2018年03月31日

家族11.1人の旅 ご報告

3月26日より予定通り矢岳町の家に家族全員で出発しました。

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【移動手段は半分は船、残りは一日遅れの飛行機です。次女の高校説明会への出席と2日間のエサあげをなるべく自分たちでするためです。本部港(もとぶこう)発の「あけぼの」に乗りました。】

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【船上から残る人たちへ敬意をこめて「敬礼」。】

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【まる一日かかる船旅。急なことだったので2等室しか取れませんでした。ぎゅうぎゅう詰めの雑魚寝です。それでもなんとか鹿児島に着けばいい・・・・飛行機内の気圧の関係で耳をやられた先月の経験からゆっくり水平線を見るのもおつなもので・・・。】

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【3月27日朝、鹿児島の錦江湾に入ると、突然、桜島が爆発!】

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【陸路はレンタカー。10人乗りのトヨタハイエースワゴン。慣れない大型車なので、高速道路のサービスエリアで一服。(朴然・こだまこ・さわみこ)】

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【船中泊グループと飛行機グループが3月27日10:30、鹿児島空港で合流。第八子のこだまこと、第九子のわかみこがしばらく会わなかったので、とてもうれしそうでした。】

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【一路「矢岳町」へ。矢岳町は宮崎と熊本の県境にあります。】

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【久々帰ってきた矢岳の家・隣の家が解体されていたので、以前より家全体が見えるようになりました。手前が新しく建てた別棟、奥が明治42年11月建築の旧国鉄矢岳駅駅長官舎。】

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【霧島溶岩で造られた井戸。家屋も井戸も国の登録有形文化財です。】

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【登録有形文化財を証す真鍮(しんちゅう)製の銘板。】

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【屋根をふき替えた時作ってもらった「喜怒哀楽」をイメージした鬼瓦も4個のうち、3個は健在でした。1個は台風で落ちていましたが、修復すればまた載せられると思います。】

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【「笑う鬼瓦」とセットの私の顔をした巴瓦も健在でした。特注の巴瓦は19枚もあります。】

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【ヒノキ風呂も健在でした。お湯を入れるときっとヒノキの香りがすると思います。】

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【暖炉も地元の焼酎メーカーラベルを張った屏風もみんなありました。旅館として再生しても十分楽しめると思いました。】

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【片付けや引っ越しまとめにお世話になった地域の上原さんと記念写真。近くの大杉さん(元町内会長)にも引っ越し用のキャタピラ付き運搬車をお貸ししていただきました。感謝します。(右から4番目(後ろ):上原さん、右、旧駅長官舎、左別棟)】

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【3月28日。売却先のNOTE人吉球磨(代表 村口隆さん・左端)たちと記念撮影。このあと、家内の勤務先、人吉郵便局にごあいさつ。・・・といっても何年も育児休暇をとっているので、知らない人ばかりでしたが・・。】

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【大事な契約を終えて熊本市内へ移動。途中、父母のお墓のある熊本市営の桃尾墓園へ。桜の花びらが舞い散る素晴らしい時期でした。シャッターを押すときも、だれもカメラを見てくれません。みんな、風に舞う花びらが美しいので見とれております。】

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【熊本に行ったら必ずいただく「新華楼」のラーメン。なんとも表現できない味です。50年間、変わらぬ味と優しい心遣い。ありがとうございました。】

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【おばあちゃんは転倒して足を悪くしていらっしゃいましたが、わざわざ出てきてくれました。(カレンダーの下)子どもたちは元気に「やってみよう!」を合唱して気持ちを伝えました。】

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【夜は旧友との再会が実現しました。懐かしい面々、変わらぬ友情。思いで話しや今の状況などをお互いに話しました。楽しいひと時でした。遠くは荒尾市、松橋、西原村など遠路はるばるお忙しい年度末にお集まりいただき感謝申し上げます。店は熊工同期の南君が経営する「音楽館」。子どもたちも3曲アカペラで歌を披露しました。】

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【3月29日。せっかくなので熊本地震の跡を少しでも見て今後に生かそうと考え、被害の大きかった益城町に行きました。役場の方に説明をいただき、復興がまだできていないところをみました。これは活断層の近くにある木山神宮。屋根がそのまま落ちていました。基壇が少しもろかったのかも知れませんが、それにしても自然の力にはかないません。実感しました。】

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【おまけ:鹿児島空港の喫煙席。船の中も熊本空港も喫煙所は密閉された狭い空間です。ここは応接間をイメージするくらい豪華で広く、椅子まであります。タバコは嗜好品。片隅で肩実の狭い思いで吸うよりは、こっちの方が断然おいしく飲めました。】

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【やっと帰りの飛行機で11名揃いました。】

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【3月30日、帰ってきたらさっそく朝からエサあげや掃除が待っています。おかげで動物の世話をお願いした甲斐あって、いきものは全部元気でした。1歳のわかみこも4歳のこだまこも全員参加のお掃除です。】

以上が、旅行のまとめです。

表題が11.1人となっているのは、おなかに第10子がいることが旅行直前に判明したからです。もし、無事に生まれることができたら、臍帯血の幹細胞を脳症で手足・視力などが不自由になっている万然に移植する予定です。兄弟間の臨床例は日本ではまだまだですが、脳神経障害の再生例はアメリカではあります。日本の再生医療の一助になれば幸いだと考えます。無事生まれて欲しいと願っております。
posted by 塾長 at 20:12| 教育・子育て

2018年03月21日

連載「細部から文化が見える」第6話

タイムス住宅新聞で連載中の「細部(ディティール)から文化が見える」の第6話「ひと粒の土」を転載いたします。来月は「日本最古のホゾ」の予定です。

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posted by 塾長 at 21:44| 教育・子育て

「矢岳の家」おげんきで・・・

 明治42年(1909年)、肥薩線の全線開通時に建てられた旧国鉄矢岳駅(やたけえき)駅長官舎。満50歳を迎えて自分自身への問いかけ、「たった一度の人生で本当は何をしたいのか、自分自身は何ができるのか」で導き出されたのは「閉鎖型の自然生態系」のなかでつつましく生きることでした。

 結論が出たので、場所を探しました。それが熊本県人吉市矢岳町の旧国鉄矢岳駅駅長官舎。何軒も候補がありましたが、通りすがりに一瞬車から見えたのが下見板壁の小さな家。バックしてもらって改めてみたらもう虜(とりこ)になりました。

 この建物は国鉄駅長官舎後、国鉄はJRに移行。その後、町内会の公民館として使われていましたが、見たときは空き家になっていました。さっそく交渉を開始。人吉市の所有だった土地は市議会、家の管理をしていたもと国鉄マンとも話し合いを行い、なんとか所有することができました。
 契約後、住める状態に屋根や内装を改修しました。それから沖縄に残していた家族を呼び、理想郷ともいえる矢岳町で3年暮らしました。その間に林間学校を開始、同じ敷地に隣接して伝統建築の離れを建てました。

 3年間で得たものは「これまでの人生は一体何だったのか!というくらい衝撃の連続、その後の人生に大きな影響を与えています。今回、沖縄に引っ越してきて空き家になっていた矢岳の家を手放すことにしたのは、それほど大切な家を今後もしっかり管理してくれる方々が現れたからです。どうしても沖縄と熊本では離れすぎていて十分な管理ができなく悔しい思いがありました。
 スイッチバックとループ線を併せ持つ大畑駅(おこばえき)は隣駅、矢岳駅にはD51が鎮座します。またイギリス製レンガ造りの20か所以上のトンネルや巨大盛り土、鉄橋などを含めた「JR肥薩線」がイコモス(International Council on Monuments and Sites・ 国際記念物遺跡会議)の「日本の20世紀遺産20選」に選ばれ、肥薩線にある矢岳駅の駅長官舎がやっと日の目を見ることができそうです。

 売買契約、残してきた家財の片付けなどで急きょ、沖縄から矢岳の家に行くことになりましました。矢岳の家で出産した子が二人いることや、契約者が妻であること、障がいを持つ万然や1歳の「わかみこ」の世話を妻がしていることがいることなどから、家族11名で行くことにしました。
 「11名の団体」が移動するにはそれ相応に経費がかかりますが、もう大家族での移動は最後かもしれないと思い決断しました。

 船便と航空便で分かれて出発した家族が来週27日(火)に鹿児島空港で合流します。分かれて出発するのは、北中城村に残した馬やヤギ、イノシシ、ウサギ(2羽)、番犬(6匹)、猫、アヒル(ひよこ)・ニワトリ(約20羽)などの家畜・家きんの世話をなるべく自分たちでするためです。どうしても2日間はしかたない日があるので家内の親族にお願いしました。

 27日は人吉市、28日は熊本市に泊まります。熊本を離れて約13年、お世話になった方々と久しぶりお会いできそうです。

 長年、木造建築に携わって築いた価値観や自然観を一変させた矢岳の家と暮らしぶり。家の所有はなくなりますが、培った人生哲学は今も継続しています。「矢岳の家」に感謝しつつ、「末永く元気でいてくれ!」と願うばかりです。26日先発隊6名が出発いたします。

価値観を一変させた思い出の矢岳アルバム

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【母屋と井戸を国の登録有形文化財に申請し、文化財になりました。(全景)】

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【母屋。ニワトリ(うこっけい)は今も遺伝子を遺して沖縄で生きています。】

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【改装後の座敷。漆喰の総塗り替え、建具の改修で見事に生まれ変わりました。今後は宿泊施設になります。】

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【朝もやの中を走る一両編成の列車(肥薩線)】

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【明治時代作られた矢岳トンネル。壮絶な工事だったと聞き及んでいます。】

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【駅前のメインストーリー(?)奥に矢岳の家(駅長官舎)。秋はヒガンバナが彩りを添えます。】

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【稲作を初めて体験(3年間)。今も少しですが無農薬の田んぼで稲作にかかわっています。】

タイムスリップしてこれからは現在の状況です。

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【熊本にいる妹の子(姪)が作った折り紙のランドセルが送られてきました。心に弱度の障がいがあるようですが、すばらしい作品です。】

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【正座して食事する1歳と4歳の子どもたち。】

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【仲良しの二人です。】
posted by 塾長 at 21:30| 教育・子育て

2018年02月27日

馬にかまれる!

沖縄に帰ってきてから、普段の生活に戻りました。妻の誕生日である2月24日、家族で久々生きものの世話をしました。飼い馬のゲンも自宅裏の牧場に連れて行きました。

「小学校組み3人も、一緒に餌あげできるのはあと少しだなぁ。せっかくだから記念に写真、撮ろうか?」と言ったら、六女の「こはづき」(小3)が馬の額をなぜなぜし始めした。最初は良かったのですが、いきなり顔を突き出し、顔をガブリ。頭で押し倒した後に、上から噛みました。

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【この写真を撮った直後、噛みました。目の前の出来事でびっくり。まさかそのあとも攻撃するとは・・・。野生のままの与那国馬。予兆は牧場に朴然が引いていくとき一時、暴れたのでどうかと思いましたが、あとは安定していました。油断ならない野生動物。とっさの攻撃をかわす合気道は通用しませんでした。】

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【顔の傷。歯形が見えます。急ぎ、近くの病院で手当てしました。骨や肺に異常はなし。】

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【胸の傷。内出血を起こしています。このあと少し腫(は)れました。痛みが今も続いています。】

アッという間の出来事で何もできず反省しています。今は少しずつ暖かくなってきており、発情期に入っていたのかもしれません。ペット化する野生動物。ただ、どんな動物にも慎重に対応すべきと本人も家族も再確認しました。

今月は8日が三女・麻衣、21日が第九子で七女のこだまこ、そして24日が家内の誕生日。5月、8月にならぶ月内に3人が誕生日を迎えるバースデイラッシュ月です。

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【我が家では元旦に家族一緒に年を重ねるので、個人の誕生日にはあまり重きを置きません。それでも子どもたちにせがまれるので、西洋風のバースデイケーキを作ることもありますが、基本、自分たちで作ります。】

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【ちなみにこれは21日に満4歳を迎えた「こだまこ」への家族手づくりのバースデイケーキです。】

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【誕生日にお金をかけないために、24日はコンベンションセンター劇場棟で行われた航空自衛隊の演奏会に家族11人全員で出かけました。目は見えませんが聴覚はあると思われる万然に生の音楽を聴かせる意味もありました。いつも家族の世話で忙しい妻に対するせめてものプレゼントです。(これに妻が大好きな熊本の鋒楽饅頭(ほうらくまんじゅう)もプレゼント。ただし、饅頭はみんなでいただきますが・・・。)
子どもたちも大変喜んでいました。(特別視聴室にて)】

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【次の25日(日曜日)は、餌あげのあと、みんなで側溝掃除をしました。】

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【側溝に流れている水は名水百選のひとつ、タチガーから流れ出る地下水です。結構みんな楽しく掃除します。下二人は側溝そばに咲いていたムラサキカタバミの茎を噛んで、あの酸っぱさを楽しんでいました。】

明日は連載中のタイムス住宅新聞の関係者(執筆者やスタッフ等)同士の懇親会で那覇に行きます。どんな人たちとどんな話をするのか、楽しみです。それにしても、相変わらず、刺激的な毎日が続きます。
posted by 塾長 at 11:53| 教育・子育て

2018年02月21日

ギリギリセーフの東京・石川・富山の旅・・・

風邪の治りかけを知りつつ、朴然の表彰式の付き添いで久しぶりに旅をしました。強行スケジュールで行く先々で航空機内の気圧の関係からか耳が痛くなり、とうとう左耳は聞こえなくなりました。今も左耳が聞こえず、バランス感覚にも影響が出ています。

しかし、とりあえず時間に追われながらもギリギリセーフでつなぎまくって帰沖したご報告をいたします。
詳しくは、後日。また、内容はタイムス住宅新聞で連載中の「細部から文化が見える」に記したいと思います。旅の途中でお世話になった皆様に、感謝いたします。ありがとうございました。

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【高速バスで那覇空港に行く予定でしたが、荷物の多さなどを考慮して車で送ってもらいました。幼い子ども2人を乗せて、自宅までどうやって帰るのか、気にはなりましたが・・・】

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【雲の上にポッコリ見えた富士山。長男・朴然は子どもたちだけで東京に旅した以来の上京でしたが、初めてみた雪の富士山に「ラッキー!」と感激していました。】

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【せっかくなので、夜、昔の仲間に会うことにしました。全国の青年委員(九州ブロックからは2名)をするようになった約30年前から上京することが増えました。それ以降、委員長に就任してから2年間、日本建築士会連合会で青年委員会担当だった山田隆一さんとは一緒にがんばりました。現在、同会の事務局長ですが、気さくな性格は今も健在で「アッ、また委員長と言ってしまいましたね。」と「山ちゃん」から言われるほど、当時の青年委員長時代の数々のエピソードを生んだ活動の話題に花が咲きました。】

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【本来の目的は毎日新聞社主催の自然科学観察コンクール(2等賞)の授賞式への参加です。秋山仁さんの講演などもありました。】

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【表彰式のあと表彰者・付き添い者と審査員・運営スタッフなどとの懇親会もありましたが、途中退席させてもらい、急いで東京駅の新幹線乗り場へ。午前中に切符を購入していたので、ギリギリ何とか間に合いました。北陸新幹線で一路、石川県金沢市へ。】

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【金沢は二人とも初めて。駅前のオブジェが雪の金沢にぴったりでした。】

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【朴然はそんなことより、舞い落ちる雪に見とれていました。初めて本物の雪を仰いでいました。】

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【急きょ、私は沖縄で買い込んだすべり止め付きの靴、朴然はラグビーのスパイクに履き替えて雪の金沢で夕食をとることに・・。せっかくなので日本海でとれた魚とおいしい水と米でできた日本酒をいただくために、ホテルのすぐ裏の繁華街に出ました。入ったのは「魚屋さん」が経営している居酒屋。店の前には天然クーラーが効いているので、魚の頭がそのまま置いてありました。沖縄では考えられません。】

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【戦火が及ばなかった金沢には2階建ての木造家屋がたくさん残っていました。金沢の風情を感じることができました。】

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【一夜を過ごしたあと、早朝4時に起床し、雪の降る中、タクシー予約ができなかったので歩いて金沢駅に・・・。歩道には雪が積んでいるので、大きな荷物を引きながら車道を歩きました。途中、車道に残るシャーベット状の水を(乗せてくれない)タクシーにかけられ、ズボンが濡れて寒くなりました。
歩いたので予定の電車は出発していました。一時間ほどIR石川鉄道のホームで待ち、6時半発の七尾駅行きの電車に乗りました。その後、予約していたレンタカーで能登半島にある真脇遺跡に向かいました。
時間が押していたので急がねば羽田発那覇行きの飛行機に乗れないので焦りました。しかし、知らない道、初めての雪道。約2時間は睡魔に襲われることなどなく、緊張の中で走り続けました。】

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【やっと会えました。3200年前の日本最古の「ホゾ」。木造建築の原点です。詳しくは連載記事で書きます。2000キロの旅を考えていただき、管理されている真脇遺跡縄文館の高田秀樹館長が水中管理下にあるホゾの付いた柱を持ち上げてくれました。触ってみると、優しくやわらかでした。材種はアスナロでした。】

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【当時の石器を使って復元なった縄文時代の竪穴住居の前で記念撮影。向かって左が高田館長。中には炉があり、火を入れてあったので周りは雪でも暖かかったです。その他貴重な話も伺いましたが、これもまとめて連載で披露します。】

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【最後にどうしても見たかった4000年前の「床大引きの穴」。真脇遺跡より古い遺構です。ホゾではありませんが、稲作が普及し貯蔵の必要から生まれた高床式建物は弥生時代が常識でした。これをひるがえす大発見。縄文時代に高床建物が建てられた証拠の穴です。詳しくはこれも連載で書きます。】

このあと、車で富山駅に向かいましたが、案内していただいた小矢部市教育委員会の大野淳也さんから「もう1時45分ですよ。」といわれ、3時発の新幹線が頭をよぎり、挨拶もそこそこに小矢部ふるさと歴史館をあとにしました。この時、レンタカーのナビ操作ができず、目と口で富山駅を目指し、駅近くでレンタカーを返し、富山の路面電車を見るのもそこそこに北陸新幹線にギリギリ乗り込みました。

問題はそこからでした。ひと列車早めた新幹線に乗ればなんとかなる、と踏んでいました。ところが、新幹線に乗り込んだので安心したのか、朴然は大宮駅当たりから眠りました。東京駅近くで起こしましたが、寝ぼけていたのかチケットがない、と言い出しました。

とりあえずホームに降りて探しましたが見つかりません。このままでは羽田に着くのが遅くなるので、降りたホームの事務所にどのようにしたら良いか聞きに行きました。そのとき朴然は降りたところにいました。まだ探していました。事務所から朴然は見えるので「オーイ朴然、こっちにだよー!と恥も外聞もなく叫びました。こっちを向いたようだったので、事務所の人と交渉に入りました。と・こ・ろ・が、1〜2分の間にホームから姿が消えました。あわてて、23番ホームや階下の2つある改札口周りを探しました。待合室やトイレの中も見ましたがいません。

時間は刻々と経っていき、もう羽田発20時の飛行機を逆算すると限界の18時30分を回りました。迷子(行方不明)放送もホームで2回、改札口周りのフロアーで1回してもらいました。しかし、見当たりません。夕方なので多くの乗降客でいっぱいの東京駅。・・・そして決断しました。何回もホームと改札周辺を探した、もうここにはいない!もしかしたら、あの後、切符が出てきて改札口を出たかも?

そう決断して改札に向かいました。そうしたら、なんと改札口の外で手を振る少年が!お金もなく、携帯電話も待たないので心配でしたが、やっと再会できました。ゆっくり話す時間もなく、急ぎ山手線、東京モノレールに乗り換え、羽田に着きました。搭乗手続き締め切りのギリギリの時間でした。

那覇空港には家族11人のうち6人が迎えに来てくれていました。自宅に帰り着いたのは12時前でした。それから起きている子どもたちに簡単に報告して就寝しました。どの継ぎ目もギリギリでした。しかし、百聞は一見に如かず、また、写真ではなく本物の量感や周りの景色、距離感、出会った多くの人たちの表情や言葉、あたたかな心に触れて大変満足のいく旅でした。

日本建築士会連合会の山田局長、高田真脇縄文館長、小矢部市教委の大野主査(中井様)をはじめ、関係各位に感謝申し上げます。大変、ありがとうございました。こんどはゆっくり行きたいと存じます。
posted by 塾長 at 12:02| 教育・子育て

2018年02月02日

広報「北中城」に掲載。

先日行われた北中城中学校近くの交通安全看板の除幕式、北中城小学校での講演会(課外授業)と看板披露が広報「北中城」に掲載されましたのでご紹介いたします。

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posted by 塾長 at 10:21| 教育・子育て

2018年01月30日

インフルザA感染!とホゾを訪ねる旅について・・

家族11名のうち、家内を除く10名がインフルエンザAに感染しました。中学校では次女のクラスは学級閉鎖になりました。やっと全員が病魔から抜け出し、先週から学校に通い始めました。
また、「シロ」と呼んでいた犬が1匹亡くなりました。インフルエンザとは関係ない老衰と思われます。「どうぞ天国へ行ってください」と祈りました。犬は現在、7匹になりました。

さて、早いもので1月が終わろうとしています。2月には朴然が2等賞に入選した毎日新聞社主催のシゼコンの表彰式が東京で開催されます。小・中学生合わせて11,287点の中から選ばれました。東京では着いた夜(16日)は空いているので、日本建築士会連合会の事務局のメンバーと会食する予定です。最近の建築士会全体の状況を聞きたいと思います。なにか、活性化にヒントを感じたら提案したいと考えています。

表彰式は翌17日(土)、日本科学未来館で開催されます。久しぶりの東京です。個人的には表彰式後行われる数学者の秋山 仁先生の講演会も楽しみです。また、懇親会でお会いできるかもしれない審査員のお一人、東京学芸大学名誉教授で工学博士の小澤 紀美子先生との再会も楽しみです。
かつて(平成4年)、毎日新聞社が主催した「毎日郷土提言」で「準毎日提言賞」を受賞したとき、同じように表彰式後の懇親会で懇談したことがあるからです。(覚えておられるかどうか、不安ですが・・・)
考えてみれば私も「準」でいわば全国では第二位ということです。親子そろって毎日新聞主催事業おいては全国一位にはなれなかったということでしょうか?

長男・朴然の付き添いで上京しますが、帰りに日本で一番古い貫穴(ぬきあな)とホゾを見学に富山県と石川県の遺跡をそれぞれ訪ねる予定です。東京、埼玉、群馬、長野、新潟、富山、石川を回り、日曜日の18日に帰沖する強行スケジュールです。

慣れない雪道でブレーキやハンドル操作を間違えないよう、安全運転で行ってきたいと思います。

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【第九子・「わかみこ」が室内の階段を逆にハイハイで降りてました。腕が強くなるぞ!】

また、先週末、次女が在籍していた女子ソフトボール部の飲み会を自宅の学習棟で行いました。学習棟の「宙に浮く心柱」に重ねて「宙に浮く心柱をもつミニチュア版」を設置したので、宙に浮く心柱が2本あります。それを見ながらの懇談でした。「木造居酒屋・ぬちゆるやー」という感じでした。
鍋を囲んでいいお酒をいただきました。家内が作った辛子レンコンや白菜の漬物、正月の屠蘇(とそ)に使った赤酒などを出させてもらいました。初めての試みでしたが、皆さんご満足のようでした。

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【3畳の茶の間に吊られた柱に刺された「樫(かし)のコミセン」にぶら下がる「わかみこ」。やんちゃな1歳8か月です。】

懇談の中で、「スポーツ」の語源は気晴らし、気分転換ということを言いました。気晴らしなので楽しまなくてはならない、ルールのある競争なのでマナーを守るべき。だから、勝つことを目的にしてしまうと、楽しくない。勝てればこれに越したことはないが、競技を楽しむことを目的にしてほしいと話しました。勝ち負けがないのはスポーツではないので、兄弟姉妹のうち6名が習っている「合気道」は試合がないのでスポーツではない武道ということになります。優勝劣敗のない合気道はいいものです。
posted by 塾長 at 19:17| 教育・子育て

2018年01月19日

新聞記事のご紹介

平成30年1月19日付け、タイムス住宅新聞の記事を掲載いたします。

連載中の「細部(ディティール)から文化が見える」の第4話です。

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下は北中城小学校体育館で行った「課外授業」(伝統建築と歩いて楽し通学路)の記事です。

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posted by 塾長 at 07:49| 教育・子育て

2018年01月12日

課外授業「伝統建築と歩いて楽しい通学路」のご報告!(北中城小学校)

平成30年1月11日午後1時15分から、北中城小学校体育館で「課外授業・伝統建築と歩いて楽しい通学路」の講演を行いました。昼休み時間を利用しての講演だったのでわずか30分。しかし、準備は3か月以上かかりました。3年生以上の児童486名に教職員、支援学級の児童、合わせて約500名を前に、伝統建築と安全な通学路の話をしました。結果は大盛況でした。ありがとうございました。以下に報告します。

講演時間は短いですが、準備は相当かかりました。パワーポイントは1か月以上、看板は2か月、そして木組みのモデルは3か月。モデルも置いていた「ぬちゆるやー」で分解し学校へ運び入れ、再び組み立てました。

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【再組立て中の伝統的な木組みでできたミニチュアモデル。開演前1時間で組み上げなければ間に合いません。研究会の仲村さん、宮城さん(義理の兄)、副会長の小橋川さんが仕事を休んで応援してくれました。】


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【講演開始。約500人を前に、まずは釘1本使わず組み上げる木造伝統技術を紹介。一番苦労したのは、伝統建築と歩いて楽しい通学路の接点。見いだしたのは「共に面倒なこと」。簡単便利な社会にあって車での送迎に抵抗がなくなりつつあります。快適は大敵、早くて便利かもしれませんが、失うものもたくさんある。例えば体力、地域の人たちとのふれあい、自然のいきものとの出会い、そして危機管理能力。同じように簡単便利、規格化、機械化の進んだ建築には自然と戦う剛構造が基本。面倒な手仕事が主体の伝統建築は柔構造。面倒な分、奥が深くて強い。歩いて登校と伝統建築の共通点は面倒。面倒な中に新しい発見がたくさんあり、楽しくなることをスライドを使って説明しました。】

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【次は実際の伝統的な木組みを使って説明。複雑な仕口を手仕事で作り上げるには時間がかかること、面倒だけれど楽しい。押せば揺れて力を分散・吸収する柔構造を実感させ、最後に中央の心柱を支えているジャッキをゆるめると、宙に浮いたら拍手!というシナリオでした。予定通り、宙に浮き、その不思議さに拍手が起こりました。】

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【そのあとは、カンナ削り。副会長の小橋川さんが持参したアスナロ(ヒバ)の木をカンナで削りました。削った面はツルツル。子どもたちはどちらかというと出てきたカンナクズの方に興味があったようで、6ミクロン(1ミクロンは千分の1ミリ)の透けて見えるカンナ屑に驚愕していました。子どもたちもけずりました。】

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【先生がたも興味がありました。】

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【一番うれしかったこと。カンナ削りの途中、小橋川さんが「将来、大工になりたい人!」と問うと、「ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!」と手が上がったことです。汗をかかない仕事を希望する子どもが増える中、日本の文化のすばらしさを理解し、継承してほしいものです。】

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【校長先生からお礼の言葉をもらって講演は終了しましたが、その後木組みやカンナ掛け台の周りに人だかりができました。触ったり、木のにおいをかいだり・・・。】

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【くぎを使わず木と木を組むカシのコミセンを説明しているところです。】

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【帰ってきた木組みの小屋。1:1.4の縦横の比率、白銀比でできた宙に浮く心柱をもつモデル。小学校で講演終了後分解し、再び「ぬちゆるやー」(自宅の学習棟)に戻ってきました。分解、組み立て、分解、組み立てを短時間で繰り返しました。

学習棟中央にある「宙に浮く心柱」のすぐ横に重ねるように配置しました。「宙に浮く心柱」が2本。「親子心柱」と言ってもいいくらいです。

・・・さすがに慣れない体育館の冷たい床、上り下りの多い我が家を何べんも往復したためか、夜、アキレス腱がカラスまがり(こむらがえり)しました。ものすごい痛さで、そのまま布団にはいりました・・・】

明けて12日、振り返ると中学校の交通安全標語看板づくり、小学校での看板づくり、講演会。どちらも大変でしたが児童会、生徒会のメンバー、伝統建築「これから」研究会のメンバー、家族がよくがんばりました。

皆さんに感謝申し上げます。


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【1月11日の後援会当日、小学校の看板を覆っていた養生シートをはずしました。】

伝統建築のようにややこしくて面倒な歩いて登校。簡単便利な社会に慣れないよう、時々、看板を見たり、講演を思い出し、通学中の事故や事件が1件でも減ることを願っています。
posted by 塾長 at 12:00| 教育・子育て

2018年01月01日

明けまして おめでとうございます!

謹賀新年。

平成30年の元旦を無事迎えられたことに感謝いたします。

昨年は12月30日まで、北中城小学校児童会の「歩いて登校(通学路の安全喚起)」の啓発看板づくりを行っていました。そして、31日の大晦日に家族で餅つきをしました。
言い訳になりますが、そんなこんなで賀状を出すことができませんでした。

昨年お世話になった皆様への非礼をお許しください。

また今年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年末の風景をご報告いたします。

12月30日付沖縄タイムス記事リサイズ済み.JPG


【12月23日挙行した北中城中学校の交通標語看板除幕式の様子が、沖縄タイムスで報じられました。】

変化する看板が、わかりにくいので写真で紹介します。

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【上段が透かし彫りで「交通安全」。下段には全校生徒から募集した標語の代表作「すれちがう 近所の人に ごあいさつ」の彫刻文字。彫刻も色付けも生徒会が中心になって製作しました。】

中学校すれちがう・・・(ようこそ北中へ).JPG


【上段の透かし彫りの文字が「交通安全」から「ようこそ北中へ⇒」に変わります。国の重要指定文化財である「中村家」の台所に使われている無双窓がヒントです。無双板を右に移動すると、裏の板の透かし彫りの学校案内文字に変わります。】

中学校雨の日も・・・.JPG


【台風時などには、標語の表示板を180度回転させて透かし文字を保護します。標語の裏は「雨の日も 歩いて楽し 通学路」と書かれています。ともに屋根には通学中の安全を漆喰シーサーが見守ります。(生徒の作品です)】

北中城小学校の方はまだ児童にはお披露目していません。1月11日の「課外授業」で説明したのち、現在は養生中の看板を見せたいと考えています。こちらもその仕掛けを写真にて説明します。

雨の日も・・・.JPG


【裏門の擁壁につけた標語看板。中学校より規模は小さいですが、中学校同様、無双窓を応用した看板です。小学校は上部の標語は「雨の日も 歩いて楽し 通学路」です。下段は雨の日に歩いて登校すると自然の生ききものに出会う楽しさを絵にしています。カエルやカタツムリ、オタマジャクシやヘビ、シリケンイモリなどがアジサイやスイレンの合間から見えます。生きものはランドセルを背負っています。】

ようこそ・・・.JPG


【上段をスライドさせると「ようこそ北中城小学校へ」の学校案内が登場します。一字一字、児童会のメンバーが筆を変えて書きました。瓦の上の漆喰シーサーも子どもたちの製作です。】

すれちがう・・・.JPG


【中学校と同様、大雨や台風時には下段の看板文字が回転します。回転して見える文字は中学校の公募で選ばれた標語「すれちがう きんじょの人に ごあいさつ」を使わせていただきました。通学中に事故や事件に巻き込まれないことを願っています。】

今年は小中学校の看板づくりや「課外授業」の準備で年末まで大忙しでした。従いまして、今年は1日遅れで餅つきをしました。以下は、その様子です。

あや&父.JPG


【家族で餅つき。毎年恒例になっていますが、11人の家族がみんなで力を合わせて餅つきができることは幸せです。年々、子どもたちが力強くなってきたのを実感します。】

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【1歳7か月の第九子・「わかみこ」をしょって餅つき。】

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【第八子の「こだまこ」も楽しそう。つまみ食いができるのも家族で餅つきだから・・・。】

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【残り火を利用して、餅を焼いて食べました。つき立ての餅は焼くことはしないので、先日送っていただいていた阿蘇の無農薬のコメ栽培農家のお餅を焼きました。我が家の子どもたちは餅が大好き。普段は火鉢の炭で焼いて食べています。】

これからひと寝入りします。明ければ手作りのお節料理に舌鼓の予定です。昨年も充実した1年でした。昔と違って今は、社会の最小単位である家族の大切さ、ありがたさを実感しています。年越しそばをいただく前に今年初めて「家族の忘年会」をしました。

皆様のご健康をご多幸を祈念いたします。

わかみこ&こだまこ、母.JPG
posted by 塾長 at 01:08| 教育・子育て

2017年12月25日

朴然、シゼコンで上位入賞!

第58回 自然科学観察コンクール(シゼコン)(主催:毎日新聞社、自然科学観察研究会、後援;文部科学省)で2等賞の上位入賞いたしました。

応募総数11,287点(小学生7,206点、中学生4,081点)のなかでの上位入賞は本人はもちろん、家族も大変喜んでします。

表彰式は東京:日本科学未来館(みらいCANホール)で、来年2月17日に行われます。

今年は中部地区児童・生徒科学作品展では金賞でしたが、沖縄県児童生徒科学作品展では佳作でした。したがってその先にある沖縄電力主催:青少年科学作品展には進めませんでした。もちろん全国規模にも・・・。
本人は地区で金賞だったので、県で優良賞以上は取れると思っていました。会場で大変落ち込んでいたのを覚えています。

1昨年、テーマは違いますが地区で金賞、県で最優秀賞、全国児童才能コンテストでは日本PTA全国協議会会長賞を受賞しました。

昨年は地区では金賞、県では優秀賞、沖電では佳作でした。

今回は県での評価に疑問を持ったのか、全国規模のコンクールに出したいと言い出し応募しました。その結果が上位入賞です。各コンクールにはそれぞれ審査基準や評価が異なるとは思いますが、なんとも複雑な気持ちです。しかし、あきらめずに作品を提出して良かったと思います。

以上、謹んでご報告いたします。

参考HP
https://www.shizecon.net/
posted by 塾長 at 21:33| 教育・子育て

2017年12月23日

北中城中学校 交通標語看板 設置完了!

次女の亜和(あや)は、小学校の児童会長時代からの思いである「通学路の安全」を中学校の生徒会長選挙でも公約に掲げて当選し、この1年温めてきました。小学校では危険個所のマップを「視点1メートル」で作成しました。中学校になると学校行事に駆り出され、ほとんど学校の受け身の活動ばかりでした。しかし、小学校と同様、それらと同時並行に自分のしたい活動を始めました。

本人もですが3年生は受験を控えた大切な時期。しかし、生徒会役員をはじめ、考えに共感した生徒が協力して、本日、生徒会主体による交通安全の看板設置ができました。

今日は11時から除幕式を挙行しました。私たち「伝統建築『これから』研究会」も専門的な助言・指導を微力ながらさせていただきました。

以下はその軌跡です。

着工前.JPG


【着工前。中学校近くの三差路。無機質なコンクリートブロック造の擁壁。】

鉄骨下地.JPG


【擁壁の倒れ(こう配)に合わせて木組みの下地の鉄骨をセット。】

教頭先生のあいさつ.JPG


【いざ、作業開始。初日は北中城小学校・屋宜教頭(先生)がこの日参加する子どもたちにげきれいのあいさつに児童会担当教諭とともに来訪されました。(環境教育施設・ぬちゆるやー)】

文字書き.JPG


【前日、中学校の全校生徒549名が参加した標語募集で選ばれた標語を、先に看板に書いてもらいました。
「すれちがう 近所の人に ごあいさつ」。選んだ理由は通学中の交通事故防止と連れ去りなど事件に巻き込めれないための手法が感じ取られたからです。家庭と学校の中間領域である「通学路」は危険がいっぱいです。近所の人の「なんとなく監視」は、今の日本にはとても重要だと思います。】

生徒会名.JPG


【主体的に取り組んだ「生徒会」名を土台に書きました。】

掘りこみ文字 (1).JPG


【標語文字に合わせて文字の周りを彫刻刀で彫ります。版画板ではなく、杉板だったので木目があり、とても彫りにくく時間がかかりました。】

黒縁.JPG


【彫り込み部分を黒色でなぞりました。文字を浮かせてみせるためです。】

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【そのあと、透明のラッカーで文字板部分だけ塗りました。その他は木の素地のままです。】

土台・柱組.JPG


【土台と柱を組んだものを鉄骨下地に載せます。】

ほぞの修正.JPG


【柱のほぞノミで修正。】

小屋組み.JPG


【小屋部分の木組みを柱のほぞや腕木の大せんに合わせて組み入れます。くぎを使わない伝統構法です。】

基礎穴掘り (1).JPG


【鉄骨下地の柱の基礎を生徒が掘ります。】

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【ここらで昼食。シンメ〜ナーベで作ったうどんです。3時のおやつは自分たちで作った「焼き芋」でした。】

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【中学校の改築工事のJVから、基礎用の生コンを少しだけ頂戴しました。ありがとうございました。】

瓦 (3).JPG


【瓦はやっぱり専門の職人さんに葺いていただきました。島袋瓦工場様、大変ありがとうございました。】

小学校漆喰シーサーづくり.JPG


【屋根の上に載せる漆喰シーサーづくり。】

瓦 (1).JPG


【2日間置いた後、漆喰シーサーを載せました。夫婦と子ども3人。安全な通学路を見守ってくれると思います。】

植栽 (2).JPG


【最後の仕上げは瓦で作った花壇に花や木、ツルを植え込みました。花壇だけでなく、擁壁の緑化も考えた詳植栽計画です。ナンテンの実を食べに、きっと鳥が遊びに来てくれると思います。】

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【看板製作開始から1週間後の23日、晴れて除幕式を迎えました。積極的に身近な社会的課題を見つけ、目標を立てて主体的に動いた北中城中学校生徒会。標語の公募はできても看板の「形」をどうしようか?と相談があったので、せっかくなら北中城村には国の重要指定文化財の「中村家」がある。伝統技術を生かした看板を作ったら・・・と助言しました。作業を進める中、木造の伝統技術への理解が深まったことは「伝統建築『これから』研究会としてもありがたいことです。
除幕式には森田教育長や照喜名校長が見え、子どもたちへお祝いの言葉をかけられました。】

子どもたちの熱い思いに心が動かされて応援した活動。このような中学校生徒会の純真な通学路活動が地域性を伴った看板づくりで全国に広がればいいなと思います。美しい景観づくりにも貢献するし、地域性も高まります。
なによりも、「歩いて登校」が増えれば、送り迎えの車による交通事故防止に寄与するので、同じ学校に通う者同士が加害者・被害者になるという不幸もなくなります。

初めに哲学あり。建築などは付属品です。法隆寺が一番の参考です。五重塔の美しさより、心柱下にある仏舎利の存在のほうが重要です。私たちは中学生の考えに応援しただけです。これからも通学路の安全、地域コミュニティ、伝統建築の村・北中城村のシンボルと日本人の心のよりどころとして永く存在してほしいと思いました。

ちなみにこの看板、上部の透かし文字は「無双」になっているので「交通安全」と「ようこそ北中へ⇒」の学校案内板に代わります。また下部の「回転板」は、公募で決まった「すれちがう 近所の人に ごあいさつ」と小学校の標語「雨の日も 歩いて楽し 通学路」に変化します。

さて、来月11日は北中城小学校での「課外授業」があります。木造モデルを建てる予定です。
posted by 塾長 at 19:47| 教育・子育て

2017年11月17日

伝統技術と安全な通学路づくり!

安全な通学路づくりの一助に伝統技術を生かそうと動き始めた「伝統建築『これから』研究会。北中城小学校は裏門横の擁壁、北中城中学校は正門近くの擁壁にそれぞれ伝統的な無双窓を使った啓発看板を計画しました。

中学校、小学校、両方とも看板設置の承諾を終えました。いよいよ製作に着手します。中学校は全校対象の通学路の安全標語が昨日までに出そろい、来週月曜日までにその中から1点決定し、無双板に彫刻や透かし彫りを施します。小学校は「歩いて登校」の目標がすでにあるので、標語募集はしない代わり、看板設置に合わせて3年から6年生を対象とした「課外授業をすることにしました。

体育館の中央で先日仮組みした「宙に浮く心柱」を持つ木組みのミニチュア版を組み、隣で0.006ミリ(6ミクロン)のカンナ削りの実演を行い、伝統建築の技術や木の文化を紹介したいと思います。
予定は中学校の看板立ては12月20日前後、小学校は年明け直後(冬休み明け)です。

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【小学校の計画案。実演と講話を予定しています。日程が決まりましたら、またお知らせします。】

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【小学校の看板断面図。】

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【小学校の完成予想イメージ。学校、教育委員会のご理解とご協力のたまものです。】

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【中学校の断面図です。】

中学校正面姿図_R.JPG


【中学校の完成予想図です。第二案としていた道路側に少し寄った形になるので、若干、図面とは変わります。】

全国で頻発する通学中の事故。1件でも減るよう、また、児童・生徒、地域の人々、運転者の安全意識が向上することを願っています。

この機会に、伝統建築への関心が高まり、木の文化の奥深さが伝わることも願っています。

さてこれからは家庭内の近況です。

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【保育園に通わない姉妹は家の中のものが全部遊び道具です。タンスの引き出しで遊ぶお二人さん。】

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【1歳の第九子・「わかみこ」も3歳の第八子「こだまこ」と同じように、ご飯粒ひとつ残さず食べるようになりました。】

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【お母屋のベランダに渋柿をむいて吊るしました。正月まで甘くなるかな?沖縄では冬になってもアリがいるので、虫との戦いもあります。】

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【本日(11月17日)付けのタイムス住宅新聞の連載記事です。次回は「きちょうめん」の予定です。】
posted by 塾長 at 09:50| 教育・子育て

2017年11月02日

台風22号、ハブ出現!

 台風22号は、勢力が小さかったのであなどっていました。
コースも沖縄の南側で90度東に曲がると予報では言っていましたが、直撃しました。
これまで、「直撃」と思っていると「はずれ」、だから今度は当たりました。
「はずれ」が「直撃」です。

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【近くの電柱が倒れ、道路をふさいだので通行不能になりました。役所も電力も来ないので、我が家のコーンを持っていき、仮に通行止めにしました。】

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【側溝には上から流れてきた草や枝がいっぱい詰まりました。家周辺の側溝を点検し、家族で全部取り除きました。】

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【ここだけではなく、湧水地のタチガーや牧場の周りも片づけました。】

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【家の境界線に合わせて掘った水みちにも、多くの枝や草がたまっていました。流さないと全体が重くなって地滑りを起こすので、いつも片付けしていますが、今回は雨量も多かったので周りからたくさん枝や葉が寄ってきて詰まっていました。スッキリ開通した水みち。】

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【側溝の木くずのなかに「モクズガニ」がいました。きっと側溝を歩いていて巻き込まれたのでしょう。大きなモクズガニでした。。「木くず」のなかに「モクズ」?「キクズガニ」に名称変更したほうがいいかも。】

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【行き場がなくなったので、とりあえず最上流のタチガーの池に戻しました。】

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【台風はほかの生きものにも影響がでます。家のガジュマルの木から落ちてきたと思われるハブが敷地内のスロープにいました。逃げるハブ。】

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【毎日通るスロープなので間違って踏んで襲われたら大変なので、捕獲して一時様子を見ることにしました。種類はヒメハブのようです。先日も側溝掃除で出くわしたのもヒメハブでした。側溝掃除も用心しないと危険です。】

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【第九子の「わかみこ」(満1歳)とハブがご対面。ハブが立ち上がろうとして先が2枚に割れている舌を出したので、「カーッ」と負けずに反応していました。】

 昨日、朴然の自由研究の作品6点を、那覇空港近くの運送会社から東京の毎日新聞社に送りました。6点のうち2点はB1の入れパネでしたが、意外と宅配便では送れません。みなさんもコンペ参加の際はご注意を・・。

 さて、昨日は北中城中学校に出向き、生徒会が中心になって行っている安全な通学路づくりの活動について、学校長に応援の説明をしてきました。
 生徒会長をしている次女・亜和(あや)の公約でもある安全な通学路づくり。もう余すところ2か月しか活動期間がありません。生徒会担当の先生も出産準備で12月までしか一緒にできないとのこと。応援する「伝統建築『これから』研究会」も村民提案での活動は今年の予算、学校も新校舎落成、創立70周年記念行事としてはラストのワンチャンスです。
 国の重要指定文化財の「中村家」がある北中城村らしい木造の無双窓による交通安全標語のからくり看板を学校入り口の擁壁(ようへき)に掲げる計画ですが、あとは学校がOKを出すことだけです。

 教育長も同伴で伺い、村長も計画には賛成している事案です。中学校の対応を待ってみたいと存じます。
posted by 塾長 at 07:11| 教育・子育て

2017年10月16日

秋のはじまり・・・

10月になりました。

秋といえば「運動会」。小学校組みは今年から3人に減りました。中学生2人、高校生1人が在学中です。
来年からは障がいを持った万然が特別支援学校に通う予定なので小学生は変わらず3人、中学生が2人、高校が2人に代わります。後に続く2人が小学生になるのは3年後から・・。あと10年以上は運動会に付き合うことになりそうです。

小学校では上から4人、全員が選挙で選ばれた児童会長に選ばれています。朴然は現役なので運動会でのあいさつがあります。直前まで自由研究のまとめなどをしていたのでチャンとあいさつができるか心配でしたが、なんとかできました。

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【先頭で校旗を持って行進する朴然。とても重かったようです。】

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【後藤家の伝統あいさつ。運動会でのあいさつの最後は児童会長が「エイ、エイ!」と声をかけたら七百数十名の児童が「オーッ!」と合わせる。今回もうまくいきました。】

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【秋は「月」。恒例の手作りおはぎが食卓にあがります。甘さ抑え目の自家製おはぎは家庭内でも好評です。沖縄で見るお月様は特大に見えます。特に日没と同時に上がり始める満月は毎回うっとりさせられます。】

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【この秋はイノシシを飼ったことや自由研究のまとめなどでとても忙しくなりました。干していた稲のモミすりも遅れていましたがやっとできるようになりました。】

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【去年よりたくさん実がついたようです。】

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【原始的ですが、竹の枝にモミを挟んで落とします。】

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【今年は作付けした面積も実り具合もよかったので結構昨年より多く収穫できそうです。一日では無理なので、別な日にもう一度モミすりをしたいと思っています。今年は干し柿もしたいと考えています。やがて渋柿が届きます。】

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【10月15日は第57回沖縄県児童・生徒科学賞作品展がありました。中部地区では金賞受賞の麻衣の「浅井戸の研究」は残念ながら佳作でした。】

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【同じく中部地区では3年連続金賞だった朴然もまさかの佳作。東京大学大学院卒業で現在、東京で農業建設コンサルタント会社に就職した林間学校体験者から「これは大学生並みの研究ですね!」とうならせたので、家族もどんなことがあっても優良賞か優秀賞はとると思っていました。二人の金賞がいずれも佳作という結果に、作品展に行った家族は消沈してしまいました。】

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【意外だったのは中部地区で銀賞だった「こはづき」の「スイレンはいつさくの?」は優秀賞でした。ほかの子が残念な結果だったので、栄えある賞をもらっても浮かぬ顔をしていました。(中部地区推薦ではこの1点だけが優秀賞)】

 今回の表彰規定がどうなっているのか分かりませんが、ほかにも中部地区で金賞だった小学・中学の作品が優秀賞以下になっているケースもありました。中部地区の選考委員の顔は台無しでしょう。
 また、全体の講評には専門家の指導を奨励する文言がありました。現実、最優秀賞の作品は水族館や少年の家、学芸員、理科の先生の名前が多々見受けられました。
 なかには、サイエンスクラブに所属の作品もあります。私は夏休みに身近な疑問を科学的にとらえて発表するのが「自由研究」と考えているので、いかがなものかと思います。親兄弟が多少関与することはあっても、あまりにも専門特化した高度な研究と素人の作品を同じ土俵で評価するのは、不公平のように感じます。もしも、もっと児童生徒の科学力を上げる目的があるのならサイエンスクラブや専門家の関与作品は別な高度分野で競争させるべきでしょう。
 私は理科好きを増やすためには、底辺を広げることが一番だと思っています。今回、朴然は実験台を作り、実験も自分でしました。また、知らぬ間にパソコンを覚え、表やグラフも作りました。大人が関与したと思われたかもしれませんが、本人がすべて作りました。
 せめて優良賞の価値はあったと思います。佳作なので沖電主催の科学展にも推挙されません。どこかで敗者復活の機会があれば気も晴れますが・・・。

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【うれしかったのは、「学校賞」を北中城小学校が受賞したことです。個人賞は逃しましたが、学校として3年間の実績が評価されました。中部地区では北中城小学校だけです。受賞基準は毎年数件、県の科学展に推挙され、その一部が上位受賞しているからと思われます。北小から毎年我が家の子たちだけが出しているので、少しは貢献したかもしれません。】

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【上位入賞は逃したものの、「学校賞」を受賞し、学校代表の代理で賞状を受け取る朴然。少しは気が晴れたかな?】

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【熱い会場で何があっているのか訳もわからずじっと見つめる第九子の「わかみこ」(満1歳)。人生悲喜こもごも。「君も信念をもってまっすぐ進むんですよ!」。近くにいた第八子の「こだまこ」(満3歳)が大きな声でハッキリと「ハイッ!」と答えました。】
posted by 塾長 at 12:04| 教育・子育て

2017年09月11日

平成29年(2017年)夏の総括!

 沖縄もやっと真夏から抜け出したようです。

 与那国馬をはじめ、イノシシや番犬、ウサギ、メダカ、トウギョなどのエサ上げでの汗の量がすこし減ったように感じます。毎日、10mを超す敷地内高低差を行ったり来たりして過ごす約2時間の作業は、単なるスポーツより刺激的で運動量も激しいように思います。3日に一度の草刈りも結構、大変ですが外の空気や季節を感じるいい活動です。

 そんななか、熊本から訃報が届き、がく然としました。それは40歳前後のとき、熊本で一緒に建築士会活動をともにした永本義博さんが亡くなったのです。私が青年部会長だったころ、地域の方々や障碍者施設、建築士会会員などと熊本市内をはじめ、県内各地で「安全で潤いのある通学路」を実現するために、昼夜を問わず活動しました。

 活動の成果として、当時の熊本市内の小学校25校を囲むブロック塀すべてが見通しの良いフェンスになったり、歩道用の橋を架けたり、あるいは帯山西小学校の無機質なよう壁に地上1メートル(小学校1年生と車い椅子に乗った時の高さ)に障がい者施設で焼いた絵タイルを張ったりしました。県内7地区での活動は地元TVの夕方のニュースで特集が組まれ、私はTV毎週出演して説明しました。県内だけでなく、九州一円に活動は広がり、6年後、日本建築士会連合会のまりづくり大賞(グランプリも受賞)を受賞しました。

 多くの建築士会員がかかわってくれましたが、その中でも彼は熱心な会員でした。数年後、熊本市から遠いへき地の人吉市矢岳町に居を移しても、会いに来てくれました。これ以外にも公私にわたって夜なべ談義を繰り返したものです。
 舌癌だったと聞き及んでいますが、急なことで航空券が手に入らず、葬儀に出席できませんでしたが、弔電には「・・・一緒に活動できたことを誇りに思います。・・・」と書き入れました。
 ご冥福をお祈り申し上げます。

 さて、今年の夏もそろそろ終焉を迎えます。建築士会活動は表立ってしていませんが、それと同じくらいのエネルギーで、充実した毎日を過ごしています。

 写真でご紹介します。

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 粟国島と同様、渡名喜島でも上水道の調整池の耐震診断業務を行っていますが、夏休みと仕事が重なったので、ついでに渡名喜村に行きたがっていた小学生組3人を連行(?)しました。

 以前紹介したように、渡名喜の家々は未舗装の道路から一段下がって建てられています。周囲は台風に強いフクギの防風林。先人の知恵で地域全体が同じ造りというのがすごい!土壌が「ニービ」という砂状ということがあったと思います。

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 これは現代の知恵か?高潮や津波から家々を守るため、村道の東端には可動式の波止の引き戸がありました。島の東側にある港から西の海岸に抜ける村道の左右一帯が町の中心の集落になっているため。

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 せっかくなので島で一番高い展望台、大本田(ウーンダ)展望台に行きました。その途中で見つけたヤシガニ。いびつな形をしていて、ちょっと後ずさりしました。

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 小学生3人組の海水浴。

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 水がきれいなので海の中の魚が見て取れる。

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 シャワーから上がった姉妹。トイレはとても管理がよく、バリアフリーでした脱衣室までありました。

 渡名喜には現在、3件の民宿しか宿泊先がありません(1軒はお休み)。3軒とも全部ふさがっていたので、車中泊となりました。子どもたちは大喜びで、海水浴できるアガリ浜のトイレでシャワーを使い、持参したインスタント食品を温め、ご飯とおかずを作りました。

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 前回来たときは泊まりませんでした。今回は車中でも泊まることにしたのは、夜の渡名喜を見たかったため。夕食後、ライトアップされた街並みを見に行きました。だいだい色の明かりが曲がりくねった道を映し出していました。
 町の外周道路もライトアップされていたがこちらは白色でした。帰り道を誘導するかのようでした。しかし、少し明るすぎると感じました。車の中に4人は狭くてなかなか寝付かず、車を移動して暗い場所からみた満天の星は、写真では表せないほど心が洗われました。

 これからは、「伝統建築『これから』研究会」の活動の様子です。依頼していたモデルの木組みが送られてきたので、学習棟で組んでみました。切込み・加工した大工の尾方さんがいないので不安でしたが、副会長の小橋川さん家族と監事の平良さん家族が来てくれました。我が家の家族と一緒に組みました。

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 日本の伝統美・白銀比を取り入れた小屋です。もちろん釘は1本も使いませんが、そんなことより規矩(きく)術や手加工の見直しのほうが重要と考えています。

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 宙に浮く心柱。日本の木造文化の象徴。宙に浮くかどうか、最後まで心配でしたが、大成功!

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 今回は試し組み。これからイベント会場で披露したいと思います。「文明と文化は反比例」をキャッチコピーに、奥の深い木の文化から今後の日本のめざす道を探ります。

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 障がいをもつ万然をのぞく8人兄弟姉妹が歌で交流。

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 ところ変わってここは沖縄市・こどもの国(動物園)。第54回中部地区児童生徒科学作品展の会場です。今年も西原町から恩納村までの中部地区にある小中学校から夏休みの自由研究の成果品が約1100点以上集まったそうです。

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 3年連続金賞を受賞した朴然。毎年、テーマが違うところがミソ。全国までいった一昨年は「石」、去年は「炭」、そして今年は土(土の力)でした。

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 ボクネンの自由研究の様子。サンプルを作るため、ひとつにつき36回突き固める。

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 圧縮実験本番。緊張しながら実験の圧縮機を調整する。

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 圧縮破壊する瞬間。

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 15秒おきに計測する。真剣なまなざしでした。

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 中身は沖縄を代表する3種類の土の圧縮強度、ひび割れ、漏水の実験を行い、比較検討して使い方を吟味するというものでした。それぞれの実験や実験に必要な材料採取や実験台づくりを朴然自身がしました。圧巻だったのは、誰も教えていないのに圧縮実験で得た読み取り数字を圧縮力や圧縮応力に換算し、ひずみと強度の関係を表にしたことです。きれいな放物線ができたのを見て、ますますやる気が出たようです。

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 三女の麻衣も中学生の部で金賞でした。テーマは「浅井戸の研究」。我が家の浅井戸の量の計測や変化、水質などを調べてどのようにしたら長らく使えるのかの研究です。これも元に戻る井戸の水位が放物線を描いていました。(本人は当日、同じ時間帯に「第3回ふるさと芸能まつり」に地元の荻道地域のメンバーとして参加が決まっていたので、学校と相談してそちらを優先したため、表彰式には出席できませんでした。(ボクネンが代理受理)

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 五女で小学4年生の「さわみこ」は、銅賞でした。昨年はアリ、今年は蚊がテーマ。ともに人間にとっては害虫ですが、むやみに殺さず身を守る方法の提案でした。

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 六女の「こはづき」は銀賞でした。テーマは「スイレンはいつさくのか?」。池のスイレンの花が咲いたり咲かなかったりするのを不思議に思い研究を始めました。咲く理由は1か月してもわかりませんでしたが、最終日の8月31日にわかりました。
 毎日調べた天候、日照、気温、水温は直接の答えではありませんでした。答えは「虫を呼ぶとき」でした。「メシベに虫を呼び込み、メシベが閉じた後、オシベについた花粉を別の花につける」という他家受粉をする珍しいスイレンの生態を私たちも初めて知りました。子どもたちの研究を横目で見ながら、大いに勉強になっています。(通常1日で枯れるのに、スイレンは「3日花」ということも、初めて知りました。

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 かくて、出展した作品はすべて金銀銅の各賞を受賞しました。これから沖縄県全体の科学作品展することになりますが、出展できるのは金賞。そのほか銀賞のうち選考された作品だけ。幸いにも「こはづき」の銀賞作品も選ばれたので3点が進みます。昨年は中部地区では出展した作品が金3、銀1、銅1でした。今年は出展数が4で金3、銀1、銅1でした。後藤家としてはまだまだですが、日々、精進していきたいと存じます。
posted by 塾長 at 13:55| 教育・子育て

2017年07月18日

日々深し!

 6月19日に、満66歳になりました。
以前にも増して充実した日々を送っています。

次女の亜和(あや)が中体連の女子ソフトボール大会に出場しました。中2の時からの途中入部で体力も知識も劣っていましたが徐々に仲間に馴染んでいったようです。
残念ながら結果的に優勝した読谷中学校に惜敗し、ベスト8止まりでしたが、仲間と一緒に挑戦したことは、今後にいろいろな面で人生の糧になると思います。

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【試合前、気持ちを合わせる北中城中学校女子ソフトボールチームのメンバー】

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【塁上の亜和】

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【戦い終えて挨拶をするメンバー。個人的にはアキレス腱と肘の筋肉の炎症、生徒会長職、学業成績、午後7時の門限、練習や練習試合による家庭内の手伝い不足などが頭から離れなかったと思いますが、なんとか乗り切ったようです。その後の敗者復活では1回戦は勝ちましたが、2回戦で負けました。中学校の部活、親としても考えさせられることが多々ありました。】

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【仕事で粟国島に行きました。何にもない島と思ったら、とても大きな成果がありました。これは粟国島から水平線を見たところ。自然界には幾何学的な水平線はありません。】

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【沖縄海塩研究所の天然塩の製造所。まわりは花ブロックで風が吹き込むようになっている。】

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【内部には約1万5千本の竹が逆さにつるしてある。塩分濃度3%の海水を7%程度まで循環させながら濃度をあげる。その後、窯で煮る。】

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【できた天然塩。科学的に作る塩と天然の塩の違い。単に手間暇がかかるから健康的で素晴らしい!ということではない。全く別の意味を得た。詳しくは10月から始まる予定の新聞連載で・・・】

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【イノシシ、出没!ブタではありません。実は某所から環境教育用に譲ってもらった生後2か月のイノシシの子ども。これも新聞連載に登場予定の一部。】

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【イノシシ用に馬用の牧場を改修しました。炎天下、丸二日かかって矢板を立て、雨降り時の避難小屋も作りました。ソフト部の練習が終わった次女も、昼食の時間さえ定かでない家庭内労働に精を出しました。】

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【共存するか、草食動物と雑食動物。今は小さなイノシシですが、あと1年後は体重70kgを超す巨体になります。草食のヤギも一緒に牧場に放そうと思いましたが、イノシシが猪突猛進したらヤギの命はないそうです。】

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【体温を冷やすための蒐場(ぬたば)。予定外の馬が寄ってきました。】

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【イノシシが来たので十二支(子・丑・寅・兎・辰・巳・午・未・申・鳥・戌・亥)のうち、わが家にいないのは「丑・寅・申」の3種のみとなりました。(辰は玄関棟の龍の鬼瓦、未は「山羊(やぎ)の山を削除という解釈)ちなみにイノシシ年は5女の「さわみこ」です。うーん、性格も似てる?】
posted by 塾長 at 17:09| 教育・子育て

2017年06月13日

渡名喜島で感じたこと!

仕事で渡名喜島に行ってきました。来週は粟国島に行く予定です。ともに上水道の調整池の耐震診断です。とりあえず、渡名喜島に行って大変勉強になったので少しだけ報告します。

 その他のこととしては、募集のあった北中城村の「村民提案」に応募した結果、お陰様で採用となりました。今年度は30万円の交付です。「伝統建築『これから』研究会」では今年度伝統技術を駆使した宙に浮く心柱のミニチュア版の小屋を作ります。

 組立て、分解ができる小屋です。日本の伝統美である白銀比を取り入れ、建築だけではなく建具も組み込む予定です。とても30万円の予算ではできませんが、みなさんのご協力を得て夏休みにはどこかでイベントをしたいと思っています。

 子どもの関係では、次女の亜和(あや)が所属する北中城中学校女子ソフトボールチームが敗者復活戦を制して中部地区の代表のひとつに名乗りを上げることができました。
 選手の努力はもちろん、顧問やコーチもご指導、家族の皆さんの協力があったからだと思います。

 では、渡名喜島の仕事以外で感じたことをお伝えします。

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【那覇市の泊港から朝8時30分に出港。結構大きなフェリーでした。】

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【7割がた席は埋まっていました。前の席にどこか見たような人がいたので声を掛けたらチャンネル桜沖縄支局でおなじみのキャスター平原伸泰(ひらはらのぶひろ)さんでした。武術の師範でもあります。】

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【米軍の海兵隊と一緒に久米島でのロケに行く途中とのことでした。】

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【乗船して約2時間くらいで渡名喜島が見えてきました。トビウオが先導してくれているようです。

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【渡名喜島は那覇市の北西約60qにあり、渡名喜村は人口約450人の日本で2番目に小さな自治体です。ここの集落は重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。昔ながらの赤瓦を葺いた寄棟の平屋住宅が並んでいます。屋敷林としてフクギが植えてあり、出入り口の正面にはヒンプンがあります。道路は舗装されてなく、ホウキ目がみえます。また、道路はまっすぐではありません。】

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【一番の特徴は道路から敷地の地盤面が下がっているところです。ほかの地域ではあまり見たことがありません。知識として持ってはいましたが、どうなっているのか実際この目で見たかったところです。どの家も道路から下がっています。】

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【謎は解けました。敷地が砂地だからです。水が一時期たまってもすぐ引くのでしょう。今度、雨の日に行ってみたいと思います。フクギの防風林、道路より下がった地盤。台風から家を守るための先人の知恵です。】

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【昼食をとった「ふくぎ食堂」にあった井戸。浸透性のいい砂地でその下に水を通しにくい岩盤があると思われます。】

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【島は本島北部の石灰岩の色をした岩で覆われていました。】

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【展望台からの眺め】

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【これが島の形】

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【一部の平地にモチキビの畑がありました。】

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【渡名喜の港を離れます。海の色が同じ泊港で見た色と全く違います。透明な青です。】

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【ぼんやり見えてきた本島の島影。空には港近くに位置する那覇空港へ着陸しようとする飛行機が見えます。】

 帰りはひとり船の上で2時間ほどボーっとしていました。那覇の市街地が見えてきたとき思いました。「渡名喜と全然違う。ここには神様がいないのでは?なぜかというと、渡名喜島の路地を歩いていると道より下がった家があり、「形のうえでは入りやすい」はず。喫茶店もバーも水の流れのように道から下がっている方が入りやすいといいます。しかし、渡名喜の家々には「こんにちわー」と言って気楽に入れませんでした。門扉もないのに・・。
 それは木造で作られた家々にはそれぞれ神様がいるような気がして、安易に入れなかったのではないかと思いました。これまでどこかで建築も土木も物理的に捉えすぎていたように感じます。

 船上から見えた白い物体が砂漠のように感じました。生命力のない人間中心の世界。生物が少なく生態系が壊れた無機質な文明社会は、科学力だけが突出した恐ろしい島に思えました。

 渡名喜の民家には神様が宿っている、たとえば相撲の土俵のようなものかもしれません。いわば土俵が点在しているような感じです。家に入るのは土俵に入るようなもの。礼に始まり礼に終わる。そんなところは犯罪とは無縁。これからはもっとそんな家、街を作っていきたいと思いました。

 最後にわが家の稲に花が咲きましたのでご紹介します。小さな小さな花です。水は天からもらい水、肥料は馬ふんでできたたい肥の完全無農薬の稲作です。もう、実がふくらんできているのが分かります。

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posted by 塾長 at 11:49| 教育・子育て

2017年05月15日

春の総括

 この春を総括するような豪雨がありました。5月14日未明から雷と雨音で目が覚めました。早朝まで雨は続き、気になってエサ上げの前に周辺を点検しました。

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【棚田の稲はますます元気!台風シーズン前に収穫できそうです。】

 久しぶりに湧水地の「タチガー」からの水があふれて我が家の前の側溝を流れていました。
昨年の排水路工事で路上に降った雨水と除草剤の混ざった水は、湧水地からの水と分かれたので、水量は減りましたがきれいな水だけ来るようになってよかったです。
 林間学校で使っていた湧水地の洗濯場はずっと枯れたままでしたが、この雨で久々に復活しました。きっとモクズガニやテナガエビが帰ってくると確信します。

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【タチガー池に落ちる水】

 この春を総括するような大雨で身も心も洗われた気がします。沖縄は一足先に梅雨に入りました。これが過ぎればいよいよ台風のシーズンです。その前の仕事がたくさんあります。

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【本当に久しぶり、洗たく場に行く湧水の吹き出し口が見えました。】

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【林間学校で使うよう整備した洗濯場に湧水が流れていました。自然に感謝!】

 沖縄では森を1年間放っておいたら原生林になってしまいます。アカギやオオバギ、イヌビワ、ギンネムなど1年もすると大きく高く育ちます。

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【ノコギリを2mの木の先に縛って枝を落としました。これまでベランダから見えなかった学習棟が見えるようになりました。】

 人間と共生するには一定の管理が必要です。これまでは高木を伐採するのは危険なため専門の植木屋さんに来てもらいましたが、お金がかかります。
 子どもたちも成長してきたので、家族みんなで伐ることにしました。おかげで風通しが良くなり、梅雨時の洗濯物が乾きやすそうです。またエサ上げの時、おんぶしている子に知らない間に虫が木から落ちることもなくなります。

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【和室ベランダから見た玄関へのアプローチ。馬小屋のまわりの桑の木の枝も落としました。すっきりはしましたが、逆に向こうからもわが家が丸見えになってしまいました。ごめんね、桑の木!】

 また2か月で枝葉が張って台風除けの防風林になります。この繰り返しです。日が当たらなくなったところに当たり出すと、池の水草やメダカ・闘魚たちが喜んでいるようです。時々手を入れるくらいが共生の条件です。入れすぎると「開発」になります。

 夜はカエルの合唱ですが、夜明けまえから野鳥がさえずり始めます。最近はメジロ、ホウジロ、シジュウカラ、アカショウビン、サンコウチョウ、ウグイスなどが来訪します。これに飼っているニワトリが鳴くので、結構にぎやかです。

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【ウサギの小屋も新しくしました。内部と外部とその中間域を作りました。人間と一緒です。バラバラだった親子・兄弟がひとつの家で過ごします。】

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【外の部分です。網は丁番で開きます。】

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【エサを入れる部分も開きます。】

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【新ウサギ小屋の全景です。】

 生後6か月で脳障害を持った万然ですが、この1か月前くらいから硬くて動かなかった右腕や右指が少し動くようになりました。自然のなかに普通に存在するウィルスによって、抵抗力が一番落ちる離乳期に感染しました。だったら薬だけに頼らず、自然の力で復活することにも挑戦することにしました。湧き水の流れ落ちる音や鳥の声、風の感触を受けて脳に刺激が穏やかに作用すれば少しはその影響が出るかな?と考えなるべく寝た切りにせず自然との接触を図っています。

 がんばれ、万然!脳が復活することを、毎日願っています。

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【渡り廊下の横に育った梅の木。よく見ると梅の実をたくさんつけていました。】

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【そんな風景を黙って見過ごす子どもたちではありません。昼食時刻を大幅にオーバーしていても、「梅の実を採りたーい!」ということで採り始めました。】

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【人吉市に住んでいるとき、梅ちぎりに行ったことはありますが、わが家で梅ちぎりなどしたことはありません。木のまわりが甘酢っぱい香りに包まれました。青梅をいただきました。「すっぱーい!!」だけど、おいしかったです。】
posted by 塾長 at 13:08| 教育・子育て

2017年05月12日

「きたなか林間学校記録書・第28集」発刊

 小中学校の入学式が終わり、学校も落ち着き始めたようです。6年生になった朴然は北中城小学校725名の児童会長、中学3年生になった亜和(あや)は北中城中学校525名の生徒会長として入学式で代表あいさつをしました。
 朴然は、1年生には楽しいことばかりではなく、雨の日も歩いて登校することや今年から「黙想」を授業前に取り入れて元気な中にも落ち着きのある学校生活をするよう求め、最後に手話を使っていつでも気軽に相談してくださいと話しました。あとで聞いた話ですが、入学した児童の中に難聴の子がいたらしく、本人は手話を取り入れてよかった!と言っていました。


 亜和は、小学校と違って教科ごとに先生が変わることや席次が出ること、部活が活発なことなどを話し、最後に高校野球の三重県予選で0−91のスコアで敗れた監督が相手校に二つ感謝したことを紹介しました。ひとつは最後まで戦ってくれたこと、もうひとつは手を抜かず最後まで全力で戦ってくれたこと。この例をとって相手と本気で向き合って友情を高めてほしいと話しました。

 朴然は上3人が児童会長を務めたので選挙では緊張したようです。亜和は兄弟初、中学校の生徒会長に選ばれました。女子ソフトボール部の活動と勉強、そして生徒会。最後は体力勝負かもしれません。しかしともに、安全な通学路を目指す活動を目指しているので、親としても交通事故頻度ワーストの北中城村の汚名返上のため、サイドから応援したいと思っています。

 
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【今回は感想文が良かったので、あえて表紙に採用しました。】


 さて、遅くなりましたが昨年度開催した「きたなか林間学校」の記録集(第28集)を発刊しました。国立国会図書館や県立図書館などに納本します。

以下は、最近の家庭状況です。
 
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【5月は誕生日ラッシュ。1日は5女「さわみこ」の10歳の誕生日。いつも手づくりケーキ。】
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【2日は第9子「わかみこ」の満1歳の誕生日。】

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【やっと立つようになりました。まだ歩けませんが・・・。このあと、長女・依奈(えな)の17歳の誕生日が5日にありました。】

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【普段もそうですが、連休は成長した木の伐採が続きました。「ごめんね。」と声をかけながら、枝を落としました。おかげで少し風通しが良くなり、木漏れ日が落ちるようになりました。片付け中の兄弟姉妹】

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【アヒルが卵から孵り、ウサギを4羽もらったので家族が増えたので、小屋下に網を張って居場所を広げました。カラスやマングースなどの天敵から守るためです。新「アヒルの広場」に入っていくアヒルたち。】

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【連休中、ヤギは散歩に連れていきます。】

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【与那国馬のゲンは、成長著しい朴然が毎朝牧場までひきます。】

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【激しい仕事の合間に心が潤うのはいただいた球根から育ったアマリリスの花の美しさ。】

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【北中城村が実施する「村民提案」に(仮)「木造伝統技術の継承と人格教育(木育)」を出すことにしました。伝統技術を駆使したミニチュアの小屋を釘1本使わずに建て、イベント会場に組み上げようと考えています。これはそのイメージずです。コンペなのでどうなるかわかりませんが、がんばってみます。】

 5月25日付けタイムス住宅新聞のリレー記事で木造の魅力を書いた原稿が掲載予定です。また、その後、新連載の企画されているので、これもがんばって書き続けたいと思います。
posted by 塾長 at 19:09| 教育・子育て

2017年04月05日

「さなぶり」

 わが家の子どもたちは、やがて春休みが完了間近。勉強もさることながら、小中高に通う6人組のうち、長男は児童会長、次女は生徒会長になり、部活も毎日あるので忙しく過ごしました。特に今は季節の変わり目。わが家では田んぼのアゼづくり、代掻き、田植え・・・加えて木造住宅なので家の点検・修復などに汗をかきました。
 学校にまだ通わない下3人もそれぞれ著しく成長しています。簡単に近況を報告いたします。

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【「田んぼづくりは畔づくり(あぜ)といわれるほど、水の漏れない畔づくりはむずかしい。昨年より研究し(次女はこの課題で県科学展で優秀賞、沖電主催の青少年科学展で環境奨励賞を受賞)その成果を実践しました。畔づくりのあとの「代掻き」中。】

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【完全無農薬の種もみを苗まで育て、3月25日、田植えを始めました。】

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【小学3年と4年に進級する第5子(さわみこ)と第6子(こはづき)の田植え。】

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【3歳の第八子・「こだまこ」も余った苗でバケツ田植え。】

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【「さなぶり」。田植え完了!】

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【いちばん上の田んぼ。】

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【その下の5段棚田】

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【道路沿いの棚田】

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【浴室裏の田んぼ】

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【周りは山。広々田んぼは夢のまた夢。落ち葉除けの網張も大変。今年は台風を避けて早めの田植えをしました。】

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【田んぼのあとは「畑仕事」。「こだまこ」が第九子の11か月の「わかみこ」をあやしてくれるので安心です。】

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【収穫後のシュンギクをそのままにしていたら、きれいな花が咲きました。初めて見ました】

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【人間用の野菜だけではありません。今年から馬のエサになる「ローズグラス」の種をまきました。やっと穂がつきました。刈った後、種が落ちて自然にまた伸びて欲しいと願っています。】

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【ローズグラスの間には野生のルリハコベの花が一面に咲きました。「ルリ色」の美しさを改めて知りました。】

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【無農薬栽培のニンジンを収穫。初めて見た「わかみこ」様、「これなぁに?」】

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【母親が畑仕事をしている間、長男(4月から6年)が第九子を背負います。】

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【畑の置き水に無数のおたまじゃくし!】

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【接写したら半透明の命でした。生存率2パーセント。がんばって生きてください。】

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【畑仕事のあとは側溝掃除。ところが大ハプニング!熊の手の向こうに「ハブ」が・・・。ヒメハブのようだ!みんなで観察した後、そっとその場を離れました。ヘビは陸上の生態系では頂点に位置します。いなくなったら、わが家はネズミだらけになります。】

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【田畑の仕事の合間に津嘉山酒造さんの現場に行きました。屋根工事が進んでいました。】

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【少しだけ外壁工事もしかかっていました。杉板の竪張りの予定だそうですが、雨戸の戸袋裏だけがこの「矢筈剥ぎ(やはずはぎ)『註;樋部倉剥ぎともいう』でした。その他は、「殺ぎ剥ぎ(そぎはぎ)」です。わずか6mmでの工夫です。きっと雨戸を閉めたとき雨風が一番当たるからでしょう。今年から仮題「ディティール(細部)から見た建築」の連載を執筆する予定ですが、これらのことも述べたいと存じます。】

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【最後に棟札の話題。これは裏。】

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【実は津嘉山酒造の棟札の表は消えて見えなかったそうですが、さすが文化財建造物保存技術協会!赤外線でかつての墨字をあぶりだしたようです。昭和7年とはっきり見えます。動かぬ証拠!アッパレ!】
posted by 塾長 at 15:30| 教育・子育て

2016年09月19日

自由研究、速報!

 夏休みの自由研究の成果を審査した第53回中部地区児童生徒科学作品展・表彰式が、昨日(9月18日)、沖縄市のこどもの国チルドレンズセンターで行われました。

 我が家では、9人の子どものうち、小中学校に通う5名の子どもたちが自由研究に挑戦しました。昨年は4年生だった朴然が中部地区で金賞、その後県でも最優秀賞になり、全国でもPTA協議会長賞をいただきました。

 さて、今回は?

な、なんと、兄弟姉妹全員が入賞しました。

 小学校2年の「こはづき」が金賞、小学校3年の「さわみこ」が銀賞、小学校5年の朴然が金賞、中学校1年の麻衣が銅賞、中学校2年の亜和(あや)が金賞でした。

 来月8日、9日に開催予定の県の科学展への推薦作品のなかに、銅賞の麻衣以外の4名の作品が選ばれています。これからもう少し、ブラッシュアップして臨むことと思います。がんばってね!

 以下は、表彰式の各人の表情です。

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【小学2年の「こはづき」。昨年は動物の足形の研究で挑戦しましたが賞には至りませんでした。今回はいきなり「金」で戸惑うほどのうれしさが込み上げていました。】

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【小学3年の「さわみこ」。昨年は銅賞でワンランク上がりました。表彰式でも堂々としていました。銀賞で県推薦に選ばれたので、「ラッキー」。チャンスを生かしてね。】

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【小学校5年の朴然は昨年に引き続き金賞を受賞。今回はテーマを変えて挑戦。全体の講評でも紹介されました。それを象徴する作品コメント。県に向けてまた、がんばれよ!】

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【中学校2人組。中学生になって初挑戦の麻衣は「透かし葉」の成り立ちと作り方を研究しました。小学校時代は受賞歴があります。来年に向けてまた頑張ってほしいと思います。中学2年で次女の亜和(あや)は昨年サイフォン技術で銅賞でしたが、今年は見事、金賞でした。生徒会役員、女子ソフトボール部、普段の勉強、下の子・家畜家きんの世話で忙しい中での受賞でした。】

 中部地区の表彰式・展示会にいっての感想ですが、小中学校とも一部の学校が多く出品しているのが気になりました。また、電子顕微鏡やマイクロスコープなど、とても家庭にはない高度な器機を使っている作品が受賞していました。
 夏休みに子どもたちが自由に研究する機会。高度さよりもっと素朴な子どもの疑問を、身近な器機や工夫した器機(亜和は棚田の高さを測るため独自の物差しを作りました)で研究する方向に変わってほしいと思いました。そうしないと、「器機」を持たない子どもたちが不利になるからです。

 北中城小学校・北中城中学校から5人の受賞者が出て大変うれしく思っています。
posted by 塾長 at 06:58| 教育・子育て

2016年08月08日

第28回きたなか林間学校 速報!

第28回きたなか林間学校が昨日終了しました。
今回は雨に恵まれて、活動内容が一層濃くなりました。
(いずれの活動にも、着手すると雨が降り始めました。雨が降らないとありがたさも大変さも半減します。その意味では、雨に恵まれました。)
また、後藤家を含めたら、小学1年生から高校1年生まで10の学年層がすべて揃いました。
異年齢・異能力集団が助け合いながらの2泊3日。得るものも大きかったようです。

今回のテーマは「一に手伝い、二に勉強・・・」。理屈はこねるが、手伝いひとつできない頭でっかちの子どもにならないよう、日本の文化を取入れた人格教育に徹しました。以下は、写真を中心に速報版としてお伝えいたします。詳細は年度末発刊予定の記録書に掲載いたします。

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【初日。我が家の敷地内に育った孟宗竹を「ごめんね。」とみんなで手を合わせて伐り、運びました。】

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【さっそく、ノコギリや小刀などを使い、コップやハシ、名札を作りました。最近はリンゴの皮も向けない子どもが増えました。「危険排除」の習慣はいざと言う時、大人になっても何もできません。小さいころ経験することが必須です。】

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【竹の飯ごう(たかんぽご飯)づくり。お米3合半を洗って割ったばかりの竹に入れます。】

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【約2時間かけて手作りのかまどづくり、タキギ集め、火吹きを行いました。途中、火加減があやしくなり、「こりゃ、ダメだ」と思ってふたを開けてみると大成功。竹の香りが残る「たかんぽご飯」は完食、煙に巻かれながら作った「団子汁」も「おいしい!、おいしい!」と何杯もお代わりが絶えませんでした。写真は煙の中、さじで試食後「大成功!」というと万歳をする子どもたちの様子。】

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【二日目。早朝より近くのタチガーで洗たく。】

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【洗たく場に水がなかったので、地下水の流れる側溝を足で止めた水で洗いました。下流のことを考えて洗剤は使いません。洗濯物を干すのもたたむのも自分たちの役割。】

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【自分たちの朝食の後は犬や馬、ヤギ、アヒル、ウサギ、ニワトリ、メダカ、トウギョなどへのエサ上げ。言葉の通じない生きものとの意思疎通は、障がい者や赤ちゃん、高齢者、外国人などとの接し方と同じです。相手を思いやる気持ちの芽生えです。】

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【馬やヤギのエサになる草を採りに行きました。「これは馬、これはヤギ、これはウサギ・・・」。植物も生きています。根は残して、「ごめんね。」と声を掛けます。】

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【そして今回のメインイベント、棚田のアゼづくり。急傾斜の土地を生かして田んぼづくり。「田んぼづくりはアゼづくり」と言われています。漏水しないアゼづくりはむずかしい。まずは、土留めにする矢板を運びます。「重い!」しかし、声には出しません。】

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【土に混ぜるのはセメントでもない、石灰でもない、自然由来の固化剤。趣旨をご理解のうえ、矢板や固化材をそれぞれ無償で提供いただきました竃L神建設様、山繕鰍ノ御礼申し上げます。】

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【棚田の形が見えてきました。うまくいけば、その他の田んぼにも使う予定です。】

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【アゼをモグラやオケラが穴をあけます。・・・と説明していたら、本当に「オケラ」を参加の子どもが見つけました。洗濯物干しの時もキノボリトカゲを見つけました。現代は「解決能力」を問われる時代ですが、「発見能力」も重要です。手作業なので「天然耕運機・ミミズ」も見つかります。】

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【次は与那国馬の馬糞たい肥を田んぼにまきます。手渡しするたい肥は臭くない。】

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【残ったたい肥を近所の農家におすそ分けするため、リヤカーで運びました。ご褒美は、無農薬の「シークヮーサー」。大物の仕事を終えて帰り道、「エイ、エイ、オーッ」。】

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【午後3時。やっと昼食にありつきました。おにぎりと流しそうめん。自分たちで割り、節をとって作った竹のトイを流れる素麺をすくい、マイコップ、マイハシでいただきました。味はいかがかな?】

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【長い休憩時間の後、夕食前の講義「野草教室」。敷地の周りを回るだけで21種類の野草を判別しました。今度は「人間が食べられる草」を使って料理しました。野草にも感謝です。】

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【最終日。朝から強い雨。難民キャンプのように、あるものを使って雨宿り。】

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【来た時よりも美しく。立つ鳥跡を濁さず。】

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【みんなの前で発表会。発表能力も大切です。講評のあと、一人ずつ発表します。泣きながら最後まで発表した1年生にみんな心を打たれました。「がんばれ!がんばれ!」・・・「よし!」。】

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【毎回外で気勢を上げますが、今回は雨のため初めて学習棟のなかで「エイ、エイ、オーッ!」。2泊3日で身に着いたことを今後の人生に生かしてほしいと願いました。】

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【雨、雨、雨・・・。おかげで完成した棚田に水が入りました。これから数日後、田植えをします。みんなご苦労さんでした。時々見に来てね!】

参加した子どもたちは、毎晩感想文を書きましたが、最終日はまとめを書きました。代表して1人だけ紹介します。詳しくは記録誌で・・・。ではまた、お会いしましょう!

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posted by 塾長 at 12:11| 教育・子育て

2016年05月18日

子育てのリスク!

 昨年より1週間遅いらしいのですが、沖縄地方は16日の月曜日から梅雨入りしたようです。これまで連休後に梅雨入りしていたので、瓦が載っていない状態での梅雨入れは、せっかくの家が濡れてしまうと心配していたのですが、おかげで那覇市の新築現場はラッキーでした。

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【玄関の簑甲部分の屋根 施工中。】

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【屋根がかかって内部造作が進む現場。】

 家づくりも天候によって左右しますが、子育ても運不運があります。子どもを授かっても、病気や事故、あるいは事件に巻き込まれる可能性があります。特に乳児や幼児の時は抵抗力が小さく、無防備なためリスクが高くなります。
 小さい時を無事過ごしても、小学校、中学校、高校、大学から二十歳になるまで、何一つ問題なく育つのは稀(まれ)です。

 少子化に歯止めをかけようと、さまざまな施策が考えられていますが、子育てのリスクを考えると尻ごみする人たちが多くなっているように感じます。

 現に第9子の「わかみこ」も出産後、ビリルビンの濃度が高く、黄だんが出て中部徳洲会病院にかかりましたが、治療機器がないため南部こども病院の救急に搬送となりました。
 光線治療を24時間受けたのち、血液検査をした結果、正常値に近くなったため退院することができました。

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【中部徳洲会病院から移送された南部こども病院で、光線治療を受ける「わかみこ」。】

 出産後の乳児に黄疸(おうだん)が出るのは、酸素供給がへその緒から肺呼吸に変わるため、急激な酸素量の摂取で未熟な肝臓がうまく機能しないためよくあることと聞きました。第5子の朴然の時も出たので、用心して母子とも入院しました。

 さて今日は、法務局から自宅出産のヒアリングがありました。医師か助産師の証明がないと戸籍・住民票に記載されないため、役場から法務局に伺いを立てて「わが子であること」の説明をしなければなりません。
 自宅出産の場合はいつものことですが、陣痛歴や写真などを準備して説明をします。今日は、本人確認(運転免許証)や胎盤、性別の確認、自宅出産の理由や経緯などを説明をしました。来週半ばあたりには、戸籍に入れるようです。

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【冷凍保存している胎盤を確認する法務局の職員】

 連休も終わって今は朝からエサ上げを夫婦で始めました。産後は無理しないように気を使っていますが、本人の気持ちも大事なので、一緒にしています。
 昨日は野鳥の卵を見つけました。最近、「月・日・星、ホイ、ホイ、ホイ」となく三光鳥とカエルの声がにぎやかです。もしかしたら、三つの光を与えてくれるサンコウチョウかもしれません。目の見えない「万然」に光がさすことを願いました。木の枝に上手に巣をかけていますが、人間社会と同じように、動物にとっては天災も天敵も襲います。
 せめて、巣立ちするまで親と一緒に育ってほしいと思っています。

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【もしかしたら、「サンコウチョウ」(三光鳥)の卵かも・・・。明日以降、タイミングを見て親鳥を確認したいと思います。】

 人も動物も育つ過程には多くの危険因子(リスク)がかかります。途中で残念ながら息途絶える生きものをたくさん見てきました。少子化問題も、単に数値だけでなく、子育てのリスクを考慮した対策が必要だと思います。
 そして重要なことは、他人任せではなく、わが子は親が責任をもって育て上げる気概が不可欠ということです。政治家のほとんどは、保育所や学童施設の充実を口にしますが、犬猫も、ニワトリ・アヒルもみんな命がけで天敵からわが子を守ります。
 子育てのリスクは、親が全部みます。だから、自然界に倣(なら)って人間社会も、保育所や保育士を増やすのではなく、子どもの面倒を見る親に直接経済援助をしたり、子育て中の親の身分(雇用)確保をするような施策に転換してもらいたいと思います。
 きっと子どもたちは、他人より親にかまってもらいたいと思っているのではないでしょうか?また親も、自分たちの子どものしつけは自分たちで独自にしたいのではないか、と思います。
 また、今日は第26回・第27回連結の「きたなか林間学校」の記録書ができました。参加者はもちろん、国立国会図書館、沖縄県立図書館をはじめ、公共図書館にも寄贈させていただきます。参加者の子どもたち、お待ちどうさま、来週にはお手元に着きますよ!

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【できあがった記録書と中のページの一部。】
posted by 塾長 at 16:11| 教育・子育て

2016年05月07日

第九子「わかみこ」、命名の由来

 毎回、かかりつけの産婦人科医は産前の定期検診の際、エコーで胎児の性別を教えようとしますが、ことごとく拒否します。あれは透視技術の科学であって医学ではありません。
 生命の誕生は科学で解決できると思うのは現代人の思い上がりで、わずか10か月で五体満足にそろって生まれる様を目の当たりにするたび、神秘性を感じます。
 したがって、生まれた様子や初対面の顔、その時の潮位や月齢などを勘案し、命名しています。
以下は、出産後の5月5日、第九子の命名に関する家族会議で出した私の説明です。

 命名の前に、将来の日本には正当な日本人が増えることが不可欠と考えています。今の日本社会は戦後のGHQの占領政策(日本弱体化政策)にまんまとはまって身勝手な事件や事故が後を絶ちません。このままだと日本は滅びかねません。
 それを食い止めるためにさまざまな手段を講じようとしていますが、みんな小手先の方法にしか見えません。最も効果的なのは、まっとうな精神を持った日本人を育てるために、縄文時代の日本の精神に帰ることだと確信します。


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【5月4日20:30ごろ、家族で合気道教室から帰ってくる途中の車中で、産気づいたので、帰宅後すぐ床につきました。そのあと陣痛が始まりました。みんなでむかし助産師だったおふくろの仏壇に無事生まれることを願って手を合わせました。】
  
 名は体を表します。どのような思いで親が命名したのかきっとのちに想像してくれるだろうと思います。
 一生背負う名前に縄文時代に使われていた「日本語」を取入れることにしました。日本語のルーツは一般的に記紀(古事記・日本書紀)とされますが、私は記紀の原典になったとされる縄文時代に書かれた「ほつまつたゑ」にあると考えています。

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【平成28年5月2日22時37分39秒。無事出産。体重3194g。母子とも異常なし。】

 「ほつまつたゑ」は日本独自の表記であるヲシデという神代文字である48文字(音)を使い五七調、一万行以上が、40アヤ(中国流の巻ではない)で構成されている抒情詩です。オシデ文字48文字はそれぞれ神であり、元素周期律と神々の配置が合致します。(「ふとまに」の図)

 アメミヲヤという創造神が宇宙を創ろうと思って「初(うぃ)の一息」を出すと、回転して子宮と感応する大壺ができ、その中に天地をつなぐ雨御柱(あめのみはしら)が立ちます。
 この柱は大きな柱と周りの8本の柱でできていて、ゴロゴロ車輪のように周り、地球上の汚れを吸い上げてくれるといわれています。その回転の中からプラスとマイナス、陰陽二元の分離がおこり、プラスの方はぎゅっと固まって赤いお宮(赤宮)に安置され、そこから日と男が生まれました。マイナスの方は白宮に安置されそこから月と女が生まれたといわれています。
 昔から日本ではお祝い事や慶びごとの時は「紅白」の幕や餅が使われます。赤と白、日と月、男と女が仲良く暮らすことが尊重されるのが日本です。赤と白が混じるとピンク色になりますが、これは桜の花びらがまさにそうです。日本を代表する桜の花は美しさとパッと散る潔さを感じます。

 
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【22:04 へその緒を切りました。物理的には親子は離れましたが、この時から心がつながります。】

 「ほつまつたゑ」によると、命名した「わかみこ」の「わ」は天地人の地、母の意味があります。
ちなみに「あ」は天・父、「や」は子ども・自分の意味で人地す(やわす・和す)、つまり、人は平和で白黒はっきりさせずに曖昧の中で丸く収めることが大事だということを表しています。「和をもって尊しとなす」(聖徳太子が作った十七条憲法の条項)
 「か」音は炎を生じ日となり赤宮に、「み」音から水が生じ白宮に納められたとされます。「こ」は明治以降、女の名の最後に付けられる慣習があることから、これらを組み合わせて「わ・か・み・こ」と命名しました。第5子は「さわみこ」です。

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【23:20〜 沐浴。今回は兄弟が応援してくれたので楽でした。】

 我が家では祝日だけではなく毎日、紅白で彩られた日の丸を揚げます。日の丸は日本の国旗であり、国の象徴でもあります。
 また、第二の出産である胎盤が排出できた出産翌日の5月3日は那覇市で建築中の伝統木造住宅の上棟式でした。その際、鬼門に向かって屋根の上に矢を立てますが、矢を放つ弦の上下を結ぶ曲線(握り)部分を「紅白の布」で作ります。

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【胎盤が排出しお産が完全に終了した5月3日に、設計した那覇市の住宅の上棟式で上げた弓矢。】

 第五子以降の女子はすべて平仮名表記です。なぜなら、象形文字である漢字が伝来する以前から、日本には古代文字として魂のこもったりっぱな日本語があったから、それを残そうと思っているからです。

「ほつまつたゑ」にみる言霊(ことだま)を使って命名した「わかみこ」は、日本人の精神を持った女として、これからの社会を争いごとの少なかった古代日本へ導いてほしいという願いが込められています。
                                      (平成28年5月5日)父

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【出生届けを役場に提出する5月6日の空。今日も茶の間から日の丸が見える。】

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【お姉ちゃんになった「こだまこ」(2歳)】

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【5月6日 大あくびをする「わかみこ」。】
posted by 塾長 at 09:03| 教育・子育て

2016年05月03日

第九子の出生!

 昨日(5月2日)22時37分、第九子が自宅にて出生しました。(3194グラム)
母子とも元気です。ありがとうございました。
日本人らしい生き方をして欲しいと願いました。ここに、謹んでお知らせいたします。

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【5月1日は第五子のさわみこ、5日は長女の依奈(えな)が誕生日なので、我が家ではゴールデンウィークならぬ「バースデイウィーク」となるようです。】

 また昨日は、間接的ではありますが、熊本地震の激震地・南阿蘇村、西原村に20年以上前に設計・施工した大型木造の印刷所、個人住宅(木造)が倒壊せず無事だと聞きました。被災地の一日も早い復旧を願っています。(西原村に拠点を持つ建設コンサルタントの友人によると、全壊 約40%、半壊 約40%、軽微 約20%の割合(目視)だそうです。)

 なお本日(5月3日)は、建築中の木造住宅の上棟式があります。地球の強大な力を吸収・分散して緩和する日本独自の柔構造の住まいを一戸でも増やしたいと思っています。

(熊本城はこれまでのRCに変わり、柔構造の「木造」で再建されること重ねてお願い申し上げます。)
posted by 塾長 at 06:43| 教育・子育て

2016年05月01日

「熊本地震」支援募金活動と建前その後!

去る4月29日、沖縄熊本県人会の会員として、「熊本地震」に対する支援募金の活動を糸満市の平和祈念公園で行いました。前々日から家族で募金箱を作りました。前日、熊本県に連絡してくまモンのイラストを使うことを届け出ました。

家族10人で会場に向かいました。毎年この時期は太平洋戦争で亡くなられた方々を全国の遺族がこの地に集い、戦没者を慰霊し、将来を担う子どもたちの幸福を願って鯉のぼりを揚げます。

私たち家族10人は、作った募金箱にくまモンのイラストなどを貼り、「災害疎開」の紹介もしました。「おはようございまーす!募金、よろしくお願いしまーす!」と子どもたちがお願いしました。
以下に、その様子をご紹介させていただきます。
http://www.otv.co.jp/newstxt/index.cgi?code=20160429181733(沖縄テレビ OTVニュースでも紹介)

浄財の約18万円の浄財は熊本県に送らせていただきます。

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【自分たちで作った募金箱を首にかけてスタート。掛け声はいつもの通り、「がんばるぞー、エイ、エイ、オーッ!!」】

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【通学路問題と同じ。やはり目の高さが大事。こわもてのオッサンより子どもの目線が親しみが持てると思い私はわき役に・・・】

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【一番人気は第八子の「こだまこ」(2歳)】

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【支援は国境を越えて・・・。「サンキュウ、サンキュウ!」】

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【募金する子、受ける子。幼児同士の交流もできたかな。「あ・り・が・と。(こだまこ・向かって左)」「あ、はい!」

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【5月10日が第九子の出産予定日の妻や重度障がいの万然を含め総勢10名が主力で募金活動しました。】

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【午前11時になると、メーンイベントの大きな「こいのぼり」が広場で揚がり始めました。全長30mだそうです。】

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【家族10人(プラスワン)で、頑張りました。少しでも気持ちが熊本の被災者に届けば本望です。】

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【最後に渡辺熊本県人会長が主力として頑張った子どもたちにお礼の言葉がかけられました。こちらこそ、多くの見知らぬ方々の温かな心に触れて、あるいは励ましをいただき、感謝しております。】 

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【大地震の被害にめげず、前を向いて頑張ってほしいと願っています。遠いですが沖縄から復興を願っています。滝をも上る鯉のように、逆境を乗り越えてほしいと思います。「心に鯉のぼりを揚げて、頑張りましょう!」「災害疎開」もどうぞご遠慮なくお申し込みください。熊本弁が通じる木造の家と同郷の気持ちが待っています。】

午前中で募金活動を終え、午後は震災を経験後、沖縄に投宿して建前をされている那覇の現場へ・・。学習会後の状況を写真でご紹介します。

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【4.5寸から7.5寸勾配を駆使てなめらかな曲線を出してもらいました。以前、法隆寺の大改修で瓦を外したら屋根が浮き上がった話を本で読みましたが、この現場でも垂木を打ったら止めているモヤが浮きました。瓦を葺いたら重みで安定すると思いますが、法隆寺の話を実感しました。】

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【軒の納まり】

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【心柱からの見上げ】

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【「熊本地震」で熊本城の屋根瓦が落ち、石垣も崩れました。昭和35年、RCで再建された天守閣は重い剛構造。400年前の上下(瓦・石垣)の柔構造では無理があったと考えます。大地の大きな揺れを吸収・分散する柔構造の伝統木造で再建されることを願っています。】
posted by 塾長 at 14:53| 教育・子育て

2016年04月11日

木造文化フォーラムのご案内と「紫微鸞駕」寄稿

第7回木造文化フォーラムを来る4月23日(土)開催することにしました。
ここに、その案内チラシを掲載します。
新聞にも案内が載るかと思いますが、事前にアップいたします。

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 また、沖縄県建築士会中部支部の総会時発行される「紫微鸞駕」への掲載予定の原稿もできましたので、先にアップいたします。(HP用に一部写真を追加しています)

現代建築考 「空っぽな建築」 
          社会的企業じねん(自然)組一級建築士事務所 後藤 道雄

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(追加写真)

【高校入学を記念して子どもたちが作った自転車小屋。ちゃんとコミセンで締めます。】
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【同様にみんなで作ったベランダ。ちなみに、床は足場用道板。(可動式です)】
【伝統建築で育つ子どもたちは家から多くを学びます。】
【差し金や木の使い方、建て方まですべてが勉強。】

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【渡り廊下の屋根も子どもたちが作りました。(追加)】

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【崖の上の礎石保護のために犬走のコンクリート打設。古いミキサーを使って練ります。(追加)】

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【左官さん顔負けの小手さばき。(追加)】

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【完成。これでがけ崩れを多少防止できます。バケツリレーでコンクリートを運んだ子どもたちも達成感100%。(追加)】

【はじめに】
 建築の設計・施工に携わる仕事を始めて46年になります。これまで自分なりの建築哲学をもって取り組んできました。しかし最近、戦後の建築は立派に見えますが、中身は空っぽなのではないかと思うようになりました。以下は、その分析です。

 建築は目的によって種類や構造もさまざまです。また公共もあれば民間もあります。建築士はそれぞれ得意分野を生かして社会の要求や個人の要望に沿って建築を生み出し、設計分野ではデザイン性や機能、施工分野では新技術や工期短縮などに独自の考えを仕事に生かしているようです。
 しかしここにきて思うことがあります。それは建築、とりわけ誰にも共通な住まいについて取り上げてみます。住まいも持ち家や貸家、RC造や木造など価値観や家庭事情によって千差万別です。しかし、どの家どのアパートでも建築士の誰かが設計していることだけは事実です。設計理念は何なのでしょう。
【自然との共生・調和 人間中心から地球中心へ】
 共通するのは建築当時の建築士がその当時の合理性、快適性を追求していることです。近年は景観や緑化などに配慮した家が増えましたが、戦後一貫して変わらないのは「人間中心主義」です。
 残念ながら建築行為は大小にかかわらず、自然を破壊する開発行為です。基礎工事が始まった時点で、地下・地上の生態系が破壊されます。ミミズやモグラ、バッタやチョウなど野生動植物の生存権が脅かされます。ただ、人間も自然界の動物ですから生きる権利はあるので、自然保護だけに偏らず、人間以外の生きものとの共存を図ればよいものと考えています。
 つまり、必要最小限の開発に努め、野生動植物の生存権に配慮することです。トンボやチョウは好きだけど、蚊やハエは嫌だという人がいます。しかし、蚊がいないとトンボやコウモリは困ります。一晩に多くの蚊をたべるからです。また、ハエがいなければ地球上は死体だらけです。ハエは天然の分解者です。

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【我が家。4つの棟でひとつの住処(すみか)。地形に合わせて礎石を配し柱の長さをすべて変えて建てました。屋根も周囲の樹高に合わせました。木と石と土と紙を日本の伝統技術でつなぎました。自然との共生がテーマで別名「ぬちゆるやー」(命が寄ってくる家)。今夜もカエルの合唱で眠れぬ幸せな夜を過ごしています。】

 我が家を少しだけ紹介します。木造平屋ですが、基礎はすべて琉球石灰岩の礎石です。山の斜面に建てましたが、地形は元のままです。したがって土壌生態系はほぼ以前のままです。
樹木も建物にかかる以外はすべて残しました。先住者として一部、ベランダの中にも残っています。地上の生態系を最小限に抑えたからです。
 なぜそうしたかというと、「人間中心」ではなく「地球中心」の考えからです。大地震や大津波を見てわかるように、自然力には人間の力は遠く及びません。だったら、地球のふところにいだかれて、あるがまま、つつましく生きようと思ったからです。

【日本人の自然観】
もともと日本には上記のような自然観がありました。変化があったのは明治以降の西洋の自然観の導入です。神に似せた人間が一番偉く、自然は人に服従、科学文明によって自然は征服できるという宗教観が底流にあったと思います。
 しかしながら、その後の自然大災害をみれば、人間のおごりにそろそろ気づいてほしいものです。そう考えると、国土強靭化政策で高台移転や巨大な防潮堤は人間の浅はかな行為として映ってしまいます。

 漁村は海の間近がベストだし、温泉は火山近くにあるのが一般的です。つまり、自然の脅威(現象)と共存してきたのが日本人の自然観です。
 自然の大規模な変化あれば、逃げる。あるいは小さな前兆に気づく感性を常に持ち合わせるのが、災害を最小に抑えることのできるコツだと承知しています。

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【上:2世帯住宅(那覇市)と下:龍が昇る家(北中城村)。私は伝統的木造住宅しか設計しません。なぜなら、世界最高水準の伝統技術と日本文化を継承できるからです。】

【建築生態系の在り方】
 我が家から学ぶことはたくさんあります。なぜなら、単に住処は寝て食べて排することだけではないからです。
 建築後9年経っても呼吸する木の家は生きています。呼吸しないコンクリートやアルミサッシ、ビニールクロスなど一切使っていないので、常に生きものと接触している感じです。時には子どもにある時は母のように、またある時には恋人のように感じます。相手が生きものだと、子育てと一緒でなにかとわずらわしさが付きまといます。
 維持管理の不要な、いわゆるメンテナンスフリーの材料を多用した家は、生産・消費・廃棄エネルギーが大きく、なによりも自然の摂理に反しています。
 我が家の建築素材は木をはじめ草や土、石などの天然素材がほとんどで、放っておけば自然に還るものばかりです。近年の住宅は多種少量ですが、我が家は少種多量です。
 森のように生産・消費・分解さらに生産、を繰り返す循環型の地域は閉鎖型の自然生態系といわれ環境負荷が小さく、安定的で永続的と言えます。
 逆に川や都市は外部からの栄養で成り立つので開放型生態系(オープンシステム)です。開放型は入り口、例えば川だと上部にダムを作る、都市だと輸入、移入を止めると生態系は破壊します。閉鎖型に比べ不安定でいつ壊れるか心配です。
 破壊行為である建築がせめて自然生態系のように地域内、せめて国内の自然素材で作り、運用後は地域の自然に戻すという「建築生態系」がクローズドであれば、環境負荷は少なくて済みます。その生態系が全体の自然生態系の中で生かされるのが自然の摂理に叶っていると考えます。

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【(上)本来、日本建築は柱で持たせる。柱を足固めでつなぎます。(下)木の癖を生かした小屋組(ハネギの施工)。】

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【隅梁の納め方(追加)】

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【(上)玄関壁にこて絵を製作。下は子どもたちにさまざまな鏝(こて)の使い方を説明する左官。(北中城村)】

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【さまざまな鏝(こて)(追加)】

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【こんな小さな鏝も・・・】

【空っぽな建築論】
 さて、前段の考えに沿った上で本題の「空っぽな建築論」に移ります。戦後の建築は資材が乏しく、屋根がトタン葺きのバラック建ての簡素な住宅でした。その後国の高度経済成長とともに、耐火性、耐震性の高い住宅に移行していきます。さらにプライバシーを尊重した個室に気密性や快適性を兼ね備えていきます。これを「人間中心主義」が支えます。
 木造では規格化、工場生産化が進み、徐々に職人やノミやカンナなどの道具が現場から消えていきます。コンクリート造は耐震から免震、制振へと進化しています。ただ、木造と同じように数値化による対応が進む中で、住まい手から自然は遠のき、手入れ知らずのメンテナンスフリーの家が地上を覆いつくすことになっていきます。
 ではなぜ「現代建築は空っぽ」なのか?「空っぽ」には「空しい」意味もあります。例えば今の住宅は快適で便利、安全で清潔かもしれませんが、一方では気密性が良すぎて雨音も聞こえない、個室にカギが掛っていて家族でも容易に入れない、バリアフリーで体力・機能が落ちた、オール電化で停電時お湯も沸かせない・・など新築しても空しい気持ちにおちいる家庭が増えています。
 大金を払って健康・健全な家庭を願って建てたとしても、引っ越し後、引きこもりや家庭内別居、病気がち、ケンカが絶えない、密室化で犯罪の温床になったという事件も多々見受けられます。つまり、家の物質的な品質は上がったとしても、なかは「空っぽ」というわけです。

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【心柱に使う柱を「空師(そらし)」に依頼。「ごめんなさい」と声をかけ伐ります。(宮崎県綾町)】

 原因はなにか?それは住宅に「文化」がなくなったことです。住宅を物理的にだけとらえ、「頑丈なモノ」としか評価しないからでしょう。木造でいえば白アリが食べない木や燃えない木にするために薬液浸けにする蛮行が横行しています。それを支持する住まい手もたくさんいます。建築の中でもせめて住宅くらいは規格化、機械化の圧力から少し離れ、工業化製品の組み合わせではなく、自然素材を使った職人技がいたるところに見受けられるようであってほしいものです。
 そうすると住宅は単なる「モノ」ではなくなります。木を切る「空師」から製材、大工、建具まで木を扱う職人の魂が吹き込まれるとモノは「生きもの」になります。当然いとおしくなるものです。その魂が日本の長い歴史で培われた「建築文化」です。
 日本には木を無駄に使わない、木の性格に沿った使い方をする木割り法や規矩術、尺間法があります。これらを総じて俯瞰するのは日本の自然と人間が共存共生する考え方です。

 建築の世界に限らず、米作りでも百姓は百の技を持たないとなれない、お米を作るには八十八の苦労があるといわれています。機械力・化学力によって自然をコントロールするのではなく、自然に畏(おそ)れを感じつつも、自然を生かして慎ましくコメ作りに専念しました。だから食べる人は自然や百姓さんに感謝し、お米を粗末にしませんでした。住宅も同様で機械力や科学力への依存が高まるほど家への愛情が薄れ、職人技もすたれたように感じます。

【おわりに】
 かつて故三島由紀夫が日本を憂って書いた言葉があります。
「・・・無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜め目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。・・・」と。

 戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が画策した日本弱体化政策にまんまと引っかかった日本。見た目には豊かに見える家庭や住宅も実は空っぽ。見るに忍びない監禁・虐待事件、保険金殺人や覚せい剤事件などは住宅を含めた単なるモノがあふれる社会で日本人の心が喪失した結果に他ならないと思います。

 最近の家々を見渡して果たして世界に誇る日本の建築技術と奥深い文化を感じ取れる手作りの仕口や建具はありますか?ほとんどの木造は西洋式の大壁づくりで、大工や左官の仕事を直接見ることができません。ビニールクロスやサイディングなどの材料で骨組みを隠してしまうので大工も左官も自分のした仕事を見ることができません。昔はカンナのかけ具合や木目の出し方を建て主に誇っていたものです。

 建築基準法をはじめ、品確法や瑕疵担保責任保険などで材料や工法の強度や品質は高まりましたが、これらの組み合わせでできた空間に日本の建築文化は見当たりません。つまり今どきの建築は、箱は丈夫でも中身は「空っぽ」なのです。
 木組みに限らず、ふすまや障子の製作、左官が仕上げる漆喰や聚楽土塗りに至るまで、土や木、紙などを使って作る日本の住宅には奥深い文化と技術が隠されています。
 それを紐解くと日本人の知恵や自然観が見えてきます。それを生かせば家庭から社会まで、また、生まれてきてから亡くなるまで、家の部分や全体から得る人生訓は計り知れません。
 住宅建築の世界はお互いの訴訟逃れのため明文化された品確法や瑕疵担保責任保険に依存していますが、もっと大切なことは、それ以前に重要なのは作り手、住まい手の信頼と価値観の共通認識でしょう。
 汚い言葉で綴る「保育園落ちた!」の匿名ブログを利用して、待機児童問題を国に迫るマスコミや低俗な政党を見ると、情けなくなります。子どもは自分たちの責任で育てるのが当然。私たち夫婦は8人の子育て(やがて9人)をしていますが、保育園に通わせていません。建築だけではなく、依存型の日本人の心も空っぽなのかもしれません。

 最後になりますが、建築士は建て主の要求に応じるだけではなく、独自の価値観と確固たる信念を建て主に理解してもらうことです。特にこれからの建築を担う若い建築士の方々には、50歳になるまでに百年耐え得る崇高な理念を持ち合わせることを期待いたします。
 「有機的で、中身が濃く、独創性があって、お互いに感謝し、メンテナンスに汗をかく住宅(住処)」が増えることを、切に願っております。(下写真:那覇市に建築中の住宅の図板と海老虹梁の原寸)
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【こちらは大工さんお道具の一部。目的に合わせて各種のノミを使いこなします。日本の建築文化そのもの。(追加)】写真説明で(追加)とあるのは、「紫微鸞駕」の原稿には未掲載。理解を深めるために、HPでは掲載しました。
posted by 塾長 at 09:41| 教育・子育て

2016年02月25日

「通学路」と「馬ふんのたい肥作り」

 我が家の近況報告をいたします。

 2月10日、北中城村が「教育の日」の制定を記念して、中央公民館で学校表彰がありました。毎年、教育委員会主催で「学校教育表彰」は年度末に行われていましたが、今回は村長や議長、村議、教委、北中城小学校、島袋小学校、北中城中学校の教師も参加して盛大に開催されました。

 8年前、北中城村に家を建て引っ越してすぐ、当時の教育長にせっかく「教育立村」の理念があるのに、何もしていないのはもったいない!と進言していました。教育委員会主催の研修会でPTA役員を相手に名護の宿泊施設で講演をしたこともあります。

 教育は国造りの根幹をなします。日本が世界に誇れるもののひとつは、識字率が100%に近いことです。江戸時代の寺子屋を含め、明治以降、終戦後も日本は教育立国でした。社会秩序や治安の良さは世界でもトップクラスです。
 問題は知識偏重や体制批判ですが、近いうちに「道徳」も教科にはいるようなので、学校はくれぐれも正しく子どもたちに伝えてほしいと願っています。

 さて、先日の学校教育表彰で学校に通う6人の兄弟姉妹のうち、3人が表彰されました。小学4年の朴然は科学部門、同6年の麻衣は児童会の役員(児童会長)として学習・善行部門で、また中学3年の長女も教育・善行部門での表彰でした。

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【3人一緒に受賞(三女の麻衣は児童会代表として)。これからもこれを励みに精進してほしいと思っています。】

 朴然は沖縄県児童生徒科学展で最優秀賞と合わせて全国児童才能開発コンテストで「日本PTA全国協議会 会長賞」をいただいたこと(小学校には「学校教育賞」と記念品も出るそうです)、三女の麻衣は昨年に引き続き地上1mの子どもの視点で校区内の通学路を全校児童の参加で実施しまとめたこと、また長女の依奈は学業や生徒会活動などが評価されたものと思っています。

 昨年は次女の亜和(あや)が、長女は小学6年時にもいただいているので2度目の表彰でした。親としては、ありがたいことで、子どもにとってはいい励みになったと思います。

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【2月7日夜、この電柱に酒酔い運転と思われる車が衝突しました。「命がでーじ!」と書いていた看板は吹っ飛んで、車の破片が散っていました。沖縄署に連絡して来てもらいました。毎朝、この下り坂を猛スピードで中学生を乗せた車が中学校へと向かいます。警鐘を鳴らすために、新しい看板を付けました。】

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【自損事故のあった現場のすぐ近くの電柱にも啓発しました。】

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【我が家の入り口近くにも看板を付けました。】

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【裏から見ると、こんな感じです。路肩の白線引きは先日、役場にしてもらっています。】

 通学路の安全確保については、私自身が20数年前、熊本の建築士会の青年部会長をしていたころ、建築士会とPTA、社協、老人会、交通安全協会などと連携した地域活動を熊本県内、九州で展開し、建築士会連合会まちづくり大賞グランプリを部会の通学路研究会が受賞しました。
 いまだに通学中の児童・生徒が事故に巻き込まれて犠牲になっていることを思うと、ハード・ソフト両面でもっと活動するべきだと考えています。

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【馬糞のたい肥ができたようなので、近くの農家にプレゼントすることにしました。たい肥小屋からたい肥おスコップ取りする小学1年の「こはづき」。】

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【たい肥を運ぶ小学2年の「さわみこ」。】

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【小学4年の朴然がリードして坂道をリヤカーで運びます。馬糞と一緒に1歳最後の日になった「こだまこ」を乗せて・・・。結構、楽しいひとときです。】

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【無農薬で栽培している近くの農家に渡した馬糞のたい肥。お返しにキャベツをいただきました。】

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【新しいたい肥作りに挑戦。馬糞に敷地内の落ち葉や米ぬかを重ねて作ります。】

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【次の日、たい肥内の温度は62度でした。馬糞がたい肥に変化中です。】

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【最後の1枚は最近の「万然」です。両手を合わせるしぐさに家族は感激。時々、声を出して笑うこともあります。ささやかではありますが、家族にとっては限りなくうれしいものです。】

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【2月は3人誕生日があります。8日は麻衣、21日はこだまこ、24日は家内です。火鉢で家内の好物の蜂楽饅頭を焼いているところです。】

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【これは、「こだまこ」2歳の誕生日ケーキです。家族の手作りです。】






posted by 塾長 at 19:42| 教育・子育て

2016年02月02日

「寒中お見舞い 申し上げます!」

 明日は節分。寒中お見舞いは今日までのようですので、取り急ぎ、発信いたします。
年賀状の返礼もまともに届けていないので、ブログをもってご挨拶といたします。

 沖縄に住んでやがて延べ(2度在住)10年くらいになりますが、先日は熊本を思い起こすような寒さでした。「パラパラ」と木のベランダに当たる音で、「霰(あられ)だ!」と感じ、家族で確認しました。霙(みぞれ)交じりではありましたが、「あられ」でした。
 子どもたちは大喜び。ベランダの寒暖計は7度でした。久しぶりの寒波。やっぱり「寒い冬」は必要です。さすがに蚊やハエが少なくなったように気がします。(ゴキブリはいますが・・・)

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【ところが、次の日の朝、ヤギが亡くなりました。ヤギ生産組合長に聞いたら、「ヤギは冷たい北風に弱いので、ヤギ小屋に風よけが必要だったのでは・・」と忠告を受けました。隙間のあるベランダの上にはボード、壁には合板、体には毛布を掛けましたが、及びませんでした。ヤギさんに大変つらい思いをさせました。その日のうちに弔いました。二度と同じ過ちをしないよう誓いました。ごめんね、「アルト」。】

あられ (2)_R.JPG


【ベランダの寒暖計は7度でした。】

 こんな時は「火鉢」。炭は毎年、熊本の炭屋さん(尾鷹林業様)からカシの木炭が届きます。大小あって便利です。
 また、冷える夜は「ヒノキ風呂」に浸かって体の芯まで温めます。特に障がいのある万然にとってはありがたいお風呂です。

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【寒さが続くので、最近はシャワーではなく湯舟が増えました。】

 さて、沖縄では普天間飛行場の移設以外で問題になってきたのは「貧困」。貧困家庭は全体の約3分の一。これが教育格差に影響している、と新聞は書きます。国も10億円予算化するとか・・・。
 勉強部屋がない、スマートホンを持てない、お小遣いが少ないなどが子どもの貧困を表しているそうで、所得で考えると我が家も多分貧困家庭にはいります。前述の個室、スマートホンはありません。「持たせていない」と言った方が当たり。お小遣いはゼロ。個室どころか、トイレにもカギなし。夫婦・親子・兄弟の会話はお風呂でもトイレでもありますから・・・。

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【現場での1枚。「1歳!」と指で表示する「こだまこ」をしょって仕事の手伝いをする家内。】

 勉強はみんな好きなところでします。うちでは引きこもりや家庭内暴力は無縁です。
 近年、家庭内の虐待が増えて無抵抗の幼い乳幼児が犠牲になる事件が顕在化してきました。身勝手な事件の裏には、日本人の心の崩壊があるように思います。すべてはそこに帰着していると考えます。
 義理も人情もない、無秩序、無節操、無責任の世の中は、戦後のGHQ政策であった日本弱体化にまんまとはまってしまった結果です。権利ばかり主張する自己中心的な考えがはびこりました。

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【一畳に4人が勉強する我が家。1歳の第八子以外はみんな正座。これが毎日の風景です。兄弟が多いためか、1歳にして鉛筆も箸も正しく握ります。貧困なんかどこ吹く風!心はとても豊かに感じます。】

 最後に吉報をひとつ。先日来、中部地区児童生徒科学作品展で金賞、沖縄県児童生徒科学作品展で最優秀賞をいただいた「なぜ、植物は石にも育つのか?」が第52回全国児童才能開発コンテスト科学部門で「日本PTA全国協議会会長賞」を受賞しました。
 残念ながら、文部科学大臣賞は逃しましたが、とりあえず全国で上位に入賞したので、本人にとっては良い励みになると思います。ちなみに同じ作品を沖縄電力主催の沖縄青少年科学作品展に出展しましたが。ここでは佳作でした(?)。

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【三女の麻衣は現在、北中城小学校の児童会長ですが、その役員たちが頑張って校区内の通学路点検をしてまとめました。危険個所を「子どもの視点」で調査した結果を大きな地図に表しました。この活動が沖縄県退職校長会から表彰されました。】

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【作成した通学路マップです。大人では気づかない危険個所が網羅されています。昨年児童会長だった次女たちの活動の上に成り立っています。継続は力なり。家庭と学校の中間領域の安全確保の責任の合間で事故は発生します。今後は村内(中学校区)に広げ、役所や各種団体と連携をとって日本一「安全で楽しい」通学路を作りたいものです。】

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【小さな記事ですが、活動の本質は大。全国展開に持っていける要素があります。通学路から始まる街づくりは、障がい者や老人などの社会弱者にとっても優しい街づくりです。サイドから応援したいと思っています。】
posted by 塾長 at 18:13| 教育・子育て