2013年11月29日

長浜邸の紹介と住環境フォーラムの案内

 長浜邸の住まいづくりが、「タイムス住宅新聞」の「お住まい拝見!」に取り上げられました。小規模で簡素な家ですが、自然に合わせたくらしや、木の文化の継承、伝統的な日本建築の技術を駆使した住宅です。

 木造住宅の建築は自然と共生するための手段のひとつです。決して目的ではありません。高気密・高断熱、快適・便利な住宅が増えていますが、将来に住宅を大型粗大ゴミで残すことはできません。自然に負荷の少ない自然素材を使って造るべきです。
 また、暑さ・寒さや自然の脅威を肌で感じることも大切です。

 現代の都市文明の忘れ物を、このような伝統構法の応用で建てた住宅で再び拾えたら幸いです。

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 関連して、来年1月18日(土)に、通算、第7回目となる住環境フォーラムを開催します。1月になったら、新聞のインフォメーションに掲載する予定ですが、HPで先にご案内いたします。(受付開始)

 さて本日の熊本便で沖縄を発ちます。目的は宮崎県綾町の杉材を最終決定するためです。心柱一本のためですが、柱になる木は生きものです。生きています。住まいに使う木材は全てすべて生きていますが、せめてこの柱ぐらいには事情を言って、伐らせてもらおうかと思っています。育っていた木の(向き)方向や癖を最大限、活かしたいと思っています。

 食材もそうですが、みんな生きている命を頂戴します。伐られたあとも、なお長く暮らしの中で生き延びてもらいたいとの思いです。空師と呼ばれる木を伐採される方のお話や地域の環境、山のどのあたりで生まれ育った木なのか、しっかり見てきたいと思います。

 また、帰って来たら、ご報告いたします。

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posted by 塾長 at 10:51| 建築

2013年11月06日

心柱探しの旅!

 11月3日、北中城村の比嘉邸に使う心柱を探しに、比嘉さん親子とともに沖縄を出発しました。「龍の昇る家」は、地域に伝わる龍神伝説も相まって、役者が揃いつつあります。
 自然との調和は、「言うは易く行うは難し」です。住まいづくりでこれを実践するには、描き手も造り手も住まい手も、みんな共通認識が必要です。これまでも「自然との共生・調和」という建築哲学で設計・施工してきました。
 つまり、住み手ができた住まいで自然に逆らわず、自然を楽しみ、自然の脅威を感じながらつつましく暮らすことです。これまでの住宅もベニヤやビニールクロスなどの新建材は一切使っていません。使うのは、自然に戻りやすい石や土、紙、木、水などの自然素材です。

仙人が居そうな綾町の山並み北綾川.JPG


【心柱を探しに行ったのは、宮崎県綾町。北綾川は熊本県多良木町が水源と聞いて、縁を感じました。仙人が居そうな山だなぁ」というと、同行した高橋氏は「仙人が万人います」と返しました。そのくらい幻想的な風景でした。】

手入れされた人工林.JPG


【枝打ちなど手入れされた人工林の杉林。心柱には野性的な枝付きの杉を求めている。】

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【奥に入ると、湿気が90数パーセントの森が続く。神様が宿っていると思った。】

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【綾町に行って最大の学習は、この柱との出会い。枝が全体にバランスよく張っている木を探したが、地元の空師・黒木純一さんは、「枝は陽の当たる方に伸びますから・・・」とひと言。頭をガーンと打たれたようだった。つまり、バランスよく見栄えのいい枝ぶりを求めるのは、「人間中心」的な考え方に他ならないことに気付いた。山の北にある木は北東に、西にある木は南西に枝を張る。従って、部屋の中央に立つ心柱は、育っていた方向に建てれば、それが一番自然だし、強度も出る。木材の適材適所の使い方はここにあった。】

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【そのうえで、設計趣旨を空師の黒木さんに説明した。木の形や癖をそぎ落として製品化する今の木材の使い方では木が生かされていないことや、曲がった木を使いこなすのが大工さんの技術であり、それを生かすような設計をすることが、日本の山を守り、技術を継続することにつながることなどを一生懸命話した。それを理解してくれたあと見せていただいたのが、この杉の木であった。】

枝付き木.JPG


【そしてやっと出会った心柱になるイメージの杉の木。沖縄からはるばる探しに来た甲斐があった。生きている木。大切にしなければ・・・。木材の産地を知る建て主は少ない。きっと、何十年、何百年と今度は家の守り神として生きてくれると思った。】

見つけた心柱.JPG


【少し安心したのでみんなで記念撮影。前列は比嘉淨治さん親子、後ろがみんなの気持ちをつないでくれた旧友の高橋武則さん(前宮崎県建築士会副会長)、後列左から空師の(有)照葉林業の黒木純一社長、私、その右が内田勉棟梁。撮影は、永田村衛門製材所の永田社長。】

 木組みも躯体(骨組み)には金物や釘は使いません。相性が悪いからです。二重土台や折置きの小屋組のため木材使用量は通常の軸組の2.5倍、手間も3倍ほどかかります。加えて、その家や地域にふさわしい物語を導入します。お金はかかりますが、坪単価が2倍になることはありません。

間棹の説明.JPG


【次の日、大工さんが切込み中の作業場を見学。「難しい仕事なので間竿(けんざお)が3本もいりました」と内田棟梁が建て主に説明。】

墨付け1.JPG


【墨付けされた木材。丸太が多いので墨付けも面倒。しかし、機械加工ではできない木の性格を生かした木組みなので、しなやかで強い柔構造ができる。】


切込み中1.JPG



【切込み中。1本1本手作りで組み手を作る。】

大工道具.JPG


【伝統構法は職人だけでなく道具も現場に呼び寄せた。機械力や化学力に頼ると、人間の機能は劣化する。それは農業とも共通する。世界に誇れる日本の伝統技術を継承するには、建築士が手仕事で図面を書くことから始まる。「今の日本の建築士はカタログ建築士」と揶揄したら、同じ建築士の高橋氏は「いやいや、スマートフォン建築士ですよ」と言った、そのくらい、規格化した住宅に文化などあろうはずがない。ただ、施主の要望ばかり聞く建築士が多すぎる。建築哲学、自然観、人生観はどこへ行ったか?魂のない家の乱立は嘆かわしいばかりだ。】
 
 

 そして今回のテーマは「龍神物語」です。

 太平洋に向かう中城湾(なかぐすくわん)から昇りあがった龍が、荻道(おぎどう)にある湧水(タチガー)を通って我が家の裏山を下り、安谷屋(あだにや)辺りを回遊して仲順(ちゅんじゅん)のナスの御嶽(うたき)に入っていくという龍神伝説です。
 この龍は薬水をもたらすと言われ、現実、タチガーの水を飲んで癌(がん)が治った人もいます。

 比嘉様の敷地は龍の通る道になっており、南西から北東に向けて地形が上がっていますが、地形を変えず地形に沿った設計をしました。従って、屋根の棟も一部昇り棟とし、最上部のロフトの方形(ほうぎょう)の頂点には宝珠を乗せてあります。宝珠に向かって龍が昇るイメージです。
 そこで、昇り棟には「昇り竜」をあしらい、玄関壁には龍の鏝絵(こてえ)、雨端(あまはじ)の柱が載る礎石には龍を彫る予定です。

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【施主挨拶。「龍の昇る家」を支える熊本の職人集団が勢ぞろいした人吉市の「旅館芳野」の一室。ここは登録文化財でもある。左から二代目竹下建具製作所社長、成松左官さん、竹下建具製作所三代目予定の裕一さん、右奥、礎石に龍・カメ・カエルを彫る徳永大工さん、明治時代の創業、老舗の永田村衛門製材所(2名)、内田棟梁の面々。】

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【敷地の地形は南西から北東に上がっている。建物も地形に合わせた。高い部分のロフトは方形(ほうぎょう)で、最上部に宝珠(ほうじゅ)が鎮座する。その宝珠に向かって下段の屋根の棟にある龍が昇る。登り棟の端には龍の鬼瓦。「藤本鬼瓦」の手製となる予定。その下絵。】

鏝絵の龍を持つ成松氏.JPG


【わざわざ熊本市から駆け付けてくれた成松左官さん。鏝絵の参考にと持参したのは龍。】

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【よく見ると、龍の口には玉が・・・。細かな手仕事。これなら素晴らしい鏝(こて)絵ができると確信した。】


漆喰で作ったアユ.JPG


【漆喰で作られたアユ。これも成松さんの作品。】

鳥とお盆.JPG


【すると、集まった職人さんが手作りの作品を出し始めた。まるで展示会の様相。内田棟梁はケヤキとヒノキで作ったお盆、徳永大工さんはニワトリの一刀彫り。携帯電話の画像には、これまで作ったカエルや河童の作り物が・・。やる気満々の職人さんがたくさんいて、力強くなった。】

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【ニワトリの一刀彫り。すごい!】

 昇り龍の鬼瓦は、熊本城の鯱(しゃちほこ)を作られた藤本鬼瓦様、玄関の鏝絵の製作には、下絵が本永(旧姓宮城)愛様、左官仕上げは昭和50年の技能五輪全国大会で第1位になった成松徳雄様、礎石の彫り物は徳永繁信様がそれぞれ担当します。

 これに「空師」(そらし)と言われる宮崎県綾町の黒木純一様がひと肌抜いでいただくことになりました。龍のように大木の間を駆け登り、枝打ちや伐採をする業師です。

 龍神と水神は表裏の関係があります。北中城村(きたなかぐすくそん)の龍神の道は、水神の道でもあります。平成の名水百選に認定されているタチガーの水脈は、比嘉様の敷地までつながっていて、まさに「神の道」でもあります。
 先日、地盤改良工事の際、湿っぽかった場所を掘ってもらったら、わずか2メートルのところから水が湧いてきました。その後の雨の影響もあって、今の水位は地盤から65pまで上がっています。きっと、神様からの贈りものでしょう。家の完成までに、井戸として整備したいと思います。

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【タチガー脇に林間学校用の洗たく場を作った時も偶然、鉄棒を突いたところから水が湧いた。今回も、地盤改良の時湿ったところを掘ったら水が湧いてきた。神の道は水・龍の道。家の竣工までに井戸として整備する予定。】

 水や森に感謝し、大切にして未来に引き継ぐことは、現世代の責任です。目の前の快楽やおぼれることなく、人間が自然界の一員として自然の営みに逆らわず、謙虚に生きていくことを家づくりの中に取り込んでいきたいと思っています。

綾町自然生態系農業認定区分け.JPG



【綾町の物産館に掲げてある有機野菜の区分け表。「金」は完全無農薬。我が家は米も無農薬。食住で安心して暮らせるのはありがたい。】


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【綾町は有機野菜で有名。俺が俺がではなく、地域ぐるみで土壌や水を汚さない農業を長年掛けて達成。冬にヒマワリを無理やり咲かせて喜んでいる北中城村も綾町を見習ってほしい。価格は決して高くない。むしろ安かった。帰ってからソーメンを食べたが、しょうがの味も本来の味を出していた。綾町の魅力は木材だけではない。人も自然も虫たちもみんな元気!】

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【お土産は無農薬野菜に加え、朴(ほう)とヒノキのまな板や杉の落し蓋など。朴は長男の朴然(ぼくねん)の名前に採用した漢字。包丁のような鋭利な刃物で傷ついても、元に戻る打たれ強い人間になってほしいという願いが込めらています。無農薬野菜もふくめ、本物はやはりいい。】

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【二次会は球磨焼酎が潤滑油。立派な仕事をみんなで誓った。】

テディべアんUの徳永真利子ママと徳永さん.JPG


【おまけのおまけ。石の彫り物をつくる予定の徳永大工さんの娘さんが経営するスナック:テディベアU(人吉市紺屋町)この写真のように、親子の家族愛を見せていただきました。きれいでしっかりしたお方でした。】
posted by 塾長 at 20:04| 建築

2012年09月09日

伝統木造住宅は、子育てのよう!

 我が家は引っ越してきて、やがて6年になります。軸組工法と異なり、伝統技術を用いた木造住宅は「子育て」に近いと実感します。棟上げは図面が姿に変わる出産のようで、棲みはじめると子育てです。

これまでも手直しや追加工事を何回も繰り返しました。それでも家族の変化や自然活動への対応などでいまだに手を入れ続けています。

 今日の午前中は、家の中の棚付けをしました。わずか17坪の母屋に9人が暮らします。特に収納は毎年増え続け、なかなか片付かないので、色々と工夫するしかありません。

 隣町のDIYの店から既製品の板を購入し、サシガネで寸法を書き入れ、ノコギリやノミを使って家族総動員で取り付けしました。私は大工さんでもないし、もともと不器用なのでまっすぐ切れなかったり、まともに釘を打てなかったりして大変ですが、家に対する愛情だけでがんばりました。

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【書斎兼事務所の木製棚。既製品の棚板を2枚取り付けえたら、随分片付いた。家には手入れが欠かせない。】

 今日は、書斎兼事務所の棚と食器棚の棚の追加です。なんとか形は出来ました。台風の前は折りたたみの雨戸が壊れたので、直接木々で止めたり、風で家に当たる樹木の枝を切ったりと、毎日のように力仕事が続きます。

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【こっちは、家内要望の造り付け食器棚の地袋の棚付け。一段増えると、台所は相当片付く。自家製の梅酒(平成18年〜今年まで漬けたものや梅干などが並ぶ。よほど飲兵衛と思われるかもしれませんが、たまーにしか呑みません。】

 そういえば、屋根の点検で見つけた渡り廊下の雨樋替えもしました。樋(トイ)といっても、竹です。モウソウダケを二つに割って節をとります。自然素材なので、数年もすれば取替が必要です。お風呂も檜風呂なので、同じことです。つまり、我が家はすべてがそうなります。お金も手間もかかりますが、実に楽しい子育てです。

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【孟宗竹を割って作った雨樋をかけました。上下2段あります。取り付け役?私ではありません。屋根の登ったのは、家内と子どもたちです。】

 以前、連載「新木造孝」でも書きましたが、いままたそれを実感しています。伝統建築の木造住宅は、子供のようでもあり、恋人のようでもあります。そのうち、母親や父親のように僕らの家族を守ってくれると信じています。
 それまで、毎日、気にしながら付き合い、育てていこうと思っています。

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【水車小屋前の池も家族で作りました。ここにはトウギョやメダカ、カニ、金魚などが棲んでいます。】


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【我が家の玄関屋根には、オオタニワタリが棲んでいます。漆喰下の土に根を張っている様子。生きものと一緒の暮らし:命がたくさん寄ってくる家・「ぬちゆるやー」にふさわしい風景です。毎日見るたびに植物の生命力に感嘆できるのも、自然素材だけで建てた伝統木造住宅である我が家のおかげです。】

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【以前連載した「新木造考」と「木暮らし」の一部。この時も同じように、伝統木造住宅は「恋人」「子育て」のようだと書いています。】
posted by 塾長 at 20:10| 建築

2012年09月03日

台風15号から学ぶ!

 8月26日夜9時ごろ、台風15号が沖縄県北部に上陸しました。台風が近づくに連れ、気象台や報道から出される情報は、「風速50m、最大瞬間風速70mの戦後最大級の超大型台風」でした。

 さすがに、繰り返される台風情報の脅威に、伝統木造建築の設計を手がけるものとしては、多少の不安もありました。26日の日曜日の朝から風が強まりました。我が家は布基礎にアンカーボルトで土台でつなぐ床組みではありません。石灰岩に柱を立てる礎石基礎(石場立て)です。
 したがって、強風が吹くと家は揺れ、浮きそうになります。屋根や床、壁の重みとのバランスで立っています。筋かいは1本も入っておらず、貫を通した軸組です。小屋組は学習棟を除き、折置き組です。学習棟は京呂組ですが、宙に浮く心柱が入っていて、バランスをとっています。4棟いずれも、いわゆる、柔構造です。

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【お母屋のベランダから見た台風時の風景。台風が進路の東を通ったので、来るときは南風、次第に西から南風に変わるのが分かる。】

 設計した家のなかで、一部雨漏りしたところがありましたが、家の崩壊などはありませんでした。特に、山の中腹にあって風の通り道に建てた木造2階(PH付き)の住宅は、よくぞ、あの強風に耐えてくれたと思います。
 PHは八角形とし、いずれの方向からの風も逃がす工夫をしています。沖縄の住宅は基本的に平屋です。ところが、米軍基地に摂取された影響もあると思いますが、狭い敷地が多く、そこに木造の心地よさや健康面を考慮して、RCではなく木造で建てたいとの要求があります。日本の木造住宅の基本は水平性(平屋)、融通性、可変性、自然との調和です。

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【強風で雨戸がしなる。手前のガラス戸も割れそうにしなる。こどもたちが内側から押さえていたが、途中で建具も柔構造と思い、ガラス戸を少しだけ開けた。すると、外からの風圧が分散し、ガラス戸はしならなくなった。】

 しかたなく2階建てとなりますが、そうなると、風や雨の対応が難しくなります。つまり、屋根で覆われた平屋とは異なり、壁と屋根の納まり(つなぎ目)によほど気を使わないと、雨漏りの原因になります。
 特に、伝統構法で壁を板張りにすると、隙間から雨が入り込みます。しかし、もともと風や地震の力を無数の隙間(クリアランス)によって吸収・分散する工法です。

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【裏山にあるタチガー(湧水地)周りの点検。ギンネムの枝が折れていた。我が家の敷地もアカギの大木が折れた。】

 虫の侵入を許容する日本人の自然観を取り入れた柔構造は、虫も風も雨も入り込むのです。それを雨一滴、すきま風ひとつ許さないと言うのなら、最初から気密性の高いRC造とし、開口部をアルミサッシにして、外部の自然を排除する西洋的な家づくりをすべきです。
 昔の家にはガラス戸はありません。雨戸の内側に紙貼り障子があるだけです。家は雨風をとりあえずしのぐ器でした。内外の温度や湿度はほぼ一緒。冷暖房機などなく、夏は縁側を開け、蚊遣りをたきました。寝る時だけは蚊帳をつり、打ち水やウチワ、風鈴などで涼を呼び、冬は火鉢や炬燵で暖をとったものです。いずれも局所の冷暖房です。

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【雨は少なかったが、普天間川を見に行ったら、増水していた。】

 自然に対抗して自然を押さえ込む西洋の自然観と、人も自然の構成員のひとつとして、自然との共生・調和する日本的な自然観とはまったく逆です。最近、木造住宅が沖縄でも見直されて普及しつつありますが、考え方の土台がなく、木造のいいとこどりで建てる人が増えました。気密性の高い「RC造のような木造」や、カタログから出てきたような「規格住宅」が増えました。

 構造躯体に釘や金物を一切使わない伝統的な木造住宅と、規格化されたRC造的な住宅とを一所くたにされたらたまりません。
住宅は自らの価値観、自然観を表します。高所・大所から物事を捉え、場所が異なる地域に建つ住宅にかかる自然の力を時間をかけながらなじませていく努力を建て主は実行していかなければなりません。目先、小手先にとらわれず、大きな気持ちで全体を捉え、木造の文化や自然との調和の仕方を、住宅から学ぶのです。メンテナンスのいらないメンテナンスフリーの住宅が主流ですが、それは建て主にとって、捉え方次第では不幸と考えています。台風が来ても、地震があっても人工物である住宅を過信すると、危機管理能力が低下し、命さえ落とすことさえあるのは、先の東日本大震災・大津波で実証済みです。

 また、沖縄で2階以上の木造住宅を建てるには、相当の技術が必要とされます。特に、伝統構法の場合は、技術者が極端に少ない事情があります。例えば、錺(かざり)職人は沖縄にはいません。大事な2階の壁と1階の屋根の納まりなどは、錺職人の技術が不可欠です。また、瓦工事もRC造が多いためか、そもそも瓦で雨水を止めようという考えがありません。「瓦から漏るのは当たり前」と職人に言われたときは、唖然としたものです。沖縄の瓦屋は、瓦下地の防水シートで水を止めるのが常識なのです。

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【夏休みの自由研究:小学一年生の朴然の作品。水陸両用の風力式自動車らしい(帆が動く)。六年生の長女は、琉球松をくりぬいて作った「起き上がり小法師貯金箱」貯まれば安定!がキャッチコピー。】

 このような木造住宅の職人意識、環境の中で、どのようにして本来の木造を普及させるのか、課題はたくさんあります。
しかし、多少、雨漏りやシロアリ被害があっても、なお、伝統的な木造で自然と共生しながら暮らしたいという人たちもいます。建て主も職人も設計者も、みんなでその対応に知恵を出すからです。
住み手、作り手に「自然との共生・調和」という共通認識があれば、これからも少数の方々とだけでも一緒にやっていきたいな、と思っています。
 なぜなら、私は建築は手法の一つであって、伝統木造建築を通して自然と人間が共生する考えや暮らしが広がり、人間性の高い社会を築くことを目的にしているからです。

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【次女・亜和(あや)の工作は、回る家・浮かぶ家。製作中1】

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【間取りも製作】

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【ほぼ完成。敷地は鋸屑を使って芝としたようだ。家が回るので、風や日当たりを調整できるらしい。その他にも、いろいろ工夫がしてあった。子どもたちは工作以外に、「クモの研究」(ぼくねん)、3年の麻衣は「アリの研究」、次女の亜和(あや)は「アヤヨシノボリの研究〜往復・8kmの旅」、長女は「身近な生態系と自然との共生」(論文)をまとめました。童話大会には4人とも出ます。1年とと3年は規定の童話、次女は「万然の奇跡」、長女は「幸せとは?」の作文をそれぞれ記憶して発表します。この他にも一行日記やがんばりノート、ラジオ体操、絵日記、読書各12冊読破など、毎日、エサあげのあとの時間をフル活用して夏休みを終えたようです。長女は沖縄タイムスの環境調査隊にも毎週通ったので大変だったかもしれません。】
posted by 塾長 at 12:25| 建築

2012年01月30日

天まで届け、自然との共生!

第5回目の住環境(伝統木造)フォーラムを1月28日に開催しました。定員20名の少数のフォーラムです。
 前日の夜は雨でしたが、当日は晴れてくれました。今回は特に心柱や夢殿を持つ意味、伝統構法と在来軸組み工法の違い、住み手の暮らしぶりなどを中心にお話しと説明を行いました。

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【フォーラムの様子】

 まず、沖縄の木造住宅の現状を話しました。新設木造住宅着工率はずっと1%くらいですが、本土の住宅メーカーの攻勢が始まっていて、昨年は若干増えたようです。しかし、ほとんどはプレカット。沖縄に限らず、最近の木造住宅はリフォームも含めて、日本全国プレカットのようです。
 柱は上下短ぼそ、小屋組は京呂組。仕口は金物で補強します。京呂組は、柱に桁をのせて、その上に小屋梁をのせます。・・・「載せる」のです。

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【京呂組と折置き組の違いを説明中。写真に見えるのは、折置き(下り置き)組の見本】

 私が設計する家の柱は上下長ほぞ、上部は重ねほぞなので短ぼその10倍くらい長くなります。小屋組は折置き組。柱に直接小屋梁が掛かります(渡りあご)。今回も、柱間が遠いところもあるので、柱の上に敷桁を通して小屋梁を受けます。その上に軒桁を通します。
 ここでは、「のせる」のではなく、「差し」ます。胴差し(2階の外回りの梁)、差し鴨居(かもい)、差し框(かまち)という名を使います。つまり、上からただ載せるのではなく、「差し」て組むのです。

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【下部を切り、10mの心柱が宙に浮いたところ】

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【見事に心柱が宙に浮き拍手の中、喜ぶ。左:尾方棟梁、中央:建て主さん、右:私】

 軒桁に小屋梁を蟻(あり)掛けで「のせる」やり方は、梁の欠損が多いので中央で梁が下がる恐れがあり、また、水平の強い引張力が働くと蟻の部分が壊れる可能性もあります。その点、材料もたくさんいるし、手間もかかる折置き(「下り置き」とも書く)組は、梁の断面欠損が少なく、柱に直接小屋梁を掛け、柱のホゾを差すので、当然、強くて長持ちする構法です。

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【心柱の真下からみたところ。八角形の組み物が二重、三重に見える】

 この家は耐震(筋かい入り)、制震(心柱)、免震(石場立て)の3つの要素が融合しています。伝統構法は、基礎が礎石(石場立て)で軸組みに貫(ぬき)が入り、小屋組みは折置きとし、躯体(くたい)には金物・釘は使わないものだと考えています。(仕口・継ぎ手は込み栓(せん)打ち)
 ただ、釘は法隆寺でも「和釘」が使われているので、決して釘を使わないというのは、絶対条件ではありません。

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【「夢殿」部分。八本の陸梁(りくばり)は心柱の中央で「雇いホゾ」でつながり、一体化している】

 何を持って、伝統構法というのかと、自問自答しました。結果は「自然に逆らわない組み手」ではないかと考えます。
 日本は法治国家ですので、法律に従わなくてはなりません。したがって、仕方なく筋かいも入れます。(自然力に対抗する耐震構造)しかし、一部は礎石にヒカリ合わせる石場立て(自然の力を逃がす免震構造)とし、心柱を中央に入れて地震や台風の揺れと逆に揺れる制震構造も取り入れました。3階部分の「夢殿」は心柱を吊る役割や縦の通風がありますが、風当たりをなるべく避ける八角形としました。

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【全景】

 沖縄県で最古のRC造で県の文化財になっている、大正14年建築の旧大宜味村(おおぎみそん)役場の2階部分の村長室も(設計は同じ熊本出身の清村勉氏)のRC造で八角形です。

 自然力と戦うのでなく、自然力を「避ける」「逃げる」「よける」のです。強大な台風や地震、津波に勝とう!などと考えるのは、人間のおごりです。一定の自然の脅威に耐えれば良いのです。
 「火災」や「台風・地震」、「シロアリ」などの木造の課題については、危機管理能力を発揮して対応すれば、十分長生きする家になるし、住み手の感性も高まります。

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【礎石は近くの鉱山から・・・】

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【雨水を保水する石灰岩。地下水として糸満市内に流れ出る。この琉球石灰岩の山から見たら、人間の小さいこと・・。砕石としてコンクリートの中に埋もれるだけではなく、礎石として生かし、少しでも保水して欲しい】

 総じて言えば、「自然との共生」を実感できる家と言うことになります。どれだけ綺麗事を言っても、自らの家が虫一匹受け入れず、機械を使って空調をコントロールしていては説得力がありません。


 私のめざす住まいは、自然との共生・調和。快適・便利、簡単・安全な家は、住み手に内在する機能を劣化させるばかりではなく、自然環境の破壊にもつながります。これまでの自然観や価値観を見直し、人間も自然の営みに沿うような暮らしをすることを願ってやみません。

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【近くの長谷寺で鐘を突く。工事の安全と自然との調和を願って・・・】
posted by 塾長 at 19:25| 建築

2012年01月25日

沖縄の冬の風景と建前速報!

 沖縄はこのところ、寒い日が続いています。・・。とは言っても、最低気温が10℃以下にならないので、本土の寒さに比べたら大したことはありません。ただ、ずっとその地に住んでいると体が慣れてきて、氷は張らなくても「寒い」と感じてくるものです。

 寒さのせいか、毎年無理して咲かせる近くのヒマワリ畑はのヒマワリは寒空で凍ったような表情をしています。見に来る人は笑っていますが、冬のヒマワリは凍えて泣いています。人間中心・自己中心主義の最たるもの。

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【ヒマワリは夏。寒空で成長も悪いヒマワリ。人間にもてあそばれ、可哀想・・・】

 先日、馬を連れて散歩していたら、新聞社かに記者が声を掛けてきました。「馬と一緒にヒマワリ畑の前で写真を撮りたいので協力して欲しい」。
 
 はっきりとお断りしました。「私は、冬のヒマワリ祭りには反対の立場。サクラやウメと一緒にヒマワリが咲く、と勘違いする子どもが出てくる。現に、子どものテストで、『種をまいたらヒマワリは12月まで咲き続ける』が正しいとと言う回答をした北中城小学校の子どもがたくさんいます。もともと緑肥が目的だったのに、立ち枯れにさせて、緑肥にもならない。おまけに西洋ミツバチやシロガシラなどの外来種が寄ってきて生態系を攪乱している。ここは、農用地ですよ。観光目的に使ってはいけないところです!」と説明しました。

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【せめて緑肥になれば、救われるヒマワリの命。立ち枯れのヒマワリを見て、訪れた人たちはどう感じるのか!】

 大人たちがこのような有様で、健全な季節感や環境倫理観を持てる子どもが育つわけがありません。税金を使ってこのイベントに加担するような村の姿勢にも疑問があります。せめて、来年から村は撤退して欲しいと願っています。

 さて、寒さは木造の我が家にも影響が出てきます。開口部はすべて木製建具なので、当然、すきま風が入り込みます。隙間風は寒風だけではなく、季節の土や花の香りをのせてきます。部屋には赤い炭火がで暖を取るのが日課です。ストーブのにおいとは違い、日本文化の匂いです。

 しかしながら、夜は冷えるので、夏場外していた紙貼り障子を出窓の硝子戸の内側に取り付けました。まぁ、なんと暖かくなることやら・・・。昨晩は布団を掛けても眠れぬように寒かったのが、嘘のようです。厚さが1ミリもない紙。改めて、日本人の知恵に感動させられました。
 そういえば、「勝新太郎の座頭市」に出てくる家は、板戸の内側に障子がありました。硝子戸は、明治以降に普及したのでしょう。5年前まで住んでいた明治の後半に建てられた人吉市の矢岳駅駅長官舎の縁側には硝子戸がありました。入っていたガラスが波うっていたなぁ。きっと手作りガラスだったと思います。昔の「国鉄」だったからできたのでしょう。

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【紙一枚で寒さがしのげる。なんと繊細な日本の文化】

 さて、設計した「夢殿を持つ家」の建前がこの17日から始まりました。現在の木造住宅のほとんどはあらかじめ工場で機械加工するプレカットの部材を組み立てる方式です。私の設計は、伝統構法を応用した組み手を用いるので、土台敷きから1週間たっても、まだ2階の床までしか組むことができません。

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【段差のある基礎・土台、二重土台もあって、面倒な仕事が続く。その分、地震や台風に柔軟に対応できる】

 さらに地形に合わせて基礎には6つの段差があるし、場所によっては二重土台になっています。やっと昨日、中心に建つ心柱があがりました。28日のフォーラムに向けて、大工さん5人が知恵を絞りながら、複雑な木組みを重ねていきます。棟上げは、2月4日。餅投げをする予定です。前日には、建て主や大工さんたちと、餅つきを我が家でする予定です。

重ねほぞ.jpg


【伝統構法の欠かせない「重ねほぞ」。敷桁・梁・軒桁を貫通する】

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【2階建て寄せ棟に折置き組みを採用】

 今日は2階の柱・梁が上がります。そして、最後に天につながる八角形の夢殿。楽しみです。

隅梁.jpg


【隅角部の隅梁の納まり】

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【2階床組みの中央に心柱が見える。この上部に八角形の「夢殿」が鎮座する予定】

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【心柱。最上部の欠き込みに「夢殿」の隅木のほぞが入る予定】
posted by 塾長 at 12:17| 建築

2011年03月15日

津波から学ぶもの!

 未曾有の被害をもたらした東北地方太平洋地震。しかし、阪神・淡路大震災の時も、そう言われたように思います。新聞の投稿欄には、「自然の脅威」とか「自然の猛威」とかが並んでいます。
 「人からコンクリートへ転換しろ!」という批評家もいました。まったく、自然を理解していないと感じます。

 地震も津波も地球自然のひとつです。台風だって豪雨だって当たり前の話。なんでもあり得るのが、地球の自然です。
 戦後、西洋から伝播した人間中心主義が日本に定着しました。一神教のなかでは、自然は人が造ったもので、人と自然の関係は人>自然です。

 日本は古来より四季を持つ穏やかな自然と接していました。宗教観は「八百万(やおよろず)の神」がおわして、「森羅万象(しんらばんしょう)、神々宿る」。従って、人=自然、人<自然の関係です。
 ところが、この数十年間に自然観や宗教観に変化が起こりました。自然宗教や先祖宗教がなりをひそめつつあります。

 近代の日本は、人間中心、自己中心の考えのもと、海を埋め、山を削って快適で便利な住まいを建設しました。海や山のなかにいる無数の命=神様を無視して自分たちに都合のいい空間を確保しました。
 本来、建ててはいけないところに家を建てました。この結果が、津波被害です。がけ地の真下に家を建てれば、崖くずれが起こるのは当然です。

 山の稜線には神様が宿るとされます。ここは分水嶺です。家を建ててはなりません。ところが、沖縄に限らず、海が見えるとか、見晴らしがいいということでこれを平坦に均し、家を建てています。特にゴルフ場やホテルが多いようです。

 今回は、役所が海抜ゼロメートルに近いところにあって、建ものごと流れて行政機能が寸断している所があります。
 昔はお城、今、役所です。これらは津波などの被害を受けるような場所に建ててはなりません。人が集まるのに便利だから・・・、広い道ができるので、干拓地がいい・・などが理由です。

 しかし、昔のお城はみんな小高い場所に造られています。数年前住んでいた旧国鉄矢岳駅の駅長官舎(明治42年建築:国の登録有形文化財)は、駅と同じ標高540メートルにあります。駅とは百数十メートル離れていて、駅が一望できます。裏に山があり、台風の風を受け止めます。駅から歩くと川を渡り、再び小高くなっている所なので、洪水の危険もありません。雷は裏山のモミの木が受けてくれます。

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【国の登録有形文化財に登録した旧国鉄矢岳駅駅長官舎。小高い所に位置している。井戸もある】

 このように、昔の人は地形を考えて建ものを造りました。現代人の自然観が被害を大きくしたように思います。

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                          【裏山とモミの木が家を守る】

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 【明治生まれの百年住宅に隣接して建てた離れ。心柱が地震や台風の自然の力を吸収・分散する】


 徳島県にある田中家(国の重要指定文化財、実際、住んでおられます)は、氾濫する吉野川の濁流に向かって、船の舳先(へさき)のように尖らせた石積みをして敷地をかさ上げし、納屋の梁にはボートが吊られています。また、それ以上の水が来た場合は、天井を打ちぬいて茅の屋根に家人は登り上がります。これが浮力でぽっかり浮かんで船になり、命だけは助かるようになっています。

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【吉野川に向かって石積みし、敷地をかさ上げしてある。一番先は船の舳先の様にとがっている】

 まさに「自然との共生」です。

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【石垣を越えてきたら、ボートで逃げる】

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【最後は天井を打ちぬいて屋根に上がり、かやぶきの屋根を船にして逃げる。先人の知恵は自然に逆らわない】

 わが家も大型台風が来たら「逃げるぞ!」と言っています。これは恥ずかしいことではありません。所詮、自然の力には勝てない、と思っているからです。
 現代建築は、自然に打ち勝つ強度を家に求めます。そもそもそれは人のおごりと思っています。地殻変動や火山の爆発。人間の力は到底及ぶものではありません。

 人間は向かっていくばかりが能ではありません。時としては逃げることも必要です。津波で海に流された方が、木材に乗って救助されたニュースを見ました。田中家を思い出しました。我が家には、海水浴で使う浮き袋がお風呂場に常にあります。他にもローソクやライター(煙草のみのためたくさんある)、ラジオ(テレビはないが・・)があります。

 食べものは飼っているニワトリやニワトリの卵、食べられる野草があります。水は井戸が2本あります。地下水もすぐ横を流れるし、水源地は歩いて3分です。人や物の運搬するリヤカーや馬もいます。タキギも床下や軒下にあります。
 危機管理能力が問われます。家づくりも自然と一緒に考えなくてはなりません。

 今度の地震や津波で何を学ぶか。それぞれ考え方があると思いますが、私は、自然とどのように付き合うか、が一番の教訓になっています。

 被害に遭遇されて命を落とされた方々のご冥福をお祈りするとともに、一日も早い復旧・復興が進むことを望んでいます。私ができることは微々たることとは思いますが、何らかの手助けをしたいと考えています。合掌。
posted by 塾長 at 15:06| 建築

2011年03月06日

家づくりに、時を刻めるか?

 この20年で、設計のCAD化が進みました。CADソフトを利用し、意匠図も構造図も簡単に書けるし、消せます。データとして移動もできるから、日本国(世界)じゅう、一瞬にして図面が行き来します。
 木造住宅も構造図をコンピュータに入れると自動的に読み取り、継ぎ手や仕口を機械で簡単に作ります。設計も施工も、コンピュータで処理されるのが住宅建設の主流です。

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 【手刻みを象徴する柱の「重ねほぞ」。プレカットでは5センチほどの短ほぞ。重ねほぞの長さはは約45センチもある。このホゾが、敷桁・小屋梁・軒桁を貫通する。接合面の多さが、自然力を吸収し、家にかかる力を分散する】

 コンピュータや機械で簡単にできると、人間は家を粗末に扱うようになります。食べものも同じです。昔は「お百姓さんが、1年かけて一生懸命お米を作ったんだよ。感謝して頂きなさい!」・・・説得力がありました!
 同じことを言っても、現実に耕運機で耕し、田植え機で田植えし、除草剤や化学肥料を入れて育て、機械で収穫している農業をみんな見ているので、言葉に力がありません。

 すべての世界が同じように機械化、科学化されていて、しかも大量生産されるので、モノを大切にしなくなりました。当たり前と言えば当たり前です。

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【自然界には直線はない。自然素材を使って作る木造にも完璧な直線はない。隅木には垂木の成の1.5倍、上に反らせてある。隅が下がって見えないためと、瓦の重みで隅木を下がりにくくするため。この微妙な技は大工職人にしかできない。】
 
 手書きの図面は、同じものは作れないので、「取扱い注意」です。それを参考にして作られる伝統構法の家も手作りなので、そこに住む人は大切に使うようになります。
 悲惨な事件が後を絶ちませんが、根本的なところに手が入っていないからだと思います。それは、結果的に「命」を粗末にすることにつながっています。

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【沖縄で初めて組まれた2階建て寄せ棟の折置き組み。隅角部には隅梁が通り、隅梁から投げかけ梁を軒に向かって架け、母屋を受ける。複雑な組み手が、家の強さと寿命を高めていく】

 「命」さえも、簡単に作れる!という風潮があります。子どもが殺された!・・・「また、作ればいいじゃないか!」という感じです。
 親は子どもを育てているように言いますが、実際はどうでしょうか?世の親は、出産は病院に任せ、ゼロ歳からは保育園に、その後は小学校に、放課後は学童や塾に預けるので、「育児」などほとんどしていません。

 たまに家族が揃っても、居間の中央に座るテレビの画像に集中。黙ってテレビに注目。家族の会話もありません。
 このような暮らしの中で、どれだけ「モノは大切」と言っても効き目がありません。やっぱり、苦労して家も食べものも作ることです。そして、子育ても他人に任せず、責任を持って育てることだと思います。

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【玄関の屋根裏の格(ごう)天井。左に見えるのは桝組み。天井板は無節の杉板。格縁(ごうぶち)には銀杏(ぎんなん)面を施す】

 一生懸命、現場で職人さんが労働している姿を見ると、家は粗末にはできません。数十年かかって大きくなった木や、苦労している大工さんの仕事ぶりを目の当たりにすると、傷でもつけようものなら「罰が当たるぞ!」の言葉が効きます。

 そのような意味でも、手刻みの家:伝統構法は人生の教材になります。

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【外壁の下見板張りが完了。下見板は杉板を現場で焼いた。表面炭化は防虫・防腐効果が目的。乾燥すれば下見板が縮み、外部の空気が壁内に流れ込み、湿気が多い日は、微妙に膨らんで湿気を含んだ空気をシャットアウトする。軒の出は90センチだが、雨当たりが家の下部に当たることや景観上も落ち着くので、この仕上げとした。下に見えるのは、ヒノキの二重土台とその間を生かした可動の無双窓(床下換気孔)】

 手書きの設計者も設計図には思い出が深く、その時々の時が刻まれています。鉛筆の芯で全体が黒ずんだり、消しゴムの跡が残ったり・・・。
 大工さんも、考えた末の仕口の出来上がりを見て喜んだり、差し合わせをしたら合わなかったり・・・。大工さんは木も刻みますが、同時に時も家に刻み込んでいきます。

 機械に依存した木材には、時は刻み込めません。吟味して決めた部材一本一本に墨を付け、それをもとに刻み込む伝統構法は、棟上げの部材探しの時、差が出ます。自分で墨付け、切り込みをした部材は特徴をよく掴んで覚えているので、見つけやすいのですが、プレカット工場に依頼した部材では、同じように番号が打ってあっても、自分で取り扱っていないので分かり辛いのです。

 それは、家自体の愛情にも影響します。機械加工は確かに寸分違わず完成し、手刻みは、切り込み材が現場で合うかどうか心配です。ピッタリ合って当り前と、合うかどうかわからないのは、精度的には機械加工が勝っているようですが、目には見えない「愛情」の観点からすると逆の展開となります。果たして、施主や作り手からどちらがよいのでしょうか?

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【南側から見た工事中の住宅。だんだん家らしくなっていく。これらの材料の総量は約100立方メートル。家一軒分を九州からトレーラーで運びこんだことを考えると、壮大な計画ではある】

 時を刻めない家と、時を刻む家。愛情の希薄な家と愛情たっぷりの家。出来上がった住宅に時が刻めるかどうかまで考えると、家の作り方は子どもの成長、家族の人生まで影響が出てきそうです。

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【3月6日、木材を納材した九州・熊本の合志林工社一同様が、現場研修に見えた。ただ、木を伐り、製材して渡すだけではなく、その後、どのように使われているかを確認することは重要なこと。今後も、産地一体の取り組みが必要なので、お互い課題を出して解決したいと考えている。なお、当現場では、内装に沖縄産の木材を多用しているので、今後はそれも紹介していきたいと考えている】
posted by 塾長 at 22:53| 建築

2011年02月28日

これからも「本物」!

 昨今の住宅事情を聴くと、住宅の商品化がさらに進んだように感じます。コンピュータ制御のもと、あらかじめ工場の機械で木造に使われる木材を加工するプレカットが日本全土に広がりを見せ、最近では増改築まで浸透しているようです。
 大工職人の不足に対応するためできたプレカット工場ですが、仕事量が減っている今では、逆に大工職人の仕事を奪っているのが実情です。

 もともとこれは大手住宅会社の作戦ではないかとも思っています。町や村には必ず大工や左官、建具屋さんたちがいて、地域の住宅の需要と維持管理を担ってきました。一方、住宅会社は、そのような地域のつながりがないため、住宅を規格化・商品化して地域の大工さんと競争しました。

 資金作りや複雑な書類づくりなどを一手に行い、わずらわしい仕事を買って出て、建て主の仕事を軽減するところから業務取得のきっかけを作りました。大工さんたちも、ノミやカンナ以外も握る努力しなければならなかったのですが、それを怠ったので住宅会社にどんどん仕事を取られていきました。

 拍車をかけたのはやっぱり機械化と、それに追随(どちらが追随しているのか疑問)する法律や制度でしょう。木造住宅に関わる大工さんも、戦後できた建築基準法や住宅金融公庫(住宅支援機構)の基準を守るために、しかたなく多くの金物を使うことになりました。

 日本の住宅は本来、柱と梁でもちます。建築基準法ができた時、基礎でも、外力を吸収・分散する礎石か、対抗してもたせる布基礎か、議論が二つに分れました。今はコンクリートに布基礎にアンカーボルトで緊結する方法です。
 本体も現在は、アメリカ式の「壁」でもたせる考えです。だから、コンクリートの壁式構造のように、筋かいの入った耐力壁をバランス良く配置するようになっています。これは、壁がすべてコンクリートのような剛構造であることが前提です。木造の壁は剛構造とはとても言えません。

 壁に力を入れるので、柱と梁のつなぎ目がおろそかになっています。そこで出てくるのが「金物」です。短ほぞで金物を使うより、長ほぞで込み栓打ちが強いのは当たり前です。

 プレカットでは短ほぞを作ります。今度は、プレカットに合わせた補強金物を作り、そそれをマニュアル化していくという構図ができていきます。このようにして、次第に大工さんの仕事は減らされていくのです。

 最近の木造住宅の「現場には大工さんは一人」しかいない、と聞きます。ノミもカンナも使わず、新建材をパンパンと機械で打つだけ。素人でもできると言います。しかし、これが坪70万円の家だとか・・・。中身は坪30万円と当のメーカーは言っているようですが。

 先ほど、大工さんの努力不足を指摘しましたが、仕事を発注する建て主の責任もあります。住宅メーカーのうたい文句に乗って高い買い物をしたので、被害者かもしれませんが。
 また、設計者もなんの哲学も持たないから、カタログを持って回る「カタログ建築士」になり果て、カタログの仕様(寸法や形式)にあわせて仕事をしています。ちなみにわが自宅兼事務所には、カタログ集は1冊もありません。建具も家具も、みんな自分で「設計」しています。

 私は坪100万円以上の住宅を、経費を軽減して坪60万円〜70万円で作るようにしています。しかも、すべて伝統構法で木は天然ものです。人工乾燥材は使いません。大工さんによると、無理して乾燥した木には粘りがなく、ノミが切れないほどスカスカしていると言います。
 機械を排除し、多くの職人を現場に投じて、手作りの生きた家を建てること、新建材(ビニールクロスやベニヤ類)は一切使わないこと、そして、そこに住まう人々が、自然と調和した暮らしをすることで、「足るを知る」慎ましさや、自然の脅威、自然への畏敬の念・感謝を感じ取り、暮らしの中で人格形成ができていくことを考えています。

 これからも「本物」の仕事をしていきたいと存じます。
posted by 塾長 at 08:36| 建築

2011年01月26日

棟上げ速報 bR

 1月12日に土台敷き(二重土台のところは、同時に柱を建てるますが・・)を始めてから今日(26日)でちょうど2週間。やっと隅木がすべて入り、今日から垂木を打ち始めました。

 軒が出てきたので深みが増したのと同時に、家の全体像が見えてきました。日本は法治国家ですので、法律は守らなければなりません。
しかし、法律は人間が作ったルール。絶対ではないと考えています。家造りには建築基準法が適用されます。

 特に構造では、基準法ができた時から、布基礎に筋かいを使った軸組みと、礎石基礎・貫工法による伝統の木組みとに二分され議論があったようです。結果的に基礎と一体化した軸組み工法になりましたが、自然の大きな力をそのまま受ける現在の軸組み工法には無理があるように思います。

 しかし、法律は守らなければならないので、今回は筋かいを入れますが、もう一方では貫も入れます。つまり、併用することにしました。

 玄関の柱が象徴的ですが、礎石と柱頭の枡組みで、自然の力を分散し、家にかかる力を軽減しています。他の柱も同じように「重ねほぞ」で、柱に直接かかる小屋梁や敷き桁、軒桁を差します。したがって、自然の力をこの複雑な折置き組で吸収、分散させるのです。結果、家全体が柔構造となり、しなりながらもなかなか倒れないしたたかな家になります。

 ちなみにほとんどの木造住宅はプレカット(機械で仕口・継ぎ手を作る)ので柱のほぞはわずか5センチほどの「短ぼそ」。伝統構法では重ねほぞを使うので、50センチにも及びます。また、ここでは約1500本も使われました。

 このような工法は、家造りに対する哲学の方法論です。最近は、住宅づくりが素人化しました。インターネットなどデジタル化の影響だと思います。しかし、簡単なようで難しいのが建築、特に住宅です。

 建築士もしっかりしなければなりません。素人のようなセミプロが増えました。つまり、素人のような間取りを作ったり、素人のいうことを全部叶えようとしたりする人が増えたのです。

 快適・便利な空間や機能を揃えれば良いというだけでは、素人です。今の民主党内閣のようなものです。自民党も似たようなものですが・・。
わがままで自分の都合に合わせただけの設計では、パッチワークのような家になりかねません。結局、自分で収拾が効かなくなってしまいます。

 人生最大の買い物です。張りきることは大事ですが、あれもこれも・・と欲を出すのは、身のためになりません。頭が混乱するばかりです。
なんのために家を建てるのか、しっかり自分自身と向かい合い、どうしても取り入れたいことを2〜3項目に絞って、玄人と相談された方が間違いないと思います。

 設計者や施工者で住宅、特に木造住宅は雲泥の差が出ます。家をご計画の方々も多々いらっしゃるとは思いますが、まずは相談相手を誰にするのか、熟慮されることを進言いたします。

 以下の写真は、本日までの知恵の塊、技の集大成のごく一部を紹介します。


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                        【ダボの横に、さらにカシの込み栓】

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                             【寄せ棟の隅木の反り】

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                             【折置き組の隅角部の納まり】


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                         【22日の伝統木造フォーラムの様子】

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                         【京呂組みと折置き組の違いなどを説明中】

枡組み.jpg


                    【玄関の枡(ます)組み。複雑な仕口で外力を吸収・分散する】

UFO?.jpg
 

      【空飛ぶ・小屋組み? 高架タンクの小屋組みを予行なしで決行。ピッタリ、ホゾが入ったので拍手喝さい】


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     【棟上げ。床束から棟木まで、釘や金物を一切使わずに組まれた伝統木造住宅。これから貫や垂木が入る。木組みがほとんど揺れないのを実感】

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                 【今日現在の状況。とにかく立派な木造住宅の木組みです!】


posted by 塾長 at 22:57| 建築

2011年01月21日

密林のような家!

 12日から始まった棟上げ。明日で10日目。普通は土台を敷いた後、一日で建つのでなんと10倍。しかも、まだ約6割の進ちょくです。野地板(瓦の下地)を打ち終えるまでには、あと10日はかかりそうです。

 そのくらい、大変な仕事です。

 今日は多くを語りません。伝統建築の住宅を写真で垣間見ていただきたいと思います。

 現場はまるで森のようです。
 木材の持つ炭素は、製材しても固定するので、木造の家は「都市の森」ともいわれています。ここの住宅は伝統建築で建てているので、木材が一般の3倍、約100㎥使われています。化学的に捉えると約15トンの炭素を潮流しています。まさに「都市の森」です。

 炭素固定量は約15トン。密度からすれば、本土の杉林より炭素固定は多くなります。地球温暖化防止に大きく貢献。

 しかし、もっと「森」を実感します。冗談で「今、上から落ちても、必ず木に当たりますよね。」と私がいうと、当の大工さんも納得するくらい、木材が使われています。

 何せ、クレーンのオペレーターが近くにいても見えないくらい、柱が林立し、梁や桁(けた)が交差しています。今日から母屋(もや)が入り、屋根の形が見えてきます。

 沖縄の森のような照葉樹の密林に近い「都市の森」。ただ、中に入ると、風は良く通ります。

 明日はいよいよ、「伝統木造フォーラム」を開催します。参加する方々に、どのくらい伝統的な木組みの奥深さを伝えられるか、不安と期待が入り乱れています。


折置き組み.jpg


【これが、折置き組(上級)。敷き桁の上に丸太が直角に架かり、またその上に軒桁がのります。柱は3本の横架材を突き通す重ねほぞ。出隅部分にはさらに上部から隅木がのることになる】

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                                   【玄関の桝組み中】

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                                  【桝組みに梁を架ける】


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【林立する柱、縦横無尽に架かる梁・桁。まるで「密林」。今日から手前に見える母屋を組み上げ】


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                【寄せ棟の折置き組。ぐう角部には隅梁が入る。上部から撮影】

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【下から見た隅梁と飛び梁。奥に見えるのは高架タンクを設置する予定のペントハウス。この小屋組み(寄せ棟)をフォーラムの時に載せる。この小屋組は瓦を載せたまま、そっくり移動できるようにしている。その様子を実際、現場で披露予定】

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             【雨端(あまはじ)に架かる丸太の縁桁。柱はチャ―ギ(イヌマキ)】

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【今日からまた、待たされている木材が組まれていきます。これからも随時、速報としてアップいたします】

posted by 塾長 at 09:05| 建築

2011年01月17日

坪単価じゃ計れない!(速報棟上げ1)

 11日から始まった棟上げへの取り組み。持ち運ばれた木材は約94立方メートル。長さ16mのトレーラ4台に10トン車1台分の加工材が、現場周辺の借地に、ところ狭しと降ろされていきました。
 通常の軸組み工法では、床面積当たりの使用木材は0.2㎥。約170uなので34㎥が標準。約3倍木材を使用しています)

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              【隣接地を2カ所借りて置かれた木材。大工さんの思いも乗っている】

 終日かかって荷降ろしを終えたころ、熊本から大工さんたちを空港に迎えにっ行った家内たちが自宅に到着。歓迎会は、自宅の学習棟でささやかに行いました。
コンクリート構造ではコンクリート打設、木造では棟上げ。型枠大工と造作大工の違いはありますが、ともに前日は緊張します。当日も雑談のなかにも、緊張感が漂っていました。

 次の日(12日)から、土台敷き込み。ところが朝から雨だったので、基礎の天端(てんば)に墨が打てません。午後からやっと曇りになったので、作業が進み始めました。外回りは二重土台。基礎に段差があるので土台敷き込みは柱建てと一緒になります。

二重土台.jpg


             【二重土台の納まり。仮筋かいが要らないほど、柱脚は剛性が高まる】

 3日目の13日。通常はこの日が棟上げです。しかし、金物を一切使わない伝統的な木造なので、少しずつしか進みません。ずっと現場にいると良く分かります。ホゾが長いので土台も柱も組み合わせるのが大変です。

重ねほぞ2.jpg


             【柱頭の重ねほぞが林立する現場。プレカット加工とは全く違う風景】

 来沖4日目の14日。この日は玄関の柱(8寸角)2本を礎石の琉球石灰岩に合わせる作業で一日が終えました。天端が水平ならわずか5分で柱と石は合わせられます。ところが、凸凹の自然石が相手なので、何度も何度も石と柱を合わせてピッタリになるまで作業を重ねます。

 
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            【石口合わせ。さまざまな角度から受ける力をあらゆる方向に分散する】

 私は、次の日、餅投げをするので餅搗きの準備で夕方、大工さんより先に現場を後にしましたが、自宅に戻られた直後、「どうなりましたか?」と聞いたら、「無事、2本建ちました」とのこと。
25トンクレーンを一日使い、大工さんが二人ずっと付きっきりで丸一日かけて柱が2本。坪単価いくら?という話が多いですが、とても坪単価では計れません。

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【上棟式後の餅投げ用の紅白の餅を、施主、大工、設計者が力を合わせて搗く。これも一つのコミュニケーション】

 こんなところがたくさんあります。だから、手間・暇かけずにやろうと思えばプレカット工場で加工し、カタログ集から製品化されたものを組み合わせば、安くできます。
 
 下駄箱や掘りコタツ本棚などの家具や、内外の開口部に入る木製建具はすべてオーダーです。既製品はありません。一般的な住宅と同じような家に見えても、実質は相当、内容が違います。

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  【差し鴨居。貫とともに、軸組みの重要な部材。一般的な鴨居の3倍の成(せい)(柱と同寸)】

 怖いのは、既製品に合わせて仕事をするのが当たり前になってしまうことです。家具や建具が載っているカタログの寸法に合わせて家造りをしている設計者が増えました。特にの木造の場合は、カタログ建築、プラモデル建築がはびこっています。

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             【通し柱を建てる。金物を使わない手刻みによる木組みは仕口で勝負】

 オンリーワンを言うなら、大量生産の製品をなるべく使わないことだと思います。なぜか、大手住宅会社にはカタログ建築が目立ちます。そして不思議なことに、オーダーメイドの住宅より割高になっています。

 世の中に目を転じれば、同じように既製品型の人間であふれています。価値観も均一。生物多様性年で世界が動いていますが、人間の多様性も重要ではないかと思っています。

 さて、明日も建て方が続きます。きっと正式な棟上げは、今週末の木造フォーラムくらいではないかと思われます。
本物の家、味のある家、強い家をつくるには、棟上げまでには、やっぱり10日間要するのだ、と実感しています。(一般的な軸組み工法の棟上げは、土台敷き込みの次の日に完了します)
posted by 塾長 at 00:06| 建築

2010年11月21日

建築家と建築士!

 昨日は、礎石の選別に行きました。出発したのは午後3時。同行したのは長女(4年生)と長男(5歳)。あとの4人は、家内の実家に一時、預けました。

 南城市にある石材店の石置き場。予算がないので、製品に使われなかった琉球石灰岩の山の中から「宝もの」探しをすることに・・・。こんな時は、足で稼ぐしかない!

 一念奮起して出かけたものの、無数の石の山。しかも、チョッと動かそうとしても、重くて動きません。積まれている石も、適当に積んであるためグラグラします。足元もおぼつかない状態で、石の山を恐る恐る見て歩きました。

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 玄関の独立柱は24p角なので、結構な大きさが要ります。しかも、台風や地震などの外力を吸収させるために、天端は丸く凸になっていなければなりません。裏を見ようと思っても、石をひっくり返さなねればなりません。足元が揺れるので、力が入らない時も・・。

 だんだん、陽が西に傾いていきます。また、このような遠いところに来ることは、時間のロス。「がんばろう!」と自分に言い聞かせながら作業を進めました。

 もう薄暗くなってきたころ、やっと75p大の天然石に遭遇。もう片方の石もなんとか見つけました。ただ、動かすのに、難儀しました。
 このあと、アマハジ柱の礎石やベランダ柱(15p角)などを合わせて約20個ゲット。

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 クタクタになったころ、西の空を見上げると真っ赤な夕焼け。心癒されました。

 太陽が西の山に入る前が一番美しいと思っていましたが、昨夕、入ってしまった後の雲の美しさも素晴らしいと思いました。

 その直後、反対の東の空を見上げると、きれいなお月さま。昨日は多分、小望月(14日月)。これは、きっと神様からのご褒美だと思いました。

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 そして、ふと思いました。熊本出身の建築家・清村勉さんのことを・・・。彼は熊本の甲佐町の出身ですが、沖縄で鉄筋コンクリートを研究した人。沖縄最古で現存するRC造は旧大宜味村役場ですが、これを設計した人です。沖縄でコンクリートを普及させました。

 専門書を海外から取り寄せ、独学で研究しましたが、家に帰っても塩水や水を使って、コンクリートの劣化実験をしていたそうです。
 清村氏が設計した金武(きん)小学校はもう取り壊されてありませんが、金武町の方が「清村勉先生を囲む会」で甲佐町に行った時、使われていた鉄筋を持って行きました。約60年経っても、さび一つついていない鉄筋を見て、みんな感嘆したそうです。

 この他にも、沖縄本島各地に数々の建築を残した清村先生。建築全般にわたって一人の技術者が責任を持って当たる、これが建築家と呼ばれる所以です。建築家・清村勉に学ぶところはたくさんあります。

 同郷の人間として、今は時を越えて「木造」に力を入れている一建築士。

 設計から施工、維持管理まで全般にわたって精魂こめて仕事をするうちに「建築家」と呼ばれる日が来るのかもしれません。来ないかもしれません。

 礎石ひとつに掛ける気持ちを持ち続けたいと思います。
posted by 塾長 at 18:06| 建築

2010年11月14日

木造のコンクリート造化!

 今日はタイムス住宅新聞社の取材を受けるため沖縄本島北部の本部町(もとぶちょう)に行きました。出発するときは大雨。私の設計に雨どいを入れることは、ほとんどありません。雨音を楽しむためです。他にも、台風で飛んだり、鮟鱇(あんこう)の部分に枯れ葉が詰まって鳥が巣をかけ、鳥の卵を狙ってやって来る蛇(ハブ)を、枯れ葉掃除をする時誤って握る危険もあるからです。

 担当記者に電話したら、この雨でも取材するというので、「ラッキー!ですね。」と言うと、「えっつ、なぜですか?」と返すから、「木造住宅は雨が楽しめるから・・・」。
 あまり理解していない様子でした。

 現場に着いても雨は降り続いていました。プロのカメラマンも到着。あちらこちら写真を撮り始めましたが、途中で言いました。「この家の一番の魅力は雨音です。今日はこれを伝えて欲しいですね!」とお願いしました。

 さすがにプロ。分かってくれたようです。屋根つきの木のベランダから、長く突き出た軒先から大粒の雨だれにカメラが向けられました。雨だれの向こう側には、本部富士にかかる霧雨。絶好の景色、絶妙のタイミングでした。普通は住宅の間取りや部屋の特徴が新聞では紹介されています。しかし、やっぱり木造は土や花などの季節の香りとか、風や雨の音がわずかな隙間から感じられるところです。香りや音は写真では写せませんが、多分、この写真が採用されるはずです。

 その後、建て主さんへの取材が始まりました。たくさんお話はありましたが、そのうちの一つを紹介すると、建て主さん曰く、「木造もどき」が多いということでした。要するに、「建てる前も建ててからも木造のことで人と話すことがある。しかし、みんな「木造もどき」の木造で木造をとらえているので、話が止まってしまう」ということでした。

 「木造もどき」では雨だれの音は聞こえません。外部の建具がアルミサッシだからです。中には二重サッシやペアガラスもあって、外の音がまったく入ってこないのです。
 おまけに断熱材もびっしり入っていて気密性が高く、外(内)で何があっているか見当もつかない木造住宅です。端的に言うと「木造のコンクリート化」です。コンクリート造の住宅と同じ機能になりつつあります。

 こんな状態であっても「木造」ではあります。内装もベニヤやビニールクロスなどの新建材で覆われて、木は見えません。本土の大手住宅会社では柱は集成材を使うところが多く。建設現場から、ノミやカンナなどの大工道具が消えて行きました。そしてショックなことは、木造の住宅現場には大工さんが一人しかいないという事実です。つまり、木組みをプレカット工場に出すし、柱も削る必要がない(削ったら中のベニヤが見えてくるので削れない)から人出がいらないのです。

 プレカットの普及率は軸組み工法ではなんと84%になりました。大工がいないのでプレカットを増やしたと言いますが、現実は逆だと思っています。プレカットが増えたから、大工さんの仕事が減ったのではないのでしょうか?

 今日のお宅は2年前に竣工しましたが、今進行中の沖縄市の木造住宅と同様、一般の木造住宅より
単位床面積当たりの木材使用量は格段に高くなっています。
 日本の木材の自給率は27.8%に上がりましたが、これは輸入木材が減ったためです。総需要量は前年より約2割も減っています。
 山が荒廃し、林業も疲弊するはずです。木造住宅の切り込み・加工を機械力に依存せず、金物を使わない伝統工法にすれば、大工さんの仕事は当然増えます。使用する木材も増えます。建て主も喜びます。

 ・・・となれば、山床にも建設現場にも人が戻ってきます。錆びた道具も切れるようになります。建築士も、単に自分の設計に満足ばかりしていてはいけないと考えます。これまでの建築士の犯した罪は大きいものがあります。
 家造りは、山に通じています。社会的な責務を考えて設計すべきでしょう。自分や建て主の満足ばかりを考えている設計者が多いように感じますが、本来、大工さんも(作り手)も、建て主(住み手)も、山床もみんな良くならないといけないと思います。

 私は11月末紹介されるこの住宅のことを「もっとも木造らしい木造」と呼びました。「木造もどき」ではありません。他を批判するのではありません。誰かが声を上げ、実践していかないと、日本の伝統的木造住宅はなくなる運命と考えます。また、日本的自然観によって造られる住まいや、そこでの暮らし方を残さないと、日本人の魂は消えてしまいます。

 コンクリート住宅らしい木造住宅ではなく、もっとも木造たるべき木造住宅を今後も設計し、そこでの暮らし方も同時に提案していきたいと考えます。

上原邸 取材 004R.jpg


 久しぶりに伺った本部町の木造住宅。大黒柱に入っている割れが、湿気によって伸びたり縮んだりするらしい。まさに「木」は生きている。すべての木材が大なり小なり伸縮しているので、「住宅」が生きていると言っても過言ではない。(物理的)
 また、一生懸命造ってくれた職人さんの顔が見えるので愛着が強く、時々家に対して「ごめんね」とか「ありがとう」と言葉をかける時もあるとか・・・。。(精神的)
 家をモノではなく、生きもの(人)でとらえる日本人的感覚がここでも存在していた。

 ※訂正:前回のブログ(11月8日)で、500年もつ住まいなので、100倍、とあるのは単純な入力ミスです。一般的な木造住宅の耐用年数を50年と仮定すると「10倍」になります。訂正します。(このブログは一度保存したら修正がきかないので大変です。)
posted by 塾長 at 00:38| 建築

2010年11月05日

木造に詳しい建築士?

 最近、沖縄でも木造住宅が増えてきたように感じます。うれしいことです。しかし、よく耳にするのが、「沖縄には木造に詳しい建築士」が少ないという意見。

 先日、我が家にもみえた東京大学大学院の学生さんも、沖縄県内の木造住宅のことを調査していましたが、そこには結構な数の工務店や設計者が掲載されていました。

 私は思います。沖縄には木造に詳しい建築士が決して少ない訳ではないと・・・。ただ、木造に詳しい人はいますが、木造のどこの部分に詳しいかが問題だと考えます。

 木造を手掛けている工務店は多々ありますが、ツーバイフォー工法であったり、ログハウスであったり・・。あるいは軸組み工法でも公庫適応の住宅であったりします。それぞれに「詳しい」建築士がいるのは事実です。

 また、工法ではなく、諸手続に詳しい建築士もいます。これらを総じて「木造に詳しい建築士」という言い方がまかり通っているような気がします。

 木造住宅、特に軸組み工法、伝統工法を40年以上かかわってきた自分からするとちょっと残念ではあります。木造住宅は奥が深く、木割法から規矩術、尺間法はもちろん、設計や施工、木や森林の文化、製材から維持・管理まで、多くの分野に関わります。

 特に近年の建築基準法の改正は、日本の伝統木造技術をズタズタにしました。本来、外力を吸収・分散する柔構造である木造を、鉄骨や鉄筋コンクリートの剛構造と同じように体系化しようとすることには無理があります。

 戦後復興で建てられた粗悪な住宅や、一部の悪質な建売住宅が、大きな地震のたびに倒壊したのは事実です。しかしながら、丁寧に造られた木造建築は、台風や地震、大雨などにも耐えて永く建ち続けています。

 また、国民の自然観の変化も見過ごせません。明治以降、西洋の自然観が台頭し、衣食から住の世界にも影響を与えました。それは、端的に言うと自然と戦う自然観です。
 住宅でも、いかにして自然の力に耐えるかに、力が注がれました。

 日本は西洋と違って、縄文以降は稲作を中心とした農耕文化を持つ定住社会です。同じ田んぼを数千年耕して収穫します。つまり、循環が基本です。西洋は牧畜・畑作が基本で移動を前提とします。
 日本人には、自然と戦うのではなく、自然と共生する考え方をDNAとして持ち合わせます。人の住まいである住宅も、かつては自然を排除するのではなく、小さな虫は入り込んでも許容するおおらかな家でした。内と外の緩衝帯でもある「縁側」がその象徴です。

 地域によって柱割(一間の寸法、例えば1820oや1900oなど)はまちまちですが、原則、どの地域も昔はタタミ寸法で平面計画を行っていました。ですから、一間が同じで、内法(うちのり、鴨居の高さ)が同じだと、地域内の家同士でのタタミやフスマ、障子などは交換が効きました。世界一のプレファブシステムと言えます。

 現在は、柱の芯々で平面計画するのが主流になってしまったので、タタミ寸法がマチマチになって交換もできません。互換性が高いと、廃棄物が減り、環境負荷が少なくて済みます。
 障子の桟の寸法や、フスマの縁もみんな長い歴史の中で決められてきました。すべて、根拠があります。果たして、どのくらいの建築士がそのようなことをご存知でしょうか?

 公庫の仕様書や建築基準法には詳しくても、木の根裏や背腹、木の使い勝手や癖などに詳しくなければ、立派な木造住宅は出来ません。(両方に詳しければ最良です)
 時々、軒の出の少ない家やひさしのない家に出くわすことがあります。しかしこれも沖縄では「木造に詳しい建築士」が設計や施工をしたと言われているのか、と思うと残念です。

 多少は木造住宅全般に詳しい建築士として、庶民に手の届く価格で、伝統建築を通した自然との共生を広げていきたいと思っています。
posted by 塾長 at 00:59| 建築

2010年10月24日

地鎮祭の準備!

明日はいよいよ、沖縄市に建つ予定の木造2階建て住宅の地鎮祭です。このところ降り続いた雨も止み、「雨降って、地固まる」の感がします。

 特定の請負業者のいない分離型発注、いわゆるオープンシステムで建てます。今日の夜は地鎮祭前の顔合わせ。通常は地鎮祭の後、それをするのですが、地鎮祭後はさっそく「縄張り」、「やり方出し」を行うので、神様の前に集った後の「直会(なおらい)」を式典前に先行することにしました。

 地鎮祭後にすぐ遣り方をするのは、熊本から大工の棟梁など、大工さんが来るからです。手刻みの切り込みはすでに熊本県相良村でスタートしています。木組みをする大工さんが沖縄の現場に来て敷地状況を見、そして遣り方まで打つのが良いと思ったからです。

 最近の住宅はカタログ集から出てきたような工業製品の品評会の体をしています。農業と同じで、工業化、機械化されると、製作者の顔が見えません。
 近代農業では、農家の人が土に触れることがないこともあるようですが、建築の世界も他人事ではありません。大工が骨組みになる木材に一度も触れずに家を建てることがあります。プレカットがそうです。残念ながら、コンピュータで識別し、機械で加工するプレカットが主流です。

 公庫住宅などはこれを前提にした仕様書を作成しているので、伝統技術がすたれるはずです。住宅が商品化(商業化)、均一化(工業化)したからだと思います。大手住宅会社の影も感じます。
 昔は「一品生産」といって、木造で同じ間取りでも同じ家はありませんでした。現在も厳密にいえばありませんが、その差がほとんどなくなりつつあります。なぜなら、木の癖を徹底的になくし、合板や集成材に変化させ、強度を均一化しているからです。

 そうすることで、木造住宅の強度を高め、かつ、管理ができると勘違いしている節があります。癖のない木の大量生産は、大工も建築士も不要な世界を作り上げます。素人でもできる家です。

 材料の品質が均一になると工業製品としての見方になります。木は本来、自然の素材です。短い木もあれば長い木もある、柔らかいのも堅いのもいます。曲がりや割れも発生するのが当たり前です。
 近年は人工乾燥が当たり前になっています。現実に使ったことがありますが、無理して乾燥させた木はスカスカでした。
 乾燥すれば強度が上がるのは確かですが、無理して乾燥させると木の中の繊維分が壊れて強度が逆に落ちます。
 また、生物資源なので当然、虫が食べに来ますが、来ないように圧力をかけて防虫・防腐剤を注入したりします。小さな虫が死んでしまうほどの強力な薬剤です。人間が触ったらかぶれたりします。

 このように木へ人工的に圧力をかけていいのでしょうか?しかし、現実は公庫の仕様書では、これらを施さないと融資は付きません。みんなしかたがなく合わせていますが、次第にこれらの仕様が当たり前になってしまうことが恐ろしいことなのです。

 一般の人たちはこれらの自縛からなかなか解き離れてはくれません。

 明日地鎮祭を行う住宅は、公庫の考え方とは全く逆の考えで建つ家です。

 木はグリーン材(自然乾燥)です。そのために、十分な乾燥期間を置いています。切り込み期間も含め約6カ月寝かせます。小屋丸太を50本ほど使いますが、それぞれに癖を持ちます。これら含め全部で90立方メートルの木材は、すべて大工さんが吟味して選択し、使い分けます。

 床下はあえてコンクリートを流しません。床下の湿気は重要だし、なんといっても地力を享受できるからです。防蟻工事もしません。高床にして、床下は風通しも点検もできる大きな空間です。
 構造・造作材だけではありません。開口部はすべて木製建具です。機密性を強調するあまり、24時間換気を義務付ける現在の家造りには矛盾を感じます。

 既製品のデパートのような木造住宅は、まるでプラモデル住宅です。組み合わせをどうするのかを建築士が真面目に考えています。おかしな話です。

 今回も施主の価値観が相まってすばらしい木造建築ができそうです。先日、手刻みによる切り込み中の写真が送ってきました。寄せ棟の上級折置き組です。もうそれは建築物というよりい芸術の世界でした。

 これが現実のものとして沖縄市に建ちます。来年1月の棟上げが今から楽しみです。

 これからも、本来の木造を理解した人にだけ、自分の設計を披露していきたいと思っています。もう、たくさんの人でなくても良い!と思うようになりました。かえって、その方が、中身が濃く、しっかり建った後も大事に使ってくれるのではないかと思っています。

 熊本から今日のために大工さんと建具師が4名そろそろ見えます。鍬入れ式に使うスコップやツルハシの柄に初めて紅白の布も巻きました。いざ、出陣です!
posted by 塾長 at 17:39| 建築

2010年10月21日

自然の摂理に則した家造り!

 環境保全を語る人間で、どのくらい建築のことを意識しているのか疑問を感じることがあります。

 それは日本のCO2総排出量の36%を建築関連業種が占めるからです。立派な環境論を語ったり、環境保全活動を進めても、日ごろの住まいや勤め先の建築空間でCO2をたくさん排出していては、説得力がありません。

 建築の生涯排出量(LCCO2・ライフサイクルCO2)は、計画から建設、運用、廃棄までを通したCO2の総量のことですが、この観点からみれば、木造建築はRC造よりはるかに低い値となります。

 とうの昔、伐期を迎えた戦後の拡大造林で育った人工林の活用を理由に、国もやっと公共施設を木造で建てる政策を実施するようです。

 ただ、木造といっても最近は住宅を見ても分かるように、快適・便利・簡単な暮らしを夢見て、カタログから出てきたような家ばかり・・・。木造というより、木製住宅の様相です。さまざまなキットを組み合わせて造るプラモデル住宅・・・。化学製品、工業製品の組み合わせです。木組みもプレカット工場に入れて、金物で締める「商品」になり果てました。当然、多くの異なる種類の材料を使うので、解体のときは、いわゆる「ミンチ解体」です。

 産廃の2割近くは建設業が占めます。産廃にすれば「ゴミ」、再利用すれば「資源」になるのに・・。かつての木造住宅は、自然素材の木や土、石などでできていました。木もマテリアル。現代のように木の癖を殺してしまった集成材や積層材はありません。

 そして、木組みは手刻みで伝統的な仕口や継ぎ手を使っていたので金物はなく、みんな込み栓やシャチで留めていました。これらを抜くと、実にきれいに解くことができました。古い家を解く解体屋さんは、大工さんが手で組んだように、手で解きました。
 それを待っているのは畜産業の人たち。牛舎や豚舎に再利用されました。

 伊勢神宮の式年遷宮は20年ごとに建て替えられますが、住宅も同じように建て替えが利きました。伊勢神宮の正殿の棟持ち柱は、内宮は鈴鹿川にかかる宇治橋の大鳥居の内側、外宮は外側に建てて20年間再利用され、その後の遷宮でさらに鈴鹿峠のふもとの関の追分と、桑名の「七里の渡し」にそれぞれ再々利用されます。

 式年遷宮を継承するために、使われる木材を調達するために森を育て、宮大工を生かし続けます。これらを「建築循環」というのかもしれません。今の日本の住宅は利便性を求めて簡素な工法に様変わりしたので、循環はほとんどありません。
 新しく家を建てるには、前の家を全部処分し、新しい木材を全部調達します。工法もその都度代わるので、大工技術の継承がおろそかになります。

 モンスーン地帯にある日本は、西洋と違い、山(森)の民なので、森を大切にし、森から生れ出る水を分かち合い水田を作りました。水田は畑と違って循環するので「定住」することになります。そこで循環する森の木をいただいて家を作りました。
 つまり、暮らしぶりだけでなく、家そのものが「自然の摂理に則していた」のです。

 これまで、環境保全や子育てを考える上で、自然の摂理に則した暮らしを実行することを提唱し、実施してきましたが、今、新たに「建築も自然の摂理に則して建てるべき」との考えに至りました。

 単に木造がいいと言うのではありません。自然の風を一切いれないビニールハウスのような家では意味がありません。それは名ばかりの木造であって、機能や構造はコンクリートと同じこと。
 快適は大敵!機能劣化や感性の喪失は、林間学校に参加する子どもたちを見ていると分かります。

 ただ、人間中心主義がまん延して感覚がマヒしている現代人には、なかなか理解できないところもあります。
 
 11月5日発刊予定タイムス住宅新聞の「新・木造考」では、その入り口を書きました。その後、木造に対する基本的な考え方を2回ほど訴えたいと思っています。

 本来の木造住宅を再生するには、「日本人の自然観」に言及しなければ解決できないのではないか、と考えています。 
posted by 塾長 at 21:48| 建築