2018年12月26日

年末風景:東大森裕子さんの来訪ほか

 平成30年ももうあとわずか。今年も年始に書いた目標が、ほとんど意味をなさないほど激動の1年でした。
第10子の誕生やさい帯血の採取など、思いもかけない出来事の連続で、毎年のこととはいえ、シナリオ通りにいかない我が人生に自分ながら感心しております。

 そんな人生を送りながら、熊本の建築家・東大森裕子さんが来沖されました。お電話で奄美大島経由で沖縄に来られるとのこと。なにかと熊本時代にはお世話になった方です。最近大病を患って体力が落ちられたかな、と思っていましたが、そんな心配は無用でした。まだまだお元気で、一日しか付き合えませんでしたが、那覇の夜も降りしきる雨も吹っ飛ばすほどのパワーをお持ちでした。

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【せっかくなので、なかなか入れない米軍基地を案内することに・・・。案内役は、子どもたちが毎週お世話になっている合気道のクランダ―・ケン先生。中央がケン先生、右が東大森さん、左が東大森さんの沖縄の友人・野原さん。東洋一の米軍基地内を車で案内していただき、最後は基地内のデパートで買い物と食事をされました。「COACH」のバックをクリスマスセールもあって、手ごろな金額で購入されました。】

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【近くの国の重要指定文化財・中村家を案内。ちょうどこの日(12月11日)は中村家はお休みでそれを利用してRBCテレビの新番組のロケ中でした。当然入れませんでしたが、ちょうど昼休みになったので映画監督にお願いしたら、中村家の内部を見学してもいいということになったので入りました。そこへまたまた偶然に中村家十二代当主の中村さんが見えたので、案内をしてもらいました。ラッキーが続きました。】

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【家に着いたら、家の内外を案内をしました。そのあと、子どもたちが歓迎の歌を披露しました。】

 さて、12月22日は「冬至」。この日が一番夜が長いので大好きな日です。この日を境にだんだん日が長くなるのが、その理由です。人生にいつも例えています。

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 【冬至と言えば「ゆず湯」。とりあえず一番若い「心然」が一番にゆず湯に浸かりました。】

 そして12月24日はその「心然」の日明き(沖縄というか全国では初宮参り)。熊本では一般的に「日明き」と言います。出生後、男の子は31日目、女の子は33日目に近くの神社に参ります。日明きは生まれた子どもが無事1か月過ごせたお祝いと聞きますが、本当は出産にエネルギーを使い果たした母親の回復を祝うように聞き及んでいます。この日から普通の生活が始まるのが一般的ですが、我が家では病院退院直後から家事やエサあげなど、家内は無理をしていたように思います。申し訳ない気がしています。

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【日明きはこれまで近くの神社に参拝していましたが、今回は那覇市の「沖の宮」(おきのぐう)に行きました。なぜかというと、伊勢神宮と同じ「天照大神」を祀ってあるからです。初めて伺いましたが、なんと伊勢神宮の正殿と同じ神明造りで、棟持ち柱を見ることができました。今年、伊勢神宮に行きましたが、当然、写真撮影は禁止です。しかし、神官さんに聞いたら、「いいですよ」と言われたので、写真に収めました。素晴らしい建築でした。こんな近くにお宝があるとは・・・】

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【お宮参りを終えた母子。】

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 【お宮参りを終えて一家12名で記念撮影】

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【自宅に着いたら第8子の「こだまこ」が第10子の「心然」をあやしてくれます。】

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【第7子の「万然」の横で眠る「心然」。「心然」のさい帯血が「万然」に移植される日が実現できる日はいつになるのでしょう。】

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【我が家のイノシシ・チョコ。今年の干支は猪。猪突猛進で、脳性まひの患者・家族に福音が届くことを念じています。】

 余談・・・
 初宮参りを熊本では「日明き(ひあき)」と言います。子どもの成長でいけば次は七・五・三です。一般には数え年7歳、5歳、3歳でお祝いをします。これも熊本では少し違います。

 数え3歳で「髪置き」、数え5歳で「紐解き」と言ってお祝いをします。七五三は単に奇数でリズム感があり、陽の数だという人もいますが、実は深い意味と歴史があります。数え7歳で「被衣(かづき)」が加わることもあります。

 記紀(古事記・日本書紀)以前の弥生時代にあったとされる日本語のルーツ・「ほつまつたゑ」のなかに、
「うま(生)れひ(日)は か(炊)みけ(御食)そな(供)え た(立)ちま(回)ひ(日)や 三冬かみ(髪)おき(置き) 【中略】 五年冬 を(男)は はかま(袴)きる(着る) め(女)は かづき(被衣)」とあります。

 つまり、女の子は数え7歳でカツキを被る、男の子は5歳の冬に袴を着る、男女の3歳の冬には剃っていた髪の毛を伸ばし始めるということが大陸文化が入る前から行われていたことが判ります。
 だから熊本では男の子は3歳、5歳、女の子は3歳7歳でお宮参りします。熊本は結構、日本文化が継承されているのかも知れません。
posted by 塾長 at 20:55| 教育・子育て

2018年12月21日

タイムス住宅新聞 連載「細部(ディティール)から文化が見える」第15話(捨て身の文化) とLINE開設のお知らせ記事

 師走。今年もあと10日。
今年最後の連載記事が今日、配信されました。
今回は「捨て」の名の付く建築用語から、日本独自の文化を探ってみました。

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以下は、「さい帯血による再生医療推進ネットOKINAWA」のLINE開設の記事です。デジタル技術に長ける古堅副会長がLINEの紹介をされています。
LINEを使う情報環境にある方で、さい帯血移植に関心の強いお方は、どうぞ訪問してみてください。
私のHPより詳しい情報が掲載されています。

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今年もですが、実に内容の濃い1年となりました。あと10日も、とても忙しい日々が続きますが、どなたさまもお体にお気をつけて、年末をお過ごしください。

24日に心然の日明き祝い(30日)、25日までに環境カウンセラーの環境保全活動表彰の審査申請、28日までに沖電の沖縄県青少年科学展へのデータ記入(三女の作品)などがあります。

今日も午前6時前の暗いうちから、家族でエサあげをしました。
盆も正月も関係ありません。台風時も大雨の時も、動物たちは待っています。

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【まだ暗いので、六女の「わかみこ」は四女の「さわみこ」が手をつないで急で凸凹の階段を下ります。】

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【裏山のイノシシ用に草を刈る「わかみこ」(2歳)。カマもハブも怖い。】

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【終了後は、タチガー(名水百選のひとつ)下の池で手を洗います。】

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【家に帰ってきたら、入り口にあるお地蔵さんの前を竹ホウキで掃きます。】

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【昨日、郷里の熊本から着いた「ゆず」。昨晩は家内が甕(かめ)で作っている白菜漬けにかけていただきました。子どもの一人が「これぞ、日本の味!」といってパクパク食べていました。生まれて間もない心然は私が毎日ヒノキ風呂に一緒に入ります。明日はは冬至なので、「ゆず」をいっぱいお風呂に浮かべた「ゆず湯」に浸かりたいと思います。】

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【最近、めっぽう目つきが鋭くなって男らしさを感じる心然。目が透き通るようにきれいです。TVのない我が家でこのところ人気のDVDは「今日から俺は」。ドラマの中の「伊藤ちゃん」のような正義感たくましい男になってほしいと、ひそかにみんな思っているようです。】
posted by 塾長 at 12:22| 建築

2018年12月09日

熊本で「さい帯血講演会」開催!

計画中だった「さい帯血による再生医療 講演会」が正式に決定しました。
 主催者は「熊本県障害児・者 親の会連合会」様です。共催者として「さい帯血による再生医療推進ネットOKINAWA」が入ります。

 開催日は来年2月9日(土)、会場は熊本県総合福祉センターです。タイトルは「さい帯血による再生医療 講演会 〜へその緒(お)が未来を変える〜」です。8月開催した北中城村での学習会の延長線上にあります。

 内容を少し変えて、講演1で「脳性まひ、ぼくらはあきらめない 〜10人きょうだいの挑戦〜」の演題で私がお話します。講演2は「さい帯血治療の最新情報」の演題で、ステムセル研究所の土山 覚史(さとし)様が話されます。

 出身地の熊本で多くの方々にさい帯血移植の可能性を説いてきたいと思います。また、同じ脳性まひの子もお持ちの方や今後、出産する可能性のある方々に直接お会いし、是非、出産の際、さい帯血を採血することをお勧めしてきたいと思います。

 主催していただくことになった「熊本県障害児・者 親の会連合会」様には、開催に関して大変お世話になっています。また、多くの方々とお会いできることを楽しみにしています。

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posted by 塾長 at 20:39| 教育・子育て

2018年12月08日

さい帯血保管の記事

12月8日付け 琉球新報様がさい帯血保管を報じてくれましたので、謹んで転載いたします。

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【図らずもさい帯血が保管条件を満たさず、保管できなかった方々もたくさんおられます。その方々のためにも、今後予想される難関をがんばって乗り越えていきたい所存です。】

 また、現在、熊本講演のリーフレット作成中です。完成しましたら近々アップいたします。
posted by 塾長 at 10:04| 教育・子育て

2018年12月06日

臍帯血の細菌検査の結果。

11月24日、出生時採血した「さい帯血」。総細胞数や幹細胞数は送られてきましたが、最後の関門であった細菌検査の結果が、いましがた、電話連絡がありました。

「陰性」、つまり、無菌でした。

陽性なら、どんなに細胞数が基準値を満たしていても、すべて水の泡になります。

良かったです。ただ、思ったように採血量がなかったり、細菌が見つかって管理・保管できなかった人もいると思うと、複雑な気持ちです。

これからも何があるか分かりませんが、謙虚に生きていきたいと思います。
posted by 塾長 at 16:23| 教育・子育て

2018年12月01日

命名の由来とラインのスタート!

 坊さんも走るくらい忙しくなると言われる師走(12月)になりました。我が家は新しい命の誕生に中高生4人の期末テスト、ラグビーと女子ソフトボールの部活、小学生3人の学芸会などが相前後して、11月中旬から師走のような忙しい日々が続いております。

 そんな中、現代科学では説明の利かないほど神秘的な出産をまた経験しました。そこでいつもの通り、命名は私の仕事として家庭内で暗黙の了解があるので、今回も思いを巡らしました。
 ちなみにこれまでの子の名は上から「依奈(えな)」、亜和(あや)」、「麻衣(まい)」、「朴然(ぼくねん)」「さわみこ」、「こはづき」、「万然(ばんねん)」、「こだまこ」、「わかみこ」となっております。

 それぞれ深い意味があります。すべて顔を見てから命名しました。医師はエコーで性別が判る時期になったら教えようとしますが、いつも拒否しています。それは命の誕生が神秘的だからです。
 ただ、今回はさい帯血採血の件があったので、命名は早めにしました。とても忙しいなかで命名すると、本人に申し訳ないので一応、候補を上げていました。

 以下は、11月27日までにまとめた「心然(しんねん)」の命名の由来に関する考えです。

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【初めて自宅でお風呂に入る心然(しんねん)。新しいバスタブでまずは体を洗います。】

 今回は久しぶりの病院出産。内科診療も同時に受けていた関係上、データはたくさんあったが、どうも物質的な観点から命を捉えがちになりつつあった。しかし、やはり命を「物質」でとらえてしまうには抵抗があった。

 いろいろ名は「浮かんでは、消える」の繰り返し。特に妻が直接的な命名にしないでほしいという要望もあり、多少悩んだ。その結果、男なら「心然」(しんねん)、女なら「かなたこ」(宙子)に行きついた。

(参考)「カタカナム文献」は縄文時代以前、旧石器時代の後期、今から1万年以上前に書かれた超科学書。これ以降書かれた「ホツマツタヱ」の秀真(ほつま)文字の系列。カタカムナの歌は全80首。上古代人は、天文学、物理学、化学、生物学、心理学、医学、農学などを熟知していたと思われる。現代のカタカナの原形と考えられる。48文字。

(参考)「ホツマツタヱ」は大和武尊(ヤマトタケルノ命)の父である十二代目の景行天皇が編纂させた天皇家と日本の精神文化を集大成させた書。五七調で一万行が四十綾からなる抒情詩。神武天皇即位(紀元前660年)より8年前にはまとめられていた。その時使われたのが、この「おしで文字」。古事記、日本書紀の原典になっている。ひらがなの原形48文字。「ほつま」は関西弁の「ほんま」、「真の」の意、「ツタヱ」は「伝え」の意。

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【体を洗い終わったら、一緒にヒノキ風呂に浸かります。】

心然(しんねん) 命名の由来

 日本語のルーツは古事記(712年編)、日本書紀(720年編)(約1300年前)を考えると、少なくともそれより1000年以上前の約2300年前に中国文明の漢字文化の影響を受けて文字ができていたと思われる。そのころ日本は弥生時代。その前には文字が存在しなかったというのが定説だが、縄文時代の日本にはすでに稲作が行われていたという説があり、もっと以前の1万年〜数万年前の旧石器時代・石器時代からの高度な文化でつながっている。

 人類最古の文字は約7000年前のメソポタミア文明と言われている。しかし、古代日本の同時期には、「カタカナム文字」(カタカナ48文字の原形)があったという文献がある。
昨年、朴然と旅した石川県の真脇遺跡の竪穴住居にはホゾ、富山県の桜町遺跡の高床式建物にはホゾ穴があった。それぞれ約3200年前、約4000年前。稲作と高度な文化・文明が存在していたと考えるのは自然の流れである。つまり、稲作は縄文時代からすでに存在していて、それ以前にも確固たる文化が形成されているのではないか。文化には文字が不可欠である。
 このころ、カタカムナ文献【カタ(現象世界)カナ(目に見えない無限の力が存在する世界)ム(主)】と同系列の「ほつまつたゑ(え)」(秀真伝)という文献がある。(ひらがな48文字の原形)文字は「おしで文字」。

 人類は約30万年前に最終定住地を求めて世界各地から移動をはじめ、多民族が融合して日本民族の原形ができた。その後、大陸から日本が離れ島国となったが、以来、クニとして安定した社会を形成したことが、世界でまれにみる高度な文化を根付かせたと考えられる。稲作も文字も中国から渡来したものと考えられているが、逆ではないかという説もある。

 数万年前のカタカムナ人の価値観には、潜象世界と物質世界を併せ持つ「天然」と、物質世界の「自然」を意識していた。天然は無限世界で、その中に有限の宇宙球がある。宇宙球は物質世界と潜象世界からなる。
カタカムナ人は人間も人間以外の生物、無機質な鉱物や原子、これを構成する電子、中性子、陽子などの素粒子にも「アマナ」(タマシイ)が存在すると思っていた。つまり、宇宙球は物質世界と潜象世界の二重構造でできていると考えていた。

 アマナには始元の基礎物質量である「アマ始元量」で構成された「ココロ」(心)が存在している。アマ始元量は、宇宙球の外側に「カ」という目に見えないチカラが広がる無限の「カム」の世界がある。「カ」はすべての根源の材料であり、宇宙球はひとつではなくカムの世界が無数にあると観(かん)じていた。つまり、「心然」(しんねん)には、地球を含む宇宙には目に見えないココロ(心)やチカラ(力)が存在することを忘れて欲しくないために、名に「心」の文字を使った。
 人間は宇宙球と相似象でできているので、短期的な肉体の循環とともに、長期的なタマシイの循環のサイクルが重なっている。
 現代科学は現象世界、すなわち物質世界が宇宙のすべてだと考えて発展してきた。地球文明が行き詰って、事件・事故が後を絶たないのは、物質世界の背後にある潜象世界に気づかず潜象世界を無視してきた結果との認識から、これからを生きる「心然」(しんねん)には、その修正をしてもらいたいとの思いを託した。

 「然」はこれまでの上二人に共通した文字だが、日本人は西洋の価値観によって明治以降、自然をネイチャーとして人間と対峙して捉えてきた。しかしそれ以前には、あるがまま、自ら然り、のような、いわゆる「自然」を自然として意識していない自然観であった。明治以前には自然薯(じねんじょ)、自然法爾(じねんほうに)などにしか使われていない。
 男兄弟3人に付けた「然」は後者の意味の「然」である。だから読みは「ぜん」ではなく「ねん」なのだ。
現代科学が忘れている物質に存在する「ココロ」と、あるがままの「自然(じねん)」に沿う気持ちを併せ持ってほしいと願って命名した。

 伊勢神宮の心御柱、法隆寺の心柱。神様と仏様、ともに「タマシイ」が継承されている。「心然」に使った「心」も目に見えない天然のチカラ、ココロを大切にしてほしいと思います。「心」に一筆入れたら、「必」。偶然ではなく「必然」での位置づけです。

 以上、長くて難しい話しですが、名前にはこれまでもこだわっているので紹介しました。

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【おおもての心然君。姉・妹の3人が競い合ってミルクを飲ませます。今は体重が心配なので母乳とミルクの混合です。】

 さてこの度、さい帯血による再生医療をの理解を深め、多くの方々に推進への協力をお願いするために8月の学習会時に立ち上げた「さい帯血による再生医療推進ネットOKINAWA」では、新しい無料コミュニケーションアプリの「ライン」を使うことにしました。

 管理者は当会の古堅寿也副会長です。ご自身も障がい児を抱える同じ当事者です。さまざまな手続きを精力的に行っていただきました。この場をお借りして感謝申し上げます。

 このブログは「おきなわ環境塾」で運営しています。教育、文化、子育て、建築、土木、環境、福祉、防災、まちづくり、くにづくりなど広い分野で書き込みををしていますが、ブログを訪問されている方の中で、「さい帯血による再生医療」に関心の深い方は「ライン」にどうぞ、ご登録されてください。
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 我が家では男3名に女8名でしたが、11月24日以来、4対8になりました。男組は数では劣りますが、一人加わったので女組に負けないよう、がんばって参ります。
posted by 塾長 at 23:21| 教育・子育て

2018年11月29日

親子12人の新生活スタート!

 11月24日出産し、昨日の28日に退院しました。中部病院では普通、出産日を除き4日間入院するらしいのですが、家庭の事情や本人の回復具合がよかったなどを考慮していただき、3日間の入院で済みました。
 個人的には出産立ち合いやさい帯血の採血、子どもたちの世話、命名、出生届などで限界を感じていたので、とてもありがたく感じました。
 ただ、産後の肥立ちは重要ですので、無理をしない程度で家族に指示してもらえれば十分です。何せ、調味料や万然の薬がどこにあるかなど、入院に先んじて確認はしたつもりでしたが、日ごと動く家庭の状況はめまぐるしく変わるので、大変でした。今更ながら、9人の子育てで果たす母親の仕事ぶりは偉大です。

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 中部病院では入院中は夫以外は入れません。出産後は待合室まで出てきたら子どもと母親は会えますが、赤ちゃんとは直接会えずじまい。退院した28日に初めて「こんにちは 赤ちゃん!」でした。幼児二人の世話に退院時の荷物の運搬が加わるので、とても一人では対応できず、小学校の子どもを急きょ早引きさせて迎えに行きました。やはり、写真や言葉とは全く違うのか、迎えに行った子どもたちは「本物の赤ちゃん」をみて言葉にならない感動があったようです。

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【上写真:「心然」君と初対面の子どもたち。下写真:病院の方に撮っていただいた写真】

 新聞記事では採れたさい帯血の量は100mlと80mlとなっていましたが、実際はそれより少ない量でした。しかし、保管条件に必要な総細胞数はあったのでホッとしました。

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【3男になる「心然」(しんねん)の誕生は家族全員よろこんでくれましたが、特に長男の朴然(ぼくねん)の喜びはひとしおでした。】

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【入院中の家庭では、それぞれ自分の仕事はもちろん、自分の仕事以外も子どもたちで分担して協力しました。上:中学校の花壇に水をかける4歳の「こだまこ」。下:ウサギやニワトリにあげるセンダングサを運ぶ2歳7か月の「わかみこ」。】

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【自宅で過ごす「心然」に「いないいないばぁ」をする「こだまこ」。】

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【まだ見えないのかも知れませんが、目を明けた「心然」。】

 総細胞数は基準値を上回ったものの、最後の関門「細菌検査」の結果を待っている状態です。現在のところ、母子とも健康です。このまましばらくは一家12人の親子の生活が平穏であってほしいと願っています。
posted by 塾長 at 11:42| 教育・子育て

2018年11月25日

さい帯血の採血の記事

 出産当日のうちに採取したさい帯血をステムセル研究所に送りました。これから赤ちゃんのさい帯血、母体の血液検査等が残されています。無事、移植に使われる質・量の血液であることを望んでいます。

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【平成30年11月25日 沖縄タイムス朝刊記事】
posted by 塾長 at 09:09| 教育・子育て

2018年11月24日

満月に第10子誕生、さい帯血採れる!

 約1か月前、もしやと思い1日だけ入院しましたが、その後、予兆がなく毎日まだかまだかと待つ日が続きました。予定日の17日を過ぎ、次の満月を調べると11月23日。もう妊娠41週を迎えます。
 23日(昨日)、夕日が落ち、太平洋から望月(満月)が昇るのを見計らって、家族数名で近くの丘に登りました。

 
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【ゆっくり昇るお月様は、静かな海に穏やかな光を放っていて、人工の夜景とは異質でした。みんなで手を合わせて、今晩、強い引力を発揮しておなかの赤ちゃんがスムーズに出てくるように力を貸してほしいと願いました。】

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【クレータまで見える大きなお月様】

 11時10分ごろ、陣痛が始まったといって、長女が就寝したばかりの私を起こしにきました。すぐ飛び起きて事情を聞いたら20分間隔で陣痛があるといいます。11時半、11時50分の陣痛を確認すると、これは間違いないとして病院へ行く支度をしました。すでにこれまで以上に準備はできていたので、車に乗せました。

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【助手席で横になり、苦しむ家内。今日の日は満月ということもありますが、中学生、高校生(のうちの一人)がの期末テストが終了したという安心感もあったと考えられます。月の影響以外で生まれた3人は、大いにその傾向があります。3連休なので、学校が休みという安心感も手伝ったと思われます。人間はやはり、精神動物ですから・・・。】

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【国道329号は、3連休と深夜ということもあって普段の渋滞はうそのようです。おかげで12時ちょうどに自宅(北中城村)を出発した車は、うるま市の県立中部病院まで18分で到着しました。】

 これから先は通常の(?)自宅出産ならば詳細に説明できますが、残念ながら中部病院は写真撮影禁止。したがって、簡単に説明します。陣痛の間隔が20分から15分、10分と早まりました。しかし、7分前後から進まないため、早朝3時を回りました。徐々に間隔が近まり、陣痛の痛みを表す折れ線グラフがピークの100を何度も、しかも長く続くようになったので、その時が来ると感じました。
 隣の分娩室では別な妊婦さんがアーアーと大きな声で苦しんでいました。その人の子が先に生まれて産声か聞こえてきました。家内は複雑な心境だったと思います。
 いつも(自宅出産)と違う環境、例えば証明が煌々と点いている、医師や助産師、看護師が周りにたくさんいる、畳の上ではないなど。別な意味で緊張していました。また、さい帯血が無事採れるか、という課題もありました。

 そして4時を回ったころ、連続する陣痛に呼応するように何度か力むと頭が出てきました。自宅出産の場合はなににも触れることなく、ただ待ち受けるだけですが、今回は1週間も出産が遅れたせいもあって、胎児が大きいこともあって、医師が頭を掴んで出さざるを得なかったようです。結構、ショックな風景でした。
 ともあれ、午前4時7分、陣痛開始後5時間でこの世に第10子が誕生しました。いつもは性別などどうでもよいほど緊張していますが、今回は専門の方々が付いているので、性別を冷静に見ることができました。男の子でした。計量後の体重は3600グラム、きょうだいの中では一番大きな子でした。

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【何回経験しても、全部出産は違います。無事出産することが病院出産になって当たり前のようになっていますが、新しい命が分身するということはとてもリスクが伴います。病院出産と言っても、無事生まれてきたらメッケモン、奇跡と思った方がいいと思っています。】

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【第二の目的は「さい帯血の採血」。さい帯血のことがなければ自宅出産したかもしれませんが、きょうだい間の臍帯血移植を計画しているので、病院で出産することに・・・。やっと病院でさい帯血に対応していただくことになりましたが、その量や雑菌侵入のリスクは残ったままでした。おかげで最低必要な80CCは取れたようです。(医師の目分量)普通は1パックですが、2パックで180mlくらい採れたと思います。まずは第一関門突破!】

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【不要になった胎盤をいただきました。今後、林間学校で「命の教育」に活用したいと思っています。】

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【10時半ごろ、連絡しておいたステムセル研究所の依頼でさい帯血と母体の血液を入れる箱を研究所に送る方が見えました。無事、東京まで届くことを願いました。】

 深夜からずっと起きていて手続きや立ち合い、さい帯血の確認等で少し疲れました。家内も大仕事を終えたし、初の授乳で新生児室に入っていったので、私は帰路に着きました。
 
 残してきた9人の子どもたちはどうしているのか?・・・チャンと私たちがいなくても毎日の仕事はこなしていました。

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【馬小屋の馬ふん片付け。奥の黒いところまであった馬ふんを、きれい残らずたい肥小屋に移動していました。古いたい肥は、だんだん畑に移動。すべてきょうだい間のバケツリレー。】

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【普段通り、馬の移動やイノシシへのエサあげ、アヒル・ニワトリ、ウサギやヤギへのエサあげ。今日は加えて闘魚の入る水槽の掃除をしていました。先週、リュウキュウメダカの入った水鉢の掃除は終えています。】

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【北中城中学校への侵入道路角に次女の亜和(あや)が生徒会長の時作った交通安全、学校案内看板への水かけもしていました。】

 今日の出産は特別な意味があります。国内でのさい帯血移植に向けての第一歩。来年2月に予定している熊本市でのさい帯血移植推進のための講演会への弾みになりました。
 これを機に、全国にリスクの少ない臍帯血移植による脳性まひ改善に、当事者家族として正面を切って進んでいきたいと思っています。取り急ぎ、ご報告いたします。
posted by 塾長 at 17:58| 教育・子育て

2018年11月16日

出産間近、小休止!&新聞連載14「木の目」。

 さい帯血の移植のため、第2子以来16年ぶりとなる病院出産。家族も11人に増えて家庭環境も変わりました。今年は長女と三女がそれぞれ大学、高校の受験を控えています。

 ところで、長女、次女の病院出産も含め新月・満月の前後(前1日から後3日)で出産したのは9人のうち6人。ほかの子は月齢ではなく、久しぶりに出張から帰ってきた夜など、精神的安ど感による出産もあります。今回は高齢でもあり予期せぬ受胎でしたが、さい帯血による再生医療が日本でも進み始めていることを知ったので、病院に相談し承諾を得て、さい帯血を採ってもらうことになりました。

 11月17日(明日)が出産予定日になっています。先月末、少しだけ兆候が見えたと思い、念のため一日だけ入院しましたが、空振りでした。
 新月(朔)は8日だったのでその前後と思いましたが、待てど暮らせど兆候なしの空振り。次の満月(望月)は23日。さて、どうなることでしょう?兆候があったら、2歳、4歳の子どもと特別支援学校に通う1年生の万然がいるので、頭がいっぱいです。

 飼っている動物のエサの準備や家の中の片付けなど、月初めに段取りしていましたが、またやり直しです。
出産したら無事に生まれたとしても最低4〜5日は入院なので、小学校、中学校、高校にそれぞれ2人ずつ通っているので食事や洗濯、弁当、小さい子や動物の世話、掃除など一気に忙しくなります。特別支援学校からの迎えもあります。また、万然は痙攣止めの投薬や食事、排便、入浴などの世話もあるので、きょうだいが全員がんばらないと難しそうです。

 そんな心配が渦巻く毎日。ここで気分転換に小休止。今年できたお米を精米しに行きました。去年のモミを使い、苗づくり、アゼづくり、代掻き、田植え、稲刈り、はぜかけ、脱穀まで全部手仕事。しかし、水は地下水、肥料は家で飼っている鶏糞と馬ふんなので完全無農薬です。沖縄なので草刈りが大変でした。

 出産後の離乳食(おかゆ)を作りたいと思います。

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【以前行ったJAの精米所は無くなっていました。やっと探して見つけた「伊藤精米所」(金武町)にお願いしました。モミからだから大変でしたが、熱心さが伝わったのか、快く受けていただきました。】

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【第2工程でモミが取れ、玄米の状態になります。】

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【最終段階です。白米として出てきます。少し、もち米も入っています。】

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【精米所の場所を尋ねた所では稲刈りの真っ最中。道路のガードレールには、稲刈りした後の稲木が干されていました。少し背が低く感じたので聞いたら、今年は台風の影響があって「不作」と返事が返ってきました。】

 また、来月は熊本から大切な友人が来沖します。出産後、お土産を考える時間も少ないと思い、一昨日、昨日、出かけました。その時の様子です。

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 【伺ったのは「知花花織」の作業場。国指定伝統的工芸品に指定されています。現在は知花花織事業組合が運営しています。作家それぞれが「社長」です。】

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【完成品は衣装や敷物、財布などに使われています。】

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【知花花織の特徴は、経浮花織(読谷山花織は緯浮花織)。経(たて)糸で文様を作ります。織物世界ではたて糸には「経」、よこ糸には「緯」を用いていました。地球儀の経度・緯度を思い起こしました。】

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【「知花花織」の裏。こちらも一つの芸術品に見えます。】

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【細い「筬(おさ)」を通ってくるたて糸。出産前に日本の伝統的な織物の製造過程を見学できて、心が潤いました。】

 とても美しいものを見せてもらいました。購入した「知花花織」。友人もきっと喜んでくれると思います。

 出産もさい帯血の採血も、この芸術品のように、周りの愛情に抱かれて誕生してほしいと思いました。

 「細部から文化が見える」の第14話「木の目」(平成30年11月16日付け タイムス住宅新聞)


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posted by 塾長 at 12:15| 教育・子育て