2020年01月14日

豚コレラ対策

うるま市の豚舎から始まった豚コレラ菌の(CSF)の感染。隣の沖縄市にも感染が広がり、最初の感染確認場所から半径10キロ以内というと、我が家もギリギリのラインです。
ただ、うちは養豚業を営んでいるわけでもなく、数も環境教育用に1頭だけ。正確にはイノブタです。

野生動物や野鳥から運ばれ場合もあるため、念のため自主的に消毒することにしました。今回は以前のように鳥インフルの防除と違って役場から消石灰をまくということはない、ということでした。

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【エサから感染が広がると聞いています。我が家の「ちょ子」のエサは圧ぺんトウモロコシが主で、後は近場の野草と果物や野菜の残り。刺身や生肉などが入った残飯は与えてないので内部からの感染は考えられません。】

石灰と手袋、マスク.JPG


石灰成分.JPG


【消毒用の消石灰を購入しようとして読谷村のJAに問い合わせたら、「役場が買い取ってしまったので在庫はない」という返事でした。北谷の量販店でやっと見つかったものの1袋10sのもののみ。早速購入しました。結構高い!マスクも手袋も一緒に買いました。】

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【裏山の牧場(まきば)はもともと馬用。この子が来て馬を追い出したので、今は独壇場です。生えていた草は全部食べてしまいました。ただ、畜産業のようにエサあげやフン処理で人が接することはありません寝床周周辺を中心にまきました。】

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【エサを運ぶ軽貨物のタイヤも消毒】

車のなか.JPG


【長靴を履いてエサあげするので、車内も消毒。】

馬の通り道.JPG


【囲いから追い出されたヨナグニウマの「ゲン」や人の通り道も消毒。】

自分たちでできることはしました。

それにしてもエサの熱処理指導や12月20日から1月6日まで約50頭も不審死していたのに12月26日以降も出荷していたなど、県への通知遅延、不適切な農家の対応に疑問があります。
また獣医師の派遣や検査、殺処分などの初動体制の遅れが否めません。

数年前、の鳥インフルエンザ感染の時、熊本県はその日のうちに数万羽を殺処分して感染を止めました。首里城火災と同じように、原因究明をおろそかにして国への要請や民間寄付を優先している県の実態と重なるところがあります。

既に7000頭以上の豚が殺処分されようとしていますが、処分場がないとか火葬しようとか、行き当たりばったりの政策ばかりが目立ちます。そしてまた、最初の感染が始まった豚舎の隣の豚舎から陽性反応の豚が発見されました。これまでその他の18か所は陰性と発表していたのに・・・。潜伏期間を考えずに発表したためと思います。実にいい加減な発表です。県の危機管理能力は大丈夫でしょうか?

さまざまな災害や家畜伝染病などのリスクに常日頃から対応をとるべきです。基地反対ばかり声高に叫ばず、県民生活の不安を取り除く政策にもう少し重点を置いて欲しいものです。
posted by 塾長 at 20:51| 教育・子育て

2020年01月03日

正月風景・・

あけまして おめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
特に昨年は「さい帯血による再生医療」の推進活動に多くの方々のご理解とご協力をいただき、厚労省への要望を提出することができました。

各地での講演活動にもご支援いただき感謝申し上げます。また、署名活動では全国からご署名をいただき、
ありがとうございました。
「さい帯血による再生医療」ことに日本で初の「きょうだい間投与」につきましては、脳性まひを初め難病を抱えた患者・家族の期待が大きいところです。

厚労省に早期の臨床研究をお願いする7月24日の4日前の7月20日に、東京で開催された「さい帯血による再生医療研究会」の席上、高知大学医学部の藤枝先生が「同胞間投与」の臨床研究の申請をされた話を研究発表の中で聞きました。
私たちにとっては臨床研究が始まらなければサイドからの後押しはできない状態でしたが、まさに絶妙のタイミングで吉報を聞くことができました。
現在、厚労省の近畿局で大阪大学内にある「特定認定再生医療等第一委員会」に提出された書類等を局と調整中と聞き及んでいます。日本では初めてのきょうだい間投与ですが、米国ではすでに始まっています。
医療、患者家族、行政が同じ目的を何とかクリアーしようとしています。しばらくは静観しますが、経過や結果次第でまた新たな活動が始まるかも知れません。

それでは恒例ですが我が家の正月風景をご紹介します。

盆も正月も台風も関係ないのが、エサあげと掃除。

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【外回りの掃除上がり】

学校看板にて.JPG


【亜和(あや)が生徒会長時に中学校に立てた交通安全の看板周りの掃除。飾りつけも完了。】

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【40坪の家ですが、4棟に分かれているうえ敷地が広いの守備範囲も広くなります。30日に帰ってきた長女の応援も得て、残っていたお母屋や学習棟の掃除やお地蔵さんの「お顔」拭き、道路の除草・清掃、側溝掃除などを大晦日まで行いました。なかでも大変なのが屋根の上の「除草」。本瓦葺きの漆喰に育つ草は厄介です。毎年登場するのは次女の亜和(あや)。高所になんなく登り、冷たい赤瓦に素足で作業します。】

屋根除草 (2).JPG


【軒先の作業は見ている方もハラハラ、ドキドキです。おかげできれいになりました。】

元旦には後藤家式で新年を迎えます。お腹の中の命をカウントする「数え年」で1月1日に家族全員で年を迎えるので「(お互いに大晦日の夜を越えて)明けましておめでとうございます」となります。
まずは先祖や自然のなかの神様にお神酒とお水をあげ、そのあと正座して残りのお神酒をいただきます。三々九度でいただきます。

お神酒(みき)は熊本から取り寄せたお屠蘇(とそ)です。東肥の赤酒(現在は瑞鷹酒造)です。甘くて飲みやすいので要注意です。

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【お互いが注(つ)ぎ注がれます。】

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【3歳の「わかみこ」もチョッとだけ?いただきました。】

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【この男は番外。正月の楽しみにしているらしい。お屠蘇は薬効果もあるといいますが、飲み過ぎか?一人ハイテンション!】

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【みんなほっぺがほんのり赤くなっていました。】

元旦にこれまで外出したことはありません。働き方改革で元旦は休むようにしたコンビニやデパートが出てきましたが、正解だと思います。正月元旦ぐらいはゆっくり家族で過ごしたいものです。

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【お屠蘇の後、自家製の梅干しを湯のみに入れてお茶を浸し、お屠蘇で甘くなった口の中を梅で清めるようにいただき、年を梅と同じひとつ、重ねます。】

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【大晦日までに各人が書いた今年の目標をそれぞれ発表します。】

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【発表のたび、みんなの表情が変わります。楽しい目標もあり、厳しいものもあり。それぞれの年間目標がみてとれます。千葉大学に通う長女も一緒なので、とても充実していました。家族全体では「自立」から「歩き始める」にしました。千葉の長女も寮を出たし、脳性マヒの改善を図ろうとする臨床研究のスタート、今年小学1年生になる「こだまこ」、そして第10子の「心然(しんねん)」立つことができました。次は一歩、前へ進むことです。】

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【朝食は雑煮。熊本なのでだしは「かしわ」。29日、家族で搗いたお餅を入れました。昼はいつもの自家製の「おせち」料理です。手づくりを通す家内には頭が上がりません。料理の中身について子孫繁栄やまめまめしく働くことなどを説明しました。今年は熊本から馬刺しを取り寄せました。】

1月2日。元旦を無事に過ごした後はお宮に参拝に出かけました。三社参りの前に妻の実家に挨拶に行き、昼ご飯を頂いた後、家族12名で出かけました。

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【出雲大社沖縄分社。今年は去年より参拝者が多かったように思います。こちらは二礼四拍手。鳥取の出雲大社と同じです。】

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【琉球八社のひとつ、沖宮。こちらも昨年より参拝者は大幅に増えた感じです。戦前は伊東忠太氏の推薦もあって国宝でしたが、戦災で焼けて現在の社殿は建て直されています。】

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【これはタチガー池の上に建立した「お地蔵さん」。年末に「お顔」を洗い清めて御幣をかけ、お神酒をあげて花を生けました。自宅にも同じ「ほこら地蔵さん」があります。ここを含めて「三社参り」としています。】

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【2日、午後7時発の羽田行きの飛行機で千葉に帰る依奈(えな)を送りに那覇空港に向かいました。「実家」を意識した依奈。送り出す家族。どこにいても元気でいて欲しいと願いました。】

さて、沖縄タイムスの副読紙・タイムス住宅新聞で連載中の「細部から文化が見える」の再々延長が正式に決まりました。今年の3月まで延長されていましたが、さらに9月までとなりました。

引き続きご愛読いただきますよう、お願い申し上げます。
posted by 塾長 at 19:17| 教育・子育て

2019年12月31日

自立

大晦日。今日で令和元年が終わります。

振り返れば「自立」にまつわる話題が家庭内では多かったように感じます。

小学生二人のうち5年生の「こはづき」は宮古島に3泊4日、6年生の「さわみこ」は福島に4泊5日、中2の「朴然」は岩手県葛巻町(姉妹都市・生徒会)と長崎県(ラグビー合宿)、大分県(ラグビー試合)でともに家庭から離れて宿泊しました。

一種の自立の訓練です。

今年の春、12人家族から初めて長女の依奈(えな)が千葉大学に通うため家を出ました。昨日、久しぶりに帰郷しました。2日にはまた出発しますが、年末住んでいた寮を出てアパートに引っ越しました。
管理者がいないところなので自らわが身を守るしかありませんが、人間として生きていくためには、いつか自立しなければなりません。
授業料や食費・光熱費は給付型の奨学金、引っ越し費用も家電も自分でバイトしたお金でまかなったので親の負担はゼロでした。家賃も自分で払っていくそうです。帰郷のための飛行機代も自分で作ったようです。親としてはありがたい限りです。

本人からしたら初めて育った「実家」に帰ってきました。都会暮らしで乾いた心を少し潤してもらいたいと思っています。

その長女を迎えるためと毎年の大掃除に、少しがんばりました。

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【湧水地(タチガー)の余剰水が家に前の側溝に流れてくるのを少しだけもらって田んぼと水車小屋の前の池に引いています。流すのは竹のトイ。ところが1年もすると石灰分の多い湧き水なのでトイやパイプの中に石灰が溜まって固まります。いわゆる動脈硬化です。流れる量をもとに戻すため、みんなで取り外しました。】

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【3歳の「わかみこ」も手伝います。角度を変えるところの「マス」を掃除中。】

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【年末の掃除は家族全員が参加。1歳の心然(しんねん)もおんぶされて様子を見ています。】

我が家の掃除の守備範囲は家の敷地内はもちろん、裏山の牧場、湧水地や家までの側溝、学校近くの看板(花壇)と広いので総力戦です。

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【22日はヒノキ風呂の「ゆず湯」に浸かって体を休めました。】

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【万然(ばんねん)の通っている学校にサンタクロースさんがいました。下二人はびっくりするやら喜びやら・・・】

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【29日は餅つきをしました。毎年恒例の餅つきは30日ですが、天気予報では30日は大雨。急きょ、ブルーシートを張って準備しました。本当は長女が帰ってきた30日が良かったのですが、マキが濡れると火が点かないのでしかたありません。朴然の同級生の清水君きょうだいが加わりました。まずは俊足で県でも記録を持つ清水君と朴然たちのマキ割り。】

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【石のかまどを作り、周りから集めたタキギでお湯を沸かす。もち米の蒸し器の方は耐火レンガで水平に組む。】

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【約1時間、蒸し器で蒸されたもち米(約2s)を臼(うす)に移す。このもち米が食べるとおいしい!】

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【モチ月開始。まずは朴然と清水きょうだい。】

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【次は小学校組2人。】

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【次は高校生組二人。】

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【安定したところで幼児組二人。】

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【仕上げはやはり両親ですか。「心然」をおんぶしての餅つきはちょっとしんどい?】

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【冷えないうちに丸めます。今年はアンコ餅をたくさん作りました。】

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【おっと!つまみ喰い?】

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【1年1か月で立った「心然(しんねん)」。なんとなく相撲スタイルで堂々としています。】

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【何回も立ったり座ったりするので、そのたびに上の2人は大喜び。それに反応してまたまた立ちあがります。】

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【今年初めて「門松」を作りました。「笑う門には福来る」になるか?自宅周りにあった松竹梅です。】

今年を総括すると「自立」の言葉が似合いそうです。子どもたちがそれぞれ宿泊や生活で自立していきました。そして大10子の心然が自立しました。

人間は4本足の動物と違って、立ち上がるのに1年以上かかります。その前に万然(ばんねん)のように突然熱発して脳症を患い、立てない子もいます。そういう意味では、心然が立ったときは特別な感情が湧きました。自立したあとは「歩るく」。長女や心然も自立しました。さい帯血の臨床研究も今年はいよいよスタートしそうです。

自立の後の「歩み」をしっかり見守りたいと思います。
posted by 塾長 at 08:19| 教育・子育て

2019年12月20日

連載第27話「岩永三五郎」と首里城復元に思う・・

本日、沖縄タイムスの副読紙である「タイムス住宅新聞」に連載中の「細部から文化が見える」の27話「岩永三五郎」が掲載されました。石橋シリーズの第3弾です。

前回までは沖縄や日本での石橋文化の総論的なこと書きましたが、今回から具体的な内容になります。
建築とは少し離れるようですが、実は石工と大工は表裏一体です。今後の記事で明らかになっていきます。

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さて、首里城の火災について、つとに考えることがあります。ひとつは原因がまだ究明されていないのに那覇市や沖縄県、報道各社が寄付を募ることです。

約30年架けて復元された首里城は本年1月に完了。その直後の本年2月、国から管理・運営を移管された県は、(一社)沖縄美ら島財団にさらに委託していたとはいえ県には大きな責任があります。国民の税金を使って再建された本殿以下の建物の所有権は国です。国から預かった貴重な財産を一夜にして灰にしました。雷が原因の火災ではないので人災です。熊本地震(天災)の時の寄付金とは訳が違います。その県が火災直後から民間に寄付を募ったり、管理・運営を移管してくれた国にすぐにお願いにいく行為は不謹慎だと思います。まずは原因の検証と反省でしょう。

また、寄付金を新聞紙上で大きく紹介することにも違和感があります。使途も決まっていないのに小学生がこれまでのお年玉を寄付した話から数万円〜1千万円単位で寄付する企業名を写真入りで大事な紙面を使い毎日何件も紹介されています。対応する行政の長も、もったいない時間を費やしています。
日本での寄付とは元来、匿名で慎ましく渡すものと思っています。赤い羽根や自然災害の地震や津波での被災応援の個人募金はみんな匿名です。
企業や団体、個人が堂々と名前を出して、行政の長を相手に寄付金を贈呈する記事を見ると売名行為にしか見えません。もっと謙虚な寄付の仕方があっていいのではないのでしょうか。

最近は学校でも「寄付は自由」と言いながら、寄付した子どもの名前を書かせていました。これでは寄付どころか「徴収」と言わざるを得ません。

百万円、1千万円単位で寄付する先は、正月を控え経済的に苦しむ人たちを優先すべきです。それにしても、沖縄経済は本土に比べたら厳しいと言いながら、よく大金をだせるなぁと感心してしまいます。

徐々に火災時の管理体制が判明してきました。もともと全部木造で造られた首里城内でイベントすること自体が問題だと思います。しかも分電盤の電源を切っていたとか、本殿のコンセントから夜間照明用の電気を引いていたとか、警備員が眠っていたとか・・・ずさんな県の管理が浮き彫りになりました。

県は首里城をなるべく早く再建したいと言っていますが、いつの時期の首里城で再建するつもりなのでしょうか?首里城は今回の火災で5度焼失しました。
琉球王朝が誕生した1429年は日本では室町時代。当時の瓦は中国や日本から運ばれたと思われます。「大和旅のぼて・・・瓦買いにのぼて・・・」との記述。(おもろそうし)「冠木門」(田邊 泰著)
註:沖縄戦で焼失前の首里城のカラー映像では瓦は赤ではない。(米国立公文書館)

そうなると赤瓦での再建ではなくなります。昭和17年発行の「琉球」−建築文化−(伊藤忠太著)に挿入されている写真では、外壁も焼失した朱色の総漆塗りには見えません。伊藤忠太博士(東京帝大)が首里城の解体寸前に「待った」を掛け、その後国宝に指定し保存された以前の姿なのか、それよりさらに以前の創建当時の姿なのか。(基本的には創建当時の首里城に復元すべき、と考えます。)

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【「琉球」−建築文化−」(伊藤忠太著)から引用(昭和17月11月7日発行)】

沖縄戦では、首里城下に地下壕があり(日本軍第32軍司令部壕)歩行不能になった重症者約5000名が自決した魂が眠っています。一方では琉球王朝の圧政(人頭税の取り立て)で宮古・八重山の人々は「人減らし」で苦しんだ歴史を持っています。
このような歴史の上に豪華絢爛の派手な建築物を復元して足で踏む施設を造ることに、なんとなく心情的に抵抗を感じます。防災管理など科学的には原因究明をおろそかにすると同じ運命をたどるのではないかとか、心配しています。

首里城は日本と中国(シナ)の建築技術が入った珍しく貴重な建物です。しかし、世界文化遺産の城(ぐすく)群の対象は「建物」ではありません。近くの中城も今帰仁城も、どこのグスクも建物はありません。

首里城復元に反対しようとは思いませんが、今一度どの時代の姿に復元したいのか、その意義は何なのか、よくよく考えて計画してもらいたいと願っています。
posted by 塾長 at 12:52| 建築

2019年12月10日

師走

師走に入って、なにかと気ぜわしくなりました。振り返れば今年の前半は「さい帯血による再生医療」の推進活動でいっぱいいっぱいでした。講演会やパネル展、署名活動、記者会見、厚労省への要望など・・・。

家庭的には長女の大学受験や三女の高校受験があり、長女は春、千葉大学に入学しました。同居家族が一人減って11名になりました。家の中でも家電をはじめとする道具や用具の買い替えが進みました。

冷蔵庫に洗濯機、コピー機、浄化槽のブロアーは取り換え、トイレの便器と流し台の水漏れ、ノアと軽貨物(タイヤ)の部品取替えと続きました。

現在、次女は東京に修学旅行中ですが、これも10万円近くかかりました。今どき、普通高校が数百人単位で同じ場所へ旅行する意味はあるのだろうか?と疑問があります。しかもコースにはディズニーランドやお台場の自由行動が組まれています。出費多難な折り考えさせられます。

個人的な考えですが、部活が盛んな学校生活ですが、スポーツや音楽などはもとも趣味の世界だと思っています。半強制的な部活奨励には疑問もあります。趣味や遊びが高じてそれを職業(プロ)にする人もいますが、本来脚光を浴びる職業ではないと思っています。勇気や励みを享受する人もいますが、生産的な仕事ではありません。さまざまなところで生きるためにコツコツ頑張っている人たちこそ重要だと思っています。

さて、私たち家族は毎日特に変わったところはない生活を送っています。今朝も新鮮な朝の空気と朝焼けの空を見ながらエサあげなどの世話をしました。

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【ウサギやアヒル、ウマやヤギなどのエサにする草刈りを毎日します。今朝はいつも違うところの湧水地近くに行きました。そこに大きなモクズガニがいました。先日の大雨で中学校近くの道路で車にひかれて死んでいたカニもいたので、「用心してね」と声をかけて別れました。】

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【草刈りに欠かせないのが「カマ」。カマを研ぐ「砥石(といし)」は我が家の必需品ですが、砥石は水に浸けています。その水箱の中に「リュウキュウアオガエル」がいました。周囲の色に体の色を合わせて変えています。沖縄ではカエルは冬眠しません。】

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【朝7時ころにエサあげが終了。1歳になったばかりの「心然」はオンブされ、来年小学1年生になる「こだまこ」は一緒に手伝いします。毎朝、暗いうちから家族総出でがんばっています。家に帰ると最近出した「火鉢」が待っています。昨晩は「お餅」を焼いてみんなでいただきました。我が家の冬の風物詩です。空調機は空気が乾燥しすぎて喉が枯れます。一度起こした炭火、この冬も火鉢から火種がなくなることはありません。】

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【先週末は朴然のラグビーの試合がりました。初の公式戦出場です。1・2年生同士の試合でした。結果はボロボロでしたが、ほろ苦いデビューとなりました。これから新体制になるようですが、仲間の道具や日程を管理する「マネージャー」に決まったようです。また、選挙の結果、北中城中学校生徒会の副会長にも決まったようなので頑張ってほしいところです。まぁ、人格形成のためには善し・・・かな、と思っています。(青のジャージで白のヘッドキャップ)】

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【ペットボトルを体重をかけて足で踏みつぶす第10子の「心然」(しんねん)。まだ伝い歩きですが、親のすることを真似るのは上手です。リサイクルの出す前の姿をチャンと見ているんですね。】

今年は国内では悲惨な事件が後を絶ちませんでした。特に虐待や放火などで亡くなった方々のことを思うと、つらいものがあります。国外では特に中国のウイグルでの人権弾圧が止まらず、大変心配をしています。
世界の警察といわれていたアメリカではなく、国連にどうにかして欲しいものですが、これがまた機能不全。いつまで第二次世界大戦の戦勝国が牛耳るのでしょうか?

昨日は子どもたちが毎週通う「合気道」の練習に行ってきました。合気道は「スポーツ」ではありません。従って、「試合」は無し。1にも2にも精神鍛錬です。結果的に護身術に結び付きますが、創始者の植芝盛平翁は「闘争のための技術」ではなく「和合のための武道」を説いています。

襲ってくる何人もの相手をほとんど手を触れることなく、バッタバッタと倒す開祖の植芝盛平翁の身長は「153p」だったと師匠のフランダー・ケン先生が4女の「さわみこ」(小6)を立たせて説明をされていました。
posted by 塾長 at 12:05| 教育・子育て

2019年11月26日

11月25日前後のこと。

11月25日は三島由紀夫氏が自決した日。当時19歳。ニュースで知ってショックでした。「後に残るものを信ずる」・・・次の日、熊本駅発宮崎駅行き急行「やたけ」に乗って宮崎神宮に参拝後、「八紘一宇」の石碑がある「八紘台」に行きました。

国旗を握りしめ、教育勅語を一人声を出して詠みました。若かったあの頃と気持ちは変わっていません。戦後荒廃した日本人の心を憂えていたので、あのような行動をとったと思います。

あれから49年、低俗で興味本位の番組を流しているメディアが公共の電波を使っている現状は変わらず、三島氏が言うように「からっぽでニュートラルな」人間が増えたように思います。
次代を担う子どもはわがままで節度を忘れて育ち、「自由」を振りかざすあまり、虐待やいじめなど身勝手で無責任な事件を引き起こす温床を作りました。
微力ながら、日本独自の歴史や文化、伝統を守り、節度や慎ましさを暮らしに生かしていきたいと思います。
さて、もう1か月余りで令和元年が終わります。先週もいろいろありました。

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【毎日、動物へのエサあげや周辺の掃除を家族でします。最近は第10子の心然(しんねん)を小学6年になった「さわみこ」がオンブする時もあります。】

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【お隣の部落(仲順・ちゅんじゅん)が湧水のタチガーの第1水利権者になっていて、その残りを我が家の周りの「底田原(そこたばる)」で畑を営む人たちがいただいています。我が家は農家ではないので、さらにその余剰水で側溝に流れ出る水をもらい、村合意の元、自分たちで作ったタチガー池に水を引き、生きもののための水辺空間を作り、管理しています。仲順の人たちが掃除中に来て、近頃「水の出が悪いから」といってタチガーの水源を点検に来られました。折角なので、すぐ下にある底田原の水槽の上が落ち葉で一杯になっていたので掃除しました。】

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【きれいに掃除できたので、仲順の水利組合の方々に大変喜んでいただきました。その後、台風27号の影響で大雨が降ったので、また掃除しました。】

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【こちらは底田原の農業用用水のタンクです。タンク上の掃除中。】

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【久しぶり「タチガー」の水源を見せてもらいました。地下水はとうとうと流れ出ていました。ただ、琉球石灰岩の上に根を張ったガジュマルが地下水の溝までしたたかに伸びていました。】

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【通常は水源を守るため鍵がかかっています。この日は鍵を開けての点検。狭くて低いところを流れてきます。穴の中で「タチ」上がったら頭を打ったので「アガー」(沖縄の人が痛い時使う言葉)といったので「タチガー」と呼ばれるようになったとか・・。それにしても年3回の点検でこんなに長くガジュマルの根が張るとは・・・】

11月28日は、「心然(しんねん)」の満1歳の誕生日でした。第7子の「万然(ばんねん)」が6ヵ月で熱発し、その後遺症で脳性マヒになったので、生後1年は我が家では特に慎重な子育てになります。

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【部屋に飾り付けをみんなでしました。】


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【誰の時も同じですが、ケーキは家族で作ります。】

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【日本は元旦に一緒に年を重ねるので、我が家もそうしていますが、どの家庭も最近は個人の誕生日で祝うことが増えたので、それも倣うことにしています。】

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【我が家の1歳定番ゲーム。将来何になるか?バナナを選択したので食べもの系に興味があるのか?いい加減なゲームですが、楽しいものです。】

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【誕生日プレゼントは「ラグビーボール」。長男が自分と同じラガーマンにしたいそうです。】

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【「さい帯血つながりきょうだい」になるか!高知大学医学部の臨床研究を心待ちにしています。】

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【日曜日は長男・朴然(ぼくねん)の文化祭。新校舎にはオープンスペースが多いので、展示はたくさんできていました。午後は地区別の伝統踊りや歌がありました。沖縄の獅子は本土と違ってリアルです。出演者は同じ中学生。とても上手で迫力がありました。】

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【月曜日の25日は長男が文化祭の振り替え休日だったので、熊本から送られてきた玄米の精米に出かけました。】

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【分離された「ヌカ」です。ニワトリやアヒルのエサに使います。捨てるところはありません。】

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【1袋30s。年を取ったので下りの坂を持って降りるのは長男に任せました。1か月近くはこれで暮らせます。送っていただいた渕田さまに感謝です。】

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【同じ月曜日、綿の打ち直しをしました。成長した万然が布団から足がはみ出るので、上布団を打ち直して敷き布団にしました。日本にはすばらしい伝統があります。この技術がすたれないよう、また布団の打ち直しをお願いしようと思っています。】
posted by 塾長 at 11:40| 教育・子育て

2019年11月15日

「細部から文化が見える」石橋シリーズ2「歴史と保存」

本日、連載「細部から文化が見える」27「歴史と文化」が掲載されましたので、アップします。

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シリーズのスタート(前回は井樋橋に特化)になるので、全体を見通した原稿ということで、少し時間がかかりました。

次回は「岩永三五郎」です。もう、原稿は提出しました。
その後は「通潤橋」へと展開していくつもりです。
posted by 塾長 at 10:20| 教育・子育て

2019年11月05日

「さい帯血」その後・・・

7月に厚労省に要望書を提出しましたが、その後どのようになったか?

現在、高知大学医学部から大阪大学内の第1特定認定再生医療委員会に、きょうだい間(同胞間)投与の臨床研究の申請書が出されたように聞いています。高知大学との話でもその点を阪大研究会と高知大学双方に確認したところ、手続き上でいくつか厚労省の地方局と調整中のようです。

従いまして、現在は静観中です。
先日、第2委員会事案で大阪医大の講師が申請なしで脂肪幹細胞を投与したため、事件化しています。困ったものです。

個人的にはHLA(白血球の型)の検査がまだだったので、思い切って検査しました。結果、6座の内3座合致していました。また、ドナーになる第10子の心然については両親のHLAが珍しく一致していたようです。

全国の小児脳性マヒの患者・家族が一日も早い臨床研究の実施を待ち望んでします。いろいろ厳しい事情はあるかも知れませんが、米国の拡大アクセスプロトコル制度並みに18歳未満まで対象を広げた臨床研究が進むことに期待しています。また状況が変わりましたら、お知らせいたします。

さて、もう11月になりました。ラグビーのワールドカップも盛況のうちに終わりました。中2の長男がラグビークラブに入って活動中なので、我が家はラグビー観戦で大忙しでした。といってもTVはないので、インターネットで観戦できる番組を見つけて家族で見ました。日本らしい試合やマナーが見れてとても気持ちが良かったです。

近況を掲載します。

まずは自由研究の県大会の結果です。
地区で金賞・銀賞以上が推薦されて審査対象になっていました。我が家では中2の朴然と、小6のさわみこです。おかげでともに優秀賞でした。

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朴然の作品.JPG


【朴然は小4の時、県で最優秀賞をいただいているので、残念がっていました。「環境」でなく「地学」で出すべきだったと後悔していました。県では銀賞だった子が最優秀賞でした。よくある話です。】

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【表彰式。上は「さわみこ」、下が「朴然」です。】

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【一緒に行った5人組です。表彰式も終わって少し安どしているようです。朴然は毎日新聞主催のシゼコンに資料を提出しました。1昨年は県で佳作でしたが、全国で2等賞でした。どうなることか?】

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【10月末には連続してハブが出現しました。長さが約1.8mくらいありました。1匹は側溝に入っていき、もう1匹は向かいの畑に逃げました。我が家ではハブは貴重な生きもので通っています。なぜなら、ネズミを捕ってくれるからです。だから決して殺しません。しかし、誤って夜、帰宅中の子どもが踏んでしまったら、ハブは攻撃されたと思ってかかって来るので、なるべく夜行性のヘビを早く発見するため、道路周囲の草を刈ることにしました。一家総出です。】

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【先週の土曜日に朴然の同級生と弟、4日の文化の日にはまた一人増えて期末テスト前の勉強に訪れました。その合間に同級生は陸上クラブに入っていて、100mを11秒台で走るというので、みんなで競争して速く走る練習をしました。「ヨーイ、ドン」。やっぱり彼はダントツ一位でした。私も二人っきりで走りましたが・・・】

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【今月24日、万歳を迎える第10子の心然。最近は「ありがとう」というと「コクリ」と頭を下げます。「パチパチ拍手」も「いただきます!」もできるようになりました。一人遊びができるようになって、本をめくって遊ぶこともあります。成長著しい!】

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【保育園、幼稚園に行かない下の3人は、今日も「後藤家」もTシャツを着て、一日中遊びます。朝は6時から動物たちへエサあげに出かけます。今のところ、みんな元気で過ごしています。】
posted by 塾長 at 18:31| 教育・子育て

2019年10月18日

連載第25回(10月)「400年前の自動ドア」

「細部から文化が見える」の連載、25 「400年前の自動ドア」が掲載されましたので、添付いたします。

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今後数回、石橋文化について書き込みたいと思っています。

TKU(テレビ熊本・郡司様)、熊本市富合町まちづくりセンター、熊本市の関係者の皆様には大変お世話になりました。ありがとうございました。
posted by 塾長 at 16:08| 建築

2019年10月10日

「後藤家」Tシャツ披露。

10月4日(金)、万然の通う泡瀬支援学校で「あわせスマイルフェア」が開催されました。
出し物でわが家族も出演することになりました。

そのため、揃いの服にしようか!ということになり、思い切って家族12人のTシャツを作ることにしました。
問題はデザイン。最終案は表が「後藤家」、裏に家訓を入れることに・・・。

当日の出し物はお金のかからない「合唱」。いつもの「森の音楽会」で飼っている動物の鳴き声を披露し、次は手話を使った「魔法の言葉」。そのあと、元気よく「やってみよう!」、そして最後は子どもたちが最近はまっている「今日から俺は」の主題歌を家族で歌い踊りました。(我が家にはTVはありませんが、借りてきたDVDは見れます)

Tシャツの表を「後藤家」にしたのは、家族が一致団結している様子を表しました。裏の家訓は「一人ではなにもできない。だけど、一人が始めないと何も始まらない」という言葉です。

これは私の人生訓でもあります。前例がないからと言ってあきらめないで、とりあえず声を上げ一人でもいいから行動にい移して全体を動かす意味があります。現実、そういう人生を歩いてきたし、今もそうです。

また、予備で私と朴然は白地に黒文字でもう一つの家訓「人生、娑婆返し」の言葉がTシャツの裏に書かれています。

これから何かの機会で舞台に出る時や、人を家で迎える際には着ていきたいと思っています。

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【スタンバイ中の家族】

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【千葉大に通っている長女以外の11名が登場。最年少第10子・3歳の「わかみこ」の「ネコ」の鳴き声を出しています。】

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【今日は万然が主役。「今日から俺は」の伊藤君のツッパリ髪型にした万然。】

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【最後の歌は「88年当時はやったツッパリ少年」風に朴然は三橋君役と同じ金髪(なかったのでレインボーの7色カラーヘアーのかつら)、次女の亜和(あや)は伊藤君役に合わせました。みんな帰る時間帯がまちまちでテスト期間だったり、部活もあるので思ったように練習はできませんでしたが、手拍子や指笛がかかるほどにぎわったので役目は果たしたかな?と思います。】

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【最後は三橋役と伊藤役をした朴然と亜和が決めてくれました。】

他は地域の団体で子どもエイサーや青年団エイサーなどが出ました。

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【これは読谷村の渡慶次(とけし)青年会のエイサーです。屋外の空き地で最後に披露されました。その前に知り合いにお願いした北中城村の仲順(ちゅんじゅん)青年会のエイサーもこの前に舞台で出演しました。ありがとうございました。このあと花火も上がりました。】

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【出番が終わって、エイサーを見る家族。Tシャツの表と裏が分かる写真です。】

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【日常の風景です。保育園に行かない下二人は、午前中は勉強です。】

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【5歳の「こだまこ」はお母さんがいないときは「茶碗洗い」を自主的にします。】

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【3歳の「わかみこ」も「拭き掃除」を自主的にします。】

就学以前の幼・保育園の費用が無料化されると聞きますが、施設に預ける費用に税金をかけるくらいなら、子育てを家でしている家族をもっと大切にすべきといつも思います。
老人も子どももすべて施設型の福祉。家族が崩壊します。「子育て」といっても保育所や学童に預けていて、本当に子育てしているのか?と言いたくなります。

母親が小さな子どもを面倒を見るのは、動物的な本能で当たり前です。スウェーデンでは女性の社会進出が増えて刑事犯罪は日本の17倍、レイプは20倍以上、強盗は7倍。個人主義や平等主義が過ぎると社会問題が発生します。伝統的な男女、夫婦関係をもっと大切にしたいと思います。
posted by 塾長 at 14:51| 教育・子育て