2017年10月16日

秋のはじまり・・・

10月になりました。

秋といえば「運動会」。小学校組みは今年から3人に減りました。中学生2人、高校生1人が在学中です。
来年からは障がいを持った万然が特別支援学校に通う予定なので小学生は変わらず3人、中学生が2人、高校が2人に代わります。後に続く2人が小学生になるのは3年後から・・。あと10年以上は運動会に付き合うことになりそうです。

小学校では上から4人、全員が選挙で選ばれた児童会長に選ばれています。朴然は現役なので運動会でのあいさつがあります。直前まで自由研究のまとめなどをしていたのでチャンとあいさつができるか心配でしたが、なんとかできました。

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【先頭で校旗を持って行進する朴然。とても重かったようです。】

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【後藤家の伝統あいさつ。運動会でのあいさつの最後は児童会長が「エイ、エイ!」と声をかけたら七百数十名の児童が「オーッ!」と合わせる。今回もうまくいきました。】

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【秋は「月」。恒例の手作りおはぎが食卓にあがります。甘さ抑え目の自家製おはぎは家庭内でも好評です。沖縄で見るお月様は特大に見えます。特に日没と同時に上がり始める満月は毎回うっとりさせられます。】

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【この秋はイノシシを飼ったことや自由研究のまとめなどでとても忙しくなりました。干していた稲のモミすりも遅れていましたがやっとできるようになりました。】

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【去年よりたくさん実がついたようです。】

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【原始的ですが、竹の枝にモミを挟んで落とします。】

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【今年は作付けした面積も実り具合もよかったので結構昨年より多く収穫できそうです。一日では無理なので、別な日にもう一度モミすりをしたいと思っています。今年は干し柿もしたいと考えています。やがて渋柿が届きます。】

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【10月15日は第57回沖縄県児童・生徒科学賞作品展がありました。中部地区では金賞受賞の麻衣の「浅井戸の研究」は残念ながら佳作でした。】

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【同じく中部地区では3年連続金賞だった朴然もまさかの佳作。東京大学大学院卒業で現在、東京で農業建設コンサルタント会社に就職した林間学校体験者から「これは大学生並みの研究ですね!」とうならせたので、家族もどんなことがあっても優良賞か優秀賞はとると思っていました。二人の金賞がいずれも佳作という結果に、作品展に行った家族は消沈してしまいました。】

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【意外だったのは中部地区で銀賞だった「こはづき」の「スイレンはいつさくの?」は優秀賞でした。ほかの子が残念な結果だったので、栄えある賞をもらっても浮かぬ顔をしていました。(中部地区推薦ではこの1点だけが優秀賞)】

 今回の表彰規定がどうなっているのか分かりませんが、ほかにも中部地区で金賞だった小学・中学の作品が優秀賞以下になっているケースもありました。中部地区の選考委員の顔は台無しでしょう。
 また、全体の講評には専門家の指導を奨励する文言がありました。現実、最優秀賞の作品は水族館や少年の家、学芸員、理科の先生の名前が多々見受けられました。
 なかには、サイエンスクラブに所属の作品もあります。私は夏休みに身近な疑問を科学的にとらえて発表するのが「自由研究」と考えているので、いかがなものかと思います。親兄弟が多少関与することはあっても、あまりにも専門特化した高度な研究と素人の作品を同じ土俵で評価するのは、不公平のように感じます。もしも、もっと児童生徒の科学力を上げる目的があるのならサイエンスクラブや専門家の関与作品は別な高度分野で競争させるべきでしょう。
 私は理科好きを増やすためには、底辺を広げることが一番だと思っています。今回、朴然は実験台を作り、実験も自分でしました。また、知らぬ間にパソコンを覚え、表やグラフも作りました。大人が関与したと思われたかもしれませんが、本人がすべて作りました。
 せめて優良賞の価値はあったと思います。佳作なので沖電主催の科学展にも推挙されません。どこかで敗者復活の機会があれば気も晴れますが・・・。

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【うれしかったのは、「学校賞」を北中城小学校が受賞したことです。個人賞は逃しましたが、学校として3年間の実績が評価されました。中部地区では北中城小学校だけです。受賞基準は毎年数件、県の科学展に推挙され、その一部が上位受賞しているからと思われます。北小から毎年我が家の子たちだけが出しているので、少しは貢献したかもしれません。】

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【上位入賞は逃したものの、「学校賞」を受賞し、学校代表の代理で賞状を受け取る朴然。少しは気が晴れたかな?】

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【熱い会場で何があっているのか訳もわからずじっと見つめる第九子の「わかみこ」(満1歳)。人生悲喜こもごも。「君も信念をもってまっすぐ進むんですよ!」。近くにいた第八子の「こだまこ」(満3歳)が大きな声でハッキリと「ハイッ!」と答えました。】
posted by 塾長 at 12:04| 教育・子育て

2017年09月11日

平成29年(2017年)夏の総括!

 沖縄もやっと真夏から抜け出したようです。

 与那国馬をはじめ、イノシシや番犬、ウサギ、メダカ、トウギョなどのエサ上げでの汗の量がすこし減ったように感じます。毎日、10mを超す敷地内高低差を行ったり来たりして過ごす約2時間の作業は、単なるスポーツより刺激的で運動量も激しいように思います。3日に一度の草刈りも結構、大変ですが外の空気や季節を感じるいい活動です。

 そんななか、熊本から訃報が届き、がく然としました。それは40歳前後のとき、熊本で一緒に建築士会活動をともにした永本義博さんが亡くなったのです。私が青年部会長だったころ、地域の方々や障碍者施設、建築士会会員などと熊本市内をはじめ、県内各地で「安全で潤いのある通学路」を実現するために、昼夜を問わず活動しました。

 活動の成果として、当時の熊本市内の小学校25校を囲むブロック塀すべてが見通しの良いフェンスになったり、歩道用の橋を架けたり、あるいは帯山西小学校の無機質なよう壁に地上1メートル(小学校1年生と車い椅子に乗った時の高さ)に障がい者施設で焼いた絵タイルを張ったりしました。県内7地区での活動は地元TVの夕方のニュースで特集が組まれ、私はTV毎週出演して説明しました。県内だけでなく、九州一円に活動は広がり、6年後、日本建築士会連合会のまりづくり大賞(グランプリも受賞)を受賞しました。

 多くの建築士会員がかかわってくれましたが、その中でも彼は熱心な会員でした。数年後、熊本市から遠いへき地の人吉市矢岳町に居を移しても、会いに来てくれました。これ以外にも公私にわたって夜なべ談義を繰り返したものです。
 舌癌だったと聞き及んでいますが、急なことで航空券が手に入らず、葬儀に出席できませんでしたが、弔電には「・・・一緒に活動できたことを誇りに思います。・・・」と書き入れました。
 ご冥福をお祈り申し上げます。

 さて、今年の夏もそろそろ終焉を迎えます。建築士会活動は表立ってしていませんが、それと同じくらいのエネルギーで、充実した毎日を過ごしています。

 写真でご紹介します。

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 粟国島と同様、渡名喜島でも上水道の調整池の耐震診断業務を行っていますが、夏休みと仕事が重なったので、ついでに渡名喜村に行きたがっていた小学生組3人を連行(?)しました。

 以前紹介したように、渡名喜の家々は未舗装の道路から一段下がって建てられています。周囲は台風に強いフクギの防風林。先人の知恵で地域全体が同じ造りというのがすごい!土壌が「ニービ」という砂状ということがあったと思います。

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 これは現代の知恵か?高潮や津波から家々を守るため、村道の東端には可動式の波止の引き戸がありました。島の東側にある港から西の海岸に抜ける村道の左右一帯が町の中心の集落になっているため。

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 せっかくなので島で一番高い展望台、大本田(ウーンダ)展望台に行きました。その途中で見つけたヤシガニ。いびつな形をしていて、ちょっと後ずさりしました。

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 小学生3人組の海水浴。

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 水がきれいなので海の中の魚が見て取れる。

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 シャワーから上がった姉妹。トイレはとても管理がよく、バリアフリーでした脱衣室までありました。

 渡名喜には現在、3件の民宿しか宿泊先がありません(1軒はお休み)。3軒とも全部ふさがっていたので、車中泊となりました。子どもたちは大喜びで、海水浴できるアガリ浜のトイレでシャワーを使い、持参したインスタント食品を温め、ご飯とおかずを作りました。

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 前回来たときは泊まりませんでした。今回は車中でも泊まることにしたのは、夜の渡名喜を見たかったため。夕食後、ライトアップされた街並みを見に行きました。だいだい色の明かりが曲がりくねった道を映し出していました。
 町の外周道路もライトアップされていたがこちらは白色でした。帰り道を誘導するかのようでした。しかし、少し明るすぎると感じました。車の中に4人は狭くてなかなか寝付かず、車を移動して暗い場所からみた満天の星は、写真では表せないほど心が洗われました。

 これからは、「伝統建築『これから』研究会」の活動の様子です。依頼していたモデルの木組みが送られてきたので、学習棟で組んでみました。切込み・加工した大工の尾方さんがいないので不安でしたが、副会長の小橋川さん家族と監事の平良さん家族が来てくれました。我が家の家族と一緒に組みました。

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 日本の伝統美・白銀比を取り入れた小屋です。もちろん釘は1本も使いませんが、そんなことより規矩(きく)術や手加工の見直しのほうが重要と考えています。

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 宙に浮く心柱。日本の木造文化の象徴。宙に浮くかどうか、最後まで心配でしたが、大成功!

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 今回は試し組み。これからイベント会場で披露したいと思います。「文明と文化は反比例」をキャッチコピーに、奥の深い木の文化から今後の日本のめざす道を探ります。

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 障がいをもつ万然をのぞく8人兄弟姉妹が歌で交流。

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 ところ変わってここは沖縄市・こどもの国(動物園)。第54回中部地区児童生徒科学作品展の会場です。今年も西原町から恩納村までの中部地区にある小中学校から夏休みの自由研究の成果品が約1100点以上集まったそうです。

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 3年連続金賞を受賞した朴然。毎年、テーマが違うところがミソ。全国までいった一昨年は「石」、去年は「炭」、そして今年は土(土の力)でした。

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 ボクネンの自由研究の様子。サンプルを作るため、ひとつにつき36回突き固める。

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 圧縮実験本番。緊張しながら実験の圧縮機を調整する。

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 圧縮破壊する瞬間。

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 15秒おきに計測する。真剣なまなざしでした。

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 中身は沖縄を代表する3種類の土の圧縮強度、ひび割れ、漏水の実験を行い、比較検討して使い方を吟味するというものでした。それぞれの実験や実験に必要な材料採取や実験台づくりを朴然自身がしました。圧巻だったのは、誰も教えていないのに圧縮実験で得た読み取り数字を圧縮力や圧縮応力に換算し、ひずみと強度の関係を表にしたことです。きれいな放物線ができたのを見て、ますますやる気が出たようです。

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 三女の麻衣も中学生の部で金賞でした。テーマは「浅井戸の研究」。我が家の浅井戸の量の計測や変化、水質などを調べてどのようにしたら長らく使えるのかの研究です。これも元に戻る井戸の水位が放物線を描いていました。(本人は当日、同じ時間帯に「第3回ふるさと芸能まつり」に地元の荻道地域のメンバーとして参加が決まっていたので、学校と相談してそちらを優先したため、表彰式には出席できませんでした。(ボクネンが代理受理)

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 五女で小学4年生の「さわみこ」は、銅賞でした。昨年はアリ、今年は蚊がテーマ。ともに人間にとっては害虫ですが、むやみに殺さず身を守る方法の提案でした。

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 六女の「こはづき」は銀賞でした。テーマは「スイレンはいつさくのか?」。池のスイレンの花が咲いたり咲かなかったりするのを不思議に思い研究を始めました。咲く理由は1か月してもわかりませんでしたが、最終日の8月31日にわかりました。
 毎日調べた天候、日照、気温、水温は直接の答えではありませんでした。答えは「虫を呼ぶとき」でした。「メシベに虫を呼び込み、メシベが閉じた後、オシベについた花粉を別の花につける」という他家受粉をする珍しいスイレンの生態を私たちも初めて知りました。子どもたちの研究を横目で見ながら、大いに勉強になっています。(通常1日で枯れるのに、スイレンは「3日花」ということも、初めて知りました。

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 かくて、出展した作品はすべて金銀銅の各賞を受賞しました。これから沖縄県全体の科学作品展することになりますが、出展できるのは金賞。そのほか銀賞のうち選考された作品だけ。幸いにも「こはづき」の銀賞作品も選ばれたので3点が進みます。昨年は中部地区では出展した作品が金3、銀1、銅1でした。今年は出展数が4で金3、銀1、銅1でした。後藤家としてはまだまだですが、日々、精進していきたいと存じます。
posted by 塾長 at 13:55| 教育・子育て

2017年07月18日

日々深し!

 6月19日に、満66歳になりました。
以前にも増して充実した日々を送っています。

次女の亜和(あや)が中体連の女子ソフトボール大会に出場しました。中2の時からの途中入部で体力も知識も劣っていましたが徐々に仲間に馴染んでいったようです。
残念ながら結果的に優勝した読谷中学校に惜敗し、ベスト8止まりでしたが、仲間と一緒に挑戦したことは、今後にいろいろな面で人生の糧になると思います。

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【試合前、気持ちを合わせる北中城中学校女子ソフトボールチームのメンバー】

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【塁上の亜和】

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【戦い終えて挨拶をするメンバー。個人的にはアキレス腱と肘の筋肉の炎症、生徒会長職、学業成績、午後7時の門限、練習や練習試合による家庭内の手伝い不足などが頭から離れなかったと思いますが、なんとか乗り切ったようです。その後の敗者復活では1回戦は勝ちましたが、2回戦で負けました。中学校の部活、親としても考えさせられることが多々ありました。】

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【仕事で粟国島に行きました。何にもない島と思ったら、とても大きな成果がありました。これは粟国島から水平線を見たところ。自然界には幾何学的な水平線はありません。】

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【沖縄海塩研究所の天然塩の製造所。まわりは花ブロックで風が吹き込むようになっている。】

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【内部には約1万5千本の竹が逆さにつるしてある。塩分濃度3%の海水を7%程度まで循環させながら濃度をあげる。その後、窯で煮る。】

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【できた天然塩。科学的に作る塩と天然の塩の違い。単に手間暇がかかるから健康的で素晴らしい!ということではない。全く別の意味を得た。詳しくは10月から始まる予定の新聞連載で・・・】

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【イノシシ、出没!ブタではありません。実は某所から環境教育用に譲ってもらった生後2か月のイノシシの子ども。これも新聞連載に登場予定の一部。】

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【イノシシ用に馬用の牧場を改修しました。炎天下、丸二日かかって矢板を立て、雨降り時の避難小屋も作りました。ソフト部の練習が終わった次女も、昼食の時間さえ定かでない家庭内労働に精を出しました。】

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【共存するか、草食動物と雑食動物。今は小さなイノシシですが、あと1年後は体重70kgを超す巨体になります。草食のヤギも一緒に牧場に放そうと思いましたが、イノシシが猪突猛進したらヤギの命はないそうです。】

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【体温を冷やすための蒐場(ぬたば)。予定外の馬が寄ってきました。】

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【イノシシが来たので十二支(子・丑・寅・兎・辰・巳・午・未・申・鳥・戌・亥)のうち、わが家にいないのは「丑・寅・申」の3種のみとなりました。(辰は玄関棟の龍の鬼瓦、未は「山羊(やぎ)の山を削除という解釈)ちなみにイノシシ年は5女の「さわみこ」です。うーん、性格も似てる?】
posted by 塾長 at 17:09| 教育・子育て

2017年06月13日

渡名喜島で感じたこと!

仕事で渡名喜島に行ってきました。来週は粟国島に行く予定です。ともに上水道の調整池の耐震診断です。とりあえず、渡名喜島に行って大変勉強になったので少しだけ報告します。

 その他のこととしては、募集のあった北中城村の「村民提案」に応募した結果、お陰様で採用となりました。今年度は30万円の交付です。「伝統建築『これから』研究会」では今年度伝統技術を駆使した宙に浮く心柱のミニチュア版の小屋を作ります。

 組立て、分解ができる小屋です。日本の伝統美である白銀比を取り入れ、建築だけではなく建具も組み込む予定です。とても30万円の予算ではできませんが、みなさんのご協力を得て夏休みにはどこかでイベントをしたいと思っています。

 子どもの関係では、次女の亜和(あや)が所属する北中城中学校女子ソフトボールチームが敗者復活戦を制して中部地区の代表のひとつに名乗りを上げることができました。
 選手の努力はもちろん、顧問やコーチもご指導、家族の皆さんの協力があったからだと思います。

 では、渡名喜島の仕事以外で感じたことをお伝えします。

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【那覇市の泊港から朝8時30分に出港。結構大きなフェリーでした。】

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【7割がた席は埋まっていました。前の席にどこか見たような人がいたので声を掛けたらチャンネル桜沖縄支局でおなじみのキャスター平原伸泰(ひらはらのぶひろ)さんでした。武術の師範でもあります。】

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【米軍の海兵隊と一緒に久米島でのロケに行く途中とのことでした。】

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【乗船して約2時間くらいで渡名喜島が見えてきました。トビウオが先導してくれているようです。

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【渡名喜島は那覇市の北西約60qにあり、渡名喜村は人口約450人の日本で2番目に小さな自治体です。ここの集落は重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。昔ながらの赤瓦を葺いた寄棟の平屋住宅が並んでいます。屋敷林としてフクギが植えてあり、出入り口の正面にはヒンプンがあります。道路は舗装されてなく、ホウキ目がみえます。また、道路はまっすぐではありません。】

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【一番の特徴は道路から敷地の地盤面が下がっているところです。ほかの地域ではあまり見たことがありません。知識として持ってはいましたが、どうなっているのか実際この目で見たかったところです。どの家も道路から下がっています。】

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【謎は解けました。敷地が砂地だからです。水が一時期たまってもすぐ引くのでしょう。今度、雨の日に行ってみたいと思います。フクギの防風林、道路より下がった地盤。台風から家を守るための先人の知恵です。】

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【昼食をとった「ふくぎ食堂」にあった井戸。浸透性のいい砂地でその下に水を通しにくい岩盤があると思われます。】

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【島は本島北部の石灰岩の色をした岩で覆われていました。】

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【展望台からの眺め】

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【これが島の形】

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【一部の平地にモチキビの畑がありました。】

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【渡名喜の港を離れます。海の色が同じ泊港で見た色と全く違います。透明な青です。】

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【ぼんやり見えてきた本島の島影。空には港近くに位置する那覇空港へ着陸しようとする飛行機が見えます。】

 帰りはひとり船の上で2時間ほどボーっとしていました。那覇の市街地が見えてきたとき思いました。「渡名喜と全然違う。ここには神様がいないのでは?なぜかというと、渡名喜島の路地を歩いていると道より下がった家があり、「形のうえでは入りやすい」はず。喫茶店もバーも水の流れのように道から下がっている方が入りやすいといいます。しかし、渡名喜の家々には「こんにちわー」と言って気楽に入れませんでした。門扉もないのに・・。
 それは木造で作られた家々にはそれぞれ神様がいるような気がして、安易に入れなかったのではないかと思いました。これまでどこかで建築も土木も物理的に捉えすぎていたように感じます。

 船上から見えた白い物体が砂漠のように感じました。生命力のない人間中心の世界。生物が少なく生態系が壊れた無機質な文明社会は、科学力だけが突出した恐ろしい島に思えました。

 渡名喜の民家には神様が宿っている、たとえば相撲の土俵のようなものかもしれません。いわば土俵が点在しているような感じです。家に入るのは土俵に入るようなもの。礼に始まり礼に終わる。そんなところは犯罪とは無縁。これからはもっとそんな家、街を作っていきたいと思いました。

 最後にわが家の稲に花が咲きましたのでご紹介します。小さな小さな花です。水は天からもらい水、肥料は馬ふんでできたたい肥の完全無農薬の稲作です。もう、実がふくらんできているのが分かります。

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posted by 塾長 at 11:49| 教育・子育て

2017年05月24日

白銀比・反射率・・・

日本建築の基本にある「白銀比」や日本人の色彩感の根底にある「反射率」などをまとめた記事が掲載されましたので、添付します。

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【平成29年5月19日付け タイムス住宅新聞より】
posted by 塾長 at 08:38| 建築

2017年05月15日

春の総括

 この春を総括するような豪雨がありました。5月14日未明から雷と雨音で目が覚めました。早朝まで雨は続き、気になってエサ上げの前に周辺を点検しました。

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【棚田の稲はますます元気!台風シーズン前に収穫できそうです。】

 久しぶりに湧水地の「タチガー」からの水があふれて我が家の前の側溝を流れていました。
昨年の排水路工事で路上に降った雨水と除草剤の混ざった水は、湧水地からの水と分かれたので、水量は減りましたがきれいな水だけ来るようになってよかったです。
 林間学校で使っていた湧水地の洗濯場はずっと枯れたままでしたが、この雨で久々に復活しました。きっとモクズガニやテナガエビが帰ってくると確信します。

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【タチガー池に落ちる水】

 この春を総括するような大雨で身も心も洗われた気がします。沖縄は一足先に梅雨に入りました。これが過ぎればいよいよ台風のシーズンです。その前の仕事がたくさんあります。

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【本当に久しぶり、洗たく場に行く湧水の吹き出し口が見えました。】

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【林間学校で使うよう整備した洗濯場に湧水が流れていました。自然に感謝!】

 沖縄では森を1年間放っておいたら原生林になってしまいます。アカギやオオバギ、イヌビワ、ギンネムなど1年もすると大きく高く育ちます。

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【ノコギリを2mの木の先に縛って枝を落としました。これまでベランダから見えなかった学習棟が見えるようになりました。】

 人間と共生するには一定の管理が必要です。これまでは高木を伐採するのは危険なため専門の植木屋さんに来てもらいましたが、お金がかかります。
 子どもたちも成長してきたので、家族みんなで伐ることにしました。おかげで風通しが良くなり、梅雨時の洗濯物が乾きやすそうです。またエサ上げの時、おんぶしている子に知らない間に虫が木から落ちることもなくなります。

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【和室ベランダから見た玄関へのアプローチ。馬小屋のまわりの桑の木の枝も落としました。すっきりはしましたが、逆に向こうからもわが家が丸見えになってしまいました。ごめんね、桑の木!】

 また2か月で枝葉が張って台風除けの防風林になります。この繰り返しです。日が当たらなくなったところに当たり出すと、池の水草やメダカ・闘魚たちが喜んでいるようです。時々手を入れるくらいが共生の条件です。入れすぎると「開発」になります。

 夜はカエルの合唱ですが、夜明けまえから野鳥がさえずり始めます。最近はメジロ、ホウジロ、シジュウカラ、アカショウビン、サンコウチョウ、ウグイスなどが来訪します。これに飼っているニワトリが鳴くので、結構にぎやかです。

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【ウサギの小屋も新しくしました。内部と外部とその中間域を作りました。人間と一緒です。バラバラだった親子・兄弟がひとつの家で過ごします。】

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【外の部分です。網は丁番で開きます。】

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【エサを入れる部分も開きます。】

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【新ウサギ小屋の全景です。】

 生後6か月で脳障害を持った万然ですが、この1か月前くらいから硬くて動かなかった右腕や右指が少し動くようになりました。自然のなかに普通に存在するウィルスによって、抵抗力が一番落ちる離乳期に感染しました。だったら薬だけに頼らず、自然の力で復活することにも挑戦することにしました。湧き水の流れ落ちる音や鳥の声、風の感触を受けて脳に刺激が穏やかに作用すれば少しはその影響が出るかな?と考えなるべく寝た切りにせず自然との接触を図っています。

 がんばれ、万然!脳が復活することを、毎日願っています。

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【渡り廊下の横に育った梅の木。よく見ると梅の実をたくさんつけていました。】

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【そんな風景を黙って見過ごす子どもたちではありません。昼食時刻を大幅にオーバーしていても、「梅の実を採りたーい!」ということで採り始めました。】

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【人吉市に住んでいるとき、梅ちぎりに行ったことはありますが、わが家で梅ちぎりなどしたことはありません。木のまわりが甘酢っぱい香りに包まれました。青梅をいただきました。「すっぱーい!!」だけど、おいしかったです。】
posted by 塾長 at 13:08| 教育・子育て

2017年05月12日

「きたなか林間学校記録書・第28集」発刊

 小中学校の入学式が終わり、学校も落ち着き始めたようです。6年生になった朴然は北中城小学校725名の児童会長、中学3年生になった亜和(あや)は北中城中学校525名の生徒会長として入学式で代表あいさつをしました。
 朴然は、1年生には楽しいことばかりではなく、雨の日も歩いて登校することや今年から「黙想」を授業前に取り入れて元気な中にも落ち着きのある学校生活をするよう求め、最後に手話を使っていつでも気軽に相談してくださいと話しました。あとで聞いた話ですが、入学した児童の中に難聴の子がいたらしく、本人は手話を取り入れてよかった!と言っていました。


 亜和は、小学校と違って教科ごとに先生が変わることや席次が出ること、部活が活発なことなどを話し、最後に高校野球の三重県予選で0−91のスコアで敗れた監督が相手校に二つ感謝したことを紹介しました。ひとつは最後まで戦ってくれたこと、もうひとつは手を抜かず最後まで全力で戦ってくれたこと。この例をとって相手と本気で向き合って友情を高めてほしいと話しました。

 朴然は上3人が児童会長を務めたので選挙では緊張したようです。亜和は兄弟初、中学校の生徒会長に選ばれました。女子ソフトボール部の活動と勉強、そして生徒会。最後は体力勝負かもしれません。しかしともに、安全な通学路を目指す活動を目指しているので、親としても交通事故頻度ワーストの北中城村の汚名返上のため、サイドから応援したいと思っています。

 
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【今回は感想文が良かったので、あえて表紙に採用しました。】


 さて、遅くなりましたが昨年度開催した「きたなか林間学校」の記録集(第28集)を発刊しました。国立国会図書館や県立図書館などに納本します。

以下は、最近の家庭状況です。
 
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【5月は誕生日ラッシュ。1日は5女「さわみこ」の10歳の誕生日。いつも手づくりケーキ。】
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【2日は第9子「わかみこ」の満1歳の誕生日。】

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【やっと立つようになりました。まだ歩けませんが・・・。このあと、長女・依奈(えな)の17歳の誕生日が5日にありました。】

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【普段もそうですが、連休は成長した木の伐採が続きました。「ごめんね。」と声をかけながら、枝を落としました。おかげで少し風通しが良くなり、木漏れ日が落ちるようになりました。片付け中の兄弟姉妹】

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【アヒルが卵から孵り、ウサギを4羽もらったので家族が増えたので、小屋下に網を張って居場所を広げました。カラスやマングースなどの天敵から守るためです。新「アヒルの広場」に入っていくアヒルたち。】

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【連休中、ヤギは散歩に連れていきます。】

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【与那国馬のゲンは、成長著しい朴然が毎朝牧場までひきます。】

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【激しい仕事の合間に心が潤うのはいただいた球根から育ったアマリリスの花の美しさ。】

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【北中城村が実施する「村民提案」に(仮)「木造伝統技術の継承と人格教育(木育)」を出すことにしました。伝統技術を駆使したミニチュアの小屋を釘1本使わずに建て、イベント会場に組み上げようと考えています。これはそのイメージずです。コンペなのでどうなるかわかりませんが、がんばってみます。】

 5月25日付けタイムス住宅新聞のリレー記事で木造の魅力を書いた原稿が掲載予定です。また、その後、新連載の企画されているので、これもがんばって書き続けたいと思います。
posted by 塾長 at 19:09| 教育・子育て

2017年04月05日

「さなぶり」

 わが家の子どもたちは、やがて春休みが完了間近。勉強もさることながら、小中高に通う6人組のうち、長男は児童会長、次女は生徒会長になり、部活も毎日あるので忙しく過ごしました。特に今は季節の変わり目。わが家では田んぼのアゼづくり、代掻き、田植え・・・加えて木造住宅なので家の点検・修復などに汗をかきました。
 学校にまだ通わない下3人もそれぞれ著しく成長しています。簡単に近況を報告いたします。

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【「田んぼづくりは畔づくり(あぜ)といわれるほど、水の漏れない畔づくりはむずかしい。昨年より研究し(次女はこの課題で県科学展で優秀賞、沖電主催の青少年科学展で環境奨励賞を受賞)その成果を実践しました。畔づくりのあとの「代掻き」中。】

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【完全無農薬の種もみを苗まで育て、3月25日、田植えを始めました。】

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【小学3年と4年に進級する第5子(さわみこ)と第6子(こはづき)の田植え。】

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【3歳の第八子・「こだまこ」も余った苗でバケツ田植え。】

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【「さなぶり」。田植え完了!】

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【いちばん上の田んぼ。】

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【その下の5段棚田】

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【道路沿いの棚田】

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【浴室裏の田んぼ】

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【周りは山。広々田んぼは夢のまた夢。落ち葉除けの網張も大変。今年は台風を避けて早めの田植えをしました。】

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【田んぼのあとは「畑仕事」。「こだまこ」が第九子の11か月の「わかみこ」をあやしてくれるので安心です。】

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【収穫後のシュンギクをそのままにしていたら、きれいな花が咲きました。初めて見ました】

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【人間用の野菜だけではありません。今年から馬のエサになる「ローズグラス」の種をまきました。やっと穂がつきました。刈った後、種が落ちて自然にまた伸びて欲しいと願っています。】

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【ローズグラスの間には野生のルリハコベの花が一面に咲きました。「ルリ色」の美しさを改めて知りました。】

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【無農薬栽培のニンジンを収穫。初めて見た「わかみこ」様、「これなぁに?」】

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【母親が畑仕事をしている間、長男(4月から6年)が第九子を背負います。】

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【畑の置き水に無数のおたまじゃくし!】

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【接写したら半透明の命でした。生存率2パーセント。がんばって生きてください。】

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【畑仕事のあとは側溝掃除。ところが大ハプニング!熊の手の向こうに「ハブ」が・・・。ヒメハブのようだ!みんなで観察した後、そっとその場を離れました。ヘビは陸上の生態系では頂点に位置します。いなくなったら、わが家はネズミだらけになります。】

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【田畑の仕事の合間に津嘉山酒造さんの現場に行きました。屋根工事が進んでいました。】

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【少しだけ外壁工事もしかかっていました。杉板の竪張りの予定だそうですが、雨戸の戸袋裏だけがこの「矢筈剥ぎ(やはずはぎ)『註;樋部倉剥ぎともいう』でした。その他は、「殺ぎ剥ぎ(そぎはぎ)」です。わずか6mmでの工夫です。きっと雨戸を閉めたとき雨風が一番当たるからでしょう。今年から仮題「ディティール(細部)から見た建築」の連載を執筆する予定ですが、これらのことも述べたいと存じます。】

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【最後に棟札の話題。これは裏。】

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【実は津嘉山酒造の棟札の表は消えて見えなかったそうですが、さすが文化財建造物保存技術協会!赤外線でかつての墨字をあぶりだしたようです。昭和7年とはっきり見えます。動かぬ証拠!アッパレ!】
posted by 塾長 at 15:30| 教育・子育て

「日本人の色彩感覚と伝統構法」(建築士会中部支部会誌「紫微鸞駕」への寄稿)

 今年も建築士会中部支部の会誌「紫微鸞駕」へ寄稿しました。
 総会時に配布されますが、経費の関係で写真はすべてモノクロなので、カラー写真の原稿を掲載します。

 レイアウトの関係で、一部変更して掲載します。


1、 建築の基本は「木造」にあり

 鉄筋コンクリート造が主流の沖縄。しかし、設計も施工もいきなりRCから学ぶと、いつかどこかで技術の根拠が見えなくなる時があります。それは、建築の基礎である「木造」をしっかり学んでいないからです。
工業高校や大学、専門学校でも「木造」のカリキュラムが少なく、学ぼうにも学べないのが現実です。だったら社会に入ってから学びましょう。

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【瓦の連なりと重なりが日本の伝統を醸し出す那覇市具志の伝統構法のY邸。】

 建築技術の基本は木造にあります。例えば、住宅を設計するにあたって広さをイメージするのは、木造で使われている8畳、6畳、4.5畳という空間
です。
 木造住宅の階高や軒の高さの目安は、柱の長さである4mか3mの木材の定尺で決めていきます。内法(鴨居の高さ)は2mの定尺内で決めるのが一般的です。

 いまはメートル法が当たり前ですが尺間法が裏にあって、窓の大きさはだいたい1尺(約300o)ごと、木材の縦横の寸法は1寸か5分(約30oか15o)ごとに製材されます。
 例えば、洋間の腰窓は6尺×3尺(1,800o×900o)、和室のひじ掛け窓は6尺×4尺5寸(1,800o×1,350o)、柱は4寸角(120o角)、軒桁は4寸×6寸(120o×180o)、垂木は1寸5分×2寸(45×60o)などです。
また、和室における各部材の寸法や間隔も木割り法でほぼ決まっています。
 基本は使われている柱材の寸法です。鴨居や長押(なげし)の成(せい・高さ)は柱の0.4掛けや0.8掛け、床の間の落とし掛けは鴨居より柱の約2,5倍上げて取り付けることなどです。柱が3寸5分角(105o角)であれば、鴨居や長押の寸法もそれに応じて変化します。

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【H28年度 日本建築士会連合会賞 奨励賞受賞作品。(北中城村仲順H邸)】


 このように住宅のディティール(細部)は古来より定尺や木割り法、尺間法で無駄のないように作り上げられてきました。住宅設計を目指す若い方々は是非、「木造」を学習なされてください。10倍、奥が深くなります。

2、 木造の歴史

 木造の歴史は古く森林が7割を占める日本では約4千年前から木組みが使われており、富山・桜町古墳から貫穴やエツリ穴を持つ部材が発掘されています。
 世界遺産にもなっている奈良・法隆寺五重塔は約1,300年以上も前に建てられた世界最古の木造建築です。

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【唯一神明づくりの伊勢神宮内宮。木造技術・循環システムの原点】

 三重・伊勢神宮は20年に一度の式年遷宮を繰り返し、その歴史は法隆寺と同じです。一方は「長寿」、他方は「循環」をみごとに木造の技術で今に伝えています。同じくらいの歴史でも「仏教」と「神道(しんとう)」の違いが伝え方を表しているように思います。

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【国指定重要文化財・中村家】

 沖縄で一番長く存在するRC造建築は大宜味村にある旧役場で1925年竣工(87年前)ですが、木造では北中城村にある中村家も18世紀半ばの建物なので約280年間前に建てられた住宅です。
 技術と維持管理がしっかりしていれば、木造は長持ちするという証です。普通はこのままこの勢いで技術論に進むのですが、今回はこよなく木造を愛する技術者として別の角度からみてみます。

3、 肌の色と反射率

 なぜ、これほどまで日本人が木造に親しみを持つのかというと、実は肌の色に関係しているのかもしれません。
 海外に行くとわかると思いますが、欧米人をラテン系と北欧系の民族に分けると、ラテン系は皮膚が浅黒く、目と髪の色が黒(茶)で体系はずんぐりむっくり、色彩では赤や暖色系を好み、性格は明るく外向的です。
 北欧系は一見して皮膚が白く髪が亜麻色(金髪)で目が青く、体系は背が高く長頭で色彩は青や緑を好み性格は物静かで内向的です。
 赤道に近いラテン系は可視光線の長波長の赤色視覚が発達し、北欧系は短波長(紫・青・緑)に反応する緑色視細胞が発達し、紫外線不足から目が弱い人が多いとされています。
 では日本人の色彩感覚はどうか?平均して彩度の高い純色は敬遠され、ややくすんだ色や中間色が好まれます。

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【我が家のおせち料理の食器】

 日本人の衣食住は比類のない歴史と伝統によってつちかわれてきました。衣服では能衣装をはじめ、呉服の色は華麗な振袖から地味な紬(つむぎ)まで、食においては懐石料理からおせち料理、寿司まで食器で味わいます。
 住では神社仏閣から数寄屋造りの茶室にわたって住まいに取り入れています。
 その背景には四季の変化や花鳥の美しさ、水の清らかさなどがあります。日本人の色彩感覚は「その色」を見せるための「捨て色」の使い方が上手といえます。衣食住のどの分野でも色は色相、明度、彩度を抑えています。
 例えば、茶器の渋さと帛紗(ふくさ:茶の湯で茶碗をふいたり茶器を鑑賞するときの敷物)、茶室と和服の関係です。
 そこで考えられるのが反射率。日本人の色彩感覚は反射率50%が基準であること。反射率50%といえば無彩色では障子紙、ふすま紙、漆喰など。色がつけば木綿や麻の生地、畳表、そして杉やヒノキなどの木の色。
それらは「その色」を引き立たせる「捨て色」として機能しています。極めつけは肌色そのものが反射率50%であることです。
 日本人にとってベージュ系やラクダ色が似合うのは、色相が肌色に近く、同系色の調和で抵抗なく受け入れられているからでしょう。
 日本女性の和服姿が美しく映えるのも反射率50%の肌色が反映しているのかもしれません。

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【内装の舟底天井・障子紙・ふすま紙・畳・漆喰壁も反射率50%の黄金律。Y邸】

4、 沖縄の色彩感覚と木造

 さて、沖縄の色彩感はどうでしょうか?本土より赤道に近い沖縄では赤色視覚が発達しているので、可視光線でいうと長光波の赤色・橙・黄などの暖色系が好まれ、性格も率直で外向的と考えます。
 RC造、木造に限らず赤瓦を葺くのもその表れかもしれません。外壁は一般に白色系かベージュ系。本土より日差しが強いためか昼間でも照明を点ける家庭が多く、外の強い光とのコントラストを和らげるため明度の高い内装が多いように感じます。
 つまり、日本的な色彩感覚を持つが若干亜熱帯的色彩感覚が入るように思います。

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【木材(杉・ヒノキ)は反射率約50%那覇市具志のY邸(腕木による持ち出し)】

 しかし、全体的には肌の色を基調とする反射率50%の黄金律は変わらないように思います。
 一般的に木造は温かみがあり心身にやさしく、循環型素材のため環境負荷が少ないとされます。
 ただ、沖縄ではシロアリ被害や台風、技術者・木材の不足など不安要素が先行して流布されているので普及させるには並大抵な努力では達成しません。
 しかし、こと、色彩感覚の視点から考察すると、いちがいに沖縄にふさわしくないとも言えません。外の光が強い分、やや暗く感じるかもしれませんが、昔の木造家屋を見ると、どちらかといえば夏の日差しを避けるように寝床は北側に寄せている家が見受けられますが、これは地域の知恵と考えます。
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【反射率の低い透明ガラス、フスマの縁や帯・畳のヘリ、障子の桟が、捨て色で引き立つ。那覇市具志のY邸】

 稲作が盛んだったころは、稲刈り後のワラを畳床に使いました。瓦の葺き土や土壁にも切り苆(すさ)として使いました。木材も土も地元の自然素材を使い、耐用年数が過ぎればまたもとの自然に戻しました。地元で栽培されたお米のご飯をたくさん食べ、米以外の残ったものを生かす暮らしのシステムと、住まい全体が循環システムに組み入れられていたように思います。
 先日、重要文化財になった名護市の津嘉山酒造の修復工事に行ってきました。屋根の葺き替え中でしたが、その葺き土の中には切ワラを1か月ねかせたスサが入っていました。
また、伝統構法で使うのは石、土、木、草、水などの自然素材が主な材料です。
 骨組みに金物を使用していないので解体しやすく、さらに使用材料が「多量少種」なので分別しやすくなっています。

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【土・わら(草)・竹・木・・どれも自然素材で大量少種(津嘉山酒造修復工事)】

 伝統構法に工業製品として使用する材料に「ガラス」がありますが、西洋のガラスと日本のガラスは、そもそも発想が違います。
 西洋のガラスは壁が透明になったもので、日本のガラスは明かり障子が木製のガラス窓になったもの。同じガラスでも紙の進歩と壁の進歩では大違いです。
 日本の木製ガラス窓に使われる並厚(2o)のガラスは顕微鏡実験や標本に使われるプレパラートガラスに転用できるほど薄いものです。

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【窓は西洋では壁の進歩。日本の窓は紙貼り障子から発達した。だから極薄2oのガラスが入る。(北中城村H邸】

5、 これからの住まい

 長い年月によって淘汰されてきた日本の木造技術と文化。木造以外の工法にも応用されるのは結構ですが、木材に限らず、木造で使用されている土や草は呼吸していて、いわば生きものです。木材を同一強度が前提の鉄筋コンクリート造や鉄骨造のような利用の仕方は、いただけません。
癖のある材料を見極め、適材適所に生かしていくのが技術者の力量です。
 これまでの住宅は快適便利な暮らしを求めて「少量多種」の材料で作られてきました。一方で強度を高めた材料も使われてきました。しかし、これでは、解体時分解しにくい、分別するにもコストがかかる、自然に戻る時間がかかりすぎる、再利用しにくいといった弊害があります。これからは、「頑丈だけれど解きやすい」、「自然に戻すコストと時間がかからない」という家づくりに方向転換したほうが良さそうです。その意味において、伝統構法の存在価値は大きいと思います。

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【昭和7年建築の津嘉山酒造の小屋組】

 伝統構法にあぐらをかくことなく、さらに知恵を絞って家の長寿化と分解しやすさを研究、実践していきたいと思っています。
 きっとそれが住まい手の長寿と地球環境への環境負荷低減にもつながると確信しています。
 
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【海老虹梁(えびこうりょう)と三つ斗組(みつとぐみ)を取り入れた伝統構法の住宅。(那覇市首里崎山町のI邸)】
posted by 塾長 at 08:07| 建築

2017年02月26日

重要文化財・津嘉山酒造修復工事の見学会!

2月25日(土)、「伝統建築『これから』研究会」の活動の一環として、2,009年、国の重要文化財に指定された津嘉山酒造の見学会に行ってきました。津嘉山酒造は昭和3年(1,928年・築後89年)に建てられた工場兼住宅です。

私たちが沖縄に定住する前に3年間住んでいた旧国鉄矢岳駅駅長官舎は、明治42年(1,909年・築後108年)。歴史的には30年ほど先輩格ですが、戦前の木造建築工法で赤瓦がのる工場兼住宅の津嘉山酒造の建造物は戦火を逃れて今に残るのは「貴重!」の一言です。

この日は、改修工事として最後の見学会になると聞いたことや、瓦職人さんの講演、総会、その後懇親会もあるということで出かけることにしました。
急なことや遠いこともありましたが、小橋川副会長は参加されました。見学会の現場で顧問の琉球大学カストロ先生の教え子たちとも会いました。構造の研究をしていました。

見学会その他の感想は、写真説明の中でします。

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【この日はかかとに激痛が走り、とても歩ける状態ではありませんでした。急きょ、朝から病院に行き検査、患部に痛み止めの注射打たれ気絶しそうになりました。痛み止めの薬を飲んでそのまま名護に向かいました。修復工事の見学会には約30名ほど参加されていました。雨の影響が出ないように建物全部が仮設の屋根で覆われていました。さすが、国の重文の修復工事は違うなと思いました。】

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【古い瓦は再利用】

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【瓦には番号が打ってあります。これまでも石橋の復元や移転などを見てきましたが、同じようにすべて番号が打ってあり、元通りに組み直します。】

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【沖縄には珍しく、住宅部分には左官による塗り壁があったようです。】

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【説明をする文化財建造物保存技術協会の田村さん。柱間隔と内法高さを質問すると、それぞれ6尺2寸、5尺8寸のようでした。】

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【工場の小屋組みは、トラス式の洋小屋】

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【住宅部分は、和小屋】

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【麹屋は小屋組みが一番興味がありました。和洋折衷のいかにも麹置場の用途に合わせた工法でした。(耐震補強も含めて・・・)】

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【第二部は瓦職人さん・前原 和夫氏の講演会。演題は「琉球建築の屋根−シマジラーのこと−」。復元工事に必要な不足の赤瓦を古式の桶まきづくりで製作している職人さん。一通りの説明があった後。質問形式で講演が進んだので、聞きたいことをいろいろ質問させていただきました。】

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【シマジラーとは棟の両端の鬼瓦部分。卵型と小判型があるようだ、卵は子宝、小判は金持ちの意味があるかも?と推測されていました。そのほか、高強度、高圧で規格型の現代の瓦は馴染みが悪い。手作りの瓦は不揃いだが、馴染みがよく、少々のすき間にホコリやコケなどが詰まって雨漏りはなくなりとおっしゃておりました。これこそ「柔構造」。】

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【講演の後は、沖縄にしか残っていないとされる手作りの「桶巻き」の瓦づくりの実演。】

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【ロクロに張った粘土を回しながら仕上げます。中を抜くと、出来上がり。】

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【ご本人が「一瞬ですからしっかり見ててよ!」といった瞬間、円筒状に形成された粘土が四分割されました。本当に、あっというまで、直後ため息に似た歓声が上がりました。】

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【実演のあと、体験者を募られました。同行した長男・朴然が手をあげ、挑戦しました。微妙に先が細くなる桶巻き。師匠の指導のもと、緊張しながら作業しましたまわりには、お手並み拝見のギャラリーがいっぱい。】

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【がんばって仕上げる子どもへの師匠の心遣いか、「刻印していいよ!」いわれ、名前を彫るボクネン】

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【無事終了して緊張感が緩んだのか、やっと笑顔が出ました。木炭づくりの自由研究の延長にある古来の瓦づくり。初体験はいい経験になりました。前原さま、大変お世話になりました。】

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【実演のあとは総会。その後、懇親会。「津嘉山酒屋保存の会」の岸本会長、津嘉山酒造の津嘉山社長・幸喜工場長、金城建設の金城代表、市文化協会長の大城さま、建築士会の西里会長、北部支部の大城支部長、前述の前原氏、名護市教育委員など多くの方々と交流できました。私にも発言を求められましたので、「津嘉山酒造の建物は津嘉山酒造の財産・誇りですが、名護、沖縄県、日本の宝です。重要文化財の保存の維持管理は経済的にも負担がかかります。もっと建物だけではなく、文化性をアピールすることも大事。多くの人たちに理解・周知していきましょう!」と言いました。
今回のイベントを企画された「津嘉山酒屋保存の会」の皆様に感謝申し上げます。また、当「伝統建築『これから』研究会」は、現存する伝統的建築を学ぶとともに、これらの構法をもっと進化させていきたいと思いました。「これまで設計した」、『これから設計する』伝統技術が全部、「文化財」の価値として後世評価されるように・・・。】
posted by 塾長 at 09:44| 建築