2023年04月09日

法隆寺は30年

現在建築中の住宅は令和2年10月10日に地鎮祭を行ったので、約2年半かかっています。長い工期のようですが、世界遺産になった法隆寺は約30年かかったと言われています。

日本の伝統の伝統木造にこだわり、現在の法律(建築基準法等)にも合致させながら進めるにはなかなか「さっと」は完成はできません。

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【蓑甲の入母屋、一部葺き降ろしの玄関屋根に鬼瓦が座り、やっと全貌が少し見えてきました。】

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【大屋根の鬼瓦は龍と虎でした。】

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【玄関の鬼瓦は「鳳凰(ほうおう)」です。ともに人間国宝の「渡部 一馬(わたなべ かずま)」さん(愛媛県今治市)の制作です。取り付けは地元の島袋瓦工場。取り付けた瓦職人の大城さんもずいぶん苦労していましたが、立派に鎮座しました。】

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【シャチ支え。鯱の空洞部分に箱棟から斜め75度で突き出したヒノキの棒を入れます。しかしなかなかシャチの空洞部分と合わないので娘の亜和(あや)がノミを使って削り合わせたようです。水切りの鉛板も見えます。】

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【そしてセット。】

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【我が家のアマリリス。今年も無事開いてくれました。】

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【ウサギが4羽、生まれました。春ですね。】

生きていれば、仕事をすれば、動けば・・・なにかと思った通りには行かないし、腹の立つこともあります。何もしなければ、怒ることも悔しがることもないかもしれません。しかし、僕はいまだに青春時代、いや少年時代のような気持ちなので、夢に向かって邁進します。

時々、身近な自然の営みに心を奪われることで心の鎖が解けるのでなんとか生きているのかもしれません。特にこの住宅には思い入れがあって設計も施工も並ではありません。長い工期に対していろいろ言う人もいますが、信念をもって完成まで頑張りたいと思います。後世のためにも・・。
posted by 塾長 at 06:52| 教育・子育て

2023年03月28日

鬼瓦つながり

やっと玄関小屋根の鬼瓦が座りました。鯱(しゃち)はまだです。コツンと作業中に当たったら大変なので最後の最後に据えるようです。

施主直接の発注なので金銭関係はありませんが、下地を作る大工さんや取り付ける瓦師と調整が必要です。従って再三再四打ち合わせをし、電話でも渡部鬼師と話しました。人間国宝でもある渡部一馬鬼師は愛媛県今治市在住で、製作された鬼瓦二体や逆さ獅子四体、シャチホコ二体はいずれも自分で沖縄まで陸路で運ばれました。一泊だけ我が家にお泊りになり歓談しました。

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【時間はかかりましたが、やっと玄関小屋根に鳳凰の鬼瓦が座りました。シャチ支えが立っているところにシャチが座る予定です。現在、下り棟の施工中です。大屋根の方は終えていますが、棟熨斗は9段でした。形は小さいのですが小屋根の鬼瓦の付く熨斗はなんと12段になりました。鬼瓦の高さに合わせたのですが、勾配や幅などにも大変気を使いました。完全に終わってからまた写真をアップいたします。】

そんな縁があって先日他のお土産と一緒に里芋が送られてきました。この1年は家内が仕事に出るようになったため畑仕事もままならなくなっていましたが、昨日、空いたところに里芋を植えました。

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【いただいた里芋の種芋を即興で耕した畑に埋めました。馬糞のたい肥を施してるのできっとに鬼瓦と同じような立派な実をつけると思います。】

これから先は最近の心然(4歳)の活動の様子です。

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【脳性麻痺の障がいをもつ特支5年生の万然の送り迎えに使う福祉車両の手伝い風景。車いすを載せるためのスロープを出しているところ。】

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【今朝は6時から家族で掃除やエサ上げをしました。家のの前の道路側溝には地下水が流れています。その中にいたモクズガニとテナガエビを見つけました。カニの甲羅をさわったり、エビを直接握ったり・・・。豊かな自然に豊かな感性が宿ると信じて子育て中です。】

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【車に合った仕事用のヘルメットと巻き尺を見つけると、さっそくカッコつけていました。将来何になるのだろうか?楽しみです。】
posted by 塾長 at 10:39| 教育・子育て

2023年03月25日

現在・過去・未来・・・タイムカプセル、水車小屋周辺。

世界は激動していますが、小世界の家庭でも今週も目まぐるしく変化しました。いちいち書き残す余裕はありません。一日一日が本当に貴重で、かつ、忙しく、睡眠時間もままなりません。

しかし、2度と来ない今日を目いっぱい生きていくようにしています。

22日は中学校を卒業したばかりの「さわみこ」が同級生と一緒にタイムカプセルを敷地の空いたところに埋めたい、というので場所を決めて上げました。

時を経て見たくなったらいつでも見えるところがいいだろう、と思い、玄関に向かうスロープ脇に決めました。三人娘が穴を掘り、5年後の20歳になった時開けるような「タイムカプセル」です。

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【深さ60センチの穴を掘りました。】

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【タイムカプセルの中身は「手紙」と後藤家・自家製の「梅焼酎」。5年後20歳になっているので、お祝いで「お酒」を飲むそうです。まぁ、いいか!】

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【穴を埋め戻して完了。5年後熟成された梅酒をいただけるならいいが・・・。】

スロープの下には水車小屋があります。下に池を作っています。池には近くの湧水地・タチガーから流れ来る地下水が流れ込みます。

この池は15年前、住まいを建てた時一緒に作りました。林間学校を同時開催し、参加した子どもたちが木組みを体験しました。

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【子どもたちが釘を1本も使わず建てた水車小屋。この経験で子どもたちが何を学んだのか。一度聞いてみたい心境です。全員二十歳を越えていると思います】

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【スロープの先に玄関があります。ただ現在は「緑のトンネル」になっています。】

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【2年前には「屋根の草刈り」をしました。】

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【時々、上流から流れ込む土(ヘドロ化)を家族で取ります。】

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【現在、池には闘魚が棲んでいます。】

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【テナガエビの寝床にもなっています。モクズガニもいました。】

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【草刈りの草は軽のボンゴに2〜3日入れておきますが、草にまみれてカマキリがいたのでしょう。運転席の窓にいました。元に戻しました。】

半自然のなかにある住まいには、シリケンイモリやキノボリトカゲも一緒に棲んでいます。オキナワオオコウモリの棲家も近くにあります。緑地と水があるからでしょう。名の通り「ぬちゆるやー」(いぬち(命)がたくさんゆって(寄って)来るやー(家)の現在の状況です。

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【沖縄建設新聞社の伊佐記者。連載コラムの契約を交わす。】

また昨日は沖縄建設新聞社と連載コラムの1年契約をしました。昨年11月末で隔月、1500字程度の「建設論壇」を担当しましたが、今回は毎月1回、約800字程度です。ただ今回は写真が入るのでもっと読みやすくなるかと思います。初回は6月9日掲載される予定です。

伝統建築に宿る日本の木の文化を中心に、時には建設業界や行政にも辛口を書くかもしれませんが、もっと日本が好きになるようなコラムにしていきたいと思います。未来に向かって・・・・
posted by 塾長 at 16:29| 教育・子育て

2023年03月12日

4歳児の洗たく風景

今日は日曜日。家族で草刈りや清掃、エサ上げをしました。いつもより2時間遅いスタートです。
10人きょうだいのうち一番下の心然(しんねん)の行動は危険と隣り合わせなので、どうしても目が離せません。

今日は側溝掃除の際、三角分岐点(側溝下流と池に水路が分かれる分岐点)にいたモクズガニの赤ちゃんを見つけて大喜びでした。


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【作業途中でバナナの実を見つけました。沖縄はこの1週間、昼間は24℃まで気温が上がります。】

一通りの作業を終えて家に着くと洗たくを始めました。

まずはTシャツの上に着ていたジャンパーを洗って干しました。

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【シュワッチ!!】

せっかくなので4歳児の洗たく板を使った洗たく風景をのこそうと思い、ジャンパーの下に着ていたTシャツを洗う所を記録しました。

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【着ていたTシャツを脱ぐと洗たく板に伸ばして洗たく石鹸を付けて、ゴシゴシ、洗たく板の上で「もみ洗い」】

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【「もみ洗い」が終わると洗たく板をひっくり返すして「ゆすぎ」に入ります。「洗い」のときは洗たく板のひだの目は上向きですが、「ゆすぎ」になると逆転し下向きのなります。つまり、「洗い」のときはせっけん水がひだに溜まり、「ゆすぎ」のときは水が切れやすくするための先人の知恵です。】

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【ゆすぎ上がったら、絞ります。】

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【パン、パンと上下に振って、しわを伸ばします。】

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【そして木のベランダに干しました。】

大家族、ひとり一人が自分で自分のことをしてくれると助かります。また、洗たくや掃除、茶碗洗いなどが小さいころからできると、自立した時、自分自身が助かると思ってできることはさせています。

洗たくの後ティッシュペーパーの箱をあっという間に、片づけました。

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【小口にある穴に指を入れ、長手のつなぎ目を手で開き、開いて見えてきた取り出し口付近のビニールをはぎ、折りたたむ。早い早い。最後は得意の「シュワッチ!」ポーズをとっていました。「ウルトラマン太郎」ではなく「ウルトラマン心然」です。】
posted by 塾長 at 14:18| 教育・子育て

2023年03月11日

地道な活動も楽しく・・

3月9日の取材が琉球新報で記事として11日の朝刊に掲載されました。
今日の中学校の卒業式に合わせてありますが、内容はほのぼのとしていてさわやかな記事に仕上がっていました。

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【一面の「きょうの紙面から」に紹介されていました。】

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【記事の内容に少し説明を入れないと分かりにくく誤解が生じるといけないと思って記者の人に昨日連絡したら、理解したうえで修正がされたようです。(最初のゲラを見たわけではありませんが・・)】

卒業式は今日9:30からです。卒業式にふさわしい記事になったと思っています。琉球新報さん、ありがとうございました。

最近は夜が当てるのが幾分早くなりましたが、冬場は6時というとまだ真っ暗です。懐中電灯を頭に付けたり、首から掛けていくこともあります。私は一緒に行くことは少ないのですが、少し遅れてでも係留の状態を確認にに行ったりします。

どちらかというと家の周辺一帯の清掃が主で、その一環として中学校での馬・ヤギの除草(エサ)があります。ほぼ毎日連れて行っています。

当初は学校で決まった日にPTAでの除草活動が計画されますが、子どもが10人いるとその日や時間帯に参加できないときがあり、当時中学生の朴然が生活指導の先生に「馬を連れて来てもいいですか?」と相談しました。
その時「いいよ。」となったのがきっかけで、その後、毎日連れて行くようになりました。

学校も日ごろの草刈りが馬やヤギでできるため良し、我が家も草刈りの量が減るから良し、馬やヤギも除草剤の掛かっていない草を食べられるし広くてストレスも減るから良し、近所のお年寄りや幼児たちが見学に来ることもあるから良し…となった次第です。

ところが中学校まで約450mあるので朝早くから登校前に往復しなければならず、野性的に育てた与那国馬や島ヤギは簡単には引けません。しかし本来の目的である「言葉が通じなくても、気持ちはつながる」というのが我が家のモットーを「地」でいっています。

このような考えを林間学校でも伝えています。小児脳性マヒになって目が見えず、体も不自由な小5の万然との対応にも通じる話です。

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【中学校への馬・ヤギを毎日連れて行って連れて帰る活動も「言葉の通じない野性的な生きものとの対話をどうするか」という課題から出発しています。野性マヒの万然を下のきょうだいがバギーに乗せて裏山の坂道を散歩します。言葉は通じなくても、きっと心は通じていると確信します。】

この坂道を含め、家周辺の道路や側溝、花壇などの清掃しますが、裏山の農道を通る人は限られていて少ないのですが、人が見ていようが見ていないだろうが関係なく、地道ではありますが明るく楽しい活動を今後も林間学校の教材としての生きものたちと一緒に暮らしていきたいと思います。

みんな家族の一員ですから・・・。
posted by 塾長 at 07:50| 教育・子育て

2023年03月10日

名ばかりの木造、形だけの日本人

木造住宅率が沖縄で格段に増えつつあります。タイムス住宅新聞で木造住宅の連載を始めたのが「木暮らし」15回(2007年1月〜2008年3月)が最初。その後、
「新・木造考」15回(2009年11月〜2011年3月)、
「木霊(こだま)のひびく家々」9回(2014年5月〜2015年1月)、
「細部から文化が見える」36回(2017年10月〜2021年9月)と続きました。
最近は専門紙ではありますが、沖縄建設新聞1面の「建設論壇」で1年間、6回連載しました。

途中、RBCでドキュメント番組「ウチナー紀聞」(30分)や「生きもの・たてもの紀行」連載(タイムス住宅新聞)もありました。
小学校をはじめ、那覇市役所や浦添市教育委員会主催の講演会などで伝統木造住宅の講演や実演、展示などを行いました。

それらの活動が木造住宅への理解につながったとは言い切れませんが、一定の関心は高まったのではないかと思っています。

また我が家をはじめ自ら設計した沖縄市や北中城村の住宅が、全国レベルでの賞をいただいたことも社会や専門職の方々にインパクトを与えたと感じています。

わずか1%だった沖縄の木造住宅率がいまや戸建てに関しては半数を占める勢いです。しかし問題は連載やTV、講演会などを通して訴えた木造に秘められた文化や技術、日本人の心などはほとんど浸透していないことです。

今時の住宅には残念ながら構造材や壁、床下地が見えないほど断熱材や遮熱材を入れます。一体何造なのか分からなくなります。
基本的に私は、断熱材は入れたくありませんし、入れません。

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【断熱材・遮熱材は入れないのが私の原則。入れれば壁内通気が悪く、シロアリが来ても「蟻道」さえ見えなくなる。特に沖縄の寄棟は、棟木付近に乾燥した暑い空気が溜まるので、木材の内部組織が壊れ強度が弱まる恐れがある。また100℃近くなると低温発火する可能性もある。暑さ寒さもほどほど感じながら、建具の隙間から雨音が聞こえるくらいの方がいい。(過去の住宅設計の木組み)】

ただ、施主のたっての希望や国の制度によって入れざるを得ないときもありますが、その時は木に向かって「ごめんね。」と言っています。
木に謝らなければならないのは他にもあります。私は使いませんが人工乾燥された木や薬液注入された木です。かわいそうにモノが言えない木たちは高温や薬剤によるストレスをかけられても、黙って辛抱しています。
人間に都合のいいように使われて頑丈な「木造」として宣伝されていますが、実際大工さんに聞くと人工乾燥材はスカスカで粘りがないのでカンナもノミも使えないと言っています。

自然の木は自然に使われた方が本望でしょう。シロアリとは共生するくらいの自然観を持った人しか私の設計は受け入れられないと思います。また、人工乾燥だと熱処理された木材はかえって木材内部の組織が崩れるため弱くなると思います。
省エネのために断熱材をたくさん入れる方向で建築基準法が改正されます。また一方で今後は一定の床面積を超えると構造計算が必要になりそうです。
これまでは4号規定があって、500u以下は建築士の力量で構造材の寸法は決めていました。いわゆる「経験値」です。

国はコンクリートや鉄骨造のような構造に木造を当てはめようとしていますが、木造は生きた木を使うので、うまくいくはずがありません。RC造やS造とは異なり、同じ断面寸法でも木材の場合は樹種や産地、乾燥の度合い、施工精度、組み方、継手の種類などで強度は相当差が出てきます。そんなことを国は読めないのでしょうか?

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【5日の日曜日、郵便局前の花壇に花を家族で植えました。スコップ掘りも堂に入っている心然(4歳)。そのあと地下水をもっていってかけました。】

またもって木や木造の文化性も今度の改正にはひとつも配慮されていません。私が「木造住宅」しか設計しないのは、木造、とりわけ伝統的な木造住宅には長い間培われた日本の文化が宿っているからです。逆に言うと木造以外の構造では文化性はみいだせないので設計したいと思いません。
それほどこだわるのはなぜかというと、日本人が日本人らしくなくなったからです。日本の衣食住が戦後一変しました。明治以降の西洋文化の取入れのせいもありますが、今は特に戦後の快適便利の追求や使い捨ての文明、快楽主義におちいったためだと考えています。

木材の切り込みは面倒な手刻みをせず、機械任せ。規格の建材を張り合わせて断熱材を四方に入れて人工空調。自然疎外の暮らしで暑さ寒さを楽しむ感性はどこへ行ったのでしょう。
自然を親しむとして戸外に出ても、家に帰ったらエネルギーをいっぱい使って汗をかかない生活をしていては、省エネどころではありません。

長い歴史を持つ日本は、自然との親和性に富んでいました。日本の三大随筆と言われる「枕草子」や「方丈記」、「徒然草」を読むと日本人の自然観が見て取れます。決して自然を敵視していません。

ただ日本人のDNAは残っています。そこに期待して日本人がこよなく愛した「日本の文化・木の文化」を未来につないでいきたいと思います。

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【家の敷地にいた「アカマタ」を数日観察して、これも日曜日に自然に返しました。ヘビがいなくなるとネズミが増えます。何かが増えすぎると生態系が崩れます。ヘビとも共生しなくてはいけません。見かけで生きものを判断しないよう子どもたちには言いました。「げんきで、またあいましょうー。」】
posted by 塾長 at 17:46| 教育・子育て

2023年03月02日

人間はそんなに偉いのか?

人間はそんなに偉くない!
・・・と思うようになりました。

快適で便利な暮らしを考えると人間の考える科学は大したものだ、と誰もが思うかもしれません。しかしどうでしょう。国同士の紛争や戦争は絶えないし、治安がいいと言われる日本も恐ろしい事件が毎日報道されています。

人間は頭はいいかもしれないが、その頭脳は人間のためにばかり使われているような気がします。いわゆる「人間中心主義」。
TVは我が家にはないけれど、TVの番組はおいしい食べ物の話やお笑い、心に何も残らないバラエティーなどが多く、コマーシャルも過激になる一方。言葉は汚い。だからTVはない。

今日も早朝よりエサあげや掃除を家族でしました。なんとその時「ヘビがいた!」と次女が言うので見に行ったら、バケツの中に「アカマタ」がいた。もともとバケツにとぐろを巻いていたらしい。
「アカマタ」は無毒です。赤と黒の模様が入っています。

有毒の「ハブ」は黄色と黒の模様。夜中、動物に光が届くと目が赤色に光ると草食、青に光ると肉食動物と言われています。だから、我が家の犬2匹は裏山の牧場につないでいますが、真っ暗の早朝で光る眼は「青色」です。
信号機とは逆になります。夜中歩くとき、懐中電灯を当てて青だと用心、赤だと安心します。

ヘビの場合は「アカマタ」は赤で安心、「ハブ」は黄色で「危険」となります。しかし、ヘビは陸上生態系では頂点に位置します。ヘビが減ると捕食するネズミが増えます。だから我が家ではヘビは殺傷しません。逃がします。

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【エサ上げ、掃除のとき出逢ったアカマタ。しっかり観察した後、明日朝、逃がします。】

実はウサギを飼っていますが、生まれたばかりのウサギの子がネズミから食いちぎられる事件が続きました。ウサギ小屋にネズミの入る隙間があったからです。しかしネズミは隙間がなくてもかじってでも隙間を作ります。キリがありません。一番の天敵は「ヘビ」です。

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【生まれたばかりのウサギの子たち(4羽)。ネズミからことごとく食べられので別部屋に移しました。人間の匂いがうつると親が子を傷めつけるので、触れないようにして移動。新しい命の誕生は久しぶりです。4歳の心然にとっては貴重な機会でした。】

ネズミもヘビも生きている以上、罪はありません。見た目が悪いとか毒があるとかないとか関係なく、人間の主観で相手の命を絶つことはいけません。しかし、自然の摂理の中で命を落とすことは、致し方ないときもあります。ただ、あまりにも同じ種の動物が増えすぎると生態系が崩れてしまします。

人間は身勝手です。家畜、家禽(かきん)を自然界とは程遠いほど勝手に搾取した挙句、「おいしくない」とか「固い」とか文句を言っています。どこかで「人間は偉い、その他の動物の命は軽視する」。
・・・いつか天罰が下るでしょう。

日本人には「節度」がありました。最近は大鍋で大量に豚汁を作ったり、マグロの解体ショーをしたり・・。
「生きもの」を「モノ」扱いにしています。逆に「モノ」にも「命が宿っている」ことを家庭では教育しています。

戦後、西洋の影響を受けて「唯物主義」が定着してしましました。人間の成長過程でお金や地位ではなく、もっと学校や家庭で「人間性」や「自然の摂理」、「日本の伝統・文化」などを教えて欲しいと思います。

大人になったら本性が現れます。なんとも情けない人間もたくさんいます。自然界の動物から人間おろそかさを学ぶべきです。自然界の動植物の方がはるかに偉いと感じています。

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【ヘビやウサギの赤ちゃんを見た後、裏山の農道を掃除するきょうだい。4歳の心然(しんねん)も進んで行いました。すっきり!】

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【数年前に植えた「鳳凰木(ホウオウボク)」。台風にも負けずしっかり生きていました。先端に小さな芽が見えます。真っ赤な花がつくのを楽しみにしています。】
posted by 塾長 at 19:05| 教育・子育て

2023年02月27日

「日本的な人格形成」が子育ての目標!

少子化は国難とばかり、児童手当や医療費や学費の補助などが語られていますが、果たしてどうでしょうか?
もともと国策で出産数や育児方針を決めるのは、おかしな話だと思います。

地球規模の環境キャパシティ(許容)で考えるなら、日本は7,000万人前後だと聞いたことがあります。急激な少子化が問題であって、徐々に人口が適正規模になることは結構なことだと思います。

ではなぜ我が家には10人の子どもがいるかということですが、私の場合は急激な人口減少に向かいつつあったことが根底にありました。
そこで単刀直入に言えば、「日本人を増やしたい!」と願っていたからです。現在の日本社会が素晴らしいとは一概に言えませんが、50歳の誕生日に決断して熊本県人吉市の矢岳町に移住したことで決意をさらに強くしました。里山にはまだ日本人の心が残っていたからです。

長い歴史を持つ日本には伝統的なしきたりや祭り、ことわざなどが残っています。大きな神社はなくても小さな氏神を祀った神社は8万社を超します。日本人は無宗教といわれますが、約半分は神道(しんとう)と言われます。だから正月には初詣に行きます。
日本国じゅうには八百万(やおよろず)の神様が鎮座されています。山にも土にも水にも火にも神様が宿るとされる日本では悪いことができません。だから治安の良さを確保できていると考えています。

ところが最近は西洋化の波が押し寄せてきて合理的な生活のなかで、快適・快感に喜びを求める傾向にあります。だから犯罪が増えたと考えています。

周りから10人の子どもを持つのは「無計画」などと言われたこともありますが、残念ながらものすごく「計画的」な結果です。(授かりにも感謝)そしてまた「それなりに」子どもたちは日本人として育っています。

沖縄で車を運転すると鉄筋コンクリートばかりの家ばかり目につくので、息苦しく感じるときがあります。だからと言って本土の町なかが落ち着くかと言えばそうでもありません。なぜかというと、マッチ箱のような住宅メーカーが作った家も似たようなものだからです。
せっかく世界一の木造建築技術があるのにもったいない話です。私は細々ながら日本の伝統技術を継承して、その内部にある「日本人の感性」や「日本の文化」をのこしていきたいと思っています。

先妻との子が3人、現在の妻との子が10人なので13人の子を育てつつあります。(このうち18歳以上に育った子どもは現在6人)私は満71歳ですが一番下の子どもはまだ4歳です。この子が18歳になるまで楽しく元気に働こうと考えています。

最近の住宅関連の完成写真などをみると「ホテルのような部屋」を望んでいる人が増えたように感じます。外(自然)と完全に遮断され、よく片付いた部屋に子どもが2人・・・なんとも寂しい風景です。もっと生活感のあるような空間が欲しいものです。

少子化対策はお金ではない、と思います。長年子育てをしていると分かります。
確かに今は昔より子育てにお金がかかります。昔は破れた洋服を着ている子がたくさんいました。
洋服以外でも授業料以外の校納金などにお金が必要です。確かに補助があれば助かります。
しかし決定的な解決策とは言えません。(貧乏人の子沢山)最も大事なのは、親が日本が好きかどうか、だろうと思います。

礼儀正しく、勤勉で譲り合いの精神をもつ日本人が増えれば、争いごとも減ると思います。

「日本的な人格形成」を子育ての目標にして、今日も悔いのない暮らしをしていきます!

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【「敬礼」!。我が家では日常的に使います。】

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【「シュワッチ!」は「分かりました!」の表現か?4歳の心然がウルトラマンが好きなため家族中が影響を受けています。「こだまこ」9歳の誕生日に「シュワッチ!」。】

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【中2の「こはづき」たちが北中城村の姉妹町村の訪問団として先日、岩手県葛巻町(くずまきちょう)に行きました。今日届いた村の広報誌(3月号)に掲載されていたので転載します。】
posted by 塾長 at 06:03| 教育・子育て

2023年02月07日

故 東大森裕子様 謹んで哀悼の意を表します。

昨日15時32分、熊本の女性建築家、「東大森裕子(ひがしおおもり ひろこ)さんが亡くなられた。」と一報が入りました。

本人との連絡が昨年末から取れず、ずっと心配していました。熊本の設計仲間の友人に尋ねると、さらにもっと親しいご友人に聞いてみたらしくその結果、「用があるときはこちらからするので、しばらくそっとしておいて・・・」ということだったので、「きっと何かご事情があるのだろう、とりあえず元気なら待ってみよう。」と考え、心配はしながらこの3カ月ほどを過ごしました。

そして昨日の訃報。ショックでした。

心の整理がつかないまま、インフルエンザで休んでいた家内と情報を共有しました。お話によると死因はガンで、あちらこちらに転移して最後は多臓器不全に陥ったと聞きました。その前に転倒による骨折をされていて体も弱っていたのではないかと思われます。

私よりひとつ下で満71歳だったと思います。早すぎる人生です。最後にお会いしたのは2018年12月、建築学会の奄美大島での大会後、沖縄に来られた時です。自宅を案内した後、嘉手納基地内を子どもたちの合気道の師匠であるグランダー・ケン先生に案内してもらい、私も同行しました。自宅近くの国指定文化財の中村家も12代当主の中村さんに案内してもらいました。

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【2018年12月16日。奄美大島経由で沖縄入り。初めて自宅訪問。学習棟で「宙に浮く心柱(実物)」と「宙に浮く心柱の模型」を見学。】

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【第八子「こだまこ」と第九子「わかみこ」とすぐに仲良しに・・・。右端が東大森さん。】

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【せっかくなので在沖米軍嘉手納基地内を子どもたちが習っている合気道のケン先生に案内していただいた。詳細は当日のブログにあります。】

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【国指定文化財・中村家住宅を当代に説明していただきました。沖縄で最も古い住宅。】

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【どなたが見えても子どもたちが歌を歌って歓迎します。大喜びで合掌を聞く東大森裕子さん(右端)でした。子どもを見る優しい視線が忘れられません。】

その前は人吉市矢岳町にある旧国鉄矢岳駅駅長官舎(国の有形文化財)を売却した後、熊本市内で昔の建築士会の友人の仲間と会うときに、仲間への連絡などを全部していただきました。おかげで久しぶりに皆様とお会いできました。
いつでもそうですが、とても世話の届く方でした。また心配りもきめ細かく、連絡が途絶えていても、クリスマスのプレゼントが今年も届いていました。毎年10人の子どもたちは毎年欠かさず届くプレゼントに感謝しています。

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【2018年3月18日。熊本市役所近くにある「音楽館」。私の熊工時代の同級生が歌手兼経営をしている店です。ここでも東大森さんは子どもたちへの飲食に気を使ってくれました。初めてお会いされる方もいたので私がそそれぞれの方々を紹介し、その後ご本人から自己紹介してもらいました。元気だった東大森さんが垣間見えます。】

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【この時は先妻との子・長男も来てくれました。】

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【和やかなムードで進んだ「旧友との再会」。いっぱいお世話をかけてしまいました。こんなことが体に響いたのではないかと気になるところです。】

東大森さんと最初お会いしたのは私が30代半ばのころだと思います。熊本県建築士会の青年部会で相談委員会に属し(のちに委員長)、地元日刊紙で「暮らしのけいざい」というコラムを4人輪番で月一回連載した頃です。私も東大森さんも4人のメンバーでした。彼女はそのころでは珍しい女性建築士で、いろいろなメディアに登場していたので有名人でした。

印象深かったのは、打ち合わせで当時彼女の事務所(熊本市の手取神社の参道)に行ったとき見た藤崎八幡宮秋の大祭の馬追いの時着ていた法被姿の写真。それは、それは意気が良くカッコよかったです。

当時、女性建築士は少なく、周りの目も厳しかったと思います。しかし彼女は建築士会の会議や会合でもどんな相手でも意見ははっきり言っていました。彼女にあこがれて建築士になった女性も多いかと思います。

私は事情があって熊本市を去り、再び同じ県内の人吉市矢岳町に移住した時も熊本市内から数時間かけて会いに来てくれました。再婚した妻が沖縄出身だと知って沖縄の郷土料理の「ミミ―ガー」(豚の耳の肉の千切)を持参してくれました。

その後志した「県知事選挙」に出馬する時も、一番先に寄付してくれました。「竹を割ったような性格」の方です。一方で選挙ポスターを数十枚も掲示板に張る作業もしていただきました。
今更ながら感謝申し上げます。

出身大学の長崎総合科学大学の後輩である永本さんや瀧沢さんを見送る運命になったことは、精神的に相当な打撃だったことと思います。その永本さんも矢岳の家に来てくれましたが、訃報を聞いても沖縄から駆けつけることができませんでした。母の十三年忌が今年なので、帰熊することになったら、皆さんのお墓参りをしたいと思っています。

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【生前、紹介した「熊本で一番おいしいラーメン」と紹介した「新華楼」のラーメン。かつて事務所を手取本町から島崎町に移されました。そこは西山中学校(せいざんちゅうがっこう)の校区。私の中学時代の校区。熊本には珍しい透明スープであっさり型。是非食べてください!とお願いしましたが、果たして何回味われただろう?「おいしかったよ!」と聞いたような気がします。】

近年は熊本県和水町(なごみまち)三加和小中学校の設計(木造校舎)で農林大臣賞などを受賞されています。私とは設計での接点はほとんどありませんでしたが、建築士会を通した活動や友人関係としてのお付き合いに限られていました。私のブログも見ていただいていたらしく、「お月様のことは詳しいわね。読んでるよ。」とおっしゃっていただいたこともあります。

生涯独身を通された東大森さんですが、我が家の子どもたち10人にはとてもやさしく接していただきました。(家族の子どもさんにもそうですが・・)

「気丈に生きる女の印象」が強いかと思います。しかし、東大森さんの心の中には親御さんから伝授されている心の優しさや気遣いが溢れていました。
電話で心配事を相談すると、喉の手術後、出しにくくなった声を絞り出して「大丈夫よ!心配しないで!」と励ましてくれました。本当に惜しい方を亡くしてしまいました。

最後まで孤独の中で「病魔」と闘われました。東大森さんから学んだ強い意志と優しい気持ちを忘れず、残りの人生を生き抜きたいと思います。

東大森裕子さん、ありがとうございました。どうぞ安らかにお眠りください。合掌。

故 東大森裕子様 令和5年2月1日 ご逝去。享年72歳。

あの顔の広い東大森さんが家族葬にされたというのには、さまざまなご本人、ご遺族のお考えがあるかと存じます。しかし私自身がご逝去後1週間も知らずに手を合わせることもできなかったことを思うと、誰かが静かにお伝えすることは必要かという思いで書き綴りました。ご遺族の皆様には謹んでお悔やみ申し上げます。
くれぐれもご遺族に迷惑の掛からないように、よろしくお願いたします。
posted by 塾長 at 17:28| 教育・子育て

2023年02月02日

帰ってきた「ムック」!

普段は午前6時ころから道路掃除や除草活動のため、裏山の牧場まで散歩に出かけます。1月22日(日)午前中、みんなに少し遅れて外に出たら犬小屋にいたムック(番犬)がいました。チェーンが絡まっていたので解いてあげようとしたとき、首輪の金具がチェーンから外れてムックは走り去りました。

たまにこう言うこともありますが、必ず小屋に帰ってきていました。ただこの日は帰ってきませんでした。他人に危害が及ばないか心配になって、沖縄県動物愛護管理センターに写真を付けて「迷い犬」の登録をしました。

愛護センターのHPには翌23日にアップされました。人懐っこいので誰かが預かっているのかもしれないと思ってHPを毎日検索しましたが、掲載はありませんでした。

それから毎日、近所や行きそうなところを探しましたが見つかりません。行方不明になって5日目の1月28日、愛護センターのHPをよく見たら「保護」されている犬の項目がありました。これまで一般の人が預かってくれているところしか見ていませんでした。

「いました!」組み写真で3枚。間違いないかどうか家族にも照会したら「間違いなし」。どれほどうれしかったか!我が家で生まれた番犬です。もう8年ほどになります。とてもお利口で、「待て」、「お座り」、「お手」、「お代わり」ができて、目の前にエサがあっても「よし」をいうまで食べない犬です。(ほかの犬も一緒ですが・・・)

HPでは31日まで預かりとありました。28日は土曜日で愛護センターは警備員さんしかいませんでした。「確認にいきたい」とお願いしましたがダメでした。月曜日、センターに連絡して迎えに行きました。預かり限度の1日前でした。

センターでは数か所の檻(おり)に、たくさん保護された犬がいました。「ワン、ワン」と吠えました。しかし、奥の檻にいたムックは「キューン、キューン」と私を呼んでいるような声でした。

小さな檻に入れ替えられて出てきました。「念のため」と思い、「お座り」、「お手」、「お代わり」をさせると、チャンとできました。担当の方に「少しやせた感じがしたので確認しました。間違いなく我が家の飼い犬です。ありがとうございました。」といって引き取らせtいただきました。

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【小さな檻の入れ替えられて出てきた「ムック」。走り寄る4歳の「心然(しんねん)」。】

「ガス室に行かずに良かった!ギリギリセーフで命が助かった!」家族も大喜びでした。しかし一方で迎えが来ない犬もたくさんいたので気がかりでした。

それにしても同じ動物愛護センターのHPに「迷い犬」と「保護」の項目に同時掲載されていたとは・・。またそのことに私もセンターも気付かないとは・・。
「このようなミスマッチがないようにしましょう。」とセンターにはお願いしました。

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【いつもの散歩道に満足の様子の「ムック」。】

飼い主の責任の重さを痛感しました。獣医からいろいろ説明がありましたが、言葉の端々に「管理」が出てきました。我が家には家族同様の番犬が5匹いますが、あまりにも「管理」「管理」と言われて、違和感を覚えました。「犬」を「モノ」扱いしているように感じました。今の日本の人間中心の社会を垣間見たように思いました。
posted by 塾長 at 12:10| 教育・子育て