2016年08月08日

第28回きたなか林間学校 速報!

第28回きたなか林間学校が昨日終了しました。
今回は雨に恵まれて、活動内容が一層濃くなりました。
(いずれの活動にも、着手すると雨が降り始めました。雨が降らないとありがたさも大変さも半減します。その意味では、雨に恵まれました。)
また、後藤家を含めたら、小学1年生から高校1年生まで10の学年層がすべて揃いました。
異年齢・異能力集団が助け合いながらの2泊3日。得るものも大きかったようです。

今回のテーマは「一に手伝い、二に勉強・・・」。理屈はこねるが、手伝いひとつできない頭でっかちの子どもにならないよう、日本の文化を取入れた人格教育に徹しました。以下は、写真を中心に速報版としてお伝えいたします。詳細は年度末発刊予定の記録書に掲載いたします。

P8050109.JPG


【初日。我が家の敷地内に育った孟宗竹を「ごめんね。」とみんなで手を合わせて伐り、運びました。】

P8050154.JPG


【さっそく、ノコギリや小刀などを使い、コップやハシ、名札を作りました。最近はリンゴの皮も向けない子どもが増えました。「危険排除」の習慣はいざと言う時、大人になっても何もできません。小さいころ経験することが必須です。】

P8050255.JPG


【竹の飯ごう(たかんぽご飯)づくり。お米3合半を洗って割ったばかりの竹に入れます。】

P8050303.JPG


【約2時間かけて手作りのかまどづくり、タキギ集め、火吹きを行いました。途中、火加減があやしくなり、「こりゃ、ダメだ」と思ってふたを開けてみると大成功。竹の香りが残る「たかんぽご飯」は完食、煙に巻かれながら作った「団子汁」も「おいしい!、おいしい!」と何杯もお代わりが絶えませんでした。写真は煙の中、さじで試食後「大成功!」というと万歳をする子どもたちの様子。】

P8060127.JPG


【二日目。早朝より近くのタチガーで洗たく。】

P8060114.JPG


P8060136.JPG


【洗たく場に水がなかったので、地下水の流れる側溝を足で止めた水で洗いました。下流のことを考えて洗剤は使いません。洗濯物を干すのもたたむのも自分たちの役割。】

P8060232.JPG


【自分たちの朝食の後は犬や馬、ヤギ、アヒル、ウサギ、ニワトリ、メダカ、トウギョなどへのエサ上げ。言葉の通じない生きものとの意思疎通は、障がい者や赤ちゃん、高齢者、外国人などとの接し方と同じです。相手を思いやる気持ちの芽生えです。】

P8060212.JPG


【馬やヤギのエサになる草を採りに行きました。「これは馬、これはヤギ、これはウサギ・・・」。植物も生きています。根は残して、「ごめんね。」と声を掛けます。】

P8060342.JPG


【そして今回のメインイベント、棚田のアゼづくり。急傾斜の土地を生かして田んぼづくり。「田んぼづくりはアゼづくり」と言われています。漏水しないアゼづくりはむずかしい。まずは、土留めにする矢板を運びます。「重い!」しかし、声には出しません。】

P8060332.JPG


【土に混ぜるのはセメントでもない、石灰でもない、自然由来の固化剤。趣旨をご理解のうえ、矢板や固化材をそれぞれ無償で提供いただきました竃L神建設様、山繕鰍ノ御礼申し上げます。】

P8060350.JPG


【棚田の形が見えてきました。うまくいけば、その他の田んぼにも使う予定です。】

P8060348.JPG


P8060149.JPG


P8060347.JPG


【アゼをモグラやオケラが穴をあけます。・・・と説明していたら、本当に「オケラ」を参加の子どもが見つけました。洗濯物干しの時もキノボリトカゲを見つけました。現代は「解決能力」を問われる時代ですが、「発見能力」も重要です。手作業なので「天然耕運機・ミミズ」も見つかります。】

P8060401.JPG



P8060405.JPG


【次は与那国馬の馬糞たい肥を田んぼにまきます。手渡しするたい肥は臭くない。】

P8060425.JPG


P8060441.JPG

【残ったたい肥を近所の農家におすそ分けするため、リヤカーで運びました。ご褒美は、無農薬の「シークヮーサー」。大物の仕事を終えて帰り道、「エイ、エイ、オーッ」。】

P8060358.JPG


P8060377.JPG


【午後3時。やっと昼食にありつきました。おにぎりと流しそうめん。自分たちで割り、節をとって作った竹のトイを流れる素麺をすくい、マイコップ、マイハシでいただきました。味はいかがかな?】

P8060478.JPG


P8060498.JPG


【長い休憩時間の後、夕食前の講義「野草教室」。敷地の周りを回るだけで21種類の野草を判別しました。今度は「人間が食べられる草」を使って料理しました。野草にも感謝です。】

P8070030.JPG

【最終日。朝から強い雨。難民キャンプのように、あるものを使って雨宿り。】

P8070042.JPG

【来た時よりも美しく。立つ鳥跡を濁さず。】

P8070066.JPG

【みんなの前で発表会。発表能力も大切です。講評のあと、一人ずつ発表します。泣きながら最後まで発表した1年生にみんな心を打たれました。「がんばれ!がんばれ!」・・・「よし!」。】

P8070099.JPG

【毎回外で気勢を上げますが、今回は雨のため初めて学習棟のなかで「エイ、エイ、オーッ!」。2泊3日で身に着いたことを今後の人生に生かしてほしいと願いました。】

P8070108.JPG

【雨、雨、雨・・・。おかげで完成した棚田に水が入りました。これから数日後、田植えをします。みんなご苦労さんでした。時々見に来てね!】

参加した子どもたちは、毎晩感想文を書きましたが、最終日はまとめを書きました。代表して1人だけ紹介します。詳しくは記録誌で・・・。ではまた、お会いしましょう!

20160808091355_00001.jpg
posted by 塾長 at 12:11| 教育・子育て

2016年07月12日

第28回きたなか林間学校のご案内 ほか

 春の林間学校は、第九子「わかみこ」の誕生などが重なって中止しました。28回目を迎える次回の林間学校は8月5日(金)〜8月7日(日)に開催することになりました。【2泊3日】

 今回のテーマや大まかな活動は下記の案内チラシを参考にしてください。新聞等にも案内する予定ですが、準備に参加者が慌てることがないよう、先にHPで案内します。
(チラシが必要な方は、ご連絡ください。郵送でお送りいたします。)

6.2メガ_R.JPG


【最近は環境教育は完全に手段になりました。やはり初期のように目的は「人格形成」です。近年の世相をみると、学歴主義が目立ちます。どんなに立派な職や立場に就いていても、相手を誹謗中傷しても平気な人が増えました。今回は我が家の相言葉でもある「一に手伝い、二に勉強!」を地でいきます。】

 さて、ブログの間隔が開きましたので、近況をご報告いたします。

 まず、万然のリハビリ。四肢が不自由なので、ついついふとんに寝たきりになることが増えます、しかしそれだと足が弱くなるばかりでなく、立つバランスが身に付かないので永遠に立てません。
 まったく動けなかった万然が最近は寝返りを左右に打つようになりました。そこで立位保持具を使って立つ練習をしようとリハビリの先生に勧められて始めました。
 ずっと、寝ている姿か抱いている姿しかイメージがなかったので、初めて保持具に寄りかかっている万然を見たときは目を疑いました。
 「ウォー、立っている!」と錯覚したからです。まだ目も見えない状態が続きますが、家族の愛情で保持具がなくても立てるよう頑張ってみます。

P6090016_R.JPG


【立位保持具に寄りかかる万然。頑張ってよー!】

 また、先月3人が通う北中城小学校で日曜授業参観がありました。授業参観は子どもの態度や学校の様子が分かって貴重な機会ですが、障がい児のいる家庭としてはおっくうでした。なぜなら、障がい者用の駐車場がないからです。特に雨の日は遠くの駐車場から濡れていかねばなりません。そこで、新しく入れ替わった校長・教頭先生に電話で要望していました。
 「商売目的のコンビニにだって障がい者駐車場があります。」
 「小学校は公共施設。せめて授業参観日だけでも設置してくれませんか?」と。
 これまでも要望し続けていましたが、何年かかってもダメでした。ところが今度は対応してくれました。

P6050004_R.JPG


【やっとできた障がい者駐車場。私たちだけでなく、ほかの人たちも喜ぶと思います。できれば簡易の屋根が欲しいところです。】

P6050011_R.JPG


【3階建ての校舎。エレベーターはないので、給食用の荷物専用のリフト(エレベータ)に乗りました。何かむなしく、つらいものを感じました。帰りは、みんなで階段をバギーに乗せたまま降りました。中学校が改築するようですが、荷物と人が一緒に乗れる昇降機などの配慮がなされているのか、不安です。】

 いろいろ問題が山積する社会ですが、心安らぐときもあります。それは自然とのふれあいです。このところ朝から「ピー、ヒョロロロ」となくアカショウビン。一度、浴室に舞い込んだことがありますが、普段は警戒心が強く、姿を見ることはありません。ところが、先日、その風呂場の近くで鳴き声が聞こえたので急いで、カメラを取りに行き、声のする方にレンズを向けました。夕方で薄暗く、思ったより遠かったのでよく映っていませんが、「アカショウビン」を撮りました。

P6100004_R.JPG


【サンコウチョウと一緒でとてもきれいな鳥です。サンコウチョウも時々来ます。】

P6210051_R.JPG


【これは木のベランダの中に育つクワの木に来たキノボリトカゲ。食事中、目の前で天然記念物が見れるので、いかに自然のなかで暮らしているかという証拠。】

 仕事の方は那覇市首里崎山町の現場に毎日のように通っています。最近の状況を写真でお知らせします。

P7100106_R.JPG


【縁側兼用の玄関。外壁の左官工事はまだですが、外観が仕上がってきました。引き分けの雨戸と井桁(いげた)の格子戸。格子戸は総ヒノキ造り。】

P7080063_R.JPG


【格子戸の先は無双付きのガラス戸。マス状のはめ込みガラスは1枚ずつ曇りガラスのふちを磨いて透明にしてあります。格子戸や面取りガラスは、向こう側が見えそうで見えない日本独自の「透かし文化」です。床は10センチ角のヒノキのスノコ、天井は写真では見えませんが、杉の格天井(ごうてんじょう)になっています。】

P7100085_R.JPG


【床高は地盤面から1.5m上がる高床式。床下の換気は高さが30cmもあります。板張りの居間から40cm上がったところにある和室。中央は心柱。障子は中2枚の雪見。畳を入れた後の完成が楽しみです。】

 林間学校に話題を戻すと、今回、田んぼのアゼづくりを計画しています。そのとき使う土留め用の矢板が着きました。

P6130020_R.JPG


【工事で使った木の矢板の再利用です。これに自然由来の固化材を土と混ぜて固めます。沖縄では初めての実験です。】

 最後に、1週間ほど前に見た夕焼けを披露します。自宅の茶の間から見えた風景です。

P7060005_R.JPG


【奥に見えるのは東シナ海です。毎日がドラマです。】
posted by 塾長 at 07:41| 林間学校

2016年05月18日

子育てのリスク!

 昨年より1週間遅いらしいのですが、沖縄地方は16日の月曜日から梅雨入りしたようです。これまで連休後に梅雨入りしていたので、瓦が載っていない状態での梅雨入れは、せっかくの家が濡れてしまうと心配していたのですが、おかげで那覇市の新築現場はラッキーでした。

P5160086_R.JPG


【玄関の簑甲部分の屋根 施工中。】

P5160098_R.JPG


【屋根がかかって内部造作が進む現場。】

 家づくりも天候によって左右しますが、子育ても運不運があります。子どもを授かっても、病気や事故、あるいは事件に巻き込まれる可能性があります。特に乳児や幼児の時は抵抗力が小さく、無防備なためリスクが高くなります。
 小さい時を無事過ごしても、小学校、中学校、高校、大学から二十歳になるまで、何一つ問題なく育つのは稀(まれ)です。

 少子化に歯止めをかけようと、さまざまな施策が考えられていますが、子育てのリスクを考えると尻ごみする人たちが多くなっているように感じます。

 現に第9子の「わかみこ」も出産後、ビリルビンの濃度が高く、黄だんが出て中部徳洲会病院にかかりましたが、治療機器がないため南部こども病院の救急に搬送となりました。
 光線治療を24時間受けたのち、血液検査をした結果、正常値に近くなったため退院することができました。

P5080228_R.JPG


【中部徳洲会病院から移送された南部こども病院で、光線治療を受ける「わかみこ」。】

 出産後の乳児に黄疸(おうだん)が出るのは、酸素供給がへその緒から肺呼吸に変わるため、急激な酸素量の摂取で未熟な肝臓がうまく機能しないためよくあることと聞きました。第5子の朴然の時も出たので、用心して母子とも入院しました。

 さて今日は、法務局から自宅出産のヒアリングがありました。医師か助産師の証明がないと戸籍・住民票に記載されないため、役場から法務局に伺いを立てて「わが子であること」の説明をしなければなりません。
 自宅出産の場合はいつものことですが、陣痛歴や写真などを準備して説明をします。今日は、本人確認(運転免許証)や胎盤、性別の確認、自宅出産の理由や経緯などを説明をしました。来週半ばあたりには、戸籍に入れるようです。

P5180024_R.JPG


【冷凍保存している胎盤を確認する法務局の職員】

 連休も終わって今は朝からエサ上げを夫婦で始めました。産後は無理しないように気を使っていますが、本人の気持ちも大事なので、一緒にしています。
 昨日は野鳥の卵を見つけました。最近、「月・日・星、ホイ、ホイ、ホイ」となく三光鳥とカエルの声がにぎやかです。もしかしたら、三つの光を与えてくれるサンコウチョウかもしれません。目の見えない「万然」に光がさすことを願いました。木の枝に上手に巣をかけていますが、人間社会と同じように、動物にとっては天災も天敵も襲います。
 せめて、巣立ちするまで親と一緒に育ってほしいと思っています。

P5180013_R.JPG


【もしかしたら、「サンコウチョウ」(三光鳥)の卵かも・・・。明日以降、タイミングを見て親鳥を確認したいと思います。】

 人も動物も育つ過程には多くの危険因子(リスク)がかかります。途中で残念ながら息途絶える生きものをたくさん見てきました。少子化問題も、単に数値だけでなく、子育てのリスクを考慮した対策が必要だと思います。
 そして重要なことは、他人任せではなく、わが子は親が責任をもって育て上げる気概が不可欠ということです。政治家のほとんどは、保育所や学童施設の充実を口にしますが、犬猫も、ニワトリ・アヒルもみんな命がけで天敵からわが子を守ります。
 子育てのリスクは、親が全部みます。だから、自然界に倣(なら)って人間社会も、保育所や保育士を増やすのではなく、子どもの面倒を見る親に直接経済援助をしたり、子育て中の親の身分(雇用)確保をするような施策に転換してもらいたいと思います。
 きっと子どもたちは、他人より親にかまってもらいたいと思っているのではないでしょうか?また親も、自分たちの子どものしつけは自分たちで独自にしたいのではないか、と思います。
 また、今日は第26回・第27回連結の「きたなか林間学校」の記録書ができました。参加者はもちろん、国立国会図書館、沖縄県立図書館をはじめ、公共図書館にも寄贈させていただきます。参加者の子どもたち、お待ちどうさま、来週にはお手元に着きますよ!

P5180006_R.JPG



P5180012_R.JPG


【できあがった記録書と中のページの一部。】
posted by 塾長 at 16:11| 教育・子育て

2016年05月07日

第九子「わかみこ」、命名の由来

 毎回、かかりつけの産婦人科医は産前の定期検診の際、エコーで胎児の性別を教えようとしますが、ことごとく拒否します。あれは透視技術の科学であって医学ではありません。
 生命の誕生は科学で解決できると思うのは現代人の思い上がりで、わずか10か月で五体満足にそろって生まれる様を目の当たりにするたび、神秘性を感じます。
 したがって、生まれた様子や初対面の顔、その時の潮位や月齢などを勘案し、命名しています。
以下は、出産後の5月5日、第九子の命名に関する家族会議で出した私の説明です。

 命名の前に、将来の日本には正当な日本人が増えることが不可欠と考えています。今の日本社会は戦後のGHQの占領政策(日本弱体化政策)にまんまとはまって身勝手な事件や事故が後を絶ちません。このままだと日本は滅びかねません。
 それを食い止めるためにさまざまな手段を講じようとしていますが、みんな小手先の方法にしか見えません。最も効果的なのは、まっとうな精神を持った日本人を育てるために、縄文時代の日本の精神に帰ることだと確信します。


P5020010_R.JPG


【5月4日20:30ごろ、家族で合気道教室から帰ってくる途中の車中で、産気づいたので、帰宅後すぐ床につきました。そのあと陣痛が始まりました。みんなでむかし助産師だったおふくろの仏壇に無事生まれることを願って手を合わせました。】
  
 名は体を表します。どのような思いで親が命名したのかきっとのちに想像してくれるだろうと思います。
 一生背負う名前に縄文時代に使われていた「日本語」を取入れることにしました。日本語のルーツは一般的に記紀(古事記・日本書紀)とされますが、私は記紀の原典になったとされる縄文時代に書かれた「ほつまつたゑ」にあると考えています。

P5020036_R.JPG


【平成28年5月2日22時37分39秒。無事出産。体重3194g。母子とも異常なし。】

 「ほつまつたゑ」は日本独自の表記であるヲシデという神代文字である48文字(音)を使い五七調、一万行以上が、40アヤ(中国流の巻ではない)で構成されている抒情詩です。オシデ文字48文字はそれぞれ神であり、元素周期律と神々の配置が合致します。(「ふとまに」の図)

 アメミヲヤという創造神が宇宙を創ろうと思って「初(うぃ)の一息」を出すと、回転して子宮と感応する大壺ができ、その中に天地をつなぐ雨御柱(あめのみはしら)が立ちます。
 この柱は大きな柱と周りの8本の柱でできていて、ゴロゴロ車輪のように周り、地球上の汚れを吸い上げてくれるといわれています。その回転の中からプラスとマイナス、陰陽二元の分離がおこり、プラスの方はぎゅっと固まって赤いお宮(赤宮)に安置され、そこから日と男が生まれました。マイナスの方は白宮に安置されそこから月と女が生まれたといわれています。
 昔から日本ではお祝い事や慶びごとの時は「紅白」の幕や餅が使われます。赤と白、日と月、男と女が仲良く暮らすことが尊重されるのが日本です。赤と白が混じるとピンク色になりますが、これは桜の花びらがまさにそうです。日本を代表する桜の花は美しさとパッと散る潔さを感じます。

 
P5020104_R.JPG


【22:04 へその緒を切りました。物理的には親子は離れましたが、この時から心がつながります。】

 「ほつまつたゑ」によると、命名した「わかみこ」の「わ」は天地人の地、母の意味があります。
ちなみに「あ」は天・父、「や」は子ども・自分の意味で人地す(やわす・和す)、つまり、人は平和で白黒はっきりさせずに曖昧の中で丸く収めることが大事だということを表しています。「和をもって尊しとなす」(聖徳太子が作った十七条憲法の条項)
 「か」音は炎を生じ日となり赤宮に、「み」音から水が生じ白宮に納められたとされます。「こ」は明治以降、女の名の最後に付けられる慣習があることから、これらを組み合わせて「わ・か・み・こ」と命名しました。第5子は「さわみこ」です。

P5020137_R.JPG


【23:20〜 沐浴。今回は兄弟が応援してくれたので楽でした。】

 我が家では祝日だけではなく毎日、紅白で彩られた日の丸を揚げます。日の丸は日本の国旗であり、国の象徴でもあります。
 また、第二の出産である胎盤が排出できた出産翌日の5月3日は那覇市で建築中の伝統木造住宅の上棟式でした。その際、鬼門に向かって屋根の上に矢を立てますが、矢を放つ弦の上下を結ぶ曲線(握り)部分を「紅白の布」で作ります。

P5030093_R.JPG



【胎盤が排出しお産が完全に終了した5月3日に、設計した那覇市の住宅の上棟式で上げた弓矢。】

 第五子以降の女子はすべて平仮名表記です。なぜなら、象形文字である漢字が伝来する以前から、日本には古代文字として魂のこもったりっぱな日本語があったから、それを残そうと思っているからです。

「ほつまつたゑ」にみる言霊(ことだま)を使って命名した「わかみこ」は、日本人の精神を持った女として、これからの社会を争いごとの少なかった古代日本へ導いてほしいという願いが込められています。
                                      (平成28年5月5日)父

P5060034_R.JPG


【出生届けを役場に提出する5月6日の空。今日も茶の間から日の丸が見える。】

P5060044_R.JPG


【お姉ちゃんになった「こだまこ」(2歳)】

P5060038_R.JPG


【5月6日 大あくびをする「わかみこ」。】
posted by 塾長 at 09:03| 教育・子育て

2016年05月03日

第九子の出生!

 昨日(5月2日)22時37分、第九子が自宅にて出生しました。(3194グラム)
母子とも元気です。ありがとうございました。
日本人らしい生き方をして欲しいと願いました。ここに、謹んでお知らせいたします。

P5020042_R.JPG


【5月1日は第五子のさわみこ、5日は長女の依奈(えな)が誕生日なので、我が家ではゴールデンウィークならぬ「バースデイウィーク」となるようです。】

 また昨日は、間接的ではありますが、熊本地震の激震地・南阿蘇村、西原村に20年以上前に設計・施工した大型木造の印刷所、個人住宅(木造)が倒壊せず無事だと聞きました。被災地の一日も早い復旧を願っています。(西原村に拠点を持つ建設コンサルタントの友人によると、全壊 約40%、半壊 約40%、軽微 約20%の割合(目視)だそうです。)

 なお本日(5月3日)は、建築中の木造住宅の上棟式があります。地球の強大な力を吸収・分散して緩和する日本独自の柔構造の住まいを一戸でも増やしたいと思っています。

(熊本城はこれまでのRCに変わり、柔構造の「木造」で再建されること重ねてお願い申し上げます。)
posted by 塾長 at 06:43| 教育・子育て

2016年05月01日

「熊本地震」支援募金活動と建前その後!

去る4月29日、沖縄熊本県人会の会員として、「熊本地震」に対する支援募金の活動を糸満市の平和祈念公園で行いました。前々日から家族で募金箱を作りました。前日、熊本県に連絡してくまモンのイラストを使うことを届け出ました。

家族10人で会場に向かいました。毎年この時期は太平洋戦争で亡くなられた方々を全国の遺族がこの地に集い、戦没者を慰霊し、将来を担う子どもたちの幸福を願って鯉のぼりを揚げます。

私たち家族10人は、作った募金箱にくまモンのイラストなどを貼り、「災害疎開」の紹介もしました。「おはようございまーす!募金、よろしくお願いしまーす!」と子どもたちがお願いしました。
以下に、その様子をご紹介させていただきます。
http://www.otv.co.jp/newstxt/index.cgi?code=20160429181733(沖縄テレビ OTVニュースでも紹介)

浄財の約18万円の浄財は熊本県に送らせていただきます。

P4290013_R.JPG

【自分たちで作った募金箱を首にかけてスタート。掛け声はいつもの通り、「がんばるぞー、エイ、エイ、オーッ!!」】

P4290098_R.JPG

【通学路問題と同じ。やはり目の高さが大事。こわもてのオッサンより子どもの目線が親しみが持てると思い私はわき役に・・・】

P4290071_R.JPG

【一番人気は第八子の「こだまこ」(2歳)】

P4290051_R.JPG

【支援は国境を越えて・・・。「サンキュウ、サンキュウ!」】

P4290176_R.JPG

【募金する子、受ける子。幼児同士の交流もできたかな。「あ・り・が・と。(こだまこ・向かって左)」「あ、はい!」

P4290228_R.JPG

【5月10日が第九子の出産予定日の妻や重度障がいの万然を含め総勢10名が主力で募金活動しました。】

P4290180_R.JPG

【午前11時になると、メーンイベントの大きな「こいのぼり」が広場で揚がり始めました。全長30mだそうです。】

P4290260_R.JPG

【家族10人(プラスワン)で、頑張りました。少しでも気持ちが熊本の被災者に届けば本望です。】

P4290272_R.JPG

【最後に渡辺熊本県人会長が主力として頑張った子どもたちにお礼の言葉がかけられました。こちらこそ、多くの見知らぬ方々の温かな心に触れて、あるいは励ましをいただき、感謝しております。】 

P4290297_R.JPG

【大地震の被害にめげず、前を向いて頑張ってほしいと願っています。遠いですが沖縄から復興を願っています。滝をも上る鯉のように、逆境を乗り越えてほしいと思います。「心に鯉のぼりを揚げて、頑張りましょう!」「災害疎開」もどうぞご遠慮なくお申し込みください。熊本弁が通じる木造の家と同郷の気持ちが待っています。】

午前中で募金活動を終え、午後は震災を経験後、沖縄に投宿して建前をされている那覇の現場へ・・。学習会後の状況を写真でご紹介します。

P5010043_R.JPG


【4.5寸から7.5寸勾配を駆使てなめらかな曲線を出してもらいました。以前、法隆寺の大改修で瓦を外したら屋根が浮き上がった話を本で読みましたが、この現場でも垂木を打ったら止めているモヤが浮きました。瓦を葺いたら重みで安定すると思いますが、法隆寺の話を実感しました。】

P5010046_R.JPG


【軒の納まり】

P5010089_R.JPG


【心柱からの見上げ】

P5010114_R.JPG


【「熊本地震」で熊本城の屋根瓦が落ち、石垣も崩れました。昭和35年、RCで再建された天守閣は重い剛構造。400年前の上下(瓦・石垣)の柔構造では無理があったと考えます。大地の大きな揺れを吸収・分散する柔構造の伝統木造で再建されることを願っています。】
posted by 塾長 at 14:53| 教育・子育て

2016年04月26日

木造文化フォーラム(8回目)と現場状況

おはようございます。

木造文化フォーラムと現場の状況をお知らせします。

4月23日(土)午後4時から1時間、木造文化フォーラムを開催しました。
よく調べたら、案内チラシに書いていた第7回は「第8回」の間違いでした。訂正いたします。

フォーラムには19名の参加がありました。ゆっくり解説する時間がないので、写真説明でご理解願います。
また、その後の現場の進ちょくを25日現在でご紹介いたします。
学習会の意義を理解し、現場を提供していただいた施主様に感謝申し上げます。

P4230082_R.JPG


【まずは、「空っぽな建築」ではない意味を説明。同じ強度の鉄筋やコンクリートで作るのではなく、生まれも癖も強度もまちまちの木を生かして「組み上げる」木造の奥の深さを最初に話しました。】

P4230019_R.JPG


【小屋組の説明。敷桁入りの折置き組は最上級の小屋組。単に沖縄の工法を踏襲するだけではなく、軒の出を深くして壁を守る工夫を説明しました。】

P4230038_R.JPG


【同上。皆さんご熱心で・・・。】

P4240001_R.JPG


【床組の説明。足固めと土台の二重構造。当然、床組みの剛性は上がります。】

P4250246_R.JPG


【石場立ての柱。石口合わせは大変な作業。柔構造には欠かせません。】

P4240016_R.JPG


【隅角部の納まり。隅梁が隅角部を固定します。】

P4230066_R.JPG


【マス組の説明】

P4230107_R.JPG


【上棟式に用いる矢のいわれを棟梁が説明。間竿と使い方や図板の説明もありました。】

これからは、フォーラム後の進ちょく状況です。

P4250114_R.JPG


【マス組作業中】

P4250141_R.JPG


【マス組完了】

P4250173_R.JPG


【彫刻入りの平虹梁】

P4250201_R.JPG


【マス組上部の梁には6本の大栓でつなぎます。】

P4250239_R.JPG


【海老虹梁の曲線が何とも言えません。世界に冠たる日本の木造技術、隠れた文化を今後も継承していく責任を感じております。】

以上
posted by 塾長 at 09:24| 建築

2016年04月19日

「熊本地震」 「災害疎開」

今月14日以降の一連の地震で被害に遭遇されたふるさと・熊本のみなさんにお見舞い申し上げます。

私の妹家族とも未だ連絡がついていませんが、できることをしたいと思っています。建築士として、また平成7年当時、日本建築士会連合会の青年委員長として、全国青年委員長(部会長)会議の席で、応急危険度判定士制度の早期実現を緊急動議として議長提案し了承されました。
そのような経緯から、要望があれば積極的に現地に飛びたいと考えています。

ただ、8人の子どもの世話、うち一人は重度障害を抱え、もうひとりは満2歳の幼児、そして臨月に入った身重の妻(自宅出産雄の予定)のことを思うと、短期にしか家を空けられないと思います。

在沖熊本県人会の会合に、戦時中、沖縄から熊本へ疎開されて助かった方々がお礼に来られたことがあります。そのことを思い出して、今度は熊本から沖縄に疎開されたらどうかと考えました。

幸い、我が家には林間学校で使用する学習棟(18畳)が現在未使用です。流しは外のテントですが、シャワーやトイレは付いています。(床はタタミ、壁は本漆喰、天井は伝統構法の表し)子どもだけなら15名は十分、宿泊可能です。

疲労とストレスで相当精神的、肉体的に参っておられる方のなかで、上記の条件でもよければどうぞおいでください。熊本弁が通用します。

また、気候が温暖で毎日25度くらいを推移する温暖な沖縄で数か月を過ごすのも、一つの手だと思います。

数年前、台湾建築師公会を訪ね、無被害地区と被害地区の助け合いを行うアジアエンジニアネットワークシステムを沖縄県建築士会で活動したこともあります。
今回は米軍普天間基地からオスプレイも応援に駆けつけてくれたようです。

命にかかわるときは、国境や地域を超えてお互い助け合いしましょう。
本日、熊本県庁の住宅課、建築課(各課長)には電話連絡をしました。また、在沖熊本県人会の渡辺会長にも協力依頼をしました。(4月24日沖縄タイムス社会面)(OTV報道取材)

災害疎開にどうぞ、ご理解、ご協力賜りますよう、お願い申し上げます。(後藤)
nuchiyuruya@salsa.ocn.ne.jp
明日の建築士会中部支部総会でも、協力依頼してきたいと存じます。

全景.JPG

【災害疎開先の環境教育施設兼自宅の「ぬちゆるやー」。右端が学習棟。】
posted by 塾長 at 11:52| その他

2016年04月11日

木造文化フォーラムのご案内と「紫微鸞駕」寄稿

第7回木造文化フォーラムを来る4月23日(土)開催することにしました。
ここに、その案内チラシを掲載します。
新聞にも案内が載るかと思いますが、事前にアップいたします。

JPG案内.jpg


 また、沖縄県建築士会中部支部の総会時発行される「紫微鸞駕」への掲載予定の原稿もできましたので、先にアップいたします。(HP用に一部写真を追加しています)

現代建築考 「空っぽな建築」 
          社会的企業じねん(自然)組一級建築士事務所 後藤 道雄

P3260051_R.JPG


P3270089_R.JPG


P3260009_R.JPG
(追加写真)

【高校入学を記念して子どもたちが作った自転車小屋。ちゃんとコミセンで締めます。】
P4100012_R.JPG


P4100002_R.JPG


【同様にみんなで作ったベランダ。ちなみに、床は足場用道板。(可動式です)】
【伝統建築で育つ子どもたちは家から多くを学びます。】
【差し金や木の使い方、建て方まですべてが勉強。】

P4100001_R.JPG


【渡り廊下の屋根も子どもたちが作りました。(追加)】

P3300054_R.JPG


【崖の上の礎石保護のために犬走のコンクリート打設。古いミキサーを使って練ります。(追加)】

P3300031_R.JPG


【左官さん顔負けの小手さばき。(追加)】

P4060015_R.JPG


【完成。これでがけ崩れを多少防止できます。バケツリレーでコンクリートを運んだ子どもたちも達成感100%。(追加)】

【はじめに】
 建築の設計・施工に携わる仕事を始めて46年になります。これまで自分なりの建築哲学をもって取り組んできました。しかし最近、戦後の建築は立派に見えますが、中身は空っぽなのではないかと思うようになりました。以下は、その分析です。

 建築は目的によって種類や構造もさまざまです。また公共もあれば民間もあります。建築士はそれぞれ得意分野を生かして社会の要求や個人の要望に沿って建築を生み出し、設計分野ではデザイン性や機能、施工分野では新技術や工期短縮などに独自の考えを仕事に生かしているようです。
 しかしここにきて思うことがあります。それは建築、とりわけ誰にも共通な住まいについて取り上げてみます。住まいも持ち家や貸家、RC造や木造など価値観や家庭事情によって千差万別です。しかし、どの家どのアパートでも建築士の誰かが設計していることだけは事実です。設計理念は何なのでしょう。
【自然との共生・調和 人間中心から地球中心へ】
 共通するのは建築当時の建築士がその当時の合理性、快適性を追求していることです。近年は景観や緑化などに配慮した家が増えましたが、戦後一貫して変わらないのは「人間中心主義」です。
 残念ながら建築行為は大小にかかわらず、自然を破壊する開発行為です。基礎工事が始まった時点で、地下・地上の生態系が破壊されます。ミミズやモグラ、バッタやチョウなど野生動植物の生存権が脅かされます。ただ、人間も自然界の動物ですから生きる権利はあるので、自然保護だけに偏らず、人間以外の生きものとの共存を図ればよいものと考えています。
 つまり、必要最小限の開発に努め、野生動植物の生存権に配慮することです。トンボやチョウは好きだけど、蚊やハエは嫌だという人がいます。しかし、蚊がいないとトンボやコウモリは困ります。一晩に多くの蚊をたべるからです。また、ハエがいなければ地球上は死体だらけです。ハエは天然の分解者です。

全景.JPG


【我が家。4つの棟でひとつの住処(すみか)。地形に合わせて礎石を配し柱の長さをすべて変えて建てました。屋根も周囲の樹高に合わせました。木と石と土と紙を日本の伝統技術でつなぎました。自然との共生がテーマで別名「ぬちゆるやー」(命が寄ってくる家)。今夜もカエルの合唱で眠れぬ幸せな夜を過ごしています。】

 我が家を少しだけ紹介します。木造平屋ですが、基礎はすべて琉球石灰岩の礎石です。山の斜面に建てましたが、地形は元のままです。したがって土壌生態系はほぼ以前のままです。
樹木も建物にかかる以外はすべて残しました。先住者として一部、ベランダの中にも残っています。地上の生態系を最小限に抑えたからです。
 なぜそうしたかというと、「人間中心」ではなく「地球中心」の考えからです。大地震や大津波を見てわかるように、自然力には人間の力は遠く及びません。だったら、地球のふところにいだかれて、あるがまま、つつましく生きようと思ったからです。

【日本人の自然観】
もともと日本には上記のような自然観がありました。変化があったのは明治以降の西洋の自然観の導入です。神に似せた人間が一番偉く、自然は人に服従、科学文明によって自然は征服できるという宗教観が底流にあったと思います。
 しかしながら、その後の自然大災害をみれば、人間のおごりにそろそろ気づいてほしいものです。そう考えると、国土強靭化政策で高台移転や巨大な防潮堤は人間の浅はかな行為として映ってしまいます。

 漁村は海の間近がベストだし、温泉は火山近くにあるのが一般的です。つまり、自然の脅威(現象)と共存してきたのが日本人の自然観です。
 自然の大規模な変化あれば、逃げる。あるいは小さな前兆に気づく感性を常に持ち合わせるのが、災害を最小に抑えることのできるコツだと承知しています。

P3030060_R.JPG


DSCF8644_R.JPG


【上:2世帯住宅(那覇市)と下:龍が昇る家(北中城村)。私は伝統的木造住宅しか設計しません。なぜなら、世界最高水準の伝統技術と日本文化を継承できるからです。】

【建築生態系の在り方】
 我が家から学ぶことはたくさんあります。なぜなら、単に住処は寝て食べて排することだけではないからです。
 建築後9年経っても呼吸する木の家は生きています。呼吸しないコンクリートやアルミサッシ、ビニールクロスなど一切使っていないので、常に生きものと接触している感じです。時には子どもにある時は母のように、またある時には恋人のように感じます。相手が生きものだと、子育てと一緒でなにかとわずらわしさが付きまといます。
 維持管理の不要な、いわゆるメンテナンスフリーの材料を多用した家は、生産・消費・廃棄エネルギーが大きく、なによりも自然の摂理に反しています。
 我が家の建築素材は木をはじめ草や土、石などの天然素材がほとんどで、放っておけば自然に還るものばかりです。近年の住宅は多種少量ですが、我が家は少種多量です。
 森のように生産・消費・分解さらに生産、を繰り返す循環型の地域は閉鎖型の自然生態系といわれ環境負荷が小さく、安定的で永続的と言えます。
 逆に川や都市は外部からの栄養で成り立つので開放型生態系(オープンシステム)です。開放型は入り口、例えば川だと上部にダムを作る、都市だと輸入、移入を止めると生態系は破壊します。閉鎖型に比べ不安定でいつ壊れるか心配です。
 破壊行為である建築がせめて自然生態系のように地域内、せめて国内の自然素材で作り、運用後は地域の自然に戻すという「建築生態系」がクローズドであれば、環境負荷は少なくて済みます。その生態系が全体の自然生態系の中で生かされるのが自然の摂理に叶っていると考えます。

DSCF5173_R.JPG


DSCF5324_R.JPG


【(上)本来、日本建築は柱で持たせる。柱を足固めでつなぎます。(下)木の癖を生かした小屋組(ハネギの施工)。】

DSCF5148_R.JPG


【隅梁の納め方(追加)】

P1100044_R.JPG


DSCF3950_R.JPG


【(上)玄関壁にこて絵を製作。下は子どもたちにさまざまな鏝(こて)の使い方を説明する左官。(北中城村)】

DSCF3948_R.JPG


【さまざまな鏝(こて)(追加)】

DSCF3907_R.JPG


【こんな小さな鏝も・・・】

【空っぽな建築論】
 さて、前段の考えに沿った上で本題の「空っぽな建築論」に移ります。戦後の建築は資材が乏しく、屋根がトタン葺きのバラック建ての簡素な住宅でした。その後国の高度経済成長とともに、耐火性、耐震性の高い住宅に移行していきます。さらにプライバシーを尊重した個室に気密性や快適性を兼ね備えていきます。これを「人間中心主義」が支えます。
 木造では規格化、工場生産化が進み、徐々に職人やノミやカンナなどの道具が現場から消えていきます。コンクリート造は耐震から免震、制振へと進化しています。ただ、木造と同じように数値化による対応が進む中で、住まい手から自然は遠のき、手入れ知らずのメンテナンスフリーの家が地上を覆いつくすことになっていきます。
 ではなぜ「現代建築は空っぽ」なのか?「空っぽ」には「空しい」意味もあります。例えば今の住宅は快適で便利、安全で清潔かもしれませんが、一方では気密性が良すぎて雨音も聞こえない、個室にカギが掛っていて家族でも容易に入れない、バリアフリーで体力・機能が落ちた、オール電化で停電時お湯も沸かせない・・など新築しても空しい気持ちにおちいる家庭が増えています。
 大金を払って健康・健全な家庭を願って建てたとしても、引っ越し後、引きこもりや家庭内別居、病気がち、ケンカが絶えない、密室化で犯罪の温床になったという事件も多々見受けられます。つまり、家の物質的な品質は上がったとしても、なかは「空っぽ」というわけです。

DSC00710_R.JPG


DSC00699_R.JPG


【心柱に使う柱を「空師(そらし)」に依頼。「ごめんなさい」と声をかけ伐ります。(宮崎県綾町)】

 原因はなにか?それは住宅に「文化」がなくなったことです。住宅を物理的にだけとらえ、「頑丈なモノ」としか評価しないからでしょう。木造でいえば白アリが食べない木や燃えない木にするために薬液浸けにする蛮行が横行しています。それを支持する住まい手もたくさんいます。建築の中でもせめて住宅くらいは規格化、機械化の圧力から少し離れ、工業化製品の組み合わせではなく、自然素材を使った職人技がいたるところに見受けられるようであってほしいものです。
 そうすると住宅は単なる「モノ」ではなくなります。木を切る「空師」から製材、大工、建具まで木を扱う職人の魂が吹き込まれるとモノは「生きもの」になります。当然いとおしくなるものです。その魂が日本の長い歴史で培われた「建築文化」です。
 日本には木を無駄に使わない、木の性格に沿った使い方をする木割り法や規矩術、尺間法があります。これらを総じて俯瞰するのは日本の自然と人間が共存共生する考え方です。

 建築の世界に限らず、米作りでも百姓は百の技を持たないとなれない、お米を作るには八十八の苦労があるといわれています。機械力・化学力によって自然をコントロールするのではなく、自然に畏(おそ)れを感じつつも、自然を生かして慎ましくコメ作りに専念しました。だから食べる人は自然や百姓さんに感謝し、お米を粗末にしませんでした。住宅も同様で機械力や科学力への依存が高まるほど家への愛情が薄れ、職人技もすたれたように感じます。

【おわりに】
 かつて故三島由紀夫が日本を憂って書いた言葉があります。
「・・・無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜め目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。・・・」と。

 戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が画策した日本弱体化政策にまんまと引っかかった日本。見た目には豊かに見える家庭や住宅も実は空っぽ。見るに忍びない監禁・虐待事件、保険金殺人や覚せい剤事件などは住宅を含めた単なるモノがあふれる社会で日本人の心が喪失した結果に他ならないと思います。

 最近の家々を見渡して果たして世界に誇る日本の建築技術と奥深い文化を感じ取れる手作りの仕口や建具はありますか?ほとんどの木造は西洋式の大壁づくりで、大工や左官の仕事を直接見ることができません。ビニールクロスやサイディングなどの材料で骨組みを隠してしまうので大工も左官も自分のした仕事を見ることができません。昔はカンナのかけ具合や木目の出し方を建て主に誇っていたものです。

 建築基準法をはじめ、品確法や瑕疵担保責任保険などで材料や工法の強度や品質は高まりましたが、これらの組み合わせでできた空間に日本の建築文化は見当たりません。つまり今どきの建築は、箱は丈夫でも中身は「空っぽ」なのです。
 木組みに限らず、ふすまや障子の製作、左官が仕上げる漆喰や聚楽土塗りに至るまで、土や木、紙などを使って作る日本の住宅には奥深い文化と技術が隠されています。
 それを紐解くと日本人の知恵や自然観が見えてきます。それを生かせば家庭から社会まで、また、生まれてきてから亡くなるまで、家の部分や全体から得る人生訓は計り知れません。
 住宅建築の世界はお互いの訴訟逃れのため明文化された品確法や瑕疵担保責任保険に依存していますが、もっと大切なことは、それ以前に重要なのは作り手、住まい手の信頼と価値観の共通認識でしょう。
 汚い言葉で綴る「保育園落ちた!」の匿名ブログを利用して、待機児童問題を国に迫るマスコミや低俗な政党を見ると、情けなくなります。子どもは自分たちの責任で育てるのが当然。私たち夫婦は8人の子育て(やがて9人)をしていますが、保育園に通わせていません。建築だけではなく、依存型の日本人の心も空っぽなのかもしれません。

 最後になりますが、建築士は建て主の要求に応じるだけではなく、独自の価値観と確固たる信念を建て主に理解してもらうことです。特にこれからの建築を担う若い建築士の方々には、50歳になるまでに百年耐え得る崇高な理念を持ち合わせることを期待いたします。
 「有機的で、中身が濃く、独創性があって、お互いに感謝し、メンテナンスに汗をかく住宅(住処)」が増えることを、切に願っております。(下写真:那覇市に建築中の住宅の図板と海老虹梁の原寸)
屋根勾配図板_R.JPG


海老虹梁原寸出し_R.JPG


道具.jpg


【こちらは大工さんお道具の一部。目的に合わせて各種のノミを使いこなします。日本の建築文化そのもの。(追加)】写真説明で(追加)とあるのは、「紫微鸞駕」の原稿には未掲載。理解を深めるために、HPでは掲載しました。
posted by 塾長 at 09:41| 教育・子育て

2016年02月25日

「通学路」と「馬ふんのたい肥作り」

 我が家の近況報告をいたします。

 2月10日、北中城村が「教育の日」の制定を記念して、中央公民館で学校表彰がありました。毎年、教育委員会主催で「学校教育表彰」は年度末に行われていましたが、今回は村長や議長、村議、教委、北中城小学校、島袋小学校、北中城中学校の教師も参加して盛大に開催されました。

 8年前、北中城村に家を建て引っ越してすぐ、当時の教育長にせっかく「教育立村」の理念があるのに、何もしていないのはもったいない!と進言していました。教育委員会主催の研修会でPTA役員を相手に名護の宿泊施設で講演をしたこともあります。

 教育は国造りの根幹をなします。日本が世界に誇れるもののひとつは、識字率が100%に近いことです。江戸時代の寺子屋を含め、明治以降、終戦後も日本は教育立国でした。社会秩序や治安の良さは世界でもトップクラスです。
 問題は知識偏重や体制批判ですが、近いうちに「道徳」も教科にはいるようなので、学校はくれぐれも正しく子どもたちに伝えてほしいと願っています。

 さて、先日の学校教育表彰で学校に通う6人の兄弟姉妹のうち、3人が表彰されました。小学4年の朴然は科学部門、同6年の麻衣は児童会の役員(児童会長)として学習・善行部門で、また中学3年の長女も教育・善行部門での表彰でした。

表彰式.JPG


【3人一緒に受賞(三女の麻衣は児童会代表として)。これからもこれを励みに精進してほしいと思っています。】

 朴然は沖縄県児童生徒科学展で最優秀賞と合わせて全国児童才能開発コンテストで「日本PTA全国協議会 会長賞」をいただいたこと(小学校には「学校教育賞」と記念品も出るそうです)、三女の麻衣は昨年に引き続き地上1mの子どもの視点で校区内の通学路を全校児童の参加で実施しまとめたこと、また長女の依奈は学業や生徒会活動などが評価されたものと思っています。

 昨年は次女の亜和(あや)が、長女は小学6年時にもいただいているので2度目の表彰でした。親としては、ありがたいことで、子どもにとってはいい励みになったと思います。

魔の.JPG


【2月7日夜、この電柱に酒酔い運転と思われる車が衝突しました。「命がでーじ!」と書いていた看板は吹っ飛んで、車の破片が散っていました。沖縄署に連絡して来てもらいました。毎朝、この下り坂を猛スピードで中学生を乗せた車が中学校へと向かいます。警鐘を鳴らすために、新しい看板を付けました。】

急げ.JPG

 
【自損事故のあった現場のすぐ近くの電柱にも啓発しました。】

ここは.JPG


【我が家の入り口近くにも看板を付けました。】

歩いて.JPG


【裏から見ると、こんな感じです。路肩の白線引きは先日、役場にしてもらっています。】

 通学路の安全確保については、私自身が20数年前、熊本の建築士会の青年部会長をしていたころ、建築士会とPTA、社協、老人会、交通安全協会などと連携した地域活動を熊本県内、九州で展開し、建築士会連合会まちづくり大賞グランプリを部会の通学路研究会が受賞しました。
 いまだに通学中の児童・生徒が事故に巻き込まれて犠牲になっていることを思うと、ハード・ソフト両面でもっと活動するべきだと考えています。

こはづきスコップ取り.JPG


【馬糞のたい肥ができたようなので、近くの農家にプレゼントすることにしました。たい肥小屋からたい肥おスコップ取りする小学1年の「こはづき」。】

さあみこ運び.JPG


【たい肥を運ぶ小学2年の「さわみこ」。】

こだまこを載せて.JPG


【小学4年の朴然がリードして坂道をリヤカーで運びます。馬糞と一緒に1歳最後の日になった「こだまこ」を乗せて・・・。結構、楽しいひとときです。】

渡し.JPG


【無農薬で栽培している近くの農家に渡した馬糞のたい肥。お返しにキャベツをいただきました。】

こはづきぬかマキ.JPG


【新しいたい肥作りに挑戦。馬糞に敷地内の落ち葉や米ぬかを重ねて作ります。】

62度.JPG


【次の日、たい肥内の温度は62度でした。馬糞がたい肥に変化中です。】

手合わせ.JPG


【最後の1枚は最近の「万然」です。両手を合わせるしぐさに家族は感激。時々、声を出して笑うこともあります。ささやかではありますが、家族にとっては限りなくうれしいものです。】

蜂楽饅頭.JPG


【2月は3人誕生日があります。8日は麻衣、21日はこだまこ、24日は家内です。火鉢で家内の好物の蜂楽饅頭を焼いているところです。】

P2210370.JPG


【これは、「こだまこ」2歳の誕生日ケーキです。家族の手作りです。】






posted by 塾長 at 19:42| 教育・子育て