2011年02月28日

これからも「本物」!

 昨今の住宅事情を聴くと、住宅の商品化がさらに進んだように感じます。コンピュータ制御のもと、あらかじめ工場の機械で木造に使われる木材を加工するプレカットが日本全土に広がりを見せ、最近では増改築まで浸透しているようです。
 大工職人の不足に対応するためできたプレカット工場ですが、仕事量が減っている今では、逆に大工職人の仕事を奪っているのが実情です。

 もともとこれは大手住宅会社の作戦ではないかとも思っています。町や村には必ず大工や左官、建具屋さんたちがいて、地域の住宅の需要と維持管理を担ってきました。一方、住宅会社は、そのような地域のつながりがないため、住宅を規格化・商品化して地域の大工さんと競争しました。

 資金作りや複雑な書類づくりなどを一手に行い、わずらわしい仕事を買って出て、建て主の仕事を軽減するところから業務取得のきっかけを作りました。大工さんたちも、ノミやカンナ以外も握る努力しなければならなかったのですが、それを怠ったので住宅会社にどんどん仕事を取られていきました。

 拍車をかけたのはやっぱり機械化と、それに追随(どちらが追随しているのか疑問)する法律や制度でしょう。木造住宅に関わる大工さんも、戦後できた建築基準法や住宅金融公庫(住宅支援機構)の基準を守るために、しかたなく多くの金物を使うことになりました。

 日本の住宅は本来、柱と梁でもちます。建築基準法ができた時、基礎でも、外力を吸収・分散する礎石か、対抗してもたせる布基礎か、議論が二つに分れました。今はコンクリートに布基礎にアンカーボルトで緊結する方法です。
 本体も現在は、アメリカ式の「壁」でもたせる考えです。だから、コンクリートの壁式構造のように、筋かいの入った耐力壁をバランス良く配置するようになっています。これは、壁がすべてコンクリートのような剛構造であることが前提です。木造の壁は剛構造とはとても言えません。

 壁に力を入れるので、柱と梁のつなぎ目がおろそかになっています。そこで出てくるのが「金物」です。短ほぞで金物を使うより、長ほぞで込み栓打ちが強いのは当たり前です。

 プレカットでは短ほぞを作ります。今度は、プレカットに合わせた補強金物を作り、そそれをマニュアル化していくという構図ができていきます。このようにして、次第に大工さんの仕事は減らされていくのです。

 最近の木造住宅の「現場には大工さんは一人」しかいない、と聞きます。ノミもカンナも使わず、新建材をパンパンと機械で打つだけ。素人でもできると言います。しかし、これが坪70万円の家だとか・・・。中身は坪30万円と当のメーカーは言っているようですが。

 先ほど、大工さんの努力不足を指摘しましたが、仕事を発注する建て主の責任もあります。住宅メーカーのうたい文句に乗って高い買い物をしたので、被害者かもしれませんが。
 また、設計者もなんの哲学も持たないから、カタログを持って回る「カタログ建築士」になり果て、カタログの仕様(寸法や形式)にあわせて仕事をしています。ちなみにわが自宅兼事務所には、カタログ集は1冊もありません。建具も家具も、みんな自分で「設計」しています。

 私は坪100万円以上の住宅を、経費を軽減して坪60万円〜70万円で作るようにしています。しかも、すべて伝統構法で木は天然ものです。人工乾燥材は使いません。大工さんによると、無理して乾燥した木には粘りがなく、ノミが切れないほどスカスカしていると言います。
 機械を排除し、多くの職人を現場に投じて、手作りの生きた家を建てること、新建材(ビニールクロスやベニヤ類)は一切使わないこと、そして、そこに住まう人々が、自然と調和した暮らしをすることで、「足るを知る」慎ましさや、自然の脅威、自然への畏敬の念・感謝を感じ取り、暮らしの中で人格形成ができていくことを考えています。

 これからも「本物」の仕事をしていきたいと存じます。
posted by 塾長 at 08:36| 建築

2011年01月26日

棟上げ速報 bR

 1月12日に土台敷き(二重土台のところは、同時に柱を建てるますが・・)を始めてから今日(26日)でちょうど2週間。やっと隅木がすべて入り、今日から垂木を打ち始めました。

 軒が出てきたので深みが増したのと同時に、家の全体像が見えてきました。日本は法治国家ですので、法律は守らなければなりません。
しかし、法律は人間が作ったルール。絶対ではないと考えています。家造りには建築基準法が適用されます。

 特に構造では、基準法ができた時から、布基礎に筋かいを使った軸組みと、礎石基礎・貫工法による伝統の木組みとに二分され議論があったようです。結果的に基礎と一体化した軸組み工法になりましたが、自然の大きな力をそのまま受ける現在の軸組み工法には無理があるように思います。

 しかし、法律は守らなければならないので、今回は筋かいを入れますが、もう一方では貫も入れます。つまり、併用することにしました。

 玄関の柱が象徴的ですが、礎石と柱頭の枡組みで、自然の力を分散し、家にかかる力を軽減しています。他の柱も同じように「重ねほぞ」で、柱に直接かかる小屋梁や敷き桁、軒桁を差します。したがって、自然の力をこの複雑な折置き組で吸収、分散させるのです。結果、家全体が柔構造となり、しなりながらもなかなか倒れないしたたかな家になります。

 ちなみにほとんどの木造住宅はプレカット(機械で仕口・継ぎ手を作る)ので柱のほぞはわずか5センチほどの「短ぼそ」。伝統構法では重ねほぞを使うので、50センチにも及びます。また、ここでは約1500本も使われました。

 このような工法は、家造りに対する哲学の方法論です。最近は、住宅づくりが素人化しました。インターネットなどデジタル化の影響だと思います。しかし、簡単なようで難しいのが建築、特に住宅です。

 建築士もしっかりしなければなりません。素人のようなセミプロが増えました。つまり、素人のような間取りを作ったり、素人のいうことを全部叶えようとしたりする人が増えたのです。

 快適・便利な空間や機能を揃えれば良いというだけでは、素人です。今の民主党内閣のようなものです。自民党も似たようなものですが・・。
わがままで自分の都合に合わせただけの設計では、パッチワークのような家になりかねません。結局、自分で収拾が効かなくなってしまいます。

 人生最大の買い物です。張りきることは大事ですが、あれもこれも・・と欲を出すのは、身のためになりません。頭が混乱するばかりです。
なんのために家を建てるのか、しっかり自分自身と向かい合い、どうしても取り入れたいことを2〜3項目に絞って、玄人と相談された方が間違いないと思います。

 設計者や施工者で住宅、特に木造住宅は雲泥の差が出ます。家をご計画の方々も多々いらっしゃるとは思いますが、まずは相談相手を誰にするのか、熟慮されることを進言いたします。

 以下の写真は、本日までの知恵の塊、技の集大成のごく一部を紹介します。


ダボと込栓.jpg


                        【ダボの横に、さらにカシの込み栓】

隅木のそり.jpg


                             【寄せ棟の隅木の反り】

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                             【折置き組の隅角部の納まり】


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                         【22日の伝統木造フォーラムの様子】

フォーラム2説明.jpg


                         【京呂組みと折置き組の違いなどを説明中】

枡組み.jpg


                    【玄関の枡(ます)組み。複雑な仕口で外力を吸収・分散する】

UFO?.jpg
 

      【空飛ぶ・小屋組み? 高架タンクの小屋組みを予行なしで決行。ピッタリ、ホゾが入ったので拍手喝さい】


万歳_R.jpg


     【棟上げ。床束から棟木まで、釘や金物を一切使わずに組まれた伝統木造住宅。これから貫や垂木が入る。木組みがほとんど揺れないのを実感】

斜めから_R.jpg


                 【今日現在の状況。とにかく立派な木造住宅の木組みです!】


posted by 塾長 at 22:57| 建築

2011年01月21日

密林のような家!

 12日から始まった棟上げ。明日で10日目。普通は土台を敷いた後、一日で建つのでなんと10倍。しかも、まだ約6割の進ちょくです。野地板(瓦の下地)を打ち終えるまでには、あと10日はかかりそうです。

 そのくらい、大変な仕事です。

 今日は多くを語りません。伝統建築の住宅を写真で垣間見ていただきたいと思います。

 現場はまるで森のようです。
 木材の持つ炭素は、製材しても固定するので、木造の家は「都市の森」ともいわれています。ここの住宅は伝統建築で建てているので、木材が一般の3倍、約100㎥使われています。化学的に捉えると約15トンの炭素を潮流しています。まさに「都市の森」です。

 炭素固定量は約15トン。密度からすれば、本土の杉林より炭素固定は多くなります。地球温暖化防止に大きく貢献。

 しかし、もっと「森」を実感します。冗談で「今、上から落ちても、必ず木に当たりますよね。」と私がいうと、当の大工さんも納得するくらい、木材が使われています。

 何せ、クレーンのオペレーターが近くにいても見えないくらい、柱が林立し、梁や桁(けた)が交差しています。今日から母屋(もや)が入り、屋根の形が見えてきます。

 沖縄の森のような照葉樹の密林に近い「都市の森」。ただ、中に入ると、風は良く通ります。

 明日はいよいよ、「伝統木造フォーラム」を開催します。参加する方々に、どのくらい伝統的な木組みの奥深さを伝えられるか、不安と期待が入り乱れています。


折置き組み.jpg


【これが、折置き組(上級)。敷き桁の上に丸太が直角に架かり、またその上に軒桁がのります。柱は3本の横架材を突き通す重ねほぞ。出隅部分にはさらに上部から隅木がのることになる】

ます組み途中.jpg


                                   【玄関の桝組み中】

ます組みセット.jpg


                                  【桝組みがセット完了】

桝組みと梁.jpg


                                  【桝組みに梁を架ける】


出番を待つ母屋.jpg


【林立する柱、縦横無尽に架かる梁・桁。まるで「密林」。今日から手前に見える母屋を組み上げ】


隅梁上から.jpg


                【寄せ棟の折置き組。ぐう角部には隅梁が入る。上部から撮影】

隅梁下から.jpg


【下から見た隅梁と飛び梁。奥に見えるのは高架タンクを設置する予定のペントハウス。この小屋組み(寄せ棟)をフォーラムの時に載せる。この小屋組は瓦を載せたまま、そっくり移動できるようにしている。その様子を実際、現場で披露予定】

縁桁.jpg


             【雨端(あまはじ)に架かる丸太の縁桁。柱はチャ―ギ(イヌマキ)】

密林1.jpg



【今日からまた、待たされている木材が組まれていきます。これからも随時、速報としてアップいたします】

posted by 塾長 at 09:05| 建築

2011年01月17日

坪単価じゃ計れない!(速報棟上げ1)

 11日から始まった棟上げへの取り組み。持ち運ばれた木材は約94立方メートル。長さ16mのトレーラ4台に10トン車1台分の加工材が、現場周辺の借地に、ところ狭しと降ろされていきました。
 通常の軸組み工法では、床面積当たりの使用木材は0.2㎥。約170uなので34㎥が標準。約3倍木材を使用しています)

木材.jpg


              【隣接地を2カ所借りて置かれた木材。大工さんの思いも乗っている】

 終日かかって荷降ろしを終えたころ、熊本から大工さんたちを空港に迎えにっ行った家内たちが自宅に到着。歓迎会は、自宅の学習棟でささやかに行いました。
コンクリート構造ではコンクリート打設、木造では棟上げ。型枠大工と造作大工の違いはありますが、ともに前日は緊張します。当日も雑談のなかにも、緊張感が漂っていました。

 次の日(12日)から、土台敷き込み。ところが朝から雨だったので、基礎の天端(てんば)に墨が打てません。午後からやっと曇りになったので、作業が進み始めました。外回りは二重土台。基礎に段差があるので土台敷き込みは柱建てと一緒になります。

二重土台.jpg


             【二重土台の納まり。仮筋かいが要らないほど、柱脚は剛性が高まる】

 3日目の13日。通常はこの日が棟上げです。しかし、金物を一切使わない伝統的な木造なので、少しずつしか進みません。ずっと現場にいると良く分かります。ホゾが長いので土台も柱も組み合わせるのが大変です。

重ねほぞ2.jpg


             【柱頭の重ねほぞが林立する現場。プレカット加工とは全く違う風景】

 来沖4日目の14日。この日は玄関の柱(8寸角)2本を礎石の琉球石灰岩に合わせる作業で一日が終えました。天端が水平ならわずか5分で柱と石は合わせられます。ところが、凸凹の自然石が相手なので、何度も何度も石と柱を合わせてピッタリになるまで作業を重ねます。

 
石口合わせ1.jpg


            【石口合わせ。さまざまな角度から受ける力をあらゆる方向に分散する】

 私は、次の日、餅投げをするので餅搗きの準備で夕方、大工さんより先に現場を後にしましたが、自宅に戻られた直後、「どうなりましたか?」と聞いたら、「無事、2本建ちました」とのこと。
25トンクレーンを一日使い、大工さんが二人ずっと付きっきりで丸一日かけて柱が2本。坪単価いくら?という話が多いですが、とても坪単価では計れません。

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【上棟式後の餅投げ用の紅白の餅を、施主、大工、設計者が力を合わせて搗く。これも一つのコミュニケーション】

 こんなところがたくさんあります。だから、手間・暇かけずにやろうと思えばプレカット工場で加工し、カタログ集から製品化されたものを組み合わせば、安くできます。
 
 下駄箱や掘りコタツ本棚などの家具や、内外の開口部に入る木製建具はすべてオーダーです。既製品はありません。一般的な住宅と同じような家に見えても、実質は相当、内容が違います。

差しかもい入れ完了.jpg


  【差し鴨居。貫とともに、軸組みの重要な部材。一般的な鴨居の3倍の成(せい)(柱と同寸)】

 怖いのは、既製品に合わせて仕事をするのが当たり前になってしまうことです。家具や建具が載っているカタログの寸法に合わせて家造りをしている設計者が増えました。特にの木造の場合は、カタログ建築、プラモデル建築がはびこっています。

通し柱.jpg


             【通し柱を建てる。金物を使わない手刻みによる木組みは仕口で勝負】

 オンリーワンを言うなら、大量生産の製品をなるべく使わないことだと思います。なぜか、大手住宅会社にはカタログ建築が目立ちます。そして不思議なことに、オーダーメイドの住宅より割高になっています。

 世の中に目を転じれば、同じように既製品型の人間であふれています。価値観も均一。生物多様性年で世界が動いていますが、人間の多様性も重要ではないかと思っています。

 さて、明日も建て方が続きます。きっと正式な棟上げは、今週末の木造フォーラムくらいではないかと思われます。
本物の家、味のある家、強い家をつくるには、棟上げまでには、やっぱり10日間要するのだ、と実感しています。(一般的な軸組み工法の棟上げは、土台敷き込みの次の日に完了します)
posted by 塾長 at 00:06| 建築

2010年11月21日

建築家と建築士!

 昨日は、礎石の選別に行きました。出発したのは午後3時。同行したのは長女(4年生)と長男(5歳)。あとの4人は、家内の実家に一時、預けました。

 南城市にある石材店の石置き場。予算がないので、製品に使われなかった琉球石灰岩の山の中から「宝もの」探しをすることに・・・。こんな時は、足で稼ぐしかない!

 一念奮起して出かけたものの、無数の石の山。しかも、チョッと動かそうとしても、重くて動きません。積まれている石も、適当に積んであるためグラグラします。足元もおぼつかない状態で、石の山を恐る恐る見て歩きました。

石拾い・夕焼け・満月 050R.jpg


 玄関の独立柱は24p角なので、結構な大きさが要ります。しかも、台風や地震などの外力を吸収させるために、天端は丸く凸になっていなければなりません。裏を見ようと思っても、石をひっくり返さなねればなりません。足元が揺れるので、力が入らない時も・・。

 だんだん、陽が西に傾いていきます。また、このような遠いところに来ることは、時間のロス。「がんばろう!」と自分に言い聞かせながら作業を進めました。

 もう薄暗くなってきたころ、やっと75p大の天然石に遭遇。もう片方の石もなんとか見つけました。ただ、動かすのに、難儀しました。
 このあと、アマハジ柱の礎石やベランダ柱(15p角)などを合わせて約20個ゲット。

石拾い・夕焼け・満月 103R.jpg

 クタクタになったころ、西の空を見上げると真っ赤な夕焼け。心癒されました。

 太陽が西の山に入る前が一番美しいと思っていましたが、昨夕、入ってしまった後の雲の美しさも素晴らしいと思いました。

 その直後、反対の東の空を見上げると、きれいなお月さま。昨日は多分、小望月(14日月)。これは、きっと神様からのご褒美だと思いました。

石拾い・夕焼け・満月 104R.jpg


 そして、ふと思いました。熊本出身の建築家・清村勉さんのことを・・・。彼は熊本の甲佐町の出身ですが、沖縄で鉄筋コンクリートを研究した人。沖縄最古で現存するRC造は旧大宜味村役場ですが、これを設計した人です。沖縄でコンクリートを普及させました。

 専門書を海外から取り寄せ、独学で研究しましたが、家に帰っても塩水や水を使って、コンクリートの劣化実験をしていたそうです。
 清村氏が設計した金武(きん)小学校はもう取り壊されてありませんが、金武町の方が「清村勉先生を囲む会」で甲佐町に行った時、使われていた鉄筋を持って行きました。約60年経っても、さび一つついていない鉄筋を見て、みんな感嘆したそうです。

 この他にも、沖縄本島各地に数々の建築を残した清村先生。建築全般にわたって一人の技術者が責任を持って当たる、これが建築家と呼ばれる所以です。建築家・清村勉に学ぶところはたくさんあります。

 同郷の人間として、今は時を越えて「木造」に力を入れている一建築士。

 設計から施工、維持管理まで全般にわたって精魂こめて仕事をするうちに「建築家」と呼ばれる日が来るのかもしれません。来ないかもしれません。

 礎石ひとつに掛ける気持ちを持ち続けたいと思います。
posted by 塾長 at 18:06| 建築

2010年11月14日

木造のコンクリート造化!

 今日はタイムス住宅新聞社の取材を受けるため沖縄本島北部の本部町(もとぶちょう)に行きました。出発するときは大雨。私の設計に雨どいを入れることは、ほとんどありません。雨音を楽しむためです。他にも、台風で飛んだり、鮟鱇(あんこう)の部分に枯れ葉が詰まって鳥が巣をかけ、鳥の卵を狙ってやって来る蛇(ハブ)を、枯れ葉掃除をする時誤って握る危険もあるからです。

 担当記者に電話したら、この雨でも取材するというので、「ラッキー!ですね。」と言うと、「えっつ、なぜですか?」と返すから、「木造住宅は雨が楽しめるから・・・」。
 あまり理解していない様子でした。

 現場に着いても雨は降り続いていました。プロのカメラマンも到着。あちらこちら写真を撮り始めましたが、途中で言いました。「この家の一番の魅力は雨音です。今日はこれを伝えて欲しいですね!」とお願いしました。

 さすがにプロ。分かってくれたようです。屋根つきの木のベランダから、長く突き出た軒先から大粒の雨だれにカメラが向けられました。雨だれの向こう側には、本部富士にかかる霧雨。絶好の景色、絶妙のタイミングでした。普通は住宅の間取りや部屋の特徴が新聞では紹介されています。しかし、やっぱり木造は土や花などの季節の香りとか、風や雨の音がわずかな隙間から感じられるところです。香りや音は写真では写せませんが、多分、この写真が採用されるはずです。

 その後、建て主さんへの取材が始まりました。たくさんお話はありましたが、そのうちの一つを紹介すると、建て主さん曰く、「木造もどき」が多いということでした。要するに、「建てる前も建ててからも木造のことで人と話すことがある。しかし、みんな「木造もどき」の木造で木造をとらえているので、話が止まってしまう」ということでした。

 「木造もどき」では雨だれの音は聞こえません。外部の建具がアルミサッシだからです。中には二重サッシやペアガラスもあって、外の音がまったく入ってこないのです。
 おまけに断熱材もびっしり入っていて気密性が高く、外(内)で何があっているか見当もつかない木造住宅です。端的に言うと「木造のコンクリート化」です。コンクリート造の住宅と同じ機能になりつつあります。

 こんな状態であっても「木造」ではあります。内装もベニヤやビニールクロスなどの新建材で覆われて、木は見えません。本土の大手住宅会社では柱は集成材を使うところが多く。建設現場から、ノミやカンナなどの大工道具が消えて行きました。そしてショックなことは、木造の住宅現場には大工さんが一人しかいないという事実です。つまり、木組みをプレカット工場に出すし、柱も削る必要がない(削ったら中のベニヤが見えてくるので削れない)から人出がいらないのです。

 プレカットの普及率は軸組み工法ではなんと84%になりました。大工がいないのでプレカットを増やしたと言いますが、現実は逆だと思っています。プレカットが増えたから、大工さんの仕事が減ったのではないのでしょうか?

 今日のお宅は2年前に竣工しましたが、今進行中の沖縄市の木造住宅と同様、一般の木造住宅より
単位床面積当たりの木材使用量は格段に高くなっています。
 日本の木材の自給率は27.8%に上がりましたが、これは輸入木材が減ったためです。総需要量は前年より約2割も減っています。
 山が荒廃し、林業も疲弊するはずです。木造住宅の切り込み・加工を機械力に依存せず、金物を使わない伝統工法にすれば、大工さんの仕事は当然増えます。使用する木材も増えます。建て主も喜びます。

 ・・・となれば、山床にも建設現場にも人が戻ってきます。錆びた道具も切れるようになります。建築士も、単に自分の設計に満足ばかりしていてはいけないと考えます。これまでの建築士の犯した罪は大きいものがあります。
 家造りは、山に通じています。社会的な責務を考えて設計すべきでしょう。自分や建て主の満足ばかりを考えている設計者が多いように感じますが、本来、大工さんも(作り手)も、建て主(住み手)も、山床もみんな良くならないといけないと思います。

 私は11月末紹介されるこの住宅のことを「もっとも木造らしい木造」と呼びました。「木造もどき」ではありません。他を批判するのではありません。誰かが声を上げ、実践していかないと、日本の伝統的木造住宅はなくなる運命と考えます。また、日本的自然観によって造られる住まいや、そこでの暮らし方を残さないと、日本人の魂は消えてしまいます。

 コンクリート住宅らしい木造住宅ではなく、もっとも木造たるべき木造住宅を今後も設計し、そこでの暮らし方も同時に提案していきたいと考えます。

上原邸 取材 004R.jpg


 久しぶりに伺った本部町の木造住宅。大黒柱に入っている割れが、湿気によって伸びたり縮んだりするらしい。まさに「木」は生きている。すべての木材が大なり小なり伸縮しているので、「住宅」が生きていると言っても過言ではない。(物理的)
 また、一生懸命造ってくれた職人さんの顔が見えるので愛着が強く、時々家に対して「ごめんね」とか「ありがとう」と言葉をかける時もあるとか・・・。。(精神的)
 家をモノではなく、生きもの(人)でとらえる日本人的感覚がここでも存在していた。

 ※訂正:前回のブログ(11月8日)で、500年もつ住まいなので、100倍、とあるのは単純な入力ミスです。一般的な木造住宅の耐用年数を50年と仮定すると「10倍」になります。訂正します。(このブログは一度保存したら修正がきかないので大変です。)
posted by 塾長 at 00:38| 建築

2010年11月05日

木造に詳しい建築士?

 最近、沖縄でも木造住宅が増えてきたように感じます。うれしいことです。しかし、よく耳にするのが、「沖縄には木造に詳しい建築士」が少ないという意見。

 先日、我が家にもみえた東京大学大学院の学生さんも、沖縄県内の木造住宅のことを調査していましたが、そこには結構な数の工務店や設計者が掲載されていました。

 私は思います。沖縄には木造に詳しい建築士が決して少ない訳ではないと・・・。ただ、木造に詳しい人はいますが、木造のどこの部分に詳しいかが問題だと考えます。

 木造を手掛けている工務店は多々ありますが、ツーバイフォー工法であったり、ログハウスであったり・・。あるいは軸組み工法でも公庫適応の住宅であったりします。それぞれに「詳しい」建築士がいるのは事実です。

 また、工法ではなく、諸手続に詳しい建築士もいます。これらを総じて「木造に詳しい建築士」という言い方がまかり通っているような気がします。

 木造住宅、特に軸組み工法、伝統工法を40年以上かかわってきた自分からするとちょっと残念ではあります。木造住宅は奥が深く、木割法から規矩術、尺間法はもちろん、設計や施工、木や森林の文化、製材から維持・管理まで、多くの分野に関わります。

 特に近年の建築基準法の改正は、日本の伝統木造技術をズタズタにしました。本来、外力を吸収・分散する柔構造である木造を、鉄骨や鉄筋コンクリートの剛構造と同じように体系化しようとすることには無理があります。

 戦後復興で建てられた粗悪な住宅や、一部の悪質な建売住宅が、大きな地震のたびに倒壊したのは事実です。しかしながら、丁寧に造られた木造建築は、台風や地震、大雨などにも耐えて永く建ち続けています。

 また、国民の自然観の変化も見過ごせません。明治以降、西洋の自然観が台頭し、衣食から住の世界にも影響を与えました。それは、端的に言うと自然と戦う自然観です。
 住宅でも、いかにして自然の力に耐えるかに、力が注がれました。

 日本は西洋と違って、縄文以降は稲作を中心とした農耕文化を持つ定住社会です。同じ田んぼを数千年耕して収穫します。つまり、循環が基本です。西洋は牧畜・畑作が基本で移動を前提とします。
 日本人には、自然と戦うのではなく、自然と共生する考え方をDNAとして持ち合わせます。人の住まいである住宅も、かつては自然を排除するのではなく、小さな虫は入り込んでも許容するおおらかな家でした。内と外の緩衝帯でもある「縁側」がその象徴です。

 地域によって柱割(一間の寸法、例えば1820oや1900oなど)はまちまちですが、原則、どの地域も昔はタタミ寸法で平面計画を行っていました。ですから、一間が同じで、内法(うちのり、鴨居の高さ)が同じだと、地域内の家同士でのタタミやフスマ、障子などは交換が効きました。世界一のプレファブシステムと言えます。

 現在は、柱の芯々で平面計画するのが主流になってしまったので、タタミ寸法がマチマチになって交換もできません。互換性が高いと、廃棄物が減り、環境負荷が少なくて済みます。
 障子の桟の寸法や、フスマの縁もみんな長い歴史の中で決められてきました。すべて、根拠があります。果たして、どのくらいの建築士がそのようなことをご存知でしょうか?

 公庫の仕様書や建築基準法には詳しくても、木の根裏や背腹、木の使い勝手や癖などに詳しくなければ、立派な木造住宅は出来ません。(両方に詳しければ最良です)
 時々、軒の出の少ない家やひさしのない家に出くわすことがあります。しかしこれも沖縄では「木造に詳しい建築士」が設計や施工をしたと言われているのか、と思うと残念です。

 多少は木造住宅全般に詳しい建築士として、庶民に手の届く価格で、伝統建築を通した自然との共生を広げていきたいと思っています。
posted by 塾長 at 00:59| 建築

2010年10月24日

地鎮祭の準備!

明日はいよいよ、沖縄市に建つ予定の木造2階建て住宅の地鎮祭です。このところ降り続いた雨も止み、「雨降って、地固まる」の感がします。

 特定の請負業者のいない分離型発注、いわゆるオープンシステムで建てます。今日の夜は地鎮祭前の顔合わせ。通常は地鎮祭の後、それをするのですが、地鎮祭後はさっそく「縄張り」、「やり方出し」を行うので、神様の前に集った後の「直会(なおらい)」を式典前に先行することにしました。

 地鎮祭後にすぐ遣り方をするのは、熊本から大工の棟梁など、大工さんが来るからです。手刻みの切り込みはすでに熊本県相良村でスタートしています。木組みをする大工さんが沖縄の現場に来て敷地状況を見、そして遣り方まで打つのが良いと思ったからです。

 最近の住宅はカタログ集から出てきたような工業製品の品評会の体をしています。農業と同じで、工業化、機械化されると、製作者の顔が見えません。
 近代農業では、農家の人が土に触れることがないこともあるようですが、建築の世界も他人事ではありません。大工が骨組みになる木材に一度も触れずに家を建てることがあります。プレカットがそうです。残念ながら、コンピュータで識別し、機械で加工するプレカットが主流です。

 公庫住宅などはこれを前提にした仕様書を作成しているので、伝統技術がすたれるはずです。住宅が商品化(商業化)、均一化(工業化)したからだと思います。大手住宅会社の影も感じます。
 昔は「一品生産」といって、木造で同じ間取りでも同じ家はありませんでした。現在も厳密にいえばありませんが、その差がほとんどなくなりつつあります。なぜなら、木の癖を徹底的になくし、合板や集成材に変化させ、強度を均一化しているからです。

 そうすることで、木造住宅の強度を高め、かつ、管理ができると勘違いしている節があります。癖のない木の大量生産は、大工も建築士も不要な世界を作り上げます。素人でもできる家です。

 材料の品質が均一になると工業製品としての見方になります。木は本来、自然の素材です。短い木もあれば長い木もある、柔らかいのも堅いのもいます。曲がりや割れも発生するのが当たり前です。
 近年は人工乾燥が当たり前になっています。現実に使ったことがありますが、無理して乾燥させた木はスカスカでした。
 乾燥すれば強度が上がるのは確かですが、無理して乾燥させると木の中の繊維分が壊れて強度が逆に落ちます。
 また、生物資源なので当然、虫が食べに来ますが、来ないように圧力をかけて防虫・防腐剤を注入したりします。小さな虫が死んでしまうほどの強力な薬剤です。人間が触ったらかぶれたりします。

 このように木へ人工的に圧力をかけていいのでしょうか?しかし、現実は公庫の仕様書では、これらを施さないと融資は付きません。みんなしかたがなく合わせていますが、次第にこれらの仕様が当たり前になってしまうことが恐ろしいことなのです。

 一般の人たちはこれらの自縛からなかなか解き離れてはくれません。

 明日地鎮祭を行う住宅は、公庫の考え方とは全く逆の考えで建つ家です。

 木はグリーン材(自然乾燥)です。そのために、十分な乾燥期間を置いています。切り込み期間も含め約6カ月寝かせます。小屋丸太を50本ほど使いますが、それぞれに癖を持ちます。これら含め全部で90立方メートルの木材は、すべて大工さんが吟味して選択し、使い分けます。

 床下はあえてコンクリートを流しません。床下の湿気は重要だし、なんといっても地力を享受できるからです。防蟻工事もしません。高床にして、床下は風通しも点検もできる大きな空間です。
 構造・造作材だけではありません。開口部はすべて木製建具です。機密性を強調するあまり、24時間換気を義務付ける現在の家造りには矛盾を感じます。

 既製品のデパートのような木造住宅は、まるでプラモデル住宅です。組み合わせをどうするのかを建築士が真面目に考えています。おかしな話です。

 今回も施主の価値観が相まってすばらしい木造建築ができそうです。先日、手刻みによる切り込み中の写真が送ってきました。寄せ棟の上級折置き組です。もうそれは建築物というよりい芸術の世界でした。

 これが現実のものとして沖縄市に建ちます。来年1月の棟上げが今から楽しみです。

 これからも、本来の木造を理解した人にだけ、自分の設計を披露していきたいと思っています。もう、たくさんの人でなくても良い!と思うようになりました。かえって、その方が、中身が濃く、しっかり建った後も大事に使ってくれるのではないかと思っています。

 熊本から今日のために大工さんと建具師が4名そろそろ見えます。鍬入れ式に使うスコップやツルハシの柄に初めて紅白の布も巻きました。いざ、出陣です!
posted by 塾長 at 17:39| 建築

2010年10月21日

自然の摂理に則した家造り!

 環境保全を語る人間で、どのくらい建築のことを意識しているのか疑問を感じることがあります。

 それは日本のCO2総排出量の36%を建築関連業種が占めるからです。立派な環境論を語ったり、環境保全活動を進めても、日ごろの住まいや勤め先の建築空間でCO2をたくさん排出していては、説得力がありません。

 建築の生涯排出量(LCCO2・ライフサイクルCO2)は、計画から建設、運用、廃棄までを通したCO2の総量のことですが、この観点からみれば、木造建築はRC造よりはるかに低い値となります。

 とうの昔、伐期を迎えた戦後の拡大造林で育った人工林の活用を理由に、国もやっと公共施設を木造で建てる政策を実施するようです。

 ただ、木造といっても最近は住宅を見ても分かるように、快適・便利・簡単な暮らしを夢見て、カタログから出てきたような家ばかり・・・。木造というより、木製住宅の様相です。さまざまなキットを組み合わせて造るプラモデル住宅・・・。化学製品、工業製品の組み合わせです。木組みもプレカット工場に入れて、金物で締める「商品」になり果てました。当然、多くの異なる種類の材料を使うので、解体のときは、いわゆる「ミンチ解体」です。

 産廃の2割近くは建設業が占めます。産廃にすれば「ゴミ」、再利用すれば「資源」になるのに・・。かつての木造住宅は、自然素材の木や土、石などでできていました。木もマテリアル。現代のように木の癖を殺してしまった集成材や積層材はありません。

 そして、木組みは手刻みで伝統的な仕口や継ぎ手を使っていたので金物はなく、みんな込み栓やシャチで留めていました。これらを抜くと、実にきれいに解くことができました。古い家を解く解体屋さんは、大工さんが手で組んだように、手で解きました。
 それを待っているのは畜産業の人たち。牛舎や豚舎に再利用されました。

 伊勢神宮の式年遷宮は20年ごとに建て替えられますが、住宅も同じように建て替えが利きました。伊勢神宮の正殿の棟持ち柱は、内宮は鈴鹿川にかかる宇治橋の大鳥居の内側、外宮は外側に建てて20年間再利用され、その後の遷宮でさらに鈴鹿峠のふもとの関の追分と、桑名の「七里の渡し」にそれぞれ再々利用されます。

 式年遷宮を継承するために、使われる木材を調達するために森を育て、宮大工を生かし続けます。これらを「建築循環」というのかもしれません。今の日本の住宅は利便性を求めて簡素な工法に様変わりしたので、循環はほとんどありません。
 新しく家を建てるには、前の家を全部処分し、新しい木材を全部調達します。工法もその都度代わるので、大工技術の継承がおろそかになります。

 モンスーン地帯にある日本は、西洋と違い、山(森)の民なので、森を大切にし、森から生れ出る水を分かち合い水田を作りました。水田は畑と違って循環するので「定住」することになります。そこで循環する森の木をいただいて家を作りました。
 つまり、暮らしぶりだけでなく、家そのものが「自然の摂理に則していた」のです。

 これまで、環境保全や子育てを考える上で、自然の摂理に則した暮らしを実行することを提唱し、実施してきましたが、今、新たに「建築も自然の摂理に則して建てるべき」との考えに至りました。

 単に木造がいいと言うのではありません。自然の風を一切いれないビニールハウスのような家では意味がありません。それは名ばかりの木造であって、機能や構造はコンクリートと同じこと。
 快適は大敵!機能劣化や感性の喪失は、林間学校に参加する子どもたちを見ていると分かります。

 ただ、人間中心主義がまん延して感覚がマヒしている現代人には、なかなか理解できないところもあります。
 
 11月5日発刊予定タイムス住宅新聞の「新・木造考」では、その入り口を書きました。その後、木造に対する基本的な考え方を2回ほど訴えたいと思っています。

 本来の木造住宅を再生するには、「日本人の自然観」に言及しなければ解決できないのではないか、と考えています。 
posted by 塾長 at 21:48| 建築