先の土曜日曜日に、一念奮起して裏山の農道の草刈りをしました。
我が家から少し離れていますが、真裏のタチガ−や借りている牧場を周回する道路です。峠より下っていくところですが、どなたの所有する土地かは不明でありますが、道路上に例の外来種・ツユヒヨドリをはじめ、ギンネムなどの草木が茂ってきていました。
そのため車が離合できないことや見通しが悪くなってきていました。そして、側溝の状況はが全く分からないため、大雨の時が心配でした。
2日間、朝から家族でがんばって除草や片づけをしました。
【着手前です】
【終了後の状況です。】
【保育園児の「心然」も2年生の「わかみこ」も頑張りました。】
【家の周りの側溝にも枯れ葉がたくさん落ちていたので、掃除しました。枯れ葉も大事な生きものの栄養になるので、「そこそこ」掃除しました。ここは地下水を分岐して家に引いていることから、導入口の網に詰まると水がこないから、それなりに掃除が必要なところです。】
無報酬で作業も過酷ではありましたが、戦後の日本人は打算的になって、本当に大切なものに気づかないで暮らしているような気がします。
役場に頼めばいいのに‥という考えもありますが、できることは自分でしよう!という心構えを若いうちに身に着けてもらいたいという願いもありいます。
【報酬などなくてもお金では買えない体験もあります。これは側溝にいた「モクズガニ」の子どもです。この側溝が棲みやすかったのでしょう。元気にまた海に降りて帰ってきて欲しいと願いました。】
【これは多分「ヒガシ二ホントカゲ」。最初「カナヘビ」と思いましたが、尻尾が短くて色も違います。こんな珍しい生きものと出会えるから、作業も苦になりません。この子も天敵に襲われることなく育ってほしいと願いました。】
さて週に一回は馬やヤギ、ウサギやニワトリ、アヒルなどの草食動物への草を刈らなければなりません。なるべく天然の草を採ろうと思いますが、最近は開発が広がっており、また、冬場だったので思ったように草は集まりません。
なんとかアチコチから集めて帰る途中、家の近くで農業をしている崎原盛一さんが管理している畑があります。以前、農薬を減らすために、ミニトマトに袋を掛けて育成すると仰っていました。
【保育園生の心然に「袋を外してごらん、そして採ってもいいよ!」言われたので心然が恐る恐る袋をはずしてトマトをちぎりました。】
【赤色と黄色のトマトです。トマト独特の甘くて酸っぱい味がしました。農薬は育ち始めてから使ってないと言われたのでそのまま食べました。これが本物の味、天然の味。
今時は植物工場で人工的な環境で育てられる野菜が増えましたが、味も元気も雲泥の差です。植物(野菜)も健康ですが、いただいた人間の心も体も健康。】
【その日は我が家の近くの畑で今、インゲンを栽培している崎原盛一さんとも会いました。「周りはビニールハウスが増えたが、自分は露地栽培にこだわる!」とのこと。その分、手間がかかるが、農業の基本を忘れない方です。】
【チャボが産んだヒナを、別のニワトリが育てています。早いものでもう尾っぽが伸びてきました。親のふり見て子は育つ。】
有機農業に取り組む崎原さん親子からいろいろ学びました。建築の世界も、また、家庭内の子育てにも通じるものがあります。
日本人は無理して自然を支配しようとしませんでした。「なるがまま」・・自然。長い歴史を持つ日本という国だからこそ育っている道徳があります。
わがままで身勝手な人間。自己中心主義が増えました。また自然の命を人間が支配する人間中心主義。
人生そんなに長くはありません。時には「日本人の心」を振り返ることも大事だと思います。
いい週末でした。
2025年03月11日
人生で最も大事なこと・・・
posted by 塾長 at 12:34| 教育・子育て
2025年03月03日
「冬来りなば 春遠からじ」
「島根殿」(しまにどぅん)の登録有形文化財化に向けて、実測による復元図もそろそろ最終段階。「熱田神宮」との別名を持ちます。戦前の建築で、沖縄神道と日本の国家神道の合体というか、「御嶽」の「神社化」を今に遺している貴重な建築・工作群です。
「御嶽」(本殿)と拝殿以外の工作物も一緒に申請しようと考えています。
【鳥居と手水鉢(ちょうずばち)です。鳥居は皇民化の時期なのでしょうか神明鳥居のなかの「靖国鳥居」の形状でした。すべてRC造です。】
【灯篭です。「火袋」部分の柱は「琉球石灰岩の水磨き」と思われます。】
【沖縄神道らしい工作物の「アガリユーヌウトゥーシ」。いわゆる神様がいるとされる東の海のかなた方向を見通す「遙拝所」です。】
作図も新築とは異なり大変です。つまり、先人たちは何を考えていたのだろう?という推測しながらの作業だからです。だけどその分、時代背景を考えながらいろいろ思うことは楽しくもあります。
一方、「外国人のための伝統建築授業」も2回目になりました。
Mrジョーも真面目に取り組んでします。今回は追っ掛け大栓継ぎに挑戦。土曜日に片方ができ、日曜日にまた片方を作りました。
【なんとか合体しました。横から「コミセン」を打つ予定でしたが在庫がなかったので「追っ掛け大栓継ぎ」にはならず「追っ掛け継ぎ」で終えました。
寸法通りに加工し、合わせたら「おしまい」ではありません。鉄やコンクリートのような無機質ではない「木」が相手です。木の気持ちや日本の文化、有機物として動く木の生態に心をめぐらすことの重要さを分かって欲しいと思っています。
次回は「宙に浮く心柱」のミニチュア木組みを実際建ててもらいたいと思っています。RC造ではとても考えの付かない「浮かせてバランスをとる」構法です。】
【お父さんの作業中、息子さんのカイラ君は私家族と同じ日常の作業に付き合ってもらいました。リヤカーでの運搬、動物たちへの草刈り、少し離れたところにある湧水槽での生の地下水に触れたりしました。
帰り際には余ほど刺激的で楽しかったのか、「号泣」していたそうです。また来てね・・】
【仕事として位置づけしていない復元図起こし。家族での草刈りやエサあげ、水の調整などの合間に、身近な自然で心潤うことも多々あります。これは田んぼにいた「ハチジョウツグミ」の群れを撮った写真です。他の鳥たちも「春」を届けに来ています。】
【家の入口の水車小屋のある池の周りには野生のインパチェンスの赤い花がたくさん咲いています。】
【池の水面には「アメンボ」】
【池の中には「メダカ」(中頭(なかがみ)メダカ)やテナガエビ、モクズガニも棲んでいます。石の間に「アヤヨシノボリ」もいました。ヨシノボリは現在、宮大工見習いの亜和(あや)が小学校時代にその生態を調査して自由研究としました。東シナ海までの8kmを往復して、またこの湧水地・タチガ−まで登ってくる「旅」です。
足の裏に吸盤があるので、直角の堰も登り上がることができることなどをまとめた思い出があります。】
【先日ふ化したヒヨコを「育ての親」が「生き方」を指導していました。落ちていた犬のエサが濡れてふわわふわしていました。それを育ての親がくちばしでほぐし、「コッ、コッ」と声をかけ、ヒヨコに教えます。決して自分では食べません。ヒヨコが食べるのを見ていました。えらいなぁ、育ての親は・・】
【春はもうそこまで。今日は26℃もあります。だから沖縄のカエルは冬眠しません。以前、「クワズイモ」の大きな葉っぱになる前のくるまっている葉の中にいたのを見たことがあります。
今度はなんと「お地蔵さん」の「双子」の奥にいました。
敷地の入り口に鎮座する「祠(ほこら)地蔵さん」は「双子」を抱いています。かつて私たち夫婦に「双子」ができましたが、不運にも亡くなってしまいました(死産)。その子たちを想って「お地蔵さん」に「双子」を抱いてもらっています。毎日、その後できた子どもたちは朝夕、手を合わせています。
双子のお地蔵さんをそっと手に取ると、その裏に「カエル」がいました。「擬態(ぎたい)」しているので分かりにくいですが、琉球石灰岩に近い色を出してじっと春の来るのを待っていました。
(しっかり見ないと分かりませんが、2匹仲良く「冬眠」していました。(土の中の冬眠ではなく、小さな石の裏で眠っていました)】
「冬来たりなば 春遠からじ」。「春」は、もうすぐ訪れそうです。
「御嶽」(本殿)と拝殿以外の工作物も一緒に申請しようと考えています。
【鳥居と手水鉢(ちょうずばち)です。鳥居は皇民化の時期なのでしょうか神明鳥居のなかの「靖国鳥居」の形状でした。すべてRC造です。】
【灯篭です。「火袋」部分の柱は「琉球石灰岩の水磨き」と思われます。】
【沖縄神道らしい工作物の「アガリユーヌウトゥーシ」。いわゆる神様がいるとされる東の海のかなた方向を見通す「遙拝所」です。】
作図も新築とは異なり大変です。つまり、先人たちは何を考えていたのだろう?という推測しながらの作業だからです。だけどその分、時代背景を考えながらいろいろ思うことは楽しくもあります。
一方、「外国人のための伝統建築授業」も2回目になりました。
Mrジョーも真面目に取り組んでします。今回は追っ掛け大栓継ぎに挑戦。土曜日に片方ができ、日曜日にまた片方を作りました。
【なんとか合体しました。横から「コミセン」を打つ予定でしたが在庫がなかったので「追っ掛け大栓継ぎ」にはならず「追っ掛け継ぎ」で終えました。
寸法通りに加工し、合わせたら「おしまい」ではありません。鉄やコンクリートのような無機質ではない「木」が相手です。木の気持ちや日本の文化、有機物として動く木の生態に心をめぐらすことの重要さを分かって欲しいと思っています。
次回は「宙に浮く心柱」のミニチュア木組みを実際建ててもらいたいと思っています。RC造ではとても考えの付かない「浮かせてバランスをとる」構法です。】
【お父さんの作業中、息子さんのカイラ君は私家族と同じ日常の作業に付き合ってもらいました。リヤカーでの運搬、動物たちへの草刈り、少し離れたところにある湧水槽での生の地下水に触れたりしました。
帰り際には余ほど刺激的で楽しかったのか、「号泣」していたそうです。また来てね・・】
【仕事として位置づけしていない復元図起こし。家族での草刈りやエサあげ、水の調整などの合間に、身近な自然で心潤うことも多々あります。これは田んぼにいた「ハチジョウツグミ」の群れを撮った写真です。他の鳥たちも「春」を届けに来ています。】
【家の入口の水車小屋のある池の周りには野生のインパチェンスの赤い花がたくさん咲いています。】
【池の水面には「アメンボ」】
【池の中には「メダカ」(中頭(なかがみ)メダカ)やテナガエビ、モクズガニも棲んでいます。石の間に「アヤヨシノボリ」もいました。ヨシノボリは現在、宮大工見習いの亜和(あや)が小学校時代にその生態を調査して自由研究としました。東シナ海までの8kmを往復して、またこの湧水地・タチガ−まで登ってくる「旅」です。
足の裏に吸盤があるので、直角の堰も登り上がることができることなどをまとめた思い出があります。】
【先日ふ化したヒヨコを「育ての親」が「生き方」を指導していました。落ちていた犬のエサが濡れてふわわふわしていました。それを育ての親がくちばしでほぐし、「コッ、コッ」と声をかけ、ヒヨコに教えます。決して自分では食べません。ヒヨコが食べるのを見ていました。えらいなぁ、育ての親は・・】
【春はもうそこまで。今日は26℃もあります。だから沖縄のカエルは冬眠しません。以前、「クワズイモ」の大きな葉っぱになる前のくるまっている葉の中にいたのを見たことがあります。
今度はなんと「お地蔵さん」の「双子」の奥にいました。
敷地の入り口に鎮座する「祠(ほこら)地蔵さん」は「双子」を抱いています。かつて私たち夫婦に「双子」ができましたが、不運にも亡くなってしまいました(死産)。その子たちを想って「お地蔵さん」に「双子」を抱いてもらっています。毎日、その後できた子どもたちは朝夕、手を合わせています。
双子のお地蔵さんをそっと手に取ると、その裏に「カエル」がいました。「擬態(ぎたい)」しているので分かりにくいですが、琉球石灰岩に近い色を出してじっと春の来るのを待っていました。
(しっかり見ないと分かりませんが、2匹仲良く「冬眠」していました。(土の中の冬眠ではなく、小さな石の裏で眠っていました)】
「冬来たりなば 春遠からじ」。「春」は、もうすぐ訪れそうです。
posted by 塾長 at 14:43| 教育・子育て
2025年02月26日
皇紀2600年(昭和15年)の玉手箱と「建築士」3月号投稿記事
現在実測復元図を起こしている島根殿(しまにどぅん)、別名「熱田神社」。大東亜戦争開戦前に、御嶽(うたき)を神社化して、出征する人たちを送ったとされます。「御嶽」とは琉球信仰の「拝所」。
傷んだ御嶽をRC造に改築し、拝所や鳥居などを配した落成後(昭和15年、西暦1940年)の写真が公民館にあります。
小さな施設ですが、中身が濃い。まだ途中ですが、今日まで描いた図面の一部をアップします。正式にできたらこれらをもとに、国の登録有形文化財に登録申請するつもりです。
熱田自治会の理解が支えになっています。
【向かって左が拝殿(木造平屋建て・入母屋)、右が御嶽(本殿・1間社流れ造り)(拝殿柱が2本で切り妻の片流れの屋根で拝殿方向に葺き降ろし)。御嶽は元、岩の中にあって、戦前の皇紀2600年を記念してRC造に改築。詳しい説明はまた別にします。】
【拝殿正面。軒先を出すために通常、二軒(ふたのき)にするが、沖縄は台風常襲地帯。一軒(ひとのき)にして小屋組みに桔木(はねぎ)を施してある。正面の壁と棟と軒先の長さはともに日本独自の白銀比(1:√2)になっていた。】
【コンクリートでできている御嶽(本殿)。御嶽(本殿)と拝殿の中心線は鳥居の中心に合致していて、しかも真東(磁石ではなく太陽(日時計)による)向きで、その延長線上の国道329号線の向かいにある「熱田子(熱田シー)という熱田発祥の御嶽にも合致した。
そのまた延長線は琉球4大御嶽のひとつである津堅島の喜舎場御嶽に通じる。逆に真西には北中城村の字「喜舎場」があり、こちらから津堅島に移り住んだ人がいるという。】
【御嶽の矩計(かなばかり)図。鉄筋コンクリート造で、普天間宮の奥の宮とほぼ同じ形。多分同じ大工さんが施工したと思われる。ただし、普天間宮は戦後建築なので、こちらが古い。木造でも大変なのに、懸魚(げぎょ)や斗栱(ときょう)などの難しい型枠技術を駆使してあるのには感心させられた。】
【拝殿の矩計図。皿斗や懸魚があった。構造的に桔木や反りのある屋根など、戦前の建築としては立派。まさに「玉手箱」を開けた感じだった。前後左右に「ヤジロベー」のようにバランスを取りながら85年以上、建ち続けた。
激しい沖縄戦でも生き残った貴重な木造建築で、この「玉手箱」から戦前戦後の沖縄の歴史を垣間見ることができる。】
まだまだ途中なので復元図の完成は3月までかかりそうですが、首里城の解体を伊東忠太先生や鎌倉芳太郎先生が止めて、復元工事の参考になったように記録として後世に遺したいと思っています。
一番貴重なのは、熱田地区の人たちが、先祖から引き継がれた「年中祭祀」を今もかたくなに継承されていることです。敷地内の「うぶがー」をはじめ、集落の水源地(湧水地)を皆さんで回って、地域内の幸せを祈願されています。
伝統建築から見える沖縄の地域文化と歴史をこの「島根殿」(熱田神社)を何とか登録有形文化財にしたいと意気込んでします。
つぎは昨日送付されてきた建築士会員の会誌「建築士」に掲載された「オピニオン」の第3回目に投稿記事をアップします。
【会誌「建築士」3月号の表紙。】
【目次です。】
【4m道路の件は都市計画杭域外の「渡名喜島」では、渡名喜村道1号線でさえ幅員は2mです。それでも人々は譲り合って幸せに暮らしているので、あえて書きました。
3回連載だったので、この投稿で終わりです。約7万人の会員・読者のみなさま、ありがとうございました。】
【今日の最後は「ナナフシの赤ちゃん」。早朝の草刈り、エサあげの時、草運搬用の軽自動車に運転席の窓にいました。約5センチほど。そっと「オオタニワタリ」の葉に移動しました。
「元気で頑張るんだぞー」と声をかけて別れました。】
傷んだ御嶽をRC造に改築し、拝所や鳥居などを配した落成後(昭和15年、西暦1940年)の写真が公民館にあります。
小さな施設ですが、中身が濃い。まだ途中ですが、今日まで描いた図面の一部をアップします。正式にできたらこれらをもとに、国の登録有形文化財に登録申請するつもりです。
熱田自治会の理解が支えになっています。
【向かって左が拝殿(木造平屋建て・入母屋)、右が御嶽(本殿・1間社流れ造り)(拝殿柱が2本で切り妻の片流れの屋根で拝殿方向に葺き降ろし)。御嶽は元、岩の中にあって、戦前の皇紀2600年を記念してRC造に改築。詳しい説明はまた別にします。】
【拝殿正面。軒先を出すために通常、二軒(ふたのき)にするが、沖縄は台風常襲地帯。一軒(ひとのき)にして小屋組みに桔木(はねぎ)を施してある。正面の壁と棟と軒先の長さはともに日本独自の白銀比(1:√2)になっていた。】
【コンクリートでできている御嶽(本殿)。御嶽(本殿)と拝殿の中心線は鳥居の中心に合致していて、しかも真東(磁石ではなく太陽(日時計)による)向きで、その延長線上の国道329号線の向かいにある「熱田子(熱田シー)という熱田発祥の御嶽にも合致した。
そのまた延長線は琉球4大御嶽のひとつである津堅島の喜舎場御嶽に通じる。逆に真西には北中城村の字「喜舎場」があり、こちらから津堅島に移り住んだ人がいるという。】
【御嶽の矩計(かなばかり)図。鉄筋コンクリート造で、普天間宮の奥の宮とほぼ同じ形。多分同じ大工さんが施工したと思われる。ただし、普天間宮は戦後建築なので、こちらが古い。木造でも大変なのに、懸魚(げぎょ)や斗栱(ときょう)などの難しい型枠技術を駆使してあるのには感心させられた。】
【拝殿の矩計図。皿斗や懸魚があった。構造的に桔木や反りのある屋根など、戦前の建築としては立派。まさに「玉手箱」を開けた感じだった。前後左右に「ヤジロベー」のようにバランスを取りながら85年以上、建ち続けた。
激しい沖縄戦でも生き残った貴重な木造建築で、この「玉手箱」から戦前戦後の沖縄の歴史を垣間見ることができる。】
まだまだ途中なので復元図の完成は3月までかかりそうですが、首里城の解体を伊東忠太先生や鎌倉芳太郎先生が止めて、復元工事の参考になったように記録として後世に遺したいと思っています。
一番貴重なのは、熱田地区の人たちが、先祖から引き継がれた「年中祭祀」を今もかたくなに継承されていることです。敷地内の「うぶがー」をはじめ、集落の水源地(湧水地)を皆さんで回って、地域内の幸せを祈願されています。
伝統建築から見える沖縄の地域文化と歴史をこの「島根殿」(熱田神社)を何とか登録有形文化財にしたいと意気込んでします。
つぎは昨日送付されてきた建築士会員の会誌「建築士」に掲載された「オピニオン」の第3回目に投稿記事をアップします。
【会誌「建築士」3月号の表紙。】
【目次です。】
【4m道路の件は都市計画杭域外の「渡名喜島」では、渡名喜村道1号線でさえ幅員は2mです。それでも人々は譲り合って幸せに暮らしているので、あえて書きました。
3回連載だったので、この投稿で終わりです。約7万人の会員・読者のみなさま、ありがとうございました。】
【今日の最後は「ナナフシの赤ちゃん」。早朝の草刈り、エサあげの時、草運搬用の軽自動車に運転席の窓にいました。約5センチほど。そっと「オオタニワタリ」の葉に移動しました。
「元気で頑張るんだぞー」と声をかけて別れました。】
posted by 塾長 at 20:21| 教育・子育て
2025年02月25日
見えないモノの価値。
連休中に末っ子(第10子)の心然のランドセルを観に行きました。入学式が迫ってきて、もう在庫が徐々減ってきているというので、何軒か観て比較することにしました。最初に行ったのは宜野湾のランドセル専門店。
最初のお店で、決定しました。何故なら・・・。
【ランドセルだけが展示されている専門店。それだけ見れば大型スーパーなどと同じ風景ですが、聞けば「全部手作り」だとか。大量生産のランドセルとは全然違うようです。最初は機能性や耐久性、デザインを吟味しようと思っていましたが、「手作り」には勝てません。細かなところに配慮してあって、ひとつひとつに職人の技が生かされていました。】
【小学2年生と5年生の「先輩きょうだい」も一緒にみました。】
【ファスナートップやかぶせ鋲(びょう)などのアクセサリーも自分の好みで選べます。本人は最初から色は「黒」と決めていましたが、合わせ糸をブルーにして糸のラインだけがデザインになっています。最近は軽さや収納、交通安全などが評価項目のようですが、日本にしかないランドセル。その製作技術や心意気を残すためにできることは、購入することだと考え決定しました。】
【さっそく背負ってみました。保育園生が急に小学生になったようで、本人も満足していました。奈良県のメーカーにボタン等の種類を知らせた上、あと3週間ほどで送られてくるそうです。】
手作りのランドセルは、私自身の仕事とも重なります。先週もずっと神社の実測図を手描きしていました。同じ図面はありません。
「見た目は同じようなランドセルでも、どこか違いますから・・。」と店長さんが言っていました。同感です。目には見えない職人の魂や思いが詰め込まれています。機械では推し量れない日本の伝統文化を感じざるを得ません。見えないものを大切にしたいと思い、心然にも「6年間、造ってくれた人のことを思い、大事に扱いなさい。」と言いました。
【土日に関係なく、生きもののエサになる草刈りをみんなでしました。鎌で切る人、運ぶ人。ウマやヤギ、ニワトリやウサギなどの草食動物には、健康な生きた草をあげます。それぞれ食べる草や好みの草、食べない草を仕分けで採ります。新鮮さを保つために、貯め置きができないので3日おきには刈らなければなりません。最近は用心しないと除草剤を使ってあることもあります。(知らずに刈って与えた草を食べてウサギが死んでしまったこともあります)
いつもは朝6時から草刈りをみんなでしますが、休日はヘッドライトなしでできます。】
【土曜日はいつものセンダン草に加えて「ハルノノゲシ」や「オニノノゲシ」などの季節の草を刈りました。ウサギさんも大喜びのようです。】
【先日ふ化したヒヨコに小さな羽根毛が生えてきました。「育ての親」について回って、食べ方を覚えようとしています。ネコやカラスが狙っているので、「育ての親」も大変です。「産みの親」のチャボの親はどこかに行って見当たりません。春、近し。多分、私たちの目の届かないところで産み、温めていると思います。敷地内のどこかでこっそり抱いて温めていると思います。
動物は人間と逆で「産む(生む)」ときはこっそりどこかで産みます。人間の出産は「大騒動」です。死ぬ時も目立たぬようにどこか死に場所を自分で見つけて、ひっそりと死にます。】
【2月24日は家内の51回目の誕生日でした。我が家では2月と5月は3人ずつ誕生日があります。私は本人が大好きな蜂楽万頭(ほうらくまんじゅう)を熊本から100個取り寄せてみんなでいただきました。二女の亜和はセーターとケーキでしたが、お金を稼げない「わかみこ」(小2)は自分で折った「折り紙」、「こだまこ」(小5)は手織りの「ポーチ」、心然(保育園)は「ぬり絵」、高校生は夕食を作りました。
】
朝4時半起床、洗濯はもちろん、洗濯物干しやたたみ・収納、朝食の準備、脳性まひの万然の入浴・排泄・食事、登下校の送迎、5人分の弁当づくり、小中高生6人分の各種提出書類作成、家計簿などに加えて、朝の草刈り、家内外の掃除・・・。そして復職した郵便局での仕事。
睡眠時間が4時間くらいだと思います。その合間に仕事上の試験勉強(沖国大卒なのに日本福祉大学も通信制で卒業)とともに毎日の食材購入、料理、片づけ(ゴミ出し)など、普通の人の5倍くらい「目に見えないところ」で働いていている母親に対して、子どもたちも「目に見えない形」で感謝を表したと思います。
これから4か月は22歳違い。6月が来ればまた23歳違いになりますが、老体に鞭打って少しでも手助けしていきたいと思います。
【先日の沖縄市松本での浸水で「全損」扱いになった家内の自家用車。保険適用になり、やっと買い替えができました(中古車)。同じような軽自動車ですが、何かと出費がありました。
慣れない車で今日も出かけました。「居眠り運転」しないよう、どうぞ「安全運転」でお願いします。
そんな思いがあって、休日には家の裏山にある「祠(ほこら)地蔵さん」に、近くに咲いていたお花を差し替えました。】
「思い」は目には見えません。しかし、目に見えるものだけに価値を感じるのではなく、見えないものに重きを置いて、今日もまた頑張りたいと思います。腹八分目で、謙虚にかつ心優しく・・。ではでは・・・。
最初のお店で、決定しました。何故なら・・・。
【ランドセルだけが展示されている専門店。それだけ見れば大型スーパーなどと同じ風景ですが、聞けば「全部手作り」だとか。大量生産のランドセルとは全然違うようです。最初は機能性や耐久性、デザインを吟味しようと思っていましたが、「手作り」には勝てません。細かなところに配慮してあって、ひとつひとつに職人の技が生かされていました。】
【小学2年生と5年生の「先輩きょうだい」も一緒にみました。】
【ファスナートップやかぶせ鋲(びょう)などのアクセサリーも自分の好みで選べます。本人は最初から色は「黒」と決めていましたが、合わせ糸をブルーにして糸のラインだけがデザインになっています。最近は軽さや収納、交通安全などが評価項目のようですが、日本にしかないランドセル。その製作技術や心意気を残すためにできることは、購入することだと考え決定しました。】
【さっそく背負ってみました。保育園生が急に小学生になったようで、本人も満足していました。奈良県のメーカーにボタン等の種類を知らせた上、あと3週間ほどで送られてくるそうです。】
手作りのランドセルは、私自身の仕事とも重なります。先週もずっと神社の実測図を手描きしていました。同じ図面はありません。
「見た目は同じようなランドセルでも、どこか違いますから・・。」と店長さんが言っていました。同感です。目には見えない職人の魂や思いが詰め込まれています。機械では推し量れない日本の伝統文化を感じざるを得ません。見えないものを大切にしたいと思い、心然にも「6年間、造ってくれた人のことを思い、大事に扱いなさい。」と言いました。
【土日に関係なく、生きもののエサになる草刈りをみんなでしました。鎌で切る人、運ぶ人。ウマやヤギ、ニワトリやウサギなどの草食動物には、健康な生きた草をあげます。それぞれ食べる草や好みの草、食べない草を仕分けで採ります。新鮮さを保つために、貯め置きができないので3日おきには刈らなければなりません。最近は用心しないと除草剤を使ってあることもあります。(知らずに刈って与えた草を食べてウサギが死んでしまったこともあります)
いつもは朝6時から草刈りをみんなでしますが、休日はヘッドライトなしでできます。】
【土曜日はいつものセンダン草に加えて「ハルノノゲシ」や「オニノノゲシ」などの季節の草を刈りました。ウサギさんも大喜びのようです。】
【先日ふ化したヒヨコに小さな羽根毛が生えてきました。「育ての親」について回って、食べ方を覚えようとしています。ネコやカラスが狙っているので、「育ての親」も大変です。「産みの親」のチャボの親はどこかに行って見当たりません。春、近し。多分、私たちの目の届かないところで産み、温めていると思います。敷地内のどこかでこっそり抱いて温めていると思います。
動物は人間と逆で「産む(生む)」ときはこっそりどこかで産みます。人間の出産は「大騒動」です。死ぬ時も目立たぬようにどこか死に場所を自分で見つけて、ひっそりと死にます。】
【2月24日は家内の51回目の誕生日でした。我が家では2月と5月は3人ずつ誕生日があります。私は本人が大好きな蜂楽万頭(ほうらくまんじゅう)を熊本から100個取り寄せてみんなでいただきました。二女の亜和はセーターとケーキでしたが、お金を稼げない「わかみこ」(小2)は自分で折った「折り紙」、「こだまこ」(小5)は手織りの「ポーチ」、心然(保育園)は「ぬり絵」、高校生は夕食を作りました。
】
朝4時半起床、洗濯はもちろん、洗濯物干しやたたみ・収納、朝食の準備、脳性まひの万然の入浴・排泄・食事、登下校の送迎、5人分の弁当づくり、小中高生6人分の各種提出書類作成、家計簿などに加えて、朝の草刈り、家内外の掃除・・・。そして復職した郵便局での仕事。
睡眠時間が4時間くらいだと思います。その合間に仕事上の試験勉強(沖国大卒なのに日本福祉大学も通信制で卒業)とともに毎日の食材購入、料理、片づけ(ゴミ出し)など、普通の人の5倍くらい「目に見えないところ」で働いていている母親に対して、子どもたちも「目に見えない形」で感謝を表したと思います。
これから4か月は22歳違い。6月が来ればまた23歳違いになりますが、老体に鞭打って少しでも手助けしていきたいと思います。
【先日の沖縄市松本での浸水で「全損」扱いになった家内の自家用車。保険適用になり、やっと買い替えができました(中古車)。同じような軽自動車ですが、何かと出費がありました。
慣れない車で今日も出かけました。「居眠り運転」しないよう、どうぞ「安全運転」でお願いします。
そんな思いがあって、休日には家の裏山にある「祠(ほこら)地蔵さん」に、近くに咲いていたお花を差し替えました。】
「思い」は目には見えません。しかし、目に見えるものだけに価値を感じるのではなく、見えないものに重きを置いて、今日もまた頑張りたいと思います。腹八分目で、謙虚にかつ心優しく・・。ではでは・・・。
posted by 塾長 at 11:04| 教育・子育て
2025年02月22日
「外国人のための伝統木造」2回目
今日はいよいよ「腰掛け蟻継ぎ」を加工しました。
【指導するのは本人もまだ見習い大工である二女・亜和(あや)。伝統構法の技を学びたいということであったが、まずは道具の使い方からスタート。海外(米国)ではノコギリは押して切る。日本は引いて切る。こんなことから始まった。
ログハウスのようにチェーンソーで切るのとは違い、日本は横引き、縦引きの違いもある。Mr.ジョーは素直に聞いた通りノコギリを動かした。】
【次はノミ入れ。娘が打った墨を見極め、ノミを入れる。墨の中心なのか、右か、左か・・・。】
【約2時間後、仮に男木に女木を合わせてみる。】
【無事、合致した。良かった。】
最初は木の加工に合わせた道具の使い方を知り、実際やってみて実感することから日本の繊細な木の加工技術を学んでいき、最後は「日本の木の文化」「日本人の心・木の気持ち」を少しでも理解してもらえればいい、と考えています。
次回は来週、「追っ掛け大栓継ぎ」か「金輪継ぎ」に挑戦です。
【今日のさしがね教室の加工場のすぐ横では、流れる地下水で「ワサビ」の苗が元気に育ちつつあります。】
【昨日は第8子で6女の「こだまこ」の11歳の誕生日でした。我が家では元旦に数え年で全員が一斉に年を重ねます。しかし今どきですので、個人の出生日も大事なお祝いになっています。今後も「お腹の中の命」を大切にカウントする「数え年」(正月元旦)も同じように大切にしたいと思っています。】
【高校生の二人はバイトや課外授業で遅く帰宅することもあります。そんな時は、保育園の迎えの帰りに馬やヤギを連れて来なくてはなりません。一昨日は心然(しんねん)が馬を引いてくれました。・・・というより、「馬が自分で帰っていくのを、後ろから見ていました」。先日馬から噛まれたこともある心然ですので、まっ、いいか!と思って後ろの車から見守りました。】
【人間が先か、鳥が先か?今日、木のベランダにつるしていたバナナを食べに「イソヒヨドリ」が食べに来ました。黄色味を帯びてきたので、順番に少しずつおやつ代わりに食べていましたが、鳥も同じこと。
採らずにいたら裏山の一角で鳥の食べ物になっていたと思います。
家に持ち帰っても自然は「だれのものでもない」ので、「鳥さんももどうぞ・・。」という感じです。こんな時に「自然との共生」を感じます。今朝の草刈りの時あった近所の農家の方が、「農薬はだいぶ減らしましたよ。このミニトマトにもカラスやイソヒヨドリが来ますが、今は袋掛けして守っています!」と仰っていました。少しでも土や水が人間が作った薬で汚染されないようになればいい、と思っています。】
【指導するのは本人もまだ見習い大工である二女・亜和(あや)。伝統構法の技を学びたいということであったが、まずは道具の使い方からスタート。海外(米国)ではノコギリは押して切る。日本は引いて切る。こんなことから始まった。
ログハウスのようにチェーンソーで切るのとは違い、日本は横引き、縦引きの違いもある。Mr.ジョーは素直に聞いた通りノコギリを動かした。】
【次はノミ入れ。娘が打った墨を見極め、ノミを入れる。墨の中心なのか、右か、左か・・・。】
【約2時間後、仮に男木に女木を合わせてみる。】
【無事、合致した。良かった。】
最初は木の加工に合わせた道具の使い方を知り、実際やってみて実感することから日本の繊細な木の加工技術を学んでいき、最後は「日本の木の文化」「日本人の心・木の気持ち」を少しでも理解してもらえればいい、と考えています。
次回は来週、「追っ掛け大栓継ぎ」か「金輪継ぎ」に挑戦です。
【今日のさしがね教室の加工場のすぐ横では、流れる地下水で「ワサビ」の苗が元気に育ちつつあります。】
【昨日は第8子で6女の「こだまこ」の11歳の誕生日でした。我が家では元旦に数え年で全員が一斉に年を重ねます。しかし今どきですので、個人の出生日も大事なお祝いになっています。今後も「お腹の中の命」を大切にカウントする「数え年」(正月元旦)も同じように大切にしたいと思っています。】
【高校生の二人はバイトや課外授業で遅く帰宅することもあります。そんな時は、保育園の迎えの帰りに馬やヤギを連れて来なくてはなりません。一昨日は心然(しんねん)が馬を引いてくれました。・・・というより、「馬が自分で帰っていくのを、後ろから見ていました」。先日馬から噛まれたこともある心然ですので、まっ、いいか!と思って後ろの車から見守りました。】
【人間が先か、鳥が先か?今日、木のベランダにつるしていたバナナを食べに「イソヒヨドリ」が食べに来ました。黄色味を帯びてきたので、順番に少しずつおやつ代わりに食べていましたが、鳥も同じこと。
採らずにいたら裏山の一角で鳥の食べ物になっていたと思います。
家に持ち帰っても自然は「だれのものでもない」ので、「鳥さんももどうぞ・・。」という感じです。こんな時に「自然との共生」を感じます。今朝の草刈りの時あった近所の農家の方が、「農薬はだいぶ減らしましたよ。このミニトマトにもカラスやイソヒヨドリが来ますが、今は袋掛けして守っています!」と仰っていました。少しでも土や水が人間が作った薬で汚染されないようになればいい、と思っています。】
posted by 塾長 at 20:44| 教育・子育て
2025年02月16日
「わさび」の植え付け第2弾。
今日も日曜日でしたが、空いた時間には熱田神社(島根殿・しまにどぅん)の実測復元図を描きました。矩計(かなばかり)図がほぼ3面完成。今日は立面図がやっと1面完成。
「磁北」ではなく「真北」を計測の後、「真東向き」に造られていたことや、拝殿が「白銀比」を採用していたこと、「桔木(はねぎ)」による「一軒(ひとのき)」で台風常襲地帯の軒の出を深くしていたこと、軸組で内外の長押(なげし)による横架材補強など調べれば調べるほど先人の知恵や美の追求、御嶽の神社化の歴史や沖縄と日本の建築文化の融合などがめくるめく湧き出てきます。
さて今日は朝から「わさび」の第2弾の苗付けを家族でしました。
【第1弾のわさび」の苗漬けは約半分は成長してます。しかし、あと半分は根付きませんでした。生きものですから原因は原因はあると思います。水温や水質、水勢、土の成分、日当たりが強すぎるなどなど。これは生き残った前回の「わさび」の苗です。とても元気です!】
【静岡から送られてきた「沢わさび」(水わさび)の苗。数えたら38株ありました。】
【前回の分析から、水の通り道にあった苗が元気に根付いていたので池っぽくなって水がよどまない方がいいと考え、小さな池でも2〜3に取り入れ口から分岐し、流れの中に植えることにしました。きっと流れがある方が水温が下がっていたのではないかと考えたからです。】
【水量も少し科学的に捉えようと思い、平成の名水百選から流れ出る地下水量を計測しました。5リットルが丁度10秒で溢れたので、1分間に30リットル、1800リットル(1.8s)、一日当たり43トン取水していることになります。そのうち約半分を「わさび」の田んぼに、残り半分は塩ビパイプを通って水車小屋下の池に導入しています。小さな池ですが、メダカ(中頭(なかがみ)メダカ)が生息しています。
水質については省きますが、北中城村の定期水質調査でも、大腸菌はほとんど検出されてなく、硬度の高い湧水です。】
【私も元気ではありますが先週は朝から「めまい」が強くて、まともに歩けず掃きそうな気分が続きました。そこで病院嫌いな私も仕方なく「耳鼻咽喉科」を受診しました。結果、耳掃除のし過ぎかと思いましたが、そうではなく耳の中の血行が少し悪いのではないことで血行をよくする薬をいただき服用しました。
なんとか今日の苗付けはできました。ラジオ体操も復活です。しかし、先日の「かかと」の痛みと言い、「目まい」と言い、何かと健康には注意が必要な年齢かな、と感じています。
耳鼻科の診察を終えて駐車場で家内を待っているとき、少しラジオ体操に挑戦しました。それを見ていた人(安里さんという方)と仲良しになり、ついつい草花の話になりました。
そして沖縄では薬草で有名な「イーチョーバー」をいただきました。さっそく今朝、みんなで植えました。一緒に頂いたバラやクロトンも挿し木しました。無事育つと嬉しいです。】
【エサ用の草を近くに刈りに家族で行きました。その帰り見たら、またお地蔵さんに「生きた花」(インパチェンス)が咲いていました。】
【その後、中学校の交通安全看板には頂いたクロトンを植えました。正月前に植えた「葉ボタン」も成長していました。】
【これは今日の沖縄タイムスの記事です。何気なく見ていたら「嘉手納高校」のSDGs活動を伝えていました。生徒会長もしている第5子の「さわみこ」が発表いている写真もありました。小さいですが向かって左の子が「さわみこ」です。】
SDGsは国連が提唱していますが、伝統的な日本的な暮らしをしていればすべて解決すると私は思っています。
「磁北」ではなく「真北」を計測の後、「真東向き」に造られていたことや、拝殿が「白銀比」を採用していたこと、「桔木(はねぎ)」による「一軒(ひとのき)」で台風常襲地帯の軒の出を深くしていたこと、軸組で内外の長押(なげし)による横架材補強など調べれば調べるほど先人の知恵や美の追求、御嶽の神社化の歴史や沖縄と日本の建築文化の融合などがめくるめく湧き出てきます。
さて今日は朝から「わさび」の第2弾の苗付けを家族でしました。
【第1弾のわさび」の苗漬けは約半分は成長してます。しかし、あと半分は根付きませんでした。生きものですから原因は原因はあると思います。水温や水質、水勢、土の成分、日当たりが強すぎるなどなど。これは生き残った前回の「わさび」の苗です。とても元気です!】
【静岡から送られてきた「沢わさび」(水わさび)の苗。数えたら38株ありました。】
【前回の分析から、水の通り道にあった苗が元気に根付いていたので池っぽくなって水がよどまない方がいいと考え、小さな池でも2〜3に取り入れ口から分岐し、流れの中に植えることにしました。きっと流れがある方が水温が下がっていたのではないかと考えたからです。】
【水量も少し科学的に捉えようと思い、平成の名水百選から流れ出る地下水量を計測しました。5リットルが丁度10秒で溢れたので、1分間に30リットル、1800リットル(1.8s)、一日当たり43トン取水していることになります。そのうち約半分を「わさび」の田んぼに、残り半分は塩ビパイプを通って水車小屋下の池に導入しています。小さな池ですが、メダカ(中頭(なかがみ)メダカ)が生息しています。
水質については省きますが、北中城村の定期水質調査でも、大腸菌はほとんど検出されてなく、硬度の高い湧水です。】
【私も元気ではありますが先週は朝から「めまい」が強くて、まともに歩けず掃きそうな気分が続きました。そこで病院嫌いな私も仕方なく「耳鼻咽喉科」を受診しました。結果、耳掃除のし過ぎかと思いましたが、そうではなく耳の中の血行が少し悪いのではないことで血行をよくする薬をいただき服用しました。
なんとか今日の苗付けはできました。ラジオ体操も復活です。しかし、先日の「かかと」の痛みと言い、「目まい」と言い、何かと健康には注意が必要な年齢かな、と感じています。
耳鼻科の診察を終えて駐車場で家内を待っているとき、少しラジオ体操に挑戦しました。それを見ていた人(安里さんという方)と仲良しになり、ついつい草花の話になりました。
そして沖縄では薬草で有名な「イーチョーバー」をいただきました。さっそく今朝、みんなで植えました。一緒に頂いたバラやクロトンも挿し木しました。無事育つと嬉しいです。】
【エサ用の草を近くに刈りに家族で行きました。その帰り見たら、またお地蔵さんに「生きた花」(インパチェンス)が咲いていました。】
【その後、中学校の交通安全看板には頂いたクロトンを植えました。正月前に植えた「葉ボタン」も成長していました。】
【これは今日の沖縄タイムスの記事です。何気なく見ていたら「嘉手納高校」のSDGs活動を伝えていました。生徒会長もしている第5子の「さわみこ」が発表いている写真もありました。小さいですが向かって左の子が「さわみこ」です。】
SDGsは国連が提唱していますが、伝統的な日本的な暮らしをしていればすべて解決すると私は思っています。
posted by 塾長 at 19:41| 環境・生きもの
2025年02月13日
第2弾、「チャボのふ化」
放し飼いのチャボが1羽、ふ化しました。
産みの親のチャボのメンドリは卵を「抱く」モードに入っていないため、産みっぱなしでした。そこで先月下旬、通称「大臣」が抱いている卵と一緒にしました。
【チャボと自分自身が産んだ卵を抱く通称「大臣」(子どもたちが勝手に命名)】
そうしたら今朝のエサあげの時、1羽だけ「ふ化」していました。
【白くて小さな卵がチャボの卵。大きくて茶色が「大臣」が生んだ卵。】
2日間くらいは餌を上げなくてもヒヨコは生きています。母親からもらった栄養が活きているからです。しかしその後、ピョンピョン跳ねて親から離れるので、心配になった母親は子を守るため一緒に巣を後にします。
そうなると残った8個の卵を抱かないので冷えて卵は全滅します。これまで何度もそれを見てきました。そこで産みの親のチャボの小屋にヒヨコを連れて行きました。(オスが追いかけるので、メスだけは午前中、小屋に入れていることが多い)
残念ながら一緒に過ごしません。しかたなく湯たんぽまで用意しました。しかし、子育て放棄。
このままだと湯たんぽが冷えたら死んでしまう・・。と思っていたら、「クッ、クッ」と低音の声がしました。「大臣」がヒヨコの鳴き声を聞いて寄ってきたのです。
また、チャボの小屋から「大臣」が温めている卵の場所にヒヨコを返しました。そうするとしばらくして「大臣」が帰ってきました。
「産みの親」より「育ての親」。「半野生」のニワトリの子育てからまた学びました。
この土・日で残りの卵も産まれて21日を迎えます。小さな空間で「啐啄(そったく)」(卵の中が狭くなったヒヨコが内側からくちばしで穴をあけ、それをお腹の下で感じ取った親がその穴を上から少し割って出やすくする)が始まります。親子が言葉を交わさなくても親子が通じ合っている様(さま)です。(禅宗)
最後は親が卵をくちばしで外に放ります。子どもが強く生きていくための親の本能でしょう。
すると、ヒヨコは自分を守ってくれていた「殻(から)」を自ら割って出てきます。
知らず知らずのうちに豊かな社会では「過保護」になりがちです。自分で自分の「殻」を破る。ニワトリの「ふ化」から学ぶことは多々あります。
【4羽のチャボたちは夜、天敵(マングースやカラス、ネコなど)から身を守るため、木の上で過ごす。しばらくは「温っためモード」にはなりそうもないチャボのメンドリ。(上の枝に留まっているのが「産みの親」、一番下のオオタニワタリの中に座っているのが足の不自由なオス、その周りに2羽のオスのきょうだいチャボが居る。「半野生」で育てているせいか、体は小さくても「たくましい」我が家のチャボ群団。(ちなみに最近影の薄い3羽の「ウコッケイ」は、学習棟の高い床下のタナで夜を過ごします)】
産みの親のチャボのメンドリは卵を「抱く」モードに入っていないため、産みっぱなしでした。そこで先月下旬、通称「大臣」が抱いている卵と一緒にしました。
【チャボと自分自身が産んだ卵を抱く通称「大臣」(子どもたちが勝手に命名)】
そうしたら今朝のエサあげの時、1羽だけ「ふ化」していました。
【白くて小さな卵がチャボの卵。大きくて茶色が「大臣」が生んだ卵。】
2日間くらいは餌を上げなくてもヒヨコは生きています。母親からもらった栄養が活きているからです。しかしその後、ピョンピョン跳ねて親から離れるので、心配になった母親は子を守るため一緒に巣を後にします。
そうなると残った8個の卵を抱かないので冷えて卵は全滅します。これまで何度もそれを見てきました。そこで産みの親のチャボの小屋にヒヨコを連れて行きました。(オスが追いかけるので、メスだけは午前中、小屋に入れていることが多い)
残念ながら一緒に過ごしません。しかたなく湯たんぽまで用意しました。しかし、子育て放棄。
このままだと湯たんぽが冷えたら死んでしまう・・。と思っていたら、「クッ、クッ」と低音の声がしました。「大臣」がヒヨコの鳴き声を聞いて寄ってきたのです。
また、チャボの小屋から「大臣」が温めている卵の場所にヒヨコを返しました。そうするとしばらくして「大臣」が帰ってきました。
「産みの親」より「育ての親」。「半野生」のニワトリの子育てからまた学びました。
この土・日で残りの卵も産まれて21日を迎えます。小さな空間で「啐啄(そったく)」(卵の中が狭くなったヒヨコが内側からくちばしで穴をあけ、それをお腹の下で感じ取った親がその穴を上から少し割って出やすくする)が始まります。親子が言葉を交わさなくても親子が通じ合っている様(さま)です。(禅宗)
最後は親が卵をくちばしで外に放ります。子どもが強く生きていくための親の本能でしょう。
すると、ヒヨコは自分を守ってくれていた「殻(から)」を自ら割って出てきます。
知らず知らずのうちに豊かな社会では「過保護」になりがちです。自分で自分の「殻」を破る。ニワトリの「ふ化」から学ぶことは多々あります。
【4羽のチャボたちは夜、天敵(マングースやカラス、ネコなど)から身を守るため、木の上で過ごす。しばらくは「温っためモード」にはなりそうもないチャボのメンドリ。(上の枝に留まっているのが「産みの親」、一番下のオオタニワタリの中に座っているのが足の不自由なオス、その周りに2羽のオスのきょうだいチャボが居る。「半野生」で育てているせいか、体は小さくても「たくましい」我が家のチャボ群団。(ちなみに最近影の薄い3羽の「ウコッケイ」は、学習棟の高い床下のタナで夜を過ごします)】
posted by 塾長 at 10:01| 教育・子育て
2025年02月11日
外国人のため「伝統木造教室」
先週の末、家族が稽古に励む「合気道」の仲間であるアメリカ出身のジョーさん夫妻(と子ども1名)が見えました。前から日本の木造建築に関心が深く、我が家の見学に来られたこともあります。
かつて子どもたちのために「さしがね教室」を開催し、今残っている「ポンプ小屋」を建てました。今回は言葉も文化も異なる「外国人」。以前は我が家の新築時に開催したので、伝統構法の「棟梁(尾方茂治さん)」が指導してくれました。
今回は現在首里城復元工事に携わっている二女の亜和(あや)しか事由が利きません。しかもまだ未熟。しかし、基本はある程度身に着けているのでお願いしました。
とりあえず、家全体を造るのではなく、「継ぎ手」からスタートします。規矩術やさしがねの使い方、木の性格、使い方などを一緒にすることで、秘められた「日本の文化」が伝わればいいと考えています。
予定の継ぎ手制作は「追っ掛け大栓継ぎ」か、「金輪継ぎ」。
3年前の林間学校でも継ぎ手造りをしたし、5女と6女も中学時代に釘打ちと伝統的な継ぎ手の実験をした時作っています。(県の最優秀賞受賞)
【先週の土曜日は13℃くらいしかなく寒かった。(・・・といっても本土からしたら温かいハズ)。我が家に3つある火鉢の内、一番小さな火鉢を広い学習棟に持ち込んで打ち合わせを始めた。】
【進め方の説明。・・・しかし、英語と日本語でなかなか通じない。奥さんに通訳してもらって、とりあえず必要な大工道具をそろえてもらうことに・・・。言葉ではなかなか理解してもらえないためイラストなども駆使した。一部は量販店には売っていないため、インターネットでメーカーなどを指定して購入してもらうことにした。】
【次回は1週於いて2月22日に設定。それまで一定、道具をそろえて欲しいとお願いした。私たちはその後、北谷町のメイクマンに日用品の不足分を買いに行った。駐車場に着くと、見慣れた人たちが・・。午前中打合せしたジョーさんたちだった。さっそくノコギリや差しがね、カンナやノミなどを購入されていた。まぁ、なんと気の早いこと。しかしその一方で「本気度」を垣間見てしまった。こっちも頑張らなくっちゃ!(両端がジョー夫妻。真ん中は家内。抱いているのはジョーさんたちの愛犬)】
【ちょっと遅くなりましたが、10月31日付けの産経新聞で次女が取り上げられていたので、掲載します。3月から福井県の「社寺建」さんの本社・作業場で加工の仕事に就くそうです。その後、また首里城の現場にに帰ってきて造作工事をするようです。来週は久米島で「カンナ削り」のイベントに行くそうです。】
【我が家の暖房は局所暖房の「火鉢」。欠かせないのは「炭」。10s入りの袋詰めの木炭を故郷の熊本から購入している。10s入りの袋を5個。ほぼ一か月ピッチで50s消費する。5袋で送料とも約22,000円。暖房機はほとんど使わない。設計している和室と居間・台所等を一緒に暖める。
ただ、袋詰めの木炭に糸を取るのに一苦労する。第9子の「わかみこ」(小学2年)は糸取りの名人。小さな指を使って最初の糸口を解き、あとはサッと解く。何という特技。感心する。】
【土曜・日曜は真似が降ったりやんだり、しかも寒い。チャボの親子はそれを察してか、この日は4羽とも狭い小屋に仲良く自分から入っていた。足の不自由な子や一回り小さな母親を守るように・・・。】
かつて子どもたちのために「さしがね教室」を開催し、今残っている「ポンプ小屋」を建てました。今回は言葉も文化も異なる「外国人」。以前は我が家の新築時に開催したので、伝統構法の「棟梁(尾方茂治さん)」が指導してくれました。
今回は現在首里城復元工事に携わっている二女の亜和(あや)しか事由が利きません。しかもまだ未熟。しかし、基本はある程度身に着けているのでお願いしました。
とりあえず、家全体を造るのではなく、「継ぎ手」からスタートします。規矩術やさしがねの使い方、木の性格、使い方などを一緒にすることで、秘められた「日本の文化」が伝わればいいと考えています。
予定の継ぎ手制作は「追っ掛け大栓継ぎ」か、「金輪継ぎ」。
3年前の林間学校でも継ぎ手造りをしたし、5女と6女も中学時代に釘打ちと伝統的な継ぎ手の実験をした時作っています。(県の最優秀賞受賞)
【先週の土曜日は13℃くらいしかなく寒かった。(・・・といっても本土からしたら温かいハズ)。我が家に3つある火鉢の内、一番小さな火鉢を広い学習棟に持ち込んで打ち合わせを始めた。】
【進め方の説明。・・・しかし、英語と日本語でなかなか通じない。奥さんに通訳してもらって、とりあえず必要な大工道具をそろえてもらうことに・・・。言葉ではなかなか理解してもらえないためイラストなども駆使した。一部は量販店には売っていないため、インターネットでメーカーなどを指定して購入してもらうことにした。】
【次回は1週於いて2月22日に設定。それまで一定、道具をそろえて欲しいとお願いした。私たちはその後、北谷町のメイクマンに日用品の不足分を買いに行った。駐車場に着くと、見慣れた人たちが・・。午前中打合せしたジョーさんたちだった。さっそくノコギリや差しがね、カンナやノミなどを購入されていた。まぁ、なんと気の早いこと。しかしその一方で「本気度」を垣間見てしまった。こっちも頑張らなくっちゃ!(両端がジョー夫妻。真ん中は家内。抱いているのはジョーさんたちの愛犬)】
【ちょっと遅くなりましたが、10月31日付けの産経新聞で次女が取り上げられていたので、掲載します。3月から福井県の「社寺建」さんの本社・作業場で加工の仕事に就くそうです。その後、また首里城の現場にに帰ってきて造作工事をするようです。来週は久米島で「カンナ削り」のイベントに行くそうです。】
【我が家の暖房は局所暖房の「火鉢」。欠かせないのは「炭」。10s入りの袋詰めの木炭を故郷の熊本から購入している。10s入りの袋を5個。ほぼ一か月ピッチで50s消費する。5袋で送料とも約22,000円。暖房機はほとんど使わない。設計している和室と居間・台所等を一緒に暖める。
ただ、袋詰めの木炭に糸を取るのに一苦労する。第9子の「わかみこ」(小学2年)は糸取りの名人。小さな指を使って最初の糸口を解き、あとはサッと解く。何という特技。感心する。】
【土曜・日曜は真似が降ったりやんだり、しかも寒い。チャボの親子はそれを察してか、この日は4羽とも狭い小屋に仲良く自分から入っていた。足の不自由な子や一回り小さな母親を守るように・・・。】
posted by 塾長 at 14:03| 教育・子育て
2025年02月07日
「チャボ」に勇気をもらう!
現在、右足の踵(かかと)が腫れて歩くのは大変です。以前も踵の骨の割れた先が肉に当たって歩けなくなったことがあります。これまで現場で何度も「松葉杖」を使って仕事をしたこともあります。
つま先立ちで歩いていましたが、掛かりつけの整形外科で以前もらった痛み止めの薬を飲んだら、少し傷みが緩和しました。
【大変見苦しいとは存じますが、分かり易くするために写真を1枚添付します。右側のカカトが腫れています。】
一方、「熱田神社」(島根殿・しまにどぅん)の復元図は少しずつですが進んでいます。復元図起こしは、「旧国鉄矢岳駅駅長官舎」の有形登録文化財申請の時をはじめ、近くの「ホテル・ライカム」(RC3階建て・尺寸法でできた米軍人用のホテル)の時などで経験しましたが、「新築」より難しい。
新築はどんなに難しい構造でも自分なりに構造計画し、寸法も自在に操れます。
復元図は何故こんな構造にしたのか?材質は何なのか?時代背景はどうだったか?など推測しなければなりません。さらに見えていてもその部材の寸法が計れない、特に反りや曲がりがある場合や経年変化で当初の寸法が計れないなど想像しながら進めていかなければなりません。
そんな時、飼っているチャボから「勇気」をもらいました。
【昨年の9月21日、1羽だけ生き残ったチャボのメンドリが雛(ひな)を孵(かえ)しました。】
【3羽孵った雛の内の1羽が足が不自由になったのを知りました。1番後ろからやっと群れに着いて行っているのがその子です。右足が曲がってちゃんと地に着きません。野性的に育てたいので、放し飼いですがその分、カラスやマングース、野良猫などから襲われるリスクがあります。だから専用の小屋に入れていましたが、リハビリのために時々、外に出していました。夕方、もうそろそろ小屋に入れようと思って出ましたがいません。「まさか?天敵にやられたか?」と心配しながら探しました。】
【他の2羽は暗くなると小屋近くの木の上に上がります。それを確認したその時・・・。足を痛めているチャボが健常な2羽のチャボの下にいるではありませんか!連れだって歩くときはいつも遅れてわずかの段差も躊躇(ちゅうちょ)して動けないことも多々見ています。
それが私の背の高さより高い木の上にいます。
よく見ると他の2羽は枝の上にいて指で掴んでいましたが、足が曲がって指も動かせないチャボの子はアカギに寄生した「オオタニワタリ」の中にいました。
きっと何度も挑戦しては落ちて、やっと一晩中安心して過ごせる居場所に行けたのでしょう。飛び立つときも片足が不自由なので大変だったろう、と思いました。しかし、こんなにハンディキャップがあっても何とか天敵から自分を守るために努力したチャボから大きな「勇気」をもらいました。
踵の傷みも難しい復元図も頑張ってみよう!と思いました。】
【他に目をやると、勇気をたたえるように10年前に植えた「ホウオウボク」が寒さに耐えて芽を出していました。放し飼いのニワトリやアヒルを見守るように植えた「イペー」も開花しました。】
改めて放し飼いのニワトリやアヒルのように、人間も「野生力」が大切だと実感しました。
足の曲がった「チャボ」君、「ありがとう!これからも頑張れよ、僕も頑張るから!」
(今朝はエサあげの後の「ラジオ体操」は何とか「第1」、「第2」まで全部できるように「カカト」は回復しています。)
※本日、テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」の担当の方から、9日(日曜日夜放送分)に「第10子(3男)の心然(しんねん)」がちょっとだけ「にんじんシリシリ」の部分で出るとの連絡を受けました。
先日の同番組にも高校生二人と家内が少し放送に出ました(別な話題)。今回は我が家中心でなく、正月料理の一部でほんの少しだけ映ると思われます。(放送に変更がありましたら、あしからず・・。)
つま先立ちで歩いていましたが、掛かりつけの整形外科で以前もらった痛み止めの薬を飲んだら、少し傷みが緩和しました。
【大変見苦しいとは存じますが、分かり易くするために写真を1枚添付します。右側のカカトが腫れています。】
一方、「熱田神社」(島根殿・しまにどぅん)の復元図は少しずつですが進んでいます。復元図起こしは、「旧国鉄矢岳駅駅長官舎」の有形登録文化財申請の時をはじめ、近くの「ホテル・ライカム」(RC3階建て・尺寸法でできた米軍人用のホテル)の時などで経験しましたが、「新築」より難しい。
新築はどんなに難しい構造でも自分なりに構造計画し、寸法も自在に操れます。
復元図は何故こんな構造にしたのか?材質は何なのか?時代背景はどうだったか?など推測しなければなりません。さらに見えていてもその部材の寸法が計れない、特に反りや曲がりがある場合や経年変化で当初の寸法が計れないなど想像しながら進めていかなければなりません。
そんな時、飼っているチャボから「勇気」をもらいました。
【昨年の9月21日、1羽だけ生き残ったチャボのメンドリが雛(ひな)を孵(かえ)しました。】
【3羽孵った雛の内の1羽が足が不自由になったのを知りました。1番後ろからやっと群れに着いて行っているのがその子です。右足が曲がってちゃんと地に着きません。野性的に育てたいので、放し飼いですがその分、カラスやマングース、野良猫などから襲われるリスクがあります。だから専用の小屋に入れていましたが、リハビリのために時々、外に出していました。夕方、もうそろそろ小屋に入れようと思って出ましたがいません。「まさか?天敵にやられたか?」と心配しながら探しました。】
【他の2羽は暗くなると小屋近くの木の上に上がります。それを確認したその時・・・。足を痛めているチャボが健常な2羽のチャボの下にいるではありませんか!連れだって歩くときはいつも遅れてわずかの段差も躊躇(ちゅうちょ)して動けないことも多々見ています。
それが私の背の高さより高い木の上にいます。
よく見ると他の2羽は枝の上にいて指で掴んでいましたが、足が曲がって指も動かせないチャボの子はアカギに寄生した「オオタニワタリ」の中にいました。
きっと何度も挑戦しては落ちて、やっと一晩中安心して過ごせる居場所に行けたのでしょう。飛び立つときも片足が不自由なので大変だったろう、と思いました。しかし、こんなにハンディキャップがあっても何とか天敵から自分を守るために努力したチャボから大きな「勇気」をもらいました。
踵の傷みも難しい復元図も頑張ってみよう!と思いました。】
【他に目をやると、勇気をたたえるように10年前に植えた「ホウオウボク」が寒さに耐えて芽を出していました。放し飼いのニワトリやアヒルを見守るように植えた「イペー」も開花しました。】
改めて放し飼いのニワトリやアヒルのように、人間も「野生力」が大切だと実感しました。
足の曲がった「チャボ」君、「ありがとう!これからも頑張れよ、僕も頑張るから!」
(今朝はエサあげの後の「ラジオ体操」は何とか「第1」、「第2」まで全部できるように「カカト」は回復しています。)
※本日、テレビ朝日の「ナニコレ珍百景」の担当の方から、9日(日曜日夜放送分)に「第10子(3男)の心然(しんねん)」がちょっとだけ「にんじんシリシリ」の部分で出るとの連絡を受けました。
先日の同番組にも高校生二人と家内が少し放送に出ました(別な話題)。今回は我が家中心でなく、正月料理の一部でほんの少しだけ映ると思われます。(放送に変更がありましたら、あしからず・・。)
posted by 塾長 at 10:20| 教育・子育て
2025年01月29日
会誌「建築士」2月号「オピニオン」
建築士会会員には毎月届けられる会誌「建築士」(約7万部)の2月号のオピニオン欄に先月に引き続き、今月号にも投稿した原稿が掲載されました。(執筆者には少し早めに配布されます)
少しだけ先行して紹介します。
【毎月4人が担当ですが、「それぞれの方にも毎回別な提案をしてほしい」ということです。3回連続なので3月号にも掲載されます。ネタはたくさんありますが、なにせ全国版の会誌なので、内容は吟味しました。】
皆さんそれぞれ考え方や活動内容が異なりますが、いろいろ勉強になります。「火鉢」の話も別な方が書いていますが、3月号用にすでに投稿済みの私の原稿と内容が少し重なることもあるようですが、私は現にすぐ横に「火鉢」の赤い火と湯気の出るヤカンがあります。
ついでと言っては娘に失礼ですが、朝日新聞デジタル版に首里城復元工事で活躍する若手職人のことが出たようですので、娘のところだけ抜粋してアップします。
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【2ページ目に「警察官を不採用になった」とありますが、同じ警察でも受験したのは「警視庁」と「皇宮警察」です。しかも1次試験は合格していました。途中で「伝統木造の大工志望」に方向転換しました。また3ページ目の「主に一般住宅の施工をしてきた」とありますが、完成まで2年半もかかった伝統的な木造住宅に携わっています。今どきの「一般住宅」とは異なります。本人も「取材とは違う表現になっている」と悔しがっていました。記者の人も誤解を招かないように、掲載事前に一度、内容確認を本人にした方がいいのではないか、と思いました。(娘に代わっての「独り言」です)】
参考までに私が設計・監理した住宅に従事した時の写真をアップします。
【簡単な住宅ではありません。宮崎や沖縄の大工さんに付いて頑張りました。この期間の経験も今につながっていると思っています。仕事は「大工」で形のあるものを造るけれど、きわめるのは「日本の文化」「日本人の魂」という形のないものだよ、といつも話しています。】
さて、仕事の合間に家の周りの道路掃除やエサ用の草刈り、動物の世話、地下水の調整などをしています。
そこでいろいろ自然とのふれあいや生きものとの出会いがあります。
【先の休みの時採った野生のバナナの実を、我が家の木のベランダに掛けました。黄色くなるまで待ちます。子どもたちの楽しみのひとつになっています。】
【先日の大雨で家内が勤める郵便局が浸水し、未だに回復できないため別の局に配置換えされています。我が家も山の中腹にあるので、雨水の勢いは並ではありませんでした。
家を建てる前に上からくる雨水を左右に分け、所々に池を配し、「都市型洪水防止」をなるべく避けるようにしています。(田んぼにも保水させています)
日曜日には棟に勾配が付いている玄関の屋根(その上部の母屋からの水も合流)の樋(とい)の水が勢い余って外に出ていたので、第6子の「こはづき」が木に登って直しました。軒樋に大きな穴をあけ這(はい)樋に流すようにしました。2層ある水槽にはそれぞれ「闘魚」と「メダカ」が生息しています。
それにしても彼女は体が柔らかく、高いところにも平気で登るので大変助かっています。】
【我が家には放し飼いのニワトリが8羽、アヒルが3羽います。昨日、農水省管轄の協会からエサの調査がありました。狂牛病にならないためのエサの調査でしたが、我が家にいる動物(ヤギやウマなど)に与えるエサは農薬のかかっていない野草、ニワトリには無農薬のお米から出る糠(ぬか)と野草であることを伝えると、「
○」(はなまる)です、と言って帰って行かれました。
以前、除草剤がまかれていた沿道の草をあげてウサギが死んだことがある経験がるからです。(だから、人間(家族)も完全無農薬のお米をわざわざ熊本の阿蘇から毎月契約したお米が届きます。ヌカは農家の方が副産物として一緒に入れてくれています。
子どもたちが「大臣」とあだ名を付けている迷いニワトリが卵を知らないうちに抱いていました。チャボのメスは産んでも抱かないので、この「大臣」に抱いてもらっています。奥に見えるのは以前からいるウコッケイです。熊本から一緒に来ました。ただ、全羽オスなので後が続かないかもしれません・・・。】
そういう訳で、我が家にはテレビはありませんが、実に刺激的に生きています。他に犬3匹や猫2匹などもいますが、言葉が通じなくても「相手を思いやる気持ちを育むため」と思って飼っています。
では、「今日も元気に頑張るゾーッ!」
少しだけ先行して紹介します。
【毎月4人が担当ですが、「それぞれの方にも毎回別な提案をしてほしい」ということです。3回連続なので3月号にも掲載されます。ネタはたくさんありますが、なにせ全国版の会誌なので、内容は吟味しました。】
皆さんそれぞれ考え方や活動内容が異なりますが、いろいろ勉強になります。「火鉢」の話も別な方が書いていますが、3月号用にすでに投稿済みの私の原稿と内容が少し重なることもあるようですが、私は現にすぐ横に「火鉢」の赤い火と湯気の出るヤカンがあります。
ついでと言っては娘に失礼ですが、朝日新聞デジタル版に首里城復元工事で活躍する若手職人のことが出たようですので、娘のところだけ抜粋してアップします。

【2ページ目に「警察官を不採用になった」とありますが、同じ警察でも受験したのは「警視庁」と「皇宮警察」です。しかも1次試験は合格していました。途中で「伝統木造の大工志望」に方向転換しました。また3ページ目の「主に一般住宅の施工をしてきた」とありますが、完成まで2年半もかかった伝統的な木造住宅に携わっています。今どきの「一般住宅」とは異なります。本人も「取材とは違う表現になっている」と悔しがっていました。記者の人も誤解を招かないように、掲載事前に一度、内容確認を本人にした方がいいのではないか、と思いました。(娘に代わっての「独り言」です)】
参考までに私が設計・監理した住宅に従事した時の写真をアップします。
【簡単な住宅ではありません。宮崎や沖縄の大工さんに付いて頑張りました。この期間の経験も今につながっていると思っています。仕事は「大工」で形のあるものを造るけれど、きわめるのは「日本の文化」「日本人の魂」という形のないものだよ、といつも話しています。】
さて、仕事の合間に家の周りの道路掃除やエサ用の草刈り、動物の世話、地下水の調整などをしています。
そこでいろいろ自然とのふれあいや生きものとの出会いがあります。
【先の休みの時採った野生のバナナの実を、我が家の木のベランダに掛けました。黄色くなるまで待ちます。子どもたちの楽しみのひとつになっています。】
【先日の大雨で家内が勤める郵便局が浸水し、未だに回復できないため別の局に配置換えされています。我が家も山の中腹にあるので、雨水の勢いは並ではありませんでした。
家を建てる前に上からくる雨水を左右に分け、所々に池を配し、「都市型洪水防止」をなるべく避けるようにしています。(田んぼにも保水させています)
日曜日には棟に勾配が付いている玄関の屋根(その上部の母屋からの水も合流)の樋(とい)の水が勢い余って外に出ていたので、第6子の「こはづき」が木に登って直しました。軒樋に大きな穴をあけ這(はい)樋に流すようにしました。2層ある水槽にはそれぞれ「闘魚」と「メダカ」が生息しています。
それにしても彼女は体が柔らかく、高いところにも平気で登るので大変助かっています。】
【我が家には放し飼いのニワトリが8羽、アヒルが3羽います。昨日、農水省管轄の協会からエサの調査がありました。狂牛病にならないためのエサの調査でしたが、我が家にいる動物(ヤギやウマなど)に与えるエサは農薬のかかっていない野草、ニワトリには無農薬のお米から出る糠(ぬか)と野草であることを伝えると、「

以前、除草剤がまかれていた沿道の草をあげてウサギが死んだことがある経験がるからです。(だから、人間(家族)も完全無農薬のお米をわざわざ熊本の阿蘇から毎月契約したお米が届きます。ヌカは農家の方が副産物として一緒に入れてくれています。
子どもたちが「大臣」とあだ名を付けている迷いニワトリが卵を知らないうちに抱いていました。チャボのメスは産んでも抱かないので、この「大臣」に抱いてもらっています。奥に見えるのは以前からいるウコッケイです。熊本から一緒に来ました。ただ、全羽オスなので後が続かないかもしれません・・・。】
そういう訳で、我が家にはテレビはありませんが、実に刺激的に生きています。他に犬3匹や猫2匹などもいますが、言葉が通じなくても「相手を思いやる気持ちを育むため」と思って飼っています。
では、「今日も元気に頑張るゾーッ!」
posted by 塾長 at 11:16| 教育・子育て
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