2016年08月12日

日本建築士会連合会賞 奨励賞の入賞と「さなぶり」

 今月1日、日本建築士会連合会より、第44回会員作品展「平成28年 日本建築士会連合会賞 奨励賞」への入賞を知らせる通知が届きました。作品名は「龍が昇る家」。私たちが住む北中城村内の平屋建て住宅です。
 施主を初め、分離発注で業務を遂行された施工者の皆様に、厚く御礼申し上げます。

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【日本建築士会連合会賞 奨励賞を受賞した「龍が昇る家」の外観】

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【内観。日本の文化の継承を建築に打ち込んだ例。これまで暮らしておられた住宅の建具や欄間、碍子(がいし)、天井板、仏壇なども再利用。施主のメンテナンスの力がモノをいいました。】

 私が優秀賞に続く奨励賞でもことのほか嬉しいのは、平成11年に今はない業績部門でも奨励賞をいただいているからです。いわゆる作品部門と業績部門の両部門で全国規模の表彰をいただくのは、自分の生き方を象徴しているように思います。

 今は建築物の設計・工事監理を専門とする業務に就いていますが、それまでは設計・施工の分野でした。平成11年の入賞は、実践活動及び技術の開発:「環境保全に資する一連の建築技術的社会実践活動及びそれに伴う研究開発」というタイトルです。
 中身は「国産材杉合板の研究開発と実用化」・「無数のミニ地下ダム構想の実践」・「木炭混入コンクリートの実践と研究」などを数年かけて取り組んだことへの評価でした。

 今回は大型の建築物や公共建物が優秀賞だったようです。住宅は個人の価値観や予算などに影響されるので、第三者によって評価は分かれます。現地での最終審査にも立ち会いましたが、設計コンペでは、どうしてもデザインや精度が優先されます。

 「龍の昇る家」は、木の文化、地域文化の継承を重点に設計しました。しかも、コンクリート造が主流の沖縄での伝統建築。台風やシロアリとの共存、構造上の課題克服、住まいを通したまちづくりに加え、日本的な生き方・住まい方を提案できました。

 これからもこれを励みに、精進したいと存じます。

 また、建築中だった那覇市の住宅も完了検査を無事終えました。これからも、日本人らしい発想と新たな技術的挑戦を行いながら、社会に貢献したいと考えています。


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【完成した「方形(ほうぎょう)の家」。】

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【ここにも多くの日本の文化、日本人の心が擦り込まれています。関係者の皆さま、大変お世話になりました。】

 私的には主催した林間学校の後、完全無農薬の稲作栽培を進めています。去る11日は第2段の田植えが終了。いわゆる「さなぶり」を終え、今日から水の管理を楽しんでいます。以下はその様子です。

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【猫の額ほどの田んぼですが、すべて敷地内なので管理はし易くなっています。傾斜地なので棚田となった「3段棚田」を代掻きしています。】



【代掻きの合間にどろんこになって遊びます。第八子のこだまこ(2歳)も家族の一員としてたわむれております。】

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【一人一枚、田植えをします。完全無農薬の種もみを苗から育てたので、田植えにも気持ちが入ります。】

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【側溝を流れるのは、平成の名水百選から流れ出た地下水。「こだまこ」にとっては、単なる楽しい通路でしょうか?】

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【道路添いの田んぼも5段に分かれます。地下水を少しだけいただいて、また元に戻します。左側は竹の水みち。】

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【道路添いなので、説明看板を立てました。無農薬の種もみを無農薬で育てます。加えて、日本の水文化についても説明しました。】

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【「さなぶり」祝い。狭いといっても傾斜地で道具の出し入れも3倍エネルギーを消費します。炎天下でみんなよく頑張りました。「道路添い田んぼの田植え完了、ばんざーい!」】

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【子は親を見て育つ。大ハンマーを肩に担げて帰ろうとしていたら、「こだまこ」は玄翁(げんのう・金づち)を肩にして付いてきました。】

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【さっそく、苗の先に糸トンボ。カエルやアメンボ、トンボたちが寄ってくることでしょう。「命がたくさん寄ってくる家・・・ぬちゆるやー」です。】

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【長い田んぼも田植え完了。】

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【最後に、浴室裏の変形田んぼも完了。「早乙女(さおとめ)」たちが田植えをしています。余談ですが、第5子の「さわみこ」という命名の由来は、5月(さつき・5月1日生まれ)、さなぶり、早乙女に共通する「さ」を取入れています。】

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【稲も含めて命がいっぱいだと、気になることが増えます。多くの動物を飼っているのも、それぞれの命を気遣って欲しいからです。そうすると野生動植物にも気をつかうようになります。障がい者や赤ちゃん、老人にたいしても同じことが言えます。自分以外の命を大切にすることが思いやり、やさしさではないかと思っています。】
posted by 塾長 at 17:17| 環境・生きもの

2013年10月06日

秋・点描

 夏休みが終わっても、毎日忙しい(充実した)日が続きました。今年は日照りが続き、近くのタチガー(湧水地)の水量が激減し、家の前に流れ出る湧水はなくなりました。林間学校の洗たく場も枯れ果てました。

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【枯れたタチガー下の洗たく場と池】

 こうなると、人間の本性が表れます。見知らぬ人がアチコチからやってきて、思い思いの容器に水を持ち運んでいきます。あるとき、軽トラックに1トンタンクを乗せて水を持っていく人がいました。聞けば、「近くの農家から頼まれてきた。水はみんなのものだ。とってどこが悪い!」
 そういって、もと水道工事をしていたという男は、余剰水の流れる側溝に雨どいを置き、それから一旦古洗面器に水を上げてそこから古い排水管につなぎ、下流に置いた古浴槽に溜め、さらにそこから下流に軽トラックを止めて水を導いていました。
 「水はみんなのモノ」という殺し文句を放って、わがままを通す。今度の台風で樋や排水管に枝が詰まって、その内、下流のまた我が家の前に流れてくることでしょう。名水百選の名に恥じるような景観違反。それなのに、「さわったら器物損壊で訴える!」と脅す。道路管理者の役場は、村道だ、農道だ、農業用水だといって管理責任を転嫁する始末。いまも、景観違反の代物は道路側溝に置きっ放しです。

 その側溝ですが、長年、タチガーの余剰水が流れていて、側溝の底は石灰質が自然に固まって、凸凹していました。この凸凹を、我が家の前の底田原(すくたばる)の畑に水が入るからと言って、全部削り取ってしまいました。

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【「せせらぎ」を「排水路」に戻してしまった愚策。今どき、珍しい反自然の整備。側溝から水が道にあふれても、下流には道路を横断するグレーチングがあるので関係ない。河川法が改正されて久しいのに、いまだ「堤防の中の治水」を地で行っている例。なんと浅はかな考えなのだろう。】

 役場は排水断面を大きくして道に水が来ないように、畑に水が行かないように考えたのでしょうが、自然にできた底は生きものにとって、恰好の棲み家であり、活動の場所でした。
 二女が昨年の夏、北谷町に流れ出る白比川に生息するアヤヨシノボリの経路を研究したとき、生息域の最上流は、私たちが作ったタチガーの池でした。
 また、そこの石灰質を取り除いた人たちも言っていたように、この水みちにはモクズガ二がたくさんいました。馬も鳥たちもみんな水が飲めました。単に自分たちの商売のために、近くに住む者の意見も聞かず、工事をしていいのでしょうか。

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【林間学校で子どもたちは「せせらぎ」に手を浸け、すくって飲んだ。水と人と距離が近いと環境意識は高くなるという関係がある。】

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【人間中心主義は、野生動植物の棲み家を排除する。このモクズガ二たちは、人間の行為によってどこに行ってしまったのだろう。人間の罪は重い。】

 林間学校に来る子どもたちは、湧水地から流れ出る水を手ですくって飲みました。我が家の二男は重度障害で目は見えませんが、耳は聞こえます。毎日、エサ上げの時、自然に落ちる水音を聞かせていましたが、もうそれもできなくなりました。残念でしようがありません。わがままな「せせらぎを排水路にした」のは人間です。水は誰のもの?と聞き返したいくらいです。

 またその下流の道ばたには草が生えていますが。これを時々、役場が除草します。役場は草刈り機で切ります。反対側の路肩は農家が3度に分けて除草剤をまきました。しばらくすると、我が家側はまた草が生えてきますが、反対側は生えてきません。毒をまいているからです。数か月後、やっと草が生えてきますが、それを馬のゲンが食べようとするので、大変です。
 下から見ると右の我が家側は、林間学校で野草教室に使える自然の草が生えていますが、対岸は毒物で汚染された土で育った草です。きっと、その下の畑は農薬や化学肥料で汚染された土で育った農作物。わがままな日本社会は、このようなところにも広がっています。

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【右側が我が家、左が農地。農地側には除草剤がまかれたため、草が生えて来ない。農地のほとんどは、このようにして、人間の管理下に置かれる。農作物は自然の営みを生かして生産するもの。もっと原点に返るべきでは・・・。】

 側溝の底を削る方法も、道路の端にブロックを立ち上げて畑に水が流入しない方法も愚策です。野生動物の生存権の尊重も、自然との共生の思想も微塵もありません。ただ、農家の苦情処理に対応して水を物理的に処理することしか考えていません。なんと浅はかで貧しい考えでしょう。悲しくなります。

 しかし、このような考えが今の日本社会を支配してします。もうそろそろ始まる「ヒマワリ祭り」はその最たるものです。自然の摂理に反して、無理やり夏咲く花を冬に咲かせるのですから・・。
そもそも、優良農地を観光のために使っていいのか!加えて、外来種の持ち込みによる自然生態系のかく乱、アブラムシやシロガシラの大量発生など環境の変化は、農作物への影響もあります。
 一番の問題は、自然を人間の力で無理強いすることです。ここでも、「真冬に真夏のヒマワリを咲かせて人を呼ぶ」というわがままがまかり通っています。しかも、昨年度から「村」が主催しています。

 反社会的なイベントを行政が主導するなど、考えも及びませんでした。公の場で意見をしても、「何をかいわんや」の態度でした。血税を使って、人間のわがままを通すことは、健全な青少年の育成の障害になります。子どもたちは、なんでも力づくでできると勘違いします。これが、犯罪の隠れた温床になっていることに、早く気づいて欲しいものです。

 しかし、そんなに熱くならなくとも、この手のイベントは自然消滅すると思っています。地域活性化や整備の名のもとに行われる役所主導のまちづくりは「まちづくり」とは言えません。
 「まちづくり」とは、自然に逆らわない人間の民間活動のことです。宮崎県の綾町では、単なる地産地消ではなく、有機栽培の農作物を地域ブランドとして長年かけて達成しました。
 新鮮さや地産地消だけではありません。農薬や化学肥料で汚染された農地でできた農産物の悪循環では、何年たっても健全になりません。

 そろそろ見せかけの活性化ではなく、本質に迫る活動に移行したいものです。

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【北中城村の現場。半世紀前に建った住宅の再生。当時の技術と心を未来につなぐ仕事です。赤瓦は天水の雨だれ部分に小端立てして水みちになります。】

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【寄棟の小屋組みは京呂組だったが、戦後間もない時期に宮崎や秋田から運んだ木材(押印あり)を沖縄式の二重梁、込み栓打ちで建ててあった。小屋組みの一部や欄間、建具等を、新築に使用予定】

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【軸組みは沖縄式の「ヌチジヤー」。差し鴨居、柱はすべてヒノキであった。】

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【家族の歴史が刻まれている「背比べの柱」。この柱は新築住宅に再利用する予定。】

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【次男・万然。週2回のリハビリで最近は首が多少座るようになった。特製の椅子を作成し、さらなるリハビリで「奇跡」を願う。】

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【小学生以上の4人の子どもが毎週通う「合気道」教室。自然(宇宙)の摂理に逆らわない、戦わないなどは自然との共生思想に通じるものがある。】

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【我が家のベランダから見える子どもたちの通学風景。家に残っている5歳、6歳の姉妹が元気な声で「いってらっしゃーい」と4人のきょうだいに送る。遠くでも聞こえたら「いってきまーす」と返事が返ってくる。】

posted by 塾長 at 18:31| 環境・生きもの

2013年04月15日

自然の営み・・「バンビーの出産」

 わが家の番犬、バンビーが出産しました。自然分娩です。人間と同じように、陣痛があり、身を振り絞って新しい命を誕生させます。

 出産にも前ぶれがあります。犬小屋は木製ですが、犬のDNAは、自然の土の上で産みたいようです。犬小屋の周りの土を探し、そこを手で掘ります。草を噛んでちぎって載せます。赤ちゃんに傷をつけないためかもしれません。

 陣痛は結構長く、1匹産むのに約1時間くらい続きました。その間、陣痛に合わせて小刻みに体が振動しました。軽度の痙攣でしょうか?時々疲れて、頭を置きます。

 産むときは一瞬です。これは人間と同じで、わが子のうち5人を自宅出産したので分かります。長い妊娠期間、陣痛を経ても、生まれるときはアッという間に、この世に出現します。そのエネルギーは凄まじいものがあります。

 人間と違う所は、産んだ後、母親が赤ちゃんを包んでいた卵膜や胎盤、へその緒を食べてしまうことです。
 今回も、産んだ後しばらくして卵膜を舐めまわし、最後には口の中に入れます。食いちぎるという感じではありません。やさしく、少しずつ舐めながら膜を取り去っていきます。そして、最後にへその緒を歯で切ります。

 そのあと、赤ちゃんは「哺乳類」になります。初めて息をするときは、人間と同じように産声を上げます。人間は「オギャー」、犬は「キャン」です。産まれてしばらくは膜の中にいて、胎盤からもらう栄養や水で生きていますが、肺を使った呼吸をした時、僕は「産まれた」と思っています。

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【第二子。第一子は、産まれた直後、置いていた水の器(親用)に入って、おぼれて亡くなったようです。かわいそうなことをしました。
 第二子は、体が半分くらい乾いていました。そのあと、目が見えなくてもお母さんのぬくもりを求めて、ヨチヨチ歩きで寄って行きました。孵ったばかりのヒヨコも同じです。】

 どのような動物であろうが、出産は感動します。目は見えなくても、母親の乳房を求めてヨタヨタと歩きます。そんな姿を見たら、誰も「幸せになってよ!」と思います。
産んだ親も生まれてきた赤ちゃん共に、純粋です。いつの日かこれが狂ってしまうのは悲しいことです。どこでどのようにして変わるのでしょうか?

 犬の出産・・・自然の営みを直視できたことは、また気持ちを原点に戻してくれました。バンビー、それにお父さんになった同じ番犬の「もんちゃん」、そして赤ちゃんたち。おめでとう!
 ともあれ、我が家にとっては、新しい家族がまた増えました。「皆さん、どうぞよろしくお願いしまーす」と言っているようでした。

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【第三子の出産は立ち会えましたが、用事で出かけたあと1匹産まれました。写真は第二子と第三子です。結局、おなかには四匹いたことになります。】

 実は、第三子の出産を動画で写すことができたので、紹介しようと思って添付の準備をしましたが、うまくできませんでした。五月二日からのきたなか林間学校で、参加する子どもたちには見せたいと思っています。せっかく「自然の営み」の瞬間と感動を記録できたからです。
posted by 塾長 at 21:17| 環境・生きもの

2013年03月08日

自然体で生きる!

 3月5日の啓蟄(けいちつ)も過ぎ、虫たちとの出会いも多くなりました。飼っている動物たちにも変化があります。与那国馬の「げん」も、毛が抜け始め、食欲も旺盛。発情期なのか、時々突然走り出すことがあるので、今週から「はみ」を入れました。

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      【馬と一緒にヤギのエサ(草)を刈る。馬は自分で見つけて食べる。背負っている万然も自然と一緒。】

 毎日、午前中は家畜・家きん、番犬などへのエサあげに終始します。仕事(業務)を詰めているときは、家内(プラス、二人の子どもたち)にお願いするときもあるし、土・日は小学生4人組が手伝うようになっています。

 馬とヤギは、雨降り以外は外に出し、夕方連れて帰るのも日課です。このような日々の暮らしですが、とらえ方次第では自然との関係が深くなります。
今、我が家も、馬たちの散歩に通っている裏山のタチガー(平成の名水百選のひとつ)周辺もインパチェンスの花が咲き誇っています。昨日はその中に、紫色をしたオクラレルカの花が咲きました。

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                          【オクラレル。面白い名前。だけど紫色の花が目に染みる】

 家族と一緒なので、子どもたちはいろんな自然の変化に気づきます。先の日曜日には、側溝にハブがいるのを発見。大騒ぎするので見てみると、1.5mもあろうかというハブの死骸でした。お腹に傷があったので、きっとマングースか何かと格闘して負けたのでしょう?
 ただ、この辺りには、ハブはいるという証明でした。


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          【身近に自然や季節を感じる機会は探せばたくさんある。子どもが育つ時期にはとても貴重な体験】

 最近は、ヤギが来たので、その食料用に雑草が減ります。アカギやクワ、オオバギなどの樹木の葉も食べてくれるお蔭で、敷地内が少し明るくなりました。好物はイモやアサガオのツル。この辺は、「やんばる」の人でも驚くほど、蔓(つる)性の植物が多く、手入れや処分に困っていました。格好の天然草刈り機の登場に家族も喜んでいます。

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           【一日7時間も食べ続ける山羊。周辺の草木の量を考えると2頭が適正。その分別も重要。】

 さて、周りの畑地では、多くの野菜が育っていますが、すぐ近くの高良さんたちがネギを出荷し始めました。昨日の沖縄タイムスにも紹介されました。その報道でうれしかったのは、小学校の給食での高良さんが子どもたちに地産地消(この言葉にいつも疑問アリ。消えずにつながるのでは?)だけではなく、地域の清廉な湧水を使っているという説明をされたことです。
 平成の名水百選に荻道から5つ認定されましたが、それらの湧水群と隣接する多くの湧水のおかげで農作物が生まれています。そのうち「平成の名水百選」のレッテルを張る準備をしているようです。出たら、どうぞ、ご賞味ください。イオンとも契約しているので、店頭に並ぶと思います。

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【湧水と農産物の関係が分かる沖縄タイムスの記事。平成の名水百選の活用の仕方のひとつ。価格競争ではなく、環境共生という付加価値で勝負していくチャンスでもある。】

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            【ネギ畑。組合で育てている。「名水百選のネギ」としてそのうちデビューすると思う】

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                      【出荷前の作業風景。我が家のすぐお隣の農家です。(右が高良さん親子)】

 環境保護や保全は、そんなに難しいことではありません。大気や土壌、水の汚染や動植物の絶滅などに多大な調査・研究、税金の投入が行われていますが、結構、無駄なことが多いように思います。
 どんなに学術的な成果を声高(こわだか)に叫んだり、ゴミ拾いに精出しても、一向に自然環境は良くなりません。それは、環境汚染の張本人である人間の暮らしぶりが、自然の摂理から逸脱しているからです。

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                 【「あッ、ハブだ!」いやいや、死骸をタチガー下に作った池に置いただけです。】

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         【得意姿のこはづき。自分の身長より長いハブ。ハブの特徴やハブにかまれない方法を伝授。】

 自然との共生を口にしている人や会社、行政などのほとんどは、コンクリートの塊(かたまり)の中で過ごし、自分に合った室内環境を機械によって人工的に作り出しています。  
食料も、好きなもの安く買ってお腹を満足させています。いつどこで採れたのか、旬がいつなのか、天然も養殖も関係なく、ただ食べています。何も考えない人間の身勝手、わがままにほかなりません。


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【小学生4人組。一緒に小学校に行くのも、残すところあと10日ほど。大人になったら、一緒に行動することはないから、今を大事にしてほしい。】

 一日に一度も土を踏まず、太陽が昇るのも沈むのも見ることなく、月の満ち欠けにも無関心な人たちが、「環境」をまことしやかに語っています。
 環境保全に「学歴」や「知識」は不要です。毎日の暮らしが自然の摂理の則していれば、自ずと社会は自然と共生してきます。

 都会に自然がないから無理だという人がいます。マンションのベランダから見える日の出、日の入りの時刻や方向、お月様の形の変化などは見えます。スーパーに買い物に行っても、今の時期にこの野菜?と疑問のひとつも出てくるはずです。都市生活といえども、人は自然のなかで暮らしています。
 飲んでいる水も、吸って吐く空気も、栄養源の食料(命)も自然の一部です。それらに節度と分別を持って接することが環境倫理観を高めることにつながります。

 「何のために自然を守るのか?」の問いには「人間がもつべき環境倫理」と私は答えます。決して、人間のために自然を守るのではありません。

 「自然に逆らわない暮らし」が、自然を守り、自然と共生する道です。

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【ヘチマタワシで背中を洗ってくれる「こはづき」。自然素材のタワシに変えてから、背中の吹き出物が消えた。】

急性ウィルス性脳症を患って重度身体障害になった万然。自然界から感染したので、自然界で治癒します。まだ、視覚が脳で認知できませんが、おかげさまで、少し手足が動くようになり、わずかずつですが首も座りかけてきました。自然の中で自然の力をいただいているようです。今日も、自然体で生きていきます。
posted by 塾長 at 07:03| 環境・生きもの

2013年02月27日

ヒマワリ騒動!の終焉・・

 冬のヒマワリ祭りがやっと終了しました。先日、別件で村長が来訪されたとき、祭りの説明会で異議を訴えたことに少しだけ触れました。
 
 「この間はありがとうございました」とおっしゃるので、「私が言っていることにも、一理あると思いますよ。」というと、村長曰く、「一理も二理もあります。」と応じました。「また、ゆっくり話しましょう。」と言ってくれて別れましたが、村が主催するには、あまりにも軽すぎるし、間違いだらけのイベントと思っています。ただ、私が本当に村のことを心配して進言したことは、理解してくれたようです。

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【違法駐車。冬のヒマワリを興味津々で訪れる人の車で我が家の車は敷地に入れない。周辺は優良農地。祭りの無計画さが目立つ。「増えるのは車とゴミとアブラムシ」…の通り】

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【今年は意見をした甲斐あって、最終日の次の日、ヒマワリをつぶした。(第二会場)無残に刈り取りされたので、来訪者は「かわいそう・・」。しかし、緑肥目的なのだから、しかたがない。だったら、ヒマワリを最初から植えるな!といいたい。緑肥用ヒマワリのために、肥料を与えている矛盾を観光に来た人たちは、知っているのだろうか?】

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【第一会場のヒマワリは、祭り期間が終わってもそのまま。もったいないから花束を作って、100円で売り、社会福祉に使うようだが、緑肥の目的はどこへ行ったか?】

 もうこれで、しばらくはヒマワリから離れられます。一方で、平成の名水百選の活性化実行委員会の委員も務めているので、今後は、名水百選を生かした農産物で農業を核とした地域づくりを展開したいと思っています。

 そこで、小学校で行った自然災害と共存する危機管理法の講演と、その後のアンケートをみて感じたことを地元紙に投稿した記事を掲載します。
 ここには、自然を無理やり改変する人間の仕業も、防災・減災の立場から少しだけ指摘しています。何人の人々がそれに気づいてくれたのか分かりかねますが、今の考え方を残す意味で投稿しました。

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【琉球新報;論壇】

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【沖縄タイムス;論壇】

 現在、北中城小学校では「災害標語」を全児童に求めています。長女・依奈(えな)の児童会長としての最後の活動です。すでに新しい児童会役員が選挙で決まったようなので、旧児童会の活動ということになります。これは、1年前、長女が訴えた選挙公約の一つでもあります。

 災害を常に意識して生きることは、危機管理上、非常に大切です。できれば、自然活動の前触れを予知できるほど、感性豊かな子どもであってほしいと願っています。

 正しい自然観をつちかうのは子ども時代です。親も教師も政治家も、目先、手先、小手先の方法論ではなく、便益性は少なくても、安定的で継続的な社会を目指すべきです。

 そんな心広き人は、なかなかいないなぁ、この国には・・・。

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【我が家の上空を飛ぶオスプレイ。】 
posted by 塾長 at 19:23| 環境・生きもの

2013年01月25日

ヒマワリまつり考!

 毎年この時期になると、憂鬱になります。時期外れに咲く花をニコニコして見に来る人たちが我が家の周囲にたくさん来るからです。主催者や主催者から依頼を受けたほとんどのマスコミは日本で一番早く咲くヒマワリ、として広報します。

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【「徐行」の看板はついたけれど、まつりに関係なく普段から「徐行」してほしい。我が家の前はわが子たちも含めた通学路】

 同じ日本で一番早いといってもこれは、自然に開花するやんばるの桜と違って、人工的に秋、種をまき無理やり春に咲かせるという、自然の摂理を無視したいかにも人間中心のイベントなのです。先日、周辺の住民や農家を対象にした説明会(・・といっても、4回勝手に開催してきた既成事実を認めて、交通規制などへの意見だけを聞くという姑息な会議)が、5回目にして初めて行われました。その場で、このヒマワリ祭りを青年エイサーまつりや、北中城まつりと同様に村の一大祭りに位置付け、村のまつり活性化実行委員会で所管、運営すると、委員長の村長があいさつしました。これには、びっくり仰天です。

 北中城村には、週末美術館やムーンライトコンサートなど、立派なイベントが多々あります。それらは地域住民が主体で取り組んでいます。

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【我が家のお母屋からみえるヒマワリ畑。相手は生きもの。思った時期に思った通り咲くわけがない。立派な農用地に観光目的のヒマワリを咲かせる愚行。将来に禍根を残す。】

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【自然節理に逆らって咲かす人間のわがまま。ヒマワリには罪はない。年々、背丈が低くなるばかり・・・】

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【かわいそうなくらい痩せたヒマワリ。人間中心主義の最たるもの】

 いつどこでそのような重要なことが決まったのでしょうか?村が運営するということは、多くの血税が使われます。地域の住民や農家をはじめ、村民の合意をどこでとったのか、疑問が湧きました。
 これまでは、民間が運営していたので少々目をつぶっていたところもありましたが、行政が主導するというと話は別です。

 この26日から2月の11日まで開催されるまつりの会場が、農用地であること。ここは農業振興を目的とした優良農地で広い畑で大根やネギ、キャベツやセロリなど多くの種類の農作物が採れます。
 祭りの発端は、その農地への緑肥としてヒマワリを植えた畑があり、それが新聞記者の目に留まり大々的に広報したことでした。興味だけでぞろぞろ見に来た人たちを観光客としてとらえ、「緑肥が目的」だったヒマワリを「観光の手段」としたのが間違いの始まりでした。

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【小さな村でのささやかな抵抗。我が家の敷地の木々や建物に今の心境を表してみました】

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【その2】

 緑肥なのに立ち枯れするまでヒマワリを畑に置き去り。種を求めて外来種のシロガシラがたくさん飛来します。農作物への影響はほかにもあって、西洋ミツバチや葉野菜に被害をもたらすアブラムシも大量に発生しています。
 これは時期外れに咲かせるヒマワリが地域の生態系に及ぼした悪影響のひとつです。農家にとっては、致命的です。排気ガスの影響も無視できません。

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【その3】

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【その4】

 他にも悪影響が出ています。それは教育です。子どもたちが通う北中城小学校の3年の理科のテストで、「春まいたヒマワリの種がどんどん成長したら冬、12月に花が咲くというこどの意見が正しいか?」という旨の質問が正しいか否かに、北中城小の子どもの多くは「正しい」と答えてしまっています。
 毎年無理やり寒い時期に咲かせるヒマワリ。ヒマワリには罪はありません。寒空で笑っているのは人間ばかり。このような身勝手な人間が増えると、犯罪が増え不安な社会が広がります。
 すぐ近くの我が家では周辺の自然を生かして、環境教育を行っています。なんと皮肉なことでしょう。「自然の摂理に沿って暮らしましょう」と言っている一方でまったく逆のイベントが行われます。

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【その5.ほかにも、≪めずらしや 「観光」を売る 農振地≫などもあります】

 年々、ヒマワリの背は低く痩せてきて、花の大きさもマチマチです。子どもたちは「ヒマワリがかわいそう」と言っています。
 近くの農家には農業をしたくても農地が借れず雇われている若者もいます。ヒマワリ祭りは若い農業志望者の芽を摘むことにもつながります。

 一生懸命するから善、ではありません。法律に抵触しないか、行政がしていいこと悪いこと、将来的にどうか、社会性や正しい自然観、など高い倫理観に基づき、高所・大所から吟味したうえで実行に移すべきではないかと思います。

 単に、ヒマワリまつりに反対しているわけではありません。田舎なので口には出せませんが、ほかにも、私と同様の考えの方も多数います。真夏に農用地以外の場所で、自然に大輪をつけるヒマワリには拍手です。開かれた行政で、誰からもすばらしい祭りといわれるような理念と将来においても評価されるような哲学が必要です。

 北中城村が全国から笑われないように、言うべきことは言って正しい方向に行政を導きたいと思っています。
posted by 塾長 at 09:31| 環境・生きもの

2012年06月25日

梅干つくり!

 熊本から送っていただいた梅と沖縄の店頭に並ぶ梅を使って、今年も梅酒、梅干し、蜂蜜漬け、蜂蜜入り梅干などに挑戦。日本に残る家庭の食文化の継承ですが、今回は梅酒に使うお酒も沖縄の泡盛に加えて、熊本の球磨焼酎も使う予定です。

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【梅干作りのスタート。梅のヘタを取る。なかなか面倒な作業だが、作る喜び、自然への感謝など気持ちは巡る】

 沖縄は梅雨明けしたので、来る土用の丑の日から3日間天日干しします。沖縄は気温が高いので、漬物や梅干し作りはむずかしいのですが、毎年、家族でがんばっています。
 
 さて、脱原発といいながら、結局は原発が再稼働。いままでの暮らしぶりを変えないで、省エネルギーはあり得ません。太陽熱も風力も安定的な火力や原発に頼らなければ現状を見る限り、問題解決にはむずかしそうです。要は、「エネルギーをなるべく使わないこと」です。つまり、「慎ましい暮らし」に帰着すると考えます。

 暑さ寒さもほどほど感じながら、感性や機能を高め、自然の摂理に沿って穏やかに暮らすことではないのでしょうか?

 夜が明けたら起きて、暗くなったら休む。風に揺れる木々の音や野鳥のさえずり、突然鳴くニワトリや番犬の声、アリの大発生に自然の異変や気配、足の裏で湿気を感じる生活も楽しいものです。

 文明の利器である天気予報に頼り過ぎると、情報インフラが断絶した時、避難の判断に困ります。先日の防災フォーラムでも、そのことをお話ししました。お知らせコーナーに沖縄タイムスのまとめ記事あり)

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 【「自然災害」と人は言うけれど、地震も津波も台風も、地球の活動が人に及ぼしただけ・・。自然と共生するとは、自然の猛威を敵視せず、「逃げる、避ける、除ける」こと。沖縄の地域係数は0.7.。(静岡は1.2)耐震性は相当劣る。RC造を過信することなかれ!】

 お陰で、その時のアンケートのなかには、私を名指しして「『自然力には勝つことはできない。また、自然のなかで判断力・危機感が育つ』の言葉が心に残りました」や「自然と結びついた場所が増えて欲しい」、「森が必要」などの意見がありました。

  自然の脅威に対して建物などのハード面だけの整備では解決できないことを少しでも理解して頂き、有難く思いました。自然のもつ正負両面の影響を冷静にとらえ、自然と共生する道を歩むべきだと、改めて思いました。
 
 さて、昨日は沖縄タイムス本社で、こども環境調査隊の面接選考がありました。応募対象者は小学校高学年・中学生で52名あったそうです。一次の作文で残った22名の面接に臨んだ長女の依奈(えな)はやや緊張気味でしたが、夕方、最終の10名に残ったことを知ってホッとしていました。

 これまで海外調査でしたが、今年から県内に変更。夏休みに3泊4日で八重山地域(西表島や石垣島など)に調査に出かけるようです。事前の学習やシンポジウムもあるので大変らしいですが、せっかくのチャンス。自分なりにいい体験をして欲しいと思っています。
posted by 塾長 at 18:47| 環境・生きもの

2011年01月26日

笑う人間、泣くヒマワリ!

 先週から、家の近くの畑で、ひまわり祭りが始まりました。毎年、この時期は憂鬱です。林間学校で子どもたちに「自然の摂理に則して暮らすんですよ!」と教えているのに、近くでは、大人が自然に反して、秋に種を蒔き、真冬にヒマワリを無理やり咲かせて喜んでいるからです。

 活性化だと言って、寒い冬空の下で、真夏の風物詩ともいえるヒマワリを咲かせて人を呼び込むなど、人間中心主義の最たるものです。わがままな人間が増えるのは、このような自然無視のイベントを当り前のように実施するからです。

 もともと、4年ほど前に安谷屋の地主さんが遊休地に緑肥用のヒマワリの種を蒔き、それが偶然見事に咲いたのを、地元の新聞通信員が投稿したのがきっかけ。
夏の炎天下に大輪の花を咲かせるヒマワリが真冬に咲いたということで、珍しさもあって人がたくさん来ました。

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                   【わが家のベランダからみた、26日現在のヒマワリ畑】

 それをいいことに、すぐ近くの荻道の人たちが別な遊休地に同じことをして、人を呼び込むことに・・・。NHKをはじめ、マスコミも真冬のヒマワリとか、全国で一番早いヒマワリなどと銘打って、報道しました。なんと情けないことか。先日は、某新聞社が「一分咲き、見ごろは29日」などと書いていました。見ごろというのは、自然の草木が自然に開花する時使うべきです。


 教育委員会も幼稚園児に種を蒔かせたり、小中学校を巻きこんで俳句や写真、絵画展まで協力する始末。主催者側は、情操教育にいいとか言っていますが、自然の摂理を逸脱する行為が、情操教育にいいはずがありません。
 逆に、桜とヒマワリが沖縄では一緒に咲くものと、勘違いしてしまします。

 幼稚園にその点を指摘したら、なしのつぶて。したがってわが家の長男は、一昨年から通うはずだった幼稚園には行かないことにさせました。
 ジャネーの法則のように、子どものころ受けた印象は、大人になってから影響が出ます。正しい自然観や季節感を培わせるのは大人の責任です。このイベントに、村まで関与していることに、大変、疑問を持っています。

 休日には職員まで動員して自然を無視したイベントを3週間も続けます。会場周辺を一部通行止めもしますが、ここを通り道にしている私たちには、なんの連絡もありません。見物客も昨年は13万人などと言っていますが、その半分も実際は来ていません。今も近くには黄色い案内旗が並んでいますが、それを見てきた人は、さぞがっかりでしょう。ほとんど今は咲いていないからです。
 親切心があれば、もう少し、自粛すべきだと思います。

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             【背がまちまち。冬にヒマワリを無理に咲かせるのは、人間のおごり】

 そもそも、このような大仕掛けのイベントに対して、なんの議論もなかったことが、一番の問題点です。

 しかし、当のヒマワリ、今年はあまり咲いていません。緑肥が目的なのに、祭りが終わっても、農作物を植えることはありません。優良農地に指定してある場所なのに、目的を観光にしてもいいのでしょうか?

 ヒマワリには罪はありません。人間の都合で蒔かれたヒマワリの種は、寒くても生き抜こうとがんばります。しかし、限界があります。
 毎年、無理やり咲かせるので、徐々に土が痩せてきます。したがって、寒い時期とも重なって、今年は背丈も低いヒマワリばかり・・。

 可哀想としかいいようがありません。ヒマワリさん、ごめんなさい、です。

 大騒ぎして笑う人間の横で、ヒマワリは今年も泣いています。
posted by 塾長 at 20:11| 環境・生きもの

2010年11月29日

生きものと一緒の棲み家=環境共生住宅!

沖縄県(住宅課)が、蒸暑地域における環境共生住宅を探るため調査をしています。我が家も古民家以外の最近の木造住宅として、通年調査対象の2件のうちの1件としてエントリーされています。もう一軒は同じく、私の設計で宮古島に造った住宅です。

 これまでにも書いていますが、調査項目が温度や湿度、室内風速、窓の開け閉め回数などで、物理的な調査が主です。アンケートでも、テレビを見る時間や冷暖房の使用時間もありましたが、我が家には、もともとテレビもクーラーもありません。

 環境共生を冠する調査としては偏っているような気がします。何が足らないかと思うと、やはり生命系の視点ではないのでしょうか?
 虫一匹入れない機密性の高い住宅で、人工的に空調機で快適さを追い求めていながら、省エネを実行したとしても、それは環境共生とは言い難いものです。

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                  (自宅兼環境教育施設のD棟(学習棟)の矩計図)

 強度や利便性、デザイン性を言う前に、地球に負荷の少ない家造りや暮らし方をよくよく吟味する必要があります。特に最近は「虫」を嫌う傾向が強いように感じます。(意識さえない)これこそ「虫のいい話です」。

 人間にとってどうかだけではなく、虫にとってはどうか?という観点を持つべきです。沖縄では亜熱帯地域の属するのでシロアリの被害を極端に不安がります。
 シロアリも虫の一種です。コンクリートをかじることもあるし、木だけではなく、断熱材も食べます。確かにシロアリの被害が大きいと、家が倒れる危険性もあるので、用心はしなければなりません。

 シロアリは目が見えない、吹きさらしの土の表面では活動が低調、幼虫は皮膚が薄く裸の状態だから風に当たるのを嫌う、逆に湿気が多く、風が停滞している所が棲みやすいなどの生態や特徴を見極めると、それ相応のシロアリ対策を入れた設計ができます。

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                 (自宅兼環境教育施設のC棟(和室棟)の上棟)

 私が施主の言い分を聞かずに設計した木造住宅の基礎は礎石か布基礎です。防湿コンクリートも打設しません。なぜなら、土壌の生態系に配慮しているからです。
 家には適当な湿気が必要です。乾燥した部屋にはウィルスがいっぱいです。(だからのどを痛めて風邪をひく)
 床下も乾燥しすぎるとハウスダストの原因にもなります。

 コンクリートで固めたような床下には分解能力を持った微生物が土の床下よりはるかに少ないため、ゴミや木切れはそのまま残ります。これがシロアリの食べものとなって繁殖します。
 土だとアリやムカデなどがいるので、シロアリを食べてくれます。これが床下の生態系です。地上でも羽を持ったシロアリが光に向かって飛来しますが、これはヤモリが「待ってました!」とばかり狙っています。

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       (自宅兼環境教育施設のA棟(母屋)の床下(柱は金輪継ぎとし、取り換え可能))   

 現在進行中の沖縄市の木造住宅の床高は900oが標準です。敷地にゆるやかな傾斜があるので、幾分上がったところは、さらに床高も400o上げます。居間のタタミ間はさらに400o上がるので、地盤から1700oもあります。
 我が家も低いところで800o、高いところは3mも地盤から床が上がります。これはシロアリ対策のためでもあります。床下の「通風」が大切、というのは、皮膚が薄いシロアリが活動しにくいからです。土の上では天敵から狙われるし、家の中に入ろうとしても風に弱いので活動は低調にならざるを得ません。

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           (植物をはじめ、ネズミも、天敵のヘビも棲み家となる間隙の多い石積み)

 どんなに強力な薬剤を使っても、シロアリは来ます。最近流行りのベイト(誘引)式のシロアリ対策でも絶対ではありません。私は「来ること」を前提に設計をします。来ても天敵が多く、棲み心地が悪いと定着しないと考えています。

 高床にするもう一つの理由は、「点検」ができるようにするためです。癌と同じで「早期発見・早期治療」です。布基礎は昔の礎石基礎とベタ基礎の間にあると考えています。建築基準法で一定の面積以上は礎石基礎ではできません。
 布基礎はその礎石基礎の延長です。だから、なるべく礎石のように点々と基礎は離します。風通しを良くするためとタタミを一枚あけると、悠々と点検できるためです。

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            (完成パース:生きものは13種類入っています。わかるかなー?)

 シロアリに限らず、住宅にはさまざまな生きものが寄ってきます。我が家は別名、環境教育施設:木組みの家・「ぬちゆるやー」と呼びます。「命がたくさん寄って来る家」という意味です。「生きものと一緒の棲み家」で1昨年、住宅建築賞もいただきました。また、20年前から「生きものと一緒のまちづくり」を提唱していて、人工的な景観づくりではなく、生きものと共存する「生きた景観」づくりを目指しています。

 住宅の分野でも環境共生という言葉は多用されていますが、どっこい、生きものとの共生の視点が全く外れている場合が多いように感じています。
 多くの生きものと共存する日本的「自然観」をしっかり認識して、複雑で多様な自然とうまく付き合って欲しいな、と思っています。
posted by 塾長 at 02:09| 環境・生きもの

2010年10月31日

野生動物の逆襲!

 最近、熊やイノシシなど、野生動物の出没や人への被害報道が目立っています。麻酔銃で麻痺させて、その後自然に帰す例は少なく、ほとんどが猟友会が出動して殺処分されます。

 名古屋で開催されていたCOP10。生物多様性を世界規模で話し合いが行われ、最後に議長国の議長提案で今後の生物多様性活動について、先進国が出費することでやっと合意に至ったようですが、1600億円もの巨額の資金を提供する足元の日本では、野生動物は泣いています。

 5年前、熊本の矢岳町から沖縄に再上陸しました。矢岳町には3年間しかいませんでしたが、貴重な経験をしました。鹿児島と宮崎、熊本の県境近くにあるわずか100人の町には、シカやサル、イノシシなどとよく遭遇しました。最初は動物園でしか見たこともない大型哺乳類や霊長類の出現に慌てることもありましたが、慣れてくると大体どの時期にどのあたりに来ることも分かるようになりました。

 せっかく作った稲を収穫寸前にイノシシにやられて被害にあい、あるいは、ピーピーと鳴いて家の近くまで来るシカが杉の芽を食べていて、食害が広がったと聞いても、彼らにはなんの罪もないことが分かりました。

 家のそばには天然林がわずかに残りますが、ほとんどは杉・ヒノキの人工林です。戦後の拡大造林計画で、山のてっぺんまで植林されました。
 50年後、100年後を夢見て植林されたものの、高度成長を支えた輸出益を海外の国々、特にアメリカが木材の自由化を求めてきました。安くて大きな木材は国産材生産者には大打撃。次第に出荷量は落ち、山は荒廃し、林業は疲弊していきました。
 
 高度経済成長で享受した快適な暮らしの代償は、国内の農林業に多大な影響を与えました。そのなかのひとつが野生動植物でもあります。国策の方向転換で置いてけ掘りになった山には杉・ヒノキ・松などの人工林が残りました。手入れする経費も出ない状況が現在も続いています。

 マスコミの一部では、里山の崩壊が原因だと言っていましたが、里山は「半自然」の状態です。ここにいるのは、人が飼っている家畜や家禽です。この夏の猛暑で木の実が減ったとして自然の変化を口にする人もいます。
 いえいえ、そうとは思いません。やっぱり人が森に入り過ぎたせいだと思っています。

 国策で森を荒らした所は、その修復も国で行うべきです。もともと野生動物の方が先住者です。いかにも野生動物が迷惑者のように報道されますが、野生動物からしたら「なにをかいわんや!」でしょう。
 勝手に森に入ってきて家を建て、地形を変えて水を引き田畑を作りました。山の木々は切り落とし、急斜面にもかかわらず杉・ヒノキを植えました。自分たちが植えた木が売れなくなるとほったらかし。流木災害や洪水を見る羽目に・・。人間中心主義の結果、あるいは、先を見通せない場当たり主義の結果だと言わざるを得ません。

 では、どうやったら野生動物と共存できるか!国土の再計画をしなければなりません。人が住む所、人と動物が共存できるところ、野生動物が棲むところを決めることです。
 俗に言う都市計画ではありません。人の棲み分けではなく植物や昆虫、哺乳類や爬虫類、両生類、鳥類などすべての生きものが共存できる国造りです。

 現代の人はすぐ、これを観光に使おうとか、地域活性化に生かそうなどとつまらぬことを考えますが、そうではなくこれまでの日本人の愚かな活動の反省の上に立ち、純粋に自然との共生・調和を考えた方向に移行しなくてはなりません。

 野生動物の逆襲。これに対抗するのではなく、なぜ人里に来るのかしっかり吟味して、新しい政策に転換してもらいたいと思います。これができなければ、永遠に野生動物と戦うことになります。
 日本の人口は減り続けます。野生動物は増え続けます。どんな知恵を持っても、数では負けます。例えば、サケの遡上を止めている人工的な堰を一部分でもなくしましょう。最上流では産卵したあとのメスを熊が待っています。

 生態系とはこのようなことを言うのです。世界に突出した巨費を投じなくても、野生動物は守れます。環境省も、稀少種の保護ばかりを近視眼的に見るのではなく、生態系全体を守るような政策を作ったらどうですか?日本の環境政策はデータづくりと机上の空論ばかり。税金をどぶに流しているようなものです。

 正しい自然観や価値観を持った国民が、具体的な提案ができ、それが実行されるようなシステムができない限り、日本は政権が変わってもなかなか問題は解決しないように感じています。
posted by 塾長 at 05:00| 環境・生きもの