を聞かせていましたが、もうそれもできなくなりました。残念でしようがありません。わがままな「せせらぎを排水路にした」のは人間です。水は誰のもの?と聞き返したいくらいです。

 またその下流の道ばたには草が生えていますが。これを時々、役場が除草します。役場は草刈り機で切ります。反対側の路肩は農家が3度に分けて除草剤をまきました。しばらくすると、我が家側はまた草が生えてきますが、反対側は生えてきません。毒をまいているからです。数か月後、やっと草が生えてきますが、それを馬のゲンが食べようとするので、大変です。
 下から見ると右の我が家側は、林間学校で野草教室に使える自然の草が生えていますが、対岸は毒物で汚染された土で育った草です。きっと、その下の畑は農薬や化学肥料で汚染された土で育った農作物。わがままな日本社会は、このようなところにも広がっています。

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【右側が我が家、左が農地。農地側には除草剤がまかれたため、草が生えて来ない。農地のほとんどは、このようにして、人間の管理下に置かれる。農作物は自然の営みを生かして生産するもの。もっと原点に返るべきでは・・・。】

 側溝の底を削る方法も、道路の端にブロックを立ち上げて畑に水が流入しない方法も愚策です。野生動物の生存権の尊重も、自然との共生の思想も微塵もありません。ただ、農家の苦情処理に対応して水を物理的に処理することしか考えていません。なんと浅はかで貧しい考えでしょう。悲しくなります。

 しかし、このような考えが今の日本社会を支配してします。もうそろそろ始まる「ヒマワリ祭り」はその最たるものです。自然の摂理に反して、無理やり夏咲く花を冬に咲かせるのですから・・。
そもそも、優良農地を観光のために使っていいのか!加えて、外来種の持ち込みによる自然生態系のかく乱、アブラムシやシロガシラの大量発生など環境の変化は、農作物への影響もあります。
 一番の問題は、自然を人間の力で無理強いすることです。ここでも、「真冬に真夏のヒマワリを咲かせて人を呼ぶ」というわがままがまかり通っています。しかも、昨年度から「村」が主催しています。

 反社会的なイベントを行政が主導するなど、考えも及びませんでした。公の場で意見をしても、「何をかいわんや」の態度でした。血税を使って、人間のわがままを通すことは、健全な青少年の育成の障害になります。子どもたちは、なんでも力づくでできると勘違いします。これが、犯罪の隠れた温床になっていることに、早く気づいて欲しいものです。

 しかし、そんなに熱くならなくとも、この手のイベントは自然消滅すると思っています。地域活性化や整備の名のもとに行われる役所主導のまちづくりは「まちづくり」とは言えません。
 「まちづくり」とは、自然に逆らわない人間の民間活動のことです。宮崎県の綾町では、単なる地産地消ではなく、有機栽培の農作物を地域ブランドとして長年かけて達成しました。
 新鮮さや地産地消だけではありません。農薬や化学肥料で汚染された農地でできた農産物の悪循環では、何年たっても健全になりません。

 そろそろ見せかけの活性化ではなく、本質に迫る活動に移行したいものです。

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【北中城村の現場。半世紀前に建った住宅の再生。当時の技術と心を未来につなぐ仕事です。赤瓦は天水の雨だれ部分に小端立てして水みちになります。】

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【寄棟の小屋組みは京呂組だったが、戦後間もない時期に宮崎や秋田から運んだ木材(押印あり)を沖縄式の二重梁、込み栓打ちで建ててあった。小屋組みの一部や欄間、建具等を、新築に使用予定】

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【軸組みは沖縄式の「ヌチジヤー」。差し鴨居、柱はすべてヒノキであった。】

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【家族の歴史が刻まれている「背比べの柱」。この柱は新築住宅に再利用する予定。】

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【次男・万然。週2回のリハビリで最近は首が多少座るようになった。特製の椅子を作成し、さらなるリハビリで「奇跡」を願う。】

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【小学生以上の4人の子どもが毎週通う「合気道」教室。自然(宇宙)の摂理に逆らわない、戦わないなどは自然との共生思想に通じるものがある。】

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【我が家のベランダから見える子どもたちの通学風景。家に残っている5歳、6歳の姉妹が元気な声で「いってらっしゃーい」と4人のきょうだいに送る。遠くでも聞こえたら「いってきまーす」と返事が返ってくる。】

posted by 塾長 at 18:31| 環境・生きもの