2023年02月07日

故 東大森裕子様 謹んで哀悼の意を表します。

昨日15時32分、熊本の女性建築家、「東大森裕子(ひがしおおもり ひろこ)さんが亡くなられた。」と一報が入りました。沖縄在住の東大森裕子さんの旧九州女学院時代の友人、野原より子さんからでした。

本人との連絡が昨年末から取れず、ずっと心配していました。熊本の設計仲間の友人に尋ねると、さらにもっと親しいご友人に聞いてみたらしくその結果、「用があるときはこちらからするので、しばらくそっとしておいて・・・」ということだったので、「きっと何かご事情があるのだろう、とりあえず元気なら待ってみよう。」と考え、心配はしながらこの3カ月ほどを過ごしました。

そして昨日の訃報。ショックでした。

心の整理がつかないまま、インフルエンザで休んでいた家内と情報を共有しました。野原さんのお話によると死因はガンで、あちらこちらに転移して最後は多臓器不全に陥ったと聞きました。その前に転倒による骨折をされていて体も弱っていたのではないかと思われます。

私よりひとつ下で満71歳だったと思います。早すぎる人生です。最後にお会いしたのは2018年12月、建築学会の奄美大島での大会後、沖縄に来られた時です。友人の野原さんとご一緒でした。自宅を案内した後、嘉手納基地内を子どもたちの合気道の師匠であるグランダー・ケン先生に案内してもらい、私も同行しました。自宅近くの国指定文化財の中村家も12代当主の中村さんに案内してもらいました。夜は、野原さんと3人で那覇に食事に行きました。

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【2018年12月16日。奄美大島経由で沖縄入り。昨日連絡をいただいた沖縄在住の東大森裕子さんの友人・野原さん(中央)と初めて自宅訪問。学習棟で「宙に浮く心柱(実物)」と「宙に浮く心柱の模型」を見学。】

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【第八子「こだまこ」と第九子「わかみこ」とすぐに仲良しに・・・。右端が東大森さん。】

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【せっかくなので在沖米軍嘉手納基地内を子どもたちが習っている合気道のケン先生に案内していただいた。詳細は当日のブログにあります。】

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【国指定文化財・中村家住宅を当代に説明していただきました。沖縄で最も古い住宅。】

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【どなたが見えても子どもたちが歌を歌って歓迎します。大喜びで合掌を聞く東大森裕子さん(右端)でした。子どもを見る優しい視線が忘れられません。】

その前は人吉市矢岳町にある旧国鉄矢岳駅駅長官舎(国の有形文化財)を売却した後、熊本市内で昔の建築士会の友人の仲間と会うときに、仲間への連絡などを全部していただきました。おかげで久しぶりに皆様とお会いできました。
いつでもそうですが、とても世話の届く方でした。また心配りもきめ細かく、連絡が途絶えていても、クリスマスのプレゼントが今年も届いていました。毎年10人の子どもたちは毎年欠かさず届くプレゼントに感謝しています。

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音楽館で紹介.JPG


【2018年3月18日。熊本市役所近くにある「音楽館」。私の熊工時代の同級生が歌手兼経営をしている店です。ここでも東大森さんは子どもたちへの飲食に気を使ってくれました。初めてお会いされる方もいたので私がそそれぞれの方々を紹介し、その後ご本人から自己紹介してもらいました。元気だった東大森さんが垣間見えます。】

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【この時は先妻との子・長男も来てくれました。】

音楽館で(正面).JPG


【和やかなムードで進んだ「旧友との再会」。いっぱいお世話をかけてしまいました。こんなことが体に響いたのではないかと気になるところです。】

東大森さんと最初お会いしたのは私が30代半ばのころだと思います。熊本県建築士会の青年部会で相談委員会に属し(のちに委員長)、地元日刊紙で「暮らしのけいざい」というコラムを4人輪番で月一回連載した頃です。私も東大森さんも4人のメンバーでした。彼女はそのころでは珍しい女性建築士で、いろいろなメディアに登場していたので有名人でした。

印象深かったのは、打ち合わせで当時彼女の事務所(熊本市の手取神社の参道)に行ったとき見た藤崎八幡宮秋の大祭の馬追いの時着ていた法被姿の写真。それは、それは意気が良くカッコよかったです。「おでこ」の広い裕子さんを「でこちゃん」と今でも呼ぶ野原さんの気持ちが分かります。

当時、女性建築士は少なく、周りの目も厳しかったと思います。しかし彼女は建築士会の会議や会合でもどんな相手でも意見ははっきり言っていました。彼女にあこがれて建築士になった女性も多いかと思います。

私は事情があって熊本市を去り、再び同じ県内の人吉市矢岳町に移住した時も熊本市内から数時間かけて会いに来てくれました。再婚した妻が沖縄出身だと知って沖縄の郷土料理の「ミミ―ガー」(豚の耳の肉の千切)を持参してくれました。

その後志した「県知事選挙」に出馬する時も、一番先に寄付してくれました。「竹を割ったような性格」の方です。一方で選挙ポスターを数十枚も掲示板に張る作業もしていただきました。
今更ながら感謝申し上げます。

出身大学の長崎総合科学大学の後輩である永本さんや瀧沢さんを見送る運命になったことは、精神的に相当な打撃だったことと思います。その永本さんも矢岳の家に来てくれましたが、訃報を聞いても沖縄から駆けつけることができませんでした。母の十三年忌が今年なので、帰熊することになったら、皆さんのお墓参りをしたいと思っています。

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【生前、紹介した「熊本で一番おいしいラーメン」と紹介した「新華楼」のラーメン。かつて事務所を手取本町から島崎町に移されました。そこは西山中学校(せいざんちゅうがっこう)の校区。私の中学時代の校区。熊本には珍しい透明スープであっさり型。是非食べてください!とお願いしましたが、果たして何回味われただろう?「おいしかったよ!」と聞いたような気がします。】

近年は熊本県和水町(なごみまち)三加和小中学校の設計(木造校舎)で農林大臣賞などを受賞されています。私とは設計での接点はほとんどありませんでしたが、建築士会を通した活動や友人関係としてのお付き合いに限られていました。私のブログも見ていただいていたらしく、「お月様のことは詳しいわね。読んでるよ。」とおっしゃっていただいたこともあります。

生涯独身を通された東大森さんですが、我が家の子どもたち10人にはとてもやさしく接していただきました。(家族の子どもさんにもそうですが・・)

「気丈に生きる女の印象」が強いかと思います。しかし、東大森さんの心の中には親御さんから伝授されている心の優しさや気遣いが溢れていました。
電話で心配事を相談すると、喉の手術後、出しにくくなった声を絞り出して「大丈夫よ!心配しないで!」と励ましてくれました。本当に惜しい方を亡くしてしまいました。

最後まで孤独の中で「病魔」と闘われました。東大森さんから学んだ強い意志と優しい気持ちを忘れず、残りの人生を生き抜きたいと思います。

東大森裕子さん、ありがとうございました。どうぞ安らかにお眠りください。合掌。

故 東大森裕子様 令和5年2月1日 ご逝去。享年72歳。

あの顔の広い東大森さんが家族葬にされたというのには、さまざまなご本人、ご遺族のお考えがあるかと存じます。しかし私自身がご逝去後1週間も知らずに手を合わせることもできなかったことを思うと、誰かが静かにお伝えすることは必要かという思いで書き綴りました。ご遺族の皆様には謹んでお悔やみ申し上げます。
くれぐれもご遺族に迷惑の掛からないように、よろしくお願いたします。
posted by 塾長 at 17:28| 教育・子育て

2023年02月02日

帰ってきた「ムック」!

普段は午前6時ころから道路掃除や除草活動のため、裏山の牧場まで散歩に出かけます。1月22日(日)午前中、みんなに少し遅れて外に出たら犬小屋にいたムック(番犬)がいました。チェーンが絡まっていたので解いてあげようとしたとき、首輪の金具がチェーンから外れてムックは走り去りました。

たまにこう言うこともありますが、必ず小屋に帰ってきていました。ただこの日は帰ってきませんでした。他人に危害が及ばないか心配になって、沖縄県動物愛護管理センターに写真を付けて「迷い犬」の登録をしました。

愛護センターのHPには翌23日にアップされました。人懐っこいので誰かが預かっているのかもしれないと思ってHPを毎日検索しましたが、掲載はありませんでした。

それから毎日、近所や行きそうなところを探しましたが見つかりません。行方不明になって5日目の1月28日、愛護センターのHPをよく見たら「保護」されている犬の項目がありました。これまで一般の人が預かってくれているところしか見ていませんでした。

「いました!」組み写真で3枚。間違いないかどうか家族にも照会したら「間違いなし」。どれほどうれしかったか!我が家で生まれた番犬です。もう8年ほどになります。とてもお利口で、「待て」、「お座り」、「お手」、「お代わり」ができて、目の前にエサがあっても「よし」をいうまで食べない犬です。(ほかの犬も一緒ですが・・・)

HPでは31日まで預かりとありました。28日は土曜日で愛護センターは警備員さんしかいませんでした。「確認にいきたい」とお願いしましたがダメでした。月曜日、センターに連絡して迎えに行きました。預かり限度の1日前でした。

センターでは数か所の檻(おり)に、たくさん保護された犬がいました。「ワン、ワン」と吠えました。しかし、奥の檻にいたムックは「キューン、キューン」と私を呼んでいるような声でした。

小さな檻に入れ替えられて出てきました。「念のため」と思い、「お座り」、「お手」、「お代わり」をさせると、チャンとできました。担当の方に「少しやせた感じがしたので確認しました。間違いなく我が家の飼い犬です。ありがとうございました。」といって引き取らせtいただきました。

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【小さな檻の入れ替えられて出てきた「ムック」。走り寄る4歳の「心然(しんねん)」。】

「ガス室に行かずに良かった!ギリギリセーフで命が助かった!」家族も大喜びでした。しかし一方で迎えが来ない犬もたくさんいたので気がかりでした。

それにしても同じ動物愛護センターのHPに「迷い犬」と「保護」の項目に同時掲載されていたとは・・。またそのことに私もセンターも気付かないとは・・。
「このようなミスマッチがないようにしましょう。」とセンターにはお願いしました。

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【いつもの散歩道に満足の様子の「ムック」。】

飼い主の責任の重さを痛感しました。獣医からいろいろ説明がありましたが、言葉の端々に「管理」が出てきました。我が家には家族同様の番犬が5匹いますが、あまりにも「管理」「管理」と言われて、違和感を覚えました。「犬」を「モノ」扱いしているように感じました。今の日本の人間中心の社会を垣間見たように思いました。
posted by 塾長 at 12:10| 教育・子育て

2023年01月25日

今の日本の処世術

最近の事件は親子の殺し合いや親や子への虐待が目につきます。また、障がい者や高齢者、乳幼児など社会弱者と言われる人たちが犠牲になる事件・事故や、警察官、教師、医師などが起こす事件も後を絶ちません。
一体どうなってしまったのでしょう?

これまでは「「自然」との接触不足や自然破壊が命の軽視に結び付いているのではないかと思い、自然を排除しない教育を林間学校など通して活動してきました。
しかし、どうもそこだけではないように気がしていました。そしてたどりついたのが「日本人の心」の喪失です。

明治以降、欧米文化の移入が著しく、特に大東亜戦争で連合国に負けた日本は戦勝国・アメリカの影響が強く、GHQの日本弱体化政策にまんまと引っ掛かって、3S(スポーツ、スクリーン:映画・TV、SEX・風俗)に没頭したため、戦後は「1億総白雉(はくち)化」時代と呼ばれ、自己中心、人間中心の社会になりました。
(おいしさだけを強調する料理やバラエティーなど低俗な番組が多いため、我が家には20年前からTVはありません)
「平和ボケ」と言われるほど危機管理能力は地に落ち、お金持ちが偉い!という浅ましい価値観が横行しています。

しかし、日本人のDNAは生きていました。特に地方には「地方(じかた)文化」と呼ばれる地方独自の日本文化が「祭り」をはじめ、「年中行事」などで復活しています。

西暦より660年も長い歴史を持つ日本の「皇紀」は世界最長級で現在は「令和」の5年です。皇紀でいえば「2683年」です。
お隣の中国は長い歴史の国と思われがちですが、「中華人民共和国」としてはまだ今年の10月が来て建国以来74年の歴史しかありません。

日本は建国以来、「日本」という国名は変わりません。中国は王朝が滅びればまた新しい王朝が制覇するという歴史を繰り返しています。他の国も似たり寄ったりです。

長い歴史を持つ日本には、「伝統」と呼ばれる「文化」が育ちました。それは大それた話ではありません。我が家の子どもの育て方は「返事、挨拶、正座」が基本です。これらは長い歴史を持つ日本の文化の一端です。
日本人は礼儀正しく勤勉というのは外国からの評価ですが、災害があっても暴動が起こらない、バス停では並んで待つなど、日本は治安が良く、秩序が保たれています。

それは長い歴史の中で戒めや励まし、他への感謝を口伝として格言やことわざで残されているからでしょう。全国に8万を超える神社(5万5千ほどのコンビニの数より多い)は「五穀豊穣」や「家内安全」などを祈願するところですが、法律以前に「人の道」を外さないように、心を「無」にする聖地でもあります。なにせ日本には「八百万(やおよろず)」の神様がおわす、とされます。

つまり、日本人は初詣や初日の出から晦日(みそか)の茅(ち)の輪くぐり、大晦日)おおみそか)の除夜の鐘まで神社・仏閣でお参りします。近くの水神さんやお地蔵さんに至るまで、日本人はその時々に心を清め、近くの神様に手を合わせます。

残念ながら「祭り」が花火大会や音楽、スポーツに興じる所もあるようです。「祭り」は非日常的ですが、日常の「家庭」では「仏壇」や「神棚」がその役割をします。

我が家の仏壇には私の父と母(父は15年前50年忌、母は今年13年忌)、先祖の位牌もあります。子どもたちは通知表や表彰状をもらったら一番に上げます。昨日は母親の月命日でした。月命日には毎月「だんご汁」(熊本の郷土料理)を作って上げます。学校に行き帰りにはお地蔵さんに手を合わせます。

戦後の「成金(なりきん)主義」や「自己中心主義」がもたらす社会は、犯罪の温床ばかりか世界の不安定にも繋がり兼ねません。

身近なところでも「日本人の心」を取り戻すことができます。DNA(遺伝子)は1,000年掛かって確立すると言われています。日本人の「心」は形には見えませんが、まだまだ大丈夫です。

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【朝から草食動物たちへのエサになる草を刈ります。「運び屋」は第10子の心然(しんねん)。お手伝いも重要な子ども時代の仕事。この経験がきっと人生のどこかで生きてくると思います。】

長い歴史を持つ日本には俳句や短歌をはじめ、華道や茶道、柔道や合気道、大相撲などがあります。温暖な気候の中にも変化のある四季もあります。今仕事している伝統建築もそのひとつです。
部活やプロでも勝てば良し!という風潮が圧倒的だから問題が発生します。スポーツは教育の一環であり、人間性を高める手段のひとつと考えています。大相撲は神事の一環でもあり、武道の合気道はスポーツではありません。そもそも「試合」がありません。護身術ですが、相手に怪我をさせない技も秘めています。

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【今日も次女は現場で反りのある玄関の破風板に彫刻を入れていました。木造なので火事に遭わないために「水」をイメージしています。自由闊達(かったつ)に手作りの技術を進んで施しています。「木」は「生きもの」です。】

「モノ」にも「命」が宿る、つまり「モノ」も「生きもの」として捉える日本人的感覚、「森羅万象(しんらばんしょう・見えるもの見えないもの、宇宙まで)神々宿る」という日本的な考え方・捉え方に近づけば、争いごとも少しは減り、謙虚で寛容な日本人の心が取り戻せるのではないかと思っています。
posted by 塾長 at 19:12| 教育・子育て

2023年01月19日

家族で泣いた十三祝い!

1月18日(水)は第7子(三男)の万然(ばんねん)の「十三祝い」が通っている泡瀬特別支援学校の体育館で開催されました。

当日は平日なので他の家族は学校や職場に行くので、休みを取った家内と私が参加しました。これまで6人の十三祝いとは全く異なる感動を受けました。

参加できなかった家族のために写真とカメラに納めた動画を自宅のパソコンに移動し、みんなで観ました。途中から10人の家族は全員涙を流し始めました。目を真っ赤にして4歳の心然(しんねん)も泣いていました。

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【会場に張られていた「十三祝い」の手作り看板】

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【万然がもらってきた当日のプログラム。「あれれ、「終わりの言葉」に万然の名前がある?話すことはできないのに万然なのに・・」と思いつつもその時を待ちました。】

事前に練習した余興のビデオや過去お世話になった先生たちからのメッセージもスクリーンに流されました。
「生い立ちのスライドショー」では子どもたちそれぞれの13年間の流れがスライドショーで紹介されました。

家族に事前に2枚ほど支援学校に通う以前の写真の提供をお願いされていたので、私たちも送りました。その写真を含めて学校での授業や活動を取り入れて紹介されました。

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平成26年(2014年7月)万然おんぶして湧水地にてエサ上げ.JPG


【万然の小さい頃の写真は熱発する前の日の夜の熊本での写真と、脳性麻痺になった後、自然から受ける刺激を機能改善に効果があると考え。毎朝裏山の道路清掃への行き帰りに湧水地へ立ち寄り、水の温かさや冷たさや、流れる水音、鳥のさえずりなどを感じるよう家内が坂道をおんぶしてしている写真にしました。きっと万然は母親の背中の温かさが一番うれしかったのだろうと思います。】

そしてその後、「ウサギ年」の同級生10人の家族からそれぞれの子どもたちにお祝いの言葉が贈られました。家内が万然を前にしてお祝いの言葉を話す映像を見て、家族全員がすすり泣きを始めました。

11年前の8月の暑い盛り、自宅出産で生まれた万然はこれまでの出産では一番きれいに、かつ、無理なく生まれてきたこと、熊本から帰ってきた夜、急な高熱で中部病院に救急車で運ばれたこと、そのあとまた南部こども医療センターに救急車で運ばれたこと、そして沖縄県で当時ひとつしかなかったPICU(子ども集中管理室)の無菌室に入って直接抱くこともできなかったこと、72時間生死をさまよい最後に脳性麻痺を医師から宣告されたこと、その後、学校へ通うようになり、先生方のおかげで少しずつ反応できるようになり、体も大きくなったことなどを、切々と話しました。
目が見なくなり言葉も出ず、四肢も不自由になりけいれんが頻発していますが、「これからもずっと一緒に頑張ろうね。ありがとう。」とお祝いと感謝の言葉を掛けました。

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【隣で聞いている自分も時々止まりかけながら語る妻の言葉に、思い起こすことも多く、マスクで涙を拭きながら聞きました。か細くなりながらも、万然への思いを一生懸命語っていました。】

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【お祝いの言葉を終えると用意されていたお花を万然に渡しました。きっと万然も分かってくれたと信じています。】

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【先生方が準備してくれた「くす玉」が割れて、中から「ありがとう」と書かれた紙看板と紙吹雪が出てきました。こんな演出をしていただいた先生方に感謝です。】

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【そして一番気になる「終わりの言葉」。万然が名指されていました。心配で心配でなりませんでした。しゃべることなどできないのに、ありがたいけど無茶があると思っていました。しかし、担任の安次富先生が万然の横に来られて「それでは「ウサギ年」の十三祝いを・・・」と言われると万然にマイクを当てられました。するとこれまで一度も言葉を発したことがない万然の口から「お・わ・り・ま・す」と言ったように聞こえました。これを聞いて会場の人たちから大拍手が起こりました。】

これまで十三祝いでは味わったことのない感動を覚えました。

「お祝いの言葉」では他の9人の家族からそれぞれ脳性麻痺になった経緯やこれまでの暮らしぶりを聞くことができました。わずか2枚のメッセージでしたが、出産時に障がいをもった子や万然のように後天的に障がいをなった子がいました。
どなたも「まさかわが子が・・」の絶望的な気持ちを一度は持たれていたようでした。中にはのどを止む無く切って「もうこれからあなたの声が聞けなくなる」と覚悟した親や生体肝移植をされた子もいました。

それでもみんな一生懸命生きて、症状が多少軽くなった子もいるし、変わらない子もいます。発表はしないけれど悪くなっている子もいるはずです。

絶望の中から小さな明かりを見つけ、障がいを持つ子どもたちから励まされて生きている親がそこにいました。東京から越してきた人は言いました。「東京にいたら「十三祝い」という行事はなかった。沖縄に来てよかったね。」と。

我が家では「万然」は「宝」です。

「ありがとう」という子どもたちにこちら側から「ありがとう」と心で返しました。「おめでとう、ありがとう、万然とお友達!」
posted by 塾長 at 23:44| 教育・子育て

2023年01月17日

懸魚(げぎょ)の取付け

待ちに待った玄関小屋根の破風板付けと「懸魚(げぎょ)」取り付けができました。

大屋根は「長い反り屋根の蓑甲」や「八角形の塔屋」、「宙に浮く心柱」など大工さんに苦労掛けましたが、小屋根は玄関入り口の「顔」。入母屋の「振り隅」、そして「マス組」、「海老虹梁」、「懸魚」など、大工泣かせの難しい仕事の連続です。

昨夜も午後9時ごろまで残業をされたようです。朝からすでに建っている本体のモヤとの調整に時間がかかるだろうから10時ごろ取り付けることになりそう・・・と棟梁から聞いていましたが、現場の亜和(あや)から「もう取り付きました。」と電話連絡。

反りのある「拝み破風」が「差し(化粧)母屋」の平ほぞがぴったり入り、その直後「懸魚」と「鰭(ひれ)」があっという間に取り付いたらしい。伝統構法なので釘は使わない。

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【「懸魚」と「鰭」が三位一体で反りのある破風板に取り付けられた。】

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【裏から見るとこんな感じ。実によく考えられている。欅の楔を外すと全部きれいに分解される。】

反り。眉.JPG


【反りのある破風板。眉(まゆ)もキレイに描かれている。部材はすべて「ヒノキ」。】

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【彫刻を担った亜和(あや)も感慨深げ・・。最終日はベテラン大工さんに修正してもらいました。】

葺き降ろし部分の蓑甲屋根の加工が進んでいます。今週中にはほぼ玄関小屋根の全体像が見えてきます。素屋根を外せば、瓦葺き工事が始まります。玄関小屋根の鬼瓦は「鳳凰」。慌てず落ち着いて淡々と日本の伝統木造建築を仕上げていきます。

伝統構法の大工見習の次女が気を利かせて取付状況を写真で撮っていました。以下に掲載します。

破風納め.JPG


【反りのある破風板を化粧モヤに取り付け。平ホゾ差し(横ホゾ)】

懸魚ホゾ入れ (2).JPG


懸魚ホゾ入れ.JPG


【懸魚(げぎょ)と鰭(ひれ)2枚を同時に破風板にホゾを差し入れます。(各2本)】


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【破風板と懸魚・鰭をしっかり繋ぎ留めるためにホゾにカンザシを差して固定します。】

樽の口.JPG


【最後に六葉に樽の口を打ち込みます。】

いやー、現場に立ち会いたかったなー。「全部奇麗にまたバラシて再組み立てできるから。もう一回してもいいですよ。」と親富祖棟梁が言ってくれたが・・・まぁ、仮組みの時、組み方は見ているので、「いいですよ。」と遠慮しました。本音は「動画で撮りたかったなぁー・・・」
posted by 塾長 at 17:07| 教育・子育て

2023年01月16日

前を向いて行こう!

隣国・中国がゼロコロナ政策から一変して、緩和政策に転換しました。しかも21日からの春節を控えています。外国への渡航条件を掛けないため日本は当然、水際作戦としてPCR検査や陰性証明の表示を求めたわけですが、それを民族差別といって中国へのビザを発給しないというのですから、身勝手もいいところです。

3年前の武漢発のコロナ感染のときも、内部告発があったにもかかわらず隠ぺいして春節時に出国を野放しにした結果、世界にウイルスが広がりました。
WHOは当時調査員を派遣しましたが、なしのつぶて。さすがに今回は政策転換で爆発的に増えた9億人と言われる中国国内の感染者数が不透明なため正式な数字を出してほしいと言っているようですが、あの国ですから無理でしょう。

ロシアのウクライナ侵攻や爆発的な中国のコロナ感染、北朝鮮の核・ミサイルなどに対して「国連」は何もできないのだな,と実感しています。第二次世界大戦の戦勝国がいまだに常任理事国で拒否権を乱用している状況なので、世界の秩序が守られるはずがありません。日本は非常任理事国ではありますが、最多の12回選出されていて、特に今月は議長国。国連改革を他国に働きかけて、常任理事国を増やすことや常任理事国を選挙で決めること、戦争を始めるような国は常任理事国から外すようなことなどを進めて欲しいと思います。

さて身近なところでは、次女・亜和(あや)が無事、北中城村の「はたちの集い」での挨拶や実行委員会の活動を終えました。

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【1月8日はそのようすがリアルタイムで配信されました。その映像を千葉の長女が撮ってくれていました。「私の夢」を発表する亜和。「伝統建築の大工棟梁になって、日本文化を継承します!」】

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【中学校の女子ソフトボール部で一緒だった仲間らとの記念写真。右から2人目。】

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【今日は普段通りエサ上げや周辺の清掃をしました。チャボはカラスやマングースに襲われてわずか1羽になりましたが、大事に育てています。心然はチャボを抱けるようにし成長しました。】

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【林間学校で鳥居を建てましたが、あれから約10年。古い方の鳥居の劣化が激しく危険と思い、今日、撤去しました。杉の木で掘っ建てだったのでどうしても腐ります。鳥居は日本の木造の「原点」。2本の柱で建つ「鳥居」は単純ですが深い意味や構造が隠されています。少し寂しい思いをしました。しかし、木は再生できます。】

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【後で栗の木で建てた「鳥居」は健在です。長生きしてもらうために今日、笠木に板金を施しました。】

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【古い鳥居と一緒にあった郵便ポストも移動しました。・・というか元の位置に戻しました。これも単なる土に掘っ建てだと長生きしないので工夫しました。柱の下部を木の楔や石で固めて宙に浮かせました。つまり「宙に浮くポスト」です。現在進行中の住宅にも36p角(八角)の「宙に浮く心柱」があります。右奥に立て直しました。】

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【現場は少しずつですが前に進んでいます。明日やっと玄関の小屋根の拝み破風を取り付ける予定です。この小屋組みは、入母屋の一部葺き降ろしで蓑甲納めです。しかも隅木は4.5寸と5寸の振れ隅にしました。外壁は二重壁の下見板張り(柿渋塗り)で現在捨て板のヒノキ板を張っているところです。上部はモルタル塗り下地漆喰仕上げの予定です。】

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【反り屋根の破風に付く「懸魚(げぎょ)」。明日取り付ける予定です。】

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【こちらはその「懸魚」につく「鰭(ひれ)」です。上が表で下の写真が裏の仕口です。土曜日はまだ仕上げ途中でした。親富祖棟梁が仕上げています。彫刻は娘です。】

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【懸魚に取り付け予定の「六葉」の「樽の口」を加工中の仲宗根大工さんです。「六葉」の彫刻も娘がしました。ともに「明日の出番」を待っています。】

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【現場からヤード(作業場)経由での帰り道、目の前に「中城北中城消防本部」の救急車が走っていました。私自身もお世話になった救急車。よくみるとナンバープレートが「119」でした。自宅の近くまで一緒でした。心のなかで手を合わせました。】

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【「♪梅は咲いたか 桜はまだかいな?♪。」我が家の浴室横の梅が開花しました。近くの桜は咲いていますが、我が家の桜はまだ咲いていません。昨年は梅の実が余り付きませんでしたが、今年は期待できそうです。小3の「こだまこ」が昨年自由研究した結果では梅干しは肝臓に良いらしいので、今年は自家製の梅干しづくりをしようと思います。】

いつの世も生きていれば悩みや迷いはついて回ります。きついことの方がきっと多い。しかし、くよくよしても仕方ないので、前を見て行こうと思っています。

高知大学医学部付属病院の藤枝先生からの年賀状にも一言「前へ進めます。」とありました。脳性麻痺の改善治療を「国内医療」に託すことを年賀には書きました。時間がかかっても国内での「さい帯血による再生医療」に夢を架けたいと思います。
posted by 塾長 at 00:49| 教育・子育て

2023年01月02日

令和5年 明けましておめでとうございます。

世界がロシアのウクライナ侵攻で戦争状態であるなか、日本では安倍元総理大臣が選挙応援中に銃弾に倒れるという、激的な社会状況が続いています。

今年も決して安定した年とは言えないと思いますが、世界観や国家観を持ちながらも、身近な社会で生き抜いていきたいと存じます。

さて大晦日まで忙しい日々が続きましたが、一夜明けたら元旦を迎えることができました。

昨日の一日をお伝えします。

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【大晦日の餅つきの片づけが元旦の朝の仕事始めです。薪(たきぎ)の木材を燃す時出た煤(すす)が鍋にこびりついています。これは先人の知恵で残った灰でこさぎ取ります。】

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【家の床下や周りにある廃木材にシロアリが来ていたので、全部処分することにしました。その残りの灰を利用して「焼き芋」を作ることにしました。】

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【その間、別グループは裏山に休みでずっと布団(ふとん)に寝ている万然(ばんねん)をバギーに乗せて散歩しました。久しぶり外の空気を吸ったと思います。3人が変わりばんこで坂道を押します。湧き水のあるタチガー池に作ったお地蔵さんに万然の治療改善をお願いしました。】

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【やっと午後3時ごろ自宅に全員集まりました。昨年だけ書かなかった「今年の目標」を今年は書きました。書いても毎年途中から目標が大幅に変わって無意味になっていたからです。
しかし、それでも「目標」は必要と思い、今年は全員で書きました。家族全体では「健康第一」です。
仕事も学校もすべて健康でなければ進まないと実感したからです。特に私は昨年、腰痛やこむら返り、風邪、コロナなどで松葉杖をついて現場に行ったこともありました。そのほかの家族もそれぞれ目標をもって暮らそうということになりました。】

その後は、例年通りの年初めの儀式。

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【昨年作った「梅干し」。果肉が大きくて、完全無農薬の梅干しを湯呑に入れてお茶を注ぎ、ひとりずつ酸っぱい梅をいただきます。「あけまして おめでとう」と元旦を一緒に迎えられた喜びを家族で実感します。

日本は外国と違って、出生した日からではなくお母さんのおなかの中の命もカウントします。それを「数え年」で表します。私は10人の子どものうち7人を自宅出産で自分で受け取りましたので、おなかの中の「命」を実感しています。ひとりずつ数え年を言って挨拶しました。ちなみに私と万然は同じ「ウサギ年」の年男です。数え年は干支(えと)にも合致します。】

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その後は「赤酒」で体を清めます。この日だけはアルコールの入った「屠蘇(とそ)」を全員でいただきます。「三々九度」で器に注いだ「おとそ」を呑みます。正月用の花を生けた仏壇の母にもあげます。
呑み終えると、みんな一緒にあたらしい年を迎えられたので「明けまして おめでとう!」となります。】

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【そのあとは雑煮の昼食です。大晦日に搗(つ)いたお餅が入っています。出汁(だし)は熊本風のトリガラです。子どもたちにとってはこの後の人生で「後藤家母の味」として記憶されると思います。】

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【夕食は妻が作った「おせち」です。その前に残り火の消し炭に入れてできた「焼き芋」をみんなでいただきました。甘くておいしい!】

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【今年は料理する妻が12月30日まで仕事だったので、スケジュール的には無理だろうと思っていました。しかし根性者の妻は意地で17種類の「おせち」を作り上げました。
いつものように黒豆や栗きんとん、エビ、尾頭付きの煮干し、酢の物のいわれを説明し、また、主婦が正月だけは家事が減るように「おせち」を3ヶ日はいただく、というようなことを説明しました。いつもは贅沢できない家庭事情の中で元旦だけは少しだけマグロと出世魚のブリの刺身をみんなで分けていただきました。
ワサビはこの日だけは「本物」。仕事もそうですが、なんでも「本物」を知っておかないと何が「本物」か分からなくなるからです。780円のささやかなる贅沢です。】

昨年は病気やケガ、感染などで家庭的には苦戦の連続でした。ただ生きていくのに「楽」だけはありません。常に悩みや不安が付きまといます。しかし、心の持ちようで見方や捉え方が変わります。

長い歴史を持つ日本には、絶望のときにも切り抜ける知恵があります。これから1年、日本を探求しつつ、日本人らしく生きていきたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。(合掌)

2日夕刻、初詣に沖縄にいる家族10人で出かけました。行先は毎年参拝している「出雲大社沖縄分社」です。出雲大社と言えば日本の神社の総元締めのような存在。地鎮祭でよく来てもらっています。コロナのこともあるのでこの3年間はここだけで三者参りはしていません。

参拝に来ていた若いカップルに記念写真を撮ってもらいました。快く受けていただき、ありがとうございました。

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posted by 塾長 at 10:58| 教育・子育て

2022年12月31日

令和4年(2022年)後藤家10大ニュース

今年もあと数時間で暮れていきます。

世界的にはロシアのウクライナ侵攻、国内的には安倍元総理大臣の暗殺が一番のニュースですが、我が家でも楽なことばかりではありませんでした。
しかし、なんとか正月を迎えることができそうです。

私が選んだ今年を振り返って10大ニュースを列記してみます。

1、 チョ子が死亡 小さな「うりぼう」が巨体になりましたが、残念ながら死亡。
2、 家族10人がコロナ感染 家から出た2人を除く10人全員が新型コロナに感染。・・大変でした。
3、 麻衣(三女)が富山へ 球陽高校理数科から富山県立大学看護学部に入学。現在、現地で自炊中。
4、 万然が風邪で入退院 熱発して血中酸素が不足し南部こども医療センターに緊急入院。その後退院。 
5、 妻が北中城郵便局移動 大謝名郵便局から近くの郵便局に移動。障がい児への配慮に感謝。
6、 沖縄建設新聞連載完了 6回の連載だったが、思ったことを全部書くことができた。
7、 車2台買い替え 仕事で使っていた「ノア」をホンダの福祉車両に、エサの草運搬用の軽を三菱に買い替え
8、 APECエンジニア更新 5年に一度の更新ができた。CPD(継続教育)5年間で250時間をクリア。
9、 千葉大学に通う長女が「千葉県庁職員」に採用
10、 亜和が成人 大工見習になって2年目。先日我が家では2人目の成人。村の式では代表挨拶の予定。

その他、朴然がキャプテン 球陽高校2年の長男がバレー部の主将になったことや、心然が「タピック」から「もりのなかま」の保育園移動、また各人の進級があり、教育環境が変わりました。

亜和(あや)も現場で2度ケガをしました。小さな切り傷も絶えませんでした。そんな中、がんばってノミや電動機械などの道具も自分でだいぶ揃えたようです。

いつもは30日に餅つきしますが、今年は30日が雨だったことや前日夜、上棟式兼忘年会をしたことなどで大晦日の餅つきとなりました。

世の中、厳しいですが、厳しい中にも笑顔を忘れず家族一丸となって来年を迎えようとしています。

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【馬小屋前のスペースに石で「かまど」を作る。】

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【2つのかまどのうち一つには「蒸篭(せいろ)」を置く、もう一つは杵(きね)などを洗う鍋を置く。】

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【前日から漬けておいたもち米を晒(さらし)に巻いて蒸篭で蒸す。約40分】

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【もち米のふかし塩梅(あんばい)を確かめて、臼(うす)に移す。】

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【いよいよ餅つき。長男と次女と心然。】

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【中学生の二人】

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【下3人。面白かったのは掛け声。いつもは「ペッタン、ペッタン」なのが、心然が今夢中になっているウルトラマンの影響があって。「ペッっタン」「スワッチ」「ペッタン「スワッチ」。なんともリズムが合わなかったが、楽しかった?】

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【餅丸め。】

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【3キログラムのもち米を2回に分けて蒸したが、2回目は「あんころ餅」。もう心然は食べている・・・。】

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【まるめた餅は特製のモロ蓋に入れて保存】

朝から始めた餅つきも、3時前には無事終了。来年に間に合いました。

今年は所属する一心土木設計事務所の前社長の親川様がお亡くなりました。大変ショックでした。とてもやさしい方で、自宅にも何度も来られました。そのたびに子どもたちへプレゼントをされました。技術士の資格が今でも生かされ、生活の一部を経済的に支えてもらっています。ご冥福をお祈りします。有難うございました。

さて来年はどんな年になるのか、全く見えません。

しかし私と障がいを持つ第7子の万然は「年男」。新しい住宅設計も始まっています。病気やケガの多い今年でしたが、自分の仕事に対する考え方は変わりません。難関を突破して新しい年を切り抜けたいと考えています。

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【我が家にはウサギが8羽います。このウサギたちとともに生きていきたいと思っています。】

今年もさまざまなところでお世話になりました。ありがとうございました。
posted by 塾長 at 19:23| 教育・子育て

2022年12月22日

万然(ばんねん)が退院!

風邪ウイルスとの闘いを終えて、無事、万然が19日夕刻、退院しました。
2泊3日の闘病でしたが、妻のいない大家族もがんばりました。

医師の話だと、周囲の風邪ひききょうだいから感染したようです。特に血中酸素濃度が低いのは、気道が溜まった「たん」で狭くなっていて酸素が肺に入りにくかったようです。
寝かせ方も、仰向けの場合、肩と頭の下を上げる工夫がいったようです。寝返りを自分でできるようになったので、横向きの寝相でいいと思っていたのも間違いでした。

自分で「ゴホン!」と「たん」を出せない万然。さぞかしつらかったろうと反省しています。看護師さんに吸引器で出してもらっていたので、酸素濃度も93から95〜96に上がりました。

自宅の戻ってきても「たん」取りが必要と思い、薬屋さんから吸引器を購入し、リハビリの時来てくれる看護師さんから使い方を学び、妻が「たん」取りを実践しました。

顔色も良くなって「ぜーぜー」いっていた息もほぼなくなり、食事も摂れるようになりました。久しぶりお風呂にも入り、湿度100%の空気をたくさん吸って元気になりました。

まだ点滴の注射針跡が痛々しいですが、我が家の「光」である万然が食事時、定位置にいると安心です。火鉢の火で部屋も暖めました。

今日から特別支援学校に行きました。入院中に痩せたので、やや心配も残りますが、がんばってほしいと願っています。

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【我が家の「光」、万然。久しぶりに南部こども医療センターで再会。退院時は部屋に入れました。】

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【看護師さんに病院用の寝巻から外出用の服に着替えをしてもらいました。8年前、救急車で運ばれPICUで治療し、脳性麻痺になった時お世話になった看護師さんはいませんでしたが、どの方も親切で優しい看護師さんでした。担当された医師、看護師さんに感謝申し上げます。】

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【いつもの車いすに乗って退院する万然。ひとまず安心しました。】

一方、現場では20日(火)、瑕疵担保責任保険の現場審査を受けました。

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【「宙に浮く心柱」を触ってみる検査員(左)。木組みの説明をする私(右)】

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【検査員は「一生のうち、こんな現場の検査は1度か2度しかないかもしれない」と言って、虹梁や三斗組(みつどぐみ)、海老虹梁などを写真に撮られていました。】

公私とも目まぐるしく変化のある毎日が続いています。年末に向けて、まだまだ何があるかわかりません。いつものように、今日できることは無理してでも今日片付けて、見えない明日に備えようと思っています。
posted by 塾長 at 10:26| 教育・子育て

2022年12月17日

万然(ばんねん)が緊急入院

16日(金)、風邪気味の小3、幼稚園(年長)、特支5年の3人を連れて小児科に行きました。一番下の心然(しんねん)はこれ以前に風邪ウイルスに感染して高熱を出しましたが、今は元気!毎日保育園に通っています。

ところがそれ以外の子や大工見習の次女が心然からうつったらしく、学校や幼稚園、職場を休まざるを得ませんでした。
二女の亜和(あや)と小3と幼稚園児はPCR検査を受けましたが、全員陰性でした。つまりコロナウイルスの感染ではありませんでした。残る心配はインフルエンザウイルスの感染。小児科で検査した結果、特支の万然も含めて全員陰性でした。結局、風邪ウイルスのせいのようです。

今年の風邪は高熱が数日続くようです。ただ、特別支援学校に通う小学5年生の万然は表情は良くないし、息をするのが辛そうでした。肺炎を起こす可能性が高いため、酸素吸入した方がいいと勧められました。一番問題だったのは血中酸素が93しかなかったことでした。小児科の先生は「これは大きな病院に行って調べてもらった方がいい」と言い、安易に抗生物質を打つことはできないとのことで薬ももらえない状況でした。

そこで次の日、脳性麻痺のかかりつけの病院である南部こども医療センターに連絡して向かうことにしました。救急外来で来るように言われました。検査をした結果、血液検査で炎症があるよう言われました。
緊急入院して手当てをすることになったので、付き添いに妻がいくことなりました。

現在2人の子どもは県外の国公立大学に通っているため残る家族は10人。我が家での母親の役割は大きく、抜けると大変な状況になりますが、一大事なので家族が協力して乗り越えようと話し合いました。

昨晩から妻は病院で寝泊まりしています。万然の血中酸素濃度は95に上がりましたが、酸素吸入を外せば85程度に下がると聞きました。水蒸気も吸っています。のどに絡んだ「たん」も取ってもらったらしく、少し表情は良くなったと聞きましたが、まだ油断はできません。

今晩も付き添いで妻は家に帰れません。残った家族で早朝からの家の周りの掃除、草刈り(馬・ヤギ・ニワトリ・ウサギなどのエサ)、番犬4匹や猫、メダカや闘魚へのエサ上げや犬の散歩・フンの処理、自宅の掃除、洗濯(干し、取込み、たたみ)、茶碗洗い等の炊事、食事の段取り、買い物、衛生用品等の買い出し、学校関係の手続き・支払い、部活生の送り迎え、保育園幼稚園の送迎(万然が元気だとデイケアーへの送迎)などなど、合間に白菜漬けや梅干しづくり、梅酒づくりなどをこなすので、我が家の主婦の仕事は並ではありません。しかも今年から郵便局に職場復帰しました。育児休暇を取り続け、18年ぶりの復帰なので制度や法律が大幅に変わっているうえ郵便、保険、貯金の各業務をするには多くの資格試験を取得しなければなりません。(一部は取得しました)そのための勉強も夜中しています。睡眠時間がほとんどない状態です。

毎朝4時起きで弁当を作っている姿には感謝していますが、急にいなくなったのでさらにその働きぶりや信念には今更ながら頭が下がります。あるべく負担を減らすように私も茶碗洗いや送迎、掃除、草刈りなどをしています。子どもたちも掃除や草刈りは当然応援しますが、受験生もいることからみんな協力して頑張っています。

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【南部こども救急センターに入院した万然。きつそうだが、昨日より少し回復していると聞きました。点滴、酸素吸入や蒸気吸入をしています。一日も早く元気になることを祈っています。妻が無理して倒れてしまわないかも心配です。】

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【10人家族のシンボル第10子の「心然」。火鉢でお餅を焼いています。きっとこの元気が万然に伝わると信じています。良くなって早くふたりとも自宅に帰ってきて欲しいと願っています。】
posted by 塾長 at 21:32| 教育・子育て

2022年12月11日

亜和(あや)、成人式の前撮り

昨日の土曜日、以前から予約していた美容室で成人式用の着物の着付けと写真撮りがありました。

いつもは現場で作業服で頑張っている亜和。和服を着るとどんな風に変わるのか楽しみでした。

昨日は記念に家族写真も1枚だけ取るという話だったので、今、沖縄にいる10名も一緒に撮ってもらおうということで出かけました。

写真はプロが撮るので来年しか見ることができません。昨日は時間外に少しだけなら自分たちのカメラで撮っていい、ということになったので、全員の写真はありませんが、分かれて撮った写真をアップします。

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【亜和は二女です。姉妹と一緒の写真です。】

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【男きょうだいは3名しかいません。】

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【母親と末っ子(第10子)の心然(しんねん)が一緒。きょうだい誰もこれまで着物を見たことがなかったのでいい機会でした。着物は「しぼり」の入った赤と白の花柄と黒のデザインでした。手作りの伝統構法に携わっているので着物も手づくりにこだわったようです。】

明日は玄関の棟上げです。また現場の作業服に戻ります。自分で彫刻をした平虹梁や海老虹梁を揚げます。振れ隅の入母屋づくりの小屋組みはすべてヒノキの無節です。長雨の合間を縫って明日が本番の棟上げです。

20歳になったのでエネルギッシュな中にも大人らしい落ち着いた態度でこれからの社会に生きて行って欲しいと思いました。日本の着物文化はすばらしい。日本の伝統建築文化に携わる亜和。ちょっと早めだけど20歳、おめでとう!

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【着付け中の写真。一番気に入っている写真です。かしこまっていない自由なところがいいですネ。】

posted by 塾長 at 06:58| 教育・子育て

2022年11月09日

世の中、どうなっているんだろう?

先日、3回目のワクチンを打ちに行きました。副作用が心配だったので誰でもいいから一緒にいて欲しいと思っていたら「3歳の心然(しんねん)」が付いてきてくれました。中央公民館での集団接種。証拠写真を撮るため心然に撮影をお願いしました。少し手振れがありますが、役割を果たしました。

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この時の受付の女の人は私に対して幼児言葉をずっと投げ掛けました。具体的には「3回目なの?」「大丈夫だからね。」「あちらで少し待ててね。」・・・という具合。途中で「3歳児じゃないのでちゃんと敬語で話してください!」。そうしたらやっとまともな話し方になりました。まったくどうなっているんだろう?

他にも30歳以上も年下の人間に頭を下げて挨拶しても、知らんふり。今度会ったらこの人間には絶対挨拶しないことにします。上下関係とかどうなっているんだろう?

今の日本は戦後の高度成長経済のためか、「お金」が最優先になってきて、人間性がおろそかになってきているように思います。昔は「お金」ことを言うのは恥ずかしいと考えられていました。わがままで自己中心的な人が増えたように思います。「お金」は大事ですが、すべてではないと思っています。

昨夜は家のベランダから「皆既月食」を見ました。満月が徐々に欠けていき、欠けた部分が赤くなっていました。宇宙の神秘を家族で見ることができました。

休日中は平日と同じように家周辺の掃除や草刈り、エサ上げなどをします。少しだけ時間があるので小さな子どもたちは「自然の庭」で遊びに興じます。

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【裏山の斜面は「滑り台」】

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【車の少ない時間帯の道路は「野球場」】

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【湧水地は手足の「洗い場」】

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【沖縄の秋は短くいきなり「冬」になります。とはいっても、相変わらず最低最高温度は20℃を下りません。ヘビやカエルは冬眠をしないし、いまだに蚊取り線香を毎日たいています。おなかが空いたので火鉢に火を入れ「餅焼き」をしました。家族は「砂糖醤油」の蒲焼きが大好きです。】

建築基準法がまたまた改正されて省エネ基準が厳しくなりました。次の確認申請には省エネ基準の説明が必要になってきます。
断熱材など江戸時代にはありませんでした。火鉢や囲炉裏に火を入れ、防寒着を着て体温低下を抑えたものです。何かというと工業製品でカバーしようとしますが、日本の住宅の寿命は年々短くなっていて、木造の場合、廃棄処理は木材以外の断熱材などと分別しなければならないし、せずに産廃として処分すれば最終処分場に運ばれるので費用が大幅に上がります。
冷暖房効果があがればエネルギーが少なくていいとの考えでしょうが、廃棄エネルギーが上がるのであまり意味がありません。
気密性のある空間を造り、冷暖房を効かせることはできますが、雨音も風音も聞こえません。非常事態の時どうなるんだろうと思います。
「暑さ寒さもほどほど感じる家」で、服の脱ぎ着や窓の開閉、そこそこの局所冷暖房でしのぐくらいで十分ではないかと思います。あまりにもわがままで機械的な空間で過ごすと[感性」がすたれていくと思います。

さて現場の方ですが、まだ玄関部分が立ち上がっていません。現在その部分の墨付け、切り込みがヤードで行われています。

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【玄関小屋組みの原寸図と、原寸図に仮置きした海老虹梁(えびこうりょう)。彫刻は二女の「亜和(あや)」の手作りです。】

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【隅木部分の「捻子(ねじ)組み」の調整。調整後、実際の軒桁を加工する。現在主流の機械加工ではできない難易度と高い納まりです。】

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【隅梁の加工中】

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【現場ではあまり目立たないが裏手のスロープの庇(ひさし)取付け。スロープの勾配に合わせて庇も勾配がついている。庇には壁側からも水勾配がついているため捻じれた勾配庇になる。。しかも下部は水平庇とつながるためさらに複雑になる。なんとか大工さんが納めてくれた。】

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【世の中の価値観や秩序が乱れているなか、幼稚園と保育園に通う第9子と第10子は出発前「気を付け」をしたあと「敬礼」をして毎朝出発します。】

無秩序、身勝手な社会の中ではまぁまぁ健全に育っていると感じています。
posted by 塾長 at 14:50| 教育・子育て

2022年10月24日

「抗原検査」とヘビと洗濯板

五女の「こはづき」が40度の高熱を出したため、「抗原検査」をしました。厚労省の認可したキットと言われたので信用して購入しました。1,380円でした。
このキットは鼻から粘液を採り、液に浸して反応を見るものでした。15分待って線が1本だと陰性、2本出ると陽性。1本線でした。熱も37度になって少し安心しました。

障がい児の二男の「万然」も学校から熱が出ていると連絡があったので、妻が迎えに行きました。予備で買っていた「抗原キット」をさっそく使いました。1本線でした。

おかげでコロナではないことが分かりました。最近沖縄も朝夕は少し冷えます。・・・といっても20℃前後までですが・・・。
きっと気候の変化に体が追い付かなくて風邪症状になったのだろうと、思いました。

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【鼻の粘液を液に溶かし、5滴器具の穴に落とす。左側に流れていく】

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【ライン表示が1本だと陰性、2本だと陽性。二人とも陰性だった。】

少し冬が近づいたと思われるこの地は、冬支度で忙しいヘビとも遭遇します。つい1週間前、長男の朴然が近くの農家の人に呼び止められて話を聞いていました。このままでは朝6時過ぎに家を出るのですが、高速バスの時刻に間に合いそうにないとエサ上げ中の家族が心配して車から声をかけました。車とはエサ用の草を刈りに行き、乗せてくる軽のボンゴです。その農家の人は90歳くらいで耳が遠いのですが、熱心に話すから話を切ることができなかったようです。話に割って入り、「急がんか!間に合わんぞ。何話してた!」というと1,8mのハブがいたというのです。

そして昨晩。長男がまたまた「ヘビがお風呂にいる!」というので、みんなで見に行きました。
いました。木製窓の外ではありますが、ガラスを押える桟に上にいました。

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【よくみると「アカマタ」でした。「アカマタ」は無毒です。同じヘビの毒を持つ「ハブ」を食べると言われています。以前、玄関の石の間に長さ2mほどのアカマタが入っていくのを見ました。我が家はヘビを重宝しています、なぜならヘビは陸上生態系の頂点にいるからです。
また我が家的にはヘビがいないとネズミが増えて困るという事情もあります。昨晩の「アカマタ」はまだ子どものようでした。】

今朝もまた朝暗いうちから草刈りに行きました。帰ってくるといつものように上着を洗います。使うのは「洗濯板」です。シャツだけ毎日洗います。ただ洗濯機にまわすほど大げさな洗いではないので、「洗濯板」で十分汚れは落ちます。小さいころ、おふくろが共同水道の井戸端で子ども4人の服や下着を洗濯していました。
タライに洗濯板。同じようなことを小型の洗濯板でしています。

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【洗濯板はよくできています。上の写真は「洗い」、下の写真は「すすぎ」です。洗うときは表を板を使います。洗濯板のギザギザが凸状に彫ってあります。これは汚れをこすって洗うためではありません。石けん分を溜めるためです。
下の写真は「すすぎ」の時に使う裏面です。洗いと逆に水を流すために表面のギザギザは凹面になっています。水はさっと引きます。洗濯板は基本、「もみ洗い」です。洗濯機が当たり前の現代ですが、ぐるぐる回しながら汚れを落とそうとしているので、水も電気もたくさん使います。我が家はエサ上げを毎朝するので洗濯物はよその家の2倍、現在10人家族なのでさらに2倍。・・・せめて自分のものは自分で・・という感じです。風呂の残り湯は当然洗濯に使っていますが、電気代を辛抱しようと、電灯は消しまくって電気量は3割減りましたが、電気代の高騰には追いつきません。】
posted by 塾長 at 19:30| 教育・子育て

2022年10月21日

さまよう日本!

日本人の価値観はどこへ行ったのだろう?
年功序列の会社が反映しているニュースを見ました。数十年前から欧米の実力主義、成果主義が主流になって、私が就職試験の時「年功序列という日本の伝統的な労働は良い」と面接試験で話した建設会社からは不採用通知が来たことがあります。

ニュースになった会社も以前は実力主義だったらしいですが、実力・成果主義では業績は伸びず、会社を辞めていく人も多かったとありました。
昔の日本式の雇用は正負両面の影響があります。実力主義もそれは同じ。肝心なことは会社と社員の信頼関係でしょう。
年功序列は自分を生かされていないと思う人にとっては面白くないかもしれませんが、秩序は保たれます。実力主義で自分より滅茶苦茶若い人が後から来て上にあがるのは面白くないはず。社内で愚痴も文句も出る。社内がバラバラになるので会社としては伸びない。
年功序列は下の人を助けたり、上の人を尊敬したり。家族と一緒で上の子は下の子の面倒を見、下の子は上の子を頼る。そこには「和」があると思います。

さてそんなことを言うのは昨日の告別式でも感じました。沖縄では以前住んで下熊本のように知り合いが多い訳ではないので葬式や結婚式に呼ばれることは少なくなりました。たまの告別式。わずか5分遅れて到着すると式はほぼ終わっていて、焼香して帰路に着く始末。
コロナの影響があると言っても全体で45分で会場は閉ざされます。線香の香りがして読経が流れていると思っていたが、そんな雰囲気はなかったので残念でした。故人を偲んで少しの時間でも思い出に浸ったり、最近のいきさつも聞きたかったのにあっという間に駐車場係に案内されて帰ることになりました。

送った供花や弔電を見たり聞くこともありませんでした。葬儀もセレモニー化していました。故人は生前大変お世話になった方です。優しくて人柄が素晴らしかったのでしばし、ご家族と話したかったのに残念でした。

葬儀だけでなく、日本から日本人の価値観がすっぽり抜けていっているではないかと、最近思います。

外国人にはきっとわからない「義理」や「人情」。何でもかんでも快適便利、お金だけの価値観・・・。楽して儲けようとする考え方や学歴主義。
長い歴史を持つ日本には他国にはない価値観があります。日本が悪い、外国が優れているという戦後教育で育った人間が増えた現在、このまま進めば、日本人としての価値観はなくなるかもしれないと思ってしまします。

国の話をすると戦前の日本に返るという人たちがいますが、高校野球も都道府県駅伝大会も自分の出身地を応援したくなるのと同じです。海外に行けば分かります。帰って来た時見る日の丸や温かいご飯、みそ汁に感動するものです。

この2〜3日のひとこまにコメントします。

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【生後6か月、夏風邪をひいて高熱になった万然(ばんねん)がいきなり「脳性麻痺」になった。それから11年。小学校5年生になりました。体重はあまり増えませんが身長が伸びました。骨盤や背骨に異常がないかレントゲン検査を受けました。夫婦で立ち会いました。「脳性麻痺」の患者さんはもう治ることはないとほとんどあきらめている家族がいますが、この数年間頑張ってきた「さい帯血による再生医療」に期待しています。高知大学も臨床研究で「きょうだい間のさい帯血投与」を始めましたが、2年間の経過観察があります。結果がでないと、次に進めません。アメリカでは臨床研究ではなくEAP(拡大アクセスプロトコル)で25歳まで治療が受けられます。たった一晩の高熱の後遺症で目が見えなくなり脳障害、四肢が不自由になった万然をアメリカまで一緒に治療に行こうと考えています。】

以下は朝6時前からの清掃での話題です。

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【数年前に苗木で植えたホウオウボク。10本のうちの1本がこんなに大きく育ちました。幹も大きくなって先の台風でも倒れませんでした。そのうちきっと赤い花を咲かせてくれると思います。】

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【家の上流の側溝。コケを土台に根付いたインパチェンス。自然の植物はしたたか。人間もこのくらいの根性が必要か?】

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【したたかさでは屋根の草木も同じ。沖縄の赤瓦のつなぎ目は土と漆喰。どこからともなく飛んでくる種が根付いて成長するので、我が家では「屋根の草刈り」が年に2度ほど必要。上の写真は水車小屋の屋根、下の写真は草刈りをした後の玄関の屋根。大工見習の亜和(あや)は高いところに登るのが平気なのでお願いしました。】

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【敷地の中の掃除したあとの水たまりに寄ってきたチョウ。上は「シロオビアゲハ」、下は「ツマベニチョウ」と「アオスジアゲハ」。チョウやトンボが飛び交うのは「半自然」の証拠。】

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【軒先には多くのバケツなどを置いています。非常用の水(災害や火災)として雨水を溜めていますが、そこにカエルが卵を産みます。数か所ありました。オタマジャクシに成長しているところもあります。カエルを食べに蛇も来ます。自然生態系の中の人間として仲間たちと一緒に過ごしています。】

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【エサ上げや掃除でも元気な「心然(しんねん)」。ちり取りを滑らせて登ってきます。元気をたくさんもらっています。彼は3歳、私71歳。】

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【側溝掃除のとき見つけたモクズガニ。「でかい!でかい!」。これまで何匹も遭遇しましたが、こんなに大きなモクズガニは初。ボクサーのように大きなハサミを持つ手がありました。】

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【道路で車に轢(ひ)かれたモクズガニもいたので、最上流の湧水地の池に放しました。しかし今日また見つけた側溝に戻って来ていました。きっとこの後、東シナ海に帰る途中なのでしょう。元気でいてよー!】

これから(18時)四十九日を兼ねた初七日に行ってきます(10月15日亡くなられたため)。やっぱりあまりにも簡素化になった告別式では心残りがあります。ご家族と故人にしっかりお話をしてお別れを惜しんできます。
私は「自宅」でみんなとは別れたいと思っています。では「出発」!

(初七日に行ってきました。ご自宅に伺ってゆっくり別れを惜しみました。すこし穏やかになりました。)
posted by 塾長 at 18:03| 教育・子育て

2022年10月09日

「建設論壇」第5回とカニ2匹。

第5回目の連載「建設論壇」が掲載されました。

今回は日本の戸建て住宅の特徴と畳文化をからめて綴りました。建築の基本は日本の伝統建築にあります。日本の建築文化が消えつつありますが、元はといえば日本の一戸建て住宅に技術も魂も存在しています。伝統的に受け継がれた技術や技能、日本人の心に原点回帰することが今こそ必要に感じます。

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【10月5日付沖縄建設新聞1面。連載は次回で終了。第6回目の原稿はすでに提出しています。11月30日に掲載予定です。】

3連休といえども我が家は大忙し。連休初日は「北中城まつり」。海側の潮さい公園で開催されました。以前は陸側の若松公園だったので、歩いて30分あれば行けました。ところが渡久地交差点近くの潮さい公園は遠くて車でしか行けません。また花火も見えません。若松公園の時はベランダから見えました。1年おきに場所を替えたらいいのではないかと思います。次女は友達と車で出かけましたが、駐車場が満車でとうとう降りられず帰ってきました。

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【祭りは夜の青年エイサーがメインですが、前座(夕方)で保育園や幼稚園児もエイサーをします。今年は第9子の幼稚園児「わかみこ」が出るというので障がい児の万然(ばんねん)を連れて行きました。目は見えず心身に障害がありますが、音は聞こえているようです。生の太鼓や三線の音やリズムを感じて欲しいと思い、雨の中出かけました。「わかみこ」は最後の曲では「旗頭(はたがしら)」を務めました。万然にとってはいい刺激になったと思います。】

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【一方、めったに「まつり」などには年に一回も連れて行かない心然(しんねん・3歳)は祭りの出店は初めて。金魚すくいならぬアンパンマンすくいで二つもとりました。・・・が、景品は一つといわれてガックリ。しかし大好きな車のおもちゃをゲットして喜びました。遊戯施設に行ったこともなかったので初めて「飛行機」に乗せました。たまには世間の子どもと同じことをさせるのも必要だな。・・・と思いました。】

今日は朝から家の周りの草刈り、側溝掃除・・・。家族は貴重な休日を清掃活動に取られて心境は複雑ですが、最後にいいことがありました。

側溝掃除していると回遊性のモクズガニを見つけました。心然をはじめみんな大喜び。しかも「2匹」もいてびっくり!

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【裏山までの道路側溝の掃除。守備範囲が広い。】

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【清流の最上流はタチガーのわき水。途中で分水したので我が家側の側溝にはわき水が流れてきます。そこに「モクズガニ」がいました。きっと産卵のため東シナ海(北谷町・白比川)から8qかけて上ってきたのでしょう。下の写真は動画から抜き出した2匹のモクズガニです。擬態で分かりにくくなっています。】

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【カニも以外にも草刈りをしていたらナナフシの赤ちゃんにも遭いました。昨日はナナフシの親と遭遇しました、ほかにも今日はクワガタムシのメスとも遇いました。全部、元の自然に返しました。「元気でねー。」】

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【秋の風物詩。我が家の「渋皮煮」。熊本の人吉市矢岳町に3年住みましたが、その時妻が覚えたクリの「渋皮煮」。今年も熊本から栗を送ってもらい、3〜4日トコトコトと煮て出来上がります。表面の皮を拭き上げ、表面の皮をむき、渋皮は残します。渋皮を残すのがミソ。現場の大工さんに食べていただきましたが、大好評でした。ただ、沖縄では渋皮煮はないので、ついつい渋皮をはいで食べようとされたので「いや、皮ごと全部食べるんですよ。」と助言して事なきを得ました。良かった、まさに今は「秋」です。】
posted by 塾長 at 21:41| 教育・子育て

2022年09月19日

台風14号から三島由紀夫氏まで・・・

台風12号は近くを通過しましたが、今度の台風14号は台風の目は沖縄から離れていた割には、強風域が広く、結構な風が長く吹きました。

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【現場も台風対策は12号時のままでしたが、足場の上や周辺は片付けしてもらいました。】

沖縄に来てから台風は当たり前になっていますが、最近は沖縄を外れて北上しているように感じます。台風も来ないと海水が上昇しないので不漁になります。自然の活動に人間は合わせて生きていくしかありません。

そんな荒れた天候の合間に裏山の片づけをしました。土を盛るためです。浸食によってだいぶ土地が下がっていたので、ほったらかしに置いていた木材など片づけました。2頭の犬小屋も道路側に移動しました。

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【古材を運ぶ3歳と6歳のきょうだい。】

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【犬小屋の移動(上)と修理(下)】

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【台風前にあったジョロウグモの巣。さすが今日はなくなっていた。しかし、セミやトンボだけでなく、イソヒヨドリまで捕まえるジョロウグモ。また同じベランダの前の空間に巣を張ることだろう。】

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【保育園の心然を先に迎えに行ったので、幼稚園に通う「わかみこ」が後になりました。いつもは逆コース。誰もいない園庭でボール遊びに興じる二人。】

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【朝から裏山にいるイノブタのチョ子と犬のエサがなくなっていたので補充するために裏山の下にある自宅にきました。下の子どもたちが車で運びます。】

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【生まれて初めて3歳の心然の髪を切りました。急に「兄ちゃん」になったように感じます。】

何の変哲もないブログに見えますが、小学校以下の子どもたちが自分の背の何倍もある木材を運んだり、中学生以上が犬小屋を移動、修繕したりしています。小学3年生と幼児2人のエサ運びも中にはアッペントウモロコシと犬のエサがいっぱい入っています。

家族ミーティングのあとの「いただきます!」も姿勢を正しての正座です。生活のいたるところに「きょうだい」や「家族」を大切にして節度をもって暮らすことが身に着きつつあります。

三島由紀夫氏が51年前の7月7日付サンケイ新聞の論文で「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日増しに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。
それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」

吉田松陰が処刑されたのは旧暦10月27日で、新暦では11月25日。同じ日に三島氏は自決しました。

「後に続く者を信ずる」と言い残しました。私は亡くなられた次の日、宮崎の八紘台に一人行きました。いまも日本の建築伝統文化を継承したり、家庭のありようを日本的に実践するのは、三島由紀夫氏の影響がかなりあります。

今後も小さなことからダイナミックなことまで、「日本」を意識して過ごしていきたいと思います。
posted by 塾長 at 18:51| 教育・子育て

2022年09月10日

大屋根、左右の逆さ獅子&龍の角

大屋根の左右に逆さ獅子が座りました。

跳ねた足は建物に躍動感が備わりました。

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【玄関から向かって右の「阿」獅子。口が空いています。】

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【玄関から向かって左に座る「吽(うん)」獅子。口を閉めています。ともに玄関正面を見ています。どちらの獅子にも「牡丹(ぼたん)」がセットです。人間国宝・鬼師の「渡部(わたなべ)一馬」氏の作品です。取り付けは「友田氏」です。】

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【大鬼には龍虎がいますが、昨日まで龍の角が入っていませんでした。今日、「角」が入って完全な形になりました。】

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【根太均し:瓦が上がった時点で2階床を水平にするために、2階大引きの高さの微妙な差を解消するために、水準器で柱に「水」(通常床面から1m上がりの高さ)を付けた後それを基準に糸を張り、303ピッチの根太位置にその差を書き記し、1oから7o迄のパッキンを作り高さ調整をしました。これで床は「水平」を保てます。根太は60o×60oです。】
posted by 塾長 at 17:43| 教育・子育て

2022年09月09日

唐獅子が鎮座

大屋根の4隅に載る「唐獅子」が今朝、鎮座しました。

玄関から向かって左の下り棟の端。

唐獅子の横に「牡丹(ぼたん)」の花があります。
高倉健さんの「昭和残侠伝」では「死んでもらいます!」のセリフが一世を風靡しました。昔から「牡丹に唐獅子」は相性がよくて「梅に鶯(うぐいす)」のような取り合わせでしょうか?

屋根の上の唐獅子は向かって右が「阿(あ)」、左が「吽(うん)」とこの獅子の製作者で人間国宝に選ばれた四国の渡部一馬様から説明を受けました。

「阿吽の呼吸」で邪気を払うのでしょうか?跳ね上げた足が勢いを感じさせます。取り付けが難しく、一部下り棟のがんぶり瓦に合わせて加工してもらっています。

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【今時、住宅の屋根に唐獅子が載ることは少なくなった。架空の動物を建物の屋根に飾るのは、日本の建築文化かも知れない。個人的には旧出雲大社駅の屋根が好きだが、過去の話ではなく今を次代につなぐのが私は大事だと思っている。】

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【下り棟の反り。】

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【大棟の反り。鬼瓦に向けて若干、熨斗(のし)瓦を反らせてもらった。】
posted by 塾長 at 13:13| 教育・子育て

2022年09月08日

鯱(シャチ)がつきました。

大屋根にシャチがつきました。

下り棟もスタート。明日には唐獅子(逆さ獅子)もつく予定です。

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posted by 塾長 at 20:47| 教育・子育て

2022年09月06日

鬼瓦。

今日、やっと大屋根部分の鬼瓦を載せました。

鬼師は「現代の名工」に選ばれている愛媛県今治市の「渡部鬼瓦(わたなべおにかわら)」の渡部一馬氏。先日、人任せで沖縄まで運搬するのは心配だ、としてご夫婦で軽トラックに載せて来沖された。

仕事ぶりは厳しい様相になられるようだが、そのほかでは温厚な人柄で私たち家族にも優しく対応されました。

やっと棟木の端に鎮座した鬼瓦。3体に分かれていてそれらを銅線でつなぎます。施工は沖縄の島袋瓦工場さん。裏には鯱(しゃち)も用意されています。他にも唐獅子(逆さ獅子)や玄関屋根の鬼瓦などが準備されています。

この鬼瓦は中央に鬼、左右に龍虎(向かって右に龍、左に虎)がいます。頂点には「丸に梶(かじ)の葉」の「家紋」が入っています。少しずつ家の体裁が整いつつありますが、なにせ芸術性の高い住宅。せいてはことをし損じる、確実に丁寧に仕事を進めていくつもりです。

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【一品生産。同じものはない。去った台風のような強風や大雨にも耐えなければならない。入念な施工と芸術性が一体化しなければ、良い作品は生まれない。明日から棟取りが始まる。】

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【現場監理の帰り際、大工見習い中の次女の亜和(あや)と今週まで帰省を延ばし応援してもらっている研修生の久保田君と畑(はた)君に「鬼瓦が座ったので見て来い!」といったらさっそく1階の筋違い入れを中断して見に行きました。大牟田市から来沖している瓦師の友田さんが彼らと鬼瓦を一緒に写真を撮ってくれたそうです。若い人が日本の伝統建築を継承してもらいたいものです。】
posted by 塾長 at 18:57| 教育・子育て

2022年08月28日

自由研究の夏、終了!

今年の子どもたちは自由研究をしないつもりでした。なぜなら夏休み前に家族全員が新型コロナに感染したからです。しかし、子どもたちは意気盛んで、家族の体温を記録していたことを題材に、自宅療養中の体温や血中酸素飽和度、脈拍を自由研究のためにデータ化し、表やグラフを使ってまとめ、コロナ対策を研究しました。(中2の「こはづき」)

小学3年生の「こだまこ」は恒例の梅干しづくりに着目。なぜ梅を干す時に裏返しするのかという疑問から始まり、すっぱい梅干しが酸性なのに「アルカリ食品」といわれ、体に良いのか?梅の重さをはかり、リトマス試験紙で酸性、アルカリ性を調べました。木炭にしてさらにリトマス試験を行い、アルカリ性に変化することを証明しました。人間は㏗7.4を維持しようとすることから、体内でアルカリに変化した梅干しが酸性化を中和させる働きがあり、肝臓の負担が減ることから元気になるという説明をしています。

今年は幼稚園に通う「わかみこ」(6歳)も参加。幼稚園で国旗カルタをするようですが、それで負けるのがいやだから、世界の国旗を全部覚えたいという理由から、自分で国旗を書いて覚えていました。
私も知らない世界の国旗を見て国名を言います。まぁ、我が子とはいえ感心しています。

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【左から中2の「こはづき」と中央の小3の「こだまこ」。「こはづき」は現在中3の「さわみこ」と一緒に研究した作品が沖縄県の科学展で最優秀賞をいただいています。ただ今年は「コロナ」で家族全員が全滅。一旦あきらめたのですが、体温を記録していたので、これを逆手にとって題材にしました。
こだまこは「うめぼしの研究」。36ページにのぼるレポートは全部手書きです。妹(右端)の持っている図は挿入した酸性食品とアルカリ食品の仕分けです。】

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【中央の「わかみこ」は初めての挑戦。がんばって198の国旗を全部自分で描きました。描いただけでなく、覚えています。課題はその国がどこにあるのか、らしいです。来年は地球儀がいるかも・・・。しかしこれで今年の夏の自由研究は終了しました。結構、周りの家族はいい刺激を受けております。】

さて今日は生後6カ月で脳性マヒになった「万然(ばんねん)」の11回目の誕生日です。ただ、富山県立大学看護学科に通っている三女が帰省していて今日朝帰るので昨日一日早めの誕生祝をしました。

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【自家製の誕生ケーキ。】

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【今年度内になんとか「きょうだい間のさい帯血投与」の臨床研究がスタートして欲しいものです。】

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【建設中の塔屋部分の屋根ができました。頂点には「宝珠」が鎮座します。この真下は「宙に浮く心柱」です。】

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【大屋根の蓑甲部分の掛け瓦も施工がスタートしました。】

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【今朝もはよから餌あげ、草刈り、掃除、台風が来そうなので裏山との境目にある「水みち」の整備・・・と大忙しでした。いつも帰りぎわに自分たちが整備したタチガー池(湧水地)で手を洗います。ここには「祠(ほこら)地蔵」さんを建立していてみんなで手を合わせて万然の奇跡の回復を願います。ふと見るとお地蔵さんが「蝶ネクタイ」をしているように見えました。最近の雨で石灰岩のお体に着いたインパチェンスの種から目が出て茎が伸びたのでしょう。この「蝶ネクタイ」に見える葉に花が咲けば、まさに「チョウネクタイ」になります。世の中、あまり科学的にならない方が、心は豊かになるとかも知れません】
posted by 塾長 at 18:31| 教育・子育て

2022年08月14日

建設論壇連載4回目&二女・亜和(あや)20歳の誕生日&樹木の伐採

8月12日は二女・あやの誕生日だった。定番通り下の子たちが誕生ケーキを作りました。きょうだいが多いのでプレゼントも増えます。しかし、現在後藤家の子どもたちで唯一社会人の亜和は他のきょうだいの誕生日にはなにかと買い物が多く出費多難です。

しかしこの日は他の子からのプレゼントでうれしかったようです。

私は18歳までは責任をもって育てるが、それ以降特に20歳にもなれば細かなことは言わない主義です。その代わり自分で責任をとってもらうことにしています。

ただ20歳の節目の誕生日だったので「本物」にこだわりました。従って彼女が以前から楽しみにしていた「飲酒」も薬味の「わさび」も本物を提供しました。彼女が「大工の本物の仕事」を目指しているからです。伝統構法の仕事は減る一方ですが、絶対になくならない仕事でもあります。日本の文化の一端を担う仕事を今後も頑張ってほしいと思います。

時系列的には沖縄建設新聞の1面連載の「建設論壇」4回目(8月10付掲載)

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【今回は「都市の森」について。実験結果や実際の木材使用料、CO2の排出量と固定量、現在施工中の現場の事例、今後の方向性などを書きました。連載はあと2回です。】

8月12日は誕生会。亜和、おめでとう!

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【夕食は手巻き寿司。好きなネタを海苔(のり)に巻いていただきました。】

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【好みで手巻き寿司のネタのひとつにマグロの刺身も入れます。マグロも醤油もカボスも本物。最大のプレゼントは本物の「ワサビ」。チューブ入りの練りワサビや粉わさびとは異なるあの独特の香りと味。大根すりで擦っている間も部屋に香りが充満します。甘ささえ感じる本物の味。水がきれいでないと育たない。20歳にして「本物」に触れ、親しむことを大切にした企画でした。】

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【8月は亜和のほか、「5女のこはづき(5日)」・「二男・万然(28日)」が誕生日です。2月と5月も3人ずつ誕生日があります。自家製バースデイケーキ。今回はシンプルがテーマらしい。】

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【「20」を強調?解放と責任。そして節目。本人よりも第10子の心然が楽しみにしていたようで・・・。】

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【きょうだいや親からのプレゼント。きょうだいの世話を一番している亜和(あや)の証明でもあります。】

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【そして本人も楽しみにして待っていた「飲酒」。まじめな性格なので正月の赤酒程度しか飲んだことのないあや。「はたちになったから今日は堂々と飲める!」と意気込んでいました。ビールも最初なので通常5%程度のアルコール度を0.5%の微度ビールを試飲。・・・「感想は?」「苦くておいしくない!」】

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【次は「清酒」。これも「本物」にこだわり妻も私も推薦の「熊本酵母」を永年使っている「香露(こうろ)」。高校2年まで暮らした熊本市島崎町宮内の家の近くにあった「熊本県酒造研究所」がその後民間会社になったが、その後も独自開発した酵母を今も活かし続けている「幻の酒」。日本建築士会連合会の青年委員長を務めている時は2カ月に1回の上京時には持参して、当時事務局にいた山田氏(現在、専務理事)飲んだものです。
前日にイオンライカムで購入しました。民間の酒造会社になったので販路が広がったので、「まぼろし」とは言えなくなりました。さてその「香露」。本人曰く「ビールより日本酒がいい。」と言いながらも「お酒の味はまだわからない」。これでいいのだ。】

次の13日(土)は、道路に出ていたハマイヌビワの枝を伐採しました。5m道路の約半分まで茂ってきたため、大型の車(生コン車など)の上部が枝に当たるからです。

さすがに家族では伐採できないため、専門業者に頼みました。片付けは家族でするので見積もりは控えめにしてもらいました。(55,000円かかりました)

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【ビフォー。道路の半分を覆う枝葉。道路管理上は村道なので村。しかし、民間の土地に根っこがあるので所有者の責任と言う。・・・。】

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【アフター。すっきりしました。緑陰空間がなくなったのでここで弁当を食べて弁当殻を捨てる人がいなくなるのでいいこともありますが、手である枝や葉っぱを伐るのは忍びなく。心の中で「ごめんね」とつぶやきました。しかし、沖縄の樹木はしたたか。あと10年もかからず元通りになるでしょう!ちなみにこの木は土地購入時から育っていてイシガケチョウがよく来ます。実は与那国馬の「ゲン」が食べます。左右非対称の葉っぱが特徴です。】

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【道路から5〜6m上がって作業する職人さん。ありがとうございました。】
posted by 塾長 at 19:43| 教育・子育て

2022年07月30日

10人、療養解除!

長い10日間でした。やっと新型コロナの呪縛から逃れました。家族10人全員が陽性になったので、大変でした。仕事は電話で一定程度できましたが、問題は食料等の買い出しでした。

どこへも買い物に出かけられないので食料は底をつきました。だれか陰性ならその子に買ってきてもらう手もありますが、全員陽性なので無理です。

たまたま家内の実家の義父母は陰性だったので、時々敷地の外に置いてもらい、その後家族が取りに行くという具合です。食料だけでなく薬や日用雑貨もあるため大変でしたが、なんとか昨日全員解除できました。

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【最初に感染した第10子・心然の解除証明書。その後、順次解除できました。】

解除になったら他の人にうつらないのか県に聞いたところ、3カ月くらいは陽性のままだが、残っているウイルスは感染力のないウイルスなので問題ない、ということでした。
だから3カ月くらいはPCR検査は受けないで欲しいと言われました。

新しいウイルスがまた出てきたようなので安心はできませんが、少し安堵しました。それにしても新型コロナウイルスとウクライナ情勢・・・。品薄と物価の高騰、宗教と政治・・・。中国とロシアの沖縄近海への接近・・・。いろいろと不安が募る世の中において確固たる考え方、捉え方、信念が大切になってきます。

今年は雨の多い年で梅雨は早く上がったものの、その後の長雨で現場は遅れるし、大量のアリの発生で身も心も崩れそうでした。

土用の丑の日の前後のつかの間の晴れ間に漬けていた梅を干しました。まさに「梅干し」です。

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【我が家の子どもたちは梅干しが大好き。3歳の子も干してある梅干をつまみ喰いするくらいです。今年はいつもより多く梅を干しました。私は「梅酒」が楽しみ。市販品にない味がするからです。】

現場も雨やコロナ感染で遅れていますが、やっとややこしい道路側の「すがり」部分の屋根じまいができました。瓦の割り付けに合わせるので大工さんも大変です。特に屋根に反りを付けたので面倒でした。

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【敷地が四角でなく、道路側が徐々に狭くなっているので、その形状に合わせて柱や屋根を段々になります。屋根工事では「すがり」と呼ぶようです。この「すがり」部分にはそれぞれ破風板が入ります。タルキの鼻を隠す「鼻隠し」を打たない設計としたので6段ある「すがり」にはそれぞれ軒の奥まで破風板を入れるようにしました。その破風板は手作り。時間も手間もかかります。】

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【昨日やっと瓦下地のルーフィングが貼れたので、大屋根部分は雨から逃れます。ただ、塔屋の屋根や玄関の屋根が残っているのでまだまだ安心できません。搭屋の隅木やモヤ、野地板、化粧裏板などを施工するため足場を架けました。反りのある屋根の上の足場。これも大変でした。台風の季節なのでその対応もしました。
毎日暑い日が続きます。現場の人たちも水分補給や休憩も十分しないと倒れてしまいます。今は特に風や雨、暑さなど自然との関係が重要です。室内作業と違って外との関係が深い「建築」ではさまざまな配慮が欠かせません。】

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【暑いのはイノブタの「チョ子」も一緒です。以前は大きなトロ箱に水を入れていましたが、「チョ子」は何時も全部ひっくり返します。イノシシは体に着いた虫をとるために「ヌタリ」ます。そしてそれでできた穴に水を溜めていたのを見て、考えを改めました。「自然がいいんだ!」。いわば「ヌタリ穴」に水を補給するだけで「チョ子」は満足。糞尿の混じった水は人間の感覚だと「汚い」かも知れませんが、免疫力の高いイノブタの「チョ子」はへちゃら。
カバのように水に浸かり体を冷やしています。そういえば動物園のカバも自分のフンを池にして太陽光線から弱い皮膚を守っていました。コロナウイルスも一旦体に侵入すると抗体ができ、抵抗力ができるのでしょう。抗生物質をたくさん打つのではなく、自らの免疫力を高めるのが最後の防疫手段なんだろうな、と感じました。】

みなさま、どうぞ免疫力が落ちないよう滋養強壮、十分な睡眠をお取りいただき、この夏を乗り切りましょう!!
posted by 塾長 at 19:48| 教育・子育て

2022年07月20日

家族全員の10人がPCR検査で陽性。

新型コロナの感染者数が、5,160人になったと報じています。過去最大で累計では30万人突破。数値上は県民5人に1人が感染したことになります。

我が家では7月12日に第10子の心然に陽性反応があり、以降、15日に第9子の「わかみこ」、そして昨日と今日で家族全員が感染した結果が出ました。

途中、長男の朴然と次女の亜和(あや)は陰性の結果でしたが、その後熱発しているので陽性と判断しました。(22日、陽性通知)

ただ、おかげさまで現場やヤードで仕事している大工さんは陰性だったと聞き、安心しました。

それにしても家族全員が陽性になるとは・・・。3歳の心然はいまでも時々授乳しているので母親が感染するのは仕方ありません。我が家には生後6カ月で風邪ウイルスが感染し、その後高熱を出し、脳性麻痺になった万然がいるので、衛生面では厳しくしていたつもりです。

幼稚園や小学校、中学校も早め早めに休ませていました。帰宅後は塩うがい、鼻うがい、石鹸で手洗い、シャワー、着替えなど徹底させていました。・・・残念です。

交通事故と同じで被害者・加害者は紙一重です。誰も悪くはないと思います。ただ、中には不衛生な家庭環境やエチケットを守らない方々がいるのも事実です。

現在、体温や血中濃度、脈拍を数時間間隔で記録しています。大体の傾向が見えてきました。

潜伏期間が1〜2日あって高熱が出る(39度以上)、その後3日間くらいで徐々に体温は低くなる。症状は体温の上昇だけでなく、だるさや足腰の痛み、嘔吐した子もいました。

その後は通常の体温に戻りますが、小さな咳は残っているようです。

私の平熱は35.5度くらいなので、現在36.9度になったので微熱。今後はもう少し上がるかもしれません。

保育園、幼稚園、特別支援校に通っている子どもたちは「無防備」に近いと思います。保育や幼児教育をする場合、もう少しやり方を考えて接触を減らしたり、衛生面を徹底したりする余地はあると思います。

小中学校、高校も部活は自粛、授業方法も教室に一点集中させないやり方や、集まっても広がりを持たせるとか工夫すればいいのに…と思ってしまいます。

また、PCR検査もなかなか予約できない、陽性になったら保健所などへの報告もありますが、すべてスマートホンが前提。私の携帯電話はあえてインターネットにつないでいないため即、報告はできません。

発熱外来については予約も大変ですが、病院に着いても3時間半も待たされる始末で、かえって症状が悪化したこともあり、帰ってきたこともあります。その時の病院の言葉、「待てないならよその病院に行ってください!」
逼迫しているのはわかりますが、高熱だから発熱外来の病院を探して出向き、専用駐車場に案内されて待つだけ待ちました。一方ではその病院の正面玄関から続々と一般の患者が入っていきました。優先順位があってしかるべきと思いながらも、高速道路を使って帰ってきました。

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【陽性になったのでどこにも行けず・・。保育園に通う心然と幼稚園に通う「わかみこ」を連れて誰もいない暑い公園行き「弁当」を食べました。この時弟から姉にうつったのかも知れません。仕事も急に休めず、家事に加えて子守りも増え、毎日てんやわんやでした。ひと時の安らぎ。】

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【家族10人が陽性になったが、先行して感染した子どもたちは元気を取り戻しました。家の周りの木を切った片付けに精を出す。このまま夏休みに入るのか・・・。】

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【家族全員が感染しても動物の世話には休みはない。その途中で見た水車小屋の池のメダカとモクズガニ(隣にテナガエビ)。約10日間自粛して今月末には、再び元気になりたいものです。途中で重篤な状況にならないことを願っています。病は気から・・・。精神的免疫力を大いに発揮したいと思っています。】

県は医療非常事態を宣言して、1000人以上のイベントの届け出や4人以下、2時間以内の会食、日曜祝日の発熱外来、小児科医への協力金制度、不要不急の外出自粛などを言っていますが、的を射た対策とはいえず、何の効果もありません。
今どき、飲食やイベントを持ち出すとは?・・・。命より経済か!

家族10人の全員が陽性になったため、食料や薬、衛生用品の買い出しにも行けず、毎日インターネットで症状報告をしています。もちろん家内も私も職場に行けません。次女は自宅で彫刻をしていますが・・。
村には食料のネットショップ制度もありますが、利用しようにも品数が余りにも少なく、10人分の食料をまかなう制度ではありません。

現状に即した県独自の政策を出したらどうかと思いますが、あの県知事は世間から逸脱しているため期待もできません。
3回もワクチンを打った家内の方が、1度も接種していない子どもたちよりも症状が重かったことなどを考え合わせると、重篤化しにくくなるというワクチン神話は我が家では通用しません。

一番問題は重篤化しにくいことより、感染させにくくすることです。

無抵抗、無防備の乳幼児、小学校低学年、特別支援校などに通う子どもたちです。守るべきは食事や入浴、就寝などここも無防備にならざるを得ない「家庭」です。

我が家の感染状況を顧みると、保育園から帰ってきた3歳児から家庭内に感染が広がりました。あっという間でした。

言葉も理解できないあるいは、しゃべることさえできない障がい児を一点集中させない分散型で管理の行き届いた環境に変えること、保育園などの施設ではあらゆる空間を使って分散させることはできます。

そして衛生面を徹底して家族に帰す時は、無感染状態にすることです。また、家庭でも衛生面を徹底して保育園等に出す際も同様です。

専門家が集まって会議をしても前述の政策しか出ない状況で、あれはコロナ感染が始まったころの初期の政策です。それ以降、何が進化したというのでしょうか?

「新型コロナウイルス」ではなくこれは「武漢ウイルス」です。どんどんウイルスが変化して対応も後手後手です。世界的感染は発生地の名称を入れます。「ホンコン風邪」や「スペイン風邪」・・。原点に立ち返って武漢で発生したウイルスの持つ意味をよくよく考え、対処法を再考した方が良いと思います。

症状を聞いてくる県の担当や保健所の人に同じように話したら納得していました。
「新聞に投稿された方がいいです」・・とも言われたのでそうしようかと思います。

家族10人が感染して実感した対処法を、提案したいと思います。

感染防止は乳幼児、低学年、特別支援学校等の無防備の施設を重点に置き、同じく無防備の家庭を守ること!

的を射ていない県の政策に辟易している毎日です。
posted by 塾長 at 19:26| 教育・子育て

2022年07月12日

なぜ自然が必要か?

7月8日午前、安部元総理大臣が奈良県内で参院選挙の街頭演説中に凶弾で亡くなりました。事件のあった近鉄大和西大寺駅には行ったことがあります。日本建築士会連合会で現在副会長をしている岡本森廣氏が近畿ブロックの役員をしていたころ、九州ブロックの代表であった私は個人的な交流として彼の自宅に泊まったことがあります。その時、近鉄電車で伺ったので大変身近に感じます。
ただ、この事件は映画の世界ではありません。事件の詳細はこれから明らかになると思いますが、要人警護のあり方に疑問が残ります。

政治家になった以上、命を張るのは仕方ない運命と思います。私も県知事選挙に出たことがありますが、当選したら「命」はいつなくなるかわからないという覚悟がありました。

なぜそう思うかというと政治家でなく民間企業においても命がけだったからです。安部元総理大臣の功罪はいろいろ語られていますが、意に反して亡くなった人を悪く言うのは日本人としては恥ずべきことです。
今は安らかにお眠りいただき、残された者として同様の事件が再び起こらない方法を練り上げなければなりません。

さて最近は「自然」が大切とばかり様々な活動がなされていますが、「なぜ自然が大切なのか?」という部分に踏み込んだ内容を聞くことはほとんどありません。

やれ、生物多様性や気候変動などの言葉が並びますが、結果的に人間社会への影響の話ばかりです。端的に言うと「人間がいなければ自然破壊はない」と思っています。

人間の住まない地域の自然は「自然」そのものです。
人が入った自然は「自然」ではなく「半自然」で、いわゆる「自然と共生した生態系」です。大都会には自然はほとんどなく、生物量が極端に少ない砂漠と同じです。だから「東京砂漠」などと呼ばれます。

人間にとって自然がなぜ大切か、というと複雑で多様な自然が身近にあると完全な「自然」ではなくとも野生動植物の生態系から節度や分別(ふんべつ)、つつましさなどを学ぶことができます。

学校でいくら知識を学んでも大人になっら身勝手でわがままな人間になっています。弥生時代の延長線上にある現代社会は律令政治の権力の中で暮らさざるを得ませんが、そこで自然に接すると縄文人がとてつもない自然の力に対抗せず自然の摂理に沿う暮らしぶりがいかに正しかったかということに気づきます。

この話を始めると長くなるので今日はやめます。

カマキリ.JPG


【我が家は地形を改変せず、元あった植生はほとんど残して建てた家なので野生生物が家の中まで入ってきます。「離れ」の木製建具の枠にいたカマキリ君です。】

福祉車両.JPG


【障がいをもつ万然が大きくなったので車いすで乗れる車に変えることになりました。地形が山と同じ斜面に建つので抱いて上り下りするのが大変です。そのうちながーいスロープを作って家まで車いすを押すことになることになります。いわゆる福祉車両をトヨタのノアから車検切れギリギリの9日に変えました。この日からホンダのステップワゴンです。使い方をホンダの方から学んでいるところです。】

アブラゼミ.JPG


【斜路が駐車場になりますが、近くには先住宇者のアカギの木があり、これに虫がついてそのフンでノアは赤い斑点でいっぱいになりました。以前も枝にシートをかけて車を守りましたが、今回は少し広めのシートをかけることにしました。その作業中に長男(球陽高校2年・バレー部のキャプテン)の朴然(ぼくねん)の背中に飛んできてとまったアブラゼミ。】

セミの抜け殻.JPG


【そのセミの抜け殻とは言いませんが、木製ベランダにはセミの抜け殻がたくさんあります。】

ナナフシ.JPG


【11日の月曜日は珍しく下2人(幼稚園児と保育園児)も朝6時前からの草刈り。エサ上げに参加。草を積むワゴンに大型のナナフシがいました。】

ナナフシ返す.JPG


【ナナフシは貴重な野生生物。そっと掴んでアカギに返しました。】

水かけ.JPG


【現在伝統大工の見習いをしている次女が中学生時代生徒会長をしていた時、生徒会が作った交通安全の看板と花壇。末っ子の心然(しんねん)も水をまきました。】

ゾウムシと蚊.JPG


【その帰りに見つけたゾウムシ。心然はゾウムシが大好き。このあともちろん自然に返しました。一所懸命見観察しているので右目の横にとまって血を吸う「蚊」には気づいていないようです。】

馬引き.JPG


【3歳の心然もやっとやなぐに馬を引けるように成長しました。「引く」というより付いて行っている感じですが、この馬は調教などしていないのでほとんど野性です。いつ走り出すか分かりませんが、「かわいい子には旅させろ」です。自ら馬小屋に帰っていきました。】

夕焼け.JPG


【最後は小学3年生の「こだまこ」が撮った夕焼けの写真。最近、自然の風景の変化に興味があるようで、急に「カメラ、カメラ」といって撮っていました。自然に芽生えたかな。】

最近の事件を見ると、高学歴や有名大学の卒業生や社会的地位の高い公務員などの犯罪が目につきます。きっと子ども時代に自然との関わり合いの少なかった人たちでしょう。
自然は思った通りにはなりません。そして様々な生きものがうごめいています。現代社会が快適便利を標榜すればするほど、人間中心・自己中心主義が身に着きます。

自然が好きだからと言って、夜中までキャップファイヤーを炊いて騒動するのは自然界の生きたちからしたら迷惑。何の肉かわからずただひたすら食べて自己満足する人たちやきれいごとをいいながら実はクーラーガンガンかけている自然派の人など、言うこととすることが重ならない人たちが増えています。

「半自然」(一定の自然が残っていて野生動植物が存在する里山的な生態系)のなかで自然と共生・調和しながら慎ましく生きていく。成長期には「知識」ではなく自然の中で「感性」を磨くことの方が人間としては重要ではないかと考えています。これが私の自然観です。
posted by 塾長 at 16:41| 教育・子育て

2022年06月27日

身近に自然があること。

今朝も6時前から家や家周辺の掃除に家族で出かけました。イノシシや番犬3頭が裏山の牧場にいるため、掃除範囲は相当広がります。登校前の作業なので時間との勝負もあります。
今朝は中学校のそばの交通安全標識前の花壇にも水かけと除草をしたので、時間不足でした。

与那国馬とヤギ2頭は昨日中学校の除草作業があったので、中学校には連れていけませんでした。家周辺の草場につないでいます。

朝は毎日あわただしいので、保育園と幼稚園、支援学校の子どもたちの連絡帳への記帳は最近は私の役割です。家族ミーティングと同じように学校とのコミュニケーションも大事なので、毎日書きます。結構、学校などからの連絡も丁寧に書いてあるので、預け先での様子がよくわかります。

県外の大学に通う長女、三女以外は衣食住を共にしているので現在10人が同居家族です。子どもが3〜4人の家庭も大変とは思いますが、8人の子どもには脳性麻痺の子どももいるので世話をするのは妻だけでは大変です。

私も今から10人分の茶碗や箸、鍋、皿などを洗います。そのあと現場へ行きます。学校の調理室で陽性患者が出たので、特支の万然は弁当です。弁当は他にも球陽高校理数科に通う朴然、大工見習の次女、妻本人が持参します。

朝から戦争のように忙しいのですが、掃除の合間に湧水地で顔や手を洗ったり、うがいをしたりするのリフレッシュします。また、長い道路の掃き掃除は結構な運動量です。何故かというと、全部「坂」だからです。

滝 (1).JPG


滝 (2).JPG


【裏山にある湧水地・タチガー近くの湧き水。鳥が水浴びに来ます。テナガエビやモクズガニと出会うときもあります。梅雨明けなので水量はたっぷりですが、雨が降らないと徐々に水量は減ります。地下水涵域が上流の住宅や墓などの開発で減ったせいだと思います。それでも映像や写真ではなく、本物の地下水を見て触れることに幸せを感じ、大切にしなければ…と思うし自然に感謝もします。】

洗顔.JPG


【毎日の清掃活動は時には負担に感じるときもない訳ではありません。しかし、作業中や作業後に天然水で手足を洗ったりうがいをしたり、飲んだりできることは「贅沢」かも知れません。道路掃除を終えた後の洗顔。自然や地球を感じることができる。】

アカショウビンのつがい我が家の敷地内 (11)_R.JPG


【昨日、我が家の敷地の木の枝に「アカショービン」のつがいが来ました。「ピーピョロピョロ」と鳴き声はしていましたが、なかなか直接見ることができないのが現実です。ところが昨日午前、車でを出発しようとした時、森の枝につがいでいるのを見つけました。行ったり来たりしていたのできっと近くに巣があるのでしょう。小学校3学年・幼稚園・保育園の子たちが一緒だったので、「本の写真やビデオではないよ。直接目で見えることはすごいことなんだよ!」といって持っていたカメラで撮りました。以前は風呂場まで入ってきたことのあるアカショービン。「子孫を増やしてまた来てね。まってるよー。」】

アカショービンが止まっていた木の先は、敷地の中でも「手つかずの森」と称しています。湧き水やアカショウービン・・・。子どものうちに「本物の自然」が身近にあることは有難いことです。
机上の空論ではなく、目の前の身近な自然から学べることは、貴重です。

参院選挙が始まっていますが、国の政治家になろうとする人間のなかに、果たして何人、毎日自然と接触している人がいるのだろうか?
人間中心主義がまかり通る現代社会。これから昆虫採集の時期。採っても自己満足でしかない。生きものは観察だけでいいのに・・・。捕まえてもみんな籠の中で死んでしまいます。自分たち人間の幸せについてだけしか視野に入っていないのではないかと思います。
これらの延長線上に「自然現象」を「自然災害」として「自然を敵視」してはいまいか。

「自ずと然り」。人間がもっと謙虚に生きなければならないことを「身近な自然」が教えてくれています。
posted by 塾長 at 10:41| 教育・子育て

2022年06月22日

梅酒・梅干しづくり!

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【日曜日。第10子、三男(3歳)の心然が子ヤギを引くことになった。エサを食べている途中だったためか帰ろうとしない。引っ張る心然、踏ん張る子ヤギ。この後何とか自力で引っ張り勝ちしたが、そのあとまた途中の草を食べて動こうとしなかった。2本足対4つ足。心然が道路にこけてヤギが勝った。まぁ、こうやって育っていくんだなぁと思った。昨日は昼間、裏山につないでいた木の枝が折れてヤギがいなくなり夕方大騒ぎになりましたが、いつもの家の床下に自分で帰ってきていました。みんなで喜びました。えらい「パール」!(このヤギさんの名前)。】

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【71歳の誕生日、梅が届いた。熊本と愛媛県から合わせて今年は50s。我が家に梅の香りが漂った。梅の香りをを嗅(か)ぐ心然。】

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【さっそく梅を洗い、拭き上げながらつま楊枝(ようじ)でヘタをとる。家族全員の仕事。この青梅は大好きな自家製梅焼酎用。】

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【焼酎は熊本から取り寄せた「球磨焼酎・繊月(せんげつ)」。梅酒になっても焼酎次第で味が変わる。やっぱり梅を引き立たせるなら焼酎の味や香りを少し抑えた方がいい。そうなると癖の少ないコメからできた球磨焼酎ということになる。今年は焼酎8本、氷砂糖8キロ使って8リッターのビンに4個分。他にもシロップ漬けもセットした。うまく出来上がるのを願っている。】

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【3日後の今日は梅干しづくり。少し熟して色が黄色になった。青梅よりだいぶ酸っぱさが減ったので作業中につまみ喰いが多い。】

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【ちなみにこの梅干しは去年漬け込んだ梅干し。店で買う梅干しより酸っぱさが効いている。子どもたちに人気の我が家の梅干し。弁当には必ず入るソーメンツユなどの隠し味にも使う。梅焼酎も「チョーヤ」の梅酒より格段に美味い。来客に出すとどなたもご満足です。】

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【誕生日は特に大事にしてはいない。日本は元旦に家族が一同に会してに祝うからです。日本はおなかの中で育った10月10日も数えます。いつ着床したかわからないけれど、とりあえず1年みる。出産した日からではなく着床して命が芽生えた時からカウントする。だから満1歳は数えの2歳。つまり私は72歳です。
子どもが多いと大変ではありますが、いいこともあります。一番下の3歳の心然から千葉大に通う22歳の長女まで10人全員のこどもと妻からプレゼントをいただきました。今年は父の日と重なったので脳性麻痺の特支学校に通う万然からもいただきました。幼稚園に通う「わかみこ(6歳)」は手作りの鉛筆立て、次女の亜和(あや・大工見習)からは僕の大好きな「カバ」のキーホルダーや筆記具入れなどをいただきました。全員のプレゼントは多いので省略します。家族にありがとう!です】

昨日は富山の彫刻家「南部白雲」様からお手紙をいただきました。少し前、三女の麻衣が県立富山大学に入学した時、かつて日本建築士会連合会の青年委員会で議論を交わした徳田義弘氏にアパート探しなどでお世話になりました。

妻と一緒に富山に行き、引っ越しなどを世話した次女は富山県井波町に木彫刻を見学に行きました。ちょうどそのころ現在施工中の住宅の虹梁などの彫刻をしていたからです。

徳田氏に彫刻家を紹介して欲しいと図々しくお願いしたところ「南部白雲」様を紹介されました。南部白雲様はその道の第一人者です。まさか・・・と思いましたが三代目「南部白雲」様からお手紙が届きました。

手作りなので高価だと思いますが、鬼瓦も人間国宝の渡部鬼師です。実現すれば、日本の建築文化・技術が詰まった住宅になると思います。施主の意向で決まりますが、何とか実現したいものです。

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「幸せ」とは何ぞや、と時々考えます。自分だけ、人間だけで完結しない幸福の価値を毎日探しています。参院選挙やウクライナ侵攻。考える機会が増えます。ヒントは「日本の歴史や文化」から生まれた民族性にあるようにも感じます。72歳になってもまだまだ探求は続きます。青年のごとく、少年のごとく・・・。
posted by 塾長 at 22:17| 教育・子育て

2022年06月18日

建設論壇第3弾「造りっぱなし建造物のゆくえ」

沖縄建設新聞(第1面)に連載中の「建設論壇」の3回目が掲載されました。

タイトルは「造りっぱなし建造物のゆくえ」です。

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近年は省エネ、景観、高強度など住宅を含む建造物には多くの要求がついて回ります。しかしいずれも建てた後のことには触れないことが多く、これでは行き当たりばったりの政策に翻弄されて安上がりなスクラップ&ビルドの繰り返しです。

建設論壇では単に建築や土木分野の新技術や目の前の課題解決だけではなく、常に暮らしに直結する内容に仕立てるようにしています。建設分野といえども全体からすると狭い分野です。

「建設バカ」と言われるような狭い範疇で捉えるのではなく、誰もが共通する暮らしの中で建設分野の中からの提案や考え方を書いています。

本質的な問題を多面的な捉え方と具体的内容で今後も執筆していきたいと存じます。
posted by 塾長 at 08:27| 教育・子育て

2022年06月12日

6月・シロアリ?

昨日、7年前設計した那覇市内の住宅の床下に潜りました。「シロアリかもしれない」と連絡を受けて写真も送られてきました。なんとなくそんな気がしましたが、もしもシロアリならと思い、代替の床束も持参しました。

現場は高床式の平屋建て。7年前生まれたばかりの子どもさんと兄ちゃんも一緒に応援してくれました。床高1m50センチなので子どもは少しかがめば歩ける高さです。

案内された床束(ゆかづか)をよく見るとどうもシロアリ被害ではなさそう。シロアリとの共存が設計思想にあり、被害を早期発見して防蟻剤などを塗布することにしています。
何故かというと生命力の強いシロアリを殺す薬は人間にとっては猛毒に他ならないからです。また、効き目もそう長くは続きません。

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蟻道がない、床下に入れば防虫網を通して冷たい風が入ってきます。時々床下点検をしている施主に「冬の床下は寒いでしょう。」と聞くと「寒いです。」と返ってきた。
シロアリの幼虫はまさしく「白」くて裸なので寒さには弱い。また梅雨なのに床下がカラカラに乾燥していてシロアリが住みたい環境ではありませんでした。
どうも山から木材を出したり製材するときに使う先のとがった鳶口(とびくち)のあとのようでした。トビクチは猛禽類のトビ(鳥類のトンビ)の口ばしのような鋭利な金物を木の柄の先に付けた道具で、木材の移動や運搬などに使います。昔の町の火消しはとび職が主で、一番先に行って火元の家の棟にあがって纏(まとい)を上げたものです。有名なのは「め組」(いろは・・48組のうち辰五郎率いる「め組」と力士らとの喧嘩)。

小径木を使った床束(ゆかづか)だったので、トビクチのあとが残っていたと思われます。せっかく持って行ったので防蟻剤を塗布したヒノキの床束に変えました。

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【施主のこどもさんたちは興味津々で、かつ、懐中電灯やヘッドライトで照明してくれたおかげでわずか2時間で終えることができました。それにしても床下に入り込む冷たい風が印象的でした。家のメンテナンスの重要性については6月15日付の沖縄建設新聞の「建設論壇」で詳しく書いています。偶然にも昨日の例で実証したことになります。】

さて長雨で現場は止まっていますが、ヤード(作業場)では玄関小屋組の墨出しで毎日大工さんが頭を抱えています。・・とはいえいろいろと勉強になるので楽しそうです。

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【反りのチェック。最終的に少し変更して決定しました。】

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【私が書いたマス組の施工図をもとに、建築確認で示した矩計図(かなばかりず)を参考にして原寸の墨だし中です。】

今週から晴れが続きそうなので一気に屋根仕舞いを進めたいと思っています。
posted by 塾長 at 18:05| 教育・子育て

2022年06月06日

少し前の時代に帰りたい・・

最近のニュースを見ると地位が高いとされる教師や公務員などの破廉恥行為や家族の乳幼児への虐待が増えたように思います。戦後教育や家庭のあり方に問題があるのではないかと考えています。

能力主義が台頭して体力・能力が落ちると「要らないもの」のように扱われます。経験や知恵、秩序、義理や人情などはお構いなしの社会はどこか寒々とします。かつての日本は少し違っていたように感じます。

子育てや老人介護なども人任せ。昔は祖父母との同居が当たり前だったので、ちょっと子どもを見てもらうとか逆に年寄りの面倒を見たりしてコミュニケーションはとれていました。
ところが近年は子どもは学童に預け、年寄りは養護施設に入れるのが当たり前になってしまっています。

老人介護の施設に行ったとき、その階にいた老人が一斉に自分の方を見たので、恐ろしく思いました。社会には赤ちゃんも小中学生も老人も障がい者も一緒にいるべきだと実感しました。

女性が社会に進出することは悪いことではありませんが、せめて3歳までは母親と一緒に暮らしてもらいたいものです。そのためには女性の職場復帰のための地位保全や介護・送迎などの時間の確保(有給)などを充実して欲しいと思います。

沖縄は現在、梅雨。例年より少し長いと思います。現場も雨ばかりでうんざりしますが、これは自然現象。梅雨や台風、地震とも共存してたくましく生きねばなりません。

今朝も家周辺の掃除や草刈りをしましたが、裏山にあるタチガーという湧水地は天然水であふれていました。いつもの通り真水で顔を洗って朝の「仕事」は終了しました。

毎日地下水で手や顔を洗えることを幸せに感じています。

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【休日の朝は草刈りの量が増えます。掃除の範囲も増します。第10子の心然も家庭内労働の立派なメンバーの一人です。】

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【ナナフシの赤ちゃんに遭遇しました。】

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【昨日は風呂場に行く渡り廊下の木の手すりの上にいたクワガタムシのメスと出会いました。手にとって観察後、心然は先住民であるベランダのクワの木の幹に戻しました。】

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【カナヘビもいました。家のすぐ近くでアカショービンが「ピー、ピョロロ」と鳴いていました。】

追伸:お風呂に入ろうと心然と一緒に母屋を出ました。お風呂場は渡り廊下でつながっています。なんとそこに「光るもの」が・・・。「ホタル」でした。家族のみんなを呼んで点滅するホタルの光を堪能しました。居ながらにして貴重なホタルの光が見えるなんて!渡り廊下は床と手すりと屋根だけ。つまり野外です。よく見ると他にも飛んでいました。コンクリート基礎のない森の中の家で良かったと思っています。残念なのは第7子の万然が高熱で脳性マヒになり目が見えなくなったため見ることができなかったことです。一日でも早い高知医大での臨床研究が進むことを、ホタルにお願いしました。
posted by 塾長 at 16:36| 教育・子育て