2016年08月08日

第28回きたなか林間学校 速報!

第28回きたなか林間学校が昨日終了しました。
今回は雨に恵まれて、活動内容が一層濃くなりました。
(いずれの活動にも、着手すると雨が降り始めました。雨が降らないとありがたさも大変さも半減します。その意味では、雨に恵まれました。)
また、後藤家を含めたら、小学1年生から高校1年生まで10の学年層がすべて揃いました。
異年齢・異能力集団が助け合いながらの2泊3日。得るものも大きかったようです。

今回のテーマは「一に手伝い、二に勉強・・・」。理屈はこねるが、手伝いひとつできない頭でっかちの子どもにならないよう、日本の文化を取入れた人格教育に徹しました。以下は、写真を中心に速報版としてお伝えいたします。詳細は年度末発刊予定の記録書に掲載いたします。

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【初日。我が家の敷地内に育った孟宗竹を「ごめんね。」とみんなで手を合わせて伐り、運びました。】

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【さっそく、ノコギリや小刀などを使い、コップやハシ、名札を作りました。最近はリンゴの皮も向けない子どもが増えました。「危険排除」の習慣はいざと言う時、大人になっても何もできません。小さいころ経験することが必須です。】

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【竹の飯ごう(たかんぽご飯)づくり。お米3合半を洗って割ったばかりの竹に入れます。】

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【約2時間かけて手作りのかまどづくり、タキギ集め、火吹きを行いました。途中、火加減があやしくなり、「こりゃ、ダメだ」と思ってふたを開けてみると大成功。竹の香りが残る「たかんぽご飯」は完食、煙に巻かれながら作った「団子汁」も「おいしい!、おいしい!」と何杯もお代わりが絶えませんでした。写真は煙の中、さじで試食後「大成功!」というと万歳をする子どもたちの様子。】

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【二日目。早朝より近くのタチガーで洗たく。】

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【洗たく場に水がなかったので、地下水の流れる側溝を足で止めた水で洗いました。下流のことを考えて洗剤は使いません。洗濯物を干すのもたたむのも自分たちの役割。】

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【自分たちの朝食の後は犬や馬、ヤギ、アヒル、ウサギ、ニワトリ、メダカ、トウギョなどへのエサ上げ。言葉の通じない生きものとの意思疎通は、障がい者や赤ちゃん、高齢者、外国人などとの接し方と同じです。相手を思いやる気持ちの芽生えです。】

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【馬やヤギのエサになる草を採りに行きました。「これは馬、これはヤギ、これはウサギ・・・」。植物も生きています。根は残して、「ごめんね。」と声を掛けます。】

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【そして今回のメインイベント、棚田のアゼづくり。急傾斜の土地を生かして田んぼづくり。「田んぼづくりはアゼづくり」と言われています。漏水しないアゼづくりはむずかしい。まずは、土留めにする矢板を運びます。「重い!」しかし、声には出しません。】

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【土に混ぜるのはセメントでもない、石灰でもない、自然由来の固化剤。趣旨をご理解のうえ、矢板や固化材をそれぞれ無償で提供いただきました竃L神建設様、山繕鰍ノ御礼申し上げます。】

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【棚田の形が見えてきました。うまくいけば、その他の田んぼにも使う予定です。】

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【アゼをモグラやオケラが穴をあけます。・・・と説明していたら、本当に「オケラ」を参加の子どもが見つけました。洗濯物干しの時もキノボリトカゲを見つけました。現代は「解決能力」を問われる時代ですが、「発見能力」も重要です。手作業なので「天然耕運機・ミミズ」も見つかります。】

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【次は与那国馬の馬糞たい肥を田んぼにまきます。手渡しするたい肥は臭くない。】

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【残ったたい肥を近所の農家におすそ分けするため、リヤカーで運びました。ご褒美は、無農薬の「シークヮーサー」。大物の仕事を終えて帰り道、「エイ、エイ、オーッ」。】

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【午後3時。やっと昼食にありつきました。おにぎりと流しそうめん。自分たちで割り、節をとって作った竹のトイを流れる素麺をすくい、マイコップ、マイハシでいただきました。味はいかがかな?】

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【長い休憩時間の後、夕食前の講義「野草教室」。敷地の周りを回るだけで21種類の野草を判別しました。今度は「人間が食べられる草」を使って料理しました。野草にも感謝です。】

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【最終日。朝から強い雨。難民キャンプのように、あるものを使って雨宿り。】

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【来た時よりも美しく。立つ鳥跡を濁さず。】

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【みんなの前で発表会。発表能力も大切です。講評のあと、一人ずつ発表します。泣きながら最後まで発表した1年生にみんな心を打たれました。「がんばれ!がんばれ!」・・・「よし!」。】

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【毎回外で気勢を上げますが、今回は雨のため初めて学習棟のなかで「エイ、エイ、オーッ!」。2泊3日で身に着いたことを今後の人生に生かしてほしいと願いました。】

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【雨、雨、雨・・・。おかげで完成した棚田に水が入りました。これから数日後、田植えをします。みんなご苦労さんでした。時々見に来てね!】

参加した子どもたちは、毎晩感想文を書きましたが、最終日はまとめを書きました。代表して1人だけ紹介します。詳しくは記録誌で・・・。ではまた、お会いしましょう!

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posted by 塾長 at 12:11| 教育・子育て

2016年05月18日

子育てのリスク!

 昨年より1週間遅いらしいのですが、沖縄地方は16日の月曜日から梅雨入りしたようです。これまで連休後に梅雨入りしていたので、瓦が載っていない状態での梅雨入れは、せっかくの家が濡れてしまうと心配していたのですが、おかげで那覇市の新築現場はラッキーでした。

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【玄関の簑甲部分の屋根 施工中。】

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【屋根がかかって内部造作が進む現場。】

 家づくりも天候によって左右しますが、子育ても運不運があります。子どもを授かっても、病気や事故、あるいは事件に巻き込まれる可能性があります。特に乳児や幼児の時は抵抗力が小さく、無防備なためリスクが高くなります。
 小さい時を無事過ごしても、小学校、中学校、高校、大学から二十歳になるまで、何一つ問題なく育つのは稀(まれ)です。

 少子化に歯止めをかけようと、さまざまな施策が考えられていますが、子育てのリスクを考えると尻ごみする人たちが多くなっているように感じます。

 現に第9子の「わかみこ」も出産後、ビリルビンの濃度が高く、黄だんが出て中部徳洲会病院にかかりましたが、治療機器がないため南部こども病院の救急に搬送となりました。
 光線治療を24時間受けたのち、血液検査をした結果、正常値に近くなったため退院することができました。

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【中部徳洲会病院から移送された南部こども病院で、光線治療を受ける「わかみこ」。】

 出産後の乳児に黄疸(おうだん)が出るのは、酸素供給がへその緒から肺呼吸に変わるため、急激な酸素量の摂取で未熟な肝臓がうまく機能しないためよくあることと聞きました。第5子の朴然の時も出たので、用心して母子とも入院しました。

 さて今日は、法務局から自宅出産のヒアリングがありました。医師か助産師の証明がないと戸籍・住民票に記載されないため、役場から法務局に伺いを立てて「わが子であること」の説明をしなければなりません。
 自宅出産の場合はいつものことですが、陣痛歴や写真などを準備して説明をします。今日は、本人確認(運転免許証)や胎盤、性別の確認、自宅出産の理由や経緯などを説明をしました。来週半ばあたりには、戸籍に入れるようです。

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【冷凍保存している胎盤を確認する法務局の職員】

 連休も終わって今は朝からエサ上げを夫婦で始めました。産後は無理しないように気を使っていますが、本人の気持ちも大事なので、一緒にしています。
 昨日は野鳥の卵を見つけました。最近、「月・日・星、ホイ、ホイ、ホイ」となく三光鳥とカエルの声がにぎやかです。もしかしたら、三つの光を与えてくれるサンコウチョウかもしれません。目の見えない「万然」に光がさすことを願いました。木の枝に上手に巣をかけていますが、人間社会と同じように、動物にとっては天災も天敵も襲います。
 せめて、巣立ちするまで親と一緒に育ってほしいと思っています。

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【もしかしたら、「サンコウチョウ」(三光鳥)の卵かも・・・。明日以降、タイミングを見て親鳥を確認したいと思います。】

 人も動物も育つ過程には多くの危険因子(リスク)がかかります。途中で残念ながら息途絶える生きものをたくさん見てきました。少子化問題も、単に数値だけでなく、子育てのリスクを考慮した対策が必要だと思います。
 そして重要なことは、他人任せではなく、わが子は親が責任をもって育て上げる気概が不可欠ということです。政治家のほとんどは、保育所や学童施設の充実を口にしますが、犬猫も、ニワトリ・アヒルもみんな命がけで天敵からわが子を守ります。
 子育てのリスクは、親が全部みます。だから、自然界に倣(なら)って人間社会も、保育所や保育士を増やすのではなく、子どもの面倒を見る親に直接経済援助をしたり、子育て中の親の身分(雇用)確保をするような施策に転換してもらいたいと思います。
 きっと子どもたちは、他人より親にかまってもらいたいと思っているのではないでしょうか?また親も、自分たちの子どものしつけは自分たちで独自にしたいのではないか、と思います。
 また、今日は第26回・第27回連結の「きたなか林間学校」の記録書ができました。参加者はもちろん、国立国会図書館、沖縄県立図書館をはじめ、公共図書館にも寄贈させていただきます。参加者の子どもたち、お待ちどうさま、来週にはお手元に着きますよ!

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【できあがった記録書と中のページの一部。】
posted by 塾長 at 16:11| 教育・子育て

2016年05月07日

第九子「わかみこ」、命名の由来

 毎回、かかりつけの産婦人科医は産前の定期検診の際、エコーで胎児の性別を教えようとしますが、ことごとく拒否します。あれは透視技術の科学であって医学ではありません。
 生命の誕生は科学で解決できると思うのは現代人の思い上がりで、わずか10か月で五体満足にそろって生まれる様を目の当たりにするたび、神秘性を感じます。
 したがって、生まれた様子や初対面の顔、その時の潮位や月齢などを勘案し、命名しています。
以下は、出産後の5月5日、第九子の命名に関する家族会議で出した私の説明です。

 命名の前に、将来の日本には正当な日本人が増えることが不可欠と考えています。今の日本社会は戦後のGHQの占領政策(日本弱体化政策)にまんまとはまって身勝手な事件や事故が後を絶ちません。このままだと日本は滅びかねません。
 それを食い止めるためにさまざまな手段を講じようとしていますが、みんな小手先の方法にしか見えません。最も効果的なのは、まっとうな精神を持った日本人を育てるために、縄文時代の日本の精神に帰ることだと確信します。


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【5月4日20:30ごろ、家族で合気道教室から帰ってくる途中の車中で、産気づいたので、帰宅後すぐ床につきました。そのあと陣痛が始まりました。みんなでむかし助産師だったおふくろの仏壇に無事生まれることを願って手を合わせました。】
  
 名は体を表します。どのような思いで親が命名したのかきっとのちに想像してくれるだろうと思います。
 一生背負う名前に縄文時代に使われていた「日本語」を取入れることにしました。日本語のルーツは一般的に記紀(古事記・日本書紀)とされますが、私は記紀の原典になったとされる縄文時代に書かれた「ほつまつたゑ」にあると考えています。

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【平成28年5月2日22時37分39秒。無事出産。体重3194g。母子とも異常なし。】

 「ほつまつたゑ」は日本独自の表記であるヲシデという神代文字である48文字(音)を使い五七調、一万行以上が、40アヤ(中国流の巻ではない)で構成されている抒情詩です。オシデ文字48文字はそれぞれ神であり、元素周期律と神々の配置が合致します。(「ふとまに」の図)

 アメミヲヤという創造神が宇宙を創ろうと思って「初(うぃ)の一息」を出すと、回転して子宮と感応する大壺ができ、その中に天地をつなぐ雨御柱(あめのみはしら)が立ちます。
 この柱は大きな柱と周りの8本の柱でできていて、ゴロゴロ車輪のように周り、地球上の汚れを吸い上げてくれるといわれています。その回転の中からプラスとマイナス、陰陽二元の分離がおこり、プラスの方はぎゅっと固まって赤いお宮(赤宮)に安置され、そこから日と男が生まれました。マイナスの方は白宮に安置されそこから月と女が生まれたといわれています。
 昔から日本ではお祝い事や慶びごとの時は「紅白」の幕や餅が使われます。赤と白、日と月、男と女が仲良く暮らすことが尊重されるのが日本です。赤と白が混じるとピンク色になりますが、これは桜の花びらがまさにそうです。日本を代表する桜の花は美しさとパッと散る潔さを感じます。

 
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【22:04 へその緒を切りました。物理的には親子は離れましたが、この時から心がつながります。】

 「ほつまつたゑ」によると、命名した「わかみこ」の「わ」は天地人の地、母の意味があります。
ちなみに「あ」は天・父、「や」は子ども・自分の意味で人地す(やわす・和す)、つまり、人は平和で白黒はっきりさせずに曖昧の中で丸く収めることが大事だということを表しています。「和をもって尊しとなす」(聖徳太子が作った十七条憲法の条項)
 「か」音は炎を生じ日となり赤宮に、「み」音から水が生じ白宮に納められたとされます。「こ」は明治以降、女の名の最後に付けられる慣習があることから、これらを組み合わせて「わ・か・み・こ」と命名しました。第5子は「さわみこ」です。

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【23:20〜 沐浴。今回は兄弟が応援してくれたので楽でした。】

 我が家では祝日だけではなく毎日、紅白で彩られた日の丸を揚げます。日の丸は日本の国旗であり、国の象徴でもあります。
 また、第二の出産である胎盤が排出できた出産翌日の5月3日は那覇市で建築中の伝統木造住宅の上棟式でした。その際、鬼門に向かって屋根の上に矢を立てますが、矢を放つ弦の上下を結ぶ曲線(握り)部分を「紅白の布」で作ります。

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【胎盤が排出しお産が完全に終了した5月3日に、設計した那覇市の住宅の上棟式で上げた弓矢。】

 第五子以降の女子はすべて平仮名表記です。なぜなら、象形文字である漢字が伝来する以前から、日本には古代文字として魂のこもったりっぱな日本語があったから、それを残そうと思っているからです。

「ほつまつたゑ」にみる言霊(ことだま)を使って命名した「わかみこ」は、日本人の精神を持った女として、これからの社会を争いごとの少なかった古代日本へ導いてほしいという願いが込められています。
                                      (平成28年5月5日)父

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【出生届けを役場に提出する5月6日の空。今日も茶の間から日の丸が見える。】

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【お姉ちゃんになった「こだまこ」(2歳)】

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【5月6日 大あくびをする「わかみこ」。】
posted by 塾長 at 09:03| 教育・子育て

2016年05月03日

第九子の出生!

 昨日(5月2日)22時37分、第九子が自宅にて出生しました。(3194グラム)
母子とも元気です。ありがとうございました。
日本人らしい生き方をして欲しいと願いました。ここに、謹んでお知らせいたします。

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【5月1日は第五子のさわみこ、5日は長女の依奈(えな)が誕生日なので、我が家ではゴールデンウィークならぬ「バースデイウィーク」となるようです。】

 また昨日は、間接的ではありますが、熊本地震の激震地・南阿蘇村、西原村に20年以上前に設計・施工した大型木造の印刷所、個人住宅(木造)が倒壊せず無事だと聞きました。被災地の一日も早い復旧を願っています。(西原村に拠点を持つ建設コンサルタントの友人によると、全壊 約40%、半壊 約40%、軽微 約20%の割合(目視)だそうです。)

 なお本日(5月3日)は、建築中の木造住宅の上棟式があります。地球の強大な力を吸収・分散して緩和する日本独自の柔構造の住まいを一戸でも増やしたいと思っています。

(熊本城はこれまでのRCに変わり、柔構造の「木造」で再建されること重ねてお願い申し上げます。)
posted by 塾長 at 06:43| 教育・子育て

2016年05月01日

「熊本地震」支援募金活動と建前その後!

去る4月29日、沖縄熊本県人会の会員として、「熊本地震」に対する支援募金の活動を糸満市の平和祈念公園で行いました。前々日から家族で募金箱を作りました。前日、熊本県に連絡してくまモンのイラストを使うことを届け出ました。

家族10人で会場に向かいました。毎年この時期は太平洋戦争で亡くなられた方々を全国の遺族がこの地に集い、戦没者を慰霊し、将来を担う子どもたちの幸福を願って鯉のぼりを揚げます。

私たち家族10人は、作った募金箱にくまモンのイラストなどを貼り、「災害疎開」の紹介もしました。「おはようございまーす!募金、よろしくお願いしまーす!」と子どもたちがお願いしました。
以下に、その様子をご紹介させていただきます。
http://www.otv.co.jp/newstxt/index.cgi?code=20160429181733(沖縄テレビ OTVニュースでも紹介)

浄財の約18万円の浄財は熊本県に送らせていただきます。

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【自分たちで作った募金箱を首にかけてスタート。掛け声はいつもの通り、「がんばるぞー、エイ、エイ、オーッ!!」】

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【通学路問題と同じ。やはり目の高さが大事。こわもてのオッサンより子どもの目線が親しみが持てると思い私はわき役に・・・】

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【一番人気は第八子の「こだまこ」(2歳)】

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【支援は国境を越えて・・・。「サンキュウ、サンキュウ!」】

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【募金する子、受ける子。幼児同士の交流もできたかな。「あ・り・が・と。(こだまこ・向かって左)」「あ、はい!」

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【5月10日が第九子の出産予定日の妻や重度障がいの万然を含め総勢10名が主力で募金活動しました。】

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【午前11時になると、メーンイベントの大きな「こいのぼり」が広場で揚がり始めました。全長30mだそうです。】

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【家族10人(プラスワン)で、頑張りました。少しでも気持ちが熊本の被災者に届けば本望です。】

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【最後に渡辺熊本県人会長が主力として頑張った子どもたちにお礼の言葉がかけられました。こちらこそ、多くの見知らぬ方々の温かな心に触れて、あるいは励ましをいただき、感謝しております。】 

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【大地震の被害にめげず、前を向いて頑張ってほしいと願っています。遠いですが沖縄から復興を願っています。滝をも上る鯉のように、逆境を乗り越えてほしいと思います。「心に鯉のぼりを揚げて、頑張りましょう!」「災害疎開」もどうぞご遠慮なくお申し込みください。熊本弁が通じる木造の家と同郷の気持ちが待っています。】

午前中で募金活動を終え、午後は震災を経験後、沖縄に投宿して建前をされている那覇の現場へ・・。学習会後の状況を写真でご紹介します。

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【4.5寸から7.5寸勾配を駆使てなめらかな曲線を出してもらいました。以前、法隆寺の大改修で瓦を外したら屋根が浮き上がった話を本で読みましたが、この現場でも垂木を打ったら止めているモヤが浮きました。瓦を葺いたら重みで安定すると思いますが、法隆寺の話を実感しました。】

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【軒の納まり】

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【心柱からの見上げ】

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【「熊本地震」で熊本城の屋根瓦が落ち、石垣も崩れました。昭和35年、RCで再建された天守閣は重い剛構造。400年前の上下(瓦・石垣)の柔構造では無理があったと考えます。大地の大きな揺れを吸収・分散する柔構造の伝統木造で再建されることを願っています。】
posted by 塾長 at 14:53| 教育・子育て

2016年04月11日

木造文化フォーラムのご案内と「紫微鸞駕」寄稿

第7回木造文化フォーラムを来る4月23日(土)開催することにしました。
ここに、その案内チラシを掲載します。
新聞にも案内が載るかと思いますが、事前にアップいたします。

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 また、沖縄県建築士会中部支部の総会時発行される「紫微鸞駕」への掲載予定の原稿もできましたので、先にアップいたします。(HP用に一部写真を追加しています)

現代建築考 「空っぽな建築」 
          社会的企業じねん(自然)組一級建築士事務所 後藤 道雄

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(追加写真)

【高校入学を記念して子どもたちが作った自転車小屋。ちゃんとコミセンで締めます。】
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【同様にみんなで作ったベランダ。ちなみに、床は足場用道板。(可動式です)】
【伝統建築で育つ子どもたちは家から多くを学びます。】
【差し金や木の使い方、建て方まですべてが勉強。】

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【渡り廊下の屋根も子どもたちが作りました。(追加)】

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【崖の上の礎石保護のために犬走のコンクリート打設。古いミキサーを使って練ります。(追加)】

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【左官さん顔負けの小手さばき。(追加)】

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【完成。これでがけ崩れを多少防止できます。バケツリレーでコンクリートを運んだ子どもたちも達成感100%。(追加)】

【はじめに】
 建築の設計・施工に携わる仕事を始めて46年になります。これまで自分なりの建築哲学をもって取り組んできました。しかし最近、戦後の建築は立派に見えますが、中身は空っぽなのではないかと思うようになりました。以下は、その分析です。

 建築は目的によって種類や構造もさまざまです。また公共もあれば民間もあります。建築士はそれぞれ得意分野を生かして社会の要求や個人の要望に沿って建築を生み出し、設計分野ではデザイン性や機能、施工分野では新技術や工期短縮などに独自の考えを仕事に生かしているようです。
 しかしここにきて思うことがあります。それは建築、とりわけ誰にも共通な住まいについて取り上げてみます。住まいも持ち家や貸家、RC造や木造など価値観や家庭事情によって千差万別です。しかし、どの家どのアパートでも建築士の誰かが設計していることだけは事実です。設計理念は何なのでしょう。
【自然との共生・調和 人間中心から地球中心へ】
 共通するのは建築当時の建築士がその当時の合理性、快適性を追求していることです。近年は景観や緑化などに配慮した家が増えましたが、戦後一貫して変わらないのは「人間中心主義」です。
 残念ながら建築行為は大小にかかわらず、自然を破壊する開発行為です。基礎工事が始まった時点で、地下・地上の生態系が破壊されます。ミミズやモグラ、バッタやチョウなど野生動植物の生存権が脅かされます。ただ、人間も自然界の動物ですから生きる権利はあるので、自然保護だけに偏らず、人間以外の生きものとの共存を図ればよいものと考えています。
 つまり、必要最小限の開発に努め、野生動植物の生存権に配慮することです。トンボやチョウは好きだけど、蚊やハエは嫌だという人がいます。しかし、蚊がいないとトンボやコウモリは困ります。一晩に多くの蚊をたべるからです。また、ハエがいなければ地球上は死体だらけです。ハエは天然の分解者です。

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【我が家。4つの棟でひとつの住処(すみか)。地形に合わせて礎石を配し柱の長さをすべて変えて建てました。屋根も周囲の樹高に合わせました。木と石と土と紙を日本の伝統技術でつなぎました。自然との共生がテーマで別名「ぬちゆるやー」(命が寄ってくる家)。今夜もカエルの合唱で眠れぬ幸せな夜を過ごしています。】

 我が家を少しだけ紹介します。木造平屋ですが、基礎はすべて琉球石灰岩の礎石です。山の斜面に建てましたが、地形は元のままです。したがって土壌生態系はほぼ以前のままです。
樹木も建物にかかる以外はすべて残しました。先住者として一部、ベランダの中にも残っています。地上の生態系を最小限に抑えたからです。
 なぜそうしたかというと、「人間中心」ではなく「地球中心」の考えからです。大地震や大津波を見てわかるように、自然力には人間の力は遠く及びません。だったら、地球のふところにいだかれて、あるがまま、つつましく生きようと思ったからです。

【日本人の自然観】
もともと日本には上記のような自然観がありました。変化があったのは明治以降の西洋の自然観の導入です。神に似せた人間が一番偉く、自然は人に服従、科学文明によって自然は征服できるという宗教観が底流にあったと思います。
 しかしながら、その後の自然大災害をみれば、人間のおごりにそろそろ気づいてほしいものです。そう考えると、国土強靭化政策で高台移転や巨大な防潮堤は人間の浅はかな行為として映ってしまいます。

 漁村は海の間近がベストだし、温泉は火山近くにあるのが一般的です。つまり、自然の脅威(現象)と共存してきたのが日本人の自然観です。
 自然の大規模な変化あれば、逃げる。あるいは小さな前兆に気づく感性を常に持ち合わせるのが、災害を最小に抑えることのできるコツだと承知しています。

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【上:2世帯住宅(那覇市)と下:龍が昇る家(北中城村)。私は伝統的木造住宅しか設計しません。なぜなら、世界最高水準の伝統技術と日本文化を継承できるからです。】

【建築生態系の在り方】
 我が家から学ぶことはたくさんあります。なぜなら、単に住処は寝て食べて排することだけではないからです。
 建築後9年経っても呼吸する木の家は生きています。呼吸しないコンクリートやアルミサッシ、ビニールクロスなど一切使っていないので、常に生きものと接触している感じです。時には子どもにある時は母のように、またある時には恋人のように感じます。相手が生きものだと、子育てと一緒でなにかとわずらわしさが付きまといます。
 維持管理の不要な、いわゆるメンテナンスフリーの材料を多用した家は、生産・消費・廃棄エネルギーが大きく、なによりも自然の摂理に反しています。
 我が家の建築素材は木をはじめ草や土、石などの天然素材がほとんどで、放っておけば自然に還るものばかりです。近年の住宅は多種少量ですが、我が家は少種多量です。
 森のように生産・消費・分解さらに生産、を繰り返す循環型の地域は閉鎖型の自然生態系といわれ環境負荷が小さく、安定的で永続的と言えます。
 逆に川や都市は外部からの栄養で成り立つので開放型生態系(オープンシステム)です。開放型は入り口、例えば川だと上部にダムを作る、都市だと輸入、移入を止めると生態系は破壊します。閉鎖型に比べ不安定でいつ壊れるか心配です。
 破壊行為である建築がせめて自然生態系のように地域内、せめて国内の自然素材で作り、運用後は地域の自然に戻すという「建築生態系」がクローズドであれば、環境負荷は少なくて済みます。その生態系が全体の自然生態系の中で生かされるのが自然の摂理に叶っていると考えます。

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【(上)本来、日本建築は柱で持たせる。柱を足固めでつなぎます。(下)木の癖を生かした小屋組(ハネギの施工)。】

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【隅梁の納め方(追加)】

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【(上)玄関壁にこて絵を製作。下は子どもたちにさまざまな鏝(こて)の使い方を説明する左官。(北中城村)】

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【さまざまな鏝(こて)(追加)】

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【こんな小さな鏝も・・・】

【空っぽな建築論】
 さて、前段の考えに沿った上で本題の「空っぽな建築論」に移ります。戦後の建築は資材が乏しく、屋根がトタン葺きのバラック建ての簡素な住宅でした。その後国の高度経済成長とともに、耐火性、耐震性の高い住宅に移行していきます。さらにプライバシーを尊重した個室に気密性や快適性を兼ね備えていきます。これを「人間中心主義」が支えます。
 木造では規格化、工場生産化が進み、徐々に職人やノミやカンナなどの道具が現場から消えていきます。コンクリート造は耐震から免震、制振へと進化しています。ただ、木造と同じように数値化による対応が進む中で、住まい手から自然は遠のき、手入れ知らずのメンテナンスフリーの家が地上を覆いつくすことになっていきます。
 ではなぜ「現代建築は空っぽ」なのか?「空っぽ」には「空しい」意味もあります。例えば今の住宅は快適で便利、安全で清潔かもしれませんが、一方では気密性が良すぎて雨音も聞こえない、個室にカギが掛っていて家族でも容易に入れない、バリアフリーで体力・機能が落ちた、オール電化で停電時お湯も沸かせない・・など新築しても空しい気持ちにおちいる家庭が増えています。
 大金を払って健康・健全な家庭を願って建てたとしても、引っ越し後、引きこもりや家庭内別居、病気がち、ケンカが絶えない、密室化で犯罪の温床になったという事件も多々見受けられます。つまり、家の物質的な品質は上がったとしても、なかは「空っぽ」というわけです。

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【心柱に使う柱を「空師(そらし)」に依頼。「ごめんなさい」と声をかけ伐ります。(宮崎県綾町)】

 原因はなにか?それは住宅に「文化」がなくなったことです。住宅を物理的にだけとらえ、「頑丈なモノ」としか評価しないからでしょう。木造でいえば白アリが食べない木や燃えない木にするために薬液浸けにする蛮行が横行しています。それを支持する住まい手もたくさんいます。建築の中でもせめて住宅くらいは規格化、機械化の圧力から少し離れ、工業化製品の組み合わせではなく、自然素材を使った職人技がいたるところに見受けられるようであってほしいものです。
 そうすると住宅は単なる「モノ」ではなくなります。木を切る「空師」から製材、大工、建具まで木を扱う職人の魂が吹き込まれるとモノは「生きもの」になります。当然いとおしくなるものです。その魂が日本の長い歴史で培われた「建築文化」です。
 日本には木を無駄に使わない、木の性格に沿った使い方をする木割り法や規矩術、尺間法があります。これらを総じて俯瞰するのは日本の自然と人間が共存共生する考え方です。

 建築の世界に限らず、米作りでも百姓は百の技を持たないとなれない、お米を作るには八十八の苦労があるといわれています。機械力・化学力によって自然をコントロールするのではなく、自然に畏(おそ)れを感じつつも、自然を生かして慎ましくコメ作りに専念しました。だから食べる人は自然や百姓さんに感謝し、お米を粗末にしませんでした。住宅も同様で機械力や科学力への依存が高まるほど家への愛情が薄れ、職人技もすたれたように感じます。

【おわりに】
 かつて故三島由紀夫が日本を憂って書いた言葉があります。
「・・・無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜め目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。・・・」と。

 戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が画策した日本弱体化政策にまんまと引っかかった日本。見た目には豊かに見える家庭や住宅も実は空っぽ。見るに忍びない監禁・虐待事件、保険金殺人や覚せい剤事件などは住宅を含めた単なるモノがあふれる社会で日本人の心が喪失した結果に他ならないと思います。

 最近の家々を見渡して果たして世界に誇る日本の建築技術と奥深い文化を感じ取れる手作りの仕口や建具はありますか?ほとんどの木造は西洋式の大壁づくりで、大工や左官の仕事を直接見ることができません。ビニールクロスやサイディングなどの材料で骨組みを隠してしまうので大工も左官も自分のした仕事を見ることができません。昔はカンナのかけ具合や木目の出し方を建て主に誇っていたものです。

 建築基準法をはじめ、品確法や瑕疵担保責任保険などで材料や工法の強度や品質は高まりましたが、これらの組み合わせでできた空間に日本の建築文化は見当たりません。つまり今どきの建築は、箱は丈夫でも中身は「空っぽ」なのです。
 木組みに限らず、ふすまや障子の製作、左官が仕上げる漆喰や聚楽土塗りに至るまで、土や木、紙などを使って作る日本の住宅には奥深い文化と技術が隠されています。
 それを紐解くと日本人の知恵や自然観が見えてきます。それを生かせば家庭から社会まで、また、生まれてきてから亡くなるまで、家の部分や全体から得る人生訓は計り知れません。
 住宅建築の世界はお互いの訴訟逃れのため明文化された品確法や瑕疵担保責任保険に依存していますが、もっと大切なことは、それ以前に重要なのは作り手、住まい手の信頼と価値観の共通認識でしょう。
 汚い言葉で綴る「保育園落ちた!」の匿名ブログを利用して、待機児童問題を国に迫るマスコミや低俗な政党を見ると、情けなくなります。子どもは自分たちの責任で育てるのが当然。私たち夫婦は8人の子育て(やがて9人)をしていますが、保育園に通わせていません。建築だけではなく、依存型の日本人の心も空っぽなのかもしれません。

 最後になりますが、建築士は建て主の要求に応じるだけではなく、独自の価値観と確固たる信念を建て主に理解してもらうことです。特にこれからの建築を担う若い建築士の方々には、50歳になるまでに百年耐え得る崇高な理念を持ち合わせることを期待いたします。
 「有機的で、中身が濃く、独創性があって、お互いに感謝し、メンテナンスに汗をかく住宅(住処)」が増えることを、切に願っております。(下写真:那覇市に建築中の住宅の図板と海老虹梁の原寸)
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海老虹梁原寸出し_R.JPG


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【こちらは大工さんお道具の一部。目的に合わせて各種のノミを使いこなします。日本の建築文化そのもの。(追加)】写真説明で(追加)とあるのは、「紫微鸞駕」の原稿には未掲載。理解を深めるために、HPでは掲載しました。
posted by 塾長 at 09:41| 教育・子育て

2016年02月25日

「通学路」と「馬ふんのたい肥作り」

 我が家の近況報告をいたします。

 2月10日、北中城村が「教育の日」の制定を記念して、中央公民館で学校表彰がありました。毎年、教育委員会主催で「学校教育表彰」は年度末に行われていましたが、今回は村長や議長、村議、教委、北中城小学校、島袋小学校、北中城中学校の教師も参加して盛大に開催されました。

 8年前、北中城村に家を建て引っ越してすぐ、当時の教育長にせっかく「教育立村」の理念があるのに、何もしていないのはもったいない!と進言していました。教育委員会主催の研修会でPTA役員を相手に名護の宿泊施設で講演をしたこともあります。

 教育は国造りの根幹をなします。日本が世界に誇れるもののひとつは、識字率が100%に近いことです。江戸時代の寺子屋を含め、明治以降、終戦後も日本は教育立国でした。社会秩序や治安の良さは世界でもトップクラスです。
 問題は知識偏重や体制批判ですが、近いうちに「道徳」も教科にはいるようなので、学校はくれぐれも正しく子どもたちに伝えてほしいと願っています。

 さて、先日の学校教育表彰で学校に通う6人の兄弟姉妹のうち、3人が表彰されました。小学4年の朴然は科学部門、同6年の麻衣は児童会の役員(児童会長)として学習・善行部門で、また中学3年の長女も教育・善行部門での表彰でした。

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【3人一緒に受賞(三女の麻衣は児童会代表として)。これからもこれを励みに精進してほしいと思っています。】

 朴然は沖縄県児童生徒科学展で最優秀賞と合わせて全国児童才能開発コンテストで「日本PTA全国協議会 会長賞」をいただいたこと(小学校には「学校教育賞」と記念品も出るそうです)、三女の麻衣は昨年に引き続き地上1mの子どもの視点で校区内の通学路を全校児童の参加で実施しまとめたこと、また長女の依奈は学業や生徒会活動などが評価されたものと思っています。

 昨年は次女の亜和(あや)が、長女は小学6年時にもいただいているので2度目の表彰でした。親としては、ありがたいことで、子どもにとってはいい励みになったと思います。

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【2月7日夜、この電柱に酒酔い運転と思われる車が衝突しました。「命がでーじ!」と書いていた看板は吹っ飛んで、車の破片が散っていました。沖縄署に連絡して来てもらいました。毎朝、この下り坂を猛スピードで中学生を乗せた車が中学校へと向かいます。警鐘を鳴らすために、新しい看板を付けました。】

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【自損事故のあった現場のすぐ近くの電柱にも啓発しました。】

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【我が家の入り口近くにも看板を付けました。】

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【裏から見ると、こんな感じです。路肩の白線引きは先日、役場にしてもらっています。】

 通学路の安全確保については、私自身が20数年前、熊本の建築士会の青年部会長をしていたころ、建築士会とPTA、社協、老人会、交通安全協会などと連携した地域活動を熊本県内、九州で展開し、建築士会連合会まちづくり大賞グランプリを部会の通学路研究会が受賞しました。
 いまだに通学中の児童・生徒が事故に巻き込まれて犠牲になっていることを思うと、ハード・ソフト両面でもっと活動するべきだと考えています。

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【馬糞のたい肥ができたようなので、近くの農家にプレゼントすることにしました。たい肥小屋からたい肥おスコップ取りする小学1年の「こはづき」。】

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【たい肥を運ぶ小学2年の「さわみこ」。】

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【小学4年の朴然がリードして坂道をリヤカーで運びます。馬糞と一緒に1歳最後の日になった「こだまこ」を乗せて・・・。結構、楽しいひとときです。】

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【無農薬で栽培している近くの農家に渡した馬糞のたい肥。お返しにキャベツをいただきました。】

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【新しいたい肥作りに挑戦。馬糞に敷地内の落ち葉や米ぬかを重ねて作ります。】

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【次の日、たい肥内の温度は62度でした。馬糞がたい肥に変化中です。】

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【最後の1枚は最近の「万然」です。両手を合わせるしぐさに家族は感激。時々、声を出して笑うこともあります。ささやかではありますが、家族にとっては限りなくうれしいものです。】

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【2月は3人誕生日があります。8日は麻衣、21日はこだまこ、24日は家内です。火鉢で家内の好物の蜂楽饅頭を焼いているところです。】

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【これは、「こだまこ」2歳の誕生日ケーキです。家族の手作りです。】






posted by 塾長 at 19:42| 教育・子育て

2016年02月02日

「寒中お見舞い 申し上げます!」

 明日は節分。寒中お見舞いは今日までのようですので、取り急ぎ、発信いたします。
年賀状の返礼もまともに届けていないので、ブログをもってご挨拶といたします。

 沖縄に住んでやがて延べ(2度在住)10年くらいになりますが、先日は熊本を思い起こすような寒さでした。「パラパラ」と木のベランダに当たる音で、「霰(あられ)だ!」と感じ、家族で確認しました。霙(みぞれ)交じりではありましたが、「あられ」でした。
 子どもたちは大喜び。ベランダの寒暖計は7度でした。久しぶりの寒波。やっぱり「寒い冬」は必要です。さすがに蚊やハエが少なくなったように気がします。(ゴキブリはいますが・・・)

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【ところが、次の日の朝、ヤギが亡くなりました。ヤギ生産組合長に聞いたら、「ヤギは冷たい北風に弱いので、ヤギ小屋に風よけが必要だったのでは・・」と忠告を受けました。隙間のあるベランダの上にはボード、壁には合板、体には毛布を掛けましたが、及びませんでした。ヤギさんに大変つらい思いをさせました。その日のうちに弔いました。二度と同じ過ちをしないよう誓いました。ごめんね、「アルト」。】

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【ベランダの寒暖計は7度でした。】

 こんな時は「火鉢」。炭は毎年、熊本の炭屋さん(尾鷹林業様)からカシの木炭が届きます。大小あって便利です。
 また、冷える夜は「ヒノキ風呂」に浸かって体の芯まで温めます。特に障がいのある万然にとってはありがたいお風呂です。

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【寒さが続くので、最近はシャワーではなく湯舟が増えました。】

 さて、沖縄では普天間飛行場の移設以外で問題になってきたのは「貧困」。貧困家庭は全体の約3分の一。これが教育格差に影響している、と新聞は書きます。国も10億円予算化するとか・・・。
 勉強部屋がない、スマートホンを持てない、お小遣いが少ないなどが子どもの貧困を表しているそうで、所得で考えると我が家も多分貧困家庭にはいります。前述の個室、スマートホンはありません。「持たせていない」と言った方が当たり。お小遣いはゼロ。個室どころか、トイレにもカギなし。夫婦・親子・兄弟の会話はお風呂でもトイレでもありますから・・・。

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【現場での1枚。「1歳!」と指で表示する「こだまこ」をしょって仕事の手伝いをする家内。】

 勉強はみんな好きなところでします。うちでは引きこもりや家庭内暴力は無縁です。
 近年、家庭内の虐待が増えて無抵抗の幼い乳幼児が犠牲になる事件が顕在化してきました。身勝手な事件の裏には、日本人の心の崩壊があるように思います。すべてはそこに帰着していると考えます。
 義理も人情もない、無秩序、無節操、無責任の世の中は、戦後のGHQ政策であった日本弱体化にまんまとはまってしまった結果です。権利ばかり主張する自己中心的な考えがはびこりました。

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【一畳に4人が勉強する我が家。1歳の第八子以外はみんな正座。これが毎日の風景です。兄弟が多いためか、1歳にして鉛筆も箸も正しく握ります。貧困なんかどこ吹く風!心はとても豊かに感じます。】

 最後に吉報をひとつ。先日来、中部地区児童生徒科学作品展で金賞、沖縄県児童生徒科学作品展で最優秀賞をいただいた「なぜ、植物は石にも育つのか?」が第52回全国児童才能開発コンテスト科学部門で「日本PTA全国協議会会長賞」を受賞しました。
 残念ながら、文部科学大臣賞は逃しましたが、とりあえず全国で上位に入賞したので、本人にとっては良い励みになると思います。ちなみに同じ作品を沖縄電力主催の沖縄青少年科学作品展に出展しましたが。ここでは佳作でした(?)。

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【三女の麻衣は現在、北中城小学校の児童会長ですが、その役員たちが頑張って校区内の通学路点検をしてまとめました。危険個所を「子どもの視点」で調査した結果を大きな地図に表しました。この活動が沖縄県退職校長会から表彰されました。】

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【作成した通学路マップです。大人では気づかない危険個所が網羅されています。昨年児童会長だった次女たちの活動の上に成り立っています。継続は力なり。家庭と学校の中間領域の安全確保の責任の合間で事故は発生します。今後は村内(中学校区)に広げ、役所や各種団体と連携をとって日本一「安全で楽しい」通学路を作りたいものです。】

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【小さな記事ですが、活動の本質は大。全国展開に持っていける要素があります。通学路から始まる街づくりは、障がい者や老人などの社会弱者にとっても優しい街づくりです。サイドから応援したいと思っています。】
posted by 塾長 at 18:13| 教育・子育て

2016年01月05日

正月第二弾!

 お正月の続きです。

 元旦の昼はおせち料理が定番です。毎年、家内が時間をかけて作ってくれます。沖縄のおせちも昔から続きているようです。かまぼこ、てんぷら、味付け豚肉、昆布、こんにゃく、厚揚げなどが本土と同じよう重箱に入っています。
 当時としては普段食べられない上等料理だったことは、本土と変わらないようです。

 今年は生ものはブリとマグロの刺身、馬刺しに加えてクジラの赤身を出しました。どこにいても贅沢なって口が肥えたというか、正月も休まない商店が増えておせちの意味が減りましたが、我が家では相変わらずおせちは子どもたちの人気の的です。

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【我が家のお節料理。栗きんとん、黒豆、田作り、カズノコ、海老の酢の物、伊達巻、昆布巻き、カブの酢の物、野菜の鶏肉巻き、白豆、でぃんがく(田芋)、ゴボウの胡麻和えなど。それぞれの料理の意味や彩りなどを話しながらいただきました。】

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【重箱3段目には、熊本の郷土料理辛子レンコン(家内が作りました)、海老の胡麻上げ、巻きずしなど、すべて自家製です。妻には感心します。】

 二日は三社参りに行きました。沖縄県護国神社、波の上宮、出雲大社沖縄分社の三社です。長女の受験や安産、万然の更なる奇跡的回復が家族全体のお願いのようでしたが、長男朴然は東京の全国児童才能開発コンテストと沖縄電力の青少年科学作品展での入賞や、家族の健康、交通安全、検定合格など様々でした。

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【三社参りは護国神社から・・・。ここには戦没者が祀られているからです。近くに来ても駐車場が混んでいて1時間ほどかかってやっと入れました。一見、空いているようですが、拝殿が近づくと足の踏み場もないほどに混雑していました。拝殿前の長い上り階段では順番待ちの状態。
万然は車いす(バギー)なので、スロープで降りてくる人波を逆走して上りました。社会弱者のことを神社も少しだけ考えてもらえないかな?と感じました。】

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【次は初めて参った波の上宮。ここは参道が狭いので、同じようにスロープで降りてくる大勢の人をかき分けて上りあがりました。万然は見た目障碍者のようにしていないので、誤解を受けたかもしれませんが、家族にとっては、年の初めに不自由な目や手足が直れば・・と思って参拝しています。波の上宮に決めたのは、明治天皇の銅像が建立されていると聞き及んでいたからです。】

 面白いもので、日本人は正月だけはお宮参りをします。キリスト教徒でもないのにクリスマスやハロウィンを派手にします。少し落ち着いて日本の精神文化を見直す必要があるかもしれません。

 皆様ご家族に、幸多かれと祈念いたします。

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【お屠蘇の赤酒を飲んでいる子がいます。となりでも・・・。正月だから、まっ、いいか!】

posted by 塾長 at 20:12| 教育・子育て

2016年01月01日

年末・年始の風景

 平成27年も終わり、平成28年(皇紀2676年・西暦2018年)を迎えることができました。
 明けまして、おめでとうございます。
 昨年末から元旦までの我が家の風景を紹介します。
12月25日、学校の終業式の午後から準備して毎年恒例の餅つきをしました。今年は、朴然の友人が飛び入り参加しました。

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【毎年恒例のお餅つき。今年は朴然のお友達も参加。】

 最近は終業式の日も授業があります。中学校の定期試験の日も普通の授業をするので、昔のような「早く帰れるので楽しい試験日」ではないようです。小中学校時代には、そこまで詰め込まなくてもいいようにも思います。勉強の機会は生涯あるからです。

 さて我が家の年末行事は掃除から始まります。家のなかではスス払い、ガラス窓ふき、片づけ、掃き掃除・拭き掃除・・・。子どもたちは総動員ですが、4棟に分かれているので、仕事ぶりがよく見えません。今年はロフトの天井張りを家族でしました。

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【見よう見真似で掃き掃除をする第八子の「こだまこ」。】

 外はもっと大変です。馬小屋やウサギ小屋、ひよこ部屋などは毎日掃除していますが、池のヘドロ上げや、山の水みち確保は1か月単位でします。年末は加えて、お地蔵さん洗いやしめ縄の取り換え、道端の草刈り、馬やウサギ、ヤギたちの草刈りもあります。馬糞のたい肥小屋運び、車の掃除、学習棟の片づけなどもあるので、子どもたちは大忙しですが、手伝いの合間に、「本能寺の変」や「RPG」などの歌を兄弟全員で歌ったり、独自の合いの手を入れて調子よく作業を楽しんでいます。

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【大鳥居のしめ縄の付け替えは長女・次女の仕事です。】

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【敷地内にあるほこら地蔵尊の掃除。花やお餅、ミカンをあげました。】

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【地蔵さんが抱いている子の裏を掃除するためとったら、なんと、カエルが身を寄せて冬眠中でした。そっと元に戻しました。】

 昨年は、次女の中学校入学、三女の児童会長当選・通学路点検や募金活動の改革活動、長男の科学展金賞・県最優秀賞受賞、六女の小学校入学、生後7か月目に突然発症して心身の障害に見舞われ動けなくなった次男の奇跡の寝返り打ちなど、話題に事欠かない刺激的な1年でした。

 今年は、長女の高校受験をはじめ学校に通う残り5人の中学入学・進級などがあるので、教育環境の変化があります。一番下の第八子・「こだまこ」も、家族が多いためかずいぶん知恵がつきました。

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【水車小屋のしめ縄直し完了。】

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【次は裏山の湧水地に建てたお地蔵さん周りの掃除。縄列車で出発。】

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【きれいになった名水百選のひとつタチガー脇のお地蔵さん。】

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【不思議なことに、掃除を終えるとそれまで枯れていた池に水が溜まり始めました。雨も降らなかったのに、急に水が湧き始めたのでみんな「きっと水の神様が喜んで水を出してくれたんじゃないのかかなぁ?」といいながらタチガーを後にしました。】

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【与那国馬のゲンも水洗いをして気持ち良くなったようです。】

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【木くずなどをバケツに入れて片付けをする1歳のこだまこ。】

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【木くずを集めて燃す。サツマイモを入れて焼き芋にしたり、消し炭で餅を焼いて楽しみました。】

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【このやんちゃな1・2年生は、馬小屋で餅を食べています。】

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【お手伝いで疲れた後は、ヒノキぶろで体も心もリフレッシュ。】

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【今年もまた伝統建築を応用した創造的な木造住宅を建てます。これは4月上棟予定の住宅に使う海老虹梁の原寸。】

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【加工を終えた海老虹梁。】

 仕事では、昨年に引き続き日本の伝統建築技術を継承・応用・創造した木造住宅をさらに進化させた「方形の家」【那覇市内】を、4月に上棟予定です。4寸から8寸勾配に変化する反りを持つ屋根は一見の価値はあるかと存じます。

 我が家にはテレビはありません。買い物の合間に車についたTVで垣間見た紅白歌合戦の一部で、多くのメンバーがステージで歌いながら踊る様子は、小学校の学芸会のようでした。
 最近、帽子をかぶったまま食事をしたり、立ち食い・立ち飲みをする姿を見て、これは日本人じゃないな、と感じます。言論や報道の自由だと言って主義主張をあからさまに表現するNHKをはじめとするマスコミにはうんざりしています。現在、我が家の子どもたちは、親と同じ4つの新聞を読みます。

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【夜が明けて元旦。我が家ではまず赤酒【お屠蘇)をいただきます。】

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【自家製の梅にお茶を注いで家族全員で一緒に年を重ねます。日本は数え年。おなかの中の命もカウントします。(お互い、新しいとしをむかえることができて)おめでとうございます!】

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【朝食はお雑煮。出身が熊本なので鳥ダシ。餅は昨年末搗いたお餅。昼食は家内が寝ずに作ったおせちが待っています。後日、紹介します。】

「争いごとのある家庭、職場、地域や国には幸せは来ない」というのが僕の信条です。家庭や教室、地域に誇りを持てる国にしていきたいと、社会の最小単位である家庭に重点を置いて「より日本的な暮らし」を今年も実践したいと存じます。みなさまも、おげんきで・・・。

 
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【お手伝いは大変そうに見えますが、子どもたちは作業の合間に♬「RPG」や♬「本能寺の変」】などを歌ったり、馬糞運びでは、独特の合いの手を入れながら楽しく作業しています。今年も元気に乗り切るぞーっ!エイ、エイ、オーッ!!】
posted by 塾長 at 12:58| 教育・子育て

2015年12月08日

冬支度!

 沖縄は紅葉がほとんどありません。我が家でも、ハゼの葉が色づくくらいで、照葉樹に囲まれながら、徐々に寒くなるので夏からいきなり冬になった感じです。

 家族は冬になるのを楽しみにしています。なぜなら、火鉢のシーズンだからです。家族10人が3畳の間に寄ってきますが、そこにあるのは「火鉢」。この火鉢で餅を焼くのが冬の定番になっています。沖縄は、師走なのに蚊やハエが未だにいますが・・・。

 先日紹介したヘビやカエルも暖かいので沖縄では冬眠しないようです。たまにゃ、雪が降って体が引き締まる体験も久々したいと、ふと、思うときもあります。
 今年も熊本から樫(かし)の炭をとり、さっそく火を入れました。隙間風の多い木造の家は、冬は寒いものです。木造は夏涼しく、冬暖かいというのは嘘です。アルミサッシを使わない木製建具で覆われた伝統的な木造住宅は、寒いものです。
 火鉢に火をおこすと火鉢の周りに、みんな寄ってきます。暖をとるというのは、こういうことでしょう。子どもたちは、おのずと火おこしも上手になります。大小、長短、形の異なるカシの炭を上手に組み合わせて火をおこします。

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【休日にみんなで炭入れを作りました。火箸を火鉢に刺しておくと熱くなるので、炭入れの端に竹で火箸立てを付けました。火吹きは林間学校でも必ず使うし、毎年、火鉢の炭おこしでも使うので子どもたちは慣れています。第八子の「こだまこ」(1歳)も兄ちゃん(10歳・小4)のまねをして火おこしに挑戦しました。】

 石橋や石垣で石を積むのと一緒で、いろんな形をした炭があるから、火おこしも、火消しもうまくできます。長さ・大きさが決まった定型の炭より、無駄なく使えます。人間社会も同様で、考え方や能力の違いをバランスよく組み合わせることの重要性を火鉢の炭は教えてくれます。

 さて、もうひとつ、寒い冬に欠かせないのが温かいお風呂です。我が家は新築当初からヒノキ風呂です。香りはもちろん、肌触りや保温など、工業製品にはない魅力が楽しめます。
先週土曜日に劣化したヒノキ風呂を入れ替えました。
 さっそく、一番風呂には障がいを持つ万然を入れました。浴槽では浮力がかかるので、万然にとっては重力から解放され、また、芯から温まるので湯冷めもしにくいようです。

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【山付きにある我が家の浴槽入れ替えは至難の業。前の道からクレーン車で入れようとしましたが、50トンクレーンでも無理。重さよりブームの長さでOUT。しかたなく3人の男集団でかかえて上ることに・・・。一番上の地盤まで持ち込んだあとは、木材スロープにコロ(小径木丸太)を並べて移動することにしました。子どもたちは、コロの移動が仕事です。】

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【周りには、闘魚の池などがあり、足元が悪いので、この方法にしました。結構楽しい準備でした。】

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【そして、いよいよ搬入。手作りのヒノキ風呂は、ヒノキの香りが充満します。フタもヒノキ。ヘチマたわしは、引っ越し以来、代を重ねて使っています。おかげで背中のブツブツがなおりました。また、家族一緒に入って背中をこすりあうのも、子どものうちにしかできない貴重な体験です。外は自然の緑に囲まれています。ヒノキ風呂は肌に優しく、温かいですが、ヒノキの育った山や製作をお願いした大工さんへの思いも温かさを助長しているようです。】

 しかし、火鉢もヒノキ風呂も現代の日本社会から縁遠くなりました。なぜなら、どちらも面倒だからです。例えば、ヒノキ風呂は使ったあと水を抜き、タオルで拭き取らなくてはいけません。ヒノキにカビをなるべく生えさせないためです。
 ただ、ともに原材料は木。コメと並んで国内自給率は100%。(国産材は需要が少ないだけで山には国産材はたくさんあります)しかも再生可能な資源です。炭焼きの職人さんやヒノキ風呂を作る職人さんはまだいます。

 日本の文化、技術、資源をもっと活用して心温まる日本的な家庭を築いていきたいと思っています。

 最後に、炭火を見ながら一句・・・。

 「残り火を 見つけてにぎる 火吹き竹」(わずかな炭の残り火があれば火はおこります。残り火を「希望」と考えれば、わずかなチャンスでも生かし方次第で生き返ることができる、と思いました)

余談(おまけ)

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【アヒルが増えて、烏骨鶏(うこっけい)の影が薄くなりました。天敵が多くなかなか育たないので、ヒナの部屋をみんなで作りました。】

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【一部、引き出し式でエサや水を入れるところがあるのがミソです。】

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【しっぽにケガをした迷い猫。猫はニワトリの天敵なので飼うのを躊躇しましたが、なついてきたのでニワトリを襲わないしつけをして、現在、家族のように付き合っています。ニワトリの卵を食べるネズミを今のところ2匹捕まえました。】

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【与那国馬のゲンも、冬支度。ツルツルの毛並みから、フワフワのコートに変化しつつあります。】
posted by 塾長 at 17:49| 教育・子育て

2015年11月27日

「GHQ症候群」

 昨日のブログを補足します。

 戦後の日本を占領したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の呪縛からいまだに抜け出せない日本人が多数いるようです。
 戦後、GHQは日本の弱体化を狙って憲法をはじめ、さまざまな政策を講じました。3S政策もそのひとつです。3Sとは、Screen(スクリーン=映画)、Sport(スポーツ=プロスポーツ)、Sex(セックス=性産業)の頭文字です。

 戦後の日本は、他の政策と相まって見事に堕落の一途をたどりました。警察官や教師、果ては裁判官までハレンチ行為で検挙されているのが実態です。

 特に最近思うのは、身勝手極まりない虐待やいじめです。無抵抗の乳児や幼児やまだ学校に通う子どもたちへの攻撃です。
 原因を突き詰めると、どうしても戦後、GHQが進めた各種の政策に戻ってしまいます。

 楽しければいいという快楽主義や、自分が良ければいいという自己中心主義などは、GHQ政策から派生した事象と考えます。これらを私は「GHQ症候群」と呼びます。人間以外の生きものをモノのように捉えるのも戦後広がりました。バラバラ事件やコンクリート埋め殺人などの悲惨な事件の裏には、さらに人間自体のモノ化が始まっていると思います。

 勝負は勝てばいい、成績は良ければいい、生活は便利ならいい、給料は高けりゃいいという考えが広がりました。一方で日本社会は公衆トイレが世界一きれいだったり、車を譲るとハザードランプをつけて感謝を表したり、横断歩道で止まってくれた車には頭を下げるなど、日本を訪れた外国人は道徳や公徳心の高さに驚かされます。また、日本人が海外に旅行に行っても、礼儀正しさや慎ましさに対して高い評価を得ています。

 戦後70年。もうそろそろすべての考え方、行動に「日本人」というフィルターを通して判断するようにしましょう。そうすると、バスで弱者に席を譲ることや、たとえ勝負ごとで勝っても負けた相手にエールを送ることなどは当たり前になります。
 横綱が、負けた相手にダメ押しをしたり、猫だましを格下力士に仕掛けたりするのを、国技の大相撲で行うのは、日本人からは横綱の品格が低いと評価されても仕方ありません。

 長い歴史と四季を持つ日本には、相手を思いやる気持ち、利他の心は根付いています。義理人情や互譲互助などは権利主義の外国人には理解不能で翻訳さえできないことがあります。
 日本が大東亜戦争に突入せざる得ない状況になったのは、誠意ある外交努力を重ねたにもかかわらず、ABCD包囲網で経済的に窮地に追い込ませたアメリカの戦術にまんまと引っ掛かってしまった結果です。
 この先戦争に巻き込まれないためには、GHQの呪縛から抜け出し、アメリカから自立する自主憲法を制定するのはもちろんですが、同じように食料やエネルギーを止められても生きていくことのできる産業や技術、制度を作らねばならないと思います。

 小さなことが、子育てや老後の介護に保育士や介護士、立派な施設に税金を投入せず、実際世話をする家族に直接手当てを出すほうが、家族の絆が強くなり、また、数倍、国費負担が減るという政策に転換することも一考ではないかと考えます。
 また、学童保育より地域の安全性を確保して地域で安心して遊ばせることや、巨大堤防を作るよりは、危機管理意識を高めるほうが、日本的な解決策と考えます。

 質素倹約、慎ましく生きてきた日本人に、学ぶべきところはたくさんあると思っています。

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【昨日、玄関ポーチに出没したアカマタ(無毒のヘビ)。ヘビは見た目が悪く、危険だとしてむやみに退治するのは、「人間中心主義」。ヘビは陸上の生態系では頂点にいる貴重な生きものです。周辺が畑の我が家にとってヘビは、ネズミの天敵なのでとても大切です。この後、アカマタは石の間の穴から自分のねぐらに帰りました。今、沖縄では辺野古への基地移転で承認、不承認と、意見が分かれています。日本人的解決法として、自然との共生と同じように「基地との共存」の道もあるのではないかと思っています。人間という動物は、絶対の信用は危険です。現在の世界情勢や近隣国の体制を鑑みれば、普天間の移転なしに、無条件で返還させるのは無責任で現実的ではないように感じます。】
posted by 塾長 at 18:16| 教育・子育て

2015年10月11日

速報!朴然が最優秀賞!

夏休みの自由研究。

我が家では受験生の長女以外の5名が挑戦。中部地区では、中学1年生の次女と小学6年生の三女が銅賞、四女は入賞、そして長男の小学4年生の朴然が金賞をいただきました。

そして県6地区の代表(金賞、銀賞以上)が沖縄県児童・生徒科学賞作品展に推挙(全出展数県内1811点、そのうち金銀の118点(小学生57点、中学生61点)が対象)。ここで17人の審査員で審査され、本日、その結果が発表されました。(那覇市 てぃるる)
おかげさまで、初入賞で「最優秀賞」をいただきました。

テーマは、「なぜ、石に植物が育つのか?」。実に子どもらしい素朴な疑問から始まった研究です。

小学生では5人が最優秀賞で、そのうち3名が特別賞で、来月末の全国児童才能開発コンテストに推薦されますが、そのうちの一人になりました。また、沖縄電力の科学展への出展・審査も自動的に推薦されました。

まだ、道半ばですが、沖縄代表として全国でも頑張ってほしいと思っています。

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 【会場で「最優秀賞」「才能開発(全国出場)」の付箋を見つけ、親としてもウルウルきました。

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 【表彰式】

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 【表彰式を終えて安心した感じ・・・】

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【上の3人も銅賞、銀賞経験はありますが、地区選考の金賞、県・最優秀賞、県代表(特別賞)は後藤家としては初。みんなで喜びを分かち合いました。(会場外で・・・)】
posted by 塾長 at 20:01| 教育・子育て

2015年10月08日

秋の恒例行事

 この秋は、目まぐるしい毎日でした。昨日、糸満市の住宅の完了検査を無事終えて、一段落という心境です。設計・監理業務では、完了前の仕事の手配・調整や現場管理、完了検査に向けての手続き、また那覇市の新しい設計の関係書類や図面作成、それらの申請に加え、その他の補修工事、改装工事の段取りなど、毎日、時間に追われました。
 今後も引き渡しや確認申請があるので、まだまだゆっくりはできそうにありません。

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【糸満市の現場。南側外観。】

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【同 上】

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【玄関内部】

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【猫障子】

 一方、家庭生活では小学校、中学校の運動会(体育祭)があり、学校に通う6人の子どもたちへの応援に出かけました。
 小学校では4人、中学校では2人出場するので、応援も忙しかったです。
小学校では長女、次女に続き、三女も児童会長なので、運動会で児童代表挨拶をしました。本人より、家族のほうが緊張しました。これも無事住んでホッとしています。

 家庭生活の合間には、稲刈りもしました。熊本県球磨郡や阿蘇郡の種モミを苗から育て、先日、家族で稲刈りをしました。稲づくりを通して、さまざまな思いが子どもたちには残ったと思います。日本人に生まれてよかったと実感しました。

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【稲刈り中。完全無農薬の種モミを、苗から育て、完全無農薬で育てた稲を刈りました。】

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【掛け干し。家族全員で楽しく行いました。】

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【林間学校で植えた曼珠沙華の花が咲きました。】

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【知人の熊本の村崎 修三さんご自身が出版された本を送ってくれました。御礼に「龍の道ものがたり」を送らせていただきました。】
posted by 塾長 at 12:05| 教育・子育て

2015年01月30日

日本の文化

 横綱・白鵬が名横綱・大鵬の持つ32回の優勝回数を1月場所で更新し、33回としました。偉大な記録を樹立しましたが、前代未聞の審判への批判のほか、張り手・ダメ押しなど、横綱らしからぬ行動・言動で社会から批判されています。
 単に、外国人だから・・・ということではなく、これは日本国じゅうをまん延している人格、道徳の欠落がひとつの原因ではないかと感じています。

 今の日本社会は物質文明がはびこり、モノや財産を持つものや強い者が優位になっています。学校の成績もしかり・・・。成績の良い子が大事にされる傾向があります。
 それを後押しするようなスポーツや成績が優秀な人間の言うことがまかり通るような風潮や報道がありますが、目立たなくてもコツコツ社会のために頑張っている人が世の中にはたくさんいます。

 白鵬が批判されるのも、強い人間だから何を言ってもいいという考えが表に出たのではないかと推測します。傲慢でわがままな人間は、日本人からは尊敬されません。日本人は慎み深く、感情表現もなるべく抑えるのが美徳とされます。
 衣服も同じで、西洋では肌を露わにしますが、着物は体の線はなるべく見せず、肌も顔と手くらいです。

 我が家での子どもの評価は「学業×手伝い」です。手伝いがゼロなら、すべてがゼロ評価です。家事や育児、仕事へのお手伝いなどの家庭内労働は、我が家では当然。成績が学年1番でもお手伝いが少ないと、総合的には低い評価になります。

 最近の事件を顧みると、人格・道徳の欠落が明らかです。だから、ハレンチ行為や迷惑行為が多くなっています。大の大人が、あるいは社会的に地位の高い職業に就いている人が平気で事件の加害者になっています。日本人が持ち合せる「恥」はどこへいったのでしょう?

 普天間飛行場の代替地・辺野古の工事現場では、周囲に工事の安全を確保するためオイルフェンスを浮かせ、それから一定距離はなれるよう監視・警備する真剣なまなざしの海保の姿と、カヌーからオイルフェンスに足をかけて談笑する反対組織が一枚の写真になって新聞に掲載されていました。本文記事は反対派寄りの内容でしたが、読者にはどう映ったでしょうか?

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【平成27年1月23日付タイムス住宅新聞「お住まい拝見」 表紙】

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【「お住まい拝見」本文。再生に重きを置いた内容になりましたが、地域文化や職人文化と建築文化との融合が大切なキーワードでした。一般向けにはよかったのかな、と思っています。】

 一神ではなく、八百万の神の日本。自然や先祖を崇める日本は、自然の摂理に沿って生きてきました。
環境・住宅の分野でも循環機能や持続可能な開発など、科学的、物質的な感覚で納得させるのではなく、木は 「イキ(木)モノ」、森や木造の家には木霊が宿るという精神文化を持ち、すべての事象に命や神を感じる日本人の考えは、もしかしたら世界を救うかもしれません。紛争の絶えない地方には共通して一神教が多く、他の宗教を認めず譲らない、また、砂漠地帯など自然が厳しく、自然と対決して支配しようとする考えがあります。

 一方日本は、道にゴミを捨てない、湧水を汚さない、川に小便はしないのは、道には土崇神、湧水には水神様、川には河童がいると思うからではないのでしょうか?他にも家を建てる前には、土の神様、上棟したら天照大神(沖縄では紫微鑾駕)、台所には火の神、かまどの神、田んぼには田の神様、山には山の神など、そこらかしこに神様がいます。まことに神々しい国です。

 自然を畏れ、自然に感謝する。また、自然から生まれ、自然に戻る。自然を人間と対峙させた西洋風のネイチャー(nature)で捉えるのではなく、人間も自然のなかの一動物としてとらえる、だから日本人のもつ自然観は明治以前の「じねん(自然)」が底辺にあります。(ありました・・・)

 そう考えると、自然に・・自然に・・・、自然に逆らわず無理なく生きていくことが、環境問題を根本的に解決するだけでなく、日本社会や世界全体から争いごとが減り、継続的で安定的な方向に進むと考えています。

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【平成27年1月30日付タイムス住宅新聞連載 「木霊のひびく家々」の最終回。第5週のみの連載だったので、回数の割には長きにわたりました。長くお付き合いいただき、ありがとうございました。】
posted by 塾長 at 09:07| 教育・子育て

2014年11月09日

秋から冬へ・・・

 沖縄とはいえ、最近は肌寒く感じる頃になりました。どこか、ホッとします。
立冬を過ぎ、閏月十三夜(うるうづきじゅうさんや)を仰ぎ見れたことを幸せに感じます。日没と変わらぬ時刻に東から昇るだいだい色の大きなお月様は、神秘的でとても美しいものでした。とても写真では表現できません。

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【我が家の冬の定番、火鉢。一般的な家庭では大型テレビが部屋の中央にあるが、我が家は火鉢。残り火だけでも部屋は暖かくなる。大好きな餅をさっそく焼く。砂糖醤油の蒲焼が始まると、香ばしいかおりが家中に広がる】

 さて、先月は浦添市教育委員会主催の学校・地域指導者のための研修会での講話を無事終えました。「それは、自然か不自然か?」のテーマでお話をしました。サブテーマとして「荒廃した心を取り戻す日本人的解決法」をあげました。

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【講演中の風景】

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【全員参加のグループディスカッションを企画。みなさん熱心でした】

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【浦添市教委からのお礼状】
 
 メインとサブのテーマのつながりを理解された方は今後の活動に生かされると信じています。西洋化が進んだ日本では、自己中心的な人間で溢れ、多くの犯罪を生んでいます。日本人が古来より持ち合わせる自然との共生、譲り合いなどの道徳心に気づくために日本と外国と違いをグループディスカッションで出してもらいました。
 暮らしのすべての部分で、「自然か、不自然か」を問い直すことが日本人の心を取り戻す、と考えています。

 また、タイムス住宅新聞の連載「木霊のひびく家々」の第三回目が掲載されました。ここでは、住宅を通して日本人の精神文化論を述べています。

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【第三回目の記事】

 先週の日曜日には家族で豊見城市にある「旧海軍司令部壕」を見学しました。沖縄では平和教育が盛んです。ただ、戦争の残虐性や旧日本軍の地元住民への強制・命令などが強調されています。
 資料館に保存されている大田少尉の海軍次官に宛てた電報をみると、沖縄県民を思いやっていたことがわかります。
 復元された300メートルの壕(元は450メートルあったといわれる)を通って感じたことは、日本を守るために皆さん、命懸けで戦ったんだということです。今ある自分たちは先人たちの犠牲の上に成立っている。英霊に感謝し、二度と戦争しないために日本は他国に依存しない自立した国家を目指すべきだと再認識しました。

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【海軍壕の中。機械も使えないので、ツルハシで琉球石灰岩を削ってある。ツルハシのあとが残る壕。立って眠った部屋や手榴弾で最期を遂げた部屋の壁にはその破片が抜かったまま保存されていました。
「・・・・一木一草焦土ト化セン 糧食六月一杯ヲ支フルノミナリト謂フ沖縄県民斯ク戦エリ 県民二対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と電文に記されていました。】

 さて、現場の方はどうなっているかというと、棟上げの後着々と工事は進捗しています。家全体の姿が見えてきましたが、匠の技も見えてきました。今更ながら、日本という国はなんと素晴らしい国だろうかと思います。木造の伝統技術の継承、発展にも多少なりとも貢献したいと存じます。

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【那覇市具志の現場。一段上がったお隣の畑のそばから見る。向かって右が離れ、渡り廊下を通って左が母屋。】

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【手前が平屋の離れ、奥が母屋】

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【母屋の中心には「心柱」。六角形のロフトは寄せ棟の風抜きと物置き。那覇市にある識名園の六角堂を意識して設計しました。角が多いほど風の影響は減るとの考えもあります。宙に浮く心柱を真下から見上げた写真です。】

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【玄関の軒の出を深くするために枡組(ますぐみ)を活用。伝統的な技術を駆使した住宅です。】

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【台所〜居間の柱】

 話題は付きませんが。我が家に目を向けると水車小屋下の池の水が上流の影響を受けるので、この際、我が家の地下水と浄化槽の水を入れることにしました。家庭で使った水が再び別な命を育みます。これもひとつの「自立」です。

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【水の出具合を確認するため、竹の中を見入る】

 また、第八子の「こだまこ」も首が座ったので最近はおんぶされています。これからも「自分は何をしたいのか」「何にはできるのか」を常に念頭に置いて、次世代につなぐべきもの、残せすべきものを選択していきたいと思っています。

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【日本人にはおんぶが一番似合う。】

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【この子たちが安心して穏やかに暮らせる社会を実現するために、微力ながら頑張ります!】
posted by 塾長 at 17:22| 教育・子育て

2014年09月30日

「龍の道ものがたり」を出版!

 最近は公私とも忙しく過ごしています。私的には嬉しいことやホッとすることがありました。嬉しかったことは、万然に合気道の先生から道着をプレゼントされたことです。目が見えず、四肢が不自由で寝返りさえできない万然に合気道の道着を着せても、どうしようもありませんが、クランダー・ケン先生は毎週の講義でいつも「あきらめてはいけません」とおっしゃいます。

 さっそく練習場で着せてみたら、なんとなく万然がしっかりした感じに見えました。「きっとよくなる!」と会うたびに言われるので、私たち家族も励みになっています。毎週の練習時には万然も他の子ども5人と一緒の畳の上で運動をしています。「気」が移って本当に徐々に良くなる予感がしてきました。

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【ケン先生からプレゼントされた合気道の道着を身につけた万然。ケン先生の「気」が万然に届いたような気がしました】

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【28日、沖縄市総合運動公園で行われたうるま市昆布道場9周年記念野外パーティー。ムカデ競争でゴトウ家C組みは見事優勝しました。一家族で3組できるのもありがたあいことです。勝っても負けても「親睦!、親睦!」合気道には試合はありませんから・・・】

 さて、その他でも嬉しいことがありました。次女が中部地区理科科学作品展で銅賞をいただきました。これまで長女と三女は銀賞を頂いたことがあります。ただ、次女は「アヤヨシノボリ・8kmの旅」など昨年も地道な活動を発表している割には賞には手が届きませんでした。

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【表彰式を終えて展示会場に来た亜和(あや)。長男・朴然は入賞。彼は絵画で賞を狙っているらしい??】

 次女の亜和(あや)といえば、現在、小学校の児童会長をしています。長女も6年の時選挙で選ばれて1年間頑張りました。
 4人の子どもが通う小学校で先週末は、台風で一週遅れの運動会が開催されましたが、開会時の児童代表で挨拶を無事終えたことは「ホッと」したできごとのひとつです。我が家ではいつも最後は「エイ、エイ、オー」ですが、亜和が全校児童を前に「エイ、エイ、」と声をかけると、700人あまりの子どもたちや先生方まで一緒になって「オー!」と返しました。
 壮観でした。

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【挨拶する亜和。みんなの前での挨拶は慣れてきたらしいですが、本番となれば緊張するものです。1週間ぐらい前から一生懸命、声を出して練習していました。「相手があるから競争できる、相手に感謝して勝っても負けてもエールを送ろう!」とか・・・ノーミス。よかった!】

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【北中小学校始まって以来初の児童全員参加の掛け声となったらしい。「・・・練習の成果を100%出し切るぞーッ、エイ、エイ、」(あや)「オーッ」(全員)・・・見ている方が緊張しました。】

 直接、家族のことではありませんが、きたなか林間学校を熊本で始めた頃、第一期生として参加した岡村君から連絡が入りました。「東京大学大学院」に合格しました、と・・・。
 林間学校に参加した子どもたちが、大学や社会人で堂々と頑張っていることは、私の励みにもなります。林間学校で学んだことを大いに社会で生かして欲しいと思っています。「よかったね!エイ、」エイ、オーッ」

 また、本日、執筆して印刷に出していた「龍の道ものがたり」が完成したと連絡を頂きました。自費出版です。単行での著書は2冊目。(前に「新江川物語」を出しています)
 10月からいよいよ販売したいと考えています。初版は数を限定しました。販売方法は未定です。これからじっくり考えます。

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【「龍の道ものがたり」の表紙。B5版54ページカラー。定価1500円(税込み)。自宅出産から社会への提言までさまざまな真実や夢が出てきます】

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【裏表紙。沖縄にこだわっていませんが、現実から乖離しないため、ものがたりは地域から発信しています】

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【本の一部。建築、家庭、家族、暮らし方、自分の哲学、日本の方向性など、龍といずみ子の不思議な世界が待っています!】

 公的には那覇の現場が10月18日棟上げなので、基礎工事や仮設工事、大工さんの受け入れなどで忙しくなりました。8日には大工さんたちが来沖します。他に見積もりやコンペなど、空いた時間は動物たちの世話があり、目いっぱいの毎日です。
 
 以上、近況報告でした。
posted by 塾長 at 19:59| 教育・子育て

2014年08月16日

家族の「お地蔵さんまつり」

 いつもお盆は2度します。旧盆(旧暦7月15日、今年は8月10日)と8月盆(8月15日)です。お月様と連動するのは沖縄の旧盆ですが、本土はやはり終戦記念日とも重なる8月15日。どちらも一理あるので、2度します。

 今年は「家族だけのお地蔵さんまつり」もしました。10日はおふくろをはじめ父親や先祖の供養、15日は飼っていた動物たちや食べている生きものたちの供養をしました。前日までに敷地内とタチガー(湧水地)に建立したお地蔵さんを水洗いし、お花をあげました。
 
 いつもは近くに咲いた花をあげますが、昨日は菊やリンドウなどの花を買ってきてあげました。ただこれだけでは供養が不十分と思い、昔を思い出してみました。そういえば、幼いころ地域では「お地蔵さんまつり」があっていた!。

 そこで年に一回くらいは、お地蔵さんが主役のお祭りをしようということになったのです。家内は朝からまんじゅうづくり。あんこを入れたふかしまんじゅうです。子どもたちとは、前の日からお地蔵さんまわりに供え物置場を木で作りました。そして、夜が更けるとロウソクに火を灯し、線香をあげ、まんじゅうやお酒などもあげました。

 小学1年生のさわみこが、「いつも水だけなので、今日のお地蔵さんはお腹がいっぱいだね。」といいました。準備を終えると買ったばかりのおリンを座布団の上にのせて、黒檀のリン棒で合わせると「リーン」と透き通った音が周りの森まで染み透っていきました。
 線香やロウソクの香りもお地蔵さんの周りに立ち込めて、なんとなく聖地を思わせる雰囲気になりました。

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【水車小屋の横に建立したお地蔵様。後ろにタチガーから流れる水がたまる池があります。多くの動物、生きものの慰霊と鎮魂を願って、「お地蔵さんまつり」をしました。】

 家族みんなでお地蔵さんにすべての生きものの鎮魂を願いました。そしてあげていたまんじゅうを下げて、いただきました。そのあと、子どもたちはお地蔵さんのまわりで手持ちの線香花火で楽しみました。赤ちゃんを二人胸に抱くお地蔵さんのお顔が少しばかり微笑んだ感じがしました。お地蔵様もきっとお喜びではなかったかと思いました。

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【あるものを使って祭壇を作り、手作りのお団子やお酒などを供えました。立ち込める線香やろうそくの香りは、森を浄化し、森に宿る命や魂を安らかにしているように感じました。乳児を抱くお地蔵様もにっこり?】

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【お参りした後、子どもたちは小さな花火を手にしました。大きな花火大会に行くこともないので、ささやかにお地蔵さんお周りで楽しみました。花火のにおいも、魂を癒しているようでした。】

 タチガー池に鎮座されるお地蔵さんは今日、あさからお供えをします。夜は真っ暗で蚊がやたらと多いし、夜行性のハブも出没するからです。
 ここは、未来永劫に水が絶えないよう、また、水争いがないよう願ってきます。

 ただ、先日、すぐ下のさとうきび畑を譲ってもらった人が、急に田んぼを作りました。ついこの間もお地蔵さんの裏にあるメダカや闘魚が棲んでいる池が茶色に染まったのでびっくりして辿って(たどって)行ったら、その田んぼからでした。

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【普段のきれいな池。生きものは生息しています。水は農家(農産物の生産)のためだけではありません。多くの野生動植物や農家以外の人々も使っています。最上流で農薬でもまかれたら、下流は大きな被害を受けます。】

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【突然、茶色に変わった地蔵様裏の池。メダカや闘魚が棲んでいます。下流への影響は、公人たる者、当然配慮すべきと思います。】

 近くの家族を呼んで、田んぼのなかで泥んこ遊びをしたようです。「少し下流のことも考えてくれないか」と意見したところ、「子どもたちが喜んでいるんだ、どこが悪い、バカタレ!」と、どなられました。

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【イベントのため、道路を通行止め?】

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【県道に設置していた公的看板を移動してイベントを開催?】

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【畔からあふれた泥水がオーバーフローして側溝に落ちます。下流は茶色の泥水に変化。「田んぼ作りは畔づくり」。熊本で培った田んぼづくりと比較すると、なんと無計画かと思ってしまう。せめて水文化は守ってほしい。】

 この方はれっきとした村議です。村民からちょっと意見されただけで、しかも年上の人間に向かって放つ言葉ではないのでは?。品格も人格も疑われます。泥水が出ない工夫は多々あります。何の手立てもせず、自分たちが楽しめばいい、という短絡的な考えです。何事も正負両面の影響を考えなければなりません。「一生懸命すれば善」、ではないのです。季節外れのヒマワリを咲かせて人間だけが喜ぶイベントも、この方が主役です。2度の泥水事件で共通点が見えてきました。
 林間学校では同じタチガーの水を洗たくに使いますが、下流のことを考え、水をなるだけ汚さないようにする日本人の持つ水文化を教えています。また、自然に逆らわない暮らしを目指していますが、どれもこれも真逆のことばかり・・・。利己主義の典型、困ったものです。

 さて、今月は家族の誕生日が3回あります。2月も3回です。ささやかな楽しみは寸劇(出し物)です。プログラム張りやチケットづくり、チケットのもぎり、観客席のセット、お互い感謝の言葉のやりとりや手作りプレゼントなど、質素ですが面白くて笑ってしまいます。 

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【チケットやプログラムまである誕生日の学芸会。どの子の時も同じです。12日は12歳になったあやの誕生日。】

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【毎回、テーマや内容は自分たちで考えます。今回は、人間と動物たちが仲良く暮らすことでした。】

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【全員参加です。舞台は和室棟のベランダ。洗濯物も並びますが、折鶴のカーテンもあります。】

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【寸劇終了。あやにほかの兄弟姉妹から、「賞」と「手紙」と「プレゼント」を渡しました。】

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【それを受けて、みんなにお礼の言葉を返す、あや。これからも健全に育ってほしいと願っています。】

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【みんなで作った誕生ケーキに入刀する長女・依奈(えな)。】
 
 まぁ、いろいろありますが、主義・思想はそう簡単には変わりません。龍神様や水神様、お地蔵様にご判断願うことにします。

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【こちらは先祖を祀ってある仏壇。餅や団子を供えました。家族10人を見守っていてほしいと思います。】

posted by 塾長 at 07:59| 教育・子育て

2014年07月24日

Tokyo 子どもたちだけの「自立の旅」へ出発!

 7月22日、那覇空港発午前10:30の飛行機で子ども4人だけの「自立の旅」が始まりました。昨年の夏は、九州(鹿児島・宮崎・熊本)でした。今回はあえて都市文明の最先端・東京を選択したようです。

 昨年はリーダーの長女は中1、一番下が小3。今年は1年を重ねています。・・・とはいえ、つい先ごろ、小5の女の子が監禁された事件があったばかり・・・。地下鉄に自分で乗ったことのない子どもたちばかりで、どうなることかと心配はつきませんが、「可愛い子には旅させろ」。私たちだって、来月1日〜3日まで林間学校で他人のお子さんを預かる身。思い切って出すことにしました。

 22日から26日まで、4泊5日の旅。江戸文化と大都会・東京の融合をどうとらえるか?自分たちで計画していました。残していった計画書をみると、綿密に計画を練った跡が見受けられます。
 中3日はの午前中は、「東京シティガイドクラブ」の案内人にお世話になるようです。初日は浅草、次の日は皇居、最終日は明治神宮のそれぞれ周辺を回ります。
 午後は自分で歩くようですが、見てみると東京大学、都庁、警視庁、国会議事堂、東京タワー、靖国神社、東京駅近くの丸善(本屋)などが入っています。

 圧巻なのは、使う地下鉄の駅でのルート、改札口、出口、時刻、乗車時間、徒歩時間、料金、一日の出費予定などをノートいっぱいに書いていることです。「自立の旅」なので、自分たちで計画し、実行することに意義があります。
 林間学校のようなところを毎年探しますが、どれも「自立」には程遠く、人格形成や危機管理には至らないところばかりなので、結局、「社会」を相手に学校では学べないことを経験させることにしています。

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【那覇空港。居残り組のひとり、第六子の「こはづき」が点呼しているところ。重い荷物を持って、チャンと旅ができるか。地下鉄の切符売り場は見つけられるか?切符は買えるか?乗り換えのホームやたくさんある出口は見つかるか?など心配は尽きないが、見守る勇気も親には必要。がんばってね!】

 出発前に次女は37度6分の熱がありました。初日の夜電話したら、38度6分まで上がっていました。40度になったら近くの病院を探して診てもらうように告げましたが、昨日には平温に下がっていたようで安心しました。それでも慣れない大都会。東も西もわからないところで、多くのことを学んでくると期待しています。

 朝はいつもどおりラジオ体操をしているようだし、夜は反省会、ミーティングを行っているようです。沖縄にない、東京にしかないものを探して、自分なりの考えを見つけてくれれば幸いです。

 さて、東京組以外の子どもたち4人も負けず嫌いで、動物園に行きたいと意思表示したので、見送ったあとその足でこどもの国へ行きました。日頃から動物たちとは接触していますが、さすがに我が家にはキリンや象はいません。5ヶ月の第八子「こだまこ」も一緒にいきました。

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【「私たちも乗りたい」といって動物園内の電車の乗る下の子どもたち】

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【人気のゾウさん。パートナーは現在妊娠中とか?】

 平日だったので動物園はすいていました。乳母車に乗せた障害をもつ万然が、手を離したすきに、強風に煽られて乳母車ごと転倒するアクシデントもありましたが、無事でした。高低差の大きい動物園なので乳母車を押すのは大変。汗びっしょりになりながらも、おおよその動物を見ることができました。
 (いい運動になりました。体重が3キロダウン。)

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【僕の大好きなカバ。気持ちよさそうに水に浮かんでいました。】

 与那国馬の柵のなかをみて「ゲンがいる!」言ったのにはこちらもびっくりしました。だけどよく似た顔をしていました。ほかにも琉球メダカや闘魚もいて、結構身近に感じてくれたようです。

 「きたなか林間学校 記録誌 第23集、第24集」の発刊も終え、国会図書館や県立図書館等への寄贈も済みました。いよいよ、8月には「子育て教育読本 龍の道ものがたり 〜龍といずみ子のふしぎな世界〜」を出版予定です。

 また本日は、九州から牧場の柵に使うヒノキの丸太が着きます。子どもたちと一緒に、与那国馬のゲンの遊び場を作りたいと思っています。
 
posted by 塾長 at 09:55| 教育・子育て

2014年06月03日

伝統構法と日本人の心!

 久しぶりの更新です。

 同じ北中城村の仲順(ちゅんじゅん)に建築中だった「龍が昇る家」が完成、検査、引渡し。一方で、六角形のロフトをもつ「自然と一緒の家」の着工準備(那覇)、そして市街化調整区域内に建つ「足固めの家」(糸満)の設計開始と、いずれも伝統構法の住宅の設計・監理、施工管理に追われる毎日でしたが、少し落ち着きましたので、書き込みします。

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【完成した「龍が昇る家」。これから始まる人と自然の共生。楽しみです。】

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【「龍が昇る家」を象徴するロフトの登り棟。竜神さんに、この地域一体に幸せを連れてきて欲しいと願っています。】

  先週は、「タイムス住宅新聞」で3年ぶりの連載「木霊(こだま)のひびく家々」がスタート。「木暮らし」、「新・木造考」(いずれも15回連載)に続き、伝統木造構法のもつ日本の魅力に迫ろうかと思っています。
 今回のシリーズでは、木造建築の向こう側、つまり、山や森林に重きを置き、日本人しか持たない自然への畏れや畏れから生まれる感謝、それから派生する慎ましい暮らしなどを述べたいと考えています。

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【「タイムス住宅新聞」に掲載された「木霊(こだま)のひびく家々」の第1回連載分。】

 今の世の中は、西洋化の波に呑み込まれています。終戦後、日本人的自然観や道徳はことごとく見捨てられました。変わって登場したのは、対立軸をもった考え。基本的人権の尊重が台頭し、個人主義が競争社会を生み出しました。
 拝金主義が蔓延し、日本人にあった無我の精神は消え失せつつあります。 子どもや女の人が拉致・虐待・殺人などの犠牲になる事件が後を絶ちません。親子が殺し合ったり、尊敬すべき教師や裁判官、警察官らが破廉恥な事件を毎日のように起こす殺伐たる社会です。

 子育て策の保育所・学童保育所の待機児童ゼロ作戦は、健全な子どもを育てる意味では全く逆の方向を向いています。子どもは家庭で育てるべきです。危険で遊べないという地域に車を一定の場所や時間に限って侵入させず、安心して遊べる工夫をするのが大人の責任だと思います。
 また、少子化を止めるために単に人口を増やすのも、滑稽な政策です。どんな子ども(大人)になるべきか、中身の問題です。

 日本の総人口は環境キャパからいえば、7,000万人ぐらいが適当かと思います。女性の活用、社会進出で労働力確保をしようと国は考えているようですが、子育て期間(特に小学校に入るまで)は、母親は家庭で子育てに専念するのが望ましいと思います。
 どちらかといえば、その間の子育て費用の手当を充実したり、復職時に以前の身分、賃金を確保する方が大切だと思います。(保育への補助金の数分の一を子育て者に渡した方が、国は負担が少なくて済むし、子育て者もありがたい。何よりも、親と一緒にいれる子どもが一番嬉しいはず)

 また、「お・も・て・な・し」より、「ど・う・と・く」を日本から世界に広めたいものです。争いごとをなくし、平和で安定的に暮らすには、お互い譲り合う、私利私欲に走らない、義理や人情を大切にするという、日本的な心を取り戻すことが、世界平和につながると考えます。

 そのためには、もちろん憲法改正なども考えられますが、それは政治の世界でやることです。ただ今、日本食が見直されているように、住まいでもそれはできます。
 紙一重で外と内を分ける繊細な気持ち、自然の脅威に対峙せず、吸収分散する柔構造など、日本建築には、日本人の心が宿っています。

 自己中心、人間中心の考え方は、征服に征服を重ねてきた西洋の考え方です。征服者の規律の下にあるモラルと、無我・無私の真心が根幹の道徳とは、まったく異なります。
 伝統構法を手段とした人格形成が目的の今の仕事は、すなわち、本来の日本人の心に戻ることを意味します。無我とか自己犠牲などといえば、すぐ戦争に結びつけようとする人がいますが、そうではありません。
 
 対立やケンカがあるところには本当の平和や安定は根付かないからです。自然と対決するのではなく、自然と調和・共生する、自然と持ちつ持たれつの関係を維持していくところに互譲互助の日本的精神が芽生え、それがさまざまな解決策にもつながります。
 
 権利や主張も結構ですが、戦うだけでは何も解決しません。自分を捨てて「和」することを、日本の歴史から学びたいと思います。

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【以前、熊本で一緒に活動をした荒瀬美奈子様からの手紙の一部。現在、京都府福知山市夜久野町で「泰志庵」を主宰されています。木霊(こだま)ならぬ土塊(つちくれ)に日本人の魂を見出されています。】
posted by 塾長 at 19:09| 教育・子育て

2014年01月02日

あけまして、おめでとうございます!

 同じように日が暮れ、そして夜が明けたのですが、一昨日は大晦日、昨日は元旦です。
日本には昔からいい風習があります。日本に生まれてよかったと思います。

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【今年は午年。元旦は、野生の与那国馬らしく、野外に出しました。】

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【馬小屋にもしめ縄を飾りました。】

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【後藤家恒例のモチつき。】

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【合間に分け火でサツマイモを焼いて食べました。】

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【稲ワラでできたしめ縄を子どもたちが飾りました。生命力の強い稲のように元気に生きて欲しいと願っています。完成後、万歳!(「気をつけ」の形からそのまま上に腕を上げるのが正式な万歳の形です)】

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【相撲好きな「さわみこ」は、しめ縄をまわしにしておどけました。「バチが当たるぞ!」というと、すぐに外しました。】


 日本では家族一緒に新しい年を迎え、元旦になると「(年が明けたので)明けまして、おめでとうございます」と声をかけ合うからです。家族全員揃って新年を迎えられたことを、みんなで喜び合います。
 西洋はお腹の中から出てきた日を「誕生日」としますが、日本はお腹に子どもが宿った年から数える、数え年です。元旦にみんな一斉に年をとります。あなた様も、そなた様もおめでとうございます。・・・となります。
 西洋は満で祝います。満は個人主義の象徴です。

 我が家の元旦は、「揃って新年を迎えられておめでとう」の挨拶のあとは、お屠蘇(とそ)から始まります。熊本から送ってもらった赤酒をみんなで飲んでお祝いします。
 そのあとは、お茶に我が家で漬けた梅干をひとつ入れて、「一歳」年を重ねます。

 これを終えると、お雑煮です。我が家の雑煮は、鳥ダシ。いつもは春菊を入れますが、なかったのでミツバになりました。人参、椎茸、大根、カブなども入って、最後にお餅を入れます。名のとおり、雑煮なので季節の野菜を入れていただきます。
 お腹がたまると、外へ出て通常の餌あげをしました。終い際、兄弟全員でサッカーをしました。長男とはキャッチボールもしました。

 少しお腹が減ったころ、家に帰って「おせち料理」をいただきました。毎年、家内が夜なべして作ります。
 中身は、マメ(勤勉)マメ(健康)しく働くように黒豆、子孫繁栄を願った数の子、喜ぶの語呂合わせや学業ができるように巻物を意味した昆布巻き、縁起のいい尾頭付きのカタクチイワシの田作り、豊かになるようにクリきんとん、ヤズ、ハマチ、ブリと成長ごとに名前が変わる出世魚のブリの焼き物、腰の曲がるまで長生きを願うエビの酢物と揚げ物、そのほか紅白のナマス、沖縄のターム田楽、伊達巻などが重箱に並びました。

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【我が家のおせち。熊本名物辛子蓮根も今年は自家製。レンコンは見通しが立つからといいますが、辛子蓮根の穴には、辛子味噌を詰めました。先が見えにくい?巻き寿司も自家製です。】


 子どもたちに謂れを説明しながら、いただきました。


 中庭の白梅も花が咲きました。3mのしめ縄は、入口の水車小屋の「ぬちゆるやー」の看板の上にかけました。

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【白梅に花が咲きました。】

 今年は新年早々に近くの現場で棟上げを予定しています。見事な綾杉の心柱も1月4日に着きます。大工さんも7日に着き、いよいよ家の形が姿を現すことにあります。 
 きっと、日本の伝統技術に現場を見られた方々から感嘆の声が上がるのが楽しみです。



 やっぱ、日本人に生まれてよかった!と実感するお正月になりました。

(年末まで忙しい日が続きました。年賀状も書けませんでした。失礼をお許し下さい)

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【棟上げを待つ現場。地形に合わせて基礎の段差は15に上ります。難しい仕事ですが、果たして、きっちり基礎と切り込み材が合うかどうか?哲学を通すのには技術が不可欠です。】

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【心柱の伐採前、空師は山の神様への儀式を行います。】

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【大型のチェーンソーで伐採します。辛いところがあります。】

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【20数メートルもある木に登る空師。私にとっては、まさに「そらの上」の仕事です。】

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【倒れる巨木。これから大切に、第二の生き方をしてもらいたいと思います。】


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【水圧による皮むき。美しい肌が見えてきました。】

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【切り込み中の熊本県人吉市に着いた綾杉の心柱。大工さんたちも唖然としています。この木がいよいよ沖縄に天高く立ちます。乞う、ご期待!】
posted by 塾長 at 17:02| 教育・子育て

2013年10月13日

「台風用心!」と「どちらが汚染か?」

 夏来なかった台風が、10月になって2度、連続で接近しました。自然の強大な力には、「逃げる、避ける、よける」をモットーとしていますが、一定の耐力は必要です。

 ただ、年に2〜3度しか来ない台風に対応するために、家自体をコンクリートで固めるのは技術者としては短絡的すぎると思っています。たまに襲来する自然の猛威については事前に準備・補強すればいいことです。
 そうすれば、残りの360日くらいを自然とともに、心地よく暮らせます。わずか2〜3日のために、夜、ムッとするような湿気の籠った空間で暮らすのは心身とも不健康で、エネルギーも使います。

 最初の台風23号は、進路に向かって北中城村は右に位置していました。台風は左巻き(反時計方向)に渦巻きます。従って、右側だと風速大きいのですが、中心が南側に逸れたので影響が小さくて済みました。
 次に来た台風24号は進路に向かって左に位置していたので、風は23号より強く吹きました。放たれる風ではなく、吸い込まれる風だからです。いつもの通り、家は多少揺れましたが、昨年のように、ニワトリ小屋が小屋ごと吹き飛ばされて、移動するようなことはありませんでした。
 住人としては、台風に慣れたのでしょう。揺れるたびに、「あぁ、いま、台風の力を吸収しているんだなぁ」と落ち着いて感じ取る余裕もありました。

 しかし、部分的には補強しました。玄関には、雨戸は通常ありません。しかも、木製建具です。昨年の台風のときは、茶の間にある木製の雨戸さえ外からの風圧で内側に曲がり、内のガラス戸に当たるほどでした。玄関の引違い戸は総ヒノキで作ってありますが、それでも強大な台風だと中心は曲ります。

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【失敗作の出窓の開き雨戸で補強した玄関】

 そこで今回は、杉の雨戸を外に打ちつけました。和室の出窓に使おうとした開き戸の雨戸です。我が家の出窓は雨戸を収納する戸袋スペースがなかったので、横3段の枝折(しおり)戸でしたが、庇の出が少ないので、庇から流れる雨で枝折戸の蝶番部分が壊れてしまいました。
 そこで2枚の開き戸にしましたが、扉の中央部分に設けた閂(かんぬき)が板にこすってとうとう差し込めませんでした。失敗です。雨戸に使った杉板が、木表側に張り出したためです。

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【戸袋スペースのない出窓に有効な「透明雨戸」。激しい風雨が部屋の中から見える。新しい沖縄型の木製雨戸になるかも・・・。】

 いろいろ考えた末、写真のよう「透明雨戸」になりました。板の雨戸では閉めた時真っ暗になります。そこで、閉めても半分明かりが見える横無双(猫式)を考えました。しかし、建具屋さんが、無双部分から雨が漏るし、風圧に耐えられないかもしれないという助言をいただき、結果的に格子目を縦横狭くして中にガラスではなくアクリル板の5ミリを入れることになりました。
 おかげで今回の台風の状況を部屋の中からうかがうことができました。ただ、ちょっと高価になってしまいました。これも、勉強のひとつと思うと、決して高い授業料ではないと思っています。

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【台風が連れてくる雲に期待して軒下にはバケツが並ぶ。台風時に限らず、我が家の軒下は清掃やアヒルたちの水用に天水を使う。】

 さて、今日は旧暦の9月9日で沖縄では奇数で一番大きな数字になるのでラッキーだとか?さらに、大安吉日です。村内に建築予定している住宅の地鎮祭でした。
新しい現場がスタートします。竣工まで事故がないことを祈りました。

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【地鎮祭の様子。鍬入れ式では、施主と設計者と施工者が「よいしょ!、よいしょ!、よいしょ!」と掛け声を合わす。本土では「エイ、エイ、ヤー」だった。】

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【神事に使ったお神酒(沖縄では泡盛)は最後に参加者がチョッとだけ口にする。子どもは、額につけるだけ?・・・】

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【住宅の別名は「龍の昇る家」。村荻道にあるタチガー(湧水地)から立ち出でたる龍が、この仲順(ちゅんじゅん)に降りてきて、また天に昇ったという伝説があるらしい。施主が奉納したお神酒の銘柄はなんと「龍」であった。】

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【ニワトリ(うこっけい)とアヒルが同時に同じ場所で卵を産み温めた。孵ったのはニワトリとアヒルの子。初めて会った親がニワトリだったのか?この子たちはニワトリを親と思っている。温めたメンドリもわが子と思っている。】

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【ところがやっぱり、アヒルはアヒル、ヒヨコはヒヨコ。別々に分かれていった。】

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【我が家の傾斜地に作った人工池。アヒルやニワトリの糞が流れ込んで、決してきれいとは言えない。しかし、これは「汚染」とは違う。農薬や化学肥料で「汚染」されてはいない。汚い?色をした池に浮かんで遊ぶ生まれたばかりのアヒルの子。この池には、闘魚(とうぎょ)も10匹以上棲んでいる。「きれい」も同じこと。人間の見た目に「きれい」でも、自然界では「きれい」ではないことがほとんど。「整備」の名に惑わされないようにしましょう!】

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【留守中に、子どもたち6人で馬ふんを片づけた馬小屋内部。】

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【たい肥小屋に積まれた馬ふんの山。「天高く、馬ふん積もる秋」。バケツ300杯分はあったろうに・・・。よくがんばりました!】

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【子どもたちのがんばりに神様がごほうびをくれたのかな?夜、期せずして、北のいただきの先に花火が見えた。(我が家のベランダから・・・)】
posted by 塾長 at 19:03| 教育・子育て

2013年08月06日

子どもたちだけの「自立の旅」!

 去る7月23日早朝、北中城村の自宅を発った上4人の自立の旅。沖縄本島・本部港(もとぶこう)を離岸する客船を見上げ、手放す不安と期待が入り混じっていました。中1になったばかりの長女をリーダーに、小5の二女、小4の三女、そして小2の長男の4人旅。

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                【本部港から出港する大型フェリー。子どもたちは豆粒のよう・・・】

 林間学校では多くの子どもたちを迎えるも、果たしてわが子は大丈夫なのか?あちこちらしきものを探しましたが、意に叶う受け入れ先がなく、結局、4人で私の故郷・熊本を目指す旅と相成りました。
 それぞれ目的を持ちますが、共通の目的は「自立」。自分たちで計画し、自分たちで動き回ることが前提です。
 時刻表を片手に、現地での行動、宿泊、食事、学習内容などを事細かに計画書を作成し、事前に切符の購入なども段取りしました。用意するものを列記し、準備。資金は、竹で作った貯金箱に1年前からお年玉などを入れて貯めました。不足分は、多少、親が出しました。

 7泊8日の長旅。行きは船で1泊、鹿児島新港からJR鹿児島駅へ。その後は、JR日豊線、吉都線、肥薩線を乗り継ぐ鈍行(各駅停車)の旅。乗り換えが7分しかないところもあり、心配は尽きませんが、がんばってもらうしかありません。自分たちの旅ですから・・・。

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        【以下からの写真は子どもたちや近くに人が撮っています。これは「しんぺい号」の中】

 鹿児島〜宮崎〜熊本と県境を越えて高原列車は走ったようです。JR吉松駅から矢岳駅までは「しんぺい号」(吉松発人吉行、逆は「いさぶろう号」)。明治42年11月21日、青森から鹿児島までやっとつながった最後の区間(旧鹿児島本線)で、難所の矢岳越えには、真幸(まさき)駅でスイッチバック、矢岳駅の隣の大畑(おこば)駅でスイッチバック&ループのなどの明治時代の知恵と施工技術が光ります。

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             【矢岳駅構内にあるSL展示場。肥薩線に走っていたD51(デゴイチ)。】
 
 これらの鉄道文化とえびの高原を見降ろす日本三大車窓を満喫しながら着いたところは、宿泊先の旧矢岳駅駅長官舎。以前私たちが棲んでいた家ですが、もう10年ほど空き家の状態。そこで近くに住む旧友の上原さんにお世話になりながら2泊。その後、矢岳駅からJR人吉駅経由、くま川鉄道に乗り換え、またまた鈍行で終点・湯前駅に移動。

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                  【矢岳駅にある時刻表。当時のように漢数字で時刻を表してある】

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【矢岳駅から人吉駅に移動。人吉駅から第三セクターのくま川鉄道に乗り換える時、乗り場移動でお世話になった車掌さん。聞けば、矢岳在住のときの私たちを知っておられて、大変親切にしていただいたようだ。「旅は道連れ、世は情け」。まだまだ世の中には心温かい人がいる。終点の湯前町では、偶然にも下のような名言が立っていたらしい。】

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                              【人生は謙虚に生きなければ・・・】

 湯前町では、竹下建具製作所の社長のご自宅で2泊。建具工場見学や市房山に登山、川泳ぎなどをして、再び、人吉駅へ。ここからSL「ひとよし号」に乗り換え、一路くまもとへ。熊本では旧知の後輩、森下氏宅で2泊。天然プール、サントリー工場見学、熊本城、墓参り、本物のくまモンとタッチするなど、さまざまな経験と学習を経て、30日午後、那覇空港に無事、帰ってきました。

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【湯前では日本三大急流のひとつ球磨川の水源を求めて歩く。残念ながら、大雨で中断。あきらめることも学習。スポンジのようにふわふわした腐葉土を歩くのは、正しい水循環の研究をしようとしている長女にとってはいい経験になったと思う】

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   【水田の水温を調べる二女。沖縄ではバケツで稲を育てているので、それと比較するつもりかな?】

 何を考え、何を思ったことでしょう。家に帰り着くまでも、帰ってからも、いや、1週間たっても、今だ思い出を口にしています。お世話になった方々への礼状を出したので、これから作文や絵、研究テーマに基づいた報告などをまとめると思いますが、楽しみです。
 子どもたちは、いろいろな場所でいろいろな場面に遭遇しました。そして、自分たちなりに判断し、行動しました。人生でも忘れられない「自立の旅」になったと思います。
 旅先でお世話になった皆様に、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。

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【人吉駅を出発する前。後ろに見えるのは「SLひとよし号」。八代経由で熊本まで走る】

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【嘉島町にある全国でも珍しい天然の川を使ったプール。水温が低いと聞いたが、雨の合間を縫って子どもたちは、洋服のまま入ったらしい】

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        【熊本城天守閣。右2番目は熊本の長男、左端はお世話になった森下氏(嘉島町出身)】

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                             【ヤドカリのように・・・】
posted by 塾長 at 09:27| 教育・子育て

2013年04月11日

雑魚寝(ざこね)の勧め!

 我が家は親子9人の家族です。4棟に分かれた木造住宅のひとつであるお母屋で床に就きます。よっぽど大きな家のようですが、4棟はそれぞれ50平方メートル(15坪)以下で、延べ床面積は40坪です。その内のひとつの学習棟で林間学校に参加した子どもたちが寝泊まりします。

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【ここは、4棟のうちのひとつ、「和室棟」の畳縁側。自然の風に当たって心地よさそうに昼寝するわが子たち。林間学校では、「学習棟」で床につきます。】

 家族の寝室はお母屋の4.5畳の間。ここに7人、続きの中2階(ロフト)に2人が寝ます。フトンを敷くと畳いっぱいになります。乳児の万然とお母さん、あとはいわゆる「雑魚寝(ざこね)」です。日本住宅のいいところは、寝室のフトンをあげれば客間や仏間、勉強部屋や遊技場などになることです。これを部屋の融通性といいます。

 フトンを敷く役割は今のところ二女の亜和(あや)のようです。布団の上げ下ろしは結構、いい運動になります。敷いてもらった子どもたちは「ありがとう!」と感謝します。
 西洋はプライベートを重要視します。各人が各部屋を確保するので家族が多いと、全体の坪数が増えますが、日本の住宅は融通性や自在性(フスマや障子を外せばひと部屋になるなど)が高いので、狭くても十分暮らせるようになっています。

 障子紙一枚だけで仕切ると隣の声や音が入り込むのでプライバシーが保てない…などという人がいますが、それは物理的な見方。「聞こえても聞こえない」繊細な感性を日本人は持っています。(持っていました)
 逆に、昔は紙張り障子の外に雨戸を立てる程度の仕切だったので、外(自然)との関係が近く、虫の音や雨だれの音が心地よく入ってきたものです。兄弟喧嘩や夫婦喧嘩もよく聞こえるので、お互い、都合の悪いときは小さな声になるという気の使い方や遠慮も生まれました。
 現在の住宅はあまりにもプライバシーを尊重するあまり、気密化された個室に入った家族の動向がまったく分からず、時として引きこもりになったり、犯罪の温床になることさえあります。怖いのは、津波や台風で危機が迫っても、わからないことです。

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【林間学校の記録誌。毎回、活動記録を編集して参加者はもちろん無償配布し、国立国会図書館や公立の図書館に寄贈しています。これは、3月31日付で発刊予定の記録誌の表紙です。】

 雑魚寝では、隣に眠っている子どもの寝息が聞こえます。昨晩は四女の「さわみこ」が急に「えへへへ」と笑い出しました。何かよほど楽しかったことがあったのでしょうか?
 そのあと、寝言を言っていました。フトンをはずしていたので、近くの子どもたちにも手を伸ばして、布団をお腹にかけました。

 子どもたちは成長とともにその内、親から離れていきます。小学生の間までは、親子で雑魚寝するくらいが、子育てにはふさわしいと思います。面積も少なくて済むし、子どものことがよく分かります。
 
 昨日は新月、明日は三日月、だんだんお月様の姿が大きくなっていきます。テレビもクーラーもない家の木の窓から、自然の明りと香り、虫の音が入ってきます。大海原に棲む魚たちも夜は眠りにつきます。雑魚寝(ざこね)です。

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【これは、前回(22回)の記録誌の表紙。作業中、「ピーッ、ピョロロロロ・・」と鳴くアカショウビンの鳴き声に、作業を止めて聴き入る子どもたちの表情です。自然の営みに気付き、人間もその営みに逆らわないように暮らすことが、自然との共生、自然の保全につながります。】

 「春のきたなか林間学校」(第23回)の公募を始めました。今回も、まだ見ぬドラマが待っています。
posted by 塾長 at 18:38| 教育・子育て

2013年02月27日

引渡し・引き受け

 2月11日に、今帰仁村のN邸を引き渡しました。正式には管理の「引き継ぎ」です。一戸建ての住宅の設計と監理が仕事でしたが、分離発注なので各種の施工業者の方々の調整も行います。「図面通りできているか」は「監理」の仕事ですが、それに加えて見積り金額の査定・交渉をはじめ、仕事の段取り・調整、材料の手配・運搬、工程管理、安全管理、大工さんや建具職人さんたちの空港までの送迎、宿泊や食事の世話など、ややこしいことや責任の重い「管理」もしました。
 だから、タイヘンです。レンタカーも借れない緊縮予算でしたので、我が家の車を職人さんたちに提供しました。高速道路を走るので、心配でした。事前点検に出したら、4本のタイヤ交換などで数万円かかり、工事途中でミッションのワイヤーが切れたので修理。結局、10万円近くかかりました。

 職人さんも予定の倍、宿泊することになって、家じゅうが大変でした。朝夕の食費と光熱費は2倍かかりましたが、それよりも布団干し、シーツ洗い、食器洗いなどの世話をすることに家内は疲れたようです。
 今回は毎日、まだ暗い5時40分頃、朝食を出しました。大工さん方は午前6時15分に自宅を出発。帰りは深夜12時です。しかも、土日の休みもありません。雨の日も寒い日も、お母屋から下方にある学習棟まで食事を運びます。大工さんの仕事もハードスケジュールでした。しかし、家内も障害1級の万然を含めた7人の子どもたちに加え、馬、ニワトリ、アヒル、ウサギなど多くの動物の世話もあるので、並々ならぬ苦労があったと思います。
 滅多に愚痴はこぼしませんが、今回だけは、「朝、ちょっとだけゆっくりする日が欲しい・・・」と漏らしました。途中、風邪をひいたようですが、休む間もなく世話し続けました。

 おかげで工期を10日残して、N邸は完成しました。建て主も満足の様子で感謝の言葉を何度もいただきました。子育てと同じように、住まいづくりには苦労が絶えません。しかし、子育てと同じように、立派に建った住まいは感慨深いものがあり、また、子どものようにかわいいものです。

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                          【引渡しが完了したN邸(北東より)】

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                      【コンパクトな家だが、中身が濃い。自然と共生する心が宿ってほしいと願う。(南東より)】

 コンクリート住宅は、年月とともに劣化の一途をたどりますが、伝統的な木造住宅なので、年を重ねるほど味が出てきます。太陽や風雨で木材の色があせてきますが、それがまた、周辺の自然に馴染んできます。傷んできたら、その一部を取り換えられるのも、伝統建築の良いところです。造りっぱなしでは長生きしないというのは、子育てとよく似ています。
 
 住まいに対する考え方はとても重要です。私の考えは、住まいは目的ではありません。あくまでも、手段です。
 大震災後、国土強靭化政策がとられ、今後、自然の脅威に対応する強い道路や防波堤、ビルや住宅が出没するようですが、所詮、自然の猛威に人工物が勝てる訳がありません。
 住宅も風雨や敵から一定守る器でいいと思っています。雨の降り始めも、風の強さ、方向も分からない密閉された部屋で過ごす方が、よほど危険です。

 国はデフレ脱却のために、新しい成長戦略で乗り切るようですが、戦後の高度経済成長で快適・便利な生活を送るためにさまざまな製品、システムが構築されました。
 過ぎたるは及ばざるが如し、これ以上の利便性は人間の機能・感性をなくしていきます。人口が減少するのは間違いなく、これまでのように新しい製品を作れば売れるという考えの上に立った成長戦略は、古いのではないかと思っています。
 今回のデフレ脱却の解決法は、1930年代の政策を手本にしたといわれています。1930年代といえば私が生まれる前の戦前、物資が不足し、人口が増加していた時代です。

 子どもは一見、成長しているように思いますが、実は、そのあと大人になって老いを迎え、そして亡くなります。成長と言っても、全体から見れば命の循環の一部です。人も動物も住まいも社会も、みんな循環しているのがわかります。
 今の日本は、鎖国中でも安定した生活ができた「江戸」に学ぶべきです。人糞売りがいるほど、あの時代は閉鎖された社会ですべてが循環していました。
 外からの物資に頼ることなく、自立した社会の裏には、あるものを生かして質素に生きる人々の暮らしぶりがあります。

 住まいは人を育てます。どのような住まいでどう暮らすか。私は自然の摂理に則した暮らしのなかで、ほどほど暑さ寒さを感じながら、質素・倹約して生きていくことが、争いごとが少なく安定的で継続可能な社会になると確信して、設計しています。

 住宅の引き渡しの後、近くに住む「山原山羊生産組合」(やんばるヤギせいさんくみあい)の会長さんから、やんばるヤギの原種の血が流れるヤギの親子を譲っていただきました。これは「引き受け」です。引き受けた以上は、しっかり育てなければなりません。引き受け、引き渡し。これの繰り返し。これを総じて「循環」というのかもしれません。

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                       【生育を引き受けた山原山羊(やんばるやぎ)の親子】


 人は、300年も生きられません。地球上の人工物は必ずや酸化して消滅します。自然界の命も同じで、生まれては消え、そしてまた生まれます。はかないと言えば、はかないですが、だからこそ、そこで縁があったそれぞれの相手に感謝します。
お互い短い命。人口減少傾向とともに、日本社会がゆるやかに循環社会に移行していくことを望んでいます。

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【これは数日前家内の友人から預かった番犬。30日間限定でしつけのやり直しを「引き受け」。うまくいったら、我が家で飼うが、できなかったらお返しをする約束になっている。どうかな?】

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【原種のこだわる私。山羊だけではない。数が減った琉球メダカ。】

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【二女のお友だちが来訪の際、池を洗って水を交換して放流した。お互い短い寿命。つないでつないで未来に残す。】

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【おまけ。年度末になると子どもたちの成果を見ることができる。二女(亜和・あや)は版画展で特選。長女(依奈・えな入選。偶然にも作品の中心は、障害をもつ万然。長女は書道は習っていないが、入選した】
posted by 塾長 at 17:12| 教育・子育て

2013年02月01日

子どもたちの「夢」・・「ドリームウォール」

 1月27日、わが子4人が通う小学校の学芸会がありました。二学期の運動会に並ぶ三学期の一大イベントとなっています。忙しくてあまり行く気はありませんでしたが、子どもたちの練習の成果と、最後に「終わりの言葉」を言う長女をみてみようと、出かけました。

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                                 【プログラム】

 子どもたちが家族に来訪の案内を送っているせいか、体育館は満員でした。1年生から順次、高学年にプログラムが移ります。我が家の子どもたちは1年、3年、4年、6年に在籍しています。

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                                    【劇の一部】

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                                    【歌の一部】

 歌に踊り、合奏に劇などがあって、結構、バラエティーに富んでいました。運動会では力を発揮できない子も、文化のイベントでは力量を出せる子もいるようです。
 村の幼稚園に通わなかった1年生の朴然が、チャンと団体活動ができるか心配でしたが、レッツ・ダンスの中で「キッズ・ソーラン」を元気に踊ってくれました。また、最終学年になる長女は「おわりのことば」を大勢の観客の前で、間違えずはっきりとした口調で話せました。児童会長、最後の大きな仕事でした。

 帰り、北中城小学校内にある「ドリームウォール」をみました。毎年、全校児童が自分の「夢」を短冊に書いて壁に掲げます。「有言実行」というわけでしょうか?
 以前の校長先生は、イチローが大好きで、校長講和の中によく「イチロー」が出てきました。私は個人的にはイチローは好きではありません。なぜかというと、自分のことばかりを大事にするからです。スポーツ競技には相手がいます。自分が高い打率を上げられたのは、球を投げるピッチャーがいたからです。相手に感謝し、エールを送ることを忘れてはいけません。
 イチローから相手に敬意を表する言葉を聞いたことがありません。

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                                【ドリームウォール(1)】

 スポーツは所詮、遊びです。最近、体罰で自殺した事件が話題になっていますが、指導者が「勝たねばならない」という思いが強すぎてヒステリックになるからだと思います。日本女子柔道の監督も同じようなことでしょう。どこかで「楽しみ」がないとスポーツではありません。甲子園の高校野球だって、最後に勝つのは1校で、参加した数千校はどこかで負けるのです。負けるためにやっているようなもので、そこに人格形成を行うのが学校のできる教育的意義だと思っています。

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                                 【ドリームウォール(2)】

 さて、先の「ドリームウォール」には、イチローを標榜したと思われる「プロ野球の選手」や「バスケット」「サッカー」「ゴルフ」など、プロの選手になりたいと書いている男の子が大勢います。その背景には「お金」と「有名」が付きまといます。子どもの教育過程で学校は何を教えるべきなのか、少し疑問が湧きます。

 かつて、その校長先生に、「職業ではなく、どのような人間になりたい」という「夢」を書かせた方がいいのではないですか?と進言したことがあります。退職された後お会いしたら、やっと「そうですね」と改心されたようでした。

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                                【ドリームウォール(3)】

 昔の教育は「お金」ではなく「世の中のためになる」ことを教えました。逆に「お金」に走る人間は恥ずかしいとされ、教科書には社会のために生涯をかけた人々の伝記が出てきます。しかし、近年は、お金にまつわる事件が多発しているにもかかわらず、お金持ちになることを善とする考えがまかり通っているように感じます。

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                                 【ドリームウォール(4)】
 
 
 「金は天下の回りもの・・」。だぶつき、よどんだお金は腐ります。「水」と一緒です。持っている人間の心も同時に腐ります。現代社会でお金は大切だし、粗末にしてはなりません。しかし、執着しすぎると、事件を引き起こすことになりかねません。お金は現代社会のひとつの価値に過ぎません。生きていくのに最低のお金があればいいのではないかと思っています。

 「ドリームウォール」には、ケーキ屋さんやパテェシエも多く並んでいました。なぜか、「饅頭屋さん」はいません。学校教育と子どもの夢との乖離を感じました。案外、学校教育と同じ方向を子どもたちは見ているのかもしれません。

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                                  【ドリームウォール(5)】

 中には看護師や保育士もあります。女の子の夢は昔から限られていてつらいところもありますが、よくよくみると、さまざまな職業に分かれているようです。私は「立派な奥さん」などもあっていいと思っていますが・・・。

 職業に限定せず、将来への希望を書くのもいいのかもしれません。「ドリームウォール」。
いろいろと考えさせられる「壁」でした。

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【長女の版画の下絵。ほかの子も第7子・万然が、がんばってリハビリしている姿を版画にしていた。偶然とは言え、子どもたちは一番下の万然のことを思ってくれていたんだな・・と感じた日でもあった】
posted by 塾長 at 10:03| 教育・子育て

2012年10月20日

「台風」と「台風の合間のできごと集」!

台風15号が去ったと思ったら、そのあと16号、17号、21号と続けざまに来ました。その間、夏休みの中部地区児童科学展の発表や、童話・お話大会への参加、災害授業での講演など家族全員が忙しく過ごしました。

 台風は17号が一番強く、我が家はいつもより大きく揺れました。台風の眼の近くだったので、風速50m、最大瞬間風速は80mを超えていたと思います。なぜなら、目の前に広がる底田原(そこたばる)の畑は周辺が山になっているため、太平洋から吹き込む風の通り道になっているからです。
 前日に補強した「ぬちゆるやー」の看板も風で飛ばされたほどです。柔構造とはいえ揺れが大きくなったので、お母屋を脱出。下にある別棟の学習棟に家族全員避難しました。
 結果的に我が家には大きな被害はありませんでしたが、近所ではプレハブ小屋がさかさまにひっくり返ったり、大型のビニールハウスが倒壊しました。

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【台風17号。揺れるおもやから撮影。風の道を風速50m以上の力が通っていく】


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【畑地にあったプレハブ小屋がひっくり返っていた】

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【大型のビニールハウスも倒壊し、道をふさいでいた】

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【家の裏に育ちつつある竹。竹はしなりながらも折れない。柔構造の基本は竹にある。竹は大丈夫だった】

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【台風後の家のお周りの風景。アカギは固いが折れやすい。敷地内の樹木も相当折れた。残った樹木も葉や枝が減って、無残な姿に・・・。しかし、自然はしたたか。もう2か月もするとまたうっそうとした森にかえることだろう】

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【台風前、頑丈に補強した「ぬちゆるやー」の看板が風で壊れた。看板のあった風の道に子どもたちはその再建に向かう。雨にも負けず、風にも負けず・・・】


 そんな中、子どもたちが夏休みがんばった自由研究の結果が出ました。小学校に通う上4人は、学校推薦で中部地区の審査までいきましたが、今年は残念ながら上位3賞には届きませんでした。しかし、小学1年の朴然も含めて全員が入選を果たし、表彰されました。

 長女の依奈(えな)は、沖縄タイムス主催の沖縄こども環境調査隊の発表を県立美術館・博物館で行いました。選考で選ばれたほかの11名の子どもたちと一緒に、西表島や石垣島に行って調査した内容を報告しました。

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【シンポジウムで発表中の依奈】

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【沖縄タイムスの特集記事の一部】

 圧巻だったのは、童話・お話大会です。これも小学部隊4人全員が挑戦。1年生と3年生は学級代表の選考で落ちましたが、次女の亜和(あや)と長女は学級代表を経て、学年代表になりました。学校代表を決める発表会では高学年女子の部で5年生の女の子もいましたが、姉妹対決となりました。4年の亜和と6年の依奈。どちらもよく頑張りました。結果的に、次女の亜和が北中城小学校・高学年女子の部で代表になりました。その後、島袋(しまぶく)小学校で村代表を決める発表会で選からはずれましたが、兄弟で切磋琢磨できる環境にあることに感謝しました。

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【童話・お話大会で発表する依奈。「後藤」の名が垂れ幕に並ぶ】

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【発表する亜和(あや)。姉妹対決は結果的に僅差(?)で亜和が高学年女子の学校代表に・・・。】

 さて、私の方はというと、仕事の合間に「災害授業」を学校の体育館で行いました。全校児童ということなので、内容が低学年・高学年でも分かり、かつ、一定のレベルを確保したいとの考えで、パワーポイントづくりに腐心しました。

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【講演前に新垣邦男 北中城村長のあいさつ。村の環境アドバイザーであることも紹介していただきました。村長は多忙な中、講演を全部最後まで熱心に聞いてくれました。竹林づくりや里道整備など、行政へのお願いも講演で入れています】

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【「災害授業」での講演1】


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【講演風景2。プロジェクター操作はいつもの典子さま(家内)】

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【しっかり聞いてくれた児童たち。一方的な語り掛けではあきるので、みんなで一緒にテロップを読んだり、会場に質問して回答を得たりしながら進めました】

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【児童を代表して平良 丞君から、お礼の言葉をいただく】

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【777名の児童が全員参加が目標。事前に学校ホールに用意した校区地図に自宅をマークしてもらった】

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【地図上には東日本大津波級の津波の到達ラインや急傾斜地、地すべり危険地区などを載せていた。「災害授業」を受けるだけでは効果が薄いと思ったからです。事前に能動的に主体的に取り組む姿勢があったから、話の理解が早かったと思われます】


 おかげで、大変な反響をいただき、会う先生方や子どもたちからたくさん「ありがとう」の声をいただきました。この場をお借りして御礼申し上げます。また、児童会で今後、災害授業で強調した「身近な自然の変化」を見るためという目的を付加して、「歩いて登校」の活動をもっと拡大していきたいと、児童会長の長女が言っていました。具体的には、「歩いて登校」の活動に「被災抑制」をリンクさせた標語づくりを児童会に提案するようです。

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【提案した内容を示す鳥瞰イラスト。この日は特許申請をしたばかりの「木の浮き輪」(命だけ輪)も持参。地球の異変の前ぶれである雲の動きや鳥やヘビ、モグラなどの生きものの変化、逃げ道になる得る獣道や使用されていない無数の里道、そしてそこを逃げる人々。逃げる先は、自然の湧水地や薪や食料がある標高の高い森、避難時に浮いて船になる木造の屋根、防潮林に効果的な竹林などを書き込んで説明した。自然災の猛威は、また、自然で修復。新たに人工物で自然と闘う必要はない、というのが私の考えです】

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【最後はやっぱり自分で身を守ること。「歩いて登校」の活動にリンクして、自然の変化に気づく野生力を培うのが、最大の備えと確信している。登校時に地下水の流れを観察する我が家の小学校4人組】

自然の持つ正負両面の影響をよく理解したうえで、自然に逆らわず、自らのもつ野性的な力を育て、文明の利器に頼らない災害対策が出来ていけばいいな、と考えています。
 一番大切なことは、自然観の見直しと思っています。

【以下に「災害授業」後の無記名・記述式のアンケートのごく一部を掲載します。伊敷ひろみ校長先生をはじめ、学校職員の皆様、聴講された保護者の皆様、そして777名の子どもたち、ありがとうございました。自然を理解して、うまく付き合ってくださーい。】

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posted by 塾長 at 13:11| 教育・子育て

2012年07月12日

他人・機械任せの成長から、手づくり、自立の循環社会へ・・

 消費増税の論議が良識の府である参議院に移りました。新しい党もできて、今後どのように動いていくのか、気になるところです。
 社会保障と税の一体改革の論戦を聞いていると、国民に負担をかける消費税を実行に移すには、デフレ克服が課題となっているようです。これを解決するために民需主導か公共投資かで手段は政党によって変わるところですが、経済の活性化を促す必要性は共通のようです。

 しかし、そのような考え方自体がもう古いような気がします。沖縄は別ですが、日本は少子化が進んでいます。現在1億2千数百万人の人口は、2,050年では約9,500万人、2,100年には4,770万人(中位予測)に減少する推測がなされています。これは、一般的な予想ではなく、近年の出生率から計算できることなので、ほぼ間違いがありません。

 一律に税収を上げて、社会保障を充実すると言う考えは、人口減の社会では期待できません。もっと、「小さな公共」を目指すべきでしょう。
 税金は昔の物品税のようにぜいたく品には多く、生活必需品にはなるべく掛けないようにして、メリハリをつけるべきです。また、税金だけでは到底まかなえないので保険も併用した方がいいように思います。自分で掛ける保険なので、投資と享受は自由です。

 また、家族の在り方と公助の在り方を見直すことも重要です。核家族になって親を施設に預けるようになりました。子育ても同様に、保育園や学童に預けるのが常識化しています。それぞれ税金を使っています。これらは家族や家庭の在り方が他人に預けることを前提にしていることに気付かされます。

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【7月12日。「よいしょ!よいしょ!」と外から大きな声がします。三女の麻衣と長男・朴然の掛け声です。学校の帰り道、お風呂で使うタワシに使うヘチマを近所の農家から頂いて帰って来ました。我が家は12mの高低差があるので大変ですが、暑さにも負けず、元気です。虫取りが授業であったらしいのですが、採ったセミはみんなすぐ自然にまた戻したそうです。この他にも食用のヘチマをたくさん他の農家の方からいただきました。これもこの二人が運びました。ごくろう!!】

 子どもは親が育て、育った親は子どもが面倒をみると言う、日本の伝統的な家族・家庭の在り方が親子や社会の秩序を保ち、税金もそれほど使わなくても済むと考えます。
 老人ホームや保育所には多大な公的補助がなされています。その点、子育てをしている親に直接税金を払い、家庭と国や市町村の負担を軽減する児童手当(子ども手当)は正しい税金の使い方だと思います。老人介護も同じように、世話をしている家族に直接払うべきです。公費の軽減は相当なものです。
 
 無抵抗の子どもや老人たちが、虐待や育児放棄、世話の放棄などで、死に至る事件を見るにつけ忍び難い毎日が続いています。家族が家族の面倒をみることができるような経済補助があれば助かります。また、家族間の人間関係も良くなり、悲惨な事件も減るかと思います。

 もうひとつは、機械化、化学化の文明社会の負の面が影を落としているようです。仕事で建築や土木、環境の計画・設計をしていますが、機械化が進みました。機械化が進んで労働環境や雇用が良くなったかというと、全く逆です。機械に追われて、これまでより夜遅くまで仕事をしたり、機械導入で首を切られる人が増えたようです。
 住宅建築も建設機械とコンピュータが幅を利かせ、現場から職人が消えました。私は図面も手書きですが、現場も手作りなので、職人さんがいっぱいです。

 規格化・標準化された材料を組み合わせたプラモデルのような住宅が主流になりました。本物を知らない建築士がカタログから出てきたような家を計画したり、規格化されたモデルハウスを商品として売る住宅メーカーが当たり前になりました。これでは、世界に誇れる日本の木の文化や自然と共生する日本文化もすたれるはずです。

 国会での議論のなかにいまだに「成長」路線があります。戦後の高度経済成長を支えた規格化・標準化の大量生産、大量消費で地域文化や日本文化が消失し、大量の廃棄物処理で環境汚染が広がりました。さらに物余りでデフレ、機械依存でエネルギー消費が増え、人間に潜在する機能や感性も劣化しました。

 何が幸せか、何ももって心地よいのか?簡単で快適・便利な生活を追い求めた裏には、大きな忘れ物があります。いじめや自殺が減らないのも、身勝手な日本人、とりわけ、機械依存、規格型の人間が増えるのも大きな要因ではないか、と考えています。

 昔と違って最近はおおきなまちづくりや地域づくりには興味が無くなりつつあります。余りにも違う価値観の人たちや高度経済成長で、人間中心・自己中心になった人たちを説得するのは無理だと思うからです。これからは、家庭や仕事を中心に自分の哲学に沿ってやれることをしっかりやることにします。

 機械から手づくりへ、文明から文化へ、「成長」から「循環」へ。物事を他人や機械任せにせず自分で取り組み、自然の摂理になるべく忠実に、かつ、慎ましく暮らすことが、自然との調和・共生と循環する自立社会にもつながると考えています。
posted by 塾長 at 16:36| 教育・子育て

2012年07月02日

夏のはじまり・・・

 福井県の大飯(おおい)原発の再稼働のニュースが流れています。電気料金値上げや計画停電など暑い夏を前に、独占企業である電力会社の脅しで、日本人の原発依存病は治りそうにありません。
原発に取って替わるクリーンエネルギーになっても、今と同じ生活スタイルを続けていたらまた同じように地球に負担をかけるだけでしょう。問題はなるべく自然に則した暮らしをすることだと信じています。

 我が家では、昨晩から蚊帳が出ました。沖縄は梅雨が上がり、晴天の日が続いているせいか、夜、窓を開けていると、涼しい風が蚊帳の中まで通って来ます。近年は国が進める高断熱、高気密性の住宅ばかり・・・。窓の開け閉めをしない家庭も増えたのではなかろうかと、案じています。

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【本麻の蚊帳(かや)。電磁波の遮断や虫が寄り付かないという長所もあるが、なによりも自然のなかで暮らしているという実感がある】

 都会では排気ガスの影響で窓も開けられないのかもしれませんが、朝のいっときだけでも空気を入れ替えたいものです。
昨日は家族がそろった休日でしたので車洗いをしました。全員がお手伝いです。炎天下に裏山から出ずる湧水をバケツで採って洗います。途中、暑さにたまらず、冷たい水を頭から掛かる子どもも出てきますが、これもまたよし!

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【側溝を流れる自然水をいただいて手洗いする。車も綺麗になるが心も綺麗になる】

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【捨てられるわき水を側溝から頂いて頭からかぶる長男・朴然。髪もサッパリ、表情もGOOD!】

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【三女の麻衣も・・・。心地よさとは何か!】

 家内は家で網戸の網を張り替えました。風通しがさらに良くなりました。私は学業よりも手伝いのできる子を大切にしています。みんなで手伝うと家族の心も風通しがよくなります。駐車場の整備もみんなでしました。この間までは私が頑張って大きな石を動かしたりしたものですが、今回は子どもや家内が主でした。こちらは61歳になりましたが、子どもたちは年々力をつけてきているのが分かります。小学校4人組の力に負けるわけにはいきませんが・・・。しかし、これもまたよし!

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【家の作り方で覚える技術。木製建具なので、網戸張り替えや障子張り替えもお手の物となった家内。木造住宅の新たな一面でもある】

 定番の家族でのエサあげではいろんことに遭遇します。昨日は活力が目立つオオジョロウグモの巣に蝉が掛かっているのを発見。セミがかわいそうでしたが、これも自然。クモの巣には蚊もかかるので、我が家ではむやみにクモの巣はとりません。ナナフシやキリギリスもたくさんいます。

 
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【黄色と黒のグロテスクなオオジョロウグモ。セミをゲット。たまにはイソヒヨドリも捕まえることもある】

 飼育していたリュウキュウメダカを水車小屋の前の池に放流していましたが、昨日、孵化した子どもメダカを見つけました。決して綺麗な水ではありませんし、先日の大雨でオーバーフローしても生き残ったようです。野生化するメダカ。是非、生き延びて欲しいものです。

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【藻(も)に付着していた卵が孵化しのかも・・。生き延びる命に野生のしたたかさを感じる。見えるかな?】


 もうひとつのニュースに小沢さんたちの離党があります。政権交代時のマニフェストにない消費増税を行い、約束した社会保障制度改革を棚あげにすることに命がけになる野田民主党にはあきれます。小学校低学年でもわかる理屈なのに、今の日本人はどうなっているのでしょうか? 単に消費増税で社会保障を賄うなどという短絡的な考えではなく、質素でも永続的で安定的な暮らしや経済があるはずです。私は庶民性が高く、先を見越した骨のある政治家を応援します。

 また、震災の復興にも教訓は生かされていないように思います。自然と対決するのではなく、自然と共存・共生していく考え方を具体化した復興方針案がいまだに出て来ません。みんな自治体任せの一括交付金。使いこなせないお金が何兆円とやら・・・。沖縄でも一括交付金は予定外の500億円が積み増しされ、有難迷惑の感がないわけでもありません。こんなことをやめれば消費増税をしなくてもいいのでは?

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【今日も新しい朝を迎えることができた。朝食時、居間から見える風景。一番先に東シナ海。その手前に高速道路、そのまた手前に森や畑、そして我が家の馬小屋と自宅の森。自然の営みに沿った生活を自然素材でできた住まいで行う】
 
 原発再稼働をはじめ、さまざまな問題が山積する日本。ただ、日本人が日本人の原点に還ると、必ずこれらは解決できると考えています。これは、成長を基本にして行き詰まった世界の国々の手本にもなると確信しています。

 61年目の夏・・・。考えは尽きませんが、ひとつずつ取り組んでいきたいと存じます。
posted by 塾長 at 15:19| 教育・子育て

2012年06月23日

もっと人生楽しもう!

 台風4号、5号が去って少し落ち着いたかな、と思っていたら今日は「慰霊の日」。太平洋戦争の沖縄戦で指揮を執っていた熊本の第6師団所属の牛島満中尉らが自決し、沖縄戦が組織的に終わった日とされます。琉球政府時代に制定された記念日で、本土復帰後も県条例で学校等は休日になりました。今年は土曜日と重なりましたが、国民の祝日ではないので振り替え休日はありません。
 
 今日は糸満市の摩文仁(まぶに)の平和記念公園で野田総理大臣も出席して、沖縄全戦没者追悼式が開催されました。私たちが多くの犠牲者の上に今、生かされていることを思うと、先人の御霊に感謝するとともに、この日本から世界の平和の在り方を発信していかなければならないと考えています。

 さてその野田総理。社会保障と税の一体化改革のなかで、「消費税増税」に政治生命をかけるとのこと。3年前の衆院選挙で民主党の選挙公約にない消費税増税に命がけになるというのは、理解できません。本来は国民と約束したマニフェスト実現のためや、その後発生した未曾有の自然災害、東日本大震災・津波の復興・対応と放射能汚染処理・脱原発社会に命をかけるというのなら理解もしますが・・・。

 マニフェストにない消費税増税は国民に負担がかかるので、国民の承諾なしには実行できないはず。マニフェストのなかで社会保障部分の多くを棚上げにし、一部は自民党案を丸のみ。また、大増税を強いるのに、国民ではなく自民党や公明党幹部との談合で来る6月26日に衆院で採決に持ち込もうとしています。

 当然この動きに新しい民主党で政権を執った元代表の小沢さんは怒り心頭。本来は、マニフェスト違反の菅氏や野田氏が党を出るべきでしょうが、初心を忘れた議員は国民を裏切ったにもかかわらず、「寄らば大樹の陰」で保身一筋。
 もうさっさと党を出て、実力を発揮して欲しいものです。

 新聞社がテレビ社の株を持つことを禁じる法律を作ろうとする小沢さんはマスコミの敵。従って、表に裏に小沢攻撃を行います。先の献金問題や裁判を見ても分かる通り偏った報道ですが、世間はまともに受け取るので、小沢さんもたまったものではありませんが、それにも負けずによく頑張っています。

 さて、台風一過、またシロアリがたくさん寄ってくることでしょう。先日も無数のシロアリが渡り廊下や浴室に飛んできました。すべての照明を消すと、しばらくしていなくなります。倒れたシロアリをクロアリが始末します。このクロアリも木製建具のすき間から部屋に入ってきます。たまに体に入り込んでかんだりするので厄介ですが、これも畳などを掃除するといなくなります。

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【夏至も過ぎると、生きものが活発になる。家の周りにはオオジョロウグモの巣がかかる。油断すると「人間」もかかる。通り道で顔や頭で巣を壊すことがあるが、その数時間後はまた巣をかけている。生きるしたたかさを学ぶ】

 台風時は大雨が降ると裏山から大量の水が来ます。我が家の建築はまず水みちづくりからしました。屋根の水や山の水は、周囲に設けた水みちに沿ってはけていきます。面白いくらいはけます。しかし、しっかり雨の前の点検が必要です。
 風当たり次第では、部分的に雨漏りすることもあります。沖縄の屋根・板金工事業のレベルもあり、完璧に止めるのは難しそうです。しかしこれも捉え方次第では、結構楽しいものです。だって、新建材を使わず、木や土でできた伝統木造の家です。隙間だらけで、「夏をもって旨」(夏を涼しく暮らす)としている造りですから、冬は寒く、台風時の大雨で一滴も漏らない方が不思議なくらいです。その分、環境負荷が極端に少なく、社会に貢献しています。

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【先日孵化したアヒルもこんなに大きくなりました。これまで親に踏まれたり、カラスやマングースにとられたりしてここまで生き延びるのは自然界ではまれな方。周りのバケツは雨だれを溜めた非常水。雨の日が楽しくなる】
 
 ヒステリックにならず、もっと自然と接触する暮らしを楽しみましょう!自然を身近に感じる暮らしは刺激的で、感性が高まります。自然の怖さも実感します。自然を怖がらない暮らしや教育が、多くの自然災害の犠牲者になりました。気配を感じることは、事件・事故から身を守ることにも通じます。
 また、自然を拒否したり、敵視する暮らしはわがままな性格になりそうです。思った通りにならないことを住まいから学ぶということは素晴らしいことです。きっと、おおらかで優しい大人になると信じてやみません。

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【これはウサギの子。これまで数十匹産んでもそのほとんどが死んでいく。理由は親兎の育児放棄。今回は5羽産んだ内の最後の1羽を見兼ねて、家で育てている。今のところ元気!】

 近年、住宅設計者に哲学を持たない輩が増えました。もっと、自分の価値観を大切にしたいものです。技術者以前に自然観や人生観、世界・宇宙観などを持ち合わせていない人が多すぎるようにも思います。
 何が幸せな家庭なのか?どのような社会を目指すのか?毎日毎時間考えています。
posted by 塾長 at 20:19| 教育・子育て